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■オープニング本文 何が起きたのか。起きているのか。 おおよそ想像はついたが、現実はきっともっと酷い。 結局の所、事態は恐ろしく単純で。故に複雑怪奇に捻じ曲がっているのだろう。 問題は、この歪な差を埋める為、何をしでかしてくれるかだ。 「結局、なるようにしかならんか?」 人が動き、時が動く。 もはや留まる事はできず、またそのつもりも無かった。 ●安須大祭 「まったくけしからぬっ。神聖な祭りは下世話な道楽などでは無いっ!」 石鏡における安須大祭は国をあげての大行事。 古くは厳粛で質素な祭りだったが、年毎に派手で騒がしい祭りになっていった。 多くは今の祭りに満足している。 しかし、それを嘆かわしく思い、何とか昔の格式ばった祭りに戻したいと画策している者がいるのも事実。 伝統文化を大切にする知識人ととるか、頭の硬いコンチクショウととるかは、唱える人物の人柄による。 朝廷よりお越しの藤原 保家は‥‥どっちかといえば後者に嵌まるようだ。 「次こそ必ず厳粛な祭りに‥‥いや、此度の祭りとて今からでも十分準備できる筈!」 日に日に騒がしくなっていく空気を、憂いて嘆き。 なんとしてでも昔日の寿ぎを取り戻すべく、あれやこれやと御老体は思案を巡らす。 「ご老公。お話が」 「なんじゃ。今忙しいのが、見て分からぬかっ!」 傍によった側近を五月蝿そうに掃うが、そこを敢えてと側近も引かない。 「失礼ながら、お耳を」 渋々と聞いていたご老体だが、耳打ちされ、やがてその顔色が変わり目を見開く。 「ば‥‥馬鹿な! そのような者が、何故!」 震える声で尋ねると、側近は困ったように首を振るだけ。 「お話したように、まだ確認は取れておりませぬ。ですが、万一があってはと思いこうしてお耳に‥‥」 「何をしている! はよう確認するのじゃ! 万一真実であれば、それは大変な話ぞっ!」 一喝され、すぐに側近は動きだす。 一礼して出ていったのを忌々しく睨みつけた後、保家は肩で息をする。 「何故今更このような事が‥‥。これもきちんと祭りが行われぬからか。えぇい、どうしたものか」 苛々とその考えに行き着き、祭りの世俗化阻止をいかに行うかに思案を巡らし始める。 ● 安須大祭で賑わう石鏡の地方の街。 乱闘騒ぎを起こした少年は無事に保護‥‥というか拘留中。 「安雲?」 詰め所でふてくされていた少年が、街の警備から告げられた言葉をそのまま返す。 「うむ。よく分からんが、開拓者たちがそちらに連行するそうだ」 「へー」 曲がりなりにも騒ぎを起こした相手が、碌な事情も分からないままよそへと持っていかれる。 普段なら怒りも起ころうが、何せその当人が開拓者とやりあった相手。彼らの手にはどの道余るので、いなくなってくれて逆にありがたい。 その上、この相手。微妙に扱いづらい。 「で、開拓者って何? どっか山でも崩してんの? つーか、なんでそんなのが一緒する訳よ」 「‥‥‥‥」 平然と。真正面から聞いてくる。 言葉が通じぬ訳では無い。無為に暴れる事もなく、こうしているとただの子供だ。 が、どうにも世間に疎すぎて、話がずれる。結局会話が成り立たない。 「お前は! どんなド田舎から来たんだ!? いいか! 言っとくが安雲は石鏡の首都だ! こことは警備だってなんだって段違いなんだぞ! お前が何をしたのかは知らんが、そのふざけた態度もこれまでだからな!!」 「ってことは! 祭りの出しもんとかも、こことは段違いなんだろうなー」 怒鳴る警備を気にも止めず、少年はまだ見ぬ風景に目を輝かせている。 反省の色は全く無い。 ● そんな現地の開拓者たちへ、開拓者ギルドから極秘裏にさらなる依頼が言い渡された。 曰く、 「鬼の角があるというその少年を安雲まで連行せよ。