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■オープニング本文 じっと見られている。 誰かに。――いや、何かに。 感じる視線。付きまとう執着。 背後に張り付く気配。けれど、そこには誰もいない。 見られている。見られている。見られている。 一日中、仕事の最中でも、厠の中でも、寝所に伏しても。それはじっとただ自分を見ている。 ことりと動く小さな音。かすかな風。そして視線。 日増しにそれは数を増す。 ざわりざわりと蠢き、群れを成し。 そして、 ● 「そして、主人は死にました。体中の血を抜かれた無残な姿で」 喪服の女性がギルドに訪れるのも珍しい事ではない。受付は、労いの言葉と共に、黙ってその話を聞く。 数日前から、亭主の様子がおかしくなった。 最初はしきりに周囲を見回し、「誰かいるのか?」と、首を傾げるだけ。 それが日に日に悪化し。「何かがいる」と訴え出し、怯えて部屋から出なくなった。 気のせいだ、と笑っていた奥方も、そうなると楽観視できない。 悪いモノが憑いているのかもしれない。ギルドに相談に行こうと話していた矢先の事だった。 「私が庭先で用をしていた時です。酷い悲鳴があがりました。夫に何かあったと気付き、すぐに向いましたが内側から閂をかけられていました」 騒ぎを聞いた御近所に扉を蹴破ってもらい、踏み込んだ室内。 暴れて荒れた空間に、干からびた夫が一つ転がっているだけだった。 「すぐにアヤカシの仕業と分かったのですが、肝心の相手はどこにもおらず。もしかすると逃げたのかもという事でその場は落ち着いたのですが‥‥」 そうではないのかもと、奥方は気付いた。 すぐに行われた夫の葬儀の最中。やけに周囲を気にする人が多い事に気付いた。 それとなく聞けば、誰かにじっと見られている感じがすると言う。 しかし、振り返っても誰もいないのだし気のせいだ、と笑う。 それは夫の態度と同じだった。 「かく言う私も、それから何となく誰かに見られている感じがするのです。でも、見ているような誰かがいる訳でも無く。常ではありませんし、もしかするとあんな事のすぐ後なので過敏になっているだけなのかもしれません」 主人の最期の様子を話して注意を促すべきかも知れない。だが、アヤカシが絡むとなれば村中大騒ぎになるだろう。 確証がある訳で無い。もし、本当に気のせいならこの先村での付き合いがやりにくくなる。 判断つきかね、迷っている内に数日が過ぎた。 次の事件が起きるかもと危惧していたが、その様子は無い。 ただ、外を出歩く人は減った。 用事ついでの立ち話。その理由を聞きこんでみると、何となく人目が気になって落ち着かないと一様に告げられる。 周囲に誰もいないのに、見られている感じがすると。 あんな事件があった後、皆、自然とそう感じてしまうのか。 それとも‥‥やはり何か、いるのか? 「よく分からない話で申し訳ありませんが、‥‥お助け願えませんか?」 言って、奥方が頭を下げる。 迷った末、村の人には黙ったまま、とりあえずギルドに相談に訪れたのだという。 その返事をする前に、ギルドの奥から、ちょいちょいと開拓者が手招きをしてきた。 依頼人を待たせ、受付は席を外す。 ● 「依頼人は気付いちゃいないようだが、正体はうしろがみだ」 呼び出した開拓者は、開口一番そう告げた。 断言できる理由は単純明快。奥方の影に該当アヤカシが紛れているのに気付いて先程退治したのだという。 獲物に憑いてこんな所まで来てしまったのは、運がいいのか、馬鹿なのか。 「で、気になって話を立ち聞きさせてもらってたんだが。あの依頼人に憑いていたのは一体のみ。それは退治したが、そいつだけで起こしたにしては騒ぎが大きすぎる。おそらく村にまだ残りがいるのだろう」 うしろがみは、大きくても掌ぐらい、小さいと五分にも満たない黒い歪んだ球形状の超小型アヤカシ。その体を生かして、影に隠れて獲物に付き纏い、隙をついて血を啜る。 「気配はするって事はおそらく次を物色中、って辺りじゃないか? まぁ、アヤカシの性分からして早々時間はかけないだろう。急がないと次が出るかもよ」 気をつけろ、と忠告だけ残し、その開拓者は請け負っていた別依頼に赴いていった。 その忠告をありがたく受け取り、姿を見送った後、受付は席に戻る。 待っていた依頼人に安心するよう告げると、一応といった態度で依頼を請け負い、ただちに開拓者たちに通達を行った。 |
