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■オープニング本文 朱藩が開国してからの歴史は浅い。 流通が無かった訳では無い。が、一定の距離を置き、事実上鎖国状態であった。 それが、代が興志王に変わるや、一転して閉ざしていた垣根を取っ払う。 外部との接触が何をもたらすのか。 とにかく、朱藩は変革を余儀無くされる。 「とまぁ、そんな事も絡んで、あーだこーだの末に出来上がったのが遊界ですねん」 朱藩の開拓者ギルドに顔を出したのは、遊界で賭場を営むという男だった。 博打は御法度が通例だが、遊界は開国を機に興志王に認められた公営賭場街となった。 肝心の『あーだこーだ』の部分が気になるが、 「そんなん下っ端の町人にわかる事やおまへんて」 と、笑われる。 ま、それもそうだろう。 とはいえ、まだまだ運営を始めたばかりの発展途上の街でもある。 事実、朱藩国内であってもその知名度はまだ低いのだ。 「王に認められた言うたかて、あと数年はほんまに問題無いんかの試験期間や。問題があったら、試験延長になるかも知れへんし、最悪即停止の可能性かてある。早々いい事ばっかやあらへん」 賽を使う物は勿論、札や盤、射的に籤と、あらゆる賭け事が営まれている。 かといって、何でも許されている訳でも無く。 動物を競い合わせる場合は殺生禁止。 揉め事が起こった時の為の自警団も組織されている。 暴利的な賭けが行われていないか目を光らせたりと、苦労は絶えないながらも、運営はそれなりに進んでいる模様。 それでも、対処出来ない事態は出てきたりする。 「実は遊界の近くで、アヤカシが出たんや」 夜雀というアヤカシは、小鳥の姿から想像できるように、単体では弱いもの。 しかし、群れで行動する上、人間を見つけると鳴いて他のアヤカシを呼び込むという厄介な能力を持っていた。 幻惑の能力で視界を曇らせる事もでき、鳥型なので、当然飛行も可能。 気付いた遊界側は、被害が出る前に排除を考えた。 「数もそないにおらんかったし、すぐ片付く思てんけどなぁ」 幸い、自警団には志体持ちもいる。 ぐずぐずしていては客足に響くと、早期に対処にかかった。 結果は、数匹逃がしてしまった。 しばらくは戻ってこないか警戒していたが、その気配も無く。もう大丈夫と踏んだのが‥‥。 「ところがぎっちょん。遊界から離れた森に、逃げとってん」 弱ったように、男は頭を掻く。 逃げた夜雀三羽。 アヤカシの特性から人間を狙おうと逃げ込んだ森の傍の街道に目を付ける。 しかし、遊界で群れをやられた経験からか、警戒して距離を置いた。 なので、鳴いて他のアヤカシを呼んでも、距離がある為そいつらは獲物に気付かない。その間に、獲物の人間は気付かずに通り過ぎ‥‥という間抜けな事態が起きていたと推測される。 街道の人通りも少ない事が幸いしたか。被害が出る前に、森の異変に気付いた。 しかし、事態は易く無い。呼び出されたアヤカシには森に居ついたものもいて、じわじわとその数を増やしていた。 「とりあえず、そこら周辺は立ち入り禁止にしたさかい、被害はあらへん。自警団の失態や言われてもしゃーないけど、こっちかて自分らの街を守っただけなんや。それ以上は、どうこう言われる事あらへん。その森まで遠征しよういうんは、さすがに自警団の仕事の範疇こえよる」 アヤカシ退治だけが自警団の仕事でもなく。 まぁ、責任が無い訳でも無い。暇な時に出かけ、それを何日かかければ殲滅も出来るだろう。 しかし、夜雀がいる。時間をかけてしまっては、一体退治しても別の一体を呼び込むだけだ。 「なんで後始末みたいで悪いんやけど、この夜雀は退治してくれへんか」 夜雀が一番の悩みどころ。 警戒して逃げ回る夜雀を始末するには、業務の片手間で行うには荷が重すぎた。 こいつらさえどうにかできれば、後のアヤカシは遊界で対処を考えられるとの事だ。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