ただ知っての通り、祭りの準備や人で都市近郊は混雑している。なので、その手前にある廃村にて兵を待たせている。そこまで少年を目立たぬよう連れてきて欲しい」 との事。 相変わらず、どこからのどういう指示なのかは今一つ分からない。分からないが、どうやら王朝が絡んでいるらしいとほのめかしがあった。 「物騒だな」 誰かがぽつりとそう呟いた。 今やその権力は微妙とはいえ、王朝は王朝。その影響力は侮れない。もし本当に関わっているのなら、この依頼は大変な意味を持つ。 更に、依頼には先とは違う別の一文も追加されていた。 「対象はなるべく生かして運ばれたし。ただし、万一手に余る事態が起きた時はその限りでは無い」 何故、そこまでこの少年を気にかけるのか。分からないなりに、手間ばかり押し付けてくる。 約束の場所まで連行、と軽くは言うが、実は簡単でもない。 ここから指定された廃村までは大まかに二つの道がある。 表街道はすでに祭りの騒ぎで普段とは違う賑わいを見せている。場所によっては祭りの出し物で数刻通行止めになる事もしばしば起こりうる。 普通なら急ぎ一日もあれば着くだろうが、恐らく二日かかると見越しておいた方がいい。となると、途中宿を取る必要もあるかもだが、この祭りの最中きっとどこも一杯。 しかも、少年の態度からしてそういった馬鹿騒ぎにじっとしていられないのも想像出来る。勿論、無理やり引きずっていくのもいいのだが、そうするとどういう態度に出られるかが分からない。 暴れられたら周囲に人が多く、また、その賑わいに乗じて逃走の可能性は十分にある。何より『目立たずに』という項目は丸無視になる。 裏街道を行けば、人気も少なく、歩み自体は進むだろう。だが、迂回路を中心とした道である以上、余計に距離が嵩むのは否めない。夜通し歩くか、山中で一〜二泊も覚悟せねば。 さらに、この賑わいで周辺警備は充実しているが、こういった裏街道は目こぼししがち。なので、野党や山賊‥‥下手をすると下級のアヤカシやケモノ辺りと出くわす可能性もあった。 表街道に比べれば道も狭いし整備されていない。獣道や川を使っての逃走劇もまた考えられる。 どちらにせよ、かかる時間はさほど変わらない気がする。 では、どちらの道を選ぶか。また少年をどうするべきか。 考える事は山とある。 |
■参加者一覧 / 柚乃(ia0638) / 霧崎 灯華(ia1054) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 八十神 蔵人(ia1422) / 月酌 幻鬼(ia4931) / 菊池 志郎(ia5584) / 和奏(ia8807) / 明王院 千覚(ib0351) / 明王院 玄牙(ib0357) / 琉宇(ib1119) / 无(ib1198) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / ルー(ib4431) |
■リプレイ本文 鬼とは人を襲うものであり、喰うものであり、すなわちアヤカシ。――倒すべき敵である。 今において、その認識に間違いは無い。 ただ、民話や伝承などの四方山話に目を向けると、例えば人の情に泣いて喰わずに去ったとか、反省して長く人を守ったなど、およそアヤカシの仕業と思えぬ話も多数出てくる。 鬼とは語源を「隠」とし、姿の見えない者、隠れ住む者と指すという学者もいる。すなわち、そういう鬼の正体は人から逸れた盗賊野党の類だと。他にも、世俗を断って修行する志体持ちの集団とか、何かが原因で門を潜ってきた他の儀の民だとか、論だけなら色々ある。 「それが今回と何か繋がるのでしょうか?」 話だけで、それが事実たる証拠は無く。 无(ib1198)は書を閉じると、集めた本をきちんと図書館の書架へ戻す。 ● 鬼角の少年を安雲まで連行する。祭りの賑わいもあり、どう進もうと恐らく二日はかかると予想された。 