【新大陸】 突破せよ!
マスター名:からた狐
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/05 21:30



■オープニング本文

 嵐の門の向こうにあると推測される、新たな儀『あるすてら』を発見せよ。
 『あるすてら』を見出すために、飛空船使用を許可する。

 一三成か、大伴定家か。
 その文書に花押を記した者の名には二通り、文書の内容は受け取る者の立場で幾つかあれど、目指す場所は一つ。
 嵐の門解放がなり、いよいよもって『あるすてら』の存在が現実味を帯びてきたと判断した朝廷は、その探索を改めて命じていた。朝廷に忠誠を誓う者には命令を、新たな土地に利益を求める者には許可を、居並ぶ国々には要請を。

 受ける側には功名心に逸る者、まだ形のない利益に思いを馳せる者、他者への競争心を熱くする者、ただひたすらに知識欲に突き動かされる者と様々だ。
 人の数だけ動く理由はあれど、嵐の門も雲海も、ただ一人で乗り越えることなど出来はしない。
 『あるすてら』を目指す者は寄り集まり、それでも心許ないと知れば、開拓者ギルドを訪ねる。
 新たな儀を求める動きは、これまでとは異なる多くの依頼を生み出していた。


 許可を得て。多くの飛空船が嵐の門へと飛び出す。
 目指すは新天地、乗せるは夢と希望。野望と権謀術数、商売っ気も入り乱れ、人々は冒険の旅に出る。
 果たしてその先にどんな世界が広がるのか‥‥。

 ‥‥と思い描くのは容易いが。
 実際の航海は、全く甘くない。
「出力上げろ! 無理でも突破する!!」
「だから無理ですって! すでに限界一杯なんです!」
「この嵐を迂回しないと、機体の方が持ちません!!」
「迂回ってどっちに!?」
「知るか!」
 嵐の門は開放されたがまだ不安定で、進めば暴風雨に雷と天候最悪。船によっては、乱気流にもまれて満足に進めぬ有様。
 今回乗り込んだのは、民間の調査団体が出した十人乗り程度の小型船。機体はずっと揺れっぱなし。
 席の都合上、開拓者たちは沢山の荷物や相棒と一緒に貨物室に放り込まれている。出発前にいろいろ改装はしてくれたが、この嵐では乗り心地など最悪にしかならない。
 そもそも、普通なら飛ぶのが到底無茶。嵐が収まる、すなわち門の安定を待つべきなのだろうが、それでは他の連中に先を越されてしまう。
 金、名誉、忠誠、好奇心、単に一番乗りが好きなど理由様々あれど、のんびり待ってられぬ連中はそもから無茶を承知している。
 そして、その無茶を歓迎するかのように、更なる災難はやってくる。
「影発見。‥‥あれは!」
 飛空船を叩きつけるように降る大雨。吹き乱れる風に、時折閃く雷光と視界も最低。
 その中を飛ぶ影を乗組員が見つけたが、すぐにそれは悲鳴の声に変わった。
 船ではない。広がる翼は明らかに生き物だが、こんな嵐の中を飛ぼうとする生物が普通いるか。
 その姿は鷲に似ている。ただし、頭部は獅子のそれ。通常生物とは思えないそいつらが五体、獲物を探すように旋回している。
 そして、船長は決断する。
「よし! 進路変更! あの中を突破する!」
 指差したのは、その異形の群のある方角。
「何考えてるんですか! どう見てもあれはアヤカシの類じゃないですかー!」
「ああ、そうだ。だが、あいつらはどこから来た。島付近では今なお『あるすてら』目指して飛ぼうとする船があるだろうし、それを護衛する開拓者だって残っている筈。それを突破して入り込んだとは考えにくい。‥‥となれば」
「奴らが『あるすてら』側から来た可能性がある、という訳ですね」
 皆まで聞かず、船員たちは肩を落とす。
 が、すぐに腹を括る。
「了解しました。進路修正します!」
 どの道、他に手がかりらしきものが無い。
「とはいえ、このまま突破しても奴らの餌食だ。なので、キミたちには奴らの排除をお願いしたい‥‥といいたいのだが」
 手早く指示を出し終えた船長は、警護の開拓者たちに出撃を申し出るものの、その顔は曇る。
「見ての通り酷い暴風雨だ。外に出るだけでも危険と私にでも分かる」
 指した先で稲光が舞う。轟音が轟く度に、腹から響く。
 竜もグライダーも強風に弱い。吹き飛ばされ、流されればどうなるのやら。
「今回の目的としては、無事航海を終え新天地に辿り着く事だ。気にはなるが、何とかあいつらをやり過ごすのもいい」
 もっとも、向こうは見過ごしてくれそうにない。
 向こうもこちらに気付いたのか。風に煽られながらも近付いている。


