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■オープニング本文 それはとある深夜の出来事。 夜仕事もとうにすませ、家族全員が就寝しているような時間。 「きゃあ!」 「どうした!?」 突然の悲鳴で、家族が飛び起きた。 「何かに齧られたわ。おお、痛い」 隅で寝ていた妻が、震えながら訴えてくる。 火を起こし、明るい場所で見ると、確かに体に幾つか何か小さいモノに食いつかれた跡があった。 「鼠の仕業だろう。米でも落としてたんじゃないのか? 洗って早く寝ろ」 肉がえぐれて血が流れている。傷の酷さに目を背けはしたが、その傷自体はさほど大きくもない。 「また噛み付かれたらどうするのさ」 「今晩は、頭から布団でもかぶってろ。明日ネズミ捕りを仕掛けておくから」 不服の妻だが、この暗い中、寝ぼけ半分に鼠退治をしたところで捕まるはずもない。 それも理解しているので、妻の方も渋々ながら床につく。 増えた仕事に頭を悩ませながらも、すぐに皆寝入ってしまった。 翌日。ネズミ捕りを仕掛け、通り穴も見つけて塞いだ。 これで完全に防げるとは思っていないが、人のいた痕跡を残せば当分おとなしくなる。 実際、その日の晩はそれまでと変わらず、穏やかな夜を迎えた。 妙だと勘付いたのは数日してからだ。 「奥さん、どうしたの? その手」 「それがこの間の晩。鼠に噛まれたみたいで」 「あら。うちもこの間、亭主が寝ている時にね…」 「うちは上の子よ。皆が畑仕事で出払っている時に…」 洗濯途中の井戸端会議。 一人にあった傷から、次々と話が出てくる。 纏めてみると、家人が寝静まっている時、あるいは一人でぼーっとしている時に、その油断をついて鼠は人に食いついていた。 その癖、鼠を捕まえようと息を潜めて待ち構えていても、見つからない。こちらの様子をうかがっているのか、陰でごそごそ動いている気配はあるが、まったく姿は見せない。 複数から食いつかれた話もある。してみると多くは無いが、集団で行動しているだ。 猫やら犬やらは効果なし。逆に、反撃を食らって傷をもらう事もある。 罠仕掛けや、毒団子も巧妙に避けている。 「ずいぶん、凶暴な鼠がいるのねぇ」 おっとりとそう締めくくる人もいたが。 しかし飢饉でもなく、餌も豊富にある秋口に、わざわざ人を襲う鼠がいるのだろうか? ● 「で、不審に思った村人の一人が、ギルドに相談に来たってわけだ」 開拓者ギルドにて。村人が帰った後、係員は開拓者達を集める。 「話を聞くに、普通の鼠にしちゃずいぶん性質が悪い。‥‥おそらく、アヤカシ人喰鼠の仕業だろう。その名の通り、人を食う鼠型の小さなアヤカシだ。装備を整えれば、普通の人でも十分どうにかできるだろうな」 大きさも大体手のひらぐらい。勿論、見合った程度の能力しかない低級なアヤカシだ。 だからといって、アヤカシ相手では何があるかわからないし、ご自分でどうぞと一般人には勧められない。 「大抵、夜行性で就寝した人間を襲う事が多い。ただ今回の奴は、昼間でも一人でぼーっとしてたり、家で寝てたりすると襲っているらしい。かと思えば、相手が少しでも抵抗したら、一般人どころか猫相手でも逃げている。罠には近付かなかったり、人目を避けたりする辺り、警戒心も強そうだな」 臆病なんだか、大胆なんだか、よく分からない。 知性は高くないので、本能的なものが大きいのだろうが。 「数もよく分からんが、そう多くはなさそうだな。五匹‥‥多くても十匹か。その癖、活動範囲はそれなりで、村全体に及びそうだ」 係員は頭を抱える。 三十件ほどがまばらに集まった小さな村らしいが、歩き回るとなるとそれなりの広さになる。 建物どころか、庭木や空き地も縦横無尽に走る小さな生き物を探すのは、手間だろう。 被害は今の所、村人がかじられた程度。かといって、放っておけばどんな被害が出るか分からない。 「今の所、無用な混乱になりそうだから村人たちにアヤカシとは伝えていない。伝えるかどうかも含めて、退治を任せたい」 誰か行く者はないかと係員は尋ねる。 どうするかは、開拓者たちの判断次第。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
橘 天花(ia1196)
15歳・女・巫
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
滋藤 柾鷹(ia9130)
27歳・男・サ
蒼海 理流(ib2654)
15歳・女・弓
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰 |
■リプレイ本文 鼠なんてどこにでもいる。 米や柱を齧られて、泣きを見るなど普通の事。誤まって人が齧られる事も、珍しいが無い事でも無い。 しかし、短期間の内に複数人が襲われているとなると、少し普通ではなくなる。 懸念した村人の一人がギルドに赴き、そして、やってきた開拓者たちからまずは村長に説明があった。 「アヤカシ、なのかね」 その村長から、今度は村人たちに話が行く。 村人たちの中には、もしやと疑っていた者もいる。が、そうでなかった者もいる。 どちらにしても、はっきりアヤカシの仕業と断定されては平静ではいられない。 「じゃ、じゃあ、こうしちゃいられねぇ。早く逃げないと」 「落ち着け、開拓者さまたちが来てくださっているんだ。落ち着け」 慌てて腰を浮かす者、宥める者。場は騒然となった。 鼠がいそうな隅にいたものは蒼白な顔で飛び退き、その拍子に隣にいた者の足を踏むなど余計な騒ぎも出る始末。 「皆さん、落ち着いて下さい。アヤカシ、といっても恐ろしい相手ではありません。集まっていれば襲ってきませんし、わたくし達が必ず倒して見せます」 橘 天花(ia1196)が声を張り上げ、腕まくりに力瘤を作る真似をすると、一応静かにはなる。 しかし、不安な顔は変わらない。 「毒とかもっとりゃせんのかね。病気とか運んでくるんじゃろ?」 「それは大丈夫です。ただこれ以上齧られて痛い思いをしないよう、早く退治した方が、いいですね」 蒼海 理流(ib2654)がきっぱりと否定するも、やはり憂い顔は消えなかった。 ● 「退治が済むまで厄介をかける事になるが、そのままにして被害を出させる訳にもいかん。すまんが、我慢願えるか?」 滋藤 柾鷹(ia9130)を始め、開拓者たちが村人に頼む。 勿論アヤカシを退治する為、ひいては自分たちの安全の為なら協力は惜しまない。 村人たちを一箇所に集め、その間に開拓者たちで鼠捜索・退治を行うという提案もすんなり飲まれた。 ‥‥のだが。 では行動を、となると、ある意味暢気に揉めだす。 病気は無い、と説明しても心配は拭えないのか別の場所がいいと言い出したり、露天は嫌だ不安だと訴える者がいれば、いざと言う時逃げ場が無いと困るので室内は嫌だと断る者もいて。 それを宥めたり纏めたりでまた無駄な時間を食う。 結局話し合いの末、村から離れた場所で数ヶ所分かれて留まる、で落ち着いた。ただし、それぞれが各自目の届く距離でいる。 村人たちに、しばらくそこを動かないよう念を押し、開拓者たちはようやくアヤカシ退治に向かった。 「そりゃ、慌てずに避難とは言ったけど。もうちょっとだけなら慌ててくれてもよかったんだけどな」 すでに疲れた様子のルオウ(ia2445)が吐いた息は、人気の無くなった村の中にやけに大きく聞こえた。 「慎重になるのは分かるのですが‥‥。そういえば、ここの鼠も慎重ですね。鼠らしいといえば鼠らしいのですが」 劉 星晶(ib3478)がくすりと笑う。 「おかげで今の所大した被害が無いのは良い事ですが‥‥始めましょうか」 星晶の猫尻尾が揺れる。 「はい、では行って来ます」 天花が瘴索結界を作ると、村中を調べるべく走り出す。 姿を隠し、人前には用意に姿を見せない鼠。ならば、こちらから見つけ出すまで。 勿論、天花だけに頼らず、他の開拓者たちも各々捜索を開始する。 「鷲と鼠‥‥捕食者になったみたいです」 理流が使っているのは鷲の目。天高くから小さな獲物を見つける猛禽の如く、その視力は遠くを見通す。 本来は相手をよく見て矢を命中させたりするのだが、今は小さな動物が動かないかを調べるのに使う。 ただ効果が一瞬なので、あっと思った時には景色がいつも通りに見えていたり。 「軒下、屋根裏、庭の茂み‥‥。大きさを思えば入り込める場所は多いな」 風雅 哲心(ia0135)は心眼で捜索するが、こちらも探れるのは気配だけで、アヤカシか動物かの違いまでは分からない。 「結構、住み着いている動物は多いのですね」 超越聴覚で耳を済まし、小さな足音を探る星晶。 ただこちらもそれがアヤカシかどうかは分からない。単なる鼠や、雀、蝙蝠など。意外に動き回っている動物は多かった。 どこにいるか分からないので、当然室内も探す事になる。 戸口は開けたままだ。泥棒などもアヤカシや開拓者がいる状況でうろついている筈は無い。 どうしても音がなる古びた戸を潜り、柾鷹は家の中を見回す。スキルは使わないが、五感を研ぎ澄ませて小さな侵入者の痕跡を探る。 「なるべく、戦闘は外の方がいいな。村に被害を出したくない」 試しに刀を抜いてみる。美しい反りの太刀「銀扇」を数回降る。一応、動くだけの空間はある。だが、もう少し人数が増えると狭苦しさは感じる。 さらに、鼠は床を走る。壁を登る。天井裏に逃げ込む。 そんな鼠を追いかけ仕留める際、ちょっと力を余らせるだけで、どこかに余計な傷が入るのは想像に難くない。