その間、不審あれば殺傷も許可。朝廷が絡んでいるとされるが、その詳細は不明という依頼の不透明に不快感も感じるが。 何より一番の問題は。 「なぁ、少年。名前聞いてもいいかぁ?」 およそ二日。顔つき合わせて行動するのだ。名無しのままも面倒。 月酌 幻鬼(ia4931)の問いかけもっともなのだが。 なのに、少年は嫌そうながっかりしているような諦めているような。 「忘れられるのも、便利なんだか不便なんだか」 何とも微妙な表情に顔を歪ませている。 「ん?」 「いやいい。好きに呼んでろ」 投げやりな申し出も、和奏(ia8807)は素直に考える。 「しかし、小さい人はダメっぽいので」 「当たり前だっ! 喧嘩売る気なら全力で買うぞ! その前に何より小さくは無い!」 「売る程のものでも無いですけど。お嫌なら偽名でいいのでお名前教えて下さいね」 「教えてくれないなら、ごんべさんって呼ぶ」 すかさず柚乃(ia0638)が命名。 「かわいいじゃねぇか」 相手ははっきりと顔を引き攣らせていたが、それでも自分から名乗る気は無いらしい。 「ほな、当面はごんべさんでえーな。わしは八十神蔵人や。よろしくな!」 「馬鹿! 何するんだ!?」 気軽な挨拶の後、八十神 蔵人(ia1422)が少年を捕まえようとする。 驚いた少年は全力で拒否。 「肩車。はぐれんでえーやん。道中の菓子も用意したし、自腹も上等。ああ、お偉いさんは適当に誤魔化せ」 警戒した目で蔵人を睨むが、当の蔵人に悪気が無いと分かるとがっくりと肩を落とす。 「子供扱いすんな。これでもお前よりうんと年上‥‥だと思うぞ、多分」 「そういえば、先日の騒ぎで嫁とならどーとか仰ってましたね。嫁取りが話題になる程度にはお歳を召していらっしゃる?」 何の気なく告げた和奏の言葉に、少年の身が強張る。 「嫁は‥‥いや、何でもない」 目を逸らした後、硬い表情のまま唇を噛む。 しばし、沈黙。 「行くぞ」 そして、率先してさっさと歩き出す。何かから逃げるように。あるいは、何かに向かうように。 「同伴者が嫁さんでなく、開拓者なのはお気の毒といえばお気の毒ですが‥‥」 「だああっ! 嫁の事はもういいの! 行くったら行くぞ!」 お悔やみ申し上げる和奏に、少年は怒鳴り散らす。顔が赤いのは怒ってるのか、恥じているのか。 反応様々。開拓者たちもまたこれにて依頼を始める。 「行く前に、これどうぞ。柚乃とお揃い。勝手にいなくならないでね? もしいなくなったら迷子捜索を出す‥‥天儀中に」 ブレスレット・ベルの一つを少年に渡す。 「いいんじゃねぇの。指名手配なんざ今更だ」 鼻で笑うも、ベルは素直に受け取った。 ● 安雲まで、祭りの賑わいを突っ切っる表街道と人寂しい裏街道と大まかに二つの道があった。 裏街道を行き、少年の気を損ねて進むのも面倒。表街道を楽しく行こう、というのは概ね纏まった意見。 「けどですね。行き合う祭り全てを見物する時間は無いと考えられます。せめて、何を楽しむかに絞ってもらわないと」 「いーじゃん。別にいつ来いとは言って来てないんだろ?」 振舞い餅の餅つきにいきなり飛び入り。杵持って踏ん反り返る少年に、菊池 志郎(ia5584)は困ったように笑う。 先行して街道の様子を確認。暴動や襲撃者などがいないかも気を配るが、肝心の本隊がなっかなかついてこないのでは苦労も増える。 確かに時間指定された覚えは無いが、待たせ過ぎては何を言われるか分かったものでも無い。 「でも、早く行かないとお祭り楽しめないですよ?」 「急いで今の楽しみを逃すのも勿体無いだろ?」 近くで買った焼き鳥を渡して、礼野 真夢紀(ia1144)が言葉を添えるも、相手はやはり聞く気が無い。 道筋は事前に調べてきていた。横道から入れば、表から裏に、裏から表に出る事も出来る。 実際もふら行列で通行止めがあった際、迂回を提案した。