三種三様
マスター名:からた狐
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/04/25 22:21



■オープニング本文

 アヤカシの襲来。
 開拓者ギルドに飛び込んできた知らせに、開拓者たちはただちに駆けつける。
 しかし、着いた村はすで襲われた後で、アヤカシの姿は無かった。
「何があった?」
「鬼が‥‥小鬼がまず現れたんだ」
「まず?」
 詳細を開拓者が尋ねると、村人は震えながらもしっかりした声で事態を告げた。
 まず、小鬼が五体現れた。
 奇声を上げて攻め入り、目に付く村人を次々に持っていた武器で襲いかかった。
 勿論やられてばかりでは無い。女子供は逃がしつつ、村人たちも応戦した。
 確かに小鬼はアヤカシ。されど弱い部類だ。ただの人間でも落ち着いて対処すれば何とかできる相手。
 ‥‥落ち着いていれば、だが。
「何とか持ちこたえられる。そう思った時、俺たちの中からいきなり錯乱する者が出始めたんだ」
 強い恐怖に駆られ、なりふり構わず逃亡する者。
 前触れ無く視界がぼけ、何も見えなくなる者。
 そして、突然血しぶき倒れる者。
 いつのまにか、慌てふためく村人を見つめる三つの目があった。
 三対ではなく。三つ。巨大な目だけが宙に浮かび、無感情に獲物に狙いをつけている。
「浮き目玉‥‥」
 開拓者がその正体を言い当てる。
 状態異常を引き起こし、非物理の刃を飛ばすアヤカシ。小鬼に比べると厄介な相手だ。それでも下級の雑魚ではあるのだが。
 新手の登場に、村人たちは浮き足だった。これは無理も無い。
 アヤカシ側からにしてみれば、攻め込む好機ではあったろうが。
 反撃を受け、もう嫌になっていたのか。小鬼たちは村人たちが混乱した隙に、村の中を物色。刀や鎧、鋤や鍬など武器になりそうな物をかき集めると、適当な転がっていた荷車に放り込んで乗り込み、繋げた馬を無理やり走らせて街道を東へと駆け去っていった。
 残った浮き目玉たちは自分達では襲うつもりが無いのか。小鬼が行ってしまうとそれ以上の行動は無く、西側の川を渡り、対岸の森へと姿を消した。
 小鬼を追わない辺り、どうやら組んでいた訳でもなく、たまたま近くの騒ぎに便乗してきただけか。
「東と西、ね」
 東に伸びる街道には轍の跡がなんとなく見える。追いかけるのは簡単とは思われるが、問題は馬の足だ。荷物付きとはいえ、全力で走る馬にどう追いつくか。
 村の西は川が流れている。幅はざっと三丈。生活に使う川だが、中ほどは結構深くて流れも速い。こちらの問題は、橋があったのだが小鬼が落とし、舟も流してしまい向こうに渡る手段が無い。他の渡れそうな場所を探すと、半日近く大回りする必要があるそうだ。
 そして、向こう岸に渡ったとて、浮き目玉は空を飛ぶ。痕跡らしい痕跡も無く、音も無く、隠れて動き回る相手を探すのは骨である。
「どうする、二手に分かれるか?」
「待ってくれ。話は終わってないんだ」
 ぐずぐずしていたら追いつけるものも追いつけなくなる。浮き目玉とて、今ならまだ村に近い所にいるはずなのだ。
 至急対策を練ろうとした開拓者だが、村人が慌てて止める。
「村を襲ったのは小鬼と浮き目玉だった。‥‥必死に守ったが、犠牲は皆無じゃなかった」
 村人たち数名。他にも巻き添えになった家畜や動物も多かった。
 小鬼が去り、浮き目玉もいなくなり。ほっとした時、それらが起き上がった。
 瘴気に憑かれた死体は生前の記憶もなく、場にいた村人たちに襲い掛かった。
 例え、アヤカシであろうとも今の今まで一緒にいた仲間を攻撃する訳にも行かず。村人たちは逃げるしか出来なかった。
 そうするうちに、屍たちは北の山へと去っていった。
「‥‥山向こうには比較的大きな街がある。多分、人の気配に惹かれて行ってしまったんだと思う」
 屍の歩みは遅く、恐らくそんな早くにはつかないだろう。が、山の方を見ても、姿は勿論見えない。
「俺達で何ともせずに勝手な願いだが‥‥。彼らが誰かを傷つける前に‥‥頼む」
 苦渋に唇を噛み締め、村人は頭を下げる。
「東に小鬼。西の浮き目玉。そして‥‥北に屍」
 どれも逃がしてはどんな被害をもたらすか分からない。
 だが、誰が何をどう追うか。


