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■オープニング本文 季節は夏。 連日の雨で作物も潤い、照りつける太陽が成長を促す。 「またやられたか」 とある村にて。広がる畑を前に、農夫たちは苦々しく言葉を吐く。 背丈を越す木組みの柵。壊れた鍋や蓋が吊るされ、あちこちから突き出しているのは、錆たり欠けたりしているが、間違いなく刀の刃だ。 物々しい装飾に守られているのは、農夫たちが今見ている農地。 だが、その物騒な警備を笑うように柵は盛大に壊され、畑は荒らされている。 土は踏みにじられ、作物は根ごと掘り起こされ、もうすぐ実るはずの夏野菜は食われ放題。整然と植えられていた植物は、いまやぐちゃぐちゃだ。 「また一からやり直しじゃ。はようせんと季節が終わるがね」 「あんのイノシシどもめー!! もう勘弁ならん!」 「んだ! あいつらを始末しねぇと、畑は全滅。秋には御まんま食い上げだ!」 「だが、どうする。あいつらは数も多い。下手に手を出せばおらたちの方が危ない」 「ギルドに頼むべさ! あん人たちならどうとでもしてもらえるが」 農夫たちは見合って互いを確認すると、すぐに開拓者ギルドに応援を頼んだ。 ● そして、開拓者ギルドでは依頼が出される。 「ある村に、ケモノの猪三体が現れ、毎日のように畑を荒らして回るので退治して欲しいそうだ」 今は田畑だけだが、その内味をしめて家にある食料も狙いかねない。 人と友好関係を結んだり、人並みの知能を身につけるケモノもいる。しかし、今回出たのはどうやらただ大きく強くなった獣と差異無いらしい。説得などは出来そうに無く、相手の本能に任せていては、幾らアヤカシと違うといってもその内怪我人が出かねない。 「体長七尺程の大猪だ。依頼料は少ないが‥‥、成功の暁にはそのシシ肉を使って焼肉三昧をしてくれるそうだ」 どうやら農夫たちは相当頭に来ているらしい。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
神鷹 弦一郎(ia5349)
24歳・男・弓
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
紅咬 幽矢(ia9197)
21歳・男・弓
ブローディア・F・H(ib0334)
26歳・女・魔
キオルティス(ib0457)
26歳・男・吟
奈々華(ib1214)
16歳・女・巫 |
■リプレイ本文 畑を荒らす獣は厄介な敵。 見た目猪ながら、巨大な体躯に、突き出た牙。異形のような姿をしているがアヤカシではなく、正体はケモノ。 つまり、でかい肉である。 「こら狩り甲斐のある相手やな」 依頼人から話を詳しく聞き、猪の大きさに触れ。想像した天津疾也(ia0019)は口元を拭う。 「にーく、にーく。焼肉を御馳走になる依頼ですー♪」 「やっつけないと食べられないゼ」 キオルティス(ib0457)からの指摘に、ペケ(ia5365)が言葉を詰まらせる。 畑を荒らす三頭のイノシシ退治。肉の確保が出来なければ、当然喰いようが無い。 もしやに備えて、依頼人たちも準備はしてくれているが、肝心の依頼が達成出来てないのに喰わせてくれる筈もない。 「え、そうなんですか。えとあの、私戦闘はダメダメで役立たずなんですけど‥‥」 ――ぐきゅるるるるるる‥‥。 ――ぐぐぐぐぐー。 ペケの腹から盛大な音が響き。綺麗にそれは奈々華(ib1214)の腹の虫と二重奏を奏でる。 「おなか、すいたぁ‥‥。これが終われば、二日ぶりの御飯。猪は美味しいと聞いた!」 暑さと空腹でうだっていた奈々華(ib1214)が、気を取り直して立ち上がる! 「はっ、そうじゃなかった。皆が困ってるんじゃ、猪も討伐されちゃって仕方ないんだよね。そして命は無駄にしないのが自然の摂理だもんねっ。困っている村人の為に、志体持ちとして力の限り手伝いしなきゃっ」 が、挙動に注目を浴びていると悟り、さらにその目の中に依頼人たちまで入っていると気付くと、慌てて志を改める。 「‥‥腹の虫が命令しているようですので、謹んで頑張らせていただきます」 弱気の虫より腹の虫。