■参加者一覧
斑鳩(ia1002
19歳・女・巫
輝夜(ia1150
15歳・女・サ
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
鹿角 結(ib3119
24歳・女・弓
朱鳳院 龍影(ib3148
25歳・女・弓
月影 照(ib3253
16歳・女・シ
ディディエ ベルトラン(ib3404
27歳・男・魔
プレシア・ベルティーニ(ib3541
18歳・女・陰


■リプレイ本文

「輝桜よ、あれが西あるすてら諸島の灯じゃ」
 かっこよく告げてみても、改造した貨物室からでは外は碌に見えない。そのお陰で、今、輝夜(ia1150)の隣で相棒の輝龍夜桜が首を傾げる姿もよっく分かるのだが。
 見えたところで、外は嵐。視界が効かないどころか、風に煽られ進路すら危ういという。
 荷物は固定されているが、機体が激しく揺れる度に、解けそうになる。
 その度固定しなおすのだが、案外その為に放り込んでくれたのかと疑いたくもなる。
 そんな状況下で、機長がアヤカシ接近の報を知らせてきた。
「さっそくお出迎えという訳か。おまけに暴風雨。冒険って感じがするの」
「虎穴に入らずんばってやつか‥‥。その飛行船乗り魂気に入った!」
 危険な嵐の中、さらに危険なアヤカシの接近。それでもそんな事で悲嘆に暮れる開拓者はいない。
 朱鳳院 龍影(ib3148)は窮屈にしていた体を伸ばし、滝月 玲(ia1409)もにこやかに船長を褒め称える。
 だからといって、無謀に飛び出していく気も無い。
 短い時間の内に、ざっと手筈を整える。
「迎撃は了解しました。しかし、この揺れ。外の風は相当でしょう。飛ばされぬよう命綱は必要と思いますが、船的に全員つけて大丈夫なのでしょうか」
 ぐるっと見回すディディエ ベルトラン(ib3404)。
 開拓者は八名。竜は六体、グライダー二機。
 乗り手と飛び手を命綱で結ぶのは当然としても、船から離れてしまうのでは双方危険も増す。
 なにせここは儀の外なのだ。はぐれればこの嵐の中を一人漂流し、万一落ちればどうなるか分からない。
 さすがにこれには船長も考え込む。
「機体が壊れるよりも、煽られた竜に機体が持っていかれる可能性は十分あるだろうな。かといって、命綱を付けるなとも言えん」
 嵐の中で出る事が無茶なのだ。それを分かってお願いするのだから、船長とて便宜は図りたい。
 同時に船と船員の安全も考えねばならない立場にいる。
「分かりました。では、空中戦班を優先に考えましょう」
「すまない」
 丁寧に、頭を下げる船長。
 そんな生真面目な態度に、ディディエはふと笑う。
「いいえ。そもそも乗り込ませてもらったのも、野次馬根性以外の何物でもありませんですね。ひょっとしたら『あるすてら』を目にすることが出来るかもしれませんので〜。勿論、公私の区別は付けておりますですよ。あくまで御仕事優先、信用第一で御座います〜」
 にこやかに笑いながら、相棒のアルパゴンの準備にかかる。
「それより、船長よ。アヤカシの飛び方を良く観察しておくのじゃ。アヤカシとはいえ翼を持つ以上、それなりに嵐の影響を受ける筈。ならばここでの風のつかみ方を彼奴等から得られるやも知れぬ」
 輝夜は横柄な物言いだが、相手を気遣う響がある。
「了解した」
 貴重な助言と受け止め、船長は神妙に頷いた。


