【大祭】鬼さんどちら?
マスター名:からた狐
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/11/05 21:00



■オープニング本文

 恩は忘れない。怨みも忘れない。
 恋慕も、策謀も、賛美も、侮蔑も何もかも。
 どれだけ経とうとも。混乱の中にあっても。

 だが、今は‥‥今だけはどうでもいい。

「腹、へったぁあああ‥‥」
 大量の人の気配。漂う食料の香りが空腹を刺激する。
 欲求に惹かれるまま、それはふらりと足を運ぶ。

●安須大祭
 石鏡、安雲の近くにある安須神宮にて二人の国王‥‥布刀玉と香香背は賑々しい街の様子を見下ろしてはそわそわしていた。
「もうじき大祭だね」
「そうね、今年は一体何があるのかしら」
 二人が言う『大祭』とは例年、この時期になると石鏡で行なわれる『安須大祭』の事を指している。
 その規模はとても大きなもので石鏡全土、国が総出で取り組み盛り上げる数少ない一大行事であるからこそ、二人が覗かせる反応は至極当然でもあるが
「はしゃいでしまう気持ちは察しますが、くれぐれも自重だけお願いします」
「分かっていますよ」
 だからこそ、やんわり淡々と二人へ釘を刺すのは布刀玉の側近が滝上沙耶で、苦笑いと共に彼女へ応じる布刀玉であった。人それぞれに考え方はあるもので、石鏡や朝廷の一部保守派には派手になる祭事を憂う傾向もあり、一方で、辛気臭い祭事より盛大なお祭りを望むのが民衆の人情というもの。
 様々な思惑をよそに、お祭りの準備は着々と進みつつあった。

  ※    ※    ※

 そんな地方のとある街。
 すでに屋台や出店、催しものが次々と展開されていた。
 その一つの大酒呑み大会。
「勝者! 飛び入りの坊や!!」
 進行役の宣言と同時、歓声があがった。
 それもそうだ。屈強な大人も倒れる中、強い酒を次々飲み干したのは小柄な少年なのだから。
「坊やじゃない!! とっくに成人って散々説明したろがっ!」
「すげぇな。そのちっこい体のどこに、あの樽酒が入るよ」
「ちっこくない!」
 少年は賛美を当然とするが、細かい訂正も忘れない。
「それより。これと交換で、あそこで食えるんだよな?」
 主催者から優勝賞金が渡される。中を覗き、少し不思議そうに首を傾げるも、少年は満足した様子。
 すでに目線は、客を呼び込む飲食店や通りに並ぶ屋台へと向いている。 
 と、人込みを割り、一人のジルベリア人が前に進み出てきた。
「もしよろしければ、貴方の偉業を称え一曲歌いたいのですが」
 竪琴を手に、丁寧な物言い。だが、少年は警戒した目つきで上から下まで眺める。
「おいおい。ジルベリアからのお客にそれは失礼だろう」
 無遠慮な少年に、大人たちが嗜める。
「じる? 何だそれ?」
 本気で知らないようだ。
「どこの田舎から来たんだよ」
「田舎じゃねぇよ。ただ、まぁ‥‥いろいろあんだよ」
 呆れる皆の顔に、恥じてか、少年が顔を赤らめ語尾が消える。
「気にするな。俺だって田舎育ち。話だけで、会うのは初めてさ」
「だから、頭に触るなって」
 大柄な男が、笑って気安く少年の頭を撫でる。
 少年は頭に布を巻いていた。乱暴なそぶりに、適当に巻いていただけの布ははらりと地に落ちる。
「やべ」
 慌てて拾うも、もはや露呈したものは隠せない。
 頭上には鬼のような角があった。
「角? お前、神威人か? ‥‥おい待てよ!」
 だが、少年は制止する声を振り払い、逃げるように立ち去った。
「変な奴」
 訳が分からず。
 しかし、見送る民衆もすぐ興味を失い、各々祭りを楽しみだす。