が、急ぐ訳でも無いとやはりのんびり見物。遅々とした歩みはもふら並だ。 どうしたものかと悩んでいると、少年が空を見上げた。 用心しながらも目を向けると、巨大な影が陽を過ぎる。 「飛空船ですか。ここの所、祭りの運搬で往来が激しいですね。‥‥珍しいですか?」 「まぁな」 別にこれといって特徴の無い風景。それにじっと見入る少年に気付き、明王院 千覚(ib0351)は説明を加える。 「あれって誰でも乗れるわけ?」 「そうですね。宝珠を使うので安くは無いですが、小型船やグライダーなら個人所有も多いでしょう。大きな街ならグライダーレースとか開かれているはず」 「宝珠」 少年の目が険しくなる。 「ええ。動力などに使われていて‥‥。そういえば、元は王朝が所有していた技術でしたね」 千覚の言葉に、少年が頷く。まったく知らない訳でもないらしい。 「それが今や、一般人でも手に出来る。全く何を考えているのやら」 何か憤ってるような少年に、琉宇(ib1119)が声をかける。 「気分転換に食い放題とか行く? 次の村だと振る舞い酒やってるって」 だから暴れないでね、と念の為、夜の子守唄を歌う体勢も整える。 「了解、じゃ行くか」 幸い足取りも軽く、少年は琉宇の言葉に乗っかる。 「そうそう、僕はお酒は飲めないよ」 「大丈夫、その分俺が飲む」 軽いやり取り。気分はすでに次の酒にあるようだ。 「かははは、祭りは好きか少年? 俺は大好きだぜぇ、この雰囲気」 「やっぱ賑やかなのはいいよなー」 幻鬼と一緒になって、表街道の賑わいを突き進んでいく。 ● 最初こそ神経質に角を隠そうとしていた少年だが、次第に気が緩んだか、露出するでもないが、簡単な偽装程度で終わらせる事も増えた。 千覚から獣耳のカチューシャを、无から狐面をつけ、角も装飾の一部のように見える。傍で蔵人が鬼面をつけて歩いているので、祭りに浮かれた仮装程度になっている。 「お祭りは好きだけど、人込みは苦手‥‥」 柚乃の息が少し上がる。 少年の後方から服を掴んで共に祭りを追っていた。逃がさない為でもあるし、隠れる為でもあるようだ。 「じゃあ、少し休むか。どこか静かに呑める場所」 緊張している柚乃を見遣ると、休憩を取ろうと場所を探す。 「お酒じゃなくていいなら、そこのお茶屋さんが試飲させてくれるらしいよ? 軽い食事も出来るみたいだし」 「じゃ、そこでいいか?」 琉宇の話に、少年が柚乃に問いかける。 特に反対する理由も無く。少年が動けば当然随行する開拓者たちも動く。 そして、彼らの動きに合わせて離れた位置からこっそりと着いてくる者がいた。 これといって特徴の無い一般人。祭りを見物するようにふらふらと動きながら、何気なく少年たち一行に近付き‥‥。 「ウギャア!?」 不自然に少年たちへと伸ばされた腕に、式が絡まる。慌てふためいたその一般人は、そのまま駆け去っていく。 「行きますよ」 ぶつかりかけた一般人をするりと躱して見逃すと、立ち止まりかけた少年を促し、无はその場から去る。 少年も何も言わずに従う。 「ああ、チクショウ! 何だってんだ!」 「開拓者ですよ。神妙にお縄について下さい」 物陰に隠れようとしたその一般人に明王院 玄牙(ib0357)は簡単に迫る。 早駆で近付くと、忍拳で軽く押さえ込む。 「ぐぇ!」 地べたを這い蹲った一般人の懐からは、やたら多くの財布が出てくる。趣味もばらばらなそれはとてもその一般人の物とは思えなかった。 悪目立ちせぬように少年を大紋で正装させ、少々裕福な人が護衛連れて祭り見物を装ったが。 まぁ、見る者が見たら金持ってますと触れ回ってるようなものだ。少年少女も多いので鴨と思われたのか、この手の類が面白いほど取れた。 後で、この町の警備に引き渡せばいいだろう。 これぐらいならまだまだ可愛いものだ。 「裏がとれない依頼にのほほんと参加するなんて‥‥。