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■オープニング本文 梅雨到来。 外は雨で、昨日も雨で、本日も雨。 この調子では明日も雨っぽい。 誰が作ったのか。開拓者ギルドの軒下にもいつの間にかてるてるぼうずが揺れている。 「と言う訳で、殴り合おう」 「お前の発想は分からん」 ギルドの受付用の卓にどっかと腰を据え、真顔で物騒な事を告げる酒天童子に、係員は首を振る。 「そんな難しい事じゃない。外は雨降って出歩くのも面倒だし、朝廷は新天地の方に気を取られて今一つ動きが悪いし、呑んだくれてるのも飽きてきたから、体でも動かすかーって事で手合わせ頼む」 「最初からそう言え! そしたらすぐに分かる!」 「なんでさ。結局は殴り合いだろ」 「いきなり殴り合いなんざ始められたら、ただの乱闘だろう」 頭を抱える係員に、酒天は悪びれもせずにきっぱり言い切る。 「双方納得の上なら、問題無し。場所も選んである」 「下手すりゃ暴走する癖に」 「何か言ったか?」 「いや、何も」 ぼそりと呟く係員を、酒天は冷たく睨む。 「ま、貸してくれる道場はあるんだけど、一人で暴れても面白くねーし、勘も掴めないから、暇な奴、相手頼む。ただし、ただの暇潰しだからな。殺し合いは無しで、術の使用も禁止。武器も道場に竹刀や木刀はあるようだからそっち使ってくれ」 「回復も無しか」 「そんなの必要ねぇっ程度にやろうって話だ」 至極真面目に告げる酒天。 一つ頷くと、係員は暇な開拓者に呼びかける。 |
■参加者一覧
小野 咬竜(ia0038)
24歳・男・サ
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
和奏(ia8807)
17歳・男・志
アルクトゥルス(ib0016)
20歳・女・騎
ルー(ib4431)
19歳・女・志
アルゥア=ネイ(ib6959)
21歳・女・ジ |
■リプレイ本文 道場に入るや、酒天童子の前に男が跳躍してくる。 紫陽花の描かれた右半身と深緑に金糸で刺繍の施された左半身の左右非対称な小袖は片袖はだけ、同じく金糸で刺繍された黒い袴という派手な装い。 真っ赤な髪を振り乱し、鬼太鼓面をつけた彼は、蟹股広げ、やはり派手に登場。 腰を落として手を見せて、無言のまま顔を傾けて酒天の顔を覗き込む。 「お初に御目にかかり申す、修羅の長殿」 「変な奴」 「言うねー」 警戒した開拓者たちには構わず。小野 咬竜(ia0038)は面をずらして笑うと、酒天童子からあっさりした一言が返ってきた。 ただ、言った方も言われた方も互いにおもしろがっているのはよく分かった。 雨降って暇なので、殴りあう。 物騒な提案ではあるが、確かに梅雨の雨続きだと屋内に篭りがち。体が鈍らぬよう適度に動きたいというのは、武人として納得の出来る考え方だ。 「同じ呑んだくれるにしてもだ。普通に呑んでるのと一汗かいた後に呑むのとでは美味さが違うからな。雨を眺めながら呑む冷天儀酒も風流で美味いが、汗かいた後で飲むエール系の酒も美味い」 呑んで食って戦する。戦場の荒々しさと宴席の酒豪ぶりで士族の出であるアルクトゥルス(ib0016)としては至極当然に事態を受け入れる。 「そうそう、そういう事。という訳で、美味い酒の為に全力でいこーぜー」 「なるほど、全力がよろしいので」 和奏(ia8807)は額面通りに言葉を受け取る。 「これって飲み会の誘いだったの?」 何だか修練後の行動まで決まってきた。いや、それは依頼人が酒天である時点で当然の流れか。 上機嫌の酒天に、ルー(ib4431)の笑みは苦笑めいていた。 「お暇なら、お姉さんといい事しない? 酒はあいにく用意して無いけど、美味しいお茶なら丁度うちの店に入荷しましたの」 「ふむ。おにぎりとクッキーなら用意してあるぞ」 アルゥア=ネイ(ib6959)が狐尻尾を揺らし、胸を強調して誘えば、からす(ia6525)が茶菓子を用意。お茶の準備は万全と見た。 「おいおい、そうじゃないだろ。修羅の王と模擬戦と聞いて来たんだぜ。