紙木城 遥平(ia0562)
19歳・男・巫
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
白蛇(ia5337)
12歳・女・シ
景倉 恭冶(ia6030)
20歳・男・サ
宗久(ia8011)
32歳・男・弓
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎 |
■リプレイ本文 「遊界とは何だろう? と興味にかられて来てみれば」 景倉 恭冶(ia6030)が珍しげに、町を見渡す。 本来規制対象である賭博を大っぴらに出来る町とあって、他の町とは違う活気がする。 深夜まで営業している賭博場もあり、町は一日中動いている。 人が多ければ、当然問題も増える。まして、金が絡めばさらに事態は大事に。 町の自警団らしき連中があちこち走り回るのが見え、忙しいのが分かる。 「お待たせ。アヤカシのいる森について聞いてきました。話は道々に」 「こっちは話を元に地図を描いてもらった。といっても、そんな細かい事は書いてない簡易なもんだけどな」 自警団に話を聞いてきた紙木城 遥平(ia0562)と竜哉(ia8037)が戻ると、さっそくアヤカシのいる森に向かって移動する。 「退治に失敗するなんて、駄目だなあ。駄目だよねぇ、その自警団の人選、もう少し考えた方が良いかもしれないねぇ」 顔を歪めて軽く笑いを浮かべる宗久(ia8011)に、恭冶は肩を竦める。 「普段は人相手が仕事さね。開拓者もいるってだけで、アヤカシは不慣れだったんやろ。いつか、遊びにくるかもしれし、困ってるんなら、後始末だろうと喜んでやらせてもらうやね」 「ふふ。ま、同じ轍を踏まない様に、俺もガンバらないとね」 ニヤニヤと、含み笑いをしたまま宗久は前を見る。 逃がした獲物は三羽。しかし、そのアヤカシは他のアヤカシを呼び何が森に潜んでいるかは分からない。 おまけに肝心の夜雀は酷く警戒心を募らせ、なかなか寄っては来ないという。 「アヤカシを呼ぶアヤカシか。厄介極まり無いが、最善を尽くすとしよう」 「純粋な戦闘力だけが、厄介さの基準じゃねぇっていい証明だな」 御凪 祥(ia5285)の言葉に、酒々井 統真(ia0893)が大きく頷く。 夜雀単体ならさほど難しい相手ではない。この人数なら、負けない。 ただ、夜雀は呼び込んだアヤカシをいわば盾にしている。それらを蹴散らし、こちらの刃が届く所まで呼び込まねばならない。 「手順としては、囮は任せて俺たちは待ち伏せで隠れるんだね。離れて森、でいいかな」 「そうだな。アヤカシが出たら引き付けて転進。それで、夜雀が出たらすぐ討てるようにして欲しい」 「了解。頑張ってね。一杯アヤカシ殺してくれなきゃ、俺等の方にも来ちゃうし、作戦の要だからさ」 実直に告げる祥に、宗久は変わらぬ笑みを向ける。 ● 「静かね」 遊界から結構な距離を歩き。閉鎖区域も事情を話して立ち入る。 その道中、ただ黙って歩いていた白蛇(ia5337)がぽつりと言葉を漏らした。 「ああ」 返した声は、誰も同じだった。 森は静かで‥‥静か過ぎた。 風が木を揺らし、大きな葉音を立てるも、どこか乾いて聞こえる。生きている気配が、感じ取れない。 「じゃあ、ボクたちはこの辺で一旦様子を見るよ。気をつけてね」 近付きすぎて、先に見付かってもつまらない。 水鏡 絵梨乃(ia0191)は囮で先行する四人にあっさり告げて、自分は古酒を開ける。 「今からか。潰れるなよ」 「だ・れ・に言ってるのかなぁこの程度で潰れるようじゃあ、酔拳使いは名乗れないよ」 軽口叩く統真に、絵梨乃も笑みを見せると、互いの拳を合わせる。 待ち伏せて潜むのは、白蛇、宗久、統真、絵梨乃。 なので、囮として森に先行するのが祥、竜哉、恭冶、遥平になる。 「いつ戦闘開始になるか分かりませんので、今の内から」 そう言うと、遥平は先行する仲間に加護結界を一通りかける。 「そんじゃま。