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■オープニング本文 大アヤカシとの攻防から長く時間が過ぎ。森の拡大に伴い住処を追われていた人も帰還を始め、以前の生活へと復旧作業が進む。 だが、アヤカシを倒したとて魔の森衰退は一部でしかなく、その機能も健在。 アヤカシが跋扈する危険は去っておらず、理穴及び諸国の監視は今なお続いている。 そんな理穴の一地方。昔々に魔の森監視の為に築かれた櫓では、今日も軍による警備が行われていた。 といっても、長い年月。魔の森との攻防による情勢変化の末、いささか用途としてきちんと機能してるか疑問に思う場所にあった。 そもそも、魔の森までの距離はかなりある。地形的にも途中川あり谷ありで、直接襲ってこれる場所ではない。 空を飛ぶアヤカシもいるが、監視地点だけに限ってもここより近い襲いやすい場所は他にあるので、それを放っといてこっちに来るとも考えにくい。 古い上に櫓としても小さく、いい加減放棄すべきという意見もあるのだが、高台からの眺めで一応魔の森の監視もできる事と、比較的安全なので新人を腕試しに送りこむのに都合がいいなどで、なんとなく存続していた。 さらに復興に伴い人の住む村が近くに増え出した為、釣られて魔の森のアヤカシが動き出さないか、念の為、と一応の名目も出来ていた。 配備される人員は十名ほど。数はそれなりだが、戦闘技量もそこそこの駆け出しが回される事が多い。 魔の森監視が一の任務である以上、けして油断はしないが、元々の力量がそれなので力及ばぬのも致し方あるまい。 ● 夜半。煌々と照らされる松明の明かりに、一筋の火が過ぎる。 櫓の見張りがぎょっとしたのも束の間、火矢は天幕に刺さり燻り出す。それで終わらず、次々と矢が射掛けられる。 「未の方角より敵襲!」 「遅い!!」 天幕で寝ていた仲間も異変を察し、怒鳴り声と共に飛び出してくる。防具を付けるのもそこそこ、ひとまず武器だけは用意する。 櫓周辺は視界が効くよう、草を刈り込んである。魔の森側は切り立つ崖、三方は森だ。 その一方から矢は飛んできていた。 夜襲で、全身を目立たぬよう木の枝で覆っている。 飛んで来る矢の軌跡からこちらも相手がいると思しき所に矢を射掛ける。 向こうからの攻撃が止む。と同時に、相手は覆っていた枝葉も取っ払い、姿を現す。 「鬼!」 全身を武装した鬼二体。 いや、 「ぐ!」 背に矢を受けて、仲間の一人が倒れる。見ると後方にもやはり武装した鬼二体がいた。 それぞれ一体がその場に留まり矢を射掛け、もう一体が刀を抜くとその支援を受けて櫓にと駆け込んできた。 「グオオオオ!!」 鬼が吼えると、刀を振るう。避けようとしても間に合わず、受け止めようとしても刀ごと身体を両断される。 「ひぃ!!」 「待て! そっちに逃げるな!!」 怖気づいた兵が、鬼のいない方角へと駆けだす。鬼たちは追おうともしない。 そのはずだ。逃げた兵の目の前で、森から出てきたのはさらに一際大きな歪んだ鬼だった。 退路に断たれ、逃げた兵が立ち止まる。震える兵を鬼は頭ごなしに睨みつけ、その拳を大きく振った。 避ける暇さえなく、逃走兵が弾き飛ばされる。何度か地面を跳ねて転がると、歪な姿で横たわった。 五体の鬼が森への道を阻む。力量差は歴然。潜りぬけて逃げるのも難しそうで。 