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■オープニング本文 梅雨到来。 太陽が雲に隠れる事が多く、数日雨が続く事も。 陰鬱な時期ではあるが、恵みの雨をもたらす季節でもある。 野良仕事がやりづらいが、それで作物が育つなら結構。あえて出歩く用が無ければ、家でひっそりと作業をする日々が続く。 閉じこもってばかりでは、早々話題も増えない。顔を合わせるのも家族ぐらいで、静かに家の仕事をしながらただ時が流れていたが。 ――コン。 と、狐の声を聞いた。 雨の中、餌を探しに山から降りてきたのかと、のんびり考えながら、村人たちは知らず眠りについていき‥‥。 喉に焼け付く痛みを覚えて村人は飛び起きた。 (な、何だ!?) 不意の痛みよりも、何故それが起きたのかと混乱した。 血だらけのままに、村人は周囲を見渡す。 いつの間にやら。家の戸は蹴破られ、黒い狐が大挙して闊歩していた。 その一匹。目の前にいる黒狐は口元から血を滴らせている。金色の瞳が愉快そうに村人を見ていた。 視界の隅で家族が寝ているのが見えた。不自然な体勢は、いきなり寝落ちしたよう。 逃げろ、と叫びたかったが、喉をやられては声が出ない。 その村人の代わりに、眠りこけた家族を起こしたのは黒狐だった。ちょいちょいと、前足で器用に眠る人をゆする。 「何!?」 置きぬけの声は、すぐに悲鳴に変わった。とまどった声はやはり状況を把握していないのだろう。 黒狐たちが声を上げた家族に向いた。 殺気を感じ、転ぶように家族は逃げた。その背に、黒狐たちが殺到する。 血が散った。絶叫はすぐに途絶え、濡れた音が家中に響く。 一部始終を見ていた村人は、家族の傍へ駆けつけようとする。だが、その動きを黒狐が阻んだ。振り払おうとしたその手を、黒狐は一撃で噛み砕く。 上がらぬ悲鳴のまま転げまわる村人に、嘲笑うように黒狐が乗っかる。 苦しむさまを堪能して満足したか。鋭い牙を村人に差し向けようとし‥‥。 「何だ! 何があった!! どうして皆眠っているんだ!!?」 外で、急に声があがった。 たまさか出かけていた誰かだろう。事情が分からず、各家を探るような音も聞こえた。 ふっと黒狐たちの注意がそっちに向いた。 その隙を見て、村人は黒狐を跳ね除けた。まさしく無我夢中、死に物狂いだった。 後は、何も考えずに必死に逃げる。 追いかけてくる痛みも、雨に消える悲鳴の数々も全て無視して、村人はただ走り続けた。 ● 「旅の一座が、道の途中で血だらけの村人に出くわした。その村人から聞いた事情だ。あいにく、その村人は息を引き取ったそうだが」 喉をやられ、筆談が行われた布は血で真っ赤になっていた。 そして、話を受けた一座は、この一大事を開拓者ギルドに伝えていた。 「クンネペソシスマリ。神威人によって命名され、そう呼ばれている。黒氷雨ともいうアヤカシだ」 黒狐のアヤカシ。低級ではあるが、駆け出しの開拓者なら逆に返り討ちにしかねない実力を持つ。 不思議な鳴き声で人を眠りに誘って追い込み、わざわざ起こしてから喰らい付くという実に性悪なアヤカシである。 雨を呼ぶ、と言われるが、それはただの噂と思われる。 ただ、今回雨の中現れたのは事実だ。 「事態を聞き、こちらでも少し調べたが、数が二十はいる。村一つを占拠し、生存者もまだいるらしい」 アヤカシの跋扈する村で住人は眠らされ、ヤツラの食事の際に喰われる住人だけが起こされているという。 「放っておけば、村が全滅する上にまたどこかの村が犠牲になるだけだ。急ぎ、奴らの退治を頼む」 雨と共に現れ、村に居座り続ける黒狐たち。 降る雨は止まず、むしろ強くなりそうだった。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
橘 天花(ia1196)
15歳・女・巫
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