 だが、少年の態度を不審に思った誰かが、別件で赴いたついでに一応警備に報告した。
 警備から、何の気なしに運営本部まで話は伝わり、
 そして、祭り会場にいた開拓者たちへ、極秘裏に伝達が走った。
「角を持つ少年を見つけ出し、丁重に捕縛して欲しい。ただし、厳粛な祭りを妨げるような事があってはならない」
 何があったか、上からギルドに命令が下った。
「上? どこの上だ?」
「上は上だ」
 聞かれた側もよく分からない。
 ともあれ、大事な祭りなのだ。全て秘密裏に、騒がせるな、というのは理解する。
 しかし‥‥、
「丁重に捕縛、とは?」
「そのまま。手荒な真似はせず、なるべく傷つけずに拘束せよ、という事だ」
「保護、でもなく?」
 問うた戸惑いはそのまま、答えた側にもあった。
「まさか鬼――アヤカシが?」
「いや。瘴気は感知されていない」
 きっぱりと。それは断言された。


「この蕎麦と饅頭、うめぇな。もう一つくれ」
「お客さん、それで六杯目ヨ。それとラーメンと餃子という名前はいい加減覚えて欲しいアル」
 布を巻いた小柄な少年があっさり重ねる器に舌を巻きつつ、その食いっぷりを店主も楽しむ。
「変な名前だよな。どこの料理なんだ?」
「泰アル。もとも、私は理穴の旅泰街から来たネ」
「理穴なら知ってるぜ。弓術師の国だろ?」
 言外に、泰は知らないと告げられ、店主がっかり。
「おっちゃん悪い」
 と。外をしきりに気にしていた少年は、いきなり器を持って調理側に回り込む。
 抗議しようと思ったが、店主は妙に真剣な態度に言葉を失う。
 何から隠れたのか。祭りをうろつく警備兵と分かり、さすがに店主は怪訝そうにする。
 それからも窺っていたが、どうやら店に来ないと知り、ほっと胸を撫で下ろしている。
「何したネ。悪い事ダメヨ」
「違う。悪いのは俺じゃない」
 予想とは違う重い口調に、店主は一瞬身を竦ませた。
「ところで、蕎麦と饅頭まだ?」
「ラーメンと餃子ネ」
 かと思えば。顔を上げ、にっと笑う姿はまるきり子供で。
 店主は冗談だったかとほっと胸を撫で下ろす。

 結局少年は十人前を平らげて店を出る。
 少し迷った後、店主は手伝いに店を任せると、警備に一応報告に向かった。


 街の各所からぼちぼち入る目撃情報から、少年はどうやらまだ街にいる。
「屋台村にて団子三十本、酒饅頭二十個、蕎麦八杯、甘酒十二杯、新酒三升、ワイン五本。珈琲は苦茶と叫んで店員と揉める。余興の太鼓演奏や演舞に飛び入り参加。もふらレースで大負け。無関係の喧嘩に首を突っ込み、揉めてた二人を投げ飛ばす‥‥」
「後は、中華屋台でラーメン餃子を十人前、か。さて、どこまで本当か」
 結局の所、話だけでは似た誰かと混同している可能性は十分ある。
「‥‥話半分でも、大食い大会なり開けば出てくるんじゃないか?」
「資本と準備をどうやって確保するんだ? 今の所、その予定も無いようだが」
 急ごしらえでは到底無理。
 だが、地道に探すには人が多すぎる。
 少年の方も、祭りで目立つ割に、人と接するのは慎重な節がある。自分からは話しかける癖に、誰かに興味をもたれると逃げてしまう。
 人込みに紛れられれば、この賑わい。似た少年などざらにいる。あえて探さねば気になるまい。
 さらに露天の古着屋でも利用しているのか、目撃時の詳細を聞き込めば衣装や化粧で外見の印象を変えている。
 向こうも、何かに警戒しているのは感じ取れる。
「どうする?」
 外壁など無い街だ。向こうがその気なら、すぐ逃げられるだろう。


■参加者一覧
/ 霧崎 灯華(ia1054) / 礼野 真夢紀(ia1144) / ペケ(ia5365) / 菊池 志郎(ia5584) / 和奏(ia8807) / 明王院 千覚(ib0351) / 琉宇(ib1119) / 无(ib1198) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / ルー(ib4431


