武天 剣士の行方
マスター名:からた狐
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/31 22:19



■オープニング本文

 武天はサムライ氏族が発展した国家。都の此隅では剣術指南の道場が盛ん。
 が、国中の道場がそこだけに集まる筈も無く、地方でも剣を学ぶ道場は見られる。
「「「えぃ! えぃ! えぃ!」」」
「腕の振りが小さい! もっと腹から声を出して!!」
「「「はいっ!!!」」」
 とある一地方の小さな村。家より農地が大きく、人より家畜やもふらの方が多いような所。
 村の隅に立てられた狭い小屋では、小さな剣士もどきが懸命に木刀を振る。
 志体を持つのは一部。しかし、持たずとも才に欠けるだけで、剣を学んではならない条件にはならない。
 師範も特に志体は持っていない。年も初老になる。
「だが、才覚など問題では無い。剣に慣れ、型を覚えるのも必要なのだ。アヤカシ・ケモノでなくとも、野党や獣など脅威は山とある。いざという時動けなくては、剣士として情けないぞ」
「「「はい!!」」」
 設備も十分とはいえないが、教える者も請う者も真剣に取り組んでいた。

 そうした中で、事件は起きる。


「た、大変です! 鬼が、鬼が出ました!!」
 村の中を悲鳴が響く。
 村の外壁を破り、進入してきた鬼は目に付く人間を食らいにかかる。
「女子供は退避。腕に覚えがある者はその時間を稼ぐぞ。ただし、無茶はするな!!」
 道場も騒ぎを聞きつけ、すぐさま加勢に向かった。

 一体だけだった事もあり、幸運も重なって村は鬼を追い払う事に成功した。
 被害は出たが、全滅しなかっただけマシなのかもしれない。
「ギルドには連絡を入れたがどうなるやら。人が来てくれる事になっても、ここに来るまで多少の時間はかかるだろうし、それまでに奴が戻ってきたら‥‥」
 村の主だった者が集まり、頭を抱える。
 追い払いはしたが、倒した訳では無い。ここに獲物がいるのを鬼は覚えただろうし、邪魔をされて怨んでいる筈。
 壁の修復は行っているが、時間がかかる。一度破られている以上、より頑丈にしようと思えば、なおさらだ。
 負傷者も多く、死者の弔いで気配も消沈している。
 追い払えたのも幸運があったからこそ。だが、運は何度も続かない。
 何となく、次に来られたらダメなのだろうと、張り詰めた空気が満ちる。
「あの山なら私も知らぬ場所では無い。追って鬼の目を私にひきつけ、村とは逆の山奥へと誘い込んでみようと思う」
 唐突に。そう切り出したのは道場の師範だった。
「何を仰っているんです! 危険すぎます! 道場はどうなさるのですか!?」
 その申し出に驚かぬ者など無い。
 口々に止めに入るが、師範の方はといえば涼しい顔で言葉を受け止めるだけ。
「道場はすでに副師範に譲ってきた。私は縁故もおらず、独り身の気安さよ。元より暇が出来れば旅がしたいと思っていたのだ。道連れがいるのもいいだろう」
「どこに旅するおつもりですかーっ!!!」
 村人が叫び、師範は笑う。
 だが、その笑みをふと消すと、真顔で集まった村人達の顔を見渡した。
「思えば、私が剣を学んだのは、世を守り戦う力を望んででもあった。あいにく私は志体を持たず。この地にて次の代へと腕を託してきたが、気持ちは変わらない。守るべき者が窮地にあり、戦うべき相手がそこにいる。ならば敵わずとも出来る限りの手を打つのは当然ではないか」
 居住まいを正して礼を取る師範に、村人達は言葉を失う。
「それに。何やら死地に赴かれるような顔をしてるが、そんなつもりもない。むしろ、逃げ出すつもりだと皆様はお怒りになるべきだ」
 かと思えば、態度を変えて、おどけた口調でそう笑う。
 その場ではなんとも言いがたく。
 とりあえず師範の話は置いておいて、外壁を至急修復してギルドからの連絡を待とうと決まったのだが。