■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191
20歳・女・泰
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
アルネイス(ia6104
15歳・女・陰
ジルベール・ダリエ(ia9952
27歳・男・志
シュヴァリエ(ia9958
30歳・男・騎
サーシャ(ia9980
16歳・女・騎
ロック・J・グリフィス(ib0293
25歳・男・騎
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎


■リプレイ本文

 ギルドで依頼を受け、現場に赴いた開拓者たち。
 しかし、村を襲ったアヤカシたちはすでにいなくなっていた。
「しまった、遅かったか」
 村の様子に、ロック・J・グリフィス(ib0293)は舌打ちする。
 最悪の結果も一瞬考えたが、幸い、村周辺には動く影があった。
 ただ。生存者から話を聞くに、状況は少々ややこしい事になっていた。
「悪い事は重なると言いますが、見事なまでに別方向ですね〜〜。偶然コレというのだから事実とは小説より奇怪です」
 糸目を微笑みながらもサーシャ(ia9980)は、軽く肩を竦める。
 二種のアヤカシの襲来。起き上がった屍も加わるが、その後の行方はそれぞれに別れていた。
「とはいえ、放っておく訳には参りませんし、全力を尽くさせていただきます」
 アレーナ・オレアリス(ib0405)が優雅に一礼を取ると、早速アヤカシたちの行方を追うべく相談。
「浮き目玉たちは西ですか。‥‥問題はあの川をどう越えるかですね」
 川を渡る舟も橋も小鬼が壊してしまった。それでいて自分たちは西に逃げているのだが。
 一応相棒はいる。例えば柚乃(ia0638)が連れてきた炎龍ならば充分越えられるが、他の人はどうなのか。
「川幅はそこそこ広いようですが‥‥。大丈夫、ムロンちゃんなら問題無く泳ぎきれるでしょう」
 相棒への自信を持って、アルネイス(ia6104)は宣言する。
 召喚されるジライヤも蛙。当然、水の動きも慣れているはず。
「ほな、こっちは鬼さん追っかけさせてもらいましょか。あ、これ良かったら怪我人に使てや。――ネイト、行くで!」
 東の道には、轍の痕がまだ見える。
 せわしなくジルベール(ia9952)は持ってきた薬などを村人たちに託すと、待っていた駿龍に飛び乗る。
「ドミノ、俺たちも東だ」
 黒い鱗に所々白い羽毛を生やした駿龍にシュヴァリエ(ia9958)は呼びかける。
 他の龍とはやや距離を置き、凛とした態度で周囲を睨んでいたドミニオンも、シュヴァリエには従い素直にその背に乗せる。
「では、こちらは屍を追いかけ、北の山ですわね」
 一つ頷き、アレーナは早速アーマーケースに手をかける。
 が、その意味を悟り、サーシャが声をかける。
「待って下さい。アーマーで追いかける気ですか?」
「駄目ですか? 屍たちが隠れるような頭があるとは思えませんし、痕跡が残る内にアーマーの速さで一気に詰めた方がよろしいと思いますけど」
 村人たちから聞いた感じだと、アヤカシたちが立ち去ってからそれなりの時間が経過している。
 それでも、屍の移動速度は遅い。
 練力消費は気になるが移動するだけなら、戦闘するほど消費はしない。恐らく余力を持って追いつけるだろうと踏んだ。
 小首を傾げるアレーナに、水鏡 絵梨乃(ia0191)が小さく手を上げる。
「ごめん。駆鎧に追いつけそうにない」
 サーシャとロックも駆鎧持ちだが、絵梨乃の相棒は迅鷹である。
 勿論、荷物のように担ぎ上げて運ぶ事もできようが、いろいろ危険を伴うのも確か。
「見つけてから搭乗する手間や、動物の遺体が混じっているとなると奴らの移動速度も気になるが‥‥。屍の数もそれなりにいるとなると、足並みを揃えた方がいいか?」
 急ぎ後を追いたいロックだが、焦って仕損じては何も意味が無い。
 大事なのは、新たな犠牲者を出さず、哀れな犠牲者たちを眠らせること。それだけは誰もが同じ思いだった。


