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■オープニング本文 理穴にて、魔の森掃討戦が展開される。 緑茂の戦いで炎羅を打ち破り、さらには時を経て残る砂羅と氷羅も瘴気に還した。 大アヤカシ三体を失った今、魔の森は主不在の状態。この機に魔の森を焼き滅ぼせば、奪われた冥越までも目と鼻の先になる。 儀弐王の元、各地から戦力が集められ、魔の森への攻勢が始まろうとしていた。 ただし。それと同時に密やかに伝達された真相もあった。 つまり、理穴掃討戦はあくまでアヤカシたちをそちらに集中させる陽動であると。 今回の合戦。真の狙いは東房に潜む大アヤカシの討伐――。 しかし。本格的な攻勢をかけるには、まだ懸念があった。 すなわち、「生成姫の時の二の舞にならないか?」と。 大アヤカシ・生成姫を討伐した際、島が一つ落ちた。 どうやら大アヤカシに加え護大を内包していた鬻姫を倒し、生じた大量の瘴気が龍脈に影響したのが原因らしい。大量の瘴気が溢れれば、また同じことが起きるかもしれない。 大アヤカシを倒しても、住む場所を失っていくのでは意味が無い。 その対処として、東房全体の精霊力を活性化させることが決まった。 精霊力が満ちていれば、恐らく弾かれあるいは浄化され、龍脈への影響は減るはず。例え流れたとしても、島を落とすほどの脅威にはなりえないはずだ。 活性化の儀式はすでに確立されている。天輪王の名の元に、東房では儀式を行う準備が粛々と進められていた。 ● だが、儀式に伴う危険は当然ある。その対策に、関係者は頭を悩ませていた。 「怒るでしょうな」 「小川のせせらぎを大河の奔流に、涼やかな微風を荒くれし暴風に、早乙女の歌声をジライヤたちの大合唱に変えるようなもの。おもしろがるモノもいれば、嫌悪するモノいて当然」 精霊力を活性化させる。それは天儀を損なわぬ為に絶対必要。 けれども、それを歓迎しない存在もいる。 アヤカシでは無い。精霊たちだ。彼らにすれば、勝手に環境を大幅に変更させられるのだ。素直に受け入れるはずが無い。 「儀式を良しとする精霊は手を出してこないはず。並の精霊程度なら精霊力の高まりを怪しんで様子を見に来ても、手を下す力は無いだろう。放っておいてもことが済む。――現れ、あえて阻止してくるのは、儀式を悪しとする高位精霊であろうな」 沈黙が降りた。 重苦しい雰囲気の中、誰かが諦めたように一つ息を吐く音がやけに響く。 「交渉役が必要だな」 「穂邑殿にまた頼むか」 過去にも高位の精霊と交渉を行っている彼女。伴う危険への対処も、他の開拓者に比べれば熟知しているはず。何より神代を持つ身なら、接触も容易いはずだ。 しかし。即座に反対の声が上がった。 「此度の儀式、志体を中心に発展してきたものと聞く。そこに帝が参加されるなど、端から想定外であろう」 「つまり?」 「穂邑殿の持つ『神代』が儀式にどう作用するか分からない、ということよ」 神代には謎も多い。ぶっつけ本番で当てるにはあまりにも不確定すぎる。最悪、儀式は失敗、穂邑もどうなるか。 だが他の適任者を、となると……これが簡単には浮かばない。 「まさかまさか。石鏡の巫女王たちに頼むわけにもいかぬしなぁ」 様々な意見を重ねに重ね。 やがて、一つの結論を出す。 ● 「で、俺かい」 「で、お前だ」 開拓者ギルドから酒宴の誘いで呼び出され。のこのこ顔を出した酒天童子はそのまま拘束。ギルドでも秘密の依頼を処理するような奥の間へと連れこまれ、長々と説明を受ける。 過去には天儀で暴れまわるほどの力を振るっていた。素質十分。幸いなるか、巫女として精霊力とも接している。 何より。精霊からの反発を受けて倒れたとしても損害にならない。誰も口にこそ出さないが、そう気配が語ってはいる。 「話を聞いて、納得してくれる奴なのか」 「そう聞くということはやってくれるか」 しかめ面のまま酒天が尋ねると、その問いには答えず、話を持ってきた高官たちは睨むように別のことを口にした。 ちっ、と小さな舌打ちが響く。 「やらなきゃ天儀のどこかが落ちかねないんだろう。やるだけやってやらぁ」 諦めたか、悟ったか。