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■オープニング本文 ●もふらがたり とある資料室――一人の青年が、過去の報告書を整理していた。 足元には暖房器具の中で宝珠が熱を発し、もふらが丸まって暖を取っている。 彼は眠そうな瞳をこすりながら紙資料の山をめくり、中に少しずつ目を通していく。 そこに記されているのは、遠い昔の出来事だ。 それはまだ嵐の壁が存在していて、儀と儀、地上と天空が隔てられていた時代の物語。アヤカシが暴れ狂い、神が世界をその手にしていた時代の終焉。神話時代が終わって訪れた、英雄時代の叙事詩。 開拓者――その名は廃されて久しく、彼らは既に創作世界の住人であった。 「何を調べてるもふ?」 膝の上へ顔を出してもふらが訊ねる。 彼が資料の内容を簡単に読み上げると、もふらはそれを知っているという。 「なにせぼくは、当時その場にいたもふ!」 そんな馬鹿なと彼は笑ったが、もふらはふふんと得意満面な笑みを浮かべ、彼の膝上へとよじ登る。 「いいもふか? 今から話すのはぼくとおまえだけの秘密もふ。実は……」 全ては物語となって過ぎ去っていく。 最後に今一度彼らのその後を紡ぎ、この物語を終わりとしよう。 ● 護大が消滅して三年が経とうとしている。しかし、アヤカシ被害は今も続く。 新たに大アヤカシが生まれることは無くなったが、既に存在するアヤカシが消える訳ではない。 魔の森深くに潜んでいた残存アヤカシたちもこの事態を危惧したか、新たな活動を始める者もいる。 開拓者ギルドに討伐依頼が舞い込まない日は無く、落ち着く暇もない。 それでもアヤカシを打ち倒し、魔の森を焼き払っていくほどに人の生活圏は増えていく。 かつて魔の森で埋め尽くされていた冥越も、戦いを重ねるごとにかつての姿を取り戻しつつあった。 ● 「おのれ、開拓者ども!」 恨みの言葉を吐いて、蜘蛛型アヤカシは倒れた。 冥越の一角を住処にしていた中級アヤカシは、そこから離れるのを良しとせず。無数の仲間や配下と共に抵抗した。 大勢のアヤカシと戦うなどよくある話。だが、今回討伐を面倒にしたのはこの地が山城跡だったということだ。城こそ無いが、崩れかけの石垣や土塁に堀跡をアヤカシたちは巧みに利用して罠を張り、侵入を阻んだ。 それでも最後には開拓者や相棒たちの連携により、偽の城は落ちた。首魁が倒されると、配下のアヤカシたちは魔の森の奥へと消えていった。 逃げたアヤカシも、いずれ討伐対象として相対するに違いないが、今は深追いする時でも無い。 「では、この森の浄化を始めるか……の前に、俺らの回復が先。――って、どっちにせよチビ巫女はどこ行った!?」 「誰がチビだ、この野郎!」 軽口を叩く開拓者に向けて、彼方からすっ飛んできた修羅がその勢いのまま飛び蹴り一発。 酒天童子である。封印が解けようと、護大が滅びようと、魔の森が滅していこうと、相変わらず何も変わっちゃいない。態度も背の高さもそのまんま。 「どこ行ってた。まだ残存アヤカシがいる可能性もある。はぐれては危ない」 「な・ん・で子ども扱いされにゃならん。適当なアヤカシぐらい対処できるわい」 心配されて、酒天が嫌そうに突っかかる。 「けど本当にどうしたのですか? 見た所、何だか泥だらけのようですけど」 指摘された通り、着物は泥汚れが目立つ。 「いや何か見覚えがあ……。いや。どうしてこんな場所に城跡があったのかと思ってな」 首を傾げた開拓者に、答えかけた酒天だが。結局はぐらかすように別の言葉を口にした。 「それですが。今回の討伐に辺り、冥越の歴史を調べてみました。そこで得た話によりますと、この山城にはその昔邪悪な鬼が巣食っていて昼夜を問わずに暴れまわっていたそうです。