束の間の休息
マスター名:からた狐
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/20 22:06



■オープニング本文

 全てを知りたければ冥越へ――。
 大アヤカシ・黄泉が残した言葉は瞬く間に広がった。
 いったいそこに何が待つのか。何が分かるのか。信じるに値するか。罠ではないか。
 推測憶測期待猜疑……。
 さまざまな感情とともに、その言葉の意味を考えない日は無い。

 ただ、何があろうとも、いずれは行くことになるだろう。
 奪われた地・冥越へと――。


 開拓者ギルドでも、開拓者が集まればその話題が自然に口に出る。
 いろんな意見が交わされるが、答えは見つからない。
 今の段階では分かることの方が少ないので仕方ない。
 気持ちは誰もがすぐにでも乗り込みたいところだが、冥越は今やアヤカシの地。最早気安く踏み込める場所ではない。
 上層部では対策が練られているのだろう。が、朝廷内部で何やら揉め事もあったらしく、若干の混乱がまだ続いている。

 アヤカシやケモノ、その他雑多な動きはなくならない。合わせて依頼が途絶えることは無い。
 けして、暇、と言ってはいけないが……それでも、今やれることは限られている、というのもまた事実。
「今のうちに洗濯でも済ませておくか」
 動きがあれば、また忙しくなる。大事の前の小事を行えるのは今しかないか。
「のんきだな。こういう時こそ鍛錬あるのみだろうが」
「いや、俺、衣替え済んでないんだ。いい加減冬物は暑い」
「春だもんなぁ。いい季節だよなぁ。ちょいと花見でもいっとくかなぁ」
「いいねいいね。酒に団子。あとは美人が隣にいりゃあ」
「お前、それ何目当てだよ」
「花見で上を向いてる隙に、財布取られるなよ」
「この御時勢に無くならねぇもんだよなぁ。見回りの手伝いでもしておくかなぁ」 
「温泉って近くにあったかしら? 古傷治しにゆっくりしたいけど、あまり遠出もしたくないのよね」
「探せばあるだろ。そういや相棒と出かけてないなぁ。散歩でもさせとくかね」
「思い切り滑空艇で空飛んでこようかな。……錆付いてなきゃいいけど」
 事態が本格的に動き出せば、のんびりともしてられない。
 ならば、今できることをやっておくか。
「来年の今頃、何してるかねぇ」
「縁起でもないこと言わないでよぉ」
 誰かの言った言葉に冷たい視線が刺さる。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 雁久良 霧依(ib9706) / ジャミール・ライル(ic0451) / リズレット(ic0804) / レゴロス(ic1565


■リプレイ本文

 一つの大きな出来事が終わり。かといって、それがすべて終わった訳でもない。
 次の事態に向けて、今、何をすべきか。
 ぽかりと空いた日常という時間を一体何で埋めるべきか。


「……で。お主は飽きもせずに修行か」
「もちろん」
 日頃厄介になっている拠点の道場で。天妖の蓮華に茶化されながらも、羅喉丸(ia0347)は鍛錬にいそしむ。
 大アヤカシ・黄泉が消え、東房の魔の森もまた一つ消え去る。だが、それと引き換えに出てくる謎。護大、そして冥越。
 魔の森が消えても、まだアヤカシは消え去らない。次の戦いはいつになるのか。その時に備え、羅喉丸はただひたすらに己を鍛え続ける。
「明確な何かがあるから、黄泉とやらは冥越を名指ししたのだろう。次の戦いはきっと大きな争いになる。こういう事は基本が大事。慌てて色々と手を伸ばしても、物にはならんだろ」
 ふぅ、と一息つくと、羅喉丸は汗を軽く拭う。
「どんな事態が待ち受けようと、俺は、俺のやってきた事を信じるだけだ。どうなるにせよ、終わりは近い――か」
「ふぅむ」
 言い切る羅喉丸に、蓮華は興味深げな視線を送る。
 天妖用の瓢箪から音を立てて酒を飲むと、おもむろに蓮華は問いかけた。
「では羅喉丸。お主は全てが終わったら何をする?」
 問われて、羅喉丸は動きを止める。
 しばし、思案。
「そうだな、俺が歩いて来た道を振り返って見てみたいかな」
道場の外。どこからか、道行く人の声が聞こえる。
 ここに出入りする際、幾度となく通ってきた道。そこに至った経緯。すれ違ってきた人々に相棒たち……。
 だが、振り返るのはまだ先の話。
 今はそこに向かう道を敷く為、ただ己を高めるだけ。
 小休止を終えて、再び鍛錬に勤しみだした羅喉丸を、蓮華は酒を飲みつつのんびりと見入っていた。