それでも酒天は言い切る。 「その言葉、二言無しと見る。だが、やるからには失敗は許されないと思ってもらいたい」 高官たちはひとまず胸を撫で下ろすと、脇に置いていた古い書を開く。 書かれているのは天儀各地の伝説やおとぎ話。その一つを指し示す。 「儀式を行う地周辺の伝承を調べた。もし来るとすれば、この菩提老さまかと思われる」 「ボダイロウサマ?」 「樹木の高位精霊と聞く。伝承によれば、普段は山野の奥に潜んで姿は見せず。下位の精霊に加護を施し、運よく出会えた僧侶に知恵を授けるとも……」 「いい精霊じゃねぇか」 「……他の精霊や人間を絞め殺し、辺りにある全てを破壊し、虚ろに変えるとも伝えられる」 あからさまにがっかりした空気が室内に満ちる。酒天ですら目を背けたので、相当だろう。 「伝承は伝承。どこまで正確か。かといって、全てが嘘でもあるまい。本当にこの精霊が現れるとも限らぬし、別の高位精霊が通りがかる可能性とてある」 可能性は可能性。だが、その地に伝承される精霊が一番可能性としてはありえる。 「それをどう説得しろと?」 「我らは巫女でも僧侶でも無い。現地で判断してもらいたい、としかいいようが無かろう」 面倒そうな口調の酒天に、高官たちはきっぱりと伝えてきた。 「そもそも、精霊と人では道理からして違う。我らは島が落ちれば大騒ぎだが、精霊にとっては風通しがよくなった程度やも知れぬ。そもは大アヤカシを倒したのが諸悪の元と、人を恨んでるかも知れぬ。どう出るか」 精霊は別に人間の味方でもない。特に高位にもなれば、人知を超えた思考で動く。 不服そうにしながらも、酒天は何も言わない。確かに、ここでああだこうだ言い合っても仕方のない所がある。ある程度の予想が出ただけでもまだマシか。 「最悪、倒すという手は?」 「高位精霊の持つ精霊力が散り、儀式への影響を考えると褒められない。ただ、儀式を開始し、活性化が安定するまで約半刻ほどと聞き及んでいる。ことがなった状況に、もはや手を出す精霊はおらぬだろう」 「つまり、儀式の最中だけ守りきればいいというわけか」 「穏やかに納得いただき退散願うのが一番良い、というのは重々肝に銘じて貰いたい」 「それは向こう次第だ」 平然と言ってのける酒天に、高官たちは釘を刺す。 かくて開拓者ギルドに密やかに依頼が出された。 東房方面にはまだアヤカシたちに目を向けさせてはならない。 念には念を。具体的な場所も儀式の全容も極力秘されたまま、ただ協力する手だけが求められる。 儀式を無事行う為の周辺警備。何よりも、酒天と共に、その場で現れるであろう高位精霊への対処を。 |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰
柏木 煉之丞(ib7974)
25歳・男・志 |
■リプレイ本文 案内された寺は山奥というのにそれなりに立派で、厳かな気配が満ちていた。 東房の僧兵たちが最後の準備も終えて、開拓者たちに後を託して、寺院の扉を重く閉めた。 精霊活性化の儀式を行うと言われたが、何をどうするかまでは知らされていない。覗かせてもくれない。 閉ざされた扉からは音一つ漏れず。知らされてなければ、何が行われているか知りようが無い。 けれど、時が経つにつれ、周囲の気配が変わってきたのに気付く。 「儀式が始まったんだな」 精霊力を確かめる為、緋那岐(ib5664)が真なる水晶の瞳を覗き込む。 「後は邪魔が入らずに終わればいいんだがな」 何か感じるのか、口を尖らせて酒天童子は周囲を見渡している。 一体、何を見ているのか。その目線はどこか遠い。 東房の大アヤカシ討伐の一環。アヤカシたちに知られれば、当然邪魔をしにくるはず。 だが、今回警戒すべきはヤツラでは無い。儀式の場所も準備も周到に選び行った為か。気付かれた気配は無い。 気付き、訪れるとすれば、普段は力を借りる精霊たちだ。彼らがこの状況の変化を受け入れるかどうかが懸念すべき所。 高位精霊に乗り込まれれば、一騒ぎは必須。そして、その心当たりもあるのでは警戒して当然。 暴れるなら手荒くやる必要もあるが、それもまた問題が出る。 おとなしく帰ってくれるならそれが一番いい。