 短く打ち合わせると、開拓者たちはそれぞれにアヤカシを追っていく。
 浮き目玉を追う事にした柚乃とアルネイスのさしあたっての問題は、流れる川である。
「もしかしたら久しぶりかな? よろしくねヒムカ」
 炎龍に頬寄せると、柚乃はその背に騎乗。空を飛べば難なく問題は解決する。
 そして、対岸でアルネイスを待つ。
「ようし! ムロンちゃん、行きましょう」
「任せろなのだ〜」
 召喚したジライヤは舌をぺろっと出すと、躊躇無く川の流れに向かう。
 アルネイスはその背に乗り、見事川を渡るのだが。
(「あ、荒っぽいです〜」)
 ジライヤは騎乗に向いた相棒ではない。
 背に乗るのは簡単だが、立つには不安定だし、座るには大きすぎて跨ぎ辛い。
 泳ぐので体は沈み、水も容赦なくかかる。
 その中で練力を絶やさぬよう呪文を唱え続けねばならない。覚悟はしていたが、大蛙の鎧にしがみつきながら必死である。
「到着なのだ〜」
「はい、ありがとうございます〜」
 多少流されはしたが、無事に対岸に到着。誇らしげにムロンが胸を張るが、アルネイスはふらふらである。
 礼をきちんと告げると、ジライヤを戻す。
「大丈夫ですか?」
 ジライヤを撫でようとした柚乃の手が、行き場を失くしてしばし彷徨う。
「だ、大丈夫です。本番はここからですからね」
 気合を入れなおすアルネイスに、柚子も頷く。
 川を渡り、広がるはうっそうと茂る森。
 このどこかに、浮き目玉たちは逃げ込んだのだ。
「でも、少し休んでいて下さい。その間、上空から探ってみます」
 瘴索結界を展開すると、柚乃は空へと飛び立つ。
 あまり高く上がると、結界範囲から外れてしまう。木々を避けながらの飛行は危険を伴うが仕方が無い。
 ただ、浮き目玉たちも空を飛ぶ。案外、狙って出て来てくれる可能性もある。
 捜索に出た柚子を見送り、アルネイスは周囲を警戒しつつ、一つくしゃみをする。
 春の川は、水遊びにはまだ冷たい。