変に気負わず何時も通りに、ね」 それとなく竜哉は周辺に目を走らせる。事前に聞いていた森の感じと今で、とりあえず目立った差異は無い。 街道沿いに歩き、問題の森に至る。 「何かが動く気配は無しですか。とはいえ、向こうも獲物をずっと狩ってない訳ですから」 遥平の言葉が終わるかどうかの頃合に、 ――チッチ、チチチチチッ‥‥ 遠くで鳥の啼く声が聞こえた。 しかし、それは酷く遠い。一応目を凝らすが、視野内に飛ぶ影は見えない。 「もう少し進んだよさそうやね」 肩透かしを食った気分で、恭冶は鳴き声のした方へ森に踏み入る。 無造作な足取りで。けれど手にした得物は硬く握り締め。 そして、遠吠えが聞こえた。 明確な唸りを上げ、草を飛び越え、枝葉を蹴倒し。迫る影は怪狼四体。 「休む暇も無かったですね」 遥平が、まず飛苦無を構える。 「上だ!!」 心眼を用いた祥が、即座に双戟槍を振り上げた。 ぼたぼたと握り拳ほどの塊が落ちてくる。舞うような動きで薙ぎ払えば、それは跳ね飛ばされ、地面に落ちるや向きを変えて素早く茂みに潜む。 「人喰鼠まで。厄介やねぇ」 正体をしっかり見極め、恭冶の顔がやや本気で歪む。 どれも恐ろしい相手ではない。 が、全力を出せば肝心の夜雀が警戒して逃げる可能性が高いので、手加減して弱い格好の獲物と思わせねばならない。 森の中では木で動きを制限されがちな事もある。 数で来られると面倒が増えて仕方が無い。 「夜雀を倒しても、こいつらが消える訳でなし。この機にしとめさせてもらおうか」 刀「翠礁」を抜くと、躊躇い無く竜哉は斬りかかる。弱いフリは必要だが、むざと怪我する気も無い。 「待って下さい。囲まれる前に、一度戻って立て直しましょう」 「分かった」 鋭い歯を立てようとした怪狼の口に、遥平は飛苦無を捻じ込む。 上顎を貫かれ、仰け反った怪狼の首筋に竜哉がすかさず斬り込む。 蹴り付け引き離すと、霧散を見届けず、転進。 アヤカシの群れは、倒れた仲間を軽々と越えて開拓者たちを追ってきた。 一旦、街道に出る。 開けた視界に、アヤカシたちは隠れる事無く、その牙を、爪を開拓者たちに向ける。 喰われない程度に蹴散らしながら、さらに移動。 葬った個体も多いが、それ以上にアヤカシの種類も増えてきている。 それというのも、どこか小さな鳥の声のせい。 ――チチ、チッチ、チッチ‥‥ 犬の唸り、鼠の威嚇、猪の鼻息に、猫の鳴き声。 周囲は実に賑やかなものだが、その喧騒に混じる夜雀の声は、徐々に近くなっている‥‥。 「景倉!!」 「あいさね」 突進してきた化猪を躱し、取り巻くアヤカシを双戟槍で打ち払う。 と、心眼で見ていた祥が鋭い声を上げた。 途端、恭冶が吼えた。 大地を轟かせる大音響は否応無く、注意を引く。 竜哉たちに食いつこうとしていたアヤカシたちの目が一斉に恭冶を向いた。 何体かは迷うような素振りの後、やっぱり手近な獲物がいいと攻撃を再開したが、何体かは殺気だった目で恭冶へと目標を変えた。 「やあ、これは大変さね」 どっと押し寄せる獣型のアヤカシに、恭冶は構える。 そして、 殺気だった集団が群がっている場所からはやや離れた場所に、唐突に矢が飛んだ。 呼び寄せられたアヤカシを引き連れたまま、囮組は潜伏する別隊のいる場所まで引き寄せていた。 苦戦していると見てか、距離を狭めていた夜雀は恭冶の咆哮に釣られる。 吸い寄せられ、飛び出した小鳥たちを、伏せていた開拓者たちは勿論逃したりしない。 「‥‥焼き鳥にすらなれない雀が、手間かけさせやがって」 宗久は小さくぼやく。 動きは早かった。 鏡弦に使った五人張を構えるや、無駄な行動なく素早く矢を番え放つ。 精霊力を集めた瞬速の矢は高速に空を裂き、違わず夜雀を射止め。そして円月輪が翼を落とした。 「鳴いて他のアヤカシを呼び寄せるのは‥‥寂しいから? 待っててね‥‥皆、群れの所へ送ってあげるから‥‥」 白蛇は円月輪を拾うと、静かにアヤカシが瘴気に変える様を見届ける。 「泰練気法・壱‥‥空波掌!」 身を隠していた偽装の布は乱暴に払いのける。 飛び出したもう一羽。