その為、交渉はとても重要になるのだが。 「交渉役としては……苦肉の策なのだろうな」 柏木 煉之丞(ib7974)がそれとなく目線を外してぼそりと呟く。 同じ修羅。今でも陽州では敬愛される酒天ではある。それでもよくよく人物像が分かってくると、この一大事を任せていいのか不安は残る。 「陽州では、どんな風に精霊さまを祀っていたんですの?」 「別に大した違いはないだろ。いるとされる場所は禁域にして、普段は専属の巫女が管理しているはずだ」 ケロリーナ(ib2037)は特に不安なく。酒天に無邪気にしがみつくと、好奇心に目を輝かせて喋りかけている。 「あたしは精霊とは何度か話したことがあります。けど、それら精霊も眠りたがっていました。精霊はきっと騒ぎが嫌いなのでしょう」 心配そうに鈴木 透子(ia5664)は酒天に問いかける。 「話しやすい精霊でもそうなのです。なのに、今回は来るなら嫌がってと推測されています。そんな相手……危険ではありませんか。精霊を宥める為に使わされるって、言い方を変えたら――ただの人身御供です」 大丈夫なのか、と、問いかける。交渉が成功するかではなく、その身に危険が及ばないかどうか。 「だが、やらない訳にはいかないだろう」 「それもそうなのですが……。それに差し出されるのをどう思ってるのですか」 「やれるだけやるだけだな。駄目な時は、後、頼む」 酒天はおどけた様子で手を上げた。どこまで本気で冗談か。 ただ、覚悟は決めているようだ。 「あの。よろしかったらこれを」 そんな酒天に、透子が身代わり人形を差し出す。 「お守りです。もしかしたらこれで勘弁してくれるかも」 本当に効力があるかは分からない。 だが、高位精霊が現れた時、何が起こるか。警戒してしすぎることはない。 「まったく無茶ぶりしてくれるよなぁ! そこ何とかすんのが俺たちの仕事だもんな!」 「歓迎の準備は出来てるんや。いつでも来たらええがな、ほんま頭の堅い僧たち説得するんは大変やったんやでぇ」 ルオウ(ia2445)がそんな酒天の頭を叩くと、八十神 蔵人(ia1422)も笑って用意した物資を指す。 寺を囲む広い庭園。そこに作られた祭壇は、儀式と直接関係はしない。そこに置かれているのは、酒樽一杯の御神酒に、供え物。 宴を開き、歓迎しようというのだ。 「精霊殿を穏やかに迎たいからな。酒天殿、喧嘩はせず、もし起きても前には出ずにお願いします。――それと、酒を飲むなら終わった後で」 いきなりの喧嘩腰は御法度。念を込めて煉之丞がやらかしそうな人物に釘を刺す。 「菩提老さまは樹木の精……。煩いのは嫌かもね。静かなること林の如し、って言うし。という訳で、樹理穴踊りって知ってる? 一緒にやろ」 リィムナ・ピサレット(ib5201)が渡す羽根扇子を渡す。 「いやあれ、けっこう賑やかだし。そもそも女踊りだろ」 「何だ、褌一丁で踊ると思ったのに」 さすがの酒天も拒否を示すと、緋那岐は残念そうに呟く。話のネタが一つ減った。 精霊を迎える準備は整った。後は主賓が来るのを待つばかり。 もっとも、本当に来るかは分からない。 ● 何やら不可思議な気配だけが、周囲に満ちていく。 山の木々のざわめきが止まらない。風のうねりにあわせて、何かがはしゃいでるように思えるのは気のせいか。 「これじゃ、ケモノらも落ち着かないだろうな。このまま何でも無けりゃ、それが一番いいんだがなー」 ルオウは外を警戒する。勢いに乗って獣やケモノが乱入してこられては困る。 酒樽のそばで、不機嫌に座っていた酒天が、不意に顔色を変えて立ちあがった。 「強い精霊の気配を感じますね」 懐中時計「ド・マリニー」を握り締めて、玲璃(ia1114)も周囲に視線を向ける。 ……何かが、いる。 「殺気は感じない。何かがいるというのはわかるんだが……」 煉之丞が心眼「集」で辺りを見渡す。だが、実際の目で見ても状況に変化があるようには見えない。 「姿を見せないまま、精霊力で儀式に干渉するつもりか? 陰険だな」 「あまり怒らせるようなこと言わないで下さいよぉ」 毒づく酒天を、ケロリーナが困惑しきりに宥める。 