「では、ハッチを開けます。気をつけて下さい」
 伝令管から指示が飛ぶと、外へと繋がる通路が開いた。
 途端、吹き込んでくる雨と風。あっという間に足元どころか全身ずぶ濡れ。
「わぁ〜、風がすごいのぉぉぉっ!」
 甲板にまで出たものの、煽られたプレシア・ベルティーニ(ib3541)が足を滑らせそのまま飛ばされる。
 あわやそのまま奈落の底へ。
 ‥‥の前に。相棒のイストリアが慌てて選り首を咥える。
「はうぅ、ありがとうなんだよ〜。でも、こんなに風が強いんじゃ〜、ボクどっか行っちゃうかもだから〜。ここから迎撃と船のお手伝いするね〜」
 飛びたいのにごめんね〜、と詫びるが、イストリアは気にせず。
 プレシアを懐に招くと翼を広げて雨風を防ぐ。身を低くして風を避ける様は、甲龍としての重量もあってかどっしりと落ち着いていた。
「新大陸! 記事にするには絶好のネタ! 記者としてこんなウマい話に乗らない手はないでしょうっ! 情報は正確さ、そして早さが重要! ‥‥とはいえ、なんかエラい状況に立たされたでござるってな感じですね」
 荒れ狂う稲光と雷鳴。
 暗視と超越聴覚で、その光も音も苦とせず。月影 照(ib3253)は滑空艇・飛波(トッパ)に乗り込む。
 といっても、直接戦闘に乗り出す気は無い。
 見る事、聞く事、そして知る事。情報を求め、伝えるのは照の得意とする所。
「あれがそのアヤカシですね。‥‥大きな羽音は五つ。こちらに近付いています」
 照が示す先。雷が照らす度に、五つの鳥の姿が浮かび上がる。
「瘴索結界を展開。船の大きさを思えばぎりぎりといった所ですが、死角に入られても見つけてみせます」
 斑鳩(ia1002)が告げると、甲龍の手綱を取る。
「行きましょう、かつぶし。‥‥なんとしてでもここを乗り切って、全員無事に新天地にたどり着きましょう!」
 アヤカシを無理に倒す必要は無い。
 旅が優先。何より誰も欠けぬように、斑鳩も支援に入る。