からす(ia6525)
13歳・女・弓
ハンス・ルーヴェンス(ib0404)
20歳・男・騎
九条・颯(ib3144)
17歳・女・泰
クレア・エルスハイマー(ib6652)
21歳・女・魔 |
■リプレイ本文 見上げれば、分厚い雲が空を覆いつくす。 先日から降る雨で地面はぬかるみ、あちこちに水溜りを作っている。 こんな日は、せめて屋内で過ごしていたいものだが、アヤカシがのさばっているなら放ってはおけない。 クンネペソシスマリ。黒氷雨、とも呼ばれる狐型のアヤカシが集団で村を襲い、今なお占拠している。 入った情報によれば、村人たちの幾人かはまだ生きているらしい。 彼らの救出も考え、村にはまず酒々井 統真(ia0893)とフェルル=グライフ(ia4572)の二人が囮となって近寄る事になった。 「狐のアヤカシか‥‥。術を使ったりあんまり得意な敵じゃねぇが、言ってる場合でもねぇ」 雨の鬱陶しさよりアヤカシの厄介さに、統真は表情を険しくする。 「そろそろですね」 村の入り口が見えて来て、フェルルが小声で注意を促す。 ちらり、とフェルルは近くの木の上に目を向ける。 そこでは、雨を避けるように張り出した枝に隠れた迅鷹のサンが待機している。目と目が合うと、嬉しそうに翼を広げて答えた。 さらに後方ではおびき出した黒氷雨に即座攻撃をしかけるべく、ハンス・ルーヴェンス(ib0404)、クレア・エルスハイマー(ib6652)、九条・颯(ib3144)の三名も控えている。 駆鎧に炎龍までいる状況。普段であれば幾らか楽観もできようが、何分今回は敵の数も多い。 統真は人妖の雪白を連れていたが、今は別行動。 「無茶をしたがる主の補助もしたいんだけど‥‥」 と、しきりに零していたが、ここは我慢して救出班の手伝いに回ってもらっている。 「無茶でもやらにゃならない時があるもんだしな」 田舎風の笠を目深に被りなおすと、村へと二人は踏み込む。 何も知らずに出稼ぎから帰ってきた若者とその妻を装い、二人は村の入り口に立つ。フェルルは念の為に、金髪をひっつめ手ぬぐいをかぶって隠している。 人通りが無く、家の中も静か。雨のせいにもできたが、そうで無いともう分かっている。 「気付かれてますね。あちらとそちら、向こうにも。集まってきています」 瘴索結界「念」を使っていたフェルルが、それとなく周囲を示す。 が、多少集まってくる程度では意味が無い。なるべく多くがこちらに向かってくるよう、さらに声を上げる。 「幾ら梅雨だからって、こんなに降られるなんてついてないです」 「だが、欠かさず書いてた手紙がぷっつりと途絶えたんだ。気になるだろう。しかし、これはどうなってんだこれ。‥‥おおい、誰かいないかー!!!」 わざと大声を出して、統真は村を見渡す。 「統真さん、あそこ!」 フェルルが偶然を装い、黒氷雨の居場所を指す。統真は、黒い影がさっと物陰に消えるのを見た。 警戒してるのか、視認できる所に黒氷雨は出てこない。 「いますよ、物陰に隠れながら囲んできてます」 けれど声を硬くして、フェルルは警戒を告げる。 緊張する中、突然、睡魔が襲い掛かる。 黒氷雨の攻撃とすぐに知れたし、幸い、眠りに陥るのは二人とも抗えた。ただ、これで柚乃(ia0638)から事前にかけてもらっていた加護結界は解かれた。 すぐにも行動は可能だったが、二人目配せをすると、そのまま倒れて眠ったふりをする。 アヤカシの技に抗うなど一般人にはほぼ不可能。すぐに志体持ちと見破られてしまう。 なるべく黒氷雨をひきつけるには、まだ演技を続けておく方がいい。 無力化した二人を確認する為、黒氷雨たちが姿を現し始める。ゆっくりとした足取りで二人に近付くと、ちょいちょいと前脚でわざわざ二人を起しにかかる。 「何だ!」 「きゃあ!?」 目を覚まし、悲鳴を上げる二人に、すかさず黒氷雨が襲い掛かる。 が、それは予想の内、荷物で素早く振り払うと統真はフェルルを連れて構える。 獲物逃がさじ、と黒氷雨が追撃をかけるその鼻先を、さっと何かが飛んだ。