 大きな戦いは予想されている。かといって、戦ってばかりも疲れる。
「たまのお休み、どこか遊びに行こうか」
 柚乃(ia0638)が声をかけると、相棒たちはこぞって喜ぶ。
 普段は泰の大学にいることが多く、店の手伝いどころか神楽の都不在の日さえぐんと増えた。せっかく自由に使える時間が出来たのだ。これを相棒たちとの息抜きに使わなくてどうする。

 向かった先は郊外のもふら牧場。広がる草地には牧場のもふらたちと一緒に、同目的の開拓者やその相棒も走り回っている。
 柚乃の相棒たちも仲良く走り出し、はしゃぎだす。
(来てよかった)
 楽しそうな相棒たちを眺めて、柚乃はしみじみとそう思う。手近な場所に座ると、紙と筆を取り出す。
 筆を走られば、紙の上に相棒たちの今が生き生きと描かれる。
 昼になったらお弁当。
 それまで遊んでいた相棒たちが目を輝かせると、どれを自分が食べるか仲良く喧嘩を始める。
「もふもふ。それ欲しいもふー」
 挙句に食べ物につられて、牧場のもふらたちの寄ってきた。獲られてたまるかと、提灯南瓜のクトゥルーがぺろりと体内に食べ物を隠す。
「くぅちゃん、駄目ですよ。たくさん作ってきましたから、皆で分けましょう、ね?」
 軽く叱って食べ物を取り出すと、もふらたちにもお弁当を分けてあげる。
 相棒たちが揉めるのは最初から想定済み。そう思って、彼らの好きな物を十分に用意してきている。
「いいですか? 仲良くね」
 きちんと言い含めていても、食の魅力には抗えないようで。すぐにまた大騒ぎが始まる。


 天気はとてもいい。雨の気配はどこにもない。
 なので、リィムナ・ピサレット(ib5201)は布団を干す。こっそりと。人目を忍んで。
 向かった先は家からやや離れた共同の物干し場。布団は大きく重い、そこまで運ばねばならない理由があった。
 利用している家ではもう洗濯済んでいるはず。他の家事や仕事に勤しんでいる頃。うろつく人の姿は無く、その中でも目立たない一角をわざわざ選んで布団を干していたというのに。
「はぁい♪ リィムナちゃん。今日はまた、一段と立派な天儀地図ね♪」
 ぽんと肩に手を置かれて、リィムナの背筋が一気に伸びた。
「うわわ、こ、これは! ……って、雁久良さんかぁ。よかったお姉ちゃんならどうしようかと思った」
 そろりと近付き、声をかけてきたのは雁久良 霧依(ib9706)だった。
 艶っぽい笑みを浮かべて、見つめる目線の先にはリィムナの濡れた布団があった。
 リィムナは恥じらいで顔を赤らめるも、相手が霧依と知れてどこかほっとしてもいた。
「なぁに気にしてるの? 気にする事無いわ、おねしょなんて可愛いものよ。ずっとしててもいいと思う♪ その方が萌え……いえ何でもないわ」
 うっかり自分の趣味嗜好を出しかけて、霧依は口を押える。そんな霧依にリィムナはただ首を傾げる。
「大丈夫、今にきっと治るわよ♪」
「んな訳ねーだろ、ば〜か」
 慌てて言い繕う霧依に、別の声が重なった。そちらを見れば、またもやいつの間にやら小さな子供らが群れを成して潜んでいた。
 リィムナの顔が目に見えて引きつっていく。
「またリィムナが寝小便したぞー! くっせー! 姉ちゃんに〜ぶっ叩かれて、リィムナのおけつは真っ赤っ赤〜♪」
「あ、あんた達!」
 口ぶりからして近所の悪ガキで顔見知りらしい。尻を叩いて揶揄するあいてに、見る間にリィムナが真っ赤になると、怒りと羞恥が入り混じった表情でガキらを追い回す。
 悪ガキどもは蜘蛛の子を散らすように逃げ去る。だが、見た目の年齢は似たり寄ったりでも、開拓者相手では分が無い。すぐにリィムナが追いつき捕まえ、逆襲に出ている。
「あらあら」
 元気いっぱいの子供らを、霧依は暖かい目で見守る。
 程無くして。
「畜生。下ろせよ、寝小便たれー」
「ふんだ。そんな恰好で人に見られてもいいんだ。格好悪」
 褌取り上げられて気に縛り付けられるといういささか手厳しい仕返しを受けた悪ガキたち。
 一様に抗議するのを鼻で笑うと、リィムナは霧依の元へと駆け戻ってきた。
「まぁったく、あいつら弱いくせにすぐちょっかい出してくるんだよね!」
 それ以上手を出すのはやめたが、それでも腹の底はまだ煮えくり返っている様子。
「ふふ、こんな可愛い子が近所にいたら構いたくもなるわよねぇ……」
「え、何? 言った?」
 霧依が笑いながら漏らした呟きを、リィムナは聞き逃す。 
「ううん、何でもないの。ん〜、今日はいい日ね♪ 可愛いリィムナちゃんの日常が見られたし♪」
 悪ガキどもはまだ何やらわめいてるようだが。そちらはひとまず反省の為にも今は放置。霧依は満足そうにまばゆい空を見上げる。
 リィムナもつられて見上げ、
「そうだね。とってもいい天気♪」
 布団と見比べつつ、満面の笑顔を浮かべていた。