「数刻後。師範と話し合おうと村長が家に向かったがもぬけの殻。扉に『世話になった。旅に出る』と貼紙が貼ってあったそうだ」
 開拓者ギルドにて。知らせを受けた係員が説明をする。
 慌てて付近を捜索したが見当たらず。鬼を探しに行ったのか、本当に旅に出たのか、痕跡は掴めなかった。
 師範宅は荷物も纏められて、綺麗なもの。一朝一夕で出来るものでなく、副師範に道場を託す話もついていた。前々から旅に出る気で、身の整理をしていたのは確かなようだ。
「ただ、村の人は付き合いからして、今旅に出るような人では無いと言っている」
 長らく性格を欺いてきたなら話は別だが。
「とりあえず、村を襲った鬼を探しこれを殲滅。山中に逃げたそうだが、もし本当にこの剣士が鬼の目を引いているなら、山奥へと誘い込まれている可能性もある」
 誘いこまれているなら捜索範囲が格段に広がる。剣士としては村から引き剥がしたかったのだろうが、面倒な話だ。
 しかし、剣士が鬼を誘い出していないなら、すぐ傍で様子を窺っている可能性もある。
 いっそ、村で鬼が出るのを待つ手もある。殺られていないのなら、獲物求めてもう一度やってくる可能性は高い。
「どうするかは、現場に行く者が判断してくれ」


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
シュネー・E(ib0332
19歳・女・騎
一ノ瀬 彩(ib1213
17歳・女・騎
シルフィール(ib1886
20歳・女・サ
レヴェリー・L(ib1958
15歳・女・吟
詠斗(ib3208
17歳・女・魔
繊月 朔(ib3416
15歳・女・巫


■リプレイ本文

 鬼が出たという村に赴く開拓者たち。
 敵は一体のみ。待ち受けるにせよ、討って出るにせよ、この人数ならば十分対処できる。
 それでも、頭を悩ます問題があるとするなら、それは行方を晦ました剣士の事だろう。
 旅に出た、とは聞いてるが。話を聞くにそれを素直に受け入れられない。
「村を守らないとね、そして勇敢な師範さんも助けないといけませんね! どっちも頑張って達成しましょう!」
 繊月 朔(ib3416)は勢い込むが、シルフィール(ib1886)は若干柳眉を顰める。
「最優先は鬼のアヤカシ退治。他は、当然ながら村人たちの守護が含まれるわね」
「じゃあ、見捨てるのですか?」
「残念だけど、優先順位は下がるって話よ」
 あくまで毅然とした態度で、シルフィールは軽く肩を竦める。
「師範さんも気にはなるけど、村の防衛が第一ね。その心意気を無駄にしない為にも‥‥」
 詠斗(ib3208)が困ったように目を伏せる。
 とはいえ、幾ら剣が使えるからといって放っとく訳には行かない。どの道、鬼の行方も掴む必要がある。
 なので、レヴェリー・L(ib1958)、一ノ瀬 彩(ib1213)、三笠 三四郎(ia0163)が山に師範の行方と鬼の動向を探りに出る。

 五人が村に残る。もちろん、ただ待つだけでは無い。
 入られた鬼の為に、村は滅茶苦茶。復旧箇所はあるし、怪我人も多い。
「急を要する怪我人は居ますか? ‥‥鬼退治が控えてるので、全員を癒す訳にもいきませんが」
 朔の耳がぺたりと垂れる。
 痛みで呻く人に詫びをいれつつも、急を要する患者にだけ、今は神風恩寵をかけて回る。
「よければこれも使って下さい。私は見張りの方に回らせてもらうわ」
 シルフィールが、持ってきた包帯と薬草を渡すと、見通しが良さそうな火の見櫓へと向う。復興の手伝いも大事だが、それで鬼の接近を見逃したとあっては笑えない。
「この木は向こうに持っていけばいいのですね? お手伝いします」
 壊された柵の修繕も取り急ぎ行われている。
 修繕を手伝いながら、志藤 久遠(ia0597)は運ぶ材木を少しでも多く運ぶ。頼もしい所を見せて、村人たちに安心感を持ってもらう為だ。
「作戦とはいえ、戦力を分け、ここにいるのは女性数名のみですからね。不安を覚えない方が出ないとも限りません」
「村人たちを安心させるなんて正直苦手ではあるけれど‥‥。鬼の手から守るくらいは出来るつもり」
 それとなく周囲を見渡す久遠。村人たちよりもシュネー・E(ib0332)の方が不安そうな顔つきになっている。
「大人たちが気落ちしてると、子供たちが可哀想だものね。他にも壁の修復、負傷者の救済とか、やる事はいろいろ。‥‥ただ、本格的な復興作業は退治してからになりそうだけど、ね」
 詠斗は櫓を仰ぎ見る。
 シルフィールからの返事は簡単だった。
「何の変化も無いわ。鬼の動向も、捜索組からの連絡もね」
 村周辺は静かなもの。鬼が逃げたという山も、こうして見ている内は普通に山だ。
 連絡が無いなら、まだ捜索中なのだろう。元師範の足取りは掴めたのか。‥‥それともすでに? 
「その人も無茶したものね‥‥。そこまでして守りたいものって何なのかしら?」
 シュネーは小首を傾げる。
 村の復興に勤しむ人々。笑いこそは少ないが、皆それぞれに働いている。
 それもまたよくある日常の光景だった。


