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■オープニング本文 泰のとある場所にて。泰拳士の技を鍛えんと、日夜修行に励む道場があった。 その道場の門下生は基本共同生活。道場での集団生活を通して心身ともに鍛えようという、まぁ、ありていにいえばどこにでもありそうな道場。 規模も小さいが、それでも志体持ち、一般人関わらず真面目に技の習得に励んでいたのだが。 「うっ‥‥」 ある日。門下生の一人が腹を押さえると、慌てて厠へと走り出す。 「どうしたんだ?」 「何か悪いモンでも喰ったんだろ」 最初はそう笑って見ていた他の門下生であったが。 「何か気持ち悪い」 「私も‥‥」 次々と不調を訴え出し、後はもうばたばたと。 たちまち厠に長蛇の列が出来上がってしまった。 ● 「で、医者に診てもらった所、食中毒と判明した」 開拓者ギルドを道場主が申し訳無さそうに告げる。 冬の間は大丈夫などと少々油断があったのは否めない。この所、暖かい日も増えてきており、管理の甘い食材が痛んだようだ。 「幸い手当ても受けられ、後は安静にしていればすぐに治る、と診断された。ただ、我が道場は聊か不便な所にある故、治療の間は町の方にお世話になる事になった」 「その間、道場は?」 「症状が軽い者もいるが念の為に様子を見ようと、一旦全員で行く事になった。なので、しばしだが全くの留守になる。それでこちらにお願いに来た」 問いかけたギルドの係員に、道場主は頭を下げる。 「貧乏道場なので盗られて困る物は無いのだが。実は、道場ではにわとりを飼っておってな。基本的に昼は適当に山でうろつき、夜になると巣である小屋に勝手に戻るのだが。これが目を離すと台所を荒らしまわったり、道場を土足で駆け回ったりと暴れ放題になってしまうのだ」 普段は門下生たちで稽古がてら見張っているが、今回全員が留守にとなると、奴らの天下。やりたい放題。 食中毒で苦しい思いをして、帰ってきたらまず鶏の後始末はちと辛すぎる。 「症状が軽い者は恐らく一日も経過を見れば、すぐに帰れると言われた。なのでその間、鶏の監視をお願いしたいのだ」 「まぁ、こちらも依頼とあっては構わんが。一日ぐらいなら小屋に閉じ込めても」 「いや、閉じ込めても蹴破る」 きっぱりと言い切られ、係員の眉間に皺が寄る。 「蹴破れないよう頑丈にすると、押し込められた抑圧で血の惨劇が繰り広げられる。怖いぞぉー。小屋ががんがん揺れてけたたましい鳴き声がえんえんと‥‥」 「‥‥にわとりだよな? ただの」 騒動のすさまじさに、係員が確認を取るが、 「にわとりだ。ただし、小は抱えられる程度から大は人の二倍はあるケモノの」 そこは最初に言っておいてくれ。 「ついでにいえば、基本的に臆病なようで目新しい人間がいると非常に警戒する。その後の反応は様々だな。怖がって逃げるモノや泣き叫ぶモノ、攻撃を仕掛けてくる者。しばらく暴れると距離を置くようになるが、気が立ってるんで世話が面倒になる」 世話と言っても、朝になったら小屋の戸を開け、飼料箱に餌を用意。それから一日中自由にさせて、夜になって小屋に戻ってきたら戸を閉める程度。 ただ、気が立っていると、昼の放し飼いの間いつもより攻撃されやすくなるそうだ。 それをあしらうのもまた修行という事で、普段は上手く付き合うのだが、寝込んで不調後に相手するのは正直面倒になる。 「人間以外の相手はどうなんだ?」 「人間で無いなら大丈夫だ。以前、人妖が来た事があるが外見一緒だというのに、玩具程度にしか思われずつつきまわされていた」 ‥‥それもどうなのだろうと係員は首を傾げる。 「だったら、本体はなんとか姿を隠しながら相棒の手も借りていけば一日ぐらいはどうにかなるか。基本的には勝手にうろついてるような奴らなのだし」 「うむ。だが、隠れながらでも動いてるのを見つけると、気配で察するのか警戒はしてくるぞ。その後攻撃してくるかは個体によって違うが」 つくづく面倒なケモノだ。 「本当にそれを飼ってるのか?」 「飼ってるんだ。餌は何せうちが出してるんだから間違いない」 ただ言う事を聞いた例は無いそうだが。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
