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■オープニング本文 災いが解き離れた。 石鏡にあり、代々の大もふ様によって見守られてきた祠は壊れ、厄災は再び動き出す。 かつて天儀を蹂躙し、王朝すら手にかけんとした恐るべき一族――その王たる者、酒天童子。 いろいろと騒ぎはあったが、大きな戦火も無く酒天を捕らえられたのは、まずは僥倖と言えた。 だが、その後の処置を巡っては、朝廷内にあっても大きく意見が分かれる。 酒天を再封印するか否か。そして、他の修羅についてはどうするのか。 連日のように議論は交わされるが、答えは出ない。 「新たな修羅すら跋扈しているとなれば、最早猶予はならぬ。即刻の再封印を」 「しかし、肝心の王はかつての力を失っていると聞く。今では開拓者という志体持ちの纏まった戦力も出来ているのだ。一概に脅威とは言えぬ」 「封印の年月を思えば、大罪を犯したとはいえ償いは十分ではないか。愚昧な御仁でも無い。他の修羅も生き残っていたのなら、なおよし。この機に手を取り合えるなら、これからのアヤカシ掃討に向けて心強い戦力となろう」 「長きに渡る悪縁が早々覆ると思うてか。修羅たちとて、我らに組する気があるなら当に姿を見せていたろうよ」 「王を探して現れたのも、思惑あればこそ。かつてのように栄光求め暴れられれば、我らは修羅とアヤカシ、両方を相手せねばならなくなる」 「処遇を思えば、彼らの不信はもっとも」 「だが、それを今の我らに訴えられても‥‥」 「待て待て。修羅と酒天は分けて考えるべきではないか。修羅たちとて大罪は過去の出来事だろう」 「だが、修羅たちの動きを見るに、酒天に手を出してそのまま退くか?」 年の瀬、年の初め。何かとしきたりが多く宮廷内も慌しいが、何かの折にはこの話題になる。 それでも結論は出ず。話はどこまでも平行線を辿った。 そんなある日。 大伴定家が朝廷に呼び出される。 開拓者ギルド長に就いた為大将軍職を辞したが、今なおその権力は絶大。 修羅たちを神楽の都で匿っているのも彼の采配である。修羅和睦派の中心人物であった。 ●神楽の都 正月という事もあって、酒樽運んで呑んでいた酒天の元に開拓者ギルドから話が入る。 「宴?」 聞き返す酒天に、係員は率直に頷く。 「うむ。実は内密ながらとあるお方が神楽の都を行幸‥‥いやいや、視察される事になって、大伴さまもその警護に当たられる事となった。普段より忙しくなかなか時間が取れないお方だが、この機に少しでも開拓者を労い語らいたいと簡単な宴を催す事になされた。ついては、酒天殿にもご同席いただき、新年を共に祝われたいとお申し下さったのだが、どうする」 何かを丸暗記したような棒読み。 だが、それには触れず、酒天は渋面を作る。 「新年の宴を一緒にねぇ‥‥。珍獣をじっくり観察でもしようってのか?」 皮肉げに言い放つ酒天であったが、 「ま、ありていにいえばそうなんだろ‥‥痛っっ!! 自分で言い出した事を頷かれて怒るな!」 「自分で言い出しても肯定されれば怒るわっ!!」 素っ気無く頷かれて思わず殴り倒す。 涙目で殴られた頭を擦りながら、係員は咳払い一つ、話をすすめる。 「ちなみに、御同席される方は大伴さまだけでなく、外大臣の藤原保家さまも御一緒なされるそうだ」 あからさまに酒天の顔が白んだ。 大伴定家が修羅和睦派の代表なら、藤原保家は酒天再封印を主張する代表である。 宮廷内部の事はなかなか外に出ないが、この程度の事なら伝わってくる。 朝廷の三羽烏とも言われる程の名声を誇る三名。内、二名が対立しているのだ。纏まるはずが無い。 なお、残り一羽である内大臣は中立として事態を見定めているらしい。 「それともう一人。訳あって素性は明かせぬものの、宴に同席なされるとのお話であった。いや、どうしても噂の修羅とやらをこの目で見てみたいと申されたそうで」 「やっぱり珍獣扱いかよっ!! 