|
■オープニング本文 樹理穴踊り。 それは、理穴の伝統芸能。 拡大を続ける魔の森を憂い、瘴気を祓って元の森への再生を願って舞う、神聖なる祈りの儀式。 一見露出過多の衣装で女性が羽扇子を振り上げ体をくねらせるだけの踊りだが、その一つ一つに意味はある。 羽扇子は、空を舞う自由な鳥を表し。衣装が少ないのは自然への一体化を望んで。 振り仰ぐ手は、健やかに伸びる木々の枝を表し、体を揺らすのは逆風にめげずに揺れる木そのものを示す。 活力吹き込む躍動感溢れる曲調に合わせ、若さと生命力に溢れる女性が夜を徹し、ただひたすらにひたすらに平和な森の再生を願って踊り狂った。 ……のはいいが。 その内に、裸みたいな衣装で若い娘が踊りまくるのは風紀的によくないべ、理穴自体がそういう所だと勘違いされても恥ずかしい、と、冷ややかな目で見られだし……。 徐々に衰退の一途を辿りだした。 ● 理穴首都・奏生の一角に、演舞場・樹理穴はある。 衰退する樹理穴踊りを憂い、存続を願って建てられた場所で、若者向けに開放されている。 有料で、しかもけして安い場所では無い。が、夜の娯楽もそう多くは無い。 神聖な踊り場、というより、単なる娯楽施設として。女性たちは夜毎踊りに、男性始めとする踊らない人たちでも振舞われる飲食や異性との出会い目的で訪れるようになっていた。 と、そもそもの目的が達成されているかは不明であるし、たまに赤字を出したりしてはいるものの、何とか樹理穴踊りは存続を続けている。 今宵も、演舞場は賑わっている。 「でも最近物騒になってきたわ。どこかじゃ島が落ちたなんて聞くし。もっともっと祈りを捧げるべく、何か催しものでもやるべきかしら」 「しかし、それには予算が少々……」 オネェ口調で見た目四十代の髭面のおっさん店長に、経理の女性がいつものように今後について話し合っている時だった。 「きゃあああ!!」 演舞場から悲鳴が上がった。 「何事!?」 店長と二人、関係者部屋から飛び出すとすぐに踊り場の方へと向かう。 そこで店長たちが目にした光景とは。場にいる女の子たちが周囲を顧みずに大乱闘している様だった。 「な、何よ。これは! 一体何の騒ぎ!?? 誰か説明しなさい!」 「あ、店長。それが分からないんですよ。いきなり靴を取り合いだして」 「靴ぅ!?」 店にいた黒子が、困惑しきりに説明をする。 そのジルベリア風の赤い靴が、いつからどうしてそこにあったかはわからない。 ただ、見つけた女性がそれを何故か自分のものにしようとし、それを他の女が咎め、別の女性がくすねようとし、さらによその女が分捕って……っと、あれよあれよという間に、演舞場内にいる女性がその靴を巡って熾烈な争奪戦を始めたという。 「その靴をよこしなさい!」 「うっさいわね、このブス! さっさとお家に帰んな!」 「あんたこそ! そのけばい化粧落として、靴が似合う顔かどうかもう一度確かめたら!?」 「そういう貴女こそ。豚みたいなデブ足にあの靴が入るとお思いなの!?」 「細ければいいという訳では無いぞ。この骨女がっ!」 奇声交えての罵詈雑言。髪を掴み、爪を立て、歯を食い込ませ。羽扇子で叩き、酒盃を投げあい、箸で刺す。 激しい組み合いで、衣装は破けてあられのない格好に。綺麗に整えられていたはずの髪形も化粧も乱れて歪む。けれど、そんな自分達を気にもとめずに、百はいそうな女性たちが殴りあい蹴りあい、掴みあっている。 勿論。場にいた男性たちも止めに入るが、下手に入れば「邪魔よ!!」と女性たちから一気に殴られ踏まれ、あっという間に蹴り出される。 