■参加者一覧
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
柳ヶ瀬 雅(ia9470)
19歳・女・巫
陽乃宮 沙姫(ib0006)
21歳・女・魔
マテーリャ・オスキュラ(ib0070)
16歳・男・魔
カーター・ヘイウッド(ib0469)
27歳・男・サ
ランファード(ib0579)
19歳・男・騎 |
■リプレイ本文 これといって特徴のない、どこにでもあるありふれた村だった。 春の初め。畑仕事に出ている人の姿も見えて、一見長閑で平和な光景。 なのだが。 重苦しい気配が漂い、緊張した静かさが根底にある事に開拓者たちは気付いていた。 「これは思っていたよりも‥‥元気が無くなっていますね」 ランファード(ib0579)は辺りに目を向ける。 村人の一人――依頼人の旦那が不可解な死を遂げたばかり。陽気に振舞っているのも妙な話だが、喪に服すにしても暗すぎる。 出歩く人も一応見かける。だが、周囲を覗いながら、どこか身を縮こまらせ足早にしている。 開拓者たちの姿を見つけると、不審者発見とばかりに厳しい口調で詰問して来。 素性が分かると、今の不安な状態を聞いてもいないのに吐露してくる。 おかげで、現状を把握するのにさほどの時間はかからなかった。 「血ぃ抜き! カラカラ! 誰か見てるッ! 凄怖っ!! コレはもうホラーだねっ! ‥‥小っちゃい虫が原因って聞くと、あまり怖くも無い現実だけど」 カーター・ヘイウッド(ib0469)が大げさに身震いして見せたかと思うと、ひょいと肩を竦める。 「影に潜むアヤカシか‥‥ったく。陰気なぁのは嫌だぁね」 独特の間延びした口調で犬神・彼方(ia0218)も頷く。 「以前戦った時には謎だらけだったが、『うしろがみ』というのか」 「上手く名付けたものですね。もっとも、こんなものにひかれたくはありませんけれども」 記憶を読み返し、小さく唸る皇 りょう(ia1673)。 柳ヶ瀬 雅(ia9470)は賞賛とも冷淡とも取れる率直な感想を漏らす。 一見問題無い様に見える平和も見せ掛け。その下には異形が潜伏し次の犠牲者を待っているに過ぎない。 村人たちも、うすうすそれに勘付き、だが認めたくない不安定さがそこにあった。 危険な状況の中、思案を巡らす。 「僕、髪の毛伸ばしているけど、うしろがみに引かれちゃったりしないかな」 天河 ふしぎ(ia1037)は自身の長い髪が少し気になる。 「大丈夫でしょう。髪を目当てに襲うのではないですから」 背後から、ひっそりと佇んでいた陽乃宮 沙姫(ib0006)が静かに告げる。 急に声をかけられ、思わずふしぎは身を退く。 「そ、そうだよね? ‥‥少し気になっただけで、ちゃんと知ってたんだからね」 簡単に回答された事も相まって、罰の悪さに真っ赤になりながらそっぽを向く。 「ところで‥‥そのうしろがみはアヤカシ、なんですよね。という事は、食材には出来ませんか‥‥」 「そうなるわね」 マテーリャ・オスキュラ(ib0070)の質問にも、あっさり肯定の声が返ってきた。 アヤカシは瘴気の塊。退治すれば、瘴気に還って四散のみ。 「残念です。‥‥でも、依頼の手は抜きませんよ。よろしくお願いします」 落胆と共に目深にフードを下ろす。 一礼してマテーリャは、そっと皆の背後に退いた。 ● うしろがみは影に潜む。まずは見つけなければどうにもならない。 視認は難しく、雅の瘴索結界、ふしぎとりょうの心眼が頼りとなる。 といって、他の者も怠けるでも無く。 索敵能力を持たない者たちも、影に潜むという点に着目して、火をかざし、影を覗いて回る。 「大きな村ではなさそうですが、それでもある程度手分けした方がいいでしょう。ただ、問題が無い訳でも無いですよね。わたくしの瘴索結界は瘴気を見つけられますが、犬神さんの式もかかってしまいます」 「とぉするとぉ、俺は柳ヶ瀬の傍の方が都合ぅよさそうだねぇ」 雅が彼方を見る。 瘴気を扱う陰陽師。アヤカシと思って動いて違いましたでは困る。 「それと、家の中にアヤカシがいた場合ですね」 一人目も、家の中で襲われている。可能性は大きい。 空間が限定される上、隠れる影も格段に増える。 「室内や燃える物が多いと、サンダーでは影を照らせないですね」 告げるも、沙姫は手にした松明を見る。術と火では、さて、室内ではどっちが危険だろう。 「村の外から中心に向かって。これなら外に逃げられる可能性は減ると思うのです」 ランファードは外から範囲を狭めていき、獲物を追い込もうとする。 この人数では完全包囲は難しいが、手を打っておくのも悪くは無い。 ただ、包囲した中に獲物が一緒になっているのも困る。 「アヤカシがどういう行動に出るか分からないが‥‥。村人は説得あるのみか。どこか広場にでも、集まってもらえればいいのだが」 過敏になっている村人に、安心してもらいつつ、相手が見つけ易い場所に動いてもらう。 そう簡単にいくかと、りょうは不安になるも、実際始めてみると、案外すんなりと事は運んだ。 来た時と同じだ。 火を持ってうろつく人物は怪しい限りだが、相手が開拓者と分かれば、どこかほっとした表情を見せ話を聞く。 アヤカシが絡んでいるかもと説明されれば、断る理由など今の村人たちには無い。 「やっぱり、アヤカシの仕業だったのか。俺たちは食われちまうのか!?」 中には恐れ騒ぐ者もいたが、 「そんな怖がらないで、とりあえず話聞いてよ。大丈夫だから、少し家も見させてくれると嬉しいな?」 口笛を吹き鳴らし、明るい話しかけるカーター。 おどけた態度も相まって、深刻に考え続けるのも馬鹿馬鹿しいと、村人たちの気も緩む。 「もう少しで視線を感じなくなると思いますから、協力をお願いします」 より見つけ易くしてもらう為、村人には影の少なそうな畑へ集まってもらう。 移動して欲しい旨を伝え、丁重に頭を下げながら、ランファードは話しかける相手の影へと松明をともす。 揺れ動く影に別段変化は見られない。 そうやって告知と探索を済ませながら、範囲を徐々に絞り込んでいく。 「まぁさか、俺たちの影ぇ逃げこんでぁないなぁ」 定期的に彼方は、自身や仲間の影を長槍「羅漢」で突く。 が、それでも特に反応はなし。 けれども、どこかにいる筈。 「どんな場所が潜みやすいんでしょう。やっぱり人の良く集まるところでしょうか」 マテーリャは視線を感じた地点を聞き込み、居そうな場所を絞り込む。 ただ、話す側も曖昧な感覚な為、明確な答えは返ってこない。 それでも、話す内に視線を頻繁に感じる人がいるという事に気付く。 「いや、特にどことは‥‥。ただ、ふっとした拍子に気になったっていうか‥‥」 話しこむ相手中心に、りょうが心眼で見る。 「いるぞ。その人の後ろに三体!」 慌ててマテーリャが影に火を翳すが、揺らめいた影に異変は無い。 りょうが抜いた珠刀「阿見」で、村人の足元すれすれに斬りつける。 「うわっ! 何するんだ!!」 驚いた村人が足を上げた。その動きと異なる影が飛び出てくる。 「うしろがみ!!」 ぼた餅のような小さな黒い球体。戸惑うようにふわりと浮かんだそれを、刃を返して裂いた。 真っ二つに割れた一体は、すぐに散じて消える。 残る二体。