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■オープニング本文 山奥の温泉地。 紅葉に囲まれ景観も美しく、今が絶好の季節となっている。 例年であれば、観光客や湯治客を招いて昼は紅葉狩り、夜は温泉と賑わいを見せるのだが。今年は打って変わった静まりよう。 それというのも……。 「アヤカシに居座られているらしい」 温泉地から届いた依頼。直ちに開拓者ギルドでは対策が取られた。 最初、宿の下男が死体で見つかった。外傷無く、先ほどまで元気だったのに何故、と哀れんでいると、その日を境にばたばたと人が亡くなっていく。 温泉地では有毒なガスが確認される場所もある。風向きの変化や地割れなどで、温泉地に流れてきたのかとも思われたが、亡くなるのが街のいたる所な割に、その周囲で倒れない者もいる。 もしかすると、もっとよからぬことになっているのかもしれない。 そう恐れて温泉地の警備を強化した所、一人がそれを見た。 不自然に漂う煙が人を包むや、たちまちその人が倒れてしまうのを。煙が消え去り確認すると、それまで亡くなった人と同じ亡くなり方をしていた。 そうするうちに、温泉地を囲む山の中、散策に出かけた観光客が蟲系のアヤカシに襲われるという報告も入る。 住人が集まり話し合いをするも、意見はすぐに温泉地を閉鎖するで纏まった。 客も従業員も近くの街まで逃げ、事態を知らせに開拓者ギルドまで駆けつけてきた。 「恐らく、温泉地に入り込んだのは煙羅煙羅だろう。煙状のアヤカシで、普通、薄暗い所を好むそうだが……まぁ、変り種も中にはいる」 苦い顔で、ギルドの係員は説明を入れる。 「温泉地はそこかしこで湯気が上がっている為、煙は紛れて見えにくい。本体は玉の形をしているそうだが、まとう霧にも瘴気を含むので術で本体だけを特定するのは無理だ。魔法の自動命中も効かない。その霧も三尺ほどに広がり、そのどこに本体を置くかは向こう次第。狡猾で、人には及ばないものの非情に知性的な行動も取る」 厄介な相手だと、係員は告げる。 けれど、その相手を倒さないことには平穏は訪れない。 「練力を奪い、生命を奪う。さらに、匂いで蟲を呼ぶ。おそらく、山の中で襲われたのはその匂いに誘われた蟲アヤカシどもだ。住人たちは無事避難したが、奴が無人の場所にいつまでも留まるとも思えない」 恐らくは次の獲物を探して移動する。その時、今回と同じく煙に隠れてそっと襲うか、蟲アヤカシに襲わせて一気に壊滅させるか。それも向こうの気分次第になる。 「留まっている今が好機だ。逃がさず何とかしとめてくれ」 これ以上の犠牲を出さない為にも、アヤカシは葬らねばならない。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
サニーレイン=ハレサメ(ib5382)
11歳・女・吟
シリーン=サマン(ib8529)
18歳・女・砂
リズレット(ic0804)
16歳・女・砲 |
■リプレイ本文 「さてと。まずは敵の本体がどこにいるか探るところから始めるべきかな」 言うや否や、水鏡 絵梨乃(ia0191)は拳を振るった。 その先にいるのは羽を震わせる虫。正体はアヤカシ・鉄喰蟲で、身軽に体にまとわりつくやその強靭な顎で噛み付いてくる。 空を飛ぶ厄介な相手ではあるが、単体では雑魚と呼ぶにふさわしい。絵梨乃の一撃を回避も出来ず、叩き潰され瘴気に還っていく。 だが、それも単体であるなら。依頼された場所に近付くほど、出現数は増えていき遭遇する機会も増えた。 呼び寄せているのは、また別のアヤカシ・煙羅煙羅。そっちを倒すのが目的であり、倒せばこの鉄喰蟲たちも集まって来なくなるはずなのだが。 「こうもいるとうっとうしいな。ボクはこっちを警戒するから、煙羅煙羅を見つけるのは任せるよ。――ほーら、こっちに来〜い」 「分かりました。ではリゼはスヴェイルと共に上から探してまいります」 絵梨乃に軽く礼を取ると、リズレット(ic0804)は駿龍のスヴェイルにまたがる。 銀の竜が飛び立てば、狙って鉄喰蟲もその後を追いだす。 