上手く入っても、多勢に無勢。一人二人は止められても、残りをどうする事もできない。そうこうする間に殴られ蹴られ……後は同じ運命を辿る。 「と、とにかく。この騒ぎを静めないと! あの靴が騒ぎだったら取り上げてしまうべきです!」 動揺しつつも、経理の女性は飛び込んでいく。 原因となった靴は演舞場の中心、一際高くなった踊り場に放り出されていた。 「ちょっとどいて。その靴を渡しなさい! ……渡せって言ってるでしょう! どうせあんたたちのじゃないでしょう!! 私によこしなさい!」 「うるさい婆ぁ! 偉そうにするな」 「何ですって! たかがお客の分際で! 金だけ落としておとなしくしてりゃいいのよ!」 乱闘掻き分け飛び込んでいった女性も、いつの間にやらその乱闘に加わりお客相手に殴り合いを始める。 「あああああ。あの子まで! 変よ! 絶対変! 何かあるわ。すぐに開拓者ギルドに連絡して!!!」 慌てふためきながらも店長が使いを出す。 ● 同じ奏生。目と鼻の先で起きている騒ぎは、すぐに開拓者ギルドに伝えられた。 「恐らくは踊り靴。付喪神系のアヤカシの一種でしょう。自身の美しさと魅了の力で人々に争いを起こさせ、殺し合いにまで発展させる卑劣な相手です」 魅了する相手は女性靴なら女性を、男性靴なら男性を狙うらしい。かといって、女性靴が男性を狙わない保証は無い。 普段は単なる靴を模しているが、いざとなれば自力でも動き、履いた相手に噛み付いたりもできるという。 「靴アヤカシ自体はさほどの強さは無いはずです。むしろ厄介なのは魅了された女性たちかもしれません」 靴を我が物にする為、結果として靴を守る動きを取るだろう。勿論彼女らに開拓者たちが傷を入れるなど言語道断。 うまく無力化し、速やかにこの騒ぎを収めてほしい。 ● その間にも、騒動はますます大きくなる。 「取ったわ! アタシの靴よ! ほら、ぴったり! きゃあああ!」 靴を履き勝ち誇った姿の女性だが、即座に靴から血が噴き出し、転げまわる。 「あはははは。似合わない足を突っ込むからよ! さっさと御脱ぎ。靴が汚れるわ! 邪魔臭いわね、そんな足、もいでしまいましょう」 「あなたこそ少しは黙れば!? 二度と喋れないよう、その舌ちょんぎってあげる!」 「渡さない。渡すものか……。その靴は私にこそふさわしいのよ……」 乱闘はますます過激に。邪魔をするものは容赦なく。そこかしこで骨の砕ける鈍い音や、流血の匂いが充満し始めていた。 「ううう。アヤカシを祓う願いの踊り場にアヤカシが入り込むだなんて霊験の信憑性がた落ちよぉ。……。いいえ、これは樹理穴踊りをアヤカシが問題視している証拠なのね……。だから潰そうと乗り込んできたのよ! なんて卑劣な!」 「店長うるさい、いらいらします。気持ち悪いし、給金上げてくださいよこのどケチ」 「今! 今のは本音ね! そうでしょ!? 待ちなさい、その暴言は許さないわ」 「店長! あなたまで参戦しないで下さいー!!」 罵倒を浴びて憤慨した店長が追いかけようとしたのを、男性従業員が必死に止める。 女性たちの乱闘は止めても止まらない。この騒ぎをどうするか、ただひたすら案じながら……。 |
■参加者一覧
南風原 薫(ia0258)
17歳・男・泰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
ティア・ユスティース(ib0353)
18歳・女・吟
ツツジ・F(ic0110)
18歳・男・砲
ジャミール・ライル(ic0451)
24歳・男・ジ
蔵 秀春(ic0690)
37歳・男・志 |