姉さんは無用心ですよ」 玄牙は、遠巻きにはらはらとしながら警護している。楽しそうにしている千覚と友人の真夢紀を見ているが、その分余計に心配で仕方が無い。 今の段階では少年が暴れる心配は無さそうだ。陰陽師や吟遊詩人、シノビの動きで暴れた所で主に鎮圧する手段も整っている。荒業に出るのは最後の手段だが、その前に十分な手が打てるはず。 だが、危惧は少年ばかりではない。 「ムシュムシュケレ、問題無しとしてしまうには‥‥いろいろ胡散臭いままですね」 モハメド・アルハムディ(ib1210)は、スリの捕縛で驚く人々の為にリュートを奏でる。 その際、怪しい人がいないかも見て回るが、今は大丈夫。 依頼の物騒な付け足しが気になるし、暗にそれを望んでいる風なのも気になる。 連れて来い、とわざわざ開拓者に言ってきたのは、自分たちで処理するだけの手が無いからとは思うが。 結局、今は見届けるしかない。その内、事態が動くかもしれないが‥‥それは果たして幸運不運どちらに転ぶのか。 「‥‥何かあったら皆悲しむんですよ」 もし本気で王朝が動くなら、少年一人ではなく、関わった周辺にも何が起きるか分からない。 それを当人たちに告げるつもりはない。その分、超越聴覚も使って玄牙が警戒に務める。 少年と行動を共にしたまま、无は事の顛末を人魂で見届ける。 「終わったのか?」 「はい」 やけにおとなしく茶を嗜んでいた少年が不意に尋ねてくる。どうやらスリにも気付いていたらしい。 「つまんねーの。全部お前らで片付けるんだから。少しはこっちに回せ」 「暴れるのは駄目だよ。何かあったら眠らせるからね」 琉宇が構えるバイオリンを、少年は不満げに見る。 「ああ、ここにいましたか。先の道で事故があって、牛が逃げているようです。捕まえるまで通行止めです」 「へー」 志郎の知らせに、少年の興味が向く。 その事に、真夢紀は軽く眩暈を覚える。 「まさか、それも見ていくなんて言いませんよね? いつまでかかるか分からないですし、裏道を通って次に向かう方が沢山の祭りを楽しめますよ?」 意見もっとも。 指摘されて、少年も納得する。 「そうだな。じゃ、そういう事で。‥‥なんか出ないかなー♪」 「迂回だけですから、すぐに表に戻りますよ」 何か期待しているらしい少年に、やんわりと真夢紀は断りを入れた。 ● 案の定、一日では到底着かず。 志郎が宿を探すが、さすが祭りの最中。近隣の都から溢れた人がここら辺にも宿泊を決めており、この人数全員が止まるには難しかった。 せめて、少年と子供ぐらいはと交渉を重ねる。開拓者という事もあって、宿の従業員が寝泊りするような場所をどうにか空けてもらえた。 少年は特に何も言わずに、部屋に納まる。そのまま、昼の騒ぎからかすぐに横になる。 「で、どちらに行かれるのですか?」 「呑み足りないから脱走」 部屋が静かになって早々寝たのかと思った頃に、おもむろに窓から出てくる。 見張っていた志郎が声をかけても驚きもせず即答した辺り、こちらの動きを分かった上での所業らしい。 「ん? 眠れないのかぁ?」 「まぁな。やたら寝てたんで出来ればもう寝たくはねぇな」 幻鬼が笑いかけると、軽く伸び上がる少年。 「だからって出かける必要は無いでしょう。せっかく買ってきたのに」 霧崎 灯華(ia1054)が抱える荷物は、食料やら酒やら。 祭りの余韻で夜遅くまで開いてる店は結構ある。が、休んでいる開拓者もいるのだ。警備の手が足らずに、少年が逃げる機会を与えかねない。 差し出される準備のよさに、少年は苦笑しつつ受け取る。 「別に、マジ嫌なら逃げても構わんで?」 「おいおい」 さらりと告げる蔵人に、周囲はおろか少年も目を丸くする。 「きみの事情に介入する気は無いねん。一緒に飯食うて遊んだ奴はダチやろ? 祭りの最中にダチの野暮な事探るなんて白けるわ」 言い放つ言葉に力が篭る。 