その間に割り込んだのは絵梨乃だった。生えた翼は、迅鷹(上級)の花月のもの。 大空の翼で同化し、飛翔するや小さな虫も逃さず叩きのめしている。その間にスヴェイルたちはさらに高度を上げていた。 「私もひとまず高台へ。温泉地に鉄喰蟲が集まっている以上はそこに呼び寄せている煙羅煙羅もいるはず。風呂の靄と煙羅煙羅の姿を違えないよう、見極めてみます」 走龍・アイヤーシュにまたがると、シリーン=サマン(ib8529)は視線を巡らせる。 バダドサイトで長距離から物を見るのは容易い。温泉地全部を見渡せる場所に当たりをつけると、すぐに行動を開始した。 土偶ゴーレム(上級)・テツジンは主人のサニーレイン(ib5382)を背負い、現場へと近付いていく。サニーレインが後ろ向きに背負われているのは、テツジンが前をサニーレインが後ろを警戒する為だ。 「こちらは地上からさーち・あーんど・ですとろーい。ここからでは、えんらえんらっぽい音は聞こえませんね」 「一つ確認するが。煙羅煙羅っぽい音とはなんだね?」 「知らない」 後方を警戒しながら、超越聴覚でも様子を探っているサニーレイン。 テツジンはその発言の意味が分からない。 尋ねてみるも、サニーレインの答えはきっぱりしていた。それでは解決に至らない。慣れているのか、それ以上問いたださずテツジンは進んでいく。 葛切 カズラ(ia0725)が人魂や夜光虫を放つ。だが、いずれもわずかな衝撃で消失してしまう術。 反応を見ようにも、さほど行かない内に鉄喰蟲が飛び出してくる。小さい獲物と見たのか、食いつかれてしまい、すぐに消滅。それはそれで使えそうだが、肝心の煙羅煙羅探しには面倒くさい状況。 「こうも鉄喰蟲が飛んでると、式の行動も限られてしまうわね。ユーノ頼めるかしら」 「分かりました。温泉があるのに入れないのは、いろいろとつまらないですからね」 目で探すしかなさそう。カズラはあっさり諦め、羽妖精・ユーノの力も借りる。 「では。がんばるとしよう」 皇 りょう(ia1673)が告げると、猫又の真名も気合いを入れた。 ● 硫黄の独特な臭気が漂う。 露天もあるし、混浴もあると聞く。本当であれば、今頃湯治客が日頃の疲れを癒す為にそこいらを歩いてるのだろうが、今は開拓者とその相棒がいるだけ。 みやげ物の旗も並ぶのに閑散とした光景。暖かいはずの湯気もどこか寒々しく感じる。 「蟲の音は聞こえます」 サニーレインが呟くや、物陰から鉄喰蟲が飛び出してくる。 「ああもう、うざーい!!」 乱酔拳でふらりふらりと巧みにかわしつつ。頃合と見るや、絵梨乃はすかさず鉄喰蟲に拳を叩き込む。 その攻撃をどうにかかわして、鉄喰蟲は次の目標に向かう。もっとも、変えたところで、その場にいるのは開拓者たちぐらい。 飛んできたと分かるや、テツジンからサニーレインは飛び降りる。 明山の拳石を振りかぶり、大きく上半身を捻って投げつけた。吟遊詩人として向いた得物とも思えないが、見事な投法で小さく素早い相手を的確に技量で捕らえている。 テツジンも持った武器を振り回し、自分に群がる周囲の鉄喰蟲たちを一気に叩きのめす。 歩きながらも一体どれだけ片付けたか。鉄喰蟲は一向に減る気配が無い。 温泉地を開拓者たちは探し続けている。他の人間はいない。今、獲物となりえるのは彼らぐらい。 霧状の体の一体どこで思考するのか。それでも煙羅煙羅は人に近い知性を持って行動するらしい。 入り込んできた彼らを警戒はしただろう。それでもあっさり見過ごすほど、煙羅煙羅もぬるいアヤカシではない。 そして、動けばどうしても霧として不自然な行動にはなる。 「霧の動きは見えました。あの中の、どこに本体が……。スヴェイル、お願いします!」 上空ではばたいていたスヴェイルが距離を詰めると、怪しげな霧に向けて風を撒き散らす。 温泉の湯気なら、そのはばたき一つで吹き散らされる。が、霧とはいえアヤカシの一部だからか。留まり、さらに不自然な動きをさらす。 さらに吹き飛ばさそうと、スヴェイルが翼に力を込める。 が、そこに音を立てて飛んできたのは鉄喰蟲たち。あからさまに数を増やしているのは、煙羅煙羅が呼んだか。 