■リプレイ本文 理穴の奏生にアヤカシ出現。依頼を受け、直ちに開拓者たちは現場へと駆けた。 ――のだが。 「乱闘騒ぎ、止めに来た……ぜ……」 勢いよく乗り込んだルオウ(ia2445)は、演舞場内の異様な光景を目の当たりにして思わず足を止める。 女性ばかり百人が、いがみ合い組み合いくんずほぐれつ。 「随分な光景だね、こりゃ」 「良い眺め、と言えなくも無い、か?」 目を細める蔵 秀春(ic0690)に、南風原 薫(ia0258)も鉄傘で肩を叩きつつ呆れてその光景に見入る。 元々、樹理穴踊りの衣装は肌の露出が多い。それで乱闘なんてやろうものなら、それはそれは簡単にあられも無い姿に変わってしまう。 これはまさしく目の保養……とやに下がるにはいささか暴力が過ぎた。 あちこちで骨の砕ける音、悲鳴、絶叫。流れる血で全身を朱に染め、それでもなお乱闘をやめない女たちは常軌を逸している。 「女ってこえーなぁ。そんなにあんな靴がいいのかねぇ」 ツツジ・F(ic0110)が大げさに震えてみせる。 発端となったのはジルベリア風の赤い靴。その一足を巡って女たちは一歩も引かぬ戦いを繰り広げている。 勿論ただの靴ではここまでの騒ぎにはならない。アヤカシの力によるもの。 奪い奪われ、女たちの手から手へと渡り行く。右に消えたと思えば左から現れ、宙を舞ったかと思えば女の足元に納まったりとせわしない。 「靴が魅了の術をかけているのですよ。前にも戦ったことがありますが、その時より今回の混乱はずっと酷い」 「魅了されたとしても、あそこまでやろうとするのはある程度意思も必要だろ。ああ、怖い怖い。女の喧嘩ってホント容赦が無い」 顔色を悪くしつつも、菊池 志郎(ia5584)が女性たちを庇う。けれど、ジャミール・ライル(ic0451)はそれを軽く否定する。 修羅場慣れしている彼でも、品性を疑いたくなる光景でしかなく、大げさに――けれどどこかおどけながら震えている。 「とにかく正気の人はすぐに外へ。ここは俺たちが収めますので、皆さんは安全な場所へ避難してください」 暴れているのは女性ばかりだが、彼女らを取り押さえようとして怪我をした男性も多い。また怪我が原因からか、魅了が解けて隅で泣いている女性もいる。 志郎は騒動に巻き込まれないよう、彼らを誘導する。怪我人を集めて閃癒もかけると、そこで待つよう指示。 後でまた手当すると約束を残し、急いで場内へと戻った。 ● 「で、どうするんだよ。このまま見てる訳にはいかないが、迂闊に妙な所触って後から訴えられるとか嫌というか困るぞ」 顔を真っ赤にしたまま、ルオウは目のやり場に困る。 元来か弱い女性たち。力任せは実に簡単。 けれど迂闊に飛び込めば、相手が素人なだけにどう暴れるか分からない。下手すれば、被害は収まるどころかますます拡大する。 まずは穏便な解決法をと、ツツジが軽く呼びかけてみる。 「一足の靴を奪い合ってさ。みっともねーと思わねーの? 履く人間の心がそんなに荒んでちゃ、靴の方が可哀そうさ。とはいっても、そいつはアヤカシだって話だからな」 ここは一つ冷静になれ、と自身も至極冷静に訴えかけ。けれど、やはり女性たちに聞く耳無し。 「この程度の説得で止まる訳無いか」 「アヤカシの所為で、無辜の一般人を怪我させる訳には行きませんし……。操られているとはいえ、志体を持たない方々」 残念がるツツジに代わり、ティア・ユスティース(ib0353)が一歩進み出る。 と、河乙女の竪琴を掻き鳴らした。技を用いずとも人の心を惑わすその響き。澄み切ったその音色を持って、喧騒に立ち向かう。 