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■オープニング本文 樹理穴踊りとは、理穴の伝統芸能。拡大を続ける魔の森を憂い、その瘴気を祓い元の森を再生の祈りを込め舞い踊る。 作法があり、その一つ一つに意味はあるものの、結局若い女性が布地の少ない衣装で踊り狂う様は風紀的にどないやねん、という意見もあって、やがて冷ややかな目で見られだす。 そんな事で神聖な踊りが消えてはならないと、憂いたとある人物が、理穴の首都・奏生の一角に、演舞場・樹理穴を造り、今なお樹理穴踊りは続けられている。 ● 「はーい♪ 樹理穴屋外演舞を開くわよ〜ん♪ 必要経費書き出しといたからとりあえずよろぴく〜♪」 「死んでください、店長。かなりマジに」 踊りながら事務所に入った、見た目四十代の髭面のおっさん店長に文鎮が降りかかった。下ろした経理の目はかなり暗い。 「のおおおおおおー!!? 何ゆえ!?」 文鎮とはいえ、当たると結構痛いし、悪けりゃそれこそ事件発生になる。 静かな怒りを振りまく経理を店長は必死で押しとめる。 「それはこちらの台詞です! ただでさえ、この財政厳しい演舞場・樹理穴が外で催し物!? しかもこの梅雨の時期に!? 正月の時といい、もっと時期を考えて下さい!」 怒鳴る経理だが、話を聞いた途端に店長が驚いて睨み返す。 「あなたこそ、もっと樹理穴を知るべきよ!! いーい? 樹理穴踊りは樹木の再生、森の復興を願う踊りなのよ。しなやかに伸びる手は風に揺れる枝葉を表し、羽根扇は空を飛ぶ鳥を、若い女性が踊るのだって若さと生命力を象徴してるのよ!」 「そんなことぐらい、今更いわれずとも存じております!」 デコつき合わせて、両者睨みあう。 「じゃあ、聞きなさい! 木々の成長には何が必要!? 肥沃な大地、降り注ぐ太陽、そして豊かな水! この時期、恵みの雨を祈り、また感謝をする為、屋外で雨に打たれながら踊るのは大変理に叶っているの!」 「雨にうたれって‥‥樹理穴衣装で水浸しになるっていうんですかー!!?」 「当然よ。当たり前じゃない」 驚きのあまり、経理の声が裏返る。 樹理穴衣装。自然に近くあれと、まとう部分は少なくなってる。 若い衣装が裸同然で水に濡れて踊り来るう姿は‥‥、いいのか? 本当に。 「また倫理委員会から苦情来ますよー」 「伝統芸能がそんなものに潰されるものですか!」 頭を押さえる経理に、何の意味もなく店長は強気。 「大体、そんな雨の中踊ろうという女性なんていますか? 濡れて風邪引いたらむしろ印象最悪です。演舞台だって今のままじゃ滑って落ちたら危険ですから、手を打たねばなりませんし。演奏もどうするんです? 湿気で楽器の響きは最悪な上、雨音で通常より大きな音を出す必要もありますよ。そもそもお客がそんな雨の中来るはずないです!」 言い連ねる経理だが、店長は含み笑いをして手を動かす。 「あら、少しは考えてるわよ。来場してくれたお客様には、近くの銭湯が半額になる券を渡す予定なの。銭湯には話をつけてあるわ。特に女性風呂は、美肌効果のある潤い薬湯風呂にしてくれるって♪ いーわよね、あたしも入りた〜い☆」 「‥‥ちなみに男性は?」 「普通の風呂よ。別にいいじゃない、体は温まるし疲れは取れるんだから」 女性と男子で差がある。 経理は嘆息する。 「集客と風邪予防は、まぁそれでいいとしましょう。で、雨の設営や演奏についてはどうします? 飲食屋台だって雨じゃやりたがる人も減りますし、雨天でも食べやすい料理なんて面倒です。歓談場所だって、晴天なら卓を置いておけばいいですけど、雨天だと当然傘なりなんなり必要ですよ!?」 「ほほほ。そんなの」 口を尖らせる経理に、軽やかに店長は笑う。 「ようするに、のーぷらんという奴ですね」 冷ややかな言葉と共に、経理は改めて文鎮を握り締めた。 |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 和奏(ia8807) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / シルフィリア・オーク(ib0350) / ティア・ユスティース(ib0353) / 黒木 桜(ib6086) / 羽紫 稚空(ib6914) / ナキ=シャラーラ(ib7034) / シフォニア・L・ロール(ib7113) / がるん(ib7117) |