■リプレイ本文

 奇妙な依頼だった。
 まず、依頼人がはっきりしない。依頼内容もどこか錯誤している。対象となる人物も何故そんな風にしてまで捕まえねばならないのか説明に欠ける。
 曖昧模糊な依頼。それでも依頼。
 鬼の少年探しに、開拓者たちは動き出す。


「街の地図って無いのですか?」
「いや、おおざっぱな物は作って立ててあるよ」
 菊池 志郎(ia5584)の申し出に、祭りの案内役は随所に立てられた盾看板を指した。
 板に墨で書かれた祭りの地図は、町の通りとそこで催されている物、時間が大雑把に記されている。
 ただ、屋台などの簡易店舗などは、一括りに『屋台通り』とだけ書かれ、細かい情報まではない。現地でのお楽しみ、という訳か。
「持ち歩けそうなのは?」
「さすがに。板は重いし、紙は高いし。大体人数分どうやって用意するかね」
 首を振る案内に、志郎も諦め。
 ひとまずその情報を元に次に少年が行きそうな場所を絞り込む。
「食べ物屋さんが多いお祭りなのですね」
 それとも単に目に付くだけか。
 和奏(ia8807)が尋ねると、相手は軽く肩を竦めた。
「人通りで出すなら飲食系は有利だからだろうな。匂いで釣れるし、よっぽどのヘボでも無い限り利益を得やすい。骨董品とか見たいなら外周とかで居住区で出してる店を覗いてみろ。あそこは人が少ないとか、防火の規制とかあるから、じっくり腰据えてみる店が集まりやすい」
 祭りといえば、屋台の買い食いも楽しみの一つ。とはいえ、それ以外にもたくさんの楽しみがある。
「なるほど、立地条件で露天の傾向が偏っているのね。とすると、出没範囲もおのずと限定されてくるわ」
 すっ、と獲物を見るような目で霧崎 灯華(ia1054)は地図に見入る。
「しかし、捕縛される罪状はなんなのでしょうね。お金が足りないなら、お貸ししますが」
 和奏は財布を確認する。
 少年は大酒呑み大会で優勝賞金を得ているし、その後の店でも踏み倒したと言う話は聞いてはいない。
 まぁ、その前に何かしたからこうして追う事になったのだろうが、やはり銭に困ってたのだろうか。
「さて、祭りを楽し‥‥じゃなくて仕事に励みますか。変な奴がいたら教えてね」
 陽気に笑って灯華に、志郎と和奏もそれぞれに動き出す。

 すでに集まった情報だけでも、一体何人分食べているのか。
「よく食べるなぁ‥‥。僕にはとても食べられないよ」
 聞いてるだけで、琉宇(ib1119)はお腹一杯になる。
 集まった情報は順序が微妙に食い違っている。そもそも信憑性がどの程度あるかも不明。
 それでも、琉宇はそれを頼りに、足跡をたどってみる事にした。
 どうやら大酒呑み大会に出る前に、露天で団子を求めようとしたらしい。ただその時は金が無く、手っ取り早く稼ぐ方法としてあの催し物を聞いたようだ。その後、その銭でしっかり団子をせしめている。
 それ以前の情報は分からない。見知りがいないなら、街の人間や普段関わる者でない、というだけ。
 祭りの人手で人の動きも激しい。さて一体どこから来たのか。 
「で、貰ったお金で食べ歩き。なのかな?」
 よく呑んで、よく食べて。
 少年の行動はある意味至極分かりやすい。
 琉宇はとりあえず相手の様子を見る為、飲食店が並ぶ通りからやや離れた場所で演奏会を始める。
 今は祭りだ。即興の興行も邪魔にならないなら歓迎される。
 彼か、と思う人物はいても空振りで。かといって演奏は早々止められず。
 そのまま現れるのを観客の笑顔と共に待つ。
 

