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■オープニング本文 それらは山からやってきた。 体長は人を超え、強靭な脚をもってその何倍もの高さを飛ぶ。 作られた柵をものともせずに越え。場合によっては脚で蹴飛ばして、壊してしまう。 そうして中に入り込み、植えられた作物をむさぼり食らう。建物を歯で削り壊す。溜め込まれた食料も簡単にやられた。 耳が大きい故、音には非常に敏感。どんなに足音を消しても、わずかな衣擦れなども聞き分け、人が接近する前に気付いてしまう。人が異変に気付いて駆けつけた時、見るのは踏まれた大地と食われた残骸だけ。 それを逆手に取り、音を立てて追い払うという手も使った。驚いたそいつらは我を忘れて暴れ回り、周囲の物を踏みつけ飛び越え被害を大きくするだけだった。 どうにか追い払うとしばらくはやってこなくなる。だが、味をしめたのか、ほとぼり冷める頃にはまた戻ってくる。あるいは他の人里へと姿を現す。 「このままでは、冬の備蓄も食い荒らされかねない」 「村が壊滅する方が早いかもな……」 危機感を抱いた近隣の人々は、自分たちでの討伐を諦め、開拓者ギルドに駆け込む。 「というわけで、ウサギのケモノを討伐してくれ。十体ほどいるらしい」 開拓者ギルドに出された依頼。ギルドの係員が説明を入れる。 愛らしいウサギも、野生で巨大なら迷惑極まりない。作物は食い荒らされ、家はかじられ、屋根はついでに踏み抜かれる。 逃げ足は速く、文字通り脱兎の如く。追い詰められれば、戦闘もする。 ケモノとはいえくれぐれも油断はするな、と係員は念を入れた。 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
松戸 暗(ic0068)
16歳・女・シ
五黄(ic1183)
30歳・男・サ
武 飛奉(ic1337)
14歳・男・泰 |
■リプレイ本文 退治といえば、主にアヤカシ。人を襲う輩を狩るのはむしろ当然のこと。 だが、アヤカシ以外であれば少し事情も異なる。人に被害をもたらすのであれば仕方ないと思いつつ、獣も自然の摂理で生きている。彼らの気持ちになれば、ちょっと縄張り広げて餌を探したぐらいのものだ。冬を前に、その心情を思えば同情もわく。 まして、見かけ愛らしいウサギであればなおさらだ。 「……や、やっぱり。殺さなければだめなのか」 依頼を聞いた時から陰々滅々。同行はすれど、この場に及んでまだ声が暗いのは背中のうさぎがとっても愛らしいラグナ・グラウシード(ib8459)。うさぎ好きとしてはなんとか討伐は避けたい。アヤカシでは無いのだから、山の奥まで追い払って静かに暮らしてもらえる手も考えられる。 その心中は察するが、松戸 暗(ic0068)は厳しい面持ちで否定する。 「こういう動物どもは追っ払っても捕獲しても何の解決にもならん、死あるのみ」 「兎とは臆病なものだが俊敏さの象徴でもある。獣に卑怯も臆病も無い。この場においては狩るのみだ」 武 飛奉(ic1337)が向ける目は侮蔑に近い。相手はケモノ。生活の糧とするのはこちらも同じ。そこには何の思い入れもなく、ただやるべきことをやればいいだけなのに何を言うのやら、と言わんばかりの目つきである。 「無益な殺生は好きじゃあないけど、この惨状はなぁ……」 大きく息をついて、ルオウ(ia2445)は宥めるようにラグナの肩を叩く。 畑は大きな足跡だらけ。保存されていた食料も食い散らかしが目立つ。木造の建物は至る所に歯型があり、一部壊れていた。 冬を前にこれは痛い。雪が降る前に食料を補充し建物を直し。無駄な労力と出費がかさむ。 そして、うさぎはこれからもやってくるのだ。狩らない限り。 「冬が目前になると割と聞く騒動だが、相手がケモノってのが悪かったな。ケモノに恨みはねぇが、生活の為だ」 「楽な手段で餌を確保する方法を覚えちゃったんだ。そういうのは退治する他無いよ」 互いに不運だったとあっさり告げる五黄(ic1183)。 戸隠 菫(ib9794)も軽く肩を竦めて。 ラグナは泣き崩れながらも、皆と共に作業を開始する。 ● ウサギは十体。ケモノ相手であれば、アヤカシのような死線をくぐる戦いはあまりない。とはいえ、その巨大さやウサギならではの脚力には注意が必要。またケモノであるからこそ警戒心も強い。 なので、餌をまいておびき寄せ、その間、開拓者たちは潜んで待つ。 では、どこに仕掛けるのが適切か。村の人たちから情報を得てきた五黄が一方を指した。 「やつらが来るのは向こうの山からだそうだ。元々の生活圏はあっちだったんだろうなぁ。ケモノ道もしっかり残ってる」 冬でも緑が見える山だが、それでも食べ物には乏しいのだろう。 