「おい、まだ動けるな」 「は、はい」 上官は、傍にいた若い新人に声をかける。 「縄の場所は分かるな。合図したら、それで崖を降りろ」 「しかし」 口答えする新人を、上官が睨み付ける。 「命令には従え。先の矢で伝令用の鳥がやられてやがる。誰かが状況を伝えなければならない」 鬼たちはこちらを嘲るようにじわりと動く。その癖身構え、隙は見せない。 「行け!」 背中を押され、転ぶように新人は走り出す。縄を拾うと慣れた手で杭に撒きつけ、崖を滑り落ちる。 地面まであと少し、という所で、縄の感触が無くなった。そのまま地面に落ちてしたたかに尻を打つ。 見れば、縄の先が斬られていた。 崖の上からは激しい悲鳴と金属音。鬼たちが動いたのだ。 思わず身を竦ませると、上からどすんと音を立てて何かが落ちてきた。 先ほど背中を押した上官だと気付くのには時間がかかった。赤く広がった体には頭が無かった。 「オオオオーー!!」 鬼たちの叫びが聞こえる。だが、それだけ。 さしもの鬼たちもこの高さを降りて来る気は無いようだ。 降りた新人は、口元を押さえると震える足で走り出す。 その後について来る者は無かった。 ● そして、開拓者ギルドに依頼が入る。 「襲ったのは鎧鬼が四体。それを統率する極卒鬼が一体。いずれもそれなりの強さを持った、志体を持っていてもてこずるアヤカシだ」 受付は、溜息と共に目を伏せた。 魔の森自体には動きは無いとの事。故に、そちらに気を取られすぎたか。流れのアヤカシも勿論気にはしてただろうが、あんな奴らが流れてくるとは運が無かったか。 「櫓を占拠した鬼たちは、現在そこに留まっている。討伐に向かいたいのは山々だが、少数でも兵が下手に動くと大事に取られて、折角復興に勤しむ人たちにまた不安を与えかねない。なのでこちらに話が回ってきた」 櫓の傍には人気は無いが、森を抜けると復興した人たちが帰ってきている。 もし、そちらにアヤカシたちが気付いたなら、恐ろしい事態になる。なので、今の内に叩いておかねばならない。 「それと、だ。一応だが、櫓には生存者がいる」 言いにくそうに、受付は口を開く。 「偵察に行った者が悲鳴を聞いている。何も無い場所だ。恐らく当座の食料といった所なのだろうな。‥‥故に、五体満足とは思わんように。櫓に着いた時には‥‥平らげてる可能性もあるしな」 極卒鬼は残酷で、捕まれば長い間獲物をいたぶる癖がある。 でなくとも、恐怖を味わい、血を啜り、肉を喰らうのがアヤカシの性。共にいて、無事で済む筈は無い。 |
■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
空(ia1704)
33歳・男・砂
朧月夜(ia5094)
18歳・女・サ
只木 岑(ia6834)
19歳・男・弓 |
■リプレイ本文 夜の闇暗く。月明かりを頼りに開拓者たちは森を進み、現場に向かう。 鬼たちに気付かれる可能性がある以上、灯火も迂闊に使えない。 足元を遮る根に躓かぬよう、枝葉に引っ掛かって無駄な音を立てぬよう。移動もまた慎重に行う。 「まずは四体の鎧鬼を陽動。獄卒鬼は村の方に行くならともかく、逃がした場合も深追いしない方がいいか」 朧月夜(ia5094)に、只木 岑(ia6834)はとんでもないと珍しく語調を強める。 「逃しても、いずれどこかで害を成すのは明白ですからね。