【浪志】藪をつつく
マスター名:からた狐
シナリオ形態: イベント
EX
難易度: 難しい
参加人数: 17人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/25 20:03



■オープニング本文

●畜生働き
 暗闇に、白刃がきらめいた。
 悲鳴とも言えないような小さな呻き声を挙げて初老の旦那が事切れる。強盗が、男の口元から手を離す。彼の手にはじゃらじゃらと輪に通された鍵が握られていた。
「馬鹿め。最初から素直に出しゃあいいものを」
 男は蔵の鍵を部下に投げ渡すと、続けて、取り押さえられた娘を見やった。小さく震える少女の顎を刀の背で持ち上げる。
「‥‥ふん。連れて行け」
 少女は喚こうにも口元を押さえられて声も出ず、呻きながら縄に縛られる。縛り終わる頃には、蔵の中から千両箱を抱えた部下たちが次々と現れ、彼らは辺りに転がる死体を跨ごうが平然とした風で屋敷の門へと向かう。
「引き上げだ」
 後に残されるは血の海に沈んだ無残な遺体の山のみ。「つとめ」とも呼べぬ畜生働きである。

●東堂
 その報に、書生風の青年が深いため息をついた。
 ギルドを通じて事が大っぴらになれば、人質の命が――涙目で語る商人を前に、東堂俊一という名のその青年は、一言、捨て置けぬと呟く。その言葉に、周囲の若者が詰め寄る。
「しかし先生、建策を控えたこの大切な時期に」
「そうは申せども、見過ごす訳には参りません」
「先生!」
 なおも言い募る弟子を手で制し、彼は静かに口を開いた。
「先ず隗より始めよ。世に義を問うならば、まずは自ら示すべきでしょう。‥‥開拓者の手配を。伝手を辿り、気取られぬよう内々に」

●開拓者ギルド
 訪れたのは、一人の老女。いや、白髪で歳相応の皺を身に刻むも、足腰はしゃんとしている。年寄り扱いするにはまだ早いか。
「真坂カヨ、と申します。長らく田舎におりましたが、東堂先生から声をかけられ、今は神楽の都で先生が開かれておられる塾のお手伝いなどさせていただいております」
 カヨは穏やかに笑う。田舎で暮らしていたと言うが、百姓のような土臭さは無い。屋敷勤めの経験があるのか立ち居振る舞いに品がある。
「都を騒がす蝮党は塾内でも噂になっております。先生の所にも数多く相談が寄せられ、塾の方々とどうにか凶行を食い止められないかと独自に動かれておられます」
 改めて話を耳にして、ギルドの係員も頭を抱える。
 蝮党は総員不明だが、かなりの人数がいるらしい。志体持ちも多く、警備の兵たちも手を焼いている。その為、開拓者ギルドでも彼らに対処する手筈を整え始めている処であった。
「それで。もしかしたら、私、蝮に関係するのかという場所に心当たりがございまして」
「何!?」
 困ったように告げられた話に、係員は身を乗り出す。