ある時姫君をさらって喰らおうとしたので、時の朝廷が討伐したのだとか」 「ほぉ。では、この山城は鬼が作ったという訳か?」 「そこはよく分からないんですよねぇ。すでにあった山城に鬼が住み着いたのかも。兎角そんな忌まわしい事態が二度と起こらないよう焼き払ってしまったのだとか。といっても、結局この話もどこまで真実かは分かりません。詳細な記述は全く抜け落ちてます」 「なるほどなー。それ、どのくらい昔の話か分かるか」 妙に平坦な声で酒天は聞き返してくる。 「さあ? 仮に本当だとしても百年二百年よりもうんと昔でしょう」 説明していた開拓者はお手上げだとばかりに両手を上げたが、酒天の方はむしろ納得したようにうなずいている。 「ってことは、やっぱりここが……。ずいぶん変わったような、まんまなような」 「は? 何がです」 「いや。――それよりとっとと魔の森伐採作業やるぞー。ぐずぐずすんな」 「ぐずぐずしてたのは誰ですかっ!」 聞き返した言葉はするりと流し、酒天は魔の森に向かうのを他の開拓者たちはいつもの調子で声を上げる。 ● 「という訳で、花見やるぞー」 開拓者ギルドに顔を出すや、酒天が酒樽掲げる。 「ちなみに場所は例の城跡でな」 「な・ん・で。冥越のど真ん中でなんだよっ」 「いいじゃん。勝利の宴って事でよ」 豪気に笑う酒天に、ギルドの係員は頭を抱える。 確かに山城跡の魔の森除去は目途がついたという報告が入っていた。が、周辺にはまだまだ闇深い魔の森が広がっている。冥越全体の完全浄化には程遠く、時間がかかりそうだ。 再び人の領域になった地に、魔の森が生まれることはない。が、アヤカシが出てくる可能性は十分ある。そんな危険な場所でわざわざ花見をやろうとは酔狂にも程がある。 そもそも魔の森を排除したばかりで、花自体が存在しないのだが……。そこはちゃっかり桜や桃の花束を用意してきていた。 「全く、なんでそんな所でやりたがるんだか」 「手向けと区切りかな。いつまでも引き摺ってても仕方ねぇだろ」 愚痴るギルドの係員に、酒天がぼそりと告げる。 聞き逃した係員が顔を上げて問い返そうとしたが、その時には酒天はそっぽを向いて心あらずと言う表情をしていた。 ともあれ、特に断る理由も無い。開拓者にも酔狂な輩はいるだろうし、一般人を巻き込まないなら特に危険も無いだろう。ただ危険が伴う為、相棒の同行は確約させた。 依頼を受け付けると、係員は協力者募集をかける。 「……そういえば、酒屋やそこらのつけを全部返したらしいな。どういう心境の変化だ」 書き綴る手を止めて、ふと係員は尋ねる。それは聞こえたか、何でも無いことのように酒天が答える。 「それも区切りって奴だな。身の回りの整理も必要だろ」 「家の整理もついたとか」 係員がさらに問いかけるも、酒天はくつくつと笑うだけ。どうやら答える気はないらしい。 軽く肩を竦めると、係員は開拓者らへ依頼を出す。酒天の思惑はこの際いい。 世界は変わる。人も変わる。変わらないものなど何もない。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
鬼啼里 鎮璃(ia0871)
18歳・男・志
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)
10歳・女・砲
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
宮坂義乃(ib9942)
23歳・女・志 |