‥‥理穴の復興中の村へ、被害を及ばす訳にはいかない」 理穴への思い入れの差異か。逃走は絶対に阻止すると、岑の意志は堅い。 「やれやれ。害悪しか撒き散らかさない魔の森はホント面倒だな。全部北面に行ったらいいのに」 それもどうなのかと白い目で見てくる仲間たちに、空(ia1704)は人の悪い笑みを浮かべている。 「ま、冗談はともかくよぉ。‥‥少し油断が過ぎたようだな」 魔の森の縮小。地理的条件。これまでの経緯からも、襲われる危険は低かった場所。‥‥だが、皆無と言い切れないのはどこも同じはず。 空のように、油断と言われても仕方ない。 「しかし、練度が十分といえない面々に、更に奇襲を受けながらも事態を伝えてみせた判断力と決断力は見事。状況はよくありませんが、これだけの繋ぎをして頂いて、戦果を上げらねば士の名折れとなりましょう」 駐屯兵の数が少なく、そのほとんどが新人にも近かった。ただ全滅していても不思議ではなく、そうなると、今だ鬼たちの占拠を知らぬまま、森付近に暮らす人たちを危険に晒していたかもしれない。 そんな最悪の状況を脱しただけでも、志藤 久遠(ia0597)は賞賛を送る。 ならば、彼らの為にも期待には応えねばならない。 自身を未熟と思えど、それに甘んじてはいられない。 ● 吹き抜ける風が変わり、森の気配も違ってくると、殊更慎重に歩を進めた。 森に隠れたまま。やがて、現場を目にする。 櫓付近の地形は、事前に聞きこんでいるが、実に簡単なものだった。 崖の上に櫓。その傍に天幕。どちらも先の戦闘の面影が如実に残っている。 周囲の草原は、まだ日がたってないからか、綺麗に刈り込まれたままだ。 櫓の上には、手持ち無沙汰にしている鎧鬼が一体。天幕の傍では、残りの三体が面つき合わせて寛いでいる。 大柄な鎧鬼たち。それよりもさらに一際大きな鬼が獄卒鬼だ。 ふらりと、外に出てきては鎧鬼たちの様子を伺い。また、天幕へと戻る。襤褸な天幕とはいえ中の様子は覗えず。ただ、時折鬼の喜悦に歪んだ声が響いた。 生存者がいるかも、という話も、今はどうか分からない。 開拓者たちは気付かれぬよう目だけで合図して、まずは二手に分かれる。 そのまま、森に潜み。ただ時を待つ。 空が白むにつれ、鎧鬼たちも動き出した。どうやら見張りの交代らしいが、誰にするか決めてないようで揉めだす。 人に置きかえると、和やかな光景だが、それを楽しむ気は無い。 岑は密かに五人張を引いた。 精神を集中。より遠く、より強く。気力も命中に乗せ、狙うはただ一点。 東の空。遠く魔の森を臨む開けた景色に、暁の光が強く差し込む。 見晴らしはよく。背後に空しかない為、見張りの場所もはっきり分かる。 「ウガッ! ウガガ!」 櫓の上で。焦れた鎧鬼が顔を出す。 瞬時に、岑が矢を放つ。軽い音を立てた矢は、狙い違わず喉元に突き刺さった。 「グッ!」 驚き体勢を崩した鬼が櫓から転がり落ちる。 それを見ながら、すでに空、朧月夜、そして風雅 哲心(ia0135)は森から飛び出し、駆けていく。 すらりと、鬼たちが剣を抜く。あるいは弓を手にとり矢を放つ。 「さすがに、動きが早いと見える」 敵襲を悟り、動揺せずに構えたのは敵ながら天晴れか。 空は全力で駆け抜け、まずは草原中ほどで留まると、戦弓「夏侯妙才」を構える。