「アヤカシにいいように心操られてしまっているのは、それだけ心揺さぶられる感性をお持ちの方々なのでしょう。――ならば、心に響く楽の音が、アヤカシの誘惑如きに負ける訳にはいきませんね」 音色に劣らない魅惑的な微笑と共に、ティアはゆったりと天使の影絵踏みに夜の子守唄を奏で始めた。 竪琴の音色にゆったりとした曲。場に広がると、狙い通りに女性たちの動きが変わる。 曲に打たれて我に返った彼女たちは、自分がしでかした狼藉に気付き、ぼろぼろな自身の姿にも呆然となっていた。 しかし、呆けて立ち止まったのも束の間、次にはまだ暴れている誰かに顔を殴打される。 「待ってください。御怪我も酷いし、あちらで避難している方と一緒に手当てを受けて下さい」 頭に来た女性は魅了が解けたにも関わらず、また乱闘に参加しようとするのを、志郎が慌てて制して説得。外へと出て行ってもらう。 「彼女たち全員を正気付かせるには時間もかかります。早く元凶を」 騒ぎの傍で懸命に琴を奏でるティアだが、こうも騒ぎが大きいと、眠らせても誰かが踏みつけ起こしてしまう。安らぎの子守唄で回復させるにもこちらは一度に正気付かせる人数に限界があり、しかも正気付いた相手がまごまごしていると、さっきのように喧嘩に巻き込まれてしまう。 それで逃げてくれるならまだいいが、頭に血が昇って飛び込む場合もある。ジャミールでは無いが、女性は怖い。 女性たちを静めようとするティア。彼女自身が騒動に巻き込まれぬよう、他の面々で乱戦から防御し、同時にアヤカシの所在を探る。 そんな女性たちは靴に夢中。とはいえ、近寄れば乱戦に巻き込まれ、投げ出された人たちからの暴力も届く。 「こんなもん使うの、初めてだねぇ」 苦笑まじりで薫も鍋のふたを構える。食卓から失敬したありふれた品だが、一般人を抑えるには十分だろう。 「彼女らを押さえている内に、早く探してくれないか?」 「とはいえ、こうも人が多いとどこに紛れたものやら」 誰かに突き飛ばされてティアにぶつかりそうな女性を、ツツジが抱き止める。助けたのに罵ってくる女性は、すぐに眠りの呪縛に絡め取られ、部屋の隅へと一旦避難させる。 その間にも秀春は心眼で場内を探り続けている。けれども、殺気だっている気配に紛れ、アヤカシの所在は確定できない。元々、アヤカシと人の違いはつけられない。さらにそのアヤカシが無機物を装うなら、心眼で見極めるのは難しい。 「あそこです! 今あの長い髪のお嬢さんの懐――から赤い服の女性の手に!」 瘴索結界「念」で会場を探った志郎が声を上げて指し示した。アヤカシの行方を指し示すが、その居場所は女性たちの手から手へと移り行く。 「あの辺りね。それじゃ、ちぃとばかし美人さんたちを押さえつけるの手伝ってくれないか」 当たりをつけると、秀春が乱闘に踏み込む。ツツジが押さえ込みに回り、その間に入り込むも。 「無事か?」 「まてまてまて。埋もれるな、こりゃ。押さえてる隙にアヤカシを早く」 すぐに押し寄せる女性たちの勢いに飲まれて秀春が埋もれかける。けれども、女性に負ける訳にはと踏ん張る。 「押し合いへしあい。通るだけでも大変だな」 そうして女性の動きを制して出来た隙間に、ジャミールが飛び込んだ。ティアの音色に合わせる様にシナグ・カルペーで鮮やかに女性たちを上手く躱していく。瞬く間に赤い靴に追いつき、手を伸ばす。 しかし、寸前で察した女性が赤い靴を胸元に抱きしめる。――そして、それ以上に何を察したか。赤い靴自身がするりと女性の手に嵌まると、きつく締め上げていた。 女性の絶叫が響き渡る。 