■リプレイ本文 周囲は焦土。酒天童子に連れられ、やって来た山城跡一帯は、すでに魔の森消去済みだが、同時に草木が芽吹く気配も無い。 遠くに見える緑も魔の森で、空を飛ぶのは相棒たち以外では飛行系のアヤカシという状況ではある。あまり楽観視もしていられない。 「やはり、まだ巣食っているようだな……」 「一応言うが、単身で行こうとするなよ?」 手を貸していた荷車から積荷を下ろす一方で、宮坂 玄人(ib9942)は相棒に釘を刺す。 その相棒・翼羽妖精の十束は、アヤカシを見つめて左右色違いの目を細め、愛用の大剣に手が伸びている。さすがに飛び出して行かない分別ぐらい十分ある。 視界を遮る邪魔な木々も建物もここには無い。視認できる範囲は広く遠く。空と陸とは接近しようものならたちまち発見できる。 魔の森があって、アヤカシもいて。それでも冥越に来られたのは格段の進歩と言える。 まして、今回は戦闘が主目的でも無い。 花見。ただそれだけの目的で冥越に赴けるとは。アヤカシや魔の森に辛酸をなめてきた者にとっては、まさしく喜ぶべき宴だ。 「おっしゃ。いい天気だな。絶好の酒日和だぜ」 「お花見いいわねぇ。楽しみましょうね、ボク」 「あのなぁ。こう見えても俺はお前さんよりうんと年上だぜ」 後ろから酒天をぎゅっと抱きしめて、雁久良 霧依(ib9706)が妖艶に笑う。黒のマイクロビキニに白外套という刺激的な格好で、別の意味で人目を楽しませている。 泰の大学に通ったり、密かに結婚の予定があったりといろいろ変化のある毎日を送っているが、自身の信念は変わっていない。 「いやはや。楽しみですなぁ」 楽しませているのは人だけではない。提灯南瓜のロンパーブルームも何やら妙な目つきで霧依を眺めている。縦長な頭の中では一体何を考えているのやら。 酒天は花束を適当な地面に突き刺すと、後は荷車から大量の酒樽を下ろし始めていた。 「お花見じゃなかったのですか」 「細かい事言うなよ。やる事は同じだろ」 どう考えても花より団子――いや、花より酒だ。苦笑する鬼啼里 鎮璃(ia0871)に、悪びれずに酒天は返してきた。 「そうそう。楽しむ為に来たのだから」 猫又の結珠もきっぱりと宣言し、支度はまだかとそわそわしている。 (故郷の地で、宴をやる日が来るとはな) 花束から舞い散る花びらを目で追いながら、玄人は感慨深く思いにふける。 玄人は冥越出身。幼少期にアヤカシに襲われ、故郷の隠里は魔の森に沈んだ。冥越の焼き払いと共に近年埋もれいた故郷も発見され、下の兄と共に両親や仲間の墓を立ててきた所だ。 そして、鎮璃も冥越を脱出してきた口だ。この地に対する思いは強い。今回の依頼を受けたのも、故郷の里帰りを兼ねている。 帰った所で人の住まない里は無残なばかり。それでも全く戻らないという選択肢は不思議と出なかった。近場までくれば、懐かしさも感じる。 「お花見さいこー。いっぱい楽しもうね。花もいっぱい持って来たからね!」 「そうだねルゥミ! ボクも借りて持って来たよ。ルゥミとお揃いだ!」 酒天が用意した程度の花では足りない、とルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)は奮起。花屋に交渉して、荷車一杯に飾り付けて持ち込んできていた。さらには羽妖精の大剣豪も同じく荷車一杯の花を用意している。さすが相棒にして親友。考えることも同じだ。 色鮮やかな荷車を、二人して笑いながらぐるぐる引いて走る。振動ではらはらと花弁が舞い落ち、焼け焦げた大地に色をつけていく。 「ふぅ。せっかく花屋さんが綺麗に飾り付けてくれたんだ♪ もったいないからこのまま飾ろう♪」 見栄えのいい場所を選んでルゥミと大剣豪は花の荷車を設置する。単調な景色に、色鮮やかな花々が添えられ、一時の明るさを取り戻す。 けれど、散る量がやや多く感じるのは……どうも荷の扱いが乱暴とか水不足という理由でもなさそうだ。 「瘴気の影響でしょうか。冥越の中心でお花見が、と浮かれてばかりもいられませんね」 山城周辺を調べていた柚乃(ia0638)。