 目を覚ました時、そこが自宅でないのはジャミール・ライル(ic0451)にとっては珍しくもない。
 春は稼ぎ時。あちらこちらで踊りを披露し、機会があれば金持ちお嬢さんの夜のお相手をしていたり。
 時間も朝だったり昼だったり夜だったりと、決まってなくても気にしない。
 隣で寝ている娘さんに別れを告げて、朝食だか昼食だか分からない食事を取ってから帰宅してみれば、見るからに不機嫌な面をした迅鷹のナジュムがお出迎え。
「おー……いい子してたか? ――痛ぇ!」
 ジャミールはなるべく和やかに頭を撫でようとしたが、その手にがぶりと噛みつく相棒。
 ふてぶてしくも頼もしい相棒にはそれ以上触れず。
「んじゃお休みー」
 ぱぱっと衣服を全部脱ぐと、そのまま寝台に横になる。
 日はまだ高い。でも関係ない。すぐに寝息を立てる主人に、迅鷹はちらりと一瞥だけすると、すぐに興味も失って身繕いを始めていた。


 リズレット(ic0804)を前に、天河 ふしぎ(ia1037)は何やら挙動不審。
「リズ、その、お願いが……」
「はい。何でしょうか?」
「その……。もし良かったら今日は、リズの手料理を食べたいなって……」
 頬を染めてようやく言い出したお願いに、リズの方も頬を染めつつ、分かりましたと嬉しそうに頷く。

 という訳で、二人手に手を取ってまずは市場にお買い物。
 
「あ、あの、ふしぎ様。お魚、お魚を見てもよろしいでしょうか……!?」
「うん、いいよ」
 並ぶ鮮魚を見つけると、銀の猫耳を激しく震わせ、リズレットが頼み込む。
 あれこれ目を輝かせて魚を見て回るリズレットを、邪魔しないよう一歩引いた位置でふしぎは見守る。
「へい、いらっしゃい。その魚は今朝上がったばかりだよ。嬢ちゃん、かわいいから一匹おまけしてやるよ」
「ありがとうございます。でも、持てるでしょうか」
 おまけはありがたいが、けっこう大きな魚だ。他に買いたい物もある。あまり荷物を多くできない。
 悩むリズレットを察して、ふしぎが慌てて声をかける。
「あっ、僕が持つよ。大丈夫、この位片手で」
 伸ばした拍子に手が触れる。ふっと顔を赤らめるリズレットに対し、何を思うか店主が笑う。
 並んで市場を見て回り、必要な買い出しを終わらせる。
 ふしぎは片手で荷物を持つと、もう片方でリズレットと手をつなぎ直し。来た時同様二人ならんで帰路に着く。
 楽しげであり、緊張してるようであり。それでも離れず、けれどもべったりとはくっつかない。傍から見れば何やらもどかしい距離があるように見えるも、察した人の目はやさしく笑っている。
 そんな人目も気にしつつ、二人は来た時と変わらず並んで歩く。
 空族団の隠れ家まで戻り、では早速とリズレットは支度にとりかかる。
 料理は得意だけあって、あっという間に食卓には皿が並ぶ。
 その出来栄えには、ふしぎは素直に感嘆の目を向ける。
「ありがとう。冷めない内にいただくよ」
 箸を取りかけたふしぎを、何故かリズレットは慌てて制する。
「何? まだ何か」
「い、いえ。その……ふしぎ様。――あーん」
 そして、リズレット自身が箸を取ると、一口大に取った魚をふしぎの口元に運ぶ。
 意図は明確。後は食うか食わぬか。
 不安そうに見つめてくるリズレットを前に、断る理由はせいぜい己の感情ぐらい。
 ならば、と意を決すると、ふしぎはどこかぎこちなく差し出された料理を口にする。
「……。おいしいね」
 と言いつつも、味よりリズレットのことでいっぱいいっぱい。
「ありがとうございます。故郷では、魚料理が一般的なんです。本来は川魚ですけど……」
 お互い顔を真っ赤にし。ふしぎからのほめ言葉に、リズレットはほっと胸をなでおろす。