「大体事情言わん癖に最悪殺せたぁ、わしらを舐めた依頼や。そないな事情知ったこっちゃない。仮に、こいつが敵になろうと、な。引き渡した先でダチが殺されてみぃ、わしの魂が腐る」 王朝が絡むとあってはなおさら。 朝廷のやり口は綺麗で正しいばかりで無い。むしろその逆が平然と行われていたりする。 「で、どうすんねん」 少年は周囲を見る。 動きによっては捕縛も必要になるのかも知れないが‥‥。 「期待されて逃げるのもつまんねーな」 軽く肩を竦めると、酒を煽る。 ルー(ib4431)は静かに息を吐く。 「それじゃあ。多分、明日中にはどうにか着けると思うわ。相当の寄り道がなければ、だけど」 「へーへー」 予定を確認すると、少年は気の無い返事。 「それで‥‥。明日時間があるか分からないから今言うけど‥‥。前に話した時の『帰る家があったらな』という言葉が、どうしても気になって。決して同情したい訳じゃないけれど、このままでは終わらせられないから」 目を伏せて沈むルーに、少年は酒を止めて見入る。 「聞いてすぐに答えてくれるなら、前話してくれただろうし、深くは聞かない。ただ‥‥私の勝手な思い込みで、無神経な事を言って‥‥ごめんなさい」 真摯に頭を下げるルーを黙って見ていた少年だが、やがてふと相好を崩す。 「気にするな。どの道、俺のこれは自業自得だ。お前が気に病む事など無い」 それに、と困ったように髪を掻き揚げる。 「実際の所、俺にもよく分からない。易々思い通りにされる程、か弱い連中じゃないからな」 考え込む少年を冷ややかに灯華は見つめる。 「ま、時間が取れそうにないから今の内ってのは賛成ね。‥‥それで、あんた何者よ?」 「今のこの流れで聞くか?」 少年の鼻が白むが、灯華は気にしない。 「それはそれ、これはこれよ。これまでの飲み食い分ぐらいは何か話してくれてもいいでしょう」 得たりと笑って呑んでる酒を指す。いきなりの事に少年は吹き出した。 「きったねー。賃金は別の奴からから出てるんじゃねぇのかよ」 「等価交換は基本よ。代金が不満なら、手配した手間代ぐらいは欲しいわよねぇ」 「事前承諾無しの後から押し付けは単なる搾取だろうが!」 怒鳴り返されるが、それでも灯華は気にしない。 のらりくらりと弁を躱され、やがて諦めたように少年は深く息を吐く。 「俺が何者か。一言で言えば、多分敵だ。だから秘匿情報も多い。これでいいか?」 何気なく、けれどはっきりと言い切る。それだけは揺ぎ無いように。 そして、少年は蔵人を見る。 「お前の考えは嫌いじゃないし、そう言ってもらえたのは嬉しく思う。だが、立場が違う。俺にはこうなった責任がある。望みを果たす邪魔になるなら、誰であろうと容赦する気は無い」 穏やかな態度は本気を物語り、また、そうならぬ事を願っているようでもあった。 ● 陽が沈めば、当然いずれ夜が明ける。 夜明けと共に人が動き出す。普段の準備に加え、祭りの支度もあって、早くも浮かれた賑わいが小さな宿場町を包み出している。 「ヤー、ごんべさん。どうかしましたか?」 迷惑にならぬよう、目立たぬ場所で朝の礼拝をしていたモハメドだが、見られている事には気付いていた。 「いんや。変わった事してるなと思って。皆やる事‥‥でも無いようだな」 「ラ、いいえ。アーニー、私の信仰ですから。天儀では見ないです」 「へー」 好奇心一杯に見てくる姿勢に、モハメドは苦笑するしかない。 「さて、今日も祭りだ、大いに飲むぞー」 疑問が晴れるや体を動かし、跳ねるように街に飛び出す。 「ナァム、いいですけど。アーニー、私は酒と豚は触れるのも禁じてますので」 「大変だな。でも、俺は禁酒する気は無い。ついてくるなら好きにしろ」 その態度からはまるきり緊迫感は感じられない。今までと同じ調子で宿を後にする。 夕べの話は聞き及んでいる。