「事情を話して分かってもらうしかないと思います」 やはり真なる水晶の瞳で気配を探っていた透子も、頭を抱えて相手を探す。 それならと、リィムナは樹理穴扇子を掲げる。 「お騒がせしていることを謝罪して、こちらの事情をしばしのご寛恕願うべきだよね」 「謝罪は必要ないやろ。悪いことしとるんやないんやし、歓迎だけすればええやん」 「そういうもの?」 蔵人が自信を持って頷く。謝れば負け。自分たちが悪事を働いていると認めるようなものだと。 リィムナが少し首をかしげたものの、精霊の唄の曲調に乗せ、自分たちの事情を歌にする。 大アヤカシ討伐を行うこと。その際、儀を落とさない為に精霊力の活性化させておく必要があること。 樹理穴扇子を仰ぎながら、木々が揺れるように踊る。 透子も結界呪符の壁を出す。精霊力は満ちてきているが、術自体には影響が無く。しっかりとした壁が出現する。 その後、同じ術をわざと失敗してみる。陰陽術による精霊力の反発と、空となって消滅したことを伝えたかったのだが、うまく伝わったかどうか。 「どうする?」 煉之丞は酒天を見る。 その酒天はといえば、何やら渋面で宙を見つめていた。が、そのまま何やら振り払うように頭を振る。 「ま、仕方ないわな。承知で引き受けたし。俺向けっちゃ、俺向けか」 祭壇に駆け上がると、虚空に手を伸ばす。 「菩提老、話がある! ここに、姿を現すがいい!」 叫ぶや否や。 その腕があらぬ方向にねじれて砕けた。 「酒天!」 「来るな、下がれ!!」 駆け寄ろうとする開拓者たちを鋭く恫喝する。 その声すらも一瞬で掻き消えた。どこからともなく伸びた無数の蔦が酒天を締め付け押し潰し。複雑に絡み合いながら、瞬く間に生長して、天を貫くような巨大な樹木を形作っていた。 ● 祭壇も潰され、外塀も一部が壊された。けれど、寺自体は無事。開拓者たちを挟む形で、樹は儀式が行われている寺と対峙して、枝葉を繁らせていた。 周囲が陰り、少し寒くなる。枝葉が天を覆いつくし、周囲に陰を作っていた。 「菩提老、さま?」 誰かが声をかけるが、枝葉がざわめいただけだった。 だが、気配が如実に語る。先ほどから辺りに散漫していた精霊の気配が、そこに収束していた。 気付けば、軋む音が聞こえる。樹はまだ生長し、動いていた。 「酒天くん……。酒天くんは!?」 「落ち着け、気配はある!」 近寄ろうとしたケロリーナを、煉之丞が止める。心眼「集」で感じる限り、酒天の位置は動いていない。気配があるなら死者では無いはず。 分かるのはその程度。菩提老に完全に包み込まれ、どういう状態かは知る限りでは無い。 植物には、他の植物に宿り、蔓や根で締め上げて生長するものがある。どうやら、それが菩提老の質らしい。 今は、無事と信じるしかない。 「あー……。俺たち、怪しいもんじゃあ……あるかもしんねーけど敵じゃないからさ」 腹をくくると、ルオウが明るい声を出して話しかける。 「今、奥でやってる儀式はアヤカシと闘うのに必要なんだ。だから許して欲しい。代わりに、酒でも一緒にどうだ」 襲ってくる可能性は考えにあるが、逃げる気は無い。何かあれば気力を絞ってでも、ここを動かないつもりだった。 幸い相手も動く気配が無い。 煉之丞は膝をつくと、丁寧に拝礼する。 「伺いも立てず、騒ぎ申し訳ない。我らは地を守る為にと、御力を頼りに参った者。せめて、と、もてなしを仕度しました。――もしご立腹であれば、他に儀を落とさぬ手立てをお教え願え無いだろうか」 伝えながら、菩提老の様子をうかがう。が、顔色どころかその顔がどこにあるかも分からない。風も無いのに葉をざわめかせているのが不気味ではあるが、そう感じるのはこちらの気持ちの問題か。 祭壇と一緒にそこにあった酒もお供えも跡形も無い。蔵人が無事な酒樽を運んでくるが、扱いに困った。 「どないやろ。景気よう、根元に撒いたろか?」 「供えるだけでいいのでは」 透子が苦笑いして告げると、それもそうかと精霊の前に改めて奉げる。 が、やはり動く気配は無い。 リィムナが心の旋律を奏でながら、緩やかに樹理穴の踊りを踊る。 生きとし生きる全ての者への、愛と生命の賛歌。行われている儀式が悪意無く、アヤカシを滅する為に必要な儀式であると、心からの気持ちを素直に体現し、伝える。 