覚醒し、赤く染まった統真は構え、そして、撃ち出す。 衝撃波は確実に相手を捕らえた。 「はい、止めね〜」 同じく覚醒状態で、命中させる事に集中。絵梨乃の気功波は、簡単に夜雀を討ち取る。 「‥‥まだ。一匹、泣いてる」 超越聴覚で耳を済ませていた白蛇が、すっと一点を指す。 「馬の方角四丈‥‥いや、」 鏡弦で居場所を確定。照準を合わせた宗久は弓を引きかけ、毒づく。 早々二羽が殺られ。警戒したか、最後の一羽が射程から離れた。 位置が悪く。間合いを詰めるには呼び込まれたアヤカシの群れに飛び込まねばならない。 「空飛ぶ鳥は地を舐める‥‥精顕力歪!」 むしろこちらの方が近いと、注目していた遥平がすかさず力を練る。気力も集中。これを逃す訳にはいかない。 夜雀の周囲の空間が歪むと、捕らわれた小鳥は捻じ切られる。 「チチ――!!」 叫びを上げて、雀は落ちる。 「直閃‥‥牙突!!」 竜哉が素早く木を蹴り駆け上がると、落ちる小鳥を突き殺す。その刃の先で、夜雀はただ霧散し消えた。 そして、着地した竜哉に向かって、化猪がその牙を向けて飛び込んでくる。 竜哉が構えなおす前に、祥が横から巻き打ちで槍を打ち込む。 どぉっと、音を立てて化猪が倒れた。巨体に押し潰され、逃げ遅れた人喰鼠が霧散したが、そんな小さい事は気にせず、立ち上がった化猪は闘志を露わにする。 取り囲むアヤカシたちも退く気はない。 元より夜雀は集めただけ。それが倒れたからといって、すごすご逃げ出すような化け獣たちではあるまい。 「予定の夜雀は三羽。討ち取った以上は撤退‥‥といきたいが。向こうもそうはさせてくれないようだ」 淡々と。歓喜も絶望も無く、当然の事として祥は改めて槍を構える。 「さぁて、鬼ごっこはそろそろ仕舞いやね。これ以上いられると、迷惑なんよ」 一方。仕事終わって、はいさよなら、と即行逃げ出す開拓者たちでも無い。 恭冶はアヤカシを見据えると、自分から刀をそいつらへと向ける。 もう手加減の必要は無い。全力で叩くまでだ。 「こっちももう暇だからな。十分相手してやろうじゃないか」 飛び出した統真に、怪狼が食いつく。 八極天陣で気を巡らせた統真は、ひょいと軽やかにその上を跨ぎ越す。 不意に目標を見失い戸惑ったアヤカシに、続く絵梨乃が蹴り付け踏みつけられる。 「待ってる間に、酒も無くなっちゃったじゃないの。かくなる上は、ちゃっちゃと終わらせて賭場で遊び倒したいよね」 「遊界で事情聴取とかがあるから無理そうだって、ギルドから説明あっただろ」 「うわー、労いで芋羊羹ぐらいは出してくれるんでしょーねー」 軽口を叩きながらも、統真と絵梨乃の動きは止まらない。 「はは、遅い遅い。誰だと思ってるんだい?」 ざっと地を蹴った猫を、宗久は軽く笑いながら射抜く。射抜いたと思えば、即座に次の矢が番えられている。間断なく降る矢に群れが翻弄される。 「‥‥逃げないで」 難から逃げようとするアヤカシもいた。 白蛇は乱戦で突っ込む役目は他に任せ、そういう輩を主として始末にかかる。 ● 夜雀が気前良く鳴いてくれたおかげか、雑魚とはいえ、数が多く。 すべて仕留めるのに結構な時間を費やした。 それでも、まだ誘いに乗らず、森の奥に潜むアヤカシがいる可能性もある。 遊界に報告に戻れば、そういったアヤカシの今後の対処方法などもついでに聞かれ、さらに時間を費やす。 解放されると、帰還の時刻が迫っていた。 遊界の町は、開拓者たちの苦労も知らず。相変わらずの喧騒に包まれている。 にこやかに勝った負けたと話す通りすがりを、祥は少々羨ましそうに見つめる。 「はぁ、何か報告の方が疲れたよ。帰って一緒に風呂にでも入るか」 「おいおい」 統真に絡んで、にやける絵梨乃。言うほど、疲れているようには見えなかったりもする。 「‥‥夜雀。再びこの世に彷徨い出ず‥‥ちゃんと群れへ合流できますように‥‥」 白蛇が横笛で鎮魂の曲を届ける。 哀愁を帯びた音色は、しばし人の耳を楽しませる。 瘴気に還ったアヤカシが喜んだかは、定かではない‥‥。 |