■リプレイ本文 理穴の首都にある公園で演舞場が作られる。 雨に祈り、雨に感謝して捧げられる樹理穴踊り。 その店長の祈りが天に通じたのか‥‥。 「雨ですねぇ」 黒い雲からは容赦ない水滴。雨音が声さえ掻き消すほど騒がしい。 それでも、いつもと変わらずのんびりとした動作で和奏(ia8807)は天を見上げる。 「毎回、試練に立ち向かわれる店長さんのお姿こそが、樹理穴の精神を表しているような」 ぼんやりと話題の店長へと顔を向ける和奏。その先で店長は雨にも負けず吼えていた。 「ほーほっほ。その苦労を天が労ってくれたのね。絶好の樹理穴踊り日和だわ!」 「そうですか?」 「俺に聞かないでくれ」 陽気に笑う店長に、首を傾げる和奏。 尋ねられた琥龍 蒼羅(ib0214)は、ただ寡黙に状況を見ている。 「この様子では止みそうに無いな。この雨の中での演舞とは、また無茶な事を考える物だ」 正直喜んでいるのは、店長ぐらい。店員たちは皆雨に苦い顔をし続けている。この雨足では設営も大変だし、いくら風呂と提携したとて集客が落ちるのは必然だ。 ● 雨が降っても中止にはならぬ。全てはお客様の為に、店員たちに混じって開拓者たちも手伝いに頑張る。 「とりあえず、高台の安全確保は必要だな。‥‥まぁ、踊ろうというものがいればだが」 中央に置かれる演舞台は、周囲から見えやすいよう少し高めに作られる。晴れの日であれば普通の木組みで十分だが、こうも水浸しでは滑って可能性大だ。怪我でもされたら評判はがた落ちだ。 雨の為の踊りなので、お立ち台には屋根が無い。なので、踊り子は否応無しに水浸し。好んでびしょ濡れになる女性などいるのだろうかと、蒼羅は全く期待していなかったが、 「あら、こちらは踊る気満々ですよ?」 「そうそう。この程度の雨に負けてられないわよ」 しっかりいた。 ティア・ユスティース(ib0353)とシルフィリア・オーク(ib0350)は全力で踊ろうとすでに準備万端だ。 「面白そうじゃねーか! いっちょやってやんぜ!!」 ナキ=シャラーラ(ib7034)は、樹理穴用の衣装の下に水着まで着込む用意周到ぶり。黒のマイクロビキニなので、透けた所で気にならない。 そんな女性たちの姿を見た後、自分の姿をじっくりと黒木 桜(ib6086)は見直す。 「いつもの姿で良いとは言いますが‥‥やっぱり綺麗な着物とかにするべきでしょうか」 友人の羽紫 稚空(ib6914)に勧められて参加を決めたものの、今一つ自信が無いようで、臆したように自分と他の人たちを見比べている。 「お前はそのままが一番引き立つ。余計な飾りなんか必要ないさ」 その稚空はやや顔を赤らめ、愛しそうに桜を見つめている。どう見ても、友人以上の感情をお持ちのようですが‥‥桜、さっぱり気付く気配無し。 「それにしても降りますねぇ。雷とか大丈夫でしょうか」 「雷雲は無いし、大丈夫さ」 稚空より雨空を気にしている桜に、がっくりと彼は肩を落とす。がんばれ。 さすがに雷が鳴るようなら中止せねばならない。が、準備に追われる店員たちはむしろその方が嬉しいかもしれない。でも、その気配は無い。 「とすると、すぐに出来そうなのは下に網を用意しておくぐらいか」 蒼羅が高台にもテントをと提案したが、店長が断固拒否した。今の時期、雨に濡れてこその森であり樹理穴踊り、だそうだ。 その熱意に、肩を落として諦めつつ、怪我が無いように迅速に動き出す。 「足に縄を巻き。雑草の生えてる地面の表面を取って、草を足の滑らない短さに刈り込んでみたらどうかな? 肥沃な大地の表現にもなるし」 土を入れると準備が大変になるのは勿論、踊れば泥跳ねで踊り子も汚れる。だが、怪我人が出るよりマシ、と、礼野 真夢紀(ia1144)は訴える。 「あら、それ素敵♪ さっそく支度しちゃいましょう♪」 店長は目を輝かせて小躍りしている。その姿を見た途端、店員たちが店長を睨む。 「案は確かに素晴らしいです。しかし、土を入れると重くなるので、その分台も頑丈にせねばいけません。草だって、肌を切ったりしますよ。