心の旋律は、精霊語による愛の歌。幾らなんでもこれは理解できるだろうが……。 リィムナに続いて玲璃もひとしきり舞う。感想は得られない。 「気に入らないのかな?」 「そういう気配でもなさそうですが……」 困惑するリィムナに、玲璃も静かに大樹を仰ぐ。 まったく反応が無くなってしまった。儀式の邪魔をする様子は無く、襲われるのは御免だが、こうなっても次の手が打ちにくい。 「術を仕掛けてもいいでしょうか。といっても、癒しの術ですけど」 思案して、玲璃は一つ提案する。心配されながらも、強くは止められなかった。 玲璃は菩提老に歩み寄る。 陰陽道では五行相生という考え方がある。水生木。水は木を生かすものだ。 少彦名命によって菩提老が一瞬水で包まれる。が、それだけ。傷も無いから癒されたかも分からない。 天火明命も使ってみるが結果は同じ。力を貸してくれる高位にいるという精霊をどう思っているのか。 「一体、何をお望みですか? いっそこの身に降りてお話願いませんか」 「それは駄目です。危険すぎます」 玲璃の呟きに、透子がさすがに止める。酒天の安否も知れない。これ以上、犠牲は出せない。 「精霊の力が強くなって、みんなが浮かれて騒がしくなるのが嫌な精霊さまが多いですの? それとも、お祭りさわぎがお好きな精霊さまが多いのですの? もし、騒がしくなるのが嫌な精霊さまが少数派でも、その意見を否定しないで欲しいです。夏の嵐や冬の雪は大変ですけど、水をもたらし豊穣な大地を運ぶものでもあるですの。世界が再び命と恵みを蘇らすにはアヤカシを放逐して正しい形にしなければならないですの」 ケロリーナが語りかける。 風が吹き、枝葉がざわめいたが、変化はやはりそれだけだった。 「来た以上、何かいいたい事でもあるんだろ? この場所が悪いのか? だが、儀式は動かせないんだ。こっちの都合で悪いが、代わりにして欲しいことがあれば、何とかするぜ」 なんとかルオウもおとしどころを探るが、こうも無反応では何がいいのか悪いのか。 「東房は元来肥沃な土地。しかし、今は大半が魔の森に侵食されている。その辺りはどうお考えか」 緋那岐が尋ねるも、結果は同じ。知恵を授けるという伝承が本当なら、何らかの手段で交流が可能なはずだが。 「せっかく宴開いて精霊讃えたんやし。代金として、なんか精霊の祝福的な知識とかくれへんかー。大アヤカシ倒すと出てくる骨の部位のこととか、神代とか帝とか、この儀の上に何があるのかとか」 「――上には無い」 「へー、そうなん。上やなかったら……って、ちょおおおおお!」 自棄ぎみに叫んでいた蔵人に、誰かの声が重なった。 声というより音。けれど、その意味ははっきりと伝わってきた。 枝がしなると葉が雨のように落ちてくる。と、共に精霊力が拡散し消えていく。 「お待ち下さい。あたしたちは何も知りません! あたしたちがしていることは、愚考なのですか!? 快挙なのですか!?」 「暗中模索。森羅万象盛者必衰寂滅為楽生者必滅諸行無常泡沫夢幻悪因悪果……」 透子が叫ぶが、葉のざわめきは喚き立て、その姿は見る間に薄れ消えていく。 ● 菩提老の姿が消えると同時に、寺の扉が開け放たれた。姿を見せた僧兵が、儀式が無事終了したと告げる。 確かに、異様なほどの精霊力の高まりを感じる。それがどう影響あるのかまでは分からない。 そんなことを気にしている場合でもなかった。 「儀式で疲れているだろうが、余力のある坊さんはいるか。もう一仕事頼む!!」 「まだ……死んでねぇぞ……。……ああ、人形ありがとよ」 「阿呆。葬式とちゃうわっ!」 「動かさないで下さいませ。すぐに癒します」 菩提老が去った後。残されたのは、力無く倒れていた酒天童子だった。 全身に締められた痕跡を残し、肺が潰れて首や手足が奇妙に歪んでいる。が、息はまだあった。 「確かに頑健な修羅が向いていたとは言えるが……」 凄惨な姿に煉之丞はぞっとする。僧兵も揃うここだから良かったが、山中でいきなり遭遇すれば、確かに死んでいてもおかしくない。 「でも結局何しに来たんだか」 ルオウが首を傾げる。所詮、人の身で精霊の思考を理解するのは難しいということか。 |