 結局の所、どうやって探すかは飲食向けの店を中心に覗いて回るほか無く。
「これが本当の鬼ごっこ、なんてね‥‥。捕まえるより友達になりたいところだねぇ、面白そうだし」
 行き交う客は勿論、呼び込みの店員や、練り歩きの商人もいて、大きな通りも小さな路地も人で溢れかえっている。
 无(ib1198)は巴も使って巧みに人ごみをすり抜けながら移動。少年を探す。
 ただ。確かなのは、頭を隠した五尺程度の少年である事。
 条件に合う少年は探し出すとごろごろといた。
 とりあえず、それっぽそうな少年がいればそれとなく後をつける。人魂で作り出した式も走らせて見張るも、どうやら空振りが続く。

 人を避けるよう、脇に寄りながらルー(ib4431)は広く道を見渡す。
「位の高い家、なのかな。の割りには、あまり広い知識がないみたいだけど」
 通りを行く人を眺めながら、自然ルーも懸念に思考を寄せる。
 漏れ聞く話を考えるに、少年の知識は随分と偏っている。
 深窓のお坊ちゃんにしても、もう少し物を知っていてもよさげだが。
「もし。同族、でもないなら‥‥まさか、新しい儀からとか?」
 可能性としてはありうるか?
 ただ、嵐の門は今だ安定せず、調査は難航している。全容解明まではまだまだ時間がかかるだろう。

「角を持った少年‥‥。丁重に捕縛。なにやら問題がある貴人の対応みたいですけど‥‥鬼人の貴人さんなのでしょうか」
 くすっと笑う明王院 千覚(ib0351)を、礼野 真夢紀(ia1144)は見上げる。
「悪さもしていないのに捕縛じゃ筋が通りませんし‥‥。折角楽しんでいるのなら、一緒に楽しんだ後に御案内した方がいいですよね」
「千覚さんの言う通りです」
 穏やかな口調に、真夢紀も頷く。その度に、カチューシャについた兎耳がぴこぴこ揺れる。
 千覚と揃っての獣耳。神威族を模しているのだが、さて、少年はお気に召すだろうか。
「アヤカシかもって言われてるですけど‥‥。楽しんでいるのなら、一緒に楽しんだ方がいいですの」
 不審な態度と鬼角から、すなわち本当に鬼――アヤカシという考えもできる。
 が、この祭りの賑わいに無粋な客を入れるなどもっての他。実際、瘴気が感知されたのは无のような陰陽師が放つ式ぐらい。
 瘴気を一切感知させないアヤカシ‥‥。もし仮にそんなモノがいるならば、それはとても恐ろしい事になる。

 モハメド・アルハムディ(ib1210)は、少年の捜索よりまずは街の警備の把握に努めた。
 どうにもこの依頼は不審な印象を受ける。それをただ丸呑みし、諾と従うだけでいるのは、彼の心情に反した。
 もっとも、探っても今の所、街の警備は通常通り。祭りの酔客や悪戯坊主の世話などで手一杯になっている。
 少年探しに動いているのは、秘密裏に依頼を受けた開拓者たちぐらいのようで。
 伏兵がいない事には、ひとまずほっと胸を撫で下ろす。
「人助けはサダカ‥‥。けれど今助けるべきは‥‥」
 茫洋とした状況。真実が見えぬ以上、慎重に行動する必要があった。