 礼野 真夢紀(ia1144)も、相棒一同引き連れて外出中。
 新しく入った霊騎との親睦を兼ねて、草原にまで出向いていた。
 のびのびと跳ね回る相棒たちを見ながら、真夢紀はそれとなく苦笑する。
「親睦は必要。……にしても、見事に女の子一家よねぇ」
 だからなのか、特に大きな諍いも無く。どことなくまったりと種族を越えて打ち解け遊んでいる。
 自分も含め、女ばかりの小旅行。皆が腕に自信ありとはいえ、世の中それだけでは身を守れない時もある。
(住む所だって、一人暮らしとかあこがれるけど……やっぱり今は下宿じゃないと厳しいかしら)
 ちらりと見るのは相棒のからくり。とあるイベントに参加はいいけれど、からくり人気がありすぎて、変な絡まれ方をしたり、誘拐騒ぎすら懸念される。
 そういう事のは一部の人だけと思うのだが、一人でもいるというのが問題なのだ。何かあってからでは遅い。
 草原の視界良好。不審人物見当たらず。そんなことまで考えるのは、心配しすぎとも思うが、それでも警戒は怠れない。
 いつの間にやら、深く考え込みすぎたらしい。気付けば、猫又の小雪が心配そうにじっと真夢紀を見上げていた。
「……ま、皆一緒の旅行なら大丈夫だし。骨休みしましょうね」
 何でもないよと笑いかけると、そっとその頭をなでる。
 小雪は嬉しそうに目を細めると、せがむようにすり寄ってきた。


 すっかり日も暮れようとする頃。柚乃は相棒たちと家路に着いた。
「楽しかったね」
 家でゆっくりくつろぎながら、今日一日で描き溜めた絵を見返す。
 絵の腕前はどうかよく分からない。けれど、気持ちは存分にこもっている。
 穏やかに過ぎた時間。楽しかった空間。
 いずれ泰の大学に戻らねばならない。いや、今度赴くのは戦場だろか。
 次に相棒と会う時――連れて行く機会は得られるかもしれない。が、そこが死地でない可能性は……もはや無いとは言えない。
「平穏な今日一日、皆と過ごせた事に感謝を」
 紙の上で笑っている相棒たちに触れながら、柚乃は誰にともなくそう呟き、目を閉じた。

 夏に向けて日に日に夕方が遅くなっているが、それでも気付けば家の外が薄暗い。部屋の明かりをつけてからもどのくらい経ったか。
 食後はリズレットに膝枕をしてもらったり、
 ただ、楽しい時間はすぐに過ぎる。
「すっかり暗くなったね」
「そ、そうですね」
 話を切り出して、二人黙り込む。
 帰りたくない、帰したくない。その気持ちは互いに一緒……ではあるが。
「えーと。宿まで送るよ」
「そう、ですね」
 困った末に、ふしぎはそう告げる。なんとなくリズレットの声の調子が落ちる。けど、声を張るような真似もしない。
 楽しい時間はもう終わり。続きはまた明日。けれど、分かれるまではもう少しだけ時間がある。
 やっぱり仲良く手をつなぐ。しっかりと指を絡め、二人笑顔を浮かべ。ゆっくりとした足取りで宿へと歩いていった。

 一日を楽しみ、休む者がいる一方。
 とっぷり日も暮れた頃に、ジャミールは起きだした。
「よぉ、おはよう」
 一応相棒に挨拶。その手を蹴られそうになり、慌ててひっこめる。さすがに今から傷を作っては見目が悪い。
 鼻歌交じりで衣装を着ると、財布を用意。軽いが問題ない。中身は今からもらえばいい。
 にっこり笑うと、足取り軽く繁華街へと向かう。明かりに誘われる蝶のようにひらひらと。

 夜はまだ始まったばかり……。