 山に行って少し。折れた枝や、滑った足元などの僅かな痕跡を探りつつ、三人は探索を続ける。
「やはり‥‥師範さんは‥‥ここにいるようね‥‥」
 どのくらい山に行った辺りだろうか。野宿したと思しき火の跡を見つけ、レヴェリーは確信する。鬼ならば、わざわざ火元を埋めまい。また、鬼がいるような山に、他の人間が来る筈は無い。
「では、本当に鬼を追ってこの山に? 無事でいるといいのですが‥‥」
 彩の顔色が青くなる。
 レヴェリーも彩も普段は男性を苦手としている。が、人の命がかかっている以上、それもささいな事と忘れてしまう。
 近くを探り、三四郎は不自然な足跡を見つける。
「鬼のものでしょうか? どうやらこちらも近くにいそうです」
 この近くに居る筈だと、さらに念入りに捜索を開始する。
「戦闘が‥‥あったよう‥‥ですね」
 やがて。
 それまでと違い、酷く荒らされた跡があった。倒れた木は綺麗に何かで切られている。
「師範さん、いますか? 返事をして下さい」
 声を荒げる。木霊が返っても気にせず、幾度か呼びかけていくと、
「おーい」
 返事があった。はっと顔を見合わせると、急いで声のする方に向う。
「師範さんですね。大丈夫ですか?」
「こちらは無事だ。それより鬼はどうしたのだ。そこにはいないのか?」
「大丈夫。今の所姿はありません。それよりどこに‥‥」
 彩の問いかけにも、声はしっかりと答える。しかし、姿は見えない。
「こっちだ。足元だ」
 気にかけてみると、岩が積み重なった下から声が聞こえていた。急いでどかすと、小さな隙間があり、その穴に人が落ちていた。
「すまない。鬼から逃げる途中、うっかり足を滑らせて落ちてしまった。鬼の体格では入り込めず、最初こそ私を捕まえようと足掻いていたが、無理と分かると腹いせか岩で蓋をされてしまって。‥‥それより、貴殿たちは開拓者なのだろう。鬼はどうなった?」
 矢継ぎ早に話す師範に、三四郎は残念そうに首を振る。
「どうやらあなたに見切りをつけた後、ここは立ち去ったようですね」
 話を聞くに、閉じ込められてから少々時間が経っている。とすると、思ったよりも前に鬼はうろついていたか。そして、今はどこに。
 その考えを呼んだように、師範が強く頷く。
「次の獲物――すなわち、村に戻った可能性が高い。こうしては居られない。早く皆に伝えねば」
 師範は立ち上がるも、顔を歪める。
 大きな傷は無さそうだが、それでも戦闘や落下の際についたと思しき傷が体中にある。
「手当てが‥‥先。‥‥あなたがいなくなって‥‥誰が村を守るの? ‥‥今、村には‥‥仲間の開拓者もいるから‥‥、後は私たちに‥‥任せて」
 師範を無理やり座らせると、レヴェリーは用意してきたヴォトカと包帯で処置に当たる。


「狼煙が上がったわ! 向こうが交戦に入ったようよ!」
 シルフィールが連絡を見つけると、素早く告げて回る。
「近いですね。下手すればこちらにまで流れてくるかも。暴れさせればそれだけ、村人たちの不安は大きくなります。速攻で迎撃あるのみ」
「一応柵の未修繕部分は何かで塞いで、家の戸締りは念入りに。‥‥絶対に村には入れさせないけどね!」
 久遠も位置を認め合流に走ると、朔も口早に村人たちを励まし撃って出る。

 山に入る開拓者たち。狼煙を頼りに進んでいくと、彩と男性がこちらに来るのを見つける。
「師範さん、無事でしたか」
 詠斗がほっと息を吐く。
「状況は?」
 尋ねられて彩が答える。
「帰る途中で鬼を見つけて、向こうで二人が応戦中。私はとりあえず師範さんを安全な所に‥‥」
「いや、ここまでくれば私はどうとでもなる。今は、とにかく奴を倒す事を優先してくだされ」
 師範が頭を下げる。
 彩は心配するが、確かに今危険なのは鬼ぐらい。あれを倒せば、安全が確保できたも同然。
 師範の申し出を受けると、合流すべく先を進む。