薄い壁は、殴るだけでも穴が開きそう。 「物は出来るだけ壊さないようにしないとな!」 告げるルオウに、当然と柾鷹も頷く。 アヤカシ退治の為だったといえば納得してくれようが、村人に無用な心配をさせる必要は無い。 探し出したのはやはり天花だった。 小さな村を走り回り、瘴気の存在を感知する。 「かけっこは大好きですし、これでも志体持ちですから!」 息も切らさず、皆を呼び集め、にこやかに笑う。 反応があったのは、村にある一つの民家。逃げられぬよう、周囲を囲むように立つ。 「なるほど、確かにいる」 哲心が気配を探る。向こうもこちらの気配には気付いているのか、家の中心で固まっている。 「隠れている‥‥のでしょうか? こちらからは見えませ‥‥あ、今何か動きました」 理流がそっと家を覗きこむ。しきりに瞬きをしていたが、影を見つけ声を上げた。 「七‥‥いや、八体ですか? ちょこまかと動き回ってますね」 星晶が耳を済ますと、かすかな物音も聞こえる。 外に出ようとしてはまた引き返し、別の方向を探ってみては引き返し、を繰り返しているようだ。 哲心はゆっくりと家の周りを確認し、逃げられそうな箇所を塞ぐ哲心。 「家の戸は閉めた。壁に穴は無さそうだな。上に逃げないなら屋根から飛び出る心配する今の所はなし」 そうして閉じ込めた上で、改めてどうするか皆に問うた。 「幸い、いい感じの腰掛けもある。のんびり寝ていれば、他に餌はなし。誘われて出てくるか」 「傷は癒しますが‥‥。齧られるのも痛いですよ?」 縁側に目を向ける柾鷹に、天花は心配そうに目を向ける。 まぁ、無理に痛い目を見る必要は無い。 「呼べばいいだろ。この前の道でも暴れて十分な広さだしな」 軽く告げるルオウを否定する声はなかった。 ● 哲心は家の表口を開けると、裏手に回り、わざと足音を立て歩く。 たたっ、とかすかな足音が聞こえた気もする。反対側に逃げたようだ。だが、家から出る気はないようだ。 反対――表側にはルオウが居る。篭城決め込む鼠アヤカシたちに向かって、大きく息を吸い込むと、 「出てこーーいっ!!」 咆哮を上げた。 程度の低いアヤカシが抗える筈も無い。 激しい物音を立てて、鼠たちが家から飛び出てきた。 「精霊様、力を御貸し下さい!」 天花は加護を祈った。生み出された浄炎は瞬く間にアヤカシを包み、消えた。 接していた床や柱には一切痕が無い。 だが、残りの鼠たちは気にも留めず、まっしぐらにルオウに飛び掛った。軽く躱し、只中に飛び込むとルオウは殲刀「秋水清光」を振り回す。 「行くぜぃ!! 皆、離れてろ!!」 円形範囲に刃物が唸る。 「チュッ!」 小さな断末魔を上げて、鼠たちは瞬く間に両断。瘴気に変える。 「気をつけて、三匹逃れてます!」 運がいいのか、どんくさいのか。遅れて家の中から飛び出てくるのがいた。 しかし、それも天花の瘴索結界で把握済みだし、哲心も気配を捉えている。 「俺の心眼から逃げられると思ったら大間違いだぜ! 場所さえ分かれば!」 哲心の抜いた刀「鬼神丸」が雷電を帯びる。振るえば雷の刃は大気を震わし、鼠を始末するにも十分すぎた。 「よし、あと一匹はどこに!?」 柾鷹も、刀で鼠を串刺しにする。広い外だ。遠慮などいらない。 察知できた数と倒した数。見落とした一匹はどこにいるのかと思えば、 「あそこです」 理流がすんなりと示した。 仲間の鼠たちが攻撃され、さすがに最後の一匹も目が覚めた。人を避け、逃げ込もうとするのを控えていた理流が追い回す。 理流はカッツバルゲルを構えていた。弓を使いたいが家屋を傷つけるのには躊躇がある。 軽く扱いやすい剣だが、理流自身は剣に慣れていない。包帯を巻いた右手もしっかりと握って構えるも、ややぎこちなさが残った。 それでも威圧するには十分と考え、そしてそれは間違ってなかった。 惑う鼠が逃げ込むのを阻止される。なので、やや遠くの物陰まで広い道を走ろうとした。 短い足を必死に動かし、それを星晶は早駆で追い抜く。前に立ちはだかれ、一瞬鼠がびくりと身体を振るわせる。 「これでも一応猫ですので。鼠には負けませんよ?」 素早さに勝った猫は、掌に気を集中させる。 全力で放つ苦無「獄導」。小さな鼠を貫通するには十分だった。 ● 鼠の始末が終わると、ふらりと星晶は村を巡回する。 「大丈夫。奇妙な音はひっかかりません」 異常が無いのを確かめると、村人たちを呼び戻す。 心配そうにしている村人たちへの説明にがまた時間を費やしたが、最後には納得。ほっとした表情が心に残る。 「ありがとうございます」 ギルドに戻る開拓者たちに、村人たちは丁寧に頭を下げる。 不躾な襲撃者はもういない。 何かに不安がる事も無く、以前通りの日常が戻ってきていた。 |