突然の凶刃から逃れ、大きく弾むと近くの影に飛び込もうとした。 再び紛れてしまう前に。 ランファードが片手棍で渾身の一撃を叩き込み、もう一体もマテーリャがフローズで止める。 「さすがに‥‥これは外せませんよ」 弱いアヤカシだ。その一撃で簡単に失せる。 「まだいます! そちらの家の影三体! その人の背中にも!」 続けざまに、雅が端的に声を上げた。 途端、示された影がざわりと揺れた。 アヤカシ側にしてみても、仲間がやられ、なりふり構う必要無しとでも思ったのか。 「邪魔ぁさせてもらうぜ? 犬の神の名の下に、制せぇよ! 呪縛符」 彼方から犬のような小人の式が、うしろがみの動きを束縛する。 そこに、一撃入れんと走りかけたランファードの動きが強張る。 「うっ」 心に芽生える恐怖心。術をかけられた、と頭では理解していても、硬直は解けずに射竦む。 「きゃああ!!」 見付かれば、かくれんぼは終わりとでも言うのか。 影から浮かび上がったうしろがみが、手近な村人を襲い始める。 弾んだ黒い玉に、近くにいた村人たちから悲鳴が上がった。 「光牙」 そんな騒動にも揺らぐ事無く。 クリスタルロッドを振りかざし、沙姫がホーリーアローを放つ。 祝福の矢は、まさに襲い掛かろうとしていたうしろがみを一撃で滅する。 「そいじゃ、一曲行ってみよー!!」 高らかに宣言すると、カーターはべべんと三味線を掻き鳴らす。 奏でるは武勇の曲。そして、霊鎧の歌。 勇姿の曲に奮い立ち、高揚する精霊力でアヤカシの恐怖に備える。 その姿に、恐怖したのは逆にアヤカシの方だろう。 隠れてる仲間が次々と暴かれ、獲物である人間も多数集まっているのに喰らえない。恐怖を植えつけてもほとんど効果が無く、力技ではさらに危険。 彼らとて、愚かではない。 これは不利と感じたか。人に憑く事も止め、逃走にかかった。 「呪碑」 危なげなく、沙姫がストーンアタックでまた一体を消す。 だが、他のうしろがみはもう仲間の救助も報復も考えず、素早く逃げようとしてる。 「影に隠れたって、お見通しなんだからなっ!」 その浅はかさに怒りを覚えながら、ふしぎは心眼で位置を測る。 「影に潜み、人の生き血をすするアヤカシめ。絶対逃がしはしないんだからなっ。‥‥烈風招来、縦一文字切り!!」 身の丈を越す、非常識なまでに巨大な長刀――斬馬刀。 支える両の手に力を込めると、桔梗突を放つ。影の中からまた瘴気が立ち昇り、消える。 小さく、空を飛ばれる相手は逃げられると追いかけづらい。 離れる前に、呪縛符で足止めすべく。間合いを詰めようとした彼方だが。 追いつくや、相手は、くるり、とその身を転身させた。 「うぉっと!!」 そのまま襲い掛かってきた相手を躱し、そのまま式で足止めする。 「我が牙ぁにその牙を重ねよ! 霊青打ぁ!!」 長槍に式を宿し、その刃を身動きできぬ相手へと叩き込んだ。 ● 現れたうしろがみを退治した後も、気は抜かない。 村人たちを集め、空になった村を念入りに探索する。 「どこにも反応はありません。もう大丈夫ですよ」 雅はほっと胸を撫で下ろし、村人たちに完了を告げて回る。 開拓者たちに大きな怪我は無いのも、また喜ばしかった。 「依頼完了。‥‥仇はとりましたので」 「ありがとう、ございました」 依頼人の報告に、ランファードは丁重に告げる。 大きな被害にはならなかったが、犠牲者は出ている。その命は返ってこない。 悲しみの涙を流しながら、感謝を述べる依頼人。 「全く、油断も隙も無いな。アヤカシがいる限り、この刀が休まる事は無いのだろうか‥‥」 りょうの表情も曇りがち。 「悩んでも仕方ないですよ。それより、今の時間を大切にしませんと」 帰り支度のわずかな時間も利用して。 マテーリャは地方の名産品や名物料理を聞いて回る。 そして、村人たちに見送られ、開拓者たちは現場を後にする。 訪れた安寧。だが、それも薄氷の上の如く。いつ豹変するかは誰にも分からない。 |