 吹きすさぶ風により、四方八方から容赦無く雨が叩いてくる。
「これしきの嵐で落ちるようでは、空賊なぞ夢また夢じゃ」
 配置につくも、風に煽られ一向に安定しない。滑空艇・ブレイズヴァーミリオンを御しながら、龍影はぼやく。
 赤や朱を基調とし、泰の伝説にある龍を模してはいるが、やはり風の影響は免れない。
 といって、本物の龍が嵐を苦にしてない訳も無く。
 ただ、自身で風に乗ろうとする分だけ、乗り手の負担が軽いぐらい。
 飛ばされぬよう、船と命綱を結ぶ者もいる。だが、それは絡まれば動きを阻み、最悪激突しかねない危険な足枷ともなる。
 結ばぬも自由。それもまた危険なのは、百も承知。
 船の航行と共に、開拓者たちは進む。その行く先もまたアヤカシの中。
「まずは、戦闘の敵を速攻で倒す!」
 輝夜に応え、輝龍夜桜が翼をはためかせ速度を上げた。
 雨にも散らぬ桜が嵐を斬る。
 間近に見えた獅子頭の鷲は、龍よりやや小振り。だが、獰猛さは炎龍よりも上のようだ。
「輝桜よ、相手の真ん中に突っ込んでやるがいい!」
 輝夜が斬竜刀「天墜」が大きく振り回す。
 輝龍夜桜は全力で飛んだまま、その翼を畳み、身体を捻る。キリモミ状態で相手の中に突っ込んでいけば、非常識なまでに長大な刀は瞬く間にその周囲にいた全てを攻撃した。
 跳ね飛ばされて、アヤカシたちの列が乱れる。
「では参るか!」
 巧みに風を取ると、龍影は一体に迫る。
 手にする槍もまた朱。やはり長大で扱うのが難しいとされる朱槍を握り、龍影は咆哮を上げた。
 ぎろり、と肉食の目が動いた。
 翼はためかせ、その恐ろしいばかりの爪を開くが、如何せん、風に阻まれ体勢を崩す。
 槍で突きさした所で、別方向から別の一体が牙を剥いてきた。
 こちらは風に押されたようで、恐ろしい速さで迫る。とっさに機体を動かし難を逃れる。
 山岳陣で防御体勢はとっていたとはいえ、機体のバランスが崩れた事で風に流される。慌てて体勢を整えた時には敵との距離も随分と開いた。
 相手もまた風に流されたようだ。
 荒れ狂う風に攫われて、敵も味方も加減がつかめない。
「何とまぁ、面倒じゃの」
 一つ息を吐くと、龍影はグライダーを加速させ、無理矢理船との距離を縮める。


「偶然とはいえ、小隊の隊員が半数とは、奇妙な縁があるものですね」
 空を見上げて鹿角 結(ib3119)が呟く。
 雨は相変わらず容赦ない。結は相棒の駿龍と共に機体に残ったが、絶えず揺れっぱなしで吹き飛ばされる危険はどこも変わりない。
 空中班はすでに交戦に入っている。
 彼らだけで仕留められるなら楽なのだが、あいにくなかなか手強い相手のようだ。
「狙うなら重き一撃を‥‥焔帝が牙受けてみよっ!」
 炎龍・瓏羽に乗り、玲がアヤカシに迫るのが見えた。
 炎魂縛武によって紅蓮の炎に包まれた太刀「阿修羅」を水平に繰り出し、瓏羽を走らせる!
 刀身が切っ先からずぶりと刺さる。
 そのまま持って行かれないよう、すれ違う速度を利用して抜き払うと、敵もさるもの。強張った身体を即座に反転させ、蹴りつけてきた。
「ちっ!」
 炎龍の飛速を思い、船近くで構えていたものを、反動と風で放されてしまう。
 アヤカシも煽られてはいたが、玲に比べれば船に近い。
「離れてくれた方が狙いやすくはありますけどね」
 だが、船にも警備は残っている。
 相手の位置を測ると、ディディエはサンダーを唱える。
「雷同士、呼び合ってくれるとありがたいのですが〜」
 無駄な轟音と閃光を披露する天候に少し愚痴。もっとも、アヤカシに落ちるようなら船にも落ちかねない。防ぎようが無いので、今も祈るだけだ。
 感電し、一瞬アヤカシが竦むがそれだけ。射程はあるが、威力は低い。
 獲物を見つけたという風に、翼を畳んで急直下に甲板に落ちてくる。
「刀我、炎!」
 結に言われるより早く。じっくり状況を見ていた駿龍は火を吹いた。
 船に飛び込もうとしたアヤカシが、瞬く間に炎に包まれる。
 炎は可燃性。舞い落ちる羽根が火を伴って船に落ちるも、この雨では燃え広がる間もなく鎮火する。
 手痛い歓迎を受けて、再びアヤカシは宙に逃げようとした。
 その前に、結は矢を放つ。紅蓮紅葉で攻撃と共に命中を上がっているとはいえ、距離が開くほど風に邪魔され難しくなる。
 間近にいる今が好機と、焼けた傷跡目掛けて容赦無く弓「緋凰」を引き絞る。
「アルパゴン。こちらもお願いします。止めを刺す必要は無く、接近を阻害できれば構いませんから〜」
 突かれて焼かれ。飛ぶのも辛そうにしているアヤカシを見て、ディディエは相棒に飛び乗る。
 炎龍は不満そうにはしたが、これで報酬がもらえると分かっているのか。気性激しく吼えると、アヤカシを追った。
 船の外に落ちてくれたらいいが、どこかに引っ掛かれば面倒になる。 
 爪と牙で応酬する獅子頭鷲に、ディディエも背から魔法を浴びせる。
 もつれる両者。
 それを見て、先ほど蹴られた瓏羽もお返しがしたいか距離を縮めかけたが。
「落ち着け。アレだけに構ってもいられない」
 背中から玲が宥める。
 実際、空に出てるのは五名。斑鳩・照は索敵と支援が中心だが、戦えない訳ではない。
 敵の数も五体。強さが分からないとはいえ、手ごたえからしてこの面々だけでも五分の戦いは出来ると踏んだ。‥‥普段なら。
 結局、一番の難関は嵐だ。
 アヤカシもこの中で飛び続けるのは面倒なのか、獲物を求めてか。なるべく船に降りようとする。邪魔をしようにも、こちらも風でうまく動けず、ふとした拍子に抜かれてしまう。
 気付けば前衛に出ていた龍影と輝夜もが、船の近くまで戻っていた。