本気で怒るぞ!!」 握った拳に力が入ったのを見て、さすがの係員も八つ当たりを恐れる。 幸い、そうしない分別はあったらしく。声を荒げただけで済んだが、機嫌は見るからに最悪。 「で、どうする?」 尋ねられて、不機嫌なまま酒天は答える。 「どうも何も。何かいろいろ取り繕ってごまかしているけど。朝廷の重鎮である誰かが大伴を顎で使い、藤原をお供に来るって話だろ」 「いや‥‥藤原様は予定に無かったのだが、お話を聞きつけ御自分も是非にと御申し下さったそうで‥‥」 しどろもどろと告げる係員を、酒天は鼻で笑い飛ばす。 「だったらなおさらだ。割り込まねばならなくなるような事態。その相手」 じろり、と酒天は睨みを入れるが、係員の表情は動かない。それが答えであり、全てであった。 「いいさ。受けてやろうじゃないか。お偉いさんたちにはこっちからも話があるしな」 不愉快、不機嫌、不承不承。そんなのを丸出しにしつつも何かの意思を秘めて、酒天は承諾する。 「では、そう返しておく」 係員も何も言わず、礼を取るとギルドに戻る。 ● 「という訳です。‥‥気付いてるっぽいですよ。いいのですか? もし万一の事があれば、天儀が引っくり返るどころの騒ぎじゃすみませんよ」 開拓者ギルドに戻り。 伝令役となった係員は、大伴定家に状況を報告する。 一介の市民でしかない係員が思うに、正直今回の宴は愚挙としか思えない。 それぞれがそれぞれに思惑を抱えている。何が起こるか分からないし、何か起きれば只事ではすまない。 そんな事、大伴も勿論承知の筈。それでやろうとしてるのだから、朝廷というのは理解し難い。 係員は具合悪そうに腹を擦る。 「珍しく御自身から申されたのだ。ならば、こちらも最善を尽くすまで」 いつもの和やかな表情はどこへやら。複雑な面持ちで大伴は唸る。 懸念を振り払うように首を振ると、 「それに藤原殿もこの際いい機会ではないか。どうせ奴の事、直に検分すると言い出すのも時間の問題であっただろうよ」 ふと息を吐いて気楽にいう大伴。一方係員は表情悪いまま。 「こう言っちゃなんですけど‥‥、自分は油樽のそばで火遊びをする気分でさぁ」 「大事にならぬ為にも、開拓者たちも同席させるのだ。面倒な話と思うが、いざという時は頼むと伝えておいてくれ」 気持ちは分かると労う大伴に、係員は頷く。 そして、開拓者ギルドにて募集がかけられる。 表向きは大伴様主催の宴の集まり。だが、内密に真の目的が伝えられたのは言うまでも無い。 「いざ‥‥、藤原様ですか?」 開拓者の中にはそう問う声もあった。 かの御仁の事。敢えて、酒天を暴れさせて、討ち取る口実を作るぐらいはやるのでは? しかし、係員は首を横に振る。 「いや。酒天童子に、だ。どうにも、あれが火種になるな。事の次第では、大伴様とて容赦なさらないだろう」 告げる口調は、何かを隠しているようでもあった。 |
■参加者一覧 / 無月 幻十郎(ia0102) / ヘラルディア(ia0397) / 柚乃(ia0638) / アルティア・L・ナイン(ia1273) / 八十神 蔵人(ia1422) / 九法 慧介(ia2194) / 秋桜(ia2482) / ペケ(ia5365) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / リーディア(ia9818) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 朱華(ib1944) / 椚田 某(ib1971) / ケロリーナ(ib2037) / 白藤(ib2527) / 常磐(ib3792) / 紅雅(ib4326) / ルー(ib4431) / 三太夫(ib5336) / 緋那岐(ib5664) / 雪刃(ib5814) |