取り返したとはいえ、まだまだ冥越はアヤカシの地。油断はならない。 今の所、一番目につく異変はこれかも、とけなげに咲く花を労わる。 「まだまだ危険は除かれていませんし、注意は必要です」 こちらから見晴らしがいいという事は、遠い魔の森からもこちらの動きを見てる可能性がある。 気合を入れ直す柚乃に、大丈夫と玉狐天が囁く 「柚乃の守りならあたしが適任よね。この状況からして」 召喚されていた伊邪那が大きな耳を動かす。 目はある意味十分。だとすると、頼りになるのはその他の五感。任せてちょうだいと、七本の尻尾すべてをやる気ありげに振って見せる。 「頼りにしてますよ。――思えば酒天がお酒のツケを返したなんて、なんて不吉な……。何事も起こらなければいいのですが」 「こら待て、それはどういう意味だっ!」 「護大討伐から早三年。柚乃は石鏡の祖母の元で手伝いをし、開拓者業もずっと続けてきました。次の開拓も楽しみにしています。――その三年の間、どうやら身長は変わってない御様子」 「それは俺のせいじゃねえええぇえー。ああ、畜生!」 真面目に考え込む柚乃に、酒天は騒ぐも、すぐに不貞腐れたように酒を飲み始める。本当に全く変わってない態度に、柚乃も明るい声を漏らしていた。 「宴だからとはしゃぐな。――秘蔵の酒だ。飲むか」 「いいねぇ。もらおうか」 羅喉丸(ia0347)の差し出す酒を遠慮なく大盃に注ぐと一気に飲み干す。 「で、ここで相棒にも勧めたい所だが……」 「私では駄目でしたか?」 相棒を振り返り、羅喉丸は苦笑いをする。酒好きの相棒を誘ったはずが、そこにいるのは翼妖精のネージュ。雪を思わせる白い姿が、花の中に凛と浮かんでいた。 好奇心は旺盛なのだが、さて酒はどうだったか。 残してきた相棒を思いながらも、羅喉丸はネージュに盃を渡し、乾杯する。 ● 「では、余興にでも。――少しでもこの地の瘴気が晴れますように」 アヤカシに備え、柚乃は精霊の聖歌を歌いだす。 ローレライの髪飾りによって、声に力が宿る。瘴気を祓う特殊な精霊の曲が効果を表し、周囲の雰囲気も軽くなった気がした。 その中で柚乃は意識を失い、ただひたすらに精霊の為の曲を歌いあげていく。 「伴奏があるなら尚良しだわ。お花がまだまだ足らないみたいだから、不足分は私がお花になってあげるわ♪」 霧依は手ごろな大岩を見つけて飛び乗ると、羽扇「黒八咫」を振り上げる。 その姿は生命力溢れ天へと伸びる樹を表し、空を羽ばたく鳥のように力強く羽扇子を振り上げ、風にしなる木々のようにしなやかに腰を動かす。理穴に伝わる樹理穴踊りだ。 「うほほぉおお。溜まりませんなぁ」 艶やかさを増した主に、ロンパーブルームは食いつくように眺める。 自然を感じるようにと露出の多い衣装で踊る樹理穴踊りは、理穴でも問題視されやすい。けれど、そもそも瘴気を祓い元の森を取り戻したいという願いから生まれた踊りなのだ。ここで踊るのはまさにふさわしいと言えよう。 霧依は引き締まった腕を伸ばし、柚乃の歌に合わせて華麗な踊りを披露し続ける。 「目もいいけれどお腹もどうぞ。こちら温まりました。酒もすきっ腹のままも毒ですよ」 何やら煮込んでいた鎮璃が、大鍋を抱えてくる。 蓋を開けると、いい匂いが周囲に広がる。中にあるのはおでん。出汁のしみ込んだ様々な具に、一同の声が一段と上がる。 「熱いですから、火傷しないように」 猫又にはちゃんと冷ましてから分け与え。まずはひとまず腹を膨らませる。 「うん。うまいな」 おでんを作る為だけに、具材や鍋どころか薪や水すら運んで来なければならなかった。ここまでけっこう重い道のりだった。けれど、アツアツを頬張る一同の顔を見れば、その苦労も無駄でなかったと鎮璃は胸を撫で下ろす。 ● 「次はボクー。いっくよー」 大剣豪は盃からあふれそうな酒を一気に飲み干すと、ふらふらと飛び上がる。 