「よーし! いっくよぉぉ! プレシアぁ、すまっしゃぁぁぁぁ!」
 嵐も雷もアヤカシにも負けず。プレシアが元気に、飛んでいる一体へと霊魂型の式を投げつける。
 銃弾のように飛んだ式は、銃弾のようにアヤカシを貫く。しかし、霊魂砲は射程は長いが、威力は落ちる。
「重畳。全て持っていかれてはこちらも立つ瀬が無いのじゃ」
 龍影がグライダーを捻ると、アヤカシの死角を取る。そのまま朱槍を全力で突き刺せば、相手はバランスを崩してそのまま落ちた。
「やった」
 喜ぶ間もなく。別角度から、さらに別の一体が船に急降下してきた。
 攻撃する前に、プレシアを庇うイストリア。金色の硬い鱗が、アヤカシの爪に剥ぎ取られる。
 そのまま背に乗られ、噛み付かれそうになった所を、真横から矢が刺さった。
「隊長がいらっしゃらないのが、いささか残念ではありますが。いざ新天地へ、不甲斐無い戦いをしないよう参るとしましょうか」
 声も風に千切れるほど。それでも、仲間の気概に後押しされてプレシアが頷く。
「そだね。無事着いて隊長に自慢しなきゃ。‥‥この風でも声届くかな」
 大きく息を吸い込むと、「ぼえーー!」と大声で叫ぶ。
 まさしく怨みの篭った声が、直接獅子頭を苦しめる。
 ‥‥幽霊系式を召喚する呪声なので、本人が叫ぶ必要は無いのだが。まぁ、その気持ちが力になるのかもしれない。
 怯んだアヤカシを、イストリアがそのまま船の外へと押し出す。
「きゃあ、危なっ!」
 アヤカシは、船の側面を二〜三度弾み、風に煽られて転がるように宙に投げ出された。
 たまたまその方角照のグライダーがあった。
 物のように飛んできたそれを、慌てて回避して避ける。
 後方でアヤカシはどうにかしようともがいてはいたが、立て直せず。すぐに風に呑まれて消えていった。
「プレシア! 危ないですよ! あんなのが直撃してきたら、落ちるかもしれないじゃないですか!」
「あうぅ、ごめん。でもこっちも大変なんだよぉ」
 器用に並走して飛ぶ照に、プレシアもすまなそうにする。
「でも、これで二羽落ちて、残り三羽です。それと、船長にも伝えましたが、どうも雨の音が違って聞こえる方角があるんです」
「それって!」
 照がはっきりと頷く。
「嵐を抜けられるかもしれません」
 そして、その先に新天地があるかもしれない。いや、そんなに都合よく行くのか。
 だが、俄然希望は出てきた。
 他の面々にも伝える為、照は暴れる風を攫みながら、飛波を走らせる。
「どっちにせよ、もうちょっとだよね。‥‥イストリアもだいじょぶだよね? 痛いの痛いの飛んでけ〜♪」
 甲龍の傷を見、プレシアが呪文を唱えると、イストリアも何事も無かったように守備位置につく。