「ガッ!」
 鬼の巨大棍棒が唸りを上げる。重い衝撃と共に、当たった木の幹に穴が開き、木片が飛んだ。
 その一撃を、三四郎は躱すと、距離を置き、梓小弓で矢を射掛ける。敵の接近を阻むよう、撒菱も撒いたが、さて頭に来ている相手はどのぐらい気にかけているのやら。
 レヴェリーは騎士の魂を奏で、戦闘を補助する。
 矢は鬼に命中。怯みはしたものの、それで怒りを募らせたか、さらに唸りを上げて鬼は襲い掛かってきた。
 大上段に鬼が構える。
 その横面に火球がぶつかって弾け、火の粉を散らす。顔の大半が焼け、鬼が嘆いた。
「やっぱり派手でいいですね」
 詠斗がピンと耳を立て、満足そうに尻尾を振る。
「怪我は?」
「無いです。まぁ、鬼一体ぐらいなら、私一人でも何とかなったかも知れませんが」
 朔の言葉に、三四郎はふと笑う。鬼一体。駆け出しの力量ならやや苦戦しそうだが、三四郎は修練を積み、力量はついている。積極的に出なかったのは、師範を気にして、無茶を控えただけだ。
 まして、他の開拓者も加わった今。この期に及んで負けるなどありえない。
「では‥‥こちらも‥‥。一気に片付ける‥‥」
 レヴェリーは武勇の曲を奏でて開拓者たちを勇気付ける。朔も神楽舞・攻を舞い、士気を高める。
 攻撃力を上げて、開拓者たちが攻勢に出る!
 揺らぐ鬼の体目掛け、彩は自身の身の丈程もあるロットブレードを急所目掛けて打ち付ける。
「ガアアアア!!!」
「きゃあ!!」
 暴れる鬼。ロットブレードを引き抜き、振り回される棍棒を受け止めるも、力に押されて飛ばされる。
「往生際の悪い!」
 三四郎は珠刀「阿見」に持ち返ると、今度は一気に距離を詰める。繰り出した刃に練力を乗せると、容易く鬼を切り刻む!
「‥‥万一にでも、村に行かないように。‥‥逆方面に注意をひいて」
「ここで逃がして、また村に出るなんて真似されたら、洒落にもならないものね」
 剣を抜き、シュネーが構える。挑発するように、剣を振ると相手は容易く乗ってきた。
 シルフィールが踏み込み、刀「翠礁」を鬼に繰り出す。
 避けそこなった鬼の体が刻まれる。
「グゥッ!」
 凄まじい形相で鬼が睨みつける。それに笑い返すとシルフィールとシュネーが飛び退く。
「後の事など無用。ここで始末をつけるのみ」
 その陰から、久遠が鬼の懐へと飛び込む。
 レヴェリーは奴隷戦士の葛藤を歌う。葛藤に惑わされる隙に、久遠は殲刀「朱天」が素早く斬りつける。
 朱色の刀身は、さらに紅蓮紅葉の燐光を纏い。月を思わせる優美な曲線が恐るべき速さで描かれると、瘴気の残骸が霞みのようにたなびき、消える。


「さすがは開拓者。見事なお手並み、恐れ入る」
 離れて見ていた師範が、感嘆の唸りを上げる。
「あなたもです。開拓者の賞金が高いのか、義心からかは分かりませんが、無茶をするものです」
 呆れ半分に三四郎が告げると、面目無いと師範は頭を下げる。
「でも、師範のお陰で村が救われました、ありがとうございます。ただもう無茶はしないでまた同じことがあれば私たちを頼って下さいね」
 朔が頭を下げた上で、願い出る。
 鬼の襲来から。ギルドに連絡を入れて事情を話し、開拓者を募って村まで辿り着くまでの間。どんなに急いでも時が流れるのは仕方が無い。
 その間、鬼の目を引いてくれていた事には感謝もするが、やはり無茶はごめんと窘める。
「無論、無茶をする気などござらん」
 師範はそう言うが、もし同じ状況が起きればまた命を賭けてでも最善を尽くそうとするのは何となく分かった。
 ならば、もうこんな目に併せない世にするだけか。
 そう悟ると、開拓者たちはそっと息を吐く。
「やはり、旅には出られるのですか?」
 久遠が尋ねると、師範はあっさり頷く。
 どの道、道場も家も整理したので、今更戻る場所は無いとの事。
「行く前に、教えてくれない‥‥? 志体も無しに、どうしてそんなにまで戦えるの‥‥?」
 動けはするが、満身創痍。落ちて出来た傷もあるが、鬼とも争っている。
 尋ねるシュネーに、きっぱりと師範は告げる。
「そう生きると決めたからだ」

 村に戻ると、事の顛末を村人たちに伝える。
 鬼が退治できた事は素直に喜んでいたが、師範が旅に出た事は寂しいような喜ぶべきかで複雑な表情を見せていた。
 中途半端になっていた治療と、壁の修繕を手伝い、終わらせると、開拓者たちは武天の地を後にした。