「確かに間近で見ると女の子に似合いそうな靴だけど、性悪すぎるねぇ」 剥がそうとするも、靴はしっかりと噛み付いている。ここでぐずぐずしていてはまた別の誰かの手に渡るだけと、ジャミールは女性ごと靴を抱え上げて確保。 そのまま強引に囲みを抜けようとするも、そこはまだまだ魅せられ中の女性たちが逃がすものかと包囲を厳重に押し寄せてくる。 「おいおい。そんな取り合いする程、いい靴かよ」 ルオウがあからさまに首を傾げてみせるも、女性陣はきつい視線を送る程度。凄惨なその顔には一瞬たじろいでしまうが、すぐに気を取り直す。 「――やっぱ言葉の挑発程度聞かないか。だったら、さっさと」 ルオウが咆哮を響かせる。途端、女性たちの視線が殺気に変わる。一斉に向かってくる女性たちから慌ててルオウは身構えた。 「何だ!?」 「どうやら靴が女性を使って排除にかかったようで。解術の法も試してみるから、早くその靴をどこかに」 志郎も女性を正気付かせるべく動き回る。そうやってティアと共に正気付かせた女性たちは急いで逃げるようにと指示する。 「ああ、頼む。か弱い女性が纏めて来られても敵じゃないが――。悪い、そのまま動きなさんなよ」 かかってくる女性たちを躱しながら、ルオウは女性に食いついた靴を殲刀「秋水清光」で鞘打ちする。強制的に剥ぎ落とそうとしたが、その手に靴は張り付いたまま。アヤカシも必死だ。強引に斬って外す手段も考えるが、ここでは周囲に人が多すぎる。 「お嬢さんの容態も気になるし、別室でゆっくり事にかかった方がいいか?」 「そうだねぇ。本当、見かけは綺麗でも根性最悪の靴のようだし」 女性たちを抑えながら薫が告げる。 幸いルオウに攻撃が集中して囲みにも穴が空いた。ジャミールは抱えていた女性ごと囲みを同じ要領で抜け出すと、そのまま乱闘に背を向け一目散に走り出す。 靴はまだ抱えた女性に収まったまま。逃げたと気付いた女性たちは悲鳴と怒号を上げて追ってくる。靴を求め、その殺気は否応に増す。 「盾は任せろと言いたいが――意外と洒落にならねぇ!」 容赦無しに降って来る楽器や下駄の残骸から、薫は鉄傘広げて身を守る。さらに横から飛んでくる物は鍋のふたで防ぎ、他の誰かを狙った物には空気撃で打ち返す。 そうして防御している間に、靴を別部屋へと持ち去った。 場内はしばらく荒れた。けれど、元凶が遠ざかったからか。騒ぎは収まりだし、ティアの音色が大きくなっていく。 「ようやくこれで眠ってくれるな。起きたら悪夢を見たとでも思って欲しい所だ」 眠らせても妨げる動きも声も少なくなっていき、秀春はほっと胸を撫で下ろす。 こちらに積極的に危害を加える者ももう無いと判断すると後は手当てだと止血剤などを取り出す。 「皆様落ち着かれるまで、もう少しですね」 あえて術を行わずとも、自然に魅了が解ける人も出てきた。ティアはそう判断すると落ち着いた雰囲気を作るよう自身の曲を絡める。 志郎は魅了が解けて落ち着いた人を壁際へと誘導。 「あんまり傷つけるもんじゃないさ。ほら、ちゃんと治療しないとこの綺麗な肌に傷が残ったらどうするんだか」 まだ騒ぐ女性に対しても、秀春が積極的に割り込んで話し掛け。自身の簪を勧めて話をそらしたりと気を紛らわせる。 ● 女性ごとアヤカシを確保後、脚力に任せて女性たちの攻撃を逃れ、別部屋へと逃げ込んだ開拓者たち。 適当に無人そうな部屋に飛び込んでみたが、そこには下着みたいな服が多数ぶら下がっていた。 「女性の更衣室かね。こんな状況じゃなきゃなぁ」 入り口をそこらにある品で適当に塞ぐ。手にした衣装が何かと気付き、しみじみと薫は嘆息つく。