 飛空船の傍。なるべく戦闘の中心位置につき、斑鳩は状況把握に努める。
 開拓者たちも無傷ではすまない。不規則な風の動きに惑わされ、思わぬ怪我を負う。
 危険と判断すれば、閃癒をかける。効果範囲があるとはいえ、激しく動き回る空中ではその範囲からも外れる事しばしば。
 そして、斑鳩もじっと治療に専念もしていられない。
「はああ!」
 輝龍夜桜が体当たりするかのように、アヤカシに飛び込む。
 実際そうだった。輝夜は騎乗したまま獅子頭鷲を蹴りつけると、さらに接近させ袈裟懸けに斬る!
 一連の卓越した動きに、アヤカシにも深い傷が入る。が、同時にもがいて蹴り返してきた鷲の獰猛な爪はどうにも出来ず、体を抉られる。
「くっ!」
 滑り落ちそうになったのを、命綱を握り堪える。
 鷲はそのまま落ちていく。それで終わりと思いきや。
「まだです! かつぶし、お願いします!」
 治癒を行いかけた斑鳩だが、それを中断し甲龍に乗り後を追う。
 船の死角に入っても、彼女には分かる。視認すると、船底に無理矢理爪をかけて留まっている。
 向こうも斑鳩に気付くと、逆さまにぶら下がったまま、翼を広げて威嚇してきた。
「不必要に近付かなくても構いません。位置を保って!」
 すでに歴戦の開拓者を相手に殺り合った後。ぼろぼろのその姿は、気力で持っているように見えた。
 位置を知らせるべく呼子笛を鳴らす。叫んだぐらいでは豪雨と喧騒で声が途切れる。
 そして、即座に浄炎を放つ。
 清浄なる炎が燃やすのはアヤカシと人間だけ。船に影響する心配は無い。
 炎がアヤカシを包む。と同時に、アヤカシが船底を蹴った。
 最後の悪あがき。死なば道連れとでも思ったか。甲龍に噛み付こうと牙を剥く。
「ギャン!」
 後ろから飛んできた矢がアヤカシを討った。
 見ればディディエが構えている。ホーリーアローだ。軽い痺れを与える程度だが、このアヤカシには十分。
 怯んだアヤカシは虚しく宙を噛んだ。そのまま暴風に抗えず飛ばされて落ちていく。尾のように流れるのは血か、瘴気か。
 礼を言おうと斑鳩が顔を上げたが、その頃には向こうも風に流され位置を変えていた。
 かつぶしもまた気が緩んだか、風に流される。
「落ち着きなさい。焦らず、まずは安定を考えなさい」
 振り落とされないようしがみつきながら、斑鳩は宥める。
 重い翼を広げて必死に体勢を保つと、甲龍はゆっくりと飛空船の傍へと戻り出す。
「残り二。信号弾ぐらいあればよいものを」
 斑鳩から完全に落ちたと合図され、輝夜はふと肩を竦める。
 打ち落とせる装備でも飛空船にあればと思ったが、あいにく予算の都合上、狼煙のようなものしか積んでないらしい。
 とはいえ、数の差になれば、決着も早い。
 二点に集中。元より開拓者たちも遠距離中心に技は組んだ者が多い。斑鳩と照でそれぞれの位置を把握すれば、どこにいても追撃をかけるのは容易い。
 風で誰かが射程外に飛ばされても、別の誰かが仕掛けている。
 もはやアヤカシに勝ち目は無かった。
「もういいだろう。旅のお供はここまでだ!」
 玲が桔梗を放つ。
 流れる雨風の中を、斬り開いて飛ぶカマイタチ。鷲の翼を一線すると、畳み掛けるように他の者たちから魔法が降った。
「こちらの方も。案内ありがとうございました」
 礼の代わりに、結は矢を雨に負けじと降らせる。
 失速するアヤカシ。飛速を落としたアヤカシたちは風に運ばれて船から遠ざかり、二度と追いつく事は無かった。