「よっぽどお腹がすいてるのでしょうか」 屋根のあたりまでかじられているのを見て、鈴木 透子(ia5664)は首を傾げる。 「歯を削ってるだけなのかもね。でも、何を食べたらこんなに大きくなるのかしら」 かじられた後に、残された足跡。聞いてはいたが、改めて体格の大きさを確認し、フェンリエッタ(ib0018)は軽く頭を抱える。まるで自分達が小さくなったかに感じる 残された足跡を、自身と比べる透子。歩幅を数えてウサギの一歩の距離を測っているのだが。するとなおさら比較も分かる。 「この大きさ相手ではちょっと身の危険も感じます。壁を出しても越えてしまいそうですね」 「その時はその時。もう一枚出して挟みこめばいいわ。ぶつかって目を回してくれたらそれでもいいしね」 透子が小さく身を震わせる。何かの弾みで蹴られでもしたらどうなるか。結界呪符「白」で逃げ場を塞ぐが、この体躯に脚の強さでは飛び越えてしまうだろうか。 そう心配する透子に、フェンリエッタは軽く答える。白でも黒でも壁の用途は同じ。使い方次第でどうとでもなる。 誘いこめそうな場所をみつくろうと、今度はそこで開拓者たちが待ち伏せする場所も必要になる。 「この樹の上なら辺りが見渡せそうだな」 手頃な大樹に目をつけると、飛奉はさっさと枝を登る。太い枝に沿って伏すと、後は目立たないよう息を潜めながら地上の様子を観察する。 その地上ではルオウが全力で穴を掘っている。 「隠れる所はこんな感じでいいか?」 「そうね。一気に飛び出せるよう、傾斜をつけてくれるといいわね」 「よし、任せろ」 菫の指示に従い、穴を広げる。その中に潜んで待つ寸法。勿論穴の上には草で屋根を作って偽装するのも忘れない。 ただ、伏して待つよりも、そこでならなるべく楽な姿勢で音も紛れて過ごせる。いつ来るか分からない相手を、身動き一つせず待つのは動き回るよりも辛い。 「あとは、音を出さんように鎧やら武器やらの金属部分には注意しねぇとな。鳴りそうなところは布なり革なり挟んで音がなりにくくした方がいい」 「面倒でも仕方ないわね。布は用意してきたから足りないなら言ってちょうだい」 五黄が武器などを覆い隠すと、菫も胸甲の金鎖などを一つ一つ丁寧に布で包む。 「では、こちらは罠を仕掛けるとしようか。間違っても皆様は引っかかったりせぬように頼む」 「村の人にはこちらには来ないよう頼んであります」 ロープや板やらを持って暗が作業に入る。物理的な罠を仕掛けるのに対し、透子は術の罠を仕掛けていた。 どちらにせよ。うっかり引っかかれば大変なことになる。ケモノが暴れる場所に入り込まれても困るので、注意は念入りに言い渡してある。 最後に、餌をまいて出来上がり、だ。後は釣られて出てきたところを、一斉に包囲してしとめるのみ。 複雑な心境のまま、ラグナも皆と共に餌をまいていく。罠にかかるように。 出てきてくれなければ依頼は達成されない。けれど、出てきたならば……。 寒風吹く中、涙目になりながらラグナは網を手にしてウサギを待つ。 ● 一体どれだけ待ったか。日の傾きからしてそれなりの時間を費やしていた。 聞いていた山の方角に長い耳を見つけた時、安堵と緊張が同時に生まれた。 その気配が伝わったのか。不意にウサギが立ち上がり、周囲に耳を立て、しきりに警戒を繰り返していた。 ここで逃げられては元も子もない。さらに各自が石のように固まって自然と同化する。 さらに待つことしばし。警戒しつつも、ウサギは餌に気付いて惹き寄せられている。転がる野菜に一つ口をつけ、二つ口をつけ。 大丈夫と分かると、遠慮なくひょいひょいと口に運ぶ。愛らしさ満点の食事風景に、ラグナはまた目を潤ませる。 一匹現れると、次の一匹が現れ、二匹増えと、ウサギが数を増してくる。動き回る彼らの数が十になるのを待ち、さらにまた待って――。 ゆっくりと動いていたのは暗だった。抜き足で音を消して接近。気配に気付かれず、射程まで近寄ると、即座に手裏剣「鶴」が空を斬った。 かすかな音を察知してウサギたちが耳を立てたのと、一体が体を震わせて倒れるのはほぼ同時だった。 ウサギたちの行動は早かった。倒れた仲間はさっさと見捨て、まさしく脱兎となる。 その背後に追いすがるのは、飛奉だった。樹から飛び降りるや、瞬脚で瞬く間に追いつき並ぶ。 狙うのは、その脚。跳ねる着地を見計らい、爆砕拳を放つ。的は大きい。外すはずなく、ウサギの脚が爆発と同時にもがれて飛んだ。 音を立てて、ウサギが倒れる。瀕死の相手にためらうことなく、飛奉は蹴技で留めを入れる。 もはや狙われてるのは丸分かり。他のウサギたちは逃げようと必死だ。 だが、逃げ道の前方にフェンリエッタが結界呪符「黒」を立てている。