射撃してくる相手を狙い矢を放つと、向こうは櫓の陰に隠れ、そこから狙ってくる。 だが、空もまたじっとしてはいない。走りながらも次々と矢を放つは、シノビの技の賜物だ。 落ちた鎧鬼も、その頃には置き上がり、遅まきながらも武器を手にしている。 「頑丈だな。だが、こいつの切れ味を試すには丁度いい相手だ。‥‥倒された連中の無念、ここで晴らさせてもらうぜ!」 これ以上、好きにはさせない。 駆け寄り、鎧鬼たちと間合いに入るさらにその手前。哲心は刀「鬼神丸」を振るった。 刃から香る梅の香。白く澄んだ気と共に風の如く流れ、鎧鬼を捉える。 邪悪を祓う白梅香。アヤカシに効かぬはずが無い。 「ググ!」 風雅の香りに、鎧鬼の顔が歪んだ。 「全てを穿つ天狼の牙、その身に刻め!」 正確無比の神速の刃が鎧鬼を捕らえる。その身を覆う大鎧が砕け飛び、鬼の形相も明らかになる。 飛んだ破片がじわりと瘴気に還る。 「してみると、それも身体の一部という訳か」 偃月刀「関雲長」を掲げ、上段から朧月夜は振り下ろす。 狙うは肩か篭手か。鎧、あるいは武器の破壊が目当て。 だが、その叩き斬るのに特化した青龍を相手は力任せに受け止める。 競り合いしばし。双方同時に相手を弾き飛ばし、間を開けて対峙する。 やはり一筋縄ではいかない。 弓手を止めようと、鬼の一体が刀を手に飛び出してくる。 懐に入られると弓は厳しい。空はぎりぎりまで惹き付け矢を射掛けると、忍刀「暁」に持ち替え鬼を迎撃する。 岑もまた、大きな弓はひとまず森に隠し起き、徒歩弓に持ち替えて動き出す。 踏み込もうとした鎧鬼は、飛来する矢に足を止めた。 その隙に、朧月夜は東側へと回りこむ。 朝日は顔を出し、似つかわしくないほど眩しい光で世を照らす。だが、東に回った朧月夜は背面から光を浴びる。 対し、回られた鎧鬼は東に向くことになる。アヤカシとて陽は眩しいのか。一瞬、目を細めて動きが鈍る。 わざわざ夜明けを待ったのも、太陽を味方とすべくだ。 「鎧か皮膚かはしらないが、粉砕せずとも手はある!」 ほんの一瞬の戸惑いを逃さず。朧月夜は踏み込む。繰り出す刃は、気力と共に相手の防御の弱みを貫く。 練力を使うが故に使いどころも選ぶが、手は抜けない。 ● 天幕にいるからとて、外の騒々しさに気付かぬ筈も無く、 残酷な獄卒鬼が、戦いの気配に魅かれぬ筈も無い。 なのに飛び出していかないのは、敵の方から飛び込んできてくれたからだ。 「久々に、ホネがありそうな奴らアル。一つ鬼退治と行くカ」 陽動隊が鎧鬼たちの目を引き付けた隙に、別方向から残りの四人が獄卒鬼のいる天幕へと飛び込む。 最初に、踏み込んだのはやはり梢・飛鈴(ia0034)。 中に入って目についたのは、やはり獄卒鬼。間近で見ると、倍以上ある背丈は圧巻だ。見合った大剣を抜き、こちらを見下ろす。 内部に篭る異様な臭気は、そこいらに喰い散らかった血と肉片から。その元が何であったか。 一瞬、怯みそうになったが、気力で建て直す。 駆け込んだ勢いのまま、飛鈴は外套を外すと相手の顔面に叩き付ける。 「グ!?」 目を塞がれ、さしもの獄卒鬼も隙が出来る。 と、飛鈴は素早くその背面に回り、 「てい!」 膝裏を蹴り付けると、面白いように相手が折れた。子供の悪戯だ。 が、相手は剣を支えに素早く体勢を整えると、低い姿勢のまま横薙ぎに剣が孤を描いた。 唸りを上げる風を、飛鈴は慌てて飛び越える。 