力を失っているってぇのは勿体ねぇが、それでも滅多にねぇ機会だしな」 酒々井 統真(ia0893)が、準備万端なお茶の席に、苦笑めく。 「どうせなら、修羅の術ってのに興味あったんだがな。術無しってのはどうだよ」 わざと不満を口にしながら統真は酒天を見遣る。だが、その思いは秋桜(ia2482)も同じだ。 「以前、帝の前で見せたような技の件もございますし、興味ありますな」 「実戦的とも言い難いし、いろいろ面倒臭いんだよ。術ありきにすると陰陽師やら巫女やらともやり合いってなるし、それだとまた主旨も変わってくるしな。今回は勘弁してくれ」 興味津々に見つめてくる二人に、酒天は舌を出す。 帝、の名が出され、ルーの目が不安そうに揺れる。口を動かしかけたが、それは後にしようと今は閉ざす。 ● 道場は畳敷き。天井も高め。武器は木刀や竹刀が用意されていた。 「自前の武器は駄目か?」 喧嘩煙管と竹刀を眺め、咬竜が尋ねる。 「開拓者の持ち物ってな基本的に殺傷力ありすぎだろ」 「使いようかと思うわよ」 アルゥアが自前の鞭を振るう。 「それに木刀も大概だと思うがな」 アルクトゥルスが木刀を振る。刃は丸く削ってあるが、重さはそれなりにある。一般人が振るっても当たりようによっては危険な武器ではある。 「ま、そこらは加減できるかって事だよな。とにかくお遊びで流血沙汰はねぇよ」 それを指摘されて、酒天が肩を軽く竦める。 「加減が必要ですか?」 ここで和奏が首を捻る。やっぱり額面通りに受け取っている。 「程ほどにって奴だよ。あんま手抜かれてもつまらん」 「難しいですねぇ。でも、一応本気という事でいいんでしょうか。ならば、日頃の恨みをこめて‥‥というほどの付き合いもなかったですね。まぁ、痛かったら言って下さいね」 険しい顔をする和奏だったが、すぐにそれはどこかに捨て去り、竹刀を取って鷹揚と酒天に構える。 「よし、来い!」 酒天も竹刀を取ると、勝気な笑顔を作って構える。 そして、結果はと言えば。 「いってー」 「弱いですね」 本気で殴りにかかった和奏に、あっさり一本取られている。やはりレベルが違いすぎる。 「追いつこうとはしてるんだよなぁ。完全に体がついてきてないだけで」 酒天の動きを見ていた統真はがっかりと肩を落とす。と、いきなりその足を踏み込み、酒天に拳を繰り出す。 顔面に叩き込む手前で寸止め。酒天が苦い顔をしていた。 酒天の視線はしっかりと統真の拳を捕らえていた。で、身をわずかに引きつつも左手で払い、開いた体に右手で殴りこむ。 そうしようとしたのは見て取れたが、如何せん、その一挙動が遅すぎる。統真の拳は完全に酒天を捉えていたし、動けていたとしても統真なら簡単に躱してさらに次の手を繰り出している。 鈍っている。という他あるまい。 「五百年の空白は長いよなぁ」 「言っても仕方無いよ。ひとまずもうちょっと修練してみる? 酒天が追う役、私が逃げる役」 ルーの提案に、酒天が笑う。 「鬼ごっこか」 「やっぱり嫌?」 「いーや、やるとなったら全力でやる!」 逃げるルーに、走り出す酒天。 「やっぱり鬼ごっこになるのですか。好きですねぇ」 一つ頷くと、和奏も混じって走り出す。 道場内では広さに限界がある上、隠れる場所も無い。方向転換でいかに捕まらないかが鍵になる。 「きゃあ!」 「ちっ、おしい!」 進む方向を絞られないように動いたルーだが、背を向けた途端に後ろから竹刀が飛んでくる。本当に容赦無しの様子。 ルーが右に逃げようと左に避けようと、的確に酒天は追っている。 「勘は鈍ってないんだな」 咬竜が楽しげに笑う。ただ、追いついて捕まえようとすれば、それは簡単に躱されている。なので、全く決着がつかない。たまに和奏から攻撃が入るが、それも対処できてないのでなお長引くばかりだ。 「元気ですわねぇ」 「全くだ」 「お茶の一服でもいかがですか?」 ばたばたと走り回る酒天たちを、邪魔にならぬ場所に席を作り茶を入れてアルゥアは眺めている。 からすは茶と共に持ってきた食料を並べ、秋桜も喉を潤してもらおうと入れられた勧めている。 やはりお茶席は万全だった。 ● 「折角これだけの開拓者がいるんだ。複数戦の模擬戦もやってみてぇよな。その気があるなら酒天もうどうだい」 面子を見てると、統真ならずともその思いはある。 反対意見は無く、とんとんと話を詰める。 籤で紅白に分かれ、面倒なので纏めて乱戦で。 「皿か紙風船を頭に括りつけて、割れたら負けでいいか? 頭以外に肩とか胴でもつけて複数割られたら負けってな事で」 判定をどうするかで、アルクトゥルスは確認する。 「もっとも、私としては紙風船を推したい」 「紙は何気に高いぞ。付ける場所によっては、風船が動きの邪魔になる」 「だが、皿だと破片を踏む可能性がある。風船なら片付けも楽だ」 首を傾げる酒天だが、アルクトゥルスの更なる説明で納得する。 野外なら皿の方が楽だろうが、雨止まず。 「スキルは禁止ですか?」 「乱取りなら、技は自由だろうが。ま、そこらは様子を見ながらでいいか」 何となく尋ねる和奏に、からすも周囲を見渡す。 「で、結局酒天は参加せず?」 意外そうなルーに酒天は肩を竦める。 「紅白に分かれるなら余るだろ」 「そこは三手に分かれてもよろしいのでは?」 首を傾けて、秋桜が告げる。 「道場も広くねぇし。今回は様子見させてもらうか」 面倒そうに酒天が告げると、端に移動。見届け役といった所か。 「だが、いずれ纏めてぶっ飛ばす」 「ほほぉ。言ってますなぁ」 指を突き出し宣言して笑う酒天に、咬竜もまたおかしそうに大口を開けていた。 ● 四対四。 それぞれの希望含めて分かれた結果、ルー・咬竜・秋桜・アルクトゥルスの組と、アルゥア・統真・からす・和奏の組で行う。 「準備はいいかー。んじゃまぁ――始め!!」 まずは見合って並ぶ両チーム。 礼から始まり、おもしろそうに審判役に回った酒天が、掛け声と共に腕を振り下ろすや、両者一斉に動き出す。 積極的に出たのは統真だった。狙いをまずはアルクトゥルスに定めて、間合いを詰める。 「俺は拳士としちゃ速くない。が、力と火力が自慢なら、サムライや騎士相手にも力負けできねぇ」 統真が風船をつけるのは腹と両足。結構多い。走る時にひっかけるようなヘマもせず、アルクトゥルスに拳を固める。 「酒々井殿から言われるとかいかぶりという気もするが‥‥。細かい事は抜きだ、やってやろうじゃないか!!」 勝ち負けに拘る気は無いが、アルクトゥルスは元々男勝りで短気で喧嘩っ早くもある。 打ち込まれるや、統真を睨みつける。 アルクトゥルスは頭に風船をつけ、竹刀二振りをそれぞれの手に持つ。丈は短めだが、それでも間合いは広くなる。 拳が入る間合いの前に、片手の竹刀で統真を牽制すると、もう片方の竹刀を繰り出す。 躱しさらに統真が踏み込む。懐に深く潜れば、拳の方が有利だが、その前に横合いから茶々が入る。アルクトゥルスをやや強引に後ろに引き離すと、咬竜が統真の前に滑り込んだ。 「出来れば、本気でやってみたいなぁ、お前とは!」 「いいじゃねぇか。こっちも負けるつもりは無い!」 一瞬の睨みあい。数度軽く手を合わせて、間合いを開け。両者体勢を整えなおすと、再び踏み込む。 やはり先行は統真。拳が咬竜の頭部に当たるが、風船は割れていない。崩れた咬竜の体制が立て直す間もなく、統真の後方に立っていた和奏。そのさらに影から飛び出してきたからすが、咬竜の風船を叩き割る。 「ほう。正攻法でも十分かの」 竹刀振りかざして、感心したようにからすが告げる。 「「おいおいおい!!」」 割れた紙風船とからすを見比べて、統真と咬竜の声が和す。 「乱戦ならこういうのもアリだな。弓術士の腕前を甘く見ない事だ」 悪びれずにからすは笑う。 「マジかよ。やっぱりルール付きの喧嘩は窮屈ですっきり来ないな」 不服そうにしているが、しょうがない。咬竜退出。 「風船が割れたら、負け、だからね。他を幾ら攻撃しても意味が無い反面、紙なので一撃でも当たればお陀仏って事か」 ルーが紙風船をつけた場所は両脇腹。普通の戦闘でも受けると危険な場所だが、別にそこだけが致命傷でも無い。 のびのびと確認していると、その足元に鞭が飛んだ。 素早く飛び退くと、その勢いに乗り、鞭の主にルーが迫る。 