■リプレイ本文 開拓者ギルドの長である大伴定家主催で、開拓者の為の新年会が開かれる。 「しかし、あまり新年会を楽しもうという雰囲気ではないですね」 和奏(ia8807)ののんびりした態度とはうらはらに、周囲はどこか緊張した気配が漂っている。 神楽の都郊外のある旅館。催事場は格式が恐ろしく高そうな建物だったが、大伴の地位と財力思えば納得は出来る。 しかし、新年会に朝廷からの警備がわんさと押し寄せてくるのは只事では無い。 新年会というのはあくまで名目。実質は、朝廷のお偉方と酒天の顔合わせ。開拓者たちも、また名目を理由に警護として招かれているのだ。 「これだけの面子が揃いながら、武器携帯を許すとは些か信頼が過ぎる気が‥‥。下々の気にする様な事ではありませぬかね」 元は女中。仕える身分というのがいかなるものか秋桜(ia2482)には見当つく。開拓者の中に不埒者が紛れていた場合、どうするつもりなのか。 「武器を取った所で、術とかも使えるし。警備の中にも志体持ちはいるみたいだから、俺たちが暴れてもどうにかなると考えてるんじゃないのか?」 あるいは、端から相手にしていないのか。それどころではないのか。 緋那岐(ib5664)はある意味今回の主賓である酒天童子に目を向ける。 どうやら大伴から贈られたらしい式服を着込み、不機嫌そうしている。 あれこれ声をかけられているが、おざなりに応対中。 「警備云々よりも、噂の酒天くんが見られただけで俺は満足ですよー」 「そうね。‥‥小さいって聞いたし」 「確かに小柄ですねぇ」 眺める九法 慧介(ia2194)に、白藤(ib2527)が微笑み、紅雅(ib4326)も頷く。 「小さくない! つーか、俺より小さい奴はここにもいるだろうが!!」 「暴れちゃ駄目。着崩れしちゃう」 床を蹴って抗議する酒天を、振袖姿の柚乃(ia0638)が押し止める。 「大伴さまはともかく、藤原さまは良く言えば厳しいお方。感情に呑まれぬ様話せねば、見えるものも見えませんよ。礼を失せず、長として振る舞うつもりで。何より後で美味い酒を飲みたいだろ?」 「わかってらい、そんな事」 无(ib1198)が諭すも、不満げに口を尖らせている。 しかし、今回の席にいるのは各国王にも煙たがられている藤原保家。 この程度の事を躱せないようでは、難癖つけて事態を藤原の思うように動かしかねない。 「大体、酒酒って子供の御褒美じゃあるまいし、馳走に釣られて俺が動くとでも‥‥」 「じゃあ、いらないの?」 「いる」 首を傾げた柚乃に、真顔で酒天即答。それとこれとは別らしい。 「まぁ、嫌味や皮肉にもそういう人間だと分かっていればそれなりの対応は出来るだろう」 聞き及んでいた藤原に対する情報を、琥龍 蒼羅(ib0214)は酒天に告げる。 気の無い素振りでいるが、一応酒天は黙って聞いている。 「修羅とは何ぞや。どこか悲しく響くのは、あたしも闇で生きてきたせいか。過去の仔細を知らんから共存の是非は言いようが無いが、『問答』と『止揚』を忘れた人間は獣に同じ」 辛辣な口調の三太夫(ib5336)。 封印を頑固に主張する藤原にもそれなりの言い分はあろうが、やはり理由が分からないのでは頷けない。 しかし、和睦を主張する大伴も、状況は全く芳しく無い。 封印主張の藤原が厄介なのは当然だが、それ以上にどちらでもない中立派も数多く。そう言った方々は、では封印しようと言う流れになればあっさりと承諾するのは目に見えている。そうなると少数意見など蹴られてしまう。 藤原としては今回の宴で、中立派を取り込む大儀名分を得たいと目論むのは想定の内。 もっとも、問題なのは藤原や酒天ばかりではない。 「大伴さまを顎で使い、藤原さまが割り込むようなお相手と言ったら‥‥尊いお方ぐらいでは‥‥」 豪華に配された上座に目をやり、リーディア(ia9818)は身震いする。下座の開拓者たちの席とは明らかに格式が違う。 座り位置が大まかに指定されているのは、伝統と格式の朝廷では当然だろう。少なくとも藤原は無礼講など許すまい。 