出鼻を挫かれ、黒氷雨が倒れる。 高速飛行で飛ぶサンは黒氷雨の群を乱し、フェルルの肩に止まると、精一杯の威嚇を見せる。 文字通り、いきなり飛び込んできた邪魔者に黒氷雨たちが凶悪な顔を向ける。 が、それよりさらに高い場所から攻撃は降ってきた。 聖なる矢が黒氷雨の一体を撃った。はっとして他の黒氷雨が顔を上げた時には、もう雨雲から落ちるように炎龍が迫っていた。 鋭い鍵爪が黒氷雨に向けられている。ヒートアップまで加えた攻撃だったが、黒氷雨は寸前でするりと逃げた。勢い余った炎龍が屋根を壊すが、構わず翼をはためかせる。 「上昇です、シルベルヴィント! 奴らの目をこちらに向けさせて!」 その背から、クレアが指示を出す。高く逃げはせず、彼らの攻撃が届きそうなぎりぎりの高度を保つ。 「我解き放つ絶望の息吹!」 戦列乱れる黒氷雨たちに向け、クレアから容赦のないブリザーストームが届く。 「ケーーー!!」 巻き込まれた黒氷雨が悲鳴を上げる。周囲の雨が僅かに氷となり、周辺を寒々としたものに変え、地面で硬い音を立てた。 続けて、村の入り口から派手な破壊音が起こる。 現れたのは、漆黒のボディに、金の縁取りが為された重厚な駆鎧。 ハンスのシュヴァルツケーニヒだ。人よりも一際おおきなそれは握り締めたアーマーランスを掲げると、黒氷雨の群へと突っ込み、さらにその足並みを乱しにかかる。 「勇ましいな。こっちも負けてはいられない」 炎龍と駆鎧の動きに、颯は苦笑い少々。すぐに気を取り直すと、殺気をむけてくる黒氷雨へ拳を叩き込む。 鋼拳鎧「龍札」。つけられた宝珠により鉄板も打ち抜く威力で、一体が吹っ飛ぶ。家に当たり、派手な音を上げて壁が壊れた。が、元より騒々しさは寧ろ歓迎だ。 身軽な狐はあらゆる方向から命を取ろうと襲い掛かる。地面から来れば蹴り上げ、壁を蹴り宙から来るなら殴りつけ、颯は手数重視に黒氷雨を攻める。 その死角にもぐりこもうとした黒氷雨は、しかし、迅鷹のブライに動きを阻まれる。 迅鷹は雷が無いのを不服そうにしていたが、代わりに自身が雷になったかのようにレモンイエローの体は雨の中を飛び回る。 「ブライ、風斬波!」 颯の指示に合わせて、迅鷹は羽ばたく。雨粒が風の軌跡を生み、黒氷雨が一体刻まれる。 フェルルと統真の二人にも黒氷雨は迫る。と同時に、再び睡魔を覚える。 「舐めるなよ!」 統真は抗うと、拳布に桜色の光が宿る。はっとして、近付いていた黒氷雨が足を止めるがもう遅い。 腕より燃え上がった炎が鳳凰の羽ばたきとなる。拳の速さが鳳凰の鳴き声となって黒氷雨を打ち抜いていた。 直後に上がるのは黒氷雨の断末魔。振り払えば、転がった黒氷雨から瘴気が昇り始める。 統真がダメならと、フェルルに牙を向ける黒氷雨。フェルルは神楽舞「瞬」を用い、躱す。 「我は射る魔滅の矢!!」 すかさずクレアのホーリーアローが飛んだ。 「人質をとろうとしても無駄ですよ! 観念なさい!」 聖なる矢はアヤカシ以外には大した被害は無い。そばにフェルルがいてもお構い無しに攻撃を仕掛ける。 「どうやら大半がここに来てくださっているようです。頃合ですね。」 周囲の黒氷雨を数えると、フェルルはクレアを振り仰ぐ。 意を悟って、クレアはストーンウォールで道を塞いでいく。黒氷雨たちの行動を制限する為であり、他の仲間の退路を確保する為でもある。 「亡くなった方々が戻ってこられる訳ではありませんが、せめて全力でこの雨を晴らします!!」 フェルルは黒氷雨を睨みつけると、他の仲間の支援に回る。彼女を守るように、周囲をサンが飛び回る。 新しい獲物と思いきや、志体持ち。ここまで暴れれば目的も知れよう。 黒氷雨たちから一切の余裕が消えた。 ● 統真とフェルルが囮として村に入って黒氷雨たちを集め、そこをハンスたち襲撃班が一気に叩く。 と同時。別方向からは残りの開拓者が村に潜入し、各家で眠らされてる村人たちを救出するというのが今回の作戦だ。 