そのまま獣剣「ヨートゥン」を引き抜き、宙高く放り上げた。 剣は円を描いて落ちてくる。刀身は下向き。そのまま大剣豪を真っ二つ……と思いきや、すとんと背負っていた鞘に収まった。 「大ちゃん、うまいうまい」 ルゥミが手を叩いて褒める。見事な芸に一同も素直に評価すると、大剣豪も胸を張って得意がる。 開拓者たちのおかげで寂しい景色もどこへやら。花は咲き乱れ、歌に踊りは心も潤し、酒に食事で腹も膨れる。思う以上に楽しい宴となっていた。 しかし。 (いくら酒好きの騒ぎ好きでも。わざわざ冥越のど真ん中でやろうと言い出すのはさすがに少し引っかかる) 宴を楽しんでいる酒天を認めながらも、羅喉丸は胸の中で考える。 酒天が依頼で訪れたという山城。だが、冥越の開拓は三年前から進んでいる。全体で見ればもっと国境付近などで安全な場所はあるのだ。それをわざわざ、わずかな石垣や堀が残る程度の高台で危険承知の花見をする必要は、普通無い。 だが、酒天はここを選んだ。わざわざ花見用の花束を用意までして。となれば、ここでなければと思う理由があるはず。 そう考えるのは羅喉丸だけでも無い。 「そういえば、何でここでお花見しようと思ったの。酒天くんゆかりの地なの?」 「さあな」 一踊り行い、休憩を取っていた霧依が酒天に問いかける。 酒天の方は、やはりまともに答える気は無さげ。おどけた調子で酒を飲み続けている。 真っ向から聞き出すのは無理らしい。鎮璃は空になった皿におかわりを盛りつけながら、それとなく語り出す。 「僕の出身の村は、ここから比較的近い場所にありました。鬼啼里、という僕の姓はその村の名前なんです」 酒天は何も言わずに酒を飲み続ける。目だけが動き、関心を持ったのは分かる。 「鬼の啼く里。でも、村を捨てる人が少なかったから地名として残っている訳で……。案外、村と鬼とはそれなりに仲良くやってたかもですね。 ずいぶん昔の事らしくて、僕の子供の頃はもう、殆ど誰も信じていない言い伝え扱いでしたけど。……でも、酒天さんみたいな鬼だったら、本当に仲良く出来ていたかもしれませんね」 「それは買いかぶり過ぎだろ。――まぁ、気のいい奴は今も昔もいたけどな」 懐かしむように酒天が山城跡を見る。あるいはそこにいた誰かを探すように。 やはり、と羅喉丸は得心いった。わざわざ選んだ以上、城と酒天とは関係があるのだろう。 それが何かを考える。 修羅には長い迫害の歴史がある。時の朝廷の策謀もあって、アヤカシの鬼と混同された。 修羅の隠れ里は冥越に多くあり、修羅は冥越に住んでいた。修羅が朝廷との戦に負け、陽州へ追放されたのは約五百年前。 何よりアヤカシは城など作らない。拠点を作ったとしても、山城とは違う形になるだろう。 これらの事実から、この城は修羅が作ったものと推測するのはたやすい。そして、城には主がいる。修羅の王である酒天童子がかつて仲間と共にここに住んでいたと考えるのは突飛な考えでもない。 羅喉丸はそう推測して、この花見に付き合うことを決めてきた。やはり外れては無かったようだ。 「もし酒天さんがここに引っ越すなら、きっと僕がご近所さん第一号ですね」 「いんや。俺はここにはもう戻らんよ。固執する必要ももう無いだろ」 鎮璃に向けて、雑談混じりながらもきっぱりと酒天は告げる。 落ちた城。失われた城。そこに何があっても、もはや取り返すにはあまりに年月が経ち過ぎた。 複雑な気持ちで羅喉丸は山城の外へと目を向け、――さらに表情を曇らせた。 ● 羅喉丸の見つけた異変に、他の仲間たちもただちに気付いた。 「やはり来たか」 地面に妙な盛り上がりを見つけて、玄人はすかさず心眼「集」を使う。隠れていても気配を察知する。殺気を隠すような相手でも無い。 「全周から包囲。