 駿龍の高速飛行で伸びる轍の後を追えば、街道を東に鬼のような速さで驀進する荷馬車を見つける。
 荷馬車には小さな影。子供にも見えるが、頭上の角と異形の姿を確認する。
 村の馬は霊騎ではない。普通の馬だ。
 盗んだ荷物を乗せ、アヤカシから面白半分に鞭打たれ走らされるのは相当な負担だろう。
「馬も誰かの財産やし相棒やろから、あんまし傷つけたないな。それに俺、結構馬好きやねん」
 走らされる馬に、ジルベールが渋い表情を見せる。
「仕留めず威嚇して止めるか‥‥。相変わらず優しいな。だが、その考えは嫌いではない」
 依頼を数度共にし、考えてる事もおおよそ見当がつく。意を汲み、シュヴァリエもドミニオンの速度を上げる。
 空から近付く龍たちに、小鬼たちも気付いた。その背に乗る二人も見つけ、御者役はさらに馬を走らせようと鞭を打ち付ける。
 しかし、所詮は馬の足。駿龍に叶わず、その差をぐんぐんと縮める。
「酷い事しよる」
 嫌悪を露わに、前方へと躍り出たジルベールが空から焙烙玉を落とす。
「ドミノ、火炎を」
 回り込んだシュヴァリエがドミノに命じる。
 吐き出される炎と同時、シュヴァリエも斧槍「ヴィルヘルム」からオーラショットを放つ。
 破裂する火薬に鉄菱。盛る炎に、撃たれたオーラが地を抉った。
 突然の攻撃に、馬は嘶き大きく跳ね上がる。
「ギギッ!!?」
 荷車は大きく揺れ、そのまま横転。小鬼たちも積荷ごと投げ出された。
 ジルベールは戦弓「夏侯妙才」を構えると、荷車と馬を繋ぐ縄の部分を狙う。身軽になった馬は即座に逃げ出した。
「ギーーーッ!!」
 逃げ出す馬を、慌てて小鬼たちが追いかける。その前に、ドミニオンが回りこむ。
 巨大な龍の横断に、小鬼たちも足を止めざるを得ない。
 龍は再び天へ戻ったが、シュヴァリエは地上に近付いた際に龍から降り立っていた。地に足付けて、小鬼たちに向けて槍斧を構える。
「悪く思うな。お前達が更なる痛みや悲しみを生み出す前に、それをここで阻止するのが俺達の役目だ。そして、奪った荷物は返してもらう」
 小鬼五体。雑魚とはいえ放っていては次に何をしでかすか、
 敵対意志を見せるシュヴァリエに、小鬼たちも負けじと各々武器を構える。が、その後の動きはばらばら。向かってくる者もいれば、逃げようとする者、壊れた荷馬車から武器を盾に篭ろうとする者。
 あまり統率は取れていない。
「ドミノ、回り込んで火炎を吐け」
 逃がす事は出来ないと、シュヴァリエに応えドミニオンは小鬼の周囲に回りこむ。
「それはあの村から盗ったもんやろ。一つ残らず返してもらうで!」
 空の高みから、駿龍ネイトが急降下。その激しい動きに安息流騎射術を用いてうまく合わせると、荷馬車の影に隠れた小鬼に強射「弦月」を放つ。
「ギャッ!」
 悲鳴を上げ転がりでた小鬼に、すかさずネイトが襲い掛かる。一撃を加えるとまた空へ。
 降りてきた瞬間を狙い、小鬼が刀を振り、他の奴らも弓で狙うが、ことごとくにネイトはすり抜けていく。
 空へ戻り、距離が開いてもその翼から放たれるソニックブームが地上に襲い掛かる。
 防御を固めようとする相手には、その姿勢を見切り、脆弱な一点に向けてジルベールが狙い違わず矢を放つ。
 動き回るネイトは、背にいるジルベールの間合いも把握している。稚拙な小鬼の攻撃を避けながらも、ジルベールにとって最良となる位置を測っている。
 去ろうとする小鬼にはドミニオンの火炎が容赦無い。怯んで、下がった所にすかさずシュヴァリエが流し斬りでの一撃を加える。
 破れかぶれの攻撃は幾度もあれど、その乱雑な動きは開拓者の敵ではない。
 動けなくなった最後の一匹をシュヴァリエは掴みあげると、近距離からオーラショットを放つ。
 無造作に手を離すと、小鬼は地を跳ねて転がる。広がる血はいわば擬態。そこから立ち昇る瘴気が実像を結ぶ事はもう無い。
 動く相手がいなくなると、ジルベールも地上へ降り立つ。
「荷物はこんだけやな。後は逃げた馬を探して村に戻せばええやろ。‥‥命だけはもう戻って来ぉへんけどな」
 壊れた荷馬車を直すと、散らばった荷物をそこに放り込む。
 それらを返す相手が無事でいるのかどうか。この場では知りようもない。
 

