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■オープニング本文 雲が広がる空からそぼ降る雨。それに逆らうように、山から上る煙が見えた。方角にも距離にも、人が住むような位置では無い。 「まさか、山火事か!?」 気付いた村人たちが血相を変える。もし火の手が広がるようであれば、近隣にも知らせた上で避難しなければならない。 類焼を食い止めるべく、伐採道具を持って現場に向かおうとした。 しかし、 「やばい! あんな所にまで火が‥‥、‥‥いや待て!?」 山道を急ぐ途中で、村人たちは深くて暗い木の間に広がる火を発見した。 最悪を想像して、村人たちの血の気が失せる。だが、それは別の意味の最悪だった。 火が動いた。風でゆらめいだとか、木に燃え広がったとかで無く、本当に塊がぽんぽんと跳ねる。 よく見れば、それは火ではなかった。 火を纏った可愛らしい兎たち。焼かれているのでは無い。人ほどある大兎は、まさしく炎を纏っている。 数は十二。 くりっとした愛らしい目をこちらに向け、長い耳をたなびかせ、強靭な足で大地を蹴り、一丸となって村人たちの方へと襲い掛かる。 通常の生き物では勿論なく、そしてケモノでも無い。 「アヤカシだ!!」 正体を悟るや、慌てて村人たちは逃げ出す。その後ろに兎たちは追いつくと、容赦なく炎を吐く。 小さな小さな火の玉が村人たちに降りかかる。着ていた服が燃え上がり、近くの木々も燻りだす。 ● 「火兎だな」 開拓者ギルドに飛び込んだ依頼。その内容を吟味し、係員はそう断言した。 赤茶色の大きな兎のアヤカシ。一般的な兎と違って好戦的で当然人を襲う。 全身に纏う炎で体当たりをしたり、火を噴いたりと様々な攻撃を繰り出すが、あまり強いアヤカシでもない。 だが、吐く炎は引火する。場所だけに、それによる火災の方がむしろ恐ろしい。 「幸い、連日の雨で火がつきにくい。見つかった火はどうやら小火程度で自然鎮火しているようで大事には至っていない」 それでも元凶火の元を野放しにしていては、いつどうなるか分からない。 「村人たちは何とか山で兎たちをまいて逃げ切り、すぐにこちらに連絡が入った。山に入り、兎狩りを行ってくれる者はいるか?」 開拓者は依頼に目を通した後、ちらりとだけ外を見る。 雨は止みそうに無い。 |
■参加者一覧
橘 天花(ia1196)
15歳・女・巫
乃木亜(ia1245)
20歳・女・志
露草(ia1350)
17歳・女・陰
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
彼岸花(ib5556)
13歳・女・砲 |
■リプレイ本文 山に出た火兎。 その詳細を聞く為に、遭遇した村人たちの元に訪れる開拓者。 彼らは運が良かったのだ。雨で火兎お得意の炎も湿り、地の利を味方にして逃げ延びた。 しかし、無傷では済まされない。火傷や打撲など、致命傷に至らぬまでも相応の傷は負っており、橘 天花(ia1196)が閃癒をかけていた。 「可愛いのはいいんですけど、迷惑なのは勘弁ですね」 火兎の風貌を聞き、隣に浮かぶ人妖の衣通姫と顔を見合わせ、露草(ia1350)は軽く肩を竦める。 兎が嫌いという人は少ないのではないだろうか。 草食で大人しく、くりっとした目も愛らしい。 単なる巨大な兎なら、自分で飼うにせよ、誰かに売るにせよ、それだけなら需要はあるかもしれない。 「もったいないな。アヤカシでなければペット用で捕まえるのに」 「兎って普通可愛い物だけど‥‥、炎を纏った兎。うん、絶対可愛くないだろうね。アヤカシだし尚更」 オラース・カノーヴァ(ib0141)が残念そうに頭を振り、浅井 灰音(ia7439)はとんでもないと身を震わせる。 アヤカシであれば当然物騒で飼えたものではないが、もしそうでなくても火を扱うのは危険ではある。 「ほ、他に被害が出る前に、た、退治しないとい、いけませんね」 傷を見て震えたか、男性がいるので気が引けたか。上ずった声を落ち着かせると、彼岸花(ib5556)は銃の感触を確かめる。 火兎についてや、山の地形などについてなるべく細かく聞き込み、開拓者たちは山へと向かう。 