まだ地中に潜んでいる奴もいる。油断するな」 地面から姿を現したのは巨大な蜘蛛。歪な顎を鳴らし、敵意をむき出しにしている。アヤカシに間違いない。 「こないだ逃げた奴らだな。やれやれ。綺麗に掃除したばかりなのにな」 どこか楽しげに肩を竦め、酒天は盃の代わりに剣を引き抜く。 「勝って兜の緒を締めよと言うからな。だが、無粋な客の相手など、王自らすることではないさ」 「なぁに、ちょっとした運動も必要だろ」 代わりに俺たちが片付けよう、と羅喉丸は告げるも。酒天自身もやる気十分。それをわざわざ止めるのも無粋だろう。 「あれれ。お客さんが来たの? あんたたちにもお花見せてあげるね♪ ほら、綺麗な火花(マズルフラッシュ)でしょ♪」 上機嫌で花見を楽しんでいたルゥミは、マスケット「魔弾」に弾を込めると蜘蛛たちに向けて撃った。手早く次弾装填するとまた撃つ。開拓者としてますます腕を磨いてきた彼女は、自身の最強奥義「ルゥミちゃん最強モード!」ですべてを攻撃にのみ集中させる。 その間、防御はおろそかになるが、補うように相棒が迫る敵を叩き斬る。 「……全然相手にならないね」 成敗! と格好つける大剣豪。その頼もしさに味方の士気も上がるというもの。 「『行くか、羅喉丸。――アヤカシふぜいに飲ます酒は無い。案ずるな、代わりに酔八仙拳をくれてやろう』とお留守番に代わって言っておきましょう」 ネージュは告げると、相棒剣「ゴールデンフェザー」の切っ先を蜘蛛へと向けている。 その口調の確かさに頷くと、羅喉丸は構え、蜘蛛を蹴散らしていく。 花見で酒はつきものだが、この事態を考慮し、ほどほどに押さえていた。動きも気力も問題ない。 出て来た蜘蛛が一斉に白い糸を吐く。辺りを糸で埋めて動きを封じ、開拓者たちを縛るつもりだ。 獲物を捕らえる光沢のある糸を、玄人はアイギスシールドを掲げて防ぐ。けれど、さすがに数が多い。全てをさばくことは出来ず、巻き付いた糸が盾ごと玄人を縛る。 そこに空から蝙蝠の翼を閉じ、十束が落ちてくる。落下速度すらも利用し、主を絡める糸を一気に豪剣「リベンジゴッド」で両断。束縛を破る。 と同時に、自由になった玄人は蜘蛛へと間合いを詰め、一撃を加える。 「俺もやりたい事が出来たからな。後は師に言うだけだ」 だからこんな所で不甲斐無い真似など出来ない。さっさと消え去ってもらおうと、玄人は蜘蛛の動きを阻みにかかる。 「そういう訳だ。宴と玄人殿のやりたい事の為だ。朽ちてもらおう」 宝物の守護者で防御を固めると、颯爽と手近な蜘蛛へと十束が挑む。 次から次へと蜘蛛は地面から沸いて出る。けれど這い出た途端、そのほとんどが何やら戸惑うようにわずかに動きを鈍らせていた。 「瘴気を祓って、いつもと空気が違うと感じるのでしょうか?」 柚乃は伊邪那を呼び出すと、蜘蛛たちと対峙する。 「柚乃に悪い虫がつかないようにしなきゃ、だわね。蜘蛛は虫ではないけれど」 ツンとそっぽを向きながらも、伊邪那は蜘蛛たちに向け的確に炎を浴びせる。たとえ蜘蛛本体は逃げても、辺りにめぐらされる糸が燃えて溶けて消えていく。 「結珠さん、手伝いお願いしますね」 魔槍砲「戦神の怒り」を槍として構え、鎮璃は蜘蛛へと飛び込む。敵には事欠かない。おびただしい数の蜘蛛を一振りごとに纏めて葬り、遠くの敵にはすかさず砲撃を加える。 「遊びに来た筈なのに……しづりんヒドイ」 「文句は飛び入りに言って下さいな」 任された結珠はひげもたれ気味、ぶちぶちと不満を漏らしている。その恨みをぶつけるように術を仕掛けて蜘蛛を吹き飛ばしている。 「いい所なんですから、邪魔しないでください」 低く静かに、どこか怒りを含めながら、ロンパーブルームもおばけ火を炸裂させる。火力は低いが、蜘蛛を押さえるには十分。 巧みに一か所に纏めると、そこに幾筋もの灰色の光が扇状に広がった。