 アヤカシに襲撃された村自体は割と無事な方だったが、それでも犠牲者がいなかった訳ではない。
 巻き込まれた動物や抵抗むなしく散った人。
 起き上がってしまった彼らを追いかけ、北の山に分け入る。
「見つけたね。悪いけど、ボク達が到着するまで、屍たちを足止めしておいて」
 絵梨乃が頼むと、桜色の迅鷹は羽根を逆立てて再び空へと舞った。
 持って来た古酒を飲み干すと、気合を込めてその後を追う。
「木々が邪魔ですが、複数のアーマーが暴れても大丈夫そうですね」
 傾斜に広がる木々に、アレーナはそう判断する。駆鎧には邪魔な障害物だが、足元はそう悪くなさそうだ。
「犠牲者の遺体が、更なる悲劇を生み出す事は何としても避けねばならんな‥‥」
 アヤカシに襲われた相手に刃を向ける。気が重いが、誰かがやらねば不幸の連鎖は断ち切れない。
 ロックは決意を固めると、後は迷い無く。
 各自駆鎧を起動。戦闘態勢に入ると、屍たちの元へと強襲を開始する。

 頭は無いも同然とはいえ、本能は残っている。
 飛来した迅鷹が爪を剥き出し攻撃を繰り返す中、進行の邪魔と判断した屍たちが各々の爪や牙で排除にかかる。
 中には鶏や鳩のような鳥もいたし、身軽とされる猫も混じっている。が、空を飛ぶ気配も無く、生前の身軽さも欠いている。
 花月も数では相手が勝る故、必要以上の無茶はしない。
 ひとまず木の上で翼を休め、地上に蠢く屍たちを見下ろしていた迅鷹は、急に頭を上げると高く飛び上がった。
 屍たちの視認出来ているのか分からない目はその行方を追い。入れ替わり、迫る駆鎧たちを見る事になる。
 最初に飛び込んできたのは、アレーナのヴァイスリッターとサーシャのミタール・プラーチィの二機。
 共にオーラダッシュで一気に踏み込むと、碌に対処できていない屍たちに半月薙ぎを振るう。
 クラッシュブレードと駆鎧の鋸刀がそれぞれに大きく繰られれば、巻き込まれた屍たちが生えている木ごと粉砕される。
 大振りな分隙も大きく出来るが、屍程度の動きに負ける駆鎧も無い。
 駆鎧の攻撃から偶さか避けれた屍たちにも、新たな駆鎧が迫る。
 飛び込むのはロックのX(クロスボーン)。獣騎槍「トルネード」を突き出し、短い助走を走り抜ける。
 迫る一撃に躱す間も無く、屍一匹が易々と貫かれる。
 屍たちに一手加えるや、ミタール・プラーチィは間を取った。屍たちの進行していた方向――街のある方角を背面に取り、それ以上は進ませない構えだ。
 ただ、屍たちも逃げるという意識が薄い。力の差は歴然、すでに襤褸のような姿になっていても邪魔を排除しようと駆鎧に迫る。
 もっとも、迫られても簡単に攻撃は塞がれ、機体に傷がつく事も無い。
「うかうかしてるとこっちのやる事が無くなりそうだね。――花月、頼むよ!」
 肩に止まっていた迅鷹が光に包まれると、絵梨乃の足に同化する。
 白い煌きを見せる足で大地を蹴り、絵梨乃は屍に迫る。
「はあああああああーーーーっ!!」
 自身の力を体に満たし、その全てを込めて眼前の屍を蹴り上げる。
 雷雲のような轟きと共に蒼い閃光が駆け抜ける。大きく反りあがった屍はそのまま吹き飛び、木に打ちつけられて広がる。
 三体の駆鎧、その隙間を縫うように走り回る絵梨乃。
 数の差など問題にはならない。圧倒的な力で瞬く間に屍たちを沈黙させ、大地に伏してしまう。
「その数が問題。村人たち含め、動き出したのは十前後と聞いてますが討ち漏らしはいませんね」
 ひとまず動く者が無くなると、サーシャたちは駆鎧から降りる。もちろん、用心は怠らない。
 念の為、辺りを調べるが動き回る屍はどこにも見当たらなかった。
「彼らも犠牲者。だが、これ以上進ませる訳にも行かなかった。‥‥今は安らかに眠っていただきたい」
 憑いていた瘴気も消え去り、今はただ無残な死が転がる。
 ロックが高貴なる薔薇を掲げ祈ると、皆も静かに手を合わせた。