統真たちが村の入り口に向かったのを見届け、救出班であるからす(ia6525)たちはなるべくそっちから離れた進入しやすそうな場所を探し出す。 程無く、黒氷雨たちが侵入する際に壊したらしき箇所を見つける。 知能はあっても、動物の手足では直しようがなかったのだろう。さらに侵入しやすいよう柵を壊すと、そこから村に入る。 「大丈夫、黒氷雨のほとんどが陽動に向かったようです」 「ですね。せめて残る方はお助けできるよう、今の内に救出を急ぎましょう!」 柚乃と橘 天花(ia1196)が瘴索結界「念」で周囲を探り、安全を確認すると、手分けして各家に乗り込む。 一見すると見張りの類は無い。が、どこから見られるかも分からない。 慎重に動き回ると、からすは一件に近付き、中の様子を覗う。 氷雨の食い散らかした陰惨たる有様だった。念の為、中に入って確認するも生存者は無い。 「今は、手を合わせるしかないですね」 そうした家を幾つか確認し、天花は泣きそうな顔で告げる。 そうこうする内に、村の入り口の方が騒がしくなる。空を飛ぶ炎龍の姿は目立ち、交戦に入ったのだとすぐに知れる。 こちらに同行している統真の人妖である雪白は、人魂で小さなトカゲとなると壁の穴から進入する。 「この家もダメ。皆亡くなってる」 中の様子を確認して出てくると、小さな軽く肩を竦める。告げる表情はどこか不満げ。彼女なりに主人が心配らしく、さっさと終わらせてすっ飛んで生きたいようだ。 さらにもう一体、不満にしている相棒がいる。 「ムゥ‥‥せっかくの雨模様なのに隠密とは」 「人質の救出が優先。我慢」 天を仰いで嘆く管狐の招雷鈴に、からすは厳しく告げる。そこにしっと柚乃が人差し指を立てる。 「中に、一体います」 召喚系の朋友は話してる間にも練力は消費される。柚乃の目配せに頷くと、早々とからすは家の中に招雷鈴を向かわせた。 中では人が倒れている。そちらに近付いた招雷鈴の頭上、屋根裏から躍り出てきた黒氷雨が降りかかった。 人に気を取られていたなら死角となっただろうが、柚乃の瘴索結界「念」ですでに把握済み。 ひらりと躱すと、招雷鈴はそのまま外に走る。黒氷雨もその後を追う。 「伊邪那、飯綱雷撃!」 外に飛び出してきた所で、管狐・伊邪那(イザナ)が電光を飛ばす。 撃たれた黒氷雨が甲高い声をあげる。 その間に、伊邪那が柚乃の首からするりと離れて入り口を塞ぐように家には戻らぬ位置を取る。 「まったく、同じ狐として許せないわね。ま、アヤカシと一緒にされても迷惑だけど!」 雨を払うようなお日様色の目には強い怒りと侮蔑が宿っている。 「サア! 我と遊び、我が名を刻み付けろ! 我が名は招雷鈴!」 「嬉しそうだな」 誘い出して笑みを零す招雷鈴に、からすはほそりと告げる。が、そんな声も聞こえないのか招雷鈴は雷を纏って、黒氷雨の始末にかかる。 表で狐が暴れている間に、天花は窓を壊して家に入る。 「誰!?」 寝ている村人を起すと、相手は事情が分からず、天花に驚いている。 「しっ! 黒氷雨というアヤカシが村を襲っているのです。今、仲間たちが奴らの目をひきつけています。急いで村から逃げて下さい」 天花が手早く事情を説明すると、表の騒ぎに気付いた村人は二度びっくり。青褪めた顔で頷くと、指示に従い速やかに避難してくれた。 「もー。毛並みが乱れちゃったわ」 「この程度。我は遊び足りぬがな」 黒氷雨一匹瘴気に還し、伊邪那は濡れた毛並みを気にする。 招雷鈴はしきりと周囲を見渡すが、他の黒氷雨が出てくる気配は無い。 「早く他の人も探さないと」 一旦、伊邪那を戻して次の家を探しだそうとした矢先。 大きな音が周囲に響く。 見れば、炎龍が地に落ちていた。すぐに飛び上がった辺り、どうやら無事らしくはあるが‥‥。 「向こうは、大丈夫なのでしょうか」 心配する柚乃だったが、程無く、それどころではなくなる。 「どうやらこっちにまで来たようです」 さらに何名かを助けた時点で、天花の声が硬くなり、横笛を抱く。 アヤカシの動きを感じる。三体。逃がした村人を見つけると、その後を追いかけようとしている。 