「とすると、あの霧で間違いは無いですね」 リズレットは逃がさないよう、スヴェイルに上空へ位置取らせると、自分は鉄喰蟲の相手をする。 マスケット「魔弾」で狙いをつけると、小さな蟲型アヤカシに向けて発砲。破裂音と共に、一体が消滅。だが、新手は続々とやってくる。 動きが鈍くなる呪いを持つ銃だが、スヴェイルの背にいる間は心配も無い。高速飛行に駿龍の翼。風に乗って、駿龍は鉄喰蟲たちをかわし、隙を見つけるやソニックブームで一掃。浮かび上がってこようとする霧を牽制する。 手間のかかる装填を終えると、リズレットはまた次に狙いをつけて放つ。 呑まれないようスヴェイルは霧の周辺を飛びまわる。 リズレットの動きで露わになっていく不自然な霧。 シリーンもそれと悟り、さらにじっと見つめていた。 普通の霧でももやでも湯煙でも。風に合わせて漂い、濃くも薄くもなる。その中に目当ての物が無いか、じっと目を凝らし続け……。 「見つけました!」 即座に、アイヤーシュの手綱を引く。 払っても払っても付き纏ってくる鉄喰蟲たちに辟易していた走龍は、そのうっぷんを晴らすように一気に駆け出す。 鉄喰蟲たちが追いつこうとするも、それを許さない。 脚力を存分に生かして加速するとそのまま跳躍。開いた距離を瞬く間に詰め、霧の中へと飛び込む。 その霧もまたアヤカシの一部。それとなく付き纏う瘴気が練力を奪い、やがては命すらも奪って死をもたらす。開拓者であれば、天性の才と鍛え上げた能力である程度持つが、それでも長くはいたくない。 動く霧に視界を奪われる。それでも目当ての品を見失わなかったのは執念か。 魔槍砲「パニッシュメント」を構えると、閃光練弾を放った。仲間に位置情報を伝える為だったが、激しい光に反射して霧の中で輝くモノも見つけ出す。 両手で抱えられそうな琥珀色の玉。それこそが、煙羅煙羅の本体。 急いで、次の弾を装填。狙い定めてシリーンは撃つ。 けれども、直前で玉は大きく退き、霧に消えた。 「外した!?」 霧も晴れる気配が無い。 「思うよりすばしっこい相手ですね。――アイヤーシュ、準備はいいわね? では、参りましょうっ」 シリーンに応え、走龍が鋭く鳴くと、消えた本体を追ってさらに霧の中へと駆け寄っていく。 ● 本体を狙われ、これはまずいと煙羅煙羅も判断したのか。 霧の動きがあからさまに逃げに入る。 「絶対に逃がさないで下さい。逃したとあっては銃士の名折れです」 リズレットの呼びかけに、スヴェイルもますます機敏に動く。さながら牧羊犬のように、霧が動く方向に回り込んで動きを封じる。 そのさなかでもリズレットは目を凝らして、本体を撃つ機会を探る。けれど、向こうも用心している。巧みに自身の霧の中に隠れ、なかなか姿を見せない。 「キィエエエエエー」 その中で鋭い声を発して、空から急降下したのは花月だ。 開拓者からは熱心に隠れようとしていた本体だったが、絵梨乃と一旦離れて空から探っていた迅鷹には少々油断したのか。 見つけた隙を逃さず、迅鷹はスカイダイブで攻撃に移る。鋭く素早い動きは上級と呼ばれるにふさわしい。 だが、その攻撃も空を切った。悔しそうな花月の声が聞こえる。 隠れながら攻撃をかわすのも難しかったようだ。花月の動きに押されて出てきた本体に接近して、シリーンはパニッシュメントを槍として繰り出す。 けれど、結果は同じ。 「迅鷹のすばやさでも対処できるような相手。自身は攻撃しない代わりに、逃げ回る手段だけは鍛え上げたというところですか」 のらりくらりと逃げ回る本体に、シリーンの表情は渋い。 「足止めが必要と見ます」 サニーレインがぽぴん「晴雨」を吹いた。 ガラス細工の繊細な楽器は、ぽっぺんと不可思議な音を立て、戦闘にはそぐわない雰囲気すらも醸す。 するり、と本体がまた霧のいずこかへと逃げようとする。――すぐにその動きを止め、くるりと回ったりと奇妙な行動を始めた。 スプラッタノイズで混乱したのだ。 「勝負は一発、ですよ」 「ガオオオン! 任せたまえよ、お嬢さん」 独特の咆哮と共に魔神の怒りを発動すると、片腕を突き出し射出する。飛び出す拳は、しかし、偶然か実力でかさ迷っていた本体がするりとかわされる。