光は的確に敵を捕え、撃たれた蜘蛛は灰となる。 デリタ・バウ=ラングル。黒い羽扇を持って踊り続け、霧依は決めポーズと共にアークブラストを放ち、残る蜘蛛たちも次々と動きを止めて瘴気に還る。 「んふふ、私の踊りはどう? 最高に痺れるでしょう。あら、そちらはせっかちさんねぇ。頭を冷やしなさい」 倒してもまだ這い出てくる蜘蛛たち。それを楽しみながら、放つ術を演出のように霧依はリズムに乗って踊り続ける。 ● 大量に湧き出て来た蜘蛛たちは、次々と開拓者たちによって始末されていく。 現れた蜘蛛は怒涛の進撃を行った。だが、退くのも呆気ないほど早かった。実力が違いすぎる。 地上に動く蜘蛛がいなくなり、玄人が心眼で隠れているアヤカシがいないかを探る。 「完全に、逃げたな」 それはそれで面倒だと、玄人は魔の森を眺める。あれをすべて消し去らない限り、本当の終わりは難しい。 「ふうう〜。花が台無しねぇ。私という花ぐらいしか観るものが無いわ」 残っていた酒を一気に飲み干し、霧依は残念そうに告げる。 実力の無さを数で補おうとしたのか。ひっきりなしに押し寄せる巨大蜘蛛たち。けれどそれだけの数が地中から湧き出せば地面は掘り返されて不安定に。供えていた花もアヤカシには障害物でしかない。邪魔であれば踏みつぶす。 山城は前以上に荒れた高台程度の風景に戻っていた。 「十分楽しめたしな。宴はお開きでいいかな。さすがに日暮れまでに帰らねぇと野宿はきついぜ」 背筋を伸ばした酒天は、空を見上げる。いつのまにか太陽は傾き始めている。 「酒天ちゃん、楽しいね! またお花見やろうね」 「機会があればな」 満足げなルゥミに、酒天は適当に手を振って返す。 「やらないつもりなのか」 「機会があれば、だよ。どの道まだ気軽に来れる所でもないだろ」 曖昧な返答に羅喉丸が訝る。祭り好きの騒ぎ好きが、何やら含んだ言い回しで即答を避けるのは不思議な気がした。 宴を開いただけで、押し寄せて来た大量のアヤカシ。それすらも楽しめる者でないと冥越はまだ踏み込めない地だ。 「最後に。どんなお城だったのか、ちょっと見てみたいな」 少し時間を下さい、と、柚乃は時の蜃気楼を歌いだす。繰り返されるフレーズが刻まれた時を遡る。 魔の森を伐採したとはいえ、瘴気の影響をまだ濃く残す。時代も定かでなく、大体の年を推測して精霊の記憶に問いかける。 正直、期待は出来なかったが……。 「これは」 酒天が目を見張って立ち尽くす。 荒れ地に城が現れる。戦を想定して作られたのか、極めて実用的な建造物になっている。天儀の城ではあるものの、陽州の独特な様式も混じっていて、現代では見かけない城になっていた。 曲が終わった途端に幻影は一瞬にして消えた。その寸前、遠くで人影を見た気もする。長い黒髪の女性が軽く手を振ったような。 「今、誰か見えましたか?」 鎮璃が目をこすり、無駄と知りつつ思わずもう一度確認しかける。穂邑に似た気もする。しかし、こんな所にいるはずない。あまりに一瞬過ぎて、ただの見間違いとか勘違いな気もしてきた。 けれども、酒天にとっては十分だったようだ。 「ありがとよ。いい土産になった」 穏やかに笑うと、手にしていた酒瓢箪をひっくり返す。なみなみと注がれる酒は、大地に眠る誰かに捧げるように深くへと浸み込んでいった。 宴翌日。酒天の住処が空になっているのを、近所の人が報告してきた。いつ出て行ったのか、どこへ行ったのか。本人の行方も知れない。 身の回りの整理を済ませていたことから、自分の意志で行ったのだと簡単に推測つく。おそらくは戻る気の無い旅に。 一部の修羅が悲嘆にくれ、一部の人が喜び、多くの人は何となく納得してすぐに自身の生活へと戻った。 どうせ祭りになったらどこからともなく戻ってくる。そう信じて。 |