「あら、やっぱりデキるみたいね。久々に鎌が振れそう♪」 軽やかな声を上げつつ、霧崎 灯華(ia1054)は符を投げつける。 転じて、小さな紅い蛇が獄卒鬼を束縛する。 久遠は薙刀「巴御前」で水仙を繰り出す。薙ぎ払う素早い動きは、蛇に絡まれる獄卒鬼を斬る! 「グルウ!」 「下がって!」 獄卒鬼が唸る。 振り回される大剣。久遠は灯華を一旦下がらせ、薙刀で受け止める。 重い衝撃と共に力が拮抗。 「こっちも忘れんでヤ!」 飛鈴は、久遠にかかずらう獄卒鬼の背を蹴り飛び上がると、身体を捻り、そのまま脳天に踵を蹴り込む。 身体がぶれた所で、久遠も薙刀で剣を払いのけると、踏み込み二撃繰り出す。 「まだまだ!」 巴御前が孤を描く。鋭い切っ先が獄卒鬼を刻む。 柊沢 霞澄(ia0067)は天幕に飛び込んだものの、直接獄卒鬼と殺り合う気は無い。後方支援が目的だ。 事前に加護結界を皆に付与し、その後も傷を癒すべく後方で待機。白霊弾は用意してるが、あくまで自衛用に念の為。 なので、暴れる獄卒鬼だけに集中せず、周囲にも目を向ける。 そして、棚に置かれた血塗れの肉塊と目があった。 「‥‥あ」 思わず息を呑む。 とても人とは思えず。なので、飛び込んだ際から探していたが、生存者はいないと諦めていた。 実際もう碌に動けないのだろう。ただ、目だけがかろうじて訴えるように動いている。 傷を癒すべく、霞澄が動きかけた時、獄卒鬼が天幕の柱を切り倒した。 「うわっ!」 元からぼろくなっていた天幕は、支えを失い、あっけなく倒壊。屋根代わりの布も落ちてきて、一同が埋まる。 「大丈夫ですか!?」 「ったく、やってくれるわね」 久遠や灯華が布を裂いて崩れた天幕から脱する。破れた口をさらに広げて飛鈴も這い出ると、布に絡まって慌てていた霞澄を救出する。 周囲では、倒壊した天幕に、目を丸くしている他の開拓者と、驚いているらしい鎧鬼たち。 彼らの視線を受けながら、壊れた天幕を払いのけ、獄卒鬼が睥睨する。 ● 「オオオオォォー!!」 天幕倒壊には驚いたようだが、首魁が姿を見せた事で鎧鬼たちの士気が高まる。 「‥‥すみません。今しばし、そこに」 崩れた天幕の傍らに立ち、霞澄が言葉を投げかける。崩れた布が不自然に少し動いた気がした。 「面倒ですね」 岑が矢を番える。狙うは獄卒鬼。 「ウルオオオオ!」 阻止すべく。咆哮と共に、鎧鬼が刀を投げた。鋭い切っ先を岑を掠める。 「主を守ろうってか。心意気は立派かね」 空が繰り出す忍刀を、鎧鬼は腰から引き抜いた小刀で払う。 そのまま二撃、三撃。打ち合った末に、空は素早く切り払う。 防御が大きく開いた。その肩に小刀をねじ込まれる。 痛みが全身を走ったが、抜かれる前に、鬼の腕を掴んだ。顔を上げると、鬼の目が間近にある。 口端だけで笑ってみせると、そのまま空は刀を鎧の隙間へと突き刺した。 音を立てて、鎧鬼が倒れる。それでもなお、逃れた空を掴もうと手が上がったが、そこに岑が矢を解き放つ。 一体が倒れ、残りの鎧鬼もうろたえる。すでに彼らも手傷が激しい。 開拓者たちからの攻撃を捌きながらも、それは獄卒鬼も悟っていたのだろう。 「ガウ!」 開拓者たちを振り払うと、大きく下がる。逃げる気だ。 それに鎧鬼たちも従った。獄卒鬼に従い、守りに付こうとする。 だが、そんな簡単に事を運ばせたりはしない。 「逃がさないわよ!」 