「雨、ですね‥‥」 外に出た乃木亜(ia1245)は天を見上げる。 そぼ降る雨がしとしととずっと続いている。空一杯に広がる雲からして、止む兆しは無い。 (お父さま、お母さま。私の事を見守っていてくださいね) 左腕をさすり、過去に祈る乃木亜を傍らのミヅチはずっと見つめていた。 ● ここ数日続いていた雨で、山を行くのも足場が悪い。 銃の火薬は放っとくと湿気るので、その対策も必要とされた。 ただ悪い事ばかりでもない。強くは無い降りはぬかるみに残った足跡を流すまでは行かないし、火兎の類焼を抑える効果もある。 村人から聞いた情報を頼りに、火兎のいそうな地点を探り、その近くで戦闘しやすそうな場所を選び陣取る。 といっても、深い山の中。生い茂る木々に阻まれ、広さは限られた。 「火兎かぁ‥‥。やっぱ狸の背中に火をつけたりするのかなー」 そして、暢気に炭を熾しながら、リィムナ・ピサレット(ib5201)は串焼きの準備に取り掛かる。 炭に火種、金網、串。団扇や桶まで用意し、しっかり肉も持ってきている。濡れないよう舞傘まで広げている。 迅鷹のサジタリオを始め、相棒たちも美味しそうな目を向けているが、あいにく今回の目的は御飯ではない。 「待つ間って、特にやる事無いですね」 火打ち石から飛び散る火花を見つめながら、水津(ia2177)は適当な所で待機。 雨のせいでリィムナの火付けはやや苦戦。飛び回る水津の鬼火玉、魔女が焔に何となく羨ましそうな視線を送る。それでもへこたれずに挑戦を続けていると、やがて煙が上がり、小さな炎がちらつき出す。 浅井 灰音(ia7439)と天花の二人が呼子笛を吹き鳴らす。 高い音が周囲に鳴り響くが、雨に消されてか響きが悪い。 「ここにいますよー」 乃木亜も声を上げてみる。が、木霊すら返ってこない。 「そ、それじゃあ、ぼ、ボクとガイオウはおびき寄せに、い、行ってきますね」 リィムナから焼けた肉を分けてもらうと、彼岸花はそれを甲龍に持たせる。 「空からなので大丈夫と思いますけど。もし地表を移動するなら、足元も滑りやすくなっているかもしれませんし、気をつけて下さい」 「は、はい。――ガイオウ、雨の中だけどよろしくね」 心配して告げる乃木亜に、彼岸花が頷く。 ガイオウは、翼の湿りを振り払うかのように一度空打ちすると、重厚な体躯を物ともせず彼岸花を背に乗せて空に発つ。 「サジ太も警戒よろしく」 リィムナが呼びかけると、ふと顔を上げ迅鷹も上空へと飛び立つ。 それからも、大声を出したり笛を吹いたりあれこれ試していたが、しばらくは雨の景色だけが続いていた。 火で攻撃するアヤカシなら、火で炙られた餌の匂いにも敏感ではないだろうか。 リィムナはあくまで単純に囮用として串焼きをした訳だが、別の意味でもこれが役に立った。 何せ、ただでさえ辛気臭い雨の中。アヤカシを待ちうけるのであれば賑やかにする訳にも行かず、しかし、じっとしていては徐々に体も湿気て冷えてくる。 火の揺らめきは別に水津でなくとも心温まるものだし、実際に焚火に当たって体を温める事も出来る。 火兎がこないのであれば、食事をして体力回復も可能。 「って、お肉無くなっちゃわないよね?」 炭化させるまで焼くのも勿体無いしで、程よく焼けたのはリィムナも皆に振舞っているが、肝心のお客が食べにきてくれないのでは困り者。 「だ、大丈夫、です。先ほど、動く、火を見つけました。こっちに、ちゃんとむ、向かってきてくれてます」 何度空を巡ってみたか。帰ってきた彼岸花とガイオウが、よろめくように地上に落ちる。 だが、それは演技。実際に地上に落ちる前にガイオウは体勢を立て直していつも通りの着地を見せた。 火兎が空に気付いていたなら、大きな獲物が落ちた事に気づくだろう。 その知らせに、なお高らかに笛を鳴らし、煙も上げる。これを見逃す手は無い筈。 「数は分かるか?」 「すみません、枝に隠れてたりしてたので、せ、正確には。でも、か、数はいました」 問いかけるオラースに、彼岸花はちょっと身を退きながらも答える。 「大丈夫、策敵は行います。――絶対逃がさないんですから!」 封じたままの管狐を懐に抱き、天花も臨戦態勢を整える。 ● 兎は通常捕食される側。草を食むのに小細工はいらない。 だが、火兎は狩りをする側。外見こそ愛らしい兎なのに、動き方は肉食動物のようで、開拓者たちを逃さぬよう周囲にゆっくりと展開していった。 開いた空間で焚火をするリィムナたち。串焼きは美味そうだが、アヤカシにとってはそれより魅力な餌は開拓者の方だ。 間合いを充分に詰めると火兎たちは一斉に動いた。人程ある大きな姿は隠れようともせず、脚力に物を言わせて瞬く間に残る距離を詰める。 「ピィ」 彼らが届く前に、藍玉が小さく鋭く鳴く。 先頭をきってた火兎の足に、水が纏わり付く。鉛色の錘に足を取られた兎の動きが鈍る。 「レギンレイヴ!」 灰音が声を上げる。が、迅鷹はそれ以前に動いていた。 「サジ太!」 汲み置いた水で火を消すと同時、リィムナも迅鷹に命じる。 滑空してきた迅鷹たちは、その翼を強く打つと鋭い風が雨を散らし、火兎に襲いかかる。 動きを鈍らせていた火兎が躱せる筈も無く、血のような瘴気を吹くと音を立てて地に落ちた。 一匹が殺られ、一瞬だけ火兎が怯んだが、すぐに気を取り直しその後方からも横からも攻撃を仕掛ける。 「数が多い。群れで動いてきたか?」 動き回る兎の数に、オラースは微妙な顔つきになる。 「数は十二匹。どうやらそのようですが、探す手間は省けます」 木々に隠れて見づらい兎も瘴索結界で位置を確認する。 天花の答えに、頷くと、オラースは管狐を呼び出す。 同化して身を守らせると、自身はブリザーストームを唱える。 リィムナはサジタリオを呼び戻す。同化すると疾風の翼で輝く足で巧みに火兎の動きを躱しながら、オラースの魔法に合わせて位置を取り、自身も詠唱する。 吹き乱れる吹雪。あるいは雷。雨も氷の粒となり、周囲の気温も下がるよう。 周囲に展開する魔法に、さすがの火兎たちも動きを乱す。 躱しきれずに直撃を受けた火兎が薄い霜を塗して倒れる。 「火兎シャーベットの出来上がり☆」 「それはあんまり食べたくないよぉ」 「大丈夫。どの道、煮ても焼いても食えない奴らだ」 リィムナは眉間に皺を寄せる。オラースは鼻でアヤカシたちを笑うと、立ち昇る瘴気に目を向ける。 「網、投げます!」 やはり上空で待機していた彼岸花とガイオウが、慌てる火兎に向けて網をかける。 数羽が絡め取られたが、強靭な刃や炎ですぐに網を無効にしている。もっともそれで脱出する前に、彼岸花と灰音の銃が火を吹いているが。 火薬が湿気ないように、彼岸花のマスケット「シルバーバレット」は耐水防御が施されている。単動作で素早く再充填すると、次々と火兎たちを撃ち抜いていく。 露草の氷柱。こちらも敵一体に対して氷結攻撃を行う。その傍らでは、衣通姫は怪我人が出ないよう、ずっと注意しながら周囲を見張っている。 「いつきちゃん、真面目に回復頑張るですよ。帰ったらウサギケーキ、作ってあげましょうね?」 「はい、がんばりますのー」 ケーキ、が嬉しいのか、衣通姫が目を輝かせて喜ぶ。 もっとも火兎より開拓者たちの方が実力は上。確かに相手の数は多いが、相棒を供えて充分対抗できる。 さらに乃木亜が神楽舞「速」を舞い、兎の素早い動きにも対抗できる。衣通姫と共に、怪我人が出たらすぐに癒す構えだ。 「チッ!」 手強い獲物を見つけたと、火兎たちが小さく鳴く。 しかし、狂喜の色は消えない。どうにか葬りさらんと、アヤカシたちは一斉に火を吹いた。 四方から乱れ飛ぶ火の粉を、さすがに全ては防げない。外れた火も木に当たると、その焦げ後から小さく煙を上がり、輝く色が見え出す。 雨ですぐに消えるが、攻撃が続けば鎮火する前に燃え上がる可能性はある。 「ぐずぐずしている暇無しね」 オラースは射程に火兎一匹を捕らえるとアークブラストを放つ。 「こいつはおまけだ!」 さらに続けてもう一撃。ほとばしる閃光が火兎を飲み込む。 「避けきれないなら‥‥肉を斬らせて骨を絶つまでだよ」 飛び回る炎に、飛び掛ってくる火兎たち。灰音も苦心石灰は用いるが、連続で凝られては限が無い。 宝珠銃「皇帝」を撃つと、再装填は諦め、右手のヴィーナスソードで振り払う。 「我が剣に宿れ‥‥汝の名はレギンレイヴ!!」 待っていたかのように同化する迅鷹。