突然現れた壁にはさすがに驚き、ウサギは機敏に行く手を変えた。逃げにくい壁を避け、より逃げやすい道を探し、そちらへと殺到する。 そして、張り巡らされていた罠が作動した。暗のくくり罠につかまったならまだいい。透子の地縛霊に捕まったウサギは何が起きたか分からないままその命を終えただろう。 いや、くくり罠でも先は同じ。ほんの少し存えただけか。それはけして幸運ではない。 菫はウィングド・スピアを掲げて瞑目する。激しく燃え立つような炎の幻影がほとばしると、ウサギを飲み込んだ。 幻の炎だが、その威力は実際の火を越えるだろう。あっけなくウサギは先の仲間たちと同じ運命を辿る。 「うさた〜〜ん!」 「もう諦めなよ。生け捕りにしてもあの大きさのウサギを飼育出来ないよね」 「分かって……いる……。せめて、苦しまないよう……一撃で!!」 見る間に数を減らしていくウサギ。悲鳴を上げるラグナだが、それでも覚悟を決めると、罠から逃れようとするウサギに網を被せ、オウガバトルを発動。 全身からオーラを立ち上らせ、魔剣「ラ・フレーメ」で斬りかかる。気合い一閃。見事にその首を刎ね落とした。 幸運にも罠すら潜り抜けたウサギには五黄が、方天戟「無右」を振り回して追い返す。 「ほらほら、こっちには来るなよ。相手したがっている奴らはいっぱい向こうにいるだろう」 脚が狙えるなら狙うが、無理もしない。そもそも積極的に争う気もない。とにかく逃がさないのが今は先決。 長い槍は振り回しているだけでも物騒。慌ててウサギはまた引き返そうとするが、そちらもまた危険。 なんとか逃げようと、結界呪符の壁を飛び越える。しかし、高くあがれば空中で姿勢も変えられない。着地する脚を狙ってフェンリエッタは雷鳴剣で切りつける。 脚力を削ぐだけでも随分と楽になる。その間に、さらに前方にまた壁を作り直すのも忘れない。 それでも逃げ場が無いなら、がんばってウサギもあがく。隼人で先制して仕掛けるルオウだが、間に合わないと悟ると咆哮を使って引き止める。 大地を響かせる雄たけびを上げるや、巨大なウサギが向かってくる。 直情的なウサギは動きも読みやすい。まっすぐに向かってきた獲物の心臓向けて、ルオウは太陽針を放っていた。 ● 逃げ場を失ったウサギは、あっという間に倒された。開拓者たちにはさしたる怪我も無く、倒れたウサギたちを一箇所に集める。 「さてと。ある意味、ここからの方が大変かもね」 並ぶウサギたちを前にして、フェンリエッタが腕まくり。 やがて土に還る肉だが、ただ腐らせるのももったいない。肉も毛皮も骨も。命を繋ぐ糧になる。 「村の人たち呼んで来たよ。手伝ってもらえるから少しは楽できるわ」 菫が報告がてら事情を話し、ウサギの解体ができる人を集めてくる。 出来た加工品は村に全て渡すつもり。食べられた食料や建物の修繕費の捻出を思えば、村人たちも喜んで手を貸してくれた。 「冬の生活は人間も厳しいんだ。貰えるものは貰っとくに限る」 長い尾を揺らして、五黄は剥いだウサギの皮を丁寧になめす。 ウサギとて冬に立ち向かう為、村に入り込んできたはず。こうした結果は不本意かもしれないが、多分心情は分かってくれるに違いない。 「このウサギの脚は……やっぱり捌くか。置いていても困りそうじゃ」 もげた脚を無造作につかんでいた暗は、一応声をかけて回るが、反応は芳しくない。 ウサギの足は幸運のお守り。けれどもこの大きさを腐敗防止の加工するには、面倒が先にたつ。いずれ来る幸運より、今、目の前の幸せを。腹を満たし、体を温める方が有益と見た。 肉は保存食に回す他、今回の労を労って早速鍋が作られる。野菜も提供され、大きな鍋は美味しそう料理に変わった。 「うん、うまい。皆に配ってくれ」 出来た鍋をルオウが毒味。思わず笑みがこぼれる。 憂いが晴れ、寒い中の温かい料理に笑顔が広がる中、いつまでも沈んだ顔が一つ。 「私が、もっと甲斐性があったら、あの子たちを皆養ってやれたのにわああああああ」 和気藹々と鍋を囲む一同からはさすがに遠慮して。地面に突っ伏してラグナが泣く。 そんな彼から、飛奉はあからさまに背を向けている。 「貰えるものは食う。いちいち気にしてられるか」 がつがつと兎鍋を腹に放り込む。狩って得た報酬なのだ。思いいれなど不要。 輪から離れて泣き続けるラグナだったが、透子がそっと鍋から具をよそうとラグナに差し出す。 「辛いかもしれませんけど。美味しく感謝して食べるのも供養だと思いますよ」 目の前に出された椀を、ラグナはしゃくりながら受け取る。 ぬくもりの一杯。費やされた命を、黙って見つめる。 跳ねるウサギも精一杯生きた。村人たちも生きている。生きていれば、折り合いがつかないこともある。何が悪いでもなく、それもまた自然なのだろう。 |