「先日。酒を求めに馴染みの店に赴いたのですが、そこで一人の殿方と出会いました」
 その男は、年の頃は五十過ぎで、カヨと同じぐらい。しがない酒場の主人だと好々爺の顔で笑った。
 客商売だけあってか口も上手く、品物が用意される間、当たり障りの無い世間話で盛り上がる。
「あら? 手に傷が。それではお料理など大変でしょう」
「いやぁ、包丁で少々やっちまいまして。歳は取りたくないですなぁ」
 恥ずかしそうに傷を隠す酒場の主人に、カヨも「本当に」と笑いあったが。
「先生の塾では学問と武術と両方を教えております。私も巫女として修行した身。傷の類は見慣れております」
 それですぐに気付いた。あれは包丁傷などではない。戦闘で受ける刀傷だと。
 そもそも、上手く衣服やさらしでごまかしてはいるが、手のタコや筋肉のつき方など単なる気のいい料理人でない。
 武術の素養がある料理人はおかしくないが、何故、隠す必要があるのか。
「それで気になり、周囲を調べました所、不審な点がちらほら見受けられました」
 酒場は神楽の都の中にある。近隣には似たような店が連なっている夜の通りだ。
 主の他、手伝いが数名と小さい。高い酒は無いけれど、人当たりのいい主人のもてなしで評判は上々。ふらりと立ち寄る店として申し分ない。
 だが、店に出入りする客を吟味すれば、どことなく危険な雰囲気を持つ者が目に付く。普通の飲み客も多いが、それが一緒にいても騒ぎ一つ起きないのは、恐らくこの場所での騒ぎを良しとしない為に思われる。
 そして、酒。
 営業は夜間なので、仕入れは昼。であるが、しばしば夜にも追加の酒が運ばれている気配がある。
 客が多いので慌てて足した、と考えられるが、それだけには量が多い気がした。また、合間に酒樽を別の場所に舟で移したりもする。空き樽を運び出すなら分かるが、だとすれば重そうに何人かで抱える必要は無い。
 さらには、店主自身。店を手伝いに任せ、夜更けにふらりと出かける。忘れ物を届けたり、配達を頼まれたり、酒の調達をしたりと理由は様々だが、出ると数刻は帰らない。
 酒の出入りに店主の動向。それらが全てでないが、しばしば蝮の凶行日と重なるのも気になる。


「ですが、確証はございません。先生も蝮を探しておられるのは承知ですが、あやふやな話でお手をわずらわせるのもどうかと思い、こちらを頼った次第にございます」
「つまり、その酒場が蝮党と関係するか調べて来いって訳だろ」
 頭を下げるカヨの横から、突然別の声が割って入る。
 小さな子供に似るが、その額には角がある。修羅の王、酒天童子であった。
 意外な人物に声をかけられ、カヨが目を丸くする。そちらには構わず、酒天は楽しげに笑う。
「おもしろそうじゃん。呑みにいくついでに見て来てやるよ」
 言うが早いか。とっととギルドを出て行ってしまう。
「よろしいのですか? 蝮党と関係するならば、あの店主はかなりの手練と見受けました。それが常駐する拠点ならば、幹部かあるいはそれ以上が潜む恐れも‥‥」
「全くよろしくない。ったく、大事を控えた身でどうしてこういろいろ騒ぎたがる!!」
 事情が分からずうろたえるカヨに、係員は頭を抱えながら至急開拓者に伝達をした。

●潜む蝮
「嫌な客が来やがった」
 ちっ、と店の奥で彼は舌打した。
 修羅の王、酒天。彼が開拓者ギルドと懇意にしてるのは誰でも知っている。
「どうしやす、頭」
「どうもこうもねぇ。いつも通りよ。だが、念の為逃げる手はずは整えておけ。周りの奴らにもそう知らせろ」
「へい」
 密やかな打ち合わせの後、何食わぬ顔で店主は店に出る。
「おや、これは噂の酒天殿に足を運んでもらえるとは。呑みっぷりはかねがね。さて、当店の酒が足りますかな」
 好々爺の顔からは、何も窺い知れない。
「酒もいいけどさ、ちょっと調べ物。‥‥で、あんた、噂の蝮党の関係者?」
「は?」
 唐突に言われて、店主は目を丸くする。その顔を、おもしろそうに酒天はにやついて見ている。
(「糞餓鬼が。だが、旗色が悪そうだな。こうなりゃ手下もろともこの店を焼き払うか、こいつを盾に使うか」)
「滅相も無い。一体どこでそんな話を」
 にこやかに笑う顔を見せる店主は、どす黒い殺意を腹に抱え込んでいた。


■参加者一覧
/ 鷲尾天斗(ia0371) / 柚乃(ia0638) / 鬼啼里 鎮璃(ia0871) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 深凪 悠里(ia5376) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 玄間 北斗(ib0342) / 明王院 千覚(ib0351) / 明王院 玄牙(ib0357) / 不破 颯(ib0495) / 无(ib1198) / 羊飼い(ib1762) / ルー(ib4431) / 雪刃(ib5814) / アムルタート(ib6632