咳払い一つ、ペケも気合を入れなおす。 「ケモノ狩りか。これこそ弓術士の醍醐味だね」 「こういう狩りも随分久しぶりだな。都に出てからというもの、アヤカシやら賊退治やらで、なかなか機会が無かったからなぁ」 紅咬 幽矢(ia9197)と神鷹 弦一郎(ia5349)はそれぞれの弓の手入れに余念が無い。 獲物は確かに大きく力もあり、危険だ。しかし、敵にしかなりえないアヤカシや秩序を乱す悪漢などと違い、野生の獣を追うのと変わりない。どこか息抜きのようになるのも当然か。 「焼肉‥‥。いつも家で食べてますけど、たまには違う場所で食べるのもいいかもですね‥‥」 水津(ia2177)は天を仰ぐ。 都とは違う長閑な風景。夏の暑さにうだるもふらたちもまた一興。 「やっぱり肉はいいものですよね。何しろ火が使えます」 「なるほど‥‥。それも楽しみですね‥‥」 巨大なイノシシを焼くとなれば、火の加減も半端無い。 ブローディア・F・H(ib0334)に告げられ、水津の眼鏡がキラリと光る。 「それもすべては奴らを倒してから。さくっとやっつけて焼肉といくさね」 煙草をくゆらせていたキオルティスは、ふっと煙を吐くと煙管の灰を落とした。 ● イノシシ対策で、村周辺は高い塀が構築され、攻撃的な刃物が飛び出す物騒な地帯に。 そんな中、からんからん、と高い竹の鳴る音が村中に響く。 「なるほど。鳴子の完備は出来てるって訳か」 「感心してないで助けてよぉ‥‥」 鳴子に引っ掛かってこけた奈々華に、キオルティスが村人の技に感心する。 ケモノ相手に奮闘したのだろう。あちこちに縄が張り巡らされている。 ただそれで襲来が分かっても、村人たちではどうにもならなかっただろうが。 「腹減りすぎて注意力欠けとるんちゃうか? 空腹二人はふらふらしとらんと、じっとしとれ」 腹の虫鳴かせて動く奈々華とペケを、疾也が気にかける。 「うぁっと!!!」 ここは素直に従った二人だが、歩き出して数歩、ペケは腰の辺りを押さえて立ち止まる。 「うきゃあああああ!!」 そして、踏み出した奈々華の姿はいきなり消えた。 地面には擂り鉢上の陥没。これもイノシシ避け用の罠なのだろう。奈々華が落ちた底まで、かなりの深さがある。 「褌ずれてなきゃ二の舞でしたかぁ‥‥」 見下ろしながら、ペケはそれとなく身を整える。 「相当頭に来ている深さだな‥‥。ここまで対策を練るなら、イノシシが来る方角も熟知してるはずだな」 尋ねる弦一郎に、村人は当然と開拓者たちを案内する。 村の近くの山。その入り口に、木々が押し倒されて出来た乱暴な道があった。図体がでかい分、通った跡も分かりやすい。 「他はあそことか、あそことか。行く筋かありますが、こちら方面から来るのはほぼ間違いないです」 指された先にも似たような道がある。 その道の途中に、不自然に作られた柵や折れた木々がある辺り、イノシシが罠を回避・突破して複数の道を作りあげていったのも間違いない。 徒労に終わっているが、村人たちも頑張っていたようだ。 「イノシシが突進しにくそうな場所がいいですね‥‥。山に入り込みすぎず、村には被害が出ない辺りで‥‥」 村に突進する為か、獣道はほぼ直進している。 迎え撃つ為に、もう少し開拓者たちは山に入る。 ● 山に入りすぎても、今度は手入れされて無い木々や、ただ転がる岩石に邪魔され戦いにくい。 「さて、どこら辺がええんやろな?」 疾也が先頭に立ち、警戒しながら道を散策する。 念の為、イノシシたちに悟られぬよう心覆で殺気を隠す。 「沼田場と、木に体をこすり付けた跡。ここら辺が縄張りなのは間違いないな」 抉れた地面に、傷付いた木肌。幽矢が示した跡は、大体聞いてた大きさから推測するに当然の傷だった。 獣道の傍で、適度な広さと隠れ場所が確保できる地点を見つけると、そこで獲物を待ち受ける。 「村人たちの話では、前現れてから丸一日が経過しようとしてます。そろそろいつ来てもおかしくないでしょう」 ブローディアは山の奥と獣道の位置を確認すると、かかりそうな位置にフロストマインを仕掛けておく。 とはいえ、来るかどうかはケモノの気分次第。腹の具合で、早くも遅くもなるだろう。 その間は、薮蚊と地味に戦い続ける。 