だが、上座に用意されている席は、大伴でも藤原でもない。彼らは中座に席が用意されている。開拓者と酒天は下座になる。 「遅くなって申し訳ない。ささ、藤原殿もこちらに」 すっ、と障子が開くと大伴が姿を見せた。 仏頂面の藤原が促されるままに、席に着く。 「お越しにございます」 そして、上座に現れた女性が礼を取ると、その御簾の向こうで人影が揺らめく。 大伴と藤原が揃って、深々と礼を取る。 朝廷の中でも有力な権を振るう二者を差し置き、さらに礼を尽くさせる相手など限られる。 「この警備のキツさからしても、考えられるのは現在の天儀王朝皇帝――武帝。一体なにもんだ?」 胡散臭そうに緋那岐は御簾の向こうを見つめる。 その血筋は身に『神代』と呼ばれる紋様を持ち、あらゆる瘴気を受け付けず、天儀最高位の精霊の依り代にもなるという。 宮の奥に住まう人々の話が市井に流布する事はほとんど無く。話の真偽を確かめようにも、下りた御簾が人目も思惑も拒絶するように阻んでいた。 ● 全員が席に着くや、仲居たちが膳を運んでくる。 「余り前後関係が判らずにこちらに参った次第なのですが、よくよく見れば恐れ多い方々が在籍なさってますよね」 一挙動監視されてるような雰囲気。配膳などを手伝っていたヘラルディア(ia0397)は粗相が無い様、緊張しっぱなし。 大伴はともかくとして、藤原の機嫌の悪さは明らかだし、警備の堅苦しさも尋常で無い。 緋那岐が人魂の鼠を放ち周囲を覗うも、少しでも上座に近付こうものなら途端に外の警備も動く。開拓者もまた警備要員である故大事にはならないが、それでもやんわりと注意される。 それほどに気が張っている。 御簾の向こうの御仁は、何をしているのかさっぱりと分からない。お付の女性も澄ました顔のまま微動だにせず、まるで置物のよう。 互いの顔合わせの筈だが、どうにも静かな睨み合いが続いている。 こういった席では馬鹿騒ぎしそうな酒天も、押し黙り、動向を覗うように朝廷方を見ている。 開拓者たちもまた、気にせず飲み食いを楽しみにしているのはペケ(ia5365)ぐらいで、後は何かしら誰かを気にかけ様子を覗っている。 「偉いさんの護衛は警備がいるからいいとして‥‥。後の心配は兄さんの暴走かなぁ」 中には朱華(ib1944)のように、出席した開拓者を心配する者もいる。 今は宴を見ている紅雅だが、揉め事が起きればさてどう動くか。 「此度は急な話にも関わらず、御足労いただき誠痛み入る。簡単な席ではあるが、ゆるりと楽しんでもらいたい」 大伴の軽い挨拶で宴が開始となったが、何とも微妙な空気は続いている。 「また、酒天童子殿にも御同席いただき。かつての遺恨は残ろうが、今は祝賀の宴を楽しまれて欲しい」 大伴の挨拶を機に、酒天が進み出る。 「宮中の方々と拝謁の機会を賜り、恐悦至極に存じます。この御好意に甘え、此度はお願いがあって参上いたしました」 「罪人の身でお願いとは。身の程を知らぬ」 伏せていた酒天の顔がわずかに上がる。 見下す藤原を睨みつけると、表情無いまま、酒天は続ける。 「何故、我が封じられねばならなかったか。それは宮の方なら承知しておりましょうし、それを否定する気もございませぬ。封じられた場での遺恨は確かにあれど、それも遠き過去の事。その後についても、当時の情勢を思えば致し方無い」 奇妙な言い回しに、首を傾げた者何人か。 見れば、藤原はおろか大伴までもが態度が妙。 酒天は平然として見ている辺り、元よりそのつもりで口にしたのだろう。 「酒天殿それは‥‥」 そして、慌てたように口を開いたのは藤原でなく、大伴。 酒天は構わず、話を続ける。 「犯した行為が罪というなら、甘んじて罰は受けよう。もう一度封印をというならそれもいいし、いっそ首を落としても構わない。だが、罪を問うならば罪の無い者への寛容も見せていただきたい。閉じられた修羅の一族に再び道を!」 口調も平素の通り。感情的になるなと无が戒めるが、あまり耳に届いてない様子。 