久遠の猛攻。狙うは獄卒鬼の足。飛鈴と共に、斬りつけ、あるいは蹴りつけ、移動を阻む。 「逃げようとした時点で、気迫負けよ」 残念そうに、灯華が斬撃符を飛ばす。作り出された見えない刃もまた、鬼の巨体を切り裂いていく。 その灯華に、矢が刺さった。鎧鬼の放った矢だ。 「小癪な真似をする」 次の矢をかけた鎧鬼に、朧月夜が迫る。 「村に危害を及ぼす気なら‥‥こちらとて暢気に手をかけてられないか」 慌てて放たれてきた矢を刀で防ぐと、次の矢を番える前に、鎧の隙間へと狙い打ち込む。 「いい加減! 倒れるヨロシ!!」 足を責め、ふらついた獄卒鬼に飛び掛り踵を落とす。体勢を崩し、倒れた転がったまま開拓者たちを躱し、離れた場所で立ち上が‥‥ろうとして膝をついた。 「ウグッ!」 頭にきたようで、うまく動けない様子。 灯華が呪縛符を絡めると、久遠と飛鈴が構える。 させじと、動く鎧鬼残り二体。獄卒鬼の危機を救おうと、投げ出し駆け出すが。 「こちらを放っていい気だな! 閃光煌く星竜の牙、その身に刻め!」 白梅香を纏わせ、神速の一閃。いささか機を害した哲心は、容赦なく斬り捨てる。 「最後の一体!」 狙って岑が射た矢は、見事に首筋を貫いた。倒れた鎧鬼を、空と朧月夜が斬る。 「手下は終わったネ。コッチもソロソロ引導ヤ!」 飛鈴は軽く告げると、獄卒鬼の背に回り、極神点穴をついた。 気を集中させた指先。食い込んだ指先を引き抜くと、穴の小ささからは想像できないほど、獄卒鬼は激しく悶え血反吐を吐いた。 「では!」 ほとんど動かなくなった獄卒鬼の首に、久遠が薙刀を振り下ろす。 二つに分かれた鬼の姿は、やがて瘴気に還りだす。 ● 全ての鬼が片付いたのを確認し、息をつく開拓者たち。 黙々と傷の手当てを行う霞澄。 幸い大きな傷は無い。むしろ、酷いのは‥‥。 「生きてるの?」 「‥‥はい」 率直に灯華が尋ねると、言葉少なに霞澄が頷く。 天幕の下から救い出した生存者はかろうじて数名。いずれも五体満足とは程遠く‥‥人としての形も留めていない。 出来る限り回復は行ったが、心の傷までは癒せない。 灯華がふと息を吐く。 「鬼たちは見ての通り。仇は討ったわよ。それでどうする? 何なら苦しまないよう、トドメをさしてあげるけど?」 こちらの言い分は届いている。灯華の問いかけに、霞澄は目を瞠ったが、兵士の姿を見ると何も言い出せない。 「殺して欲しいなら手伝っても構わんが。生きてたいなら、この先何があっても這いずり回って生き延びろや。まだその命、利用価値がある命かも知れンからな」 励ましているのか、突き放しているのか。あるいは両方か。 空の言い分もじっと聞いていた兵士たちは、やがて出ない声でただ嗚咽を繰り返していた 襲撃で死んだ兵も含め、せめて土の下へと霞澄は埋葬する。 場を清めても、戦闘の跡は生々しく残っている。 「片付けてもこの陣はマトモに使えんとちゃうかいナ。このまま朽ち果て‥‥この櫓が死んだ兵士の墓標ってトコロかいな」 飛鈴は肩を竦める。 実際どうするかは分からないが、廃棄の話も出ていた以上恐らくそうなる可能性は高い。 「魔の森が縮小したとはいえ、本当に、気が抜けないです、ね」 岑は、遠く魔の森を見つめる。 今なおあそこには、恐るべきアヤカシが潜み、時を覗っている。 一般の村人に被害が出なかっただけ、今回はマシなのだろうか。 |