土で滑ったりしないよう、なるべく水はけがよくて根がしっかり絡みついたほうがいいでしょう。という訳で、適当な取入れをする前に、店長は休んでいて下さい!」 なんかすっかり邪魔扱いされて店長は隅に追いやられている。 ● 雨に濡れながら、会場設営はどうにか間に合う。 高台の周辺には、楽師たちが集まる。音合わせを始めるが、表情は険しい。 「音が重い。雨では普段のようにはいかないな」 混じって、蒼羅もセレナードリュートを奏でる。澄んだ音色は変わらないように思えるが、慣れた耳には響きが悪い事がはっきりとわかる。おまけに天幕にあたる雨音が強く、楽の音が阻害されている。 それでも会場までの最善を尽くそうと、楽師たちが一丸となって練習に励む。 そうこうする内に、時間が迫って公園には人が入りだす。客はまばらだが、この雨の割には集まっていると見ていいか。 「では、参りましょうか」 女性客はさらに少なく。先んじて、ティアたち開拓者が演舞台に上がる。 演奏が始まった。雨にも負けぬ勢いで、力強く曲調速い音楽が流れ出す。合わせて舞台の上でも踊りが始まる。手にした羽根扇を天へと高く伸ばし、体の線が露わな衣装で腰を振る単調な踊りだが、その分リズムを掴めば誰でも踊れる。 雨は全く降りやまず、あっという間に踊り子たちは全身びしょ濡れ。だが、その滴る雫もまるで飾りのようにシルフィリアたちは全力で踊り出す。 「ほら、桜も」 稚空に促されて、赤いリボンをきゅっと結び直すと桜も台上に向かう。 器用に長い髪を邪魔にならぬよう頭上に纏めて駆ける彼女を、稚空は嬉しそうに見入っているが、当の桜は一度振り向きやっぱり小首を傾げている。 賑やかな演舞台に上がると、桜も早速踊り出す。額の三日月も雨に輝き、しなやかに踊る彼女に、稚空もまた嬉しそうに舞台に見入っていたのだが。 失敗に気付いたのはその直後。 ただでさえ露出が激しい樹理穴衣装。胸やら腰やら手脚やら、普段であっても体型が丸分かりになる。それがさらに雨で服が濡れて張り付き、桜の華奢な腰とか発育良い胸とか股下丈ギリギリから魅せる脚とかものの見事に周囲の目に晒されている。 台に上がれるのは女性だけ。台を囲む奏者のさらに外側から男性陣は見るしかないが、隠すどころか披露するものなので見放題だ。 雨で客足は遠いとはいえ、しっかりコレ目当てに訪れた男のなんと多い事か。さすがに無粋な言葉はかけないが、男たちも舞台に向かって腕振り上げて踊り出す。 「へー、あれが樹理穴踊りかぁ。評判通りえっちだね」 興味に引かれて参加したがるん(ib7117)も、率直な意見を述べている。 ふとした弾みで股下も見える。確かに、風紀面でどうなのか。 「予想以上に目立ちすぎだ。見んじゃねー!!」 気色ばんで稚空が男どもの目を邪魔しにかかる。台の上からでもその様子は見て取れたが、距離があるのと雨音で声までは聞こえない。何か揉め事を起してるようにも見え、やっぱり理解できずに桜は首を傾げている。 「もー。こっちもちゃんと見ろってぇの!!」 男の注目は、身長があり体型も色っぽい女性に向けられがち。しかし、踊りがそれだけと思われるのはジプシーのプライドが許さない。 バイラオーラを使用すると、ナキは腰をくねらせ魅惑的に踊る。外見10歳の体型ながら、気の入れようで雰囲気も変わる。見惚れる観客には誘うような笑みまで浮かべて踊り続ける。 やがて、演奏も終わり、奏者交代。その間は自由に使ってよいとの事で、ナキはシナグ・カルペーを用いながら自身の踊りを披露する。 桜も休憩で台から下りると、途端に凄い形相で稚空が走りこんできた。 「風邪ひくから」 体を気遣うのは勿論だが、男の目を隠す為もあるのか。目線を逸らしながら、不器用そうに稚空は上着を桜の肩にかける。 「はい、ありがとうございます」 その上着を羽織ながら丁寧にお礼を言いながらも‥‥やっぱり桜は首を傾げていた。 ● 公園の一角では、屋台が設置され、飲食しながら演舞を楽しめるようになっている。 「三回目なので、とりあえず、やる事は分かってきたような気がします。接客の基本は笑顔なのですね」 本での知識を思い出し、和奏は器用に笑みを作ると、客の応対にかかる。 夏が近いとはいえ、雨は冷える。温かい飲み物を中心に御茶やしょうが湯や柚子茶などを用意したのだが、やはりそれらの売れ行きはなかなか調子いい。 