「聞き捨てならぬ」 不快を露わに藤原が告げる。 「罪を享受する心根は立派。されど、すでに無き者に寛容をとは無理な話ではないか」 「俺以外にも修羅が残っていたのは承知の事。ならば、かの地にて残る者がいても不思議ではあるまい。 修羅も人と同じ。‥‥まぁ、皆が志体持ちなみの力を持ってるのは事実だし、たまには俺みたいな特別なのが出たりもするが、寿命など変わらない。俺が封じられていた間にも、代は変わる。かつての戦など今の輩には当に関係ない。それでもなお恐れるというのであれば、それは宮の側に何か問題でもあるのではないか?」 「朝廷に従わず、規律を乱す志体持ちなどアヤカシに同じ。世の安寧の為、討伐こそすれわざわざ解放する必要などあるまい」 真っ向から睨み合う二人。 少々まずいなと思った時だった。 「へ、へ‥‥へっくしょん!」 場を乱す大きなくしゃみ。思わず、目線がそちらに集中する。 「おっといけねぇいけねぇ。こいつはとんだ失礼を」 注目され、無月 幻十郎(ia0102)はおどけた口調で鼻をこする。わざとらしさは残ったが、場の空気が変わったのは確か。 「この御御御付、美味しいよ。さすがいい出汁とってる」 独り言のように呟いても、雪刃(ib5814)の感想はのんびりと耳に届く。 調子を狂わされると、では改めてとやり難く。 藤原は、仕方無さそうに引き下がる。 「折角の宴の場で言い争いや喧嘩は無粋というもの。互いに礼節を知る大人なら、なおさらね」 「地位があるなら、御自分の言葉にどれ程の影響があるか考えて下さいね。酒天君も修羅の代表として来ているのです。統べる者に対して相応の対応というものがありましょう」 アルティア・L・ナイン(ia1273)と紅雅がすかさず口を挟む。 「しかし」 「いいから。何かあったらあなたを庇った双王様にも類が及んじゃう、抑えて」 不服そうにしている酒天に、フィン・ファルスト(ib0979)が詰め寄る。 石鏡の王達には祭りでいろいろと世話になっている。ギルド預かりの身にはなったが、そう采配を振るったのは彼らでもある。 恩は忘れておらず、不承不承に酒天は黙る。 「地位ある御年配の方の発言は、経験と立場を嵩に長くなるのはお約束――砕けた態度になればなったで色々言われて大変なのです、きっと‥‥。 いっそ親切心からのご忠告だと受け止めれば良いかと。至らなくて苛々されると思いますが、方々のような立派な人物になれるよう宜しくご指導くださいませ、とお願いしてみては?」 「げー。お前、あんなのになりたいのか?」 「だから、そこらは方便で」 ぼそぼとと酒天と和奏が対策を講じてみるが、 「全く。道義も弁えぬとは。長く生きたと聞くが、見た目通りにお頭の方も成長してない御様子」 「誰が小さいまんまだとー」 「こらこら」 やっぱり黙ってない酒天を、秋桜が宥める。 「礼に無礼で返すのが朝廷ですか?」 「身にあった態度を示したまで。合わせ、こちらまで粗野になったのは確かに不徳の致す所」 さすがにルー(ib4431)も口を挟むが、相手は悪びれもせずにさらりと言ってのける。 「天儀に住むようになり、様々な人と接し、伝統文化に触れ、天儀日照宗も学んでみて感じたのは、他を排斥するのではなく。習合して互いを尊重し、共存共栄の観念をよしとする心でした。‥‥誰もが楽しく生きれる人間関係を目指して、歩み寄れたらと、私は思うのですけれど‥‥」 「危惧は確かに判らなくもないのですが。共に楽しみ共に笑う事が出来る者と歩み寄れる可能性を、敢て潰すのはどうでしょう? 新たな儀の開拓の度にそうするのでしょうか?」 リーディアがそれとなく藤原に思いを伝えると、アルティアも疑問をぶつける。 「闇雲に手を出し、食いつかれては一大事となりましょう。見極める事が肝心であろうの」 そっけなく告げる藤原。 見極めを口にするも、腹の内が決まっているのは何となく分かる。 