煌きの刃を振るい、火兎たちに斬りかかる。 「シャ!」 一匹の火兎が飛び上がった。木を利用して高く上空に飛び上がると、攻撃する開拓者たちを飛び越え、後方で支援を行っていた露草に迫る。 その体が火に包まれる。名前の通りの火の兎。巨体と合わさり、追突されればただではすまない。 衣通姫が蒼い顔をして、露草の後ろに隠れる。 人妖を庇って、露草は一歩踏み出す。その手に握られているのは‥‥マグロ!! 「このぉ!!」 大マグロを力任せに振り回す。 まさか山の中こんなもので殴られようとはアヤカシも考えなかったはず。見事に当たり、火兎がすっ飛ぶ。 砕魚符。見た目はともかく、威力は確か。 「藍玉! お願い!」 「ピ」 乃木亜にも火兎の影が迫る。あいにく彼女は攻撃のスキルは持ってない。 が、その分自分が守るんだというように、ミヅチが乃木亜に従う。彼女を狙った火兎は、突如として水柱に吹き上げられ、空高く飛ばされる。 強烈な水圧によって平衡感覚を失い、動きを鈍らせれば、たちまちの内に他の開拓者からの攻撃の餌食になる。 「やっぱり、天花はボクがいないと駄目なんだよなっ!」 「薊は頼りになりますから♪ ‥‥そこの木の影にも隠れています!!」 密集する木々に隠れながら隙を覗っていた火兎に、天花は管狐を差し向ける。 淡い金の毛並みの狐は、二本の尾を閃かせると即座に火兎に喰らい付く。 火兎を始末すると、振り返って、どうだ、と胸を張る。その姿を賛美しながらも、天花は策敵を続けている。 仲間の数が徐々に減り、さすがに火兎たちもまずいと考え出す。 開拓者たちに注意を向けたまま、次の攻撃――あるいは転進を考えて間合いを取る。 だが、開拓者の魔法が届かぬよう充分に間合いを払ったつもりで、火兎たちは数を減じていた。 周囲の色に溶け合うよう擬態した鬼火玉。ナハトミラージュによって存在感を消していた水津。 けして、見えなくなる訳ではないが、他の開拓者たちの動きに注意を向けすぎていたのだろう。火兎たちは彼らに目を向けずにいた。 瘴索結界で火兎の位置を把握できる。隙のある火兎にそっと近付き、魔女が焔がまず手数に任せて叩きのめし、弱った所を水津がラストリゾートで急所にアキケナスを叩き込む。 「私とぷよちゃんの擬態戦術とくと味わうです‥‥」 水津と魔女が焔が笑う。 すぐ傍にいたはずの仲間が倒れ、気付いた火兎たちはさすがに慌てる。 「逃げる気ですよ! 薊、戻って」 「ちぇ」 瘴索結界で警戒していた天花が声を上げるのと同時、決断は早く火兎が身を翻す。 小さな不満を漏らす管狐は後で宥めるとして、天花は即座に神楽舞「脚」を舞うと、皆の移動を支援する。 「ぷよちゃん!!」 水津もまた瘴索結界で火兎の動きを抑えると、その前に回りこむよう指示し、自身もまた火兎を仕留めにかかる。 火兎の足は速く、まさしく脱兎の勢いで戦場から離脱している。だが、その後ろからも開拓者たちの魔法が飛び、空からは彼岸花が銃を撃つ。 逃げ切れるものではなかった。 ● 「これが最後の反応。大丈夫ですね‥‥」 火兎に刺さったアキケナスを抜いた水津に、天花も頷く。 始めに倒した火兎は瘴気に崩れている。雨に散るように、他の火兎もその姿を薄れさせていた。 「次の問題は、延焼が無いかですね。薊、何か探せませんか?」 「焦げる匂いは無いね」 周囲を見渡し、天花は管狐を呼ぶ。鼻をひくつかせながら空に昇った管狐は、火の元を捜す。 念の為、しばらく待って探してみたが、火事が起こる気配は無かった。 「火兎が動き回ってたから、他にも焼けてないか心配でしたが、この分だと大丈夫ですね」 藍玉が甘えて擦り寄ってきたのを撫でてあげながら、乃木亜はほっとした表情で空を見上げ、目を閉じる。 「ケーキ、ケーキ♪」 「はいはい。帰ったらね。目に付けるさくらんぼを買って帰りましょうか」 大丈夫と聞いて、俄然人妖は露草に詰め寄っている。 「ガイオウ、御苦労様。帰ったらちゃんと体を拭いてあげるからね」 時たま濡れる体を気にしている甲龍に、彼岸花はもう少しの辛抱だと告げる。 そろそろ梅雨入りか。 雨は止む気配は無く。されど、開拓者たちの足は来る時よりも軽いものになっていた。 |