アルカ・セイル(ia0903)
18歳・女・サ
橘 天花(ia1196)
15歳・女・巫
乃木亜(ia1245)
20歳・女・志
湯田 鎖雷(ib6263)
32歳・男・泰 |
■リプレイ本文 夜明け前。 山に囲まれ、人里離れたそこにあるのは、道場と宿舎。それと厠。 人が使う建物はそれぐらい。広々とした庭を隔て、妙に大きな建物があるが、そこが問題の鶏たちがいる小屋だという。 「では、後はよろしく頼みます!」 簡単な説明だけを行うと、町で寝込んでいる門下生たちが気になるのだろう、荷物を持って道場主は町に向かった。 かくて、残されたのは開拓者たちだけとなる。 軽症の門下生が戻るまで、約一日留守を守らねばならない。 「宿舎の戸締りは確認した。いつでもいいぞ」 真摯な態度で湯田 鎖雷(ib6263)は告げる。 何せ、どこかうっかり開いてたらそこから侵入されかねない。危険な相手だ。 「あの、頭大丈夫でしょうか?」 そんな鎖雷を朝比奈 空(ia0086)は心配して声をかける。 別に鎖雷自体に問題は無い。ただ、その後頭部をずんぐりむっくりな紅梅栗毛の霊騎がずーっと齧りついていた。 鎖雷の朋友・めひひひひんである。 綺麗なお姉さんに声をかけられちょっと止めたが、やっぱり暇なのかまたもしゃもしゃと食い付きだす。 「甘噛みだから大丈夫。それよりそっちの方が大変そうだが‥‥」 こちらの悩みは髪が涎でべたつくぐらい。 それよりもと、鎖雷は空の頭を見る。 そっちはそっちで、迅鷹の白鳳が貫禄十分どっしりと翼を休めていた。 「大丈夫です。ただ時々ちょっと痛みますけど」 穏やかな態度で微笑む空。 鉤爪は非常に鋭く、何かの拍子にちくちくと当たる。体勢崩して踏ん張られようものなら、さすがの開拓者であっても大変な事になる。 「うっちゃんも大変だね。花月は、気に入らない事があるとすぐに嘴で突付いてくるんだよね」 頭をこつこつと指で指しながら、水鏡 絵梨乃(ia0191)はジト目で相棒を見る。 同じ迅鷹でも、白を貴重とした白鳳と違い、花月は桜のような薄桃色をしている。 自分の事を言われてると悟り、一瞬睨み返してきたが、今は絵梨乃より芋羊羹のようで美味そうに突付いている。 人間だけでは大変だろうと朋友の協力も頼む事になったが。朋友との関係も様々。 アルカ・セイル(ia0903)の迅鷹・白真は緊張を感じているのか、やや青が入った白い翼をしきりに奮い立たせている。 橘 天花(ia1196)の忍犬・椿は忠犬らしく傍に控えているが、乃木亜(ia1245)のミヅチ・藍玉は同じく傍に控えどそれは乃木亜に甘えたい為のようだ。 そして、酒々井 統真(ia0893)が連れてきた相棒・雪白はといえば。 「‥‥どうして、前に人妖が突付きまわされた話を聞いてボクを連れてくるかな?」 黒髪黒瞳の人妖は白い頬を僅かに朱に染め、恨みがましい目でずっと睨みつけている。 「悪い。まぁ、突付かれそうになったら、俺に声をかけろ。さすがに突付きまわさせる訳にはいかねぇし」 「本当だね? 突付かれるのは勘弁だからね」 念を押すものの、他の朋友たちでは難があるとも理解しているのでそれ以上は言わない。 関係が良好か険悪かは、またそれぞれの意見で違うだろう。 では、この道場と鶏舎の鶏たちはさてどうなのだろう。 道場主の説明からすれば、凶暴で乱暴。とても友好関係を築けるとは思えない。 「ニワトリにジュウカンされるのは、僕も勘弁したいんだけど」 「ジュウリンと言いたいの? どっちでも私は構わないけど。