 瘴索結界に瘴気を感知し、柚乃は呼子笛を鳴らす。
 向こうも柚乃に気付いたのだろう。気配が追ってくるが、森の陰に隠れたまま姿を見せようとはしない。
 それはアルネイスと合流しても変わらなかった。
「それじゃ、こっちから行こうか」
 アルネイスと少し話した後、柚乃はヒムカと共に飛び立つ。
 少しだけ空を旋回し、様子を見るがやはり変化無し。覚悟を決めると、柚乃はヒムカに指示し、一気に地表へと駆け下りる。
 邪魔な枝も炎龍の巨体は無理矢理へし折り押し通ると、その先に現れたのは薄闇に浮かぶ巨大な目玉。瞼も持たぬ瞳では表情も分からない。
「くっ!」
 龍を繰りながら、接敵と同時に白霊弾を放つ。
 効果はあったか。苦しげに浮き目玉が回転する。その動きがぴたりと止まると、じっと柚乃たちを見つめる。
 途端、一撃を加え再び上昇していた炎龍が悲鳴を上げた。
「ヒムカ!?」
 案じる間もなく、柚乃の視界も靄がかかる。はっとして意識を集中すると、何事も無く視野が戻る。幻惑だ。
 慌てる炎龍を取り巻くように、他の浮き目玉も姿を現す。その数、全部で三体。
「落ち着いて。まずは一旦合流しましょう」
 視界が全く閉ざされた訳では無い。柚乃が指示すると、落ち着きを取り戻したヒムカが川岸まで戻ろうとする。
 その体から不意に血飛沫が飛ぶ。
 浮き目玉の無刃。先に足を潰そうという算段か。
「柚乃殿! ムロンちゃん、援護をお願いします!」
「応なのだー!」
 地上からも、龍の動きがおかしいのが分かる。
 アルネイスが召喚するや、即座にジライヤは蛙らしく跳んだ。
 低い位置にいた浮き目玉に舌を巻き付けると、そのままぱくっと飲み込む。
「‥‥マズイのだっ!!」
(「食べる物じゃないですぅ‥‥」)
 地上に降りるや、即座に吐き出す。鞠のように地面に転がる浮き目玉が、無感情に見つめる。
「柚乃殿、少しの間離れて意識を集中して耳を塞いで下さい!」
「はい!」
 労いたいが今はそれすら惜しみ。アルネイスはジライヤを戻すと、わざと大きく隙を作る。
 柚乃は残る浮き目玉に白霊弾を撃つと、もう一体を無理矢理に引き離す。
 蛙に攻撃され、浮き目玉たちの注目がアルネイスにも向かったのが幸いした。
「必殺! 悲恋姫!!」
 アヤカシたちを射程に収め、呪詛を叫ぶ悲鳴が心を直接揺さぶる。
 耐え切れず、浮き目玉が一つ落ちた。厄介な相手だが、アヤカシとしての生命力はさして高くは無い。不気味な球体が歪むと、ゆっくりと瘴気に還り始める。
 残る二体へも、アルネイスは斬撃符を構える。
「後二体です! 頑張って!」
 柚乃もまた、龍を叱咤し接近すると、白霊弾で宙を逃げる浮き目玉を打ち抜いていった。


 村への報告に、散っていた開拓者たちが戻ってくる。
 無事な姿はそれぞれが成功を収めた証だった。
「行きが泳ぎなら、帰りも泳ぎですね。はううー」
 アヤカシよりもそっちのが堪えた様で。村に戻るなりアルネイスは座り込む。
「橋の修理は急いだ方がいいかな? それよりまずは‥‥」
 その様子に絵梨乃は笑うも、視線を移して目を伏せる。
 アヤカシと化した屍に容赦は出来ない。僅かな遺品だけがせめてもと村に戻される。
「屍にされてしもた人や家畜は墓に埋めてやる事も出来へん。せめて安らかにと祈るだけや」
 改めて、ジルベールもまた祈りを捧げる。
「だが、無事であるなら前にも進める。‥‥馬と荷物だ」
 シュヴァリエもしばし瞑目の後、連れ帰った馬たちを村人に返す。
 時間の許す限り、村の破損箇所の修復も手伝い、開拓者たちはギルドへと帰還した。