 アヤカシの不在を確認。
 嵐に巻かれてどこかに飛ばされる前に、急いで飛空船内に戻る。
「修理箇所は無いか? あるなら今の内だぞ」
「大丈夫だ。航行には支障無い」
 労いの言葉で迎える船長に、濡れるなら一手間で、と玲は尋ねる。
 すっかり冷えた体を飲み物や毛布で温めながら、各自、朋友の手入れも行う。
 それからどのくらい過ごしていたのか。
「嵐を抜けるぞ!」
 知らせに来た船員の誘いに乗り、操舵室に開拓者たちが押しかける。
 いつしか雷は止んでいた。
 雨も徐々に激しさを弱め、風も穏やかに変わっていく。何より、曇っていた空が明るさを増し、景色が光を帯びてくる。

 そして、

「青空だーっ!!」
 見知らぬ景色に船中が沸いた。


 わくわくしながら次の展開を待ったが、今度は行けども行けども雲ばかり。
 不安に思っていた頃、ぽつんと島が見えた。船は着陸を決める。
「ここが新天地‥‥『あるすてら』?」
 斑鳩がわずかに首を傾げる。
「ほみゅ‥‥。ここがそうなの? わーい、これでたいちょーに自慢出来るんだよ〜」
 胸と尻尾を揺らしながら、ぽんぽんとプレシアが大地を踏みしめる。とりあえず夢幻では無い。
「冗談だったが、本当に島か。いやまぁ、西なのか分からぬし、諸島でもないようだが」
 自分に感心して、輝夜は周囲を見渡す。
 輝龍夜桜を始め、龍たちは久しぶりの大空をゆっくり堪能している。
 遠くに行かないよう言っているが、今の所危険は見当たらない。
 状況は良く分からないが、とりあえず調査。
 だが、数日もすればその成果は簡単に出た。
「外一周しても知れてる小さな島ですね。途中、会ったのはいずれも天儀から来た人ばかり。どうやら無人島みたいです」
 船員と飛び出した照は、大事に調べた情報を伝える。
 ただ、島の中央で石壇が見付かった。少なくとも何かしらの文明が関わっていると期待できる。
 そして、さらに地下がありそうなのだが‥‥。
「調べないのか!? 何で?」
 未調査のまま、帰ると言い出した船長に、思わず玲の声が引っくり返る。
 ついでに鬣を梳く手にも力が入った為、怒った瓏羽が叩いてくる。宥めつつ、船長の意見を待つ。
「さすがに国の許可を取らねば責任問題になりかねん。どのみち、そろそろ出資者たちに報告せねばならない頃だからなぁ」
 また、この島には水源が無い事も分かった。
 今は持ち込んだ物資で龍含めて生活できているが、本格的にやりたいならもっと準備が欲しい。
 帰るとなれば、またあの嵐を越えねばならない。
 余裕のある内に出発したいのだという。
「航路は大体判明したし。嵐の門が静まれば行き来は容易くなる筈だ」
「そしたら、今度は隊の皆で来れますね」
「どうかの。心惹かれるものがここにあればよいのじゃが」
 笑う結に、龍影は軽く肩を竦める。

 全員乗船を確認してハッチが閉まると、飛空船が謎を残して島から飛び立つ。
 名残惜しくもあるが、無理も出来ない。
 開拓はまだまだ続きそうだ。