おかげで片腕は霧の彼方にすっ飛んでいった。 「ダメじゃないですか」 「これは失礼を」 咎めるサニーレインに、テツジンも頭を下げるしかない。 一直線に炎が伸びてきた。カズラの火炎獣だ。 「細かい作業は嫌いなのよ。手間を取らせないでちょうだい」 カズラがいらだたしげに長い髪を掻き揚げる。 霧の体に紛れて、本体に魔法も勝手に当たってはくれない。だが、目で見つければ別だ。炎は見事に直撃し、本体が軽い音を立ててひび割れる。 すかさずテツジンは残った腕で殴りつけた。ひびが広がり、本体がすっ飛ぶ。 「これで終わりかな」 軽やかに駆け寄ると、絵梨乃は本体を地面に向けて蹴りつける。気合いのこもった一蹴り。青い閃光が走り、雷鳴のような響くと共に、霧ごと煙羅煙羅は二つに分かれた。 ● 本体が砕けると、霧の体も薄れて消えていく。 すっきり晴れたようにも思えないのは、あちこちから立ち上る湯気のせいだ。元々そういう街なのだろう。 かくて、煙羅煙羅は消え去り、街は平和を取り戻した……ともまだ言えない。 ぶん、と音を立てて鉄喰蟲が体当たりをしてくる。小さいアヤカシとはいえ、噛み付かれたなら痛いものは痛い……。 「虫、ですから。勝手に逃げ出すというのは無いのでしょうねぇ」 うんざりとしながら、シリーンは蟲を払う。煙羅煙羅はいなくなったが、かといって虫も一緒に滅ぶのでもない。 勝手に飛びまわられても困る。煙羅煙羅が引き寄せた効果が残り、自分たちしか獲物がいない内に仕留めるしかない。 「分かりました。全部焼き払ってしまいしょう」 呪本「外道祈祷書」を構えなおし、カズラがうっとうしそうに鉄喰蟲を睨みつけた。鉄喰蟲を追い払っていたユーノも慌てて後ろに控える。 「もう少しですからがんばりましょうか」 「心得ております。――その前に、腕を少々」 虫めがけて拳石を振りかぶるサニーレイン。テツジンは先ほど飛ばした腕をいそいそと拾いに行く。 「回り込んで纏めた方が早いかな。リズレットはそっちからお願い。ボクは向こうから誘い込むよ」 「分かりました。では参りましょうか」 絵梨乃の指示に頷くと、リズレットはスヴェイルと一緒に飛び立つ。その姿を見送ると、絵梨乃も花月と同化。大空の翼で鉄喰蟲たちを誘い込む。 ● 一体どれだけ呼び込まれていたのか。 逃げたものに関しては仕方がないし、仮に見落としたモノがいても鉄喰蟲一匹程度ならば一般人も相手に出来る。当分警戒はしてもらおう。 数だけはやたらいた。目に付く蟲を退治し終える頃には、開拓者たちもくたびれていた。 依頼完了の報告ついで。せっかくの湯治場、楽しませてもらえないかと交渉した所、あっさりと承諾してもらえた。 という訳で、温泉を堪能する。 「リズレット。背中流してあげようか」 「え、いいのでしょうか。えっと、でも先にスヴェイルを流してあげた方が……」 絵梨乃の申し出に、リズレットが少々戸惑いも見せる。仲はいいとはいえ、いいなりに気恥ずかしさもある。 龍に関しては、大きな風呂で入らせていいと言ってくれた。だから、そっちを優先するべきかと一瞬迷う。 迷ってる間に絵梨乃の元に、花月がやってきて芋羊羹を催促している。一気に場が賑やかになった。 「アイヤーシュも後で洗ってあげましょうか」 その騒ぎは横にして。今は自分がと、シリーンは独特の香のするお湯の中で、ゆったりと手足を伸ばす。 「テツジンは一緒でいいですね」 「まてサニー。土偶ゴーレムの体に温泉は必ずしもウゴガボガゴボ」 尻込みするテツジンを、許可は取ったとサニーレインはあっさり湯殿に放り込む。ちなみに土偶ゴーレムは浮かない。嵌まり方が悪かったのか、何だか泡を吐いてもがいている。 「ダメですよ。お風呂で騒いでは」 呆れた口調でユーノが告げる。 カズラは立ち込める湯気に目を向ける。普段なら気にも止めないが、今日は別。 「流れるのは普通の湯気ね」 湯煙で視界は悪いが、ただそれだけ。取り込まれても、命を落としたりしない。 風呂の外では、従業員が再開準備に忙しい。すぐに客も戻ってくるだろう。 日頃の疲れを癒し、元気を取り戻す為に。 |