「勘に障る言い方だな」 「藤原さまは苦手だな。いろんな意味で」 煩わしげに猫耳を動かす常磐(ib3792)と、白藤がそっと目線を交わす。 「いやはやさすがは藤原様、ご高察恐れ入りますなぁ」 椚田 某(ib1971)はといえば、持ち上げる。却って藤原は鼻白んだ様子だが、それも目的の内。ある意味、うまい幇間持ち。 「お耳汚しかもしれませんが‥‥折角の宴。もし、よろしければ一曲奏したいと思います」 場が収まった所で、柚乃が申し出る。 「おお、それは結構。‥‥酒天殿、宴の席では論じかねる重大な申し出なれば、その件についてはいずれまた日を改めて」 大伴の言葉に、酒天がむっとするも、柚乃に目で制されて引っ込む。 場を和ませる笛の音が響く中、酒に肴にと運ばれてくるが、新年の祝いを楽しむ雰囲気は無い。 「不味いな」 からす(ia6525)も振舞われた一杯を口にする。いい酒なのは間違いないが、こんな空気の中では味も何もあったものじゃない。 哀れな酒の為に、からすが動く。 「酒では頭が廻らないでしょう。お茶でもいかがですか?」 「ふむ。いただこうか」 気を使ってか、大伴が明るく声を上げる。藤原も仏頂面は相変わらずだが、拒みはしない。 酒天は酒の方がいいらしく、御簾の向こうからは女性がやんわりと断りを入れた。 それでも、少し場の雰囲気が和らいだ感じがする。 「そういえば、酒天くんは今の時代とか他の儀も知らないみたいだけど、少しは慣れたのかな? あたしも他の儀から来たから詳しくないけど、不便とか無い?」 「安須大祭では随分楽しんでたようですけどね。何か心に残った事はありますか? どんなものが美味しかったとか」 黙々とした宴もつまらない。 折角の機会なのだし興味を持ってフィンが尋ねると、無害な笑みを浮かべて菊池 志郎(ia5584)も話を促す。 あるいはそういうやりとりから、人としての交流を見出せないかと目論む。 その志郎の言葉で、はっと顔を上げたのはケロリーナ(ib2037)は、恋が気になるお年頃♪ 「安須大祭といえば。保家おじいちゃまと定家おじいちゃまが、一人の姫を争ったというお話を小耳に挟みましたの。是非、その続きをお聞きしたいのです! ‥‥酒天くんは恋って分かりますの?」 「げふっ!」 目を輝かせて純粋に問いかけるケロリーナに藤原は苦虫を潰したような表情になったが、いきなり話を振られた酒天は盛大に酒を吹いた。 「話を振られた程度で大げさな。それとも人に聞かせられぬ所業ばかりで、心の機微など理解しかねますかな」 すかさず飛んで来る藤原の言葉に、酒天は睨み。 「ほー。では人に聞かせてよいか、我が姫との始終をお話しましょうか? 今、この場で、全て!」 強い口調で告げられると、明らかに藤原の方が怯んだ。 恐れを為したというより、まずい事をしてしまったように顔を歪めている。 「まぁまぁ。宴の席でそう声を上げられなくとも。それでは乙女たちでなくとも逃げたくなろうというもの。のぉ藤原殿。あの時とて‥‥」 「大伴殿。私的な話など易々口にするものではございません」 口を出したのは大伴。おかげで衝突は避けられたが、この場で話を切り替えるのは、つまり、大伴にもどうやらまずいと判断する何かがあった様子。 「確かに此度は少々言い過ぎたよう。胸に秘めてこその華も世に多きもの」 「こちらも。古い話を持ち出しても、今の人にはつまらないでしょう」 互いに不本意を顔に出しながら、両者、弁解を口にする。 謝ってるんだか、牽制しているのだか。やはりよく分からないが。 「そうですの。では、御簾の向こうの方は恋のお話などいかがでしょう?」 ケロリーナは恋の歌を詠んで返歌を聞こうとしたが、その前に、御簾の向こうが動いた。 気配で気付き、なんと無しに皆が身を正す。 「お下がりになられまする」 張った空気の中、凛とした口調で女性が告げる。 影がすっと立ち上がる。何も告げる事もないまま、振舞う事も無いまま。 