「お酒は、この後お風呂に入られるならお勧めできませんけどね」 まぁ、半額になるだけで入らず帰る客もいるだろう。お酒を望む客には一応そう言い添えて、和奏は飲み物を売りさばく。 「傘のお客が多いですよね。片手で持てる料理を用意しておきましょう」 真夢紀は手を洗うと、おにぎりやサンドイッチなどを用意。お好み焼きなどは食べやすく半分に切り、割り箸を刺す。 「その場で食べるならパンが水気を吸う事は考慮しないで良さそう‥‥かな?」 屋台に毛の生えた程度の厨房だが、さすがに露天ではない。 パンに挟む具材は営業前から多数を用意。鳥の照り焼き、塩胡椒をふった豚肉のスライス、白身魚のフライ。野菜に玉葱の薄切り、かきちしゃ、胡瓜、トマトにチーズなどなど 片手で食べられ、珍しさもあってか売れ行きはかなりいい。おかげで厨房も忙しくなったのは嬉しい悲鳴、という奴だろう。 「具が空だぞ。それが終わったら、お好み焼きの種作りを頼む。米の火加減も忘れるな」 「はい」 店員に指示されながら、がるんもその手伝いに動き回る。 式神を使って、と目論んでいたが、あいにくスキルを活性化してない。うまく扱えずそちらは断念。代わりに自らが忙しくする。 「おにぎりとお茶でございます。こちらのお客様はパンと柚子茶ですね」 シフォニア・L・ロール(ib7113)は、出来あがった料理をお客の処にまで運ぶ。にっこり笑って品を渡すと、優雅にお辞儀も忘れない。ゴシック服のウェイターも珍しく、口コミで評判を呼んだのか、時間と共に、ちょっとだけだが客も増えてきた。 そうして忙しくしていると、舞台の方から演奏が聞こえてくる。目を向けると、台上では女性たちが腕を振り上げ雨の踊りを楽しんでいる。 雨ではあるが、訪れた客には笑顔が見れる。 「やっぱり祭りは楽しくなくちゃダメだろ」 「おーい、開拓者。御指名が来てるぞー」 「‥‥。ウェイターだぞ? ホストじゃないぞ?」 給仕なので、あからさまに楽しんでいてはサボってると見られかねず。店員に呼び出され、悪態つきながらもシフォニアは屋台に戻る。けれど、弾む心は抑えられず、軽快な足取りで料理を運び、注文を受け取っていた。 ● 雨は一日中止まず。けれど客の入りは上々で、なかなか盛況な内に樹理穴踊りは幕を閉じる。 客が帰っても、片付けが残っている。店員指示の元でまたあれこれと動かされ、やっと終わった頃には、長い陽もすっかり落ちていた。 「お疲れ様ー。手伝ってくれた皆は、お風呂無料にしてもらえるよう頼んであるから、是非利用していってね〜♪」 思ったより賑わった野外演舞に、店長も御機嫌。だが、開拓者たちは苦笑いをしている。 奏者も店舗の手伝いでも体が湿って重い。雨に打たれた踊り子など、体が冷え切っている。動き回ったので疲労も溜まって、単純に喜ぶ気力も無い。 「でもまぁ、天儀の風呂は最高だからな! ゆったり温まるのもいいし、泳げるぐらい広かったらいいな」 「泳いじゃだめよぉ。お風呂の御約束は守ってくれないと、次、頼みづらくなるじゃなーい」 「次も‥‥やるのか」 無邪気にはしゃぐナキに、店長が慌てて釘を刺す。 その言葉に、蒼羅は軽く頭を抱える。 「勿論よぉ。常時営業は勿論、こういう催しもたまにして周知してかないと、踊り手がいなくなっちゃうじゃなーい。という訳で、こ・れ☆」 口を尖らせた店長は、不気味に身体をくねらせると羽根扇子を開拓者に渡す。 「頑張ってくれたから、依頼料のおまけね。がんばって普及につとめてねーん」 満面の笑顔で告げる店長。宣伝して来いという意志満々だ。 「樹理穴踊りって女性の踊りじゃ‥‥」 「そこは親しい人に渡すなり、指導する時に使うなりできるじゃなーい」 がるんが眉間に皺を寄せるが、店長も負けてない。悪びれない笑顔で押し付けてくる。 「まぁ、いいさ。なかなか楽しめたし。後は温泉無料か‥‥とことんたのしんでやるぞ」 開拓者たちは店長に礼を述べると、後は各々解散とする。 「あら、お風呂よ? 男風呂だし、ただのお湯」 「ちっ」 扇子を受け取ると、シフォニアは指定された風呂屋へと向かい出す。 「御厚意に感謝します。‥‥流水で冷やした牛乳が飲めればいいな。果汁も入っていればなお‥‥」 そんな淡い期待も抱きつつ、和奏も風呂屋へと向かった。 |