「薊、お願いします!」 「了解。こんな雨の中を付き合うんだから、ちゃんと感謝するように!」 「伊邪那もお願いします」 天花が召喚した管狐の薊が憎まれ口を叩きながらも伊邪那と共に黒氷雨の動きを阻む。 「からすうううう!」 「こっちだ」 言われる前からやる気十分。招雷鈴を呼べば、同化して鳴弦の弓が輝く。 月影によって加速した矢は、猟兵射による奇襲の動きで完全に黒氷雨の意表をついた。一体が矢に貫かれ、苦しげな悲鳴を上げる。 「ほら、こっちもさっさと起きて、さっさと逃げなさい」 その間にも雪白は各家を捜索。伏兵に気をつけながら、小さな手で眠る村人を叩き起こしてまわる。 ● うっかり高度を下げすぎたか。 炎龍が眠らされ、背中のクレアごと地面に叩きつけられる。その衝撃で炎龍は目覚め、再び空に舞い上がったが、空からの攻撃が途絶えた僅かな隙に、五体ほどが石の壁を蹴って村の中へと逃げ出してしまう。 「身軽ですのね」 ホーリーアローで打ち抜くも、機敏に三体が逃げた。追撃しようかと思ったが、残る黒氷雨も多い。 十体ほどが積極的に攻撃に回っているが、これは同時に陽動でもあった。残りの黒氷雨は戦闘となるや素早く物陰に隠れると、そこから睡眠を仕掛け、こちらの動きを鈍らせようとしている。 目先の黒氷雨に対処しようとすれば睡魔が襲い、先にそちらを対処使用にも前衛の黒氷雨が邪魔をする。 纏まっていると上空から的にされると学び、なるべく散らばり陰を利用して目標にされるのを防ぐ。 動く時は四方からばらばらに、されどタイミングを合わせて攻撃をしてくる。 「得意じゃねぇし‥‥鬱陶しい!!」 執拗に仕掛けてくる睡魔に耐えながら、統真は拳を振るう。が、ともすればその動きも鈍る。まったく忌々しい限りだ。 フェルルを守るサンもともすれば居眠りしがち。直接戦闘には向かない巫女を守る為、あまり大きく出すぎる訳にもいかない。 「では、その陣形を崩させてもらう!」 駆鎧の中から冷静にその状態を見極めると、ハンスはアーマーランスを構え、シュヴァルツケーニヒを走らせる。全重量をかけた重い攻撃は黒氷雨を貫き、吹き飛ばす。 即座に周囲にいた黒氷雨が牙を向いた。駆鎧に齧りつくが、ハンス自身には影響は無く、振り払うとギガントシールドで押さえ込む。 「そこの櫓の陰、荷車の下‥‥小屋の陰には二体!」 どんなに隠れても、フェルルは黒氷雨たちを見つけ出す。舞うは神楽舞「瞬」。怪我をした仲間がいればすかさず閃癒にかかる。 指示された箇所に、眠そうにしながらも迅鷹のブライが風斬波を放つ。飛び出てきた黒氷雨に瞬脚で間合いを詰めて、颯が蹴り上げる。 「狐は賢いって言うのが昔話からのお約束だが、こういう悪趣味な悪知恵ばかりつけているのはゴメン被りたいんだがな」 数を減らす事を優先し、手堅く一体ずつ。 これ以上、逃がす気も無い。 ストーンウォールを越えぬように、シルベルヴィントを位置取らせるとクレアは上空から監視の目を強め、魔法で追い詰める。 ● 駆鎧の一閃で纏めて黒氷雨を薙ぐと、魔法でさらに傷を深くする。 ある程度の傷を負わせれば、後は虱潰しに殲滅。隠れた敵も見逃しはしない。 村の中に残っていた黒氷雨は少なく、管狐たちを中心にした動きで対処しながらどうにか撃退する。 最後に、巫女たちが村の周囲から巡り、アヤカシの存在を感じない事を確信すると、村の外に逃がしていた村人たちを呼び戻す。 逃げた村人たちは無事。だが、それでめでたし、と笑う事も出来なかった。 黒氷雨に眠らされ、碌な事情を知らなかった村人たちは、改めて家々を巡り、その惨状を目の当たりにする。 すでに失われていた命も多く。悲鳴に嗚咽、落胆といった声が、村の至る所から聞こえた。 「雨を呼ぶアヤカシか‥‥。梅雨の到来に何とも相応しい。いやそうではあるまいな」 駆鎧を片付けると、ハンスは天を見上げ、瞑目する。 黒氷雨の姿はすでになく。されど、雨は今なお全てを洗い流し、涙すらも隠すように振り続けていた。 |