――そうして、各々が探索する中、騒ぎは起こる。


 志郎は歩きながら、優良聴覚で聞き耳を立てる。
「おい、坊主。そのくらいにしておいてくれ。わざわざ取り寄せた紹興酒だぞ。お前さん一人でどんだけ飲むんだ!」
「へー。なんか知らない間におもしろい酒が増えてんなぁ」
「言ってる傍から呑むな! こら、てめぇらも面白がってないで止めろ! お前らの分も無くなるぞ!!」
 酒屋から聞こえた声に足を止める。注意して聞けば、はやし立てる声に混じって答える側は随分と若い。
 待てば、叩き出されるように少年が出てくる。頭は帽子で見えない。
 立ち去ろうとした少年を、店から出てきた男が呼び止めた。
 どうやら酔客らしく、少年を別の店へと誘い出した。
 それを当たり障りの無い言葉で断ると、とっとと少年は立ち去る。
 志郎は、話しかけず。そのまま尾行を開始する。
 少年はふらふらと店を渡り歩き、やがて路地を曲がった。
 志郎にはそこで立ち止まったと分かる。足音が止まっていた。
 迷った末、曲がるとやはり少年がそこにいた。
「興味本位でついて来た訳では無さそうだな。‥‥何の用だ」
 外見から想像できぬ、威圧的な眼差し。高圧な態度には殺気すら混じる。
 思わず、言葉に窮する志郎。
 そこに、入りこんできたのはペケ(ia5365)だった。
 食べ物屋さんで見張って当たりをつけて。
 まずは抜足で背後から忍び寄り、早駆・奔刃術を駆使して一気に差を詰める。
「捕まえましたー♪」
 彼女にしてみれば、当然の行動。
 逃げないよう静かに近付き、抵抗をせぬよう抱き締める。大きな胸も利用すれば、年頃の男の子ならまぁ嫌がりはしないだろう。
 ‥‥実際。これまで目的の少年と誤認して飛びついた相手は、驚いてはいたが抵抗を封じるのは容易かった。
 ちなみに、一番抵抗したのは無銭飲食を企もうとしていた奴。他は単にたまたま連れとはぐれてる最中だったとか、一人飯を楽しんでいる奴とか。
 だが、少年の返答は手痛かった。
「よくは分かりませんが♪ 心配してる人がいるから、とりあえず帰り」
 伝える彼女の横顔に、問答無用で肘打ちが入った。
 油断していた彼女はまともにそれを喰らい、吹っ飛ぶ。地面を跳ねて壁にぶつかれば、派手な音を立てて止まった。
 拘束を解かれた少年の手には、一振りの刀。先の接触で、ペケの忍刀を奪ったのだ。
 ペケを一瞥した少年は、志郎に目を向け、それから騒ぎを聞きつけ集まってきた民衆を苦々しく見る。
「ちっ」
 小さく舌打ちすると、即座に走り出す。決断が早い。かなりこうした場に慣れている。
「待て!」
 勿論、志郎も後を追う。
 油断していたとはいえ、開拓者一人を飛ばしたのだ。外見通りの少年ではありえない。
 志体持ち、あるいはそれに匹敵する能力を持っている。
 そんな相手を、抜き身の刀ぶら下げたまま逃がす訳にはいかなくなった。
 夜で時間を止める。効果時間は短いが、今は十分。目に映る全てが制止した中を、志郎は早駆で距離を詰める。
 再び動き出した時、志郎は少年の前にいた。
「何だと!」
 少年の目には瞬間移動してきたように見えただろう。
 伸ばした手を、少年は切り払おうとした。
 志郎は見切って躱したが、同時に少年の方も弾みをつけて距離を置く。
 間合いを開け、刀を構える少年の手足に、小さな式が絡みついた。
「祭りを楽しんでいる時に‥‥。でも、いい運動になるかしら」
 騒ぎを聞きつけ、灯華が呪縛符を放っていた。
 からかうように振り回す死神の鎌を、少年は必死に刀で捌く。
 と、呪縛符の効果が消えた。拘束が解かれ、自由になるや切りかかろうと足を踏み出し‥‥、
「でぇ!!」
 その体にまた呪縛符。
 今度は、无が放っていた。
「さすがに‥‥。お騒がせにも程があるな。これは」
 もはや、誤解も何も無い。これだけ騒げば、十分逮捕の名目が立つ。
 気になるのは『全て秘密裏に、騒がせるな』と言われているのにこの顛末。
 まぁ、手を出したのは向こうからなら、これは仕方の無い事だろう。
 再び重くなった体に、灯華は容赦無く鎌の柄で殴りつける。反動で少年が地面に倒れた。
「あたしから逃げられると思って? それとも、かかってくるのかしら?」
 幾ら騒がせたとはいえ、保護対象なのだ。全力など出していない。
 すぐに起き上がってくるはずと、周囲皆待ち構えた。
 ‥‥が、幾ら待っても動かない。
 琉宇がバイオリンを弾き鳴らしながら近付く。
 場違いにも聞こえるゆったりとした曲調は、眠りを誘う夜の子守唄。
 そのまま少年を確認し、すぐに溜息と共に曲を止めた。
「‥‥寝てます」
 子守唄もどの程度後押ししたのか。
 とりあえず、そこに転がってるのはただの酔客だった。
 それとなく帽子をずらせば鬼の角が見える。人違いではなかったのはいいが、これからが大変だ。
「ヤッラー。なんて事でしょう」
 起きた騒ぎに、モハメドは困惑を隠せない。
 往来で喧嘩となるとさすがに警備も放ってはおかず、開拓者たちも事情説明の為、共に赴く。
 少年が連れて行かれると、見物客も散っていく。目立つ被害が無いなら、いい見世物の一つでしかなく。終われば、普段通りの祭りを楽しむだけだ。
「一緒に祭りを楽しむどころではありませんねぇ」
 残念です、と千覚はユニコーンの付け耳を名残惜しむ。
「はい。これ、ペケさんのですよね? 大丈夫ですか?」
 少年が落とした刀を拾い、持ち主に渡す真夢紀。
「大丈夫‥‥。大丈夫なんだけど‥‥」
 しゃがみ込んだまま動かないペケを、巫女の二人はしきりに心配する。
 ペケとしては。
 投げ飛ばされた衝撃で締めてたもふんどしがどこかに飛んでって、今立つと男性陣の目を喜ばせそうな事態になるのを、さて二人にどう説明すべきか悩みどころだった。