■リプレイ本文

 夏の遅い夕暮れを迎え、通りに設置された灯篭に火が灯る。
 神楽の都の中でも飲み屋が集まったその一画、一仕事を終えた住人たちが、些細な楽しみを求めて訪れる。その数は時間と共に増えるばかり。
 その中の一つに酒天童子は足を運ぶ。どこを見ても普通の酒場だ。店構えにおかしな所は無い。わざわざ声をかけにきた店主も人のよさげな笑みを浮かべて対応している。
 だが。ギルドで聞いた話によれば、その店はらしからぬ行動を見せる時がある。店主も、上手く隠しているが、言われて見れば体つきは随分と鍛えてある。
「あんた、噂の蝮党の関係者?」
「は? 滅相も無い。一体どこでそんな話を」
 酒天は唐突に話題を振るが、店主は目を丸くした後、軽く笑いだした。その動きは自然で、芝居臭さは無い。本当に違うのか‥‥嘘をつき慣れているのか。
(全く、酒天は‥‥)
 店に入ろうとして、やりとりが聞こえ、雪刃(ib5814)は頭を抱える。銀色の狼耳も呆れてぺたりと寝てしまう。
 反応を見るのはいいが、それで相手が暴れ出したらどうするつもりなのか。
 蝮党は人の命を何とも思わぬ。また、志体持ちも多くいる。酒天自身も危険だった。
 礼野 真夢紀(ia1144)などは彼がそうなっても自業自得とそっけないし、それはまた当然の考えであったが。この街中、巻き込まれる一般人にも迷惑だ。
 けれど、こうなった以上はしょうがない、と開拓者たちもこの店の本当の顔を調べるべく、動き出していた。
「すみませーん、依頼成功の祝勝会をやりたいのですけど‥‥席ありますか?」
「はい。何名さまで?」
 店はこれからが掻き入れ時。客は次々やってくる。酒天だけに構っていられず、新たに来た客に店主は応対に出る。
 ふらっとやってきたような和奏(ia8807)に、店主は愛想のいい笑顔でそう尋ね返すが、
「あ、見つけた! 酒場の親父さんが、いい加減溜まっているツケを返してくれって!!」
 その和奏の後ろから町娘風に装った柚乃(ia0638)は、酒天を見つけるや強気な足取りで近寄ると、その首根っこをむんずと掴む。
 その動きにつられたように、入ってきた開拓者たちは酒天の周辺の席にさっさと陣取る。
「あれ、酒天さま。お久しぶり〜」
「お知り合い? 依頼‥‥という事は開拓者さんですか?」
 愛想のいい和奏が酒天に声をかけると、店主はとまどったように尋ねてくる。
「ええ、まぁ」
「私は依頼をした方ですけどね。おかげで助かりました」
 ぼんやり頷く和奏に、柚乃は若干緊張しながら笑顔を作る。
 告げながら、それとなく周囲を覗う。
 まだ、のれんを出したばかりなのに、人の入りはそれなり。彼らを除いて客も数組いた。そして、接客や料理に忙しくする従業員は全部で五名。大きく無い店なので、先のやり取りは恐らく誰の耳にも届いただろう。
 暗に開拓者であるとほのめかし、どれだけ反応があるかを見てみる。
 酒天や開拓者を物珍しそうに見ている者もいれば、関係無しと飲んで楽しむものもいる。
 厨房の料理人がちらりとだけ、開拓者たちに目を向けたが、それ以上は特に無く他と変わらぬ接客風景が見られる。
 そして、肝心の店主はといえば、
「お嬢さん、そちらは厨房。お客さんの立ち入りは御遠慮願います」
「え、あ? ごめーんなさーい」
 一行と一緒に入って、まずは調理場を物色しようとしたアムルタート(ib6632)が呼び止められる。ナハトミラージュで存在感を消していたのに、看破された。ちなみに猫足は活性化忘れ。
(とすると、志体持ちか。それもそれなりの腕はある)
 鷲尾天斗(ia0371)が表情に出さぬものの、内