「見極めようとなされてたのかしら?」 リーディアが首を傾げる。 一体この宴に何を望み、そして何を得たのか。見えぬ姿に想像を寄せるしかなく。 「では、当方も」 御仁がいなくなればこの宴に興味など無い。 藤原もまた、下がる意志を伝える。 退室しようとしている宮の方々に、八十神 蔵人(ia1422)は弾かれたように進み出る。 「お待ちを。朝廷の方々が面子や格式を重んずるのも分ります。過去に何があったかは知りません。しかし面子など後で取り戻せますが、戦で消えた命は例え神でも戻す事などできません」 藤原が気色ばんだが、構わず暖簾の向こうに叫ぶ 「面子や過去に囚われず未来を考え慎重に御一考願います。この世に、血が流れる未来を望む者はアヤカシだけです」 ただでさえ、命を脅かす敵が跋扈する昨今。無用な乱など誰も望みはしない。 蔵人の訴えが届いたかどうか。御簾の向こうに変化は無い。 「どけ!」 酒天が叫ぶ。 開拓者としての勘が嫌な予感を告げる。 酒天の放った光弾が御簾を飛ばす。誰を狙った訳でもなく、御簾の向こうが露わになる。 さすがに大伴たちが腰を浮かした。傍の女性も真っ青な顔で引っくり返っている。 落ちた御簾の向こうでは、退室しようとしていた豪奢な衣装を纏った青年が立っていた。贅を尽くした仕立てだが、恐らくそれでも質素な方なのだろう。 さすがに開拓者たちも動く。 「何やってんだい、あんたは!」 「折角、何事もなく済みそうなのに‥‥」 抑えた酒天を、三太夫とルーが小声で攻める。 「無礼は承知。だが、面突き合わさねば分からぬ事もあろう」 抵抗の意志は無いと判断し、大伴に無言の指示を仰いだ後に一応話す。 居住まいを正した酒天の横には、念の為、慧介と蒼羅が付く。 緊迫した状況の中、青年だけが何でもないように、ゆるりと振り返った。 その顔を見た酒天が一瞬、ちらりと大伴の顔を覗く。 「非礼不徳は自身の為す所。しかし、咎は全て我が負うべきもの。天儀が皇帝の統べし地であるならば、住まう修羅もまた貴方の民。その目で窮状を確かめ、寛大な御処置を賜りたい」 伏して礼を取る酒天を、ただ黙って青年は見つめている。 「そ‥‥そ‥‥そのような勝手が許されてよいと思うてか! そなたは何をしたか分かって‥‥」 真っ赤と真っ青をあわせた奇妙な顔つきで、藤原が泡吹きそうに震える指を突きつける。 「よい」 初めて言葉が下った。 何の感動も抑揚も無く、藤原を一言で制すと、それきり。踵を返すと、一顧だにせず部屋を出て行く。 酒天が動きかけたが、さすがにそれは開拓者たちに咎められ。 青年が女性を伴って下がると、藤原が苛立ちを露わに後に続いた。 ● 「いささか肝を冷やしたが、後の事は任せて、宴を楽しんでいかれよ」 嘆息一つついて、最後に大伴が開拓者たちに言い置き、去る。 要人たちが帰路につく以上、警備も最早必要ない。某も祝賀の挨拶だけ述べると、後は若い者が好きにとお先に退室していった。 窮屈な雰囲気が解放されていく中、酒天は蔵人にぼこられる。 「こんの、ど阿呆ーーーっ! 刃傷沙汰を理由に修羅を潰したい奴もおるんや! 藤原さまなんて今頃絶対難癖つける気満々やで」 「だから手加減したじゃねぇか。御簾一つ壊しただけで、別に誰かに当てる気なんて無かったしー」 「そんな道理が通じる思とるんかっ!! 万一、戦闘になったら、戦わされるのわしらやで‥‥勘弁してくれっつーの」 「まぁ、そん時はそん時で諦めてく‥‥いったあああああっ!」 軽い口調の酒天に、蔵人の拳骨が落ちる。 見ている者は多いが、誰も助けない。どう考えても自業自得。 「大伴さまも‥‥大変な立ち位置な気が。胃が痛くならないのかな」 白藤は心配になる。藤原たちを相手に説得しようにも、当の酒天がこの調子では先が思いやられる。 「今回も大伴さまがどうにか便宜を図ってくれるようだけどね。‥‥修羅にとって、人とはどういう存在なのかねぇ、王様?」 呆れた口調の三太夫に、酒天は口を尖らせる。 「どうもこうもない。修羅も人も変わらないって言っただろ。俺についてきた人間だっていたし、刃向かった修羅だっていた。‥‥そいつらももういないだろうがな」 アルティアが肩を竦める。 「五百年前の話を聞いていいかな? どうも朝廷方とだけ分かり合って、話が見えない」 気にかけている開拓者は多かったが、聞いていいものか、口にする者はいなかった。 アルティアの口火で、興味深げに視線が集中する。 「伝承の通りだよ。朝廷に叛旗を翻し、天儀をほぼ掌中に収めたものの、下手をうって俺は封印。その後どうなったかは知らなかったが、どうやら島に続く道を一族ごと封じた後、修羅という種族そのものをいなかった事にしたようだな。運良くこちらに残った者も、隠れ住むしかなかった」 幸か不幸か。強大な力を持つ鬼の姿はアヤカシにも似ていた。 年月をかけた情報操作で、修羅の話はアヤカシの話として市井に摩り替えられ、そういった種族がいたという話は宮の奥に隠された。 「戦の最中、口に出来ない事もやらかしたし。当時の朝廷の対応としては、仕方ないと思わなくも無い事も無いけどっ。だからって子々孫々末代に至っても今なお知らん振りってのは酷いよなぁ」 酒天の表情が曇る。 自分の業がいかな結果をもたらしたか。まきこんだものは大きい。 「それで? お姫様はどう関係してくるです?」 その顔を、真っ向から覗き込むケロリーナ。 興味津々に尋ねてくる相手に、酒天が真っ赤になって狼狽する。 「それは‥‥。いろいろと整理が付かないからまた今度という事で、とりあえず今は酒と肴だ!」 目線を外すと、逃げるように酒を抱え込む。 「でも、それならなおさら最後の非礼は無いんじゃないの? 気の回しすぎかもしれないけど‥‥」 アルティアにお酌をしてもらいながら、ルーは首を傾げる。 「今の皇帝ってどんな奴なのか、見たかったってのもあるけど。‥‥けど、よく考えたら影武者とかでこっちの様子を見ようって計略もアリか」 「わざと重要な警備を敷き、皇帝が来ると誤認させて反応を?」 言わんとする所を悟り、蒼羅が告げる。確かに姿を誰も知らないのだし、名乗った訳でも無い。 「それなら計略に見事はまった事になりません?」 ヘラルディアが運んだ肴を受け取りつつ、やっぱり酒天は納得して無い。 「それだとあの慌て具合が妙なんだよなー。大伴はよく分からんけど、あの律儀で素直な藤原さんの芝居にしては出来すぎる」 「‥‥そういう評価なのですね」 そういう見方も出来るのかなと、秋桜は一瞬考え込む。 「一見、不可解に見えてもタネや仕掛けが分かれば当然の事なんですけどね。‥‥ひとまず考えるのは後にして、宴を楽しみませんか?」 慧介が何も無い手を見せると、そこから紙吹雪を吹かせる。術ではなく、手品だ。 「そうそう。厄介な事もありますし、厄介な人もたくさんいますけど、素敵な所も沢山ある国なのですよ」 「はい! 私、一刺し舞いたいと思います」 紅雅が告げると、白藤が座興にと舞を披露。 堅苦しい御仁はもういない。一旦、宴が始まれば後はもう歯止めないまま盛り上がるばかり。 「よし、酒盛りだね!」 「酒豪って聞いたが‥‥恐ろしいなあれだけ酒を飲むと‥‥」 「いや、俺呑まないし。こう見えても未青年」 「膳も食べてるか? 大伴様が沢山用意して下さったそうで遠慮なしでいいそうだ」 「これ運ぶの手伝って下さいませんか?」 「誰ですか、今お尻触ったのは! 全員正座!!」 先程までとは打って変わった場の乗りに、からすは笑みながら酒を口に運ぶ。 そんな騒ぎに混じって食べて呑んでしていた酒天だが、時折ふと表情を曇らせる。 気付いて、隣に雪刃は並ぶ。 「本当は暴れなかったら一番なんだけど、とりあえず今日は御苦労様」 「だから、子供じゃねぇって‥‥」 怒られるかと思いながら頭を撫でるが、少し咎められただけで振り払われはしない。 過去の事、未来の事。暗然たる立場では疲れる事もあるようだ。 |