「隠れていようが、ボクらの事はお見通しかもしれないけどね」 藪に潜め蚊に閉口しながらも、幽矢は周囲を覗う。 イノシシは結構身体能力が高い。機敏に動き、鼻も効く。警戒されると、決着が長引く可能性もある。 「でも、待ってる内にもお腹空くんだけど。向こうから出くわさないかなぁ」 言って、奈々華は立ち上がり、腹の中に空気を溜める。 「お腹、すいたああああああぁぁぁぁあああ!」 その全てを吐き出す、あらん限りの咆哮。 反響した木霊があちこちから響き渡り、 ――ピギイイイィィィ!!! 混じるように、興奮した鳴き声が響いた。 唸る地響きと薙ぎ倒される木の音。姿はすぐに確認できた。大イノシシ三体。それらは、まっすぐにこちらへと向かってくる! 「よし。今夜のメインディッシュがお出ましみたいだゼ?」 「油も乗ってうまそうやしな」 軽口を叩くキオルティスに、疾也も笑みを零す。 「あら、いい位置です。こちらにいらっしゃい」 ブローディアは姿を見せると、イノシシたちを挑発するように体をくねらせる。 見つけたイノシシたちは、ブローディアへと襲いかかろうとする。しかし、その前に、彼女が設置した罠に踏み入った。 猛烈な吹雪がイノシシを包む。 突然の事態に、イノシシたちが若干怯む。だが、勢いは止まらない。 「危ない」 弦一郎が素早く矢を番えると五人張を引く。軽い音を立てて飛んだ矢は、イノシシの目元を射抜いた。 ――ピギイィイ!!! 高く鳴くと、さすがのイノシシも体勢を崩した。釣られて残りの二体も足並みを乱す。 その隙に、ブローディアは大きく退き、距離を開ける。 「しぶといですね。あの勢いじゃ近付いて縄で仕留めても引きちぎりそう」 硬い蹄に蹴られたら、普通の人間なら死にかねない。 単なる退治なら、気にせず攻撃あるのみ。だが、今回は焼肉がかかっている。あまり傷を入れると肉が不味くなるし、最悪食べる所が無くなってしまう。 「いかに手早く済ませるか、だな」 キオルティスは口笛を吹く。しかし、味方の雰囲気を和ませるには役立つが、頭に来ているイノシシたちの耳には届いてない様子。 ――ブモオオ!! 鼻息荒く、イノシシたちは奈々華に牙を向ける。 その距離が縮まる前に、幽矢と弦一郎の矢が次々と急所目掛けて放たれる。 「反応するギリギリのエリアから狙うのが狩人の仕事さ。硬い毛皮も厚い肉も、急所はどれだけ守れているかな?」 幽矢が精神を集中して弓「朏」を引き絞る。距離は置いたが、狙眼で十二分に狙える。 狙いを付けると、迷う事無く矢を放つ。 首元に、足の付け根にと、矢は深く貫通する。 イノシシが暴れ、刺さった矢は折れるが、鏃は食い込んだままだ。 「肉を傷つけ無い為にはやはり急所狙いでいくべきですね」 弦一郎の目が怪しく光る。 キオルティスが奴隷戦士の葛藤を歌い、防御姿勢を取らせないようにしている。戸惑うように身を動かしているイノシシの動きを読むと、やはり弦を強く引き絞り、放つ。 首筋に、深く矢が食い込む。 悲鳴を上げて、暴れるイノシシたち。巨大な体が木々を折り、牙が幹を抉る。 その動きを奈々華は軽く躱す。 キオルティスは続けて、武勇の曲を奏で、開拓者たちの勇気を奮い立たせている。 その音に合わせるように、水津が神楽舞を舞う。 防御を得意とする者には「衛」を、身軽に回避する者には「瞬」を。見極め使い分け、長所を伸ばす。 「皆さん、守りと素早さを上げますから存分に戦って下さい‥‥。私自身はこれで」 ぱっと周囲に散らばる撒菱。イノシシたちにどれだけ効果があるかは疑問だが、他の開拓者たちも頑張っている以上、早々と後方にまで襲って来ない筈。 そして、奈々華は最上段に刀「餓鬼早早」を構えると、その一撃に全てをかける。 「ししにく! おにく! 絶対に! 逃がさないんだから!!!!!」 気迫の一撃! 首筋目掛けて下ろされた刃は、胴と頭を二つに裂く。 音を上げて倒れたイノシシからは鮮血が吹き出、周囲に赤が散る。 「肉も獲物も、独り占めはアカンで!」 残るイノシシが声を荒げて突進してくる。 疾也は見極め、すれすれ横踏で逃げる。 重い風が掠める程の近さで、素早く刀「乞食清光」を鞘走らせる。 