アルゥアは急いで鞭をしならせるが、機敏な動きでルーは躱すと、頭部の風船を叩き割る。 「はい、負けだわ。強いのね、お姉さんも見習わなきゃ」 元々勝てると思ってないアルゥアは狐のような耳を揺らし、あっさり両手を上げて認める。その手を伸ばして、頭をなでようとしたが、ルーは微妙に顔を顰めて距離を取る。 「ほれ、勝負はまだだぞ」 「!」 そのルーに、からすが近付く。 突き出された竹刀を躱すと、即座に竹刀を繰り返す。 だが、最初の太刀はフェイント。からすは短い竹刀に素早く持ち帰ると、脇腹に打ち込む。 「あらら」 軽い音を立てて、紙風船が弾けた。しょうがないとルーも退く。 統真が改めてアルクトゥルスに打ち込んでいる。僅か凌いだが、やはり押され負けて紙風船を割られている。 「あらまぁ、分が悪い」 人を壁にした分、一歩下がった距離にいた秋桜は、少々出遅れた感もする。 「割とあっさり片付きますねぇ。参加するからには多少やっとかないと」 何となく様子を見ていた和奏が、こちらも遅ればせながら動き出す。 普段ぼんやりとしている和奏だが、動くとなれば実力は十分。秋桜の実力もさる事ではあるが、瞬く間に追い詰められている。 味方三名が落ちているので、勝敗はほぼ決している。秋桜だけでするのは残りを相手にするのは辛い。 が、ただ勝負を降りるつもりもない。 「はっ!」 秋桜は手にした竹刀を頭上に振り上げると大仰に振るった。見え見えの動きは簡単に和奏に見透かされ躱される。 その出来た隙に、素早く和奏が飛び込む。 と、その紙風船に向けて、秋桜は隠し持っていた竹刀の鍔を投げつける。 「おや?」 躱せず、和奏の紙風船が割れた。きょとんと和奏が目を丸くする。 「竹刀を使っておりますよ。せめて、一矢ぐらいは報いさせていただきましょう」 これもシノビの戦い方。そう秋桜は笑う。 ● さらに続けるが、統真とからすの動きに秋桜の紙風船が割れ、これにて試合終了。アルゥアたちが用意した茶で休憩する。 「いい運動にはなったが‥‥、物足りない。そうは思いませぬか?」 時間はまだあるなと咬竜が酒天を誘う。 「ど突き足りねぇって事だろ。いいぜ、付き合ってやろうじゃん」 恩着せがましいものの、酒天とて暇を持て余している。双方笑うと、また道場内に。 「あら、お茶もいいものよ。皆もサービスするからお姉さんのお店に来てよ」 アルゥアはウィンクしながら店の宣伝をする。 「茶や酒の一服もよろしいが、汗をかいたままではあれですので、出来れば湯を借りたい所。どうですかな、後ほど一緒に」 飛ばされて引っくり返っている酒天に、秋桜は笑いかける。 「混浴もいいけどな。風紀が厳しいから、どの道番台で止められるぞー」 「その前に、おまえさんが俺を止められるようになれってな」 寝たまんまの酒天を、咬竜が踏み抜こうとする。酒天は寝た体勢から落ちた足を躱してさらに払おうと動いたが、それもあっさり躱され。すぐに起き上がると二人駆け回っている。 暗くなりだす頃、道場を後にする。 それで解散だが、そこは酒天の事。酒場に向かうのは当然の流れ。 「動いた後の酒は、美味いからな。呑み歩いてるならいい所を知っているのだろう」 楽しみだと、アルクトゥルスも着いていくが。彼女、下戸で笑い上戸。呑むのは好きと言うが、うわばみと一緒でも大丈夫なのだろうか。 雨は止まぬが、憂さ晴らしは楽しかったようで、酒天の足取りは軽い。 その酒天に、ルーがそっと近付く。 「先に心配ごとを作りたくなかったから、今にしたけど‥‥。アル=カマルで、修羅の隠れ里を襲ったアヤカシの名を口にした鬼を見たわ。弓弦やその配下がどこまで動いてるかは分からないけど、まだまだ手を伸ばす気かもしれない」 酒天の表情が消え「聞いてる」と短く返って来た。が、険しい表情は一瞬で、すぐに面倒そうに顔を歪める。 「つーか、いっそ手出しに出て来てくれねぇかなぁ。そうすれば返り撃ちにしてやんのに」 「てめぇが言うなよ。‥‥が、とっとと蹴りを付けたいのは確かだな」 笑いながら、統真が拳を握る。 鬱陶しい雨も気の持ちよう。 さらに待ち構える億劫な自体までの、ささいな骨休めだった。 |