 連れて行かれた詰所で、とりあえず騒動の顛末を。
 とはいえ、依頼については秘密。多少の齟齬は、目を瞑ってもらうしかない。
 一方、その時の少年はといえば。
「信じらんねぇ‥‥、あの程度で潰れるなんざどんだけ弱っちくなってんだか」
 起き抜けに状況を把握すると、後は壁に項垂れて正座。何かものすごく打ちひしがれているようだが、暴れられるよりいい。
 一応気を静める為、ムハメドがリュートで心の旋律を奏でるが、聞いているのかいないのか。
「にしても、坊主。嬢ちゃんに抱きつかれたぐらいで、あの仕打ちは酷いだろ」
「坊主言うな。後ろから忍び寄ってくるなんて、嫁じゃないなら暗殺者ぐらいだろ。ま、こっちの油断もあったし、首は繋がってるんだから別にいいだろ」
 尋ねる警備に即答。だから悪くは無いんだ、と反省の色は無し。
「っていうか。家はどこだ? 名前は?」
「知ってる奴は知ってる。だが、知らないなら聞いても無駄だ」
 すっとぼけた言い草に、警備は問うのを止め。後は、開拓者たちと此度の件をどうするか相談し出した。
「ちょっといいかしら」
 そこから外れ、ルーは少年の傍に座る。
「事情はよく分からないけど‥‥。心配してもらえるって、本当に恵まれてる事。されている時は、煩わしく思うのは仕方ないけど、ね。気が済んだら、帰ってあげて」
 傭兵業に身を売り、蔑視と酷使の中掴み取った自由の身。その体験も他に聞かれぬよう交え、ルーは説得してみる。
 それを黙って聞いていた少年だが、
「‥‥まだあるならな」
「え?」
 鼻で笑われる。
 戸惑うルーから目線が逸れる。横顔は、年不相応なほど大人びていた。
「そうだ。一つ、思い出した」
 その顔を不意に上げると、ぽんと手を打ち和奏を向く。
「そこのお前! 屋台で小さい人いるかとか聞きまわるな! 俺が小さいんじゃない! 周りがでかすぎなだけっ!!」
「おや。聞いてたのですか」
 和奏が驚き半分、手を叩いて褒める。
 小さいのを気にしているらしかったので、敢えてそれを口にして突っ込んで出てきてくれるのを期待していたが、今の今まで我慢できる程度には辛抱強いのか?
 騒ぐ姿は年相応。
 それを見ながら、モハメドは考え込む。
 警備に不審は無い。開拓者にも勿論。ただ、さらに周囲がどうも騒がしく感じてしまう。
「アーヒ、何がどうなっているのか」
 考えても、これ以上は答えは出ず。
 ただ、何かがこのまま終わりそうにも無かった。