そもそも女の子が大勢寄って来ても嬉しくない状況があるとは露とも思わなかった。 もっとも、こんな状況でなければ踏み入れは出来ない場所。喜ぶべきか歎くべきか。とりあえず、女性たちに捕まれてずり落ちた自身の着物も整える。 部屋の外にはまだ騒いでる女の声が聞こえるが、そちらは舞台に残った仲間たちが手を尽くしてくれるだろう。 今、この部屋で行うべき事はただ一つ。 「ちょっと、あんたたち! 一体何の用なのよ!」 「あんたたちを助ける為だよ。悪いが少し黙っててくれ」 体のあちこちから血を流しつつも、なお抗議する女性に、ルオウが今度は刀を抜いて慎重に斬り付ける。 勿論狙いは真っ赤な靴のみ。いかに食いつこうとも女性に傷など入れない。 見事に裂かれた靴は噛み付く力を失い、床に転がった。 靴は落ちても、魅了効果は解けきれず。痛みと靴を失った衝撃から泣きだした女性を、ツツジが抱きとめる。 「今の内に俺も一発は撃ちこんでおくか。といっても、これで終いだろうな」 騒ぐ女性を片手で制しながら、空いた手に小さな短銃「ワトワート」を構え、遠慮なく発砲。靴の片方に丸い痕がつき、女性が小さく悲鳴を上げた。 「こっちにも」 もう片方には薫が鉄傘を畳むと、骨法起承拳で殴りこむ。 突き刺した傘で、靴はあっさりと凹む。歪な赤い靴はもう塵でしかなかった。 あれだけ大騒ぎの割には、あっけない片付け。 「女の子には似合うかもしれないが、俺が履いても踊りづらそうだし。バイバイね」 瘴気へと霧散していく靴に、ジャミールは笑顔で別れを告げた。 ● 更衣室から出て、騒ぎの現場だった演舞場に戻ると乱闘はすでに治まっていた。 外に避難していた人々も合わせて、女性たちを治療中。ティアが宥め、志郎も閃癒をかけて回る。 「よし。傷が残らないといいのですが」 何せ相手は女性。後の傷の具合も不安になる。 「大丈夫さ。それよりあんな真っ赤な靴なんかもうやめろよ。その顔が綺麗になったら、あんたには淡い神秘的な簪の方が映える……。お、店長いい所に」 「店長? 新種のアヤカシかと思ったぜ」 包帯で手当てをしていた秀春が、ヒゲの店長がうろついているのを見つける。ゆっくりと開拓者たちに振り返った店長の疲れきった生気の無い顔に、薫は驚き二度見までする始末。 「なーにー。忙しいのよー。悪いけど要件なら〜後にしてー」 間延びしただれた口調で、店長はすっかり肩を落としている。 「いやその。簪の材料分けてくんねぇか? ジャミールからも頼まれててね」 「簪か。だったら俺も見せて貰ってもいいかい? いや、俺が欲しい訳じゃねーんだ。里帰りした際にねーちゃんにでも……」 相談持ち込む秀春に、興味を示したツツジも顔を出す。 彼らの顔をじっと見つめた後、店長は盛大に息を吐き肩というより上半身を落とした。 「いいわよ。もう適当にそこいらの物持って行っちゃいなさいよ。後片付けが楽でいいわよ」 やけくそ気味に店長が叫ぶ。 「舞台も壊れて楽器は破損。本日の営業は終了って感じかなー」 「今日も何も当分休業よ。あーん、もう今後どうしようかしら〜」 真っ二つに折られた楽器をジャミールが拾い上げると、薫は踏まれてぼろぼろの羽扇子を見つけて頭上で仰ぐ。 店長が今度はさめざめと泣き出す。確かにこの損害から立ち直るには時間がかかりそうだ。 「とりあえず御掃除は必要ですね」 「それもそうだが……なんか疲れたぜ」 荒れた舞台をティアは同情気味に見渡し、ルオウは動こうとはするが気力続かず座り込む。 勿論掃除も手伝うつもりだが、これは力仕事も必要になりそうだ。 |