‥‥触手も無い大きいだけのニワトリだけど、ケモノを家畜として飼うのは聞くからね。こういう事も偶にはいいでしょ」 不安を訴える人妖・初雪だったが、葛切 カズラ(ia0725)からさらりと指摘され、真っ赤になって地に落ち込む。 「ケモノといってもニワトリですし、アヤカシに比べたらそんなに恐ろしいものではないですよね?」 冥越出身の乃木亜(ia1245)としては、アヤカシに少々複雑な想いがある。 が、今回はケモノ相手。しかも、道場には一般人もおり、彼らでも相手に出来る程度だ。 「まー、日々これ鍛練という意味ではちょうどいい家畜なのかもしれねぇが。少なくともケモノの方は飼われてる気はないよな、これ。なぜか塒にいるだけで食べ物が出てくるとか思ってそうだ‥‥」 道場主からの話を思い返し、統真は頭を抑える。 「普通の鶏ではなくて、わざわざケモノを飼わなくちゃいけないなんて。泰拳士の修行って大変なんですね!」 「いや、普通の修行じゃないから。突付かれるのは御免だし、酒々井さん小屋開け引き受けてくれて有難う」 羨望の眼差しで見つめる天花を、鎖雷は全力で否定する。 「まぁ、こういうのを引き受けるのは男の役目だろ」 「チキンで御免。検討を祈る!」 鎖雷は統真に礼すると、にこやかに一歩下がる。 集まった面子で男は二人。開拓者として立場は同じとはいえ、女性の影に隠れるのは微妙な所。泰拳士としての実力もあるなら、別に断る必要は無い。 「一人じゃなんだし、ボクも行くよ」 統真が行くならと、絵梨乃が共に申し出る。笑顔を浮かべているが、実は裏がある。 「鍵を開けられるなら、餌の用意も必要ですよね? 私、準備しておきます」 言うと、乃木亜は飼料を取りに一旦宿舎に向かう。 「ニワトリたちは知らない人への警戒が強いみたいですし、襲われたら痛いですからね。念の為神楽舞「衛」を施しておきましょう」 「そうですね! 私は身軽になるよう「脚」の加護を精霊様に願いますね!」 心配して舞を付与する空と天花。 「‥‥なんか本当に決死隊みたいなノリになってきたな」 がんばれと見送られながら、統真は絵梨乃と共に鶏舎に向かう。 ● 夜明けが分かるのか、鶏舎の中は少々騒がしくなっていた。 このまま放っておけば、いずれ小屋を蹴りだす大騒ぎになるらしい。 「それじゃ開けるぞ」 「いつでもどうぞ!」 絵梨乃に注意した後、統真は閂に手をかける。 簡素な戸締りからも、ニワトリたちの実力は知れる。それでも十分気をつけ、中の様子を覗いながらすぐに逃げる準備を整えていたが。 ‥‥真の敵は、別の場所にいた。 「隙あり♪」 「うっ!?」 閂を外し扉を開放した瞬間、真後ろに立っていた絵梨乃がいきなり統真の尻を蹴りつけ、小屋へと押し込む。 そして、絵梨乃自身は即行瞬脚で逃げ出していた。 「コケッコー!!!」 開いた扉に、待ってましたとばかりに鶏たちは殺到する。我先にと翼ばたつかせて外に出ると、一目散に餌箱へと走り出す。 「あの、大丈夫ですか?」 「‥‥。」 ニワトリたちが出たのを確認し、小屋の掃除をしようとやってきた天花がそっと声をかける。 羽毛が舞い散り、土煙も残る。だが、鶏たちはいない。いるのは無残に足跡だらけにされた統真一人だけ。 忍犬・椿も心配してか、匂いで無事を確かめる。 「‥‥。雪白、見張り頼んだ。みっちり修行させてもらおう」 恨みの篭った目で統真は立ち上がると、予定している道場の守りへと駆け出す。その気合はさて何に向けられるのか。 「こちらも早速掃除を始めましょうか! 椿は、見張りをお願いしますね」 「ワン」 ちょっと中にいるだけでも、羽毛などがくっつく。 焦茶色の毛にくっついた羽毛をとってやると、忍犬はニワトリが近付かないよう入り口に立つ。 天花は動きやすいよう、衣服を襷掛けで纏めると、早速敷き藁を集め出す。 「卵も貰っていいと許可貰いましたし。あると嬉しいですけど、どうでしょう?」 