手ごたえと共に、イノシシの牙が飛んだ。 イノシシは勢いのままに岩に激突。粉砕され、瓦礫と化した岩の上にイノシシの体が横たわる。ゆっくりと血が広がっていく。 「残り一体!」 逃さないよう、幽矢と弦一郎の矢が的確に射抜く。ブローディアのフロストマインの位置と合わせて退路を断つ。 ペケは奔刃術で暴れるイノシシをやり過ごすと、手近な木を蹴り、空へと飛ぶ。 そのまま身を翻すと、すとんとイノシシの背に跨った。 「ふふふ。食欲力が私を限界突破させてくれるんです!!」 腹の虫の応援と、食欲が促すままに。 ペケは忍刀「暁」と刀「血雨」を脳髄深くにまで突き刺した。 ● 倒れたイノシシ三頭。急いで疾也が村に帰って報告をし、担ぎ手を借りてくる。 「ありがとうごぜぇます。これでようやく安心して仕事が出来るだ」 憎いイノシシたちを村に運び込むと、火を煌々と焚き上げ。周囲では歓声が沸きあがり踊り出す者も居るぐらいの喜びっぷり。 さっそく焼肉の準備が始まり、イノシシたちも捌くべく、裏へと回される。 「手伝おう。料理にはそこそこ自信はあるし、自分の獲物は自分で捌きたいものさ」 幽矢の言い分に村人たちも納得。笑いながらも、急いで仕度に取り掛かる。 他の開拓者たちも、各自で手伝う中、水津は村人たちにそれとなく話を持ちかける。 「ところで。相談なのですが、蒟蒻芋の栽培などしてみてはどうでしょう? あれって猪は食べないと聞きます。畑を荒らされる心配は無いですよ?」 しかし、村人は首を傾げる。 「んだども。それを作って需要があるかだきゃのぉ。どの道猪の他にも動物は来るで、特に気にせんて」 今回はケモノという村人の手に余る大物が相手だった為に頼ったものの。通常の獣であれば、村人たちだけで対処する。 「よーし、肉は切り分けた分からじゃんじゃん運べ。火は出来てるなー」 炭火に熱せられた鉄板の上に、どかっと肉が置かれる。立ち込める煙に、焼ける音に香ばしい臭い。どれも空腹を刺激する。 「う、う、旨しゅぎて、褌が零れそうでしゅるるる」 取り分けられた肉を、ペケが貪るように食べ続ける。褌がずれたにも気付かず、涙ながらに食べてるものだから、村の女性が慌てて締め直す顛末もあったが。 「奈々華も今の内に食いだめしとくんやでー。ぼんびーなんやから」 気にかけながらも、疾也は骨付き肉をがしがし齧りつく。 「そうだな。ここら辺のとかがよく焼けている。慌てて喉に詰めないようにな」 「ありがとう。はぁ‥‥お腹一杯って幸せな事だよね‥‥」 弦一郎が勧めた肉をパクつきながら、奈々華がせっせと箸を動かす。 ところが。勧められた肉を食べ終わり、更に程よく焼けた肉をと手を伸ばした所、さっとその弦一郎から箸を弾かれる。 「それは俺が焼いてる肉。鉄板の上に国境は無く、田舎育ちの狩人は容赦などしませんよ」 けっして食い意地が貼ってる訳ではなく。だが、その掟は非常に厳しく、守りも厚い。 「こちらの丸焼きも出来上がりました。よろしければどうぞ」 ブローディアが新たな肉を運んでくる。 さすがにあのイノシシを丸ごと焼くのは手間も時間もかかりすぎる。代わりに容易された鳥の腹に野菜や米を詰めて焼き上げた一品。 運ばれてきた料理に、視線が注がれる‥‥ものの。大半の男はブローディアの動く胸に釘付けになっている。 さらにその大半が恋人や妻と思しき女性に裏へと引っ張られていった。 「私も‥‥、私もいつかはっ!!!」 その光景を自分のと見比べ、目を逸らすと。水津は燃える炎に誓いながら、栄養摂取にひたすら励む。 「皆、すごいね。獣肉は好きじゃないとか言ってたら、ボクの分なんて残らないかな?」 幽矢が小さく笑うと、折角だからと箸を取る。 肉はまだまだあるし、残れば保存が効くようにしようと裏では話も出ていたが。そんな心配無用な程勢い付いている。 臭いに釣られ、集まった村の子達にも振舞われ、場はより一層賑やかさを増す。 肉以外でも、村人たちがいろいろ持ち寄って焼き始め、誰かが酒まで出して、祝祭の如き活気が溢れている。 「美味い料理をありがとう。では、僭越ながら一興として」 キオルティスは手を拭うと、ハープを取り出す。 戻った平穏を喜ぶように、奏でる曲と歌が村中に響き渡った。 |