あまり愉快な話ではなく、今後の態度も変わるかと思ったが、そうでもないようだ。 ● 二日目の道中も、あいかわらず賑やかに寄り道しっぱなし。 一緒に行動したり、振り回されたり、揉め事を抑えたりと目まぐるしく開拓者たちは動き回る。 ただ、その途中からうら寂しい道へと入る。 寂れた廃村に出入りする者などおらず。やがて祭りの喧騒も遠くなり、人の気配もすっかり消える。 この変化に、少年も気付かぬはずは無かったが、おとなしく付いてきている。余計なお喋りも絶えた。 一体いつ頃から放置されていたのか。 荒れ果てた村。家並みは朽ち果て、田畑は雑草と虫だらけ。 その中で、身なり立派な兵士たちが待ち構えていた。 「ご苦労でした。対象をこちらに渡し、後は速やかにこの事は忘れていただきたい」 はっきりと包囲され、要求される。 もし、拒絶すれば開拓者相手でも容赦しない。 緊張した空気の中、動いたのは少年自身だった。 「お前らのこれは返しておく。道中楽しかったぜ」 開拓者たちに面や鈴や服などを渡すと、自ら兵たちの元へと向かう。 「待て。最後に聞いておきたい事がある」 幻鬼が呼び止める。 兵たちが身構えたのに気付き、内心舌打しながらも構わず問いを続ける。 「端的に聞く。嘘はついてくれるな。――お前さんは鬼か」 「そう呼ぶ奴もいるな」 少年は含んだ笑みを見せる。 「俺たちは修羅だ。そして、俺はその上に立つ。――名は酒天。覚えておけ」 覆っていた布を解き放つと、隠していた鬼の角も露わにする。 晴れ晴れとした笑みは、礼のつもりか。迷いは無い。 少年が兵の手に渡ると、開拓者たちは開放され、報酬が支払われた。 その他諸経費など細かい手続きも、ギルドを通して手配するといった連絡が長々と続いた。 少年を行かせる時間を稼ぐかのように。 「シュテン」 連行される姿を見送りながら、无は思い起こす。その名は記憶にあった。 調べた鬼の伝説・伝承に記されていた話。 記述は様々。各地で詳細も異なり、整合性は乏しい。 ただ、共通するのは乱を起こし、最後は王朝によって討伐されている事。 荒ぶる鬼の王、シュテンドウジ。 ●幕間 〜そして祭りに〜 開拓者から別れた少年――酒天と兵士たちは、目立たぬ裏道を通り安雲に向かう。 廃村から安雲までさほどの距離は無い。 文句の一つ無く、粛々と行列は進んでいたが、 「何の音だ?」 安雲の賑やかさが浮き立ってくる中、それとは別の物々しい地響きが聞こえてきた。 警戒して、一同は身構える。 そして、目にしたのは‥‥、 「もふーーーーーー!!」 「だ、大もふ様!?」 何故かいきなり疾走した大もふ様と遭遇。従うもふら達や捕まえようと追いかける開拓者たちや単なる野次馬が束になって走りこんでくる。 大もふさまが通ればもふら達も通る。もふら達が通れば開拓者も通る。ついでに野次馬も通過する。 「お止めせねば!!」 「いや、連行が先だ!」 「うぎゃー」 「もふー!」 気付けば数で押し切られて、もふもふの踏みくちゃ。屍累々で兵たちが倒れていた。 「‥‥もふ?」 大もふ様は走る。 走りながら、何か気になった事があった気がして、少しだけ首を傾げる。 しかし、やはりもふら様。大らかなのも取り柄の一つ。 深く考えず、そのまま通りすぎていった。 大もふ達が通りすぎた後を、酒天は呆れて見つめる。 わざわざ兵を呼び起こして捕まり直すなど、さすがに馬鹿馬鹿しくてやってられない。 残りの兵も混乱している内に仕留めると、後には誰もいない。 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。ま、これもいわゆる神の思し召しって奴だろ」 もふらは神の使い。それでこうなったのなら、今は祭りを楽しんでもいいぞー、と御墨付きをもらったに違いない。 倒れた兵を踏ん付けて、鬼は駆け出す。 追う者はしばし無く。 向かうは都。祭りの賑わい。 |