ケモノなニワトリ卵はどんな味がするのか。 想像に胸を膨らませながら、天花は嬉々として小屋の掃除に励む。 乃木亜は、宿舎の台所から鶏舎の横に餌を運ぶ。設置された餌箱に放り込んでおけば、後は適当に食べてくれるらしい。 結構重い飼料も無事に餌箱に放り込み、ほっと一安心したのも束の間。ちょっと準備が遅かったようだ。 気付くと鶏たちが怒涛の走りで迫ってきていた。 「きゃあああー」 「コケーッ!!」 空腹で気が立っていたのか。殺気だった形相で乃木亜たちに飛び掛るケモノたち。 「痛っ! ごめんなさい、すみません!」 翼広げて飛び掛られると、鍵爪で掻かれて、嘴で突付かれ。 「ピイイイィー!!」 乃木亜の危機に、藍玉は甲高く鳴くと一生懸命ニワトリを払おうと体当たりを仕掛ける。 が、変わったミミズとでも思われたのか。逆に小突き返される。 散々謝り倒しながら、乃木亜が這這の体で逃げ出すと、鶏たちの勝利の雄叫びが山に響き渡る。 が、それで気が済んだか。空腹を思い出し、身を翻して餌箱に突進する。 「た、食べられるかと思いました‥‥」 「ピィ‥‥」 餌を平らげている間に、人もミヅチもそそくさとその場から去る。 餌に群がるニワトリたちを遠目にほっとすると同時、主従揃ってへたり込んでいた。 ● ニワトリは、餌をつつくと後は自由行動。 それぞれに居心地のいい場所を求めて、気ままにうろつき出す。 「ずいぶんと大きいニワトリですね‥‥。世の中、知らないことも多いものです」 うろつくニワトリを見つめ、空は素直に感心する。 ニワトリと言ってもケモノ。その大きさも大きいものでは人を超える。妙にがっちりとした体格で翼を広げられると、それだけで威圧されるようだ。 すでに犠牲者もでた。命に関わる怪我ではないが‥‥心への傷は定かではない。 「まぁ、下手に刺激するとヤバイようだ。白ちゃんもしっかり見張り頼むよ」 アルカが頼むと、左目に傷を残した野性味残る相棒は翼を広げて上空に舞う。 「白鳳も、頼みます」 空の相棒も、同じく飛び上がる。 優雅に羽ばたく迅鷹たちに、ニワトリたちの視線が注目。何羽かが真似して飛び上がったが、屋根に飛び上がる程度。 注目が空に向いている隙に、アルカは移動する。 行き着いた先は厠だ。 「ここではゆっくりしたいからねぇ。ニワトリにせっつかれながらなんて、おじさん困っちゃうよ」 匂いもあってか、宿舎や道場からも独立している。 ただ、離れて様子を見ようと思ったが、食中毒で駆け込み荒れたままになっていた。 迷った末、ニワトリの動きに気にかけながら、先に軽く掃除をする。 「ちょっと失礼します」 そこに空が入ってくる。用かと思いきや、そのまま緊張した様子で外を覗っている。 「すみません。見回りしてたら気付かれたようで‥‥。囲まれてます」 心眼を使った空が柳眉を顰める。 換気の窓から覗いてみれば、確かに複数のニワトリが厠の周りをうろついている。 厠の匂いが気になるのかあまり近寄ってこないが、頻繁に中を覗おうとしている。 異変を察して、白鳳と白真が舞い降りる。鋭く威嚇すると驚いたニワトリが慌てて逃げ出したが、一際大きなニワトリ一羽がいつまでもうろうろしている。 体格差もあってか、迅鷹たちが追い払おうとしてもちょっと怯む程度でなかなかしぶとい。 「手荒な事はしないよう言ってあるけど、大丈夫かねぇ」 白真は気性が荒い。怪我をさせないよう十分言い含めてあるし、今の所それは守られている。 が、いつ堪忍袋の緒を切るか。アルカもはらはらしてどう事態を収めるか思案をめぐらせていたが。 「あら?」 そのニワトリにミヅチが近付く。普段の温和さはなりを顰め、妙に気合の入っている。 「ピ!」 小さく鳴くと、大きなニワトリに向かって体当たりを仕掛ける。 「コケーッ!!」 明確な攻撃に、ニワトリが一際叫ぶとミヅチを追い回し始める。 藍玉も果敢に応戦している。 「とりあえず、白ちゃんは上で待機。後は‥‥様子を見た方がいいのか?」 「そうですわねぇ‥‥」 ニワトリとミヅチの攻防が続いている間にこっそりと厠を抜け出し。 アルカと空は困ったように、とりあえず相棒に指示を送る。 「本当にいいのか?」 宿舎からも大ニワトリと藍玉は確認済み。 決着付いたようで、藍玉の上にニワトリがどっしり居座っている。藍玉が泣いているが、虫の声程度にしか思ってない様子。 鎖雷が尋ねると、乃木亜は宿舎の扉を押さえて答える。 「本人(?)、朝の敵討ちみたいなんです。‥‥止めたんですけどねぇ」 「いや、今は?」 「扉番は必要だと思います!」 目線を逸らし、額に汗して乃木亜は扉に張り付く。朝の怒涛のニワトリがちょーっと心に響いた様子。 鎖雷はめひひひひんを見張りに残して、厠へと向かう。用足しついで、気付かれないよう拾ったミミズを大ニワトリの前に投げ込む。 すっくと立ち上がると、大ニワトリはミミズを啄ばみ。それで藍玉の事は忘れたようで、ゆっくり宿舎の方へと歩き出す。 美味そうな脚が遠のき、これで一安心と鎖雷は思ったが。 何が気になったのか。大ニワトリはいきなり宿舎を蹴りだす。 めひひひひんが間に入って防御すると、今度はそっちに興味が移ったか、飛び上がって背中で寛ぎ出す。 追いかけてきた藍玉だが、そこに逃げられるとめひひひひんの上で戦わねばならない。困ったように霊騎を見上げる。 「おーい、大丈夫か?」 鎖雷も戻って宿舎の様子を確かめると、やや腰砕けの状態で必死に乃木亜は扉を押さえていた。 戻った鎖雷にめひひひひんは定位置に廻ろうとするが、その背にはまだニワトリ。 「今はやめてくれ。髪どころか後頭部を失うのは御免被る!」 めひひひひんに食まれるのはいいが、そのついでにニワトリに突付かれかねない。 「痛いですよぉー。嘴で刺されるどころか、挿まれ捻り上げられてむしられるような凶悪さがひしひしとっ!」 うろたえる鎖雷に、暗い眼差しで乃木亜は語る。 「というわけだ。ちょっと離れて向こうの警備を頼むっ!」 渋々霊騎はニワトリを乗せたまま、別の場所に向かう。そのニワトリを追い、ミヅチも続く。 「やれやれ、結構大変だな」 鎖雷は肩を落とす。特に何もしてないが、どっと疲れた気がする。 だがニワトリはまだいるし、あの大ニワトリもいつまで大人しくしてくれるか。 鎖雷は気を取り直すと、裏手の警備に向かう。 「逃げちゃ駄目よ食中毒で苦しんでいる人の為にもニワトリを押さえないと!」 乃木亜も自分に強く言い聞かせながら、ニワトリが中に入らないよう扉を抑える。 ● 午前の掃除を終えて、藁を払うと天花は宿舎に戻る。 いかな開拓者であろうと食は大事。 「卵も見つかりましたし。いろいろ作れそうです」 普通のニワトリよりも大きめ。天花は大事に抱え込むと卵泥棒に間違われぬよう、椿に護衛を頼んで周囲を警戒してもらう。 宿舎に戻るとカズラが台所に立ち、昼食の準備を進めていた。 「鶏肉‥‥ですか?」 焼かれる肉の匂いに空腹を感じながらも、思わず天花は外のニワトリを数える。 「心配しなくてもちゃんと持ってきたものだから。こっちの一杯もね」 だが、何故わざわざ鶏肉なのかといえば、それは特に意味無いらしい。 「鶏はいいよなー。俺はモモが好きだ。焼いても好吃。鶏めしにならさらに良し」 漂う匂いに、鎖雷が笑む。 「そうですね。親子丼もできますよ」 別に鶏禁止とは言われていない。勝手に潰すのは問題あろうが、用意したのならいいだろう。 台所は自由に使っていいと言われたし、天花も仕度にかかる。 匂いが気になるのか、ニワトリたちが宿舎を叩くが、それは椿たちが追い払う。 昼食もそれぞれに済ませると、午後もニワトリの見張り。 カズラは宿舎の屋根に寝そべり、優雅に下界を見下ろすが、 「ここも安全とは言えないのね」 空は飛べずとも、屋根の上までは飛び上がる。巨体が上下に動く様は結構脅威だ。 飛び乗ってきたニワトリからカズラは慌てて姿を隠す。 折角屋根に上ったニワトリだが、不意に目線を下に向けると、いきなりまた地面に降り立つ。 そこにいたのは初雪。地上から宿舎の安全を守るよう言い付かっていたが、そこをニワトリの目が止まったらしい。 「コココ?」 興味津々なニワトリは人妖を追いかけ始める。当然初雪は逃げるが、その動きが気に云ったのかニワトリは執拗に追い回し始める。 「犯されるのはやだよぉ!」 「じゃれつかれてるだけでしょ?」 再び屋根の上でのんびりと。一見、微笑ましい光景にカズラは助けるかどうかをじっくり考え出す。 「‥‥洒落にならない」 玩具としか思われて無い初雪に、危機感を募らせるのは雪白。見つかれば、次は我が身である。 同じく屋根の上。ただし、こちらは道場側。 あまり静かにしすぎていても、ニワトリが不審に思うかもしれない。という事で、道場の中では、主人である統真と絵梨乃が折角なので手合わせをしている。 技量確かな泰拳士同士とあって、熱が入るのか。たまに道場が壊れるのではと思うほど揺れる。 それにも構わず花月は芋羊羹を突付いていた。が、その動きが止まる。 気付けば一羽のニワトリが同じく屋根の上にいた。熱い眼差しを芋羊羹に向けた後、迅鷹と視線が交わる。 しばし、見詰め合う二羽。 おもむろに花月は芋羊羹を掴むと、さらに高い枝へと飛び移る。 ニワトリは屋根の端までは追いかけたものの、それ以上はどうにもならず残念そうに翼を落とした。 と、いきなり首をめぐらし今度は雪白と目が合った。 とっさに雪白は身構える。経験を積んだ人妖が本気を出せば、ニワトリ如き敵では無いはず。 そう緊張していたのに、相手はそのまま座り込むと居眠りを始める。 ほっとしたのも束の間。道場が地響きを上げて揺らいだ。中でどっちかが投げ飛ばされたらしい。 ニワトリがぱちりと目を開けると、急に背筋を伸ばす。 「コケー!!」 「訳が分からないーっ!」 追いかけてくるニワトリに、雪白は酔拳で対処する。 枝の上から見ていた花月は、やれやれと芋羊羹を平らげ、絵梨乃に知らせに飛んだ。 ● 「ワン!」 椿がニワトリの接近に吼え、天花は姿を隠そうとする。が、いつの間にか陽が随分と傾いている事に気付く。 「あ、もうそんな時間なんですね。早く出て行かないといけません!」 最後に整えた藁を確認すると、天花は鶏舎の入り口を開けたまま出る。 日暮れの鴉に合わせるように、ニワトリたちは鶏舎に戻ってくる。 綺麗になった藁が気にいったのか、続々中に飛び込むとそのまま寛ぐ。 が、中にはなかなか入っていかないニワトリもいて。相棒たちが追い立てる 「ピ‥‥」 大ニワトリが鶏舎に入ると、妙に寂しそうに藍玉が鳴く。乃木亜が慰めるように頭を撫でた。 帰りそびれが無いよう数も数え、最後の閂は皆で下ろす。 鶏舎の中は騒がしいが、大きな騒動はない。ほっと天花は胸を撫で下ろす。 「意外に大変でしたね。‥‥えっちゃんたちはともかく、大丈夫ですか?」 「なぁに転んだだけだ」 空に尋ねられて、アルカは笑う。実際はうっかり見つかったニワトリの傷だが、そこは言わない。 対し絵梨乃の傷は明らかに打撃など人的なもの。統真も似たりよったりだが、受けた傷は若干こっちのが多いか。 「ああ、もう終わったんですか? すみません!」 そこに声がかけられる。見れば、門下生が数名戻ってきた所だった。急いだらしく息が上がっているが、少し遅かったようだ。 「師父からお話は覗っています。本日はありがとうございました」 しつけが行き届いているらしく、門下生たちがきちんとした礼を取る。 「疲れたけど。お疲れ様って事で、これから皆で御飯食べに行きたいな」 一つ大きく伸びをし、絵梨乃が告げると統真も笑って答える。 帰ってきたならお役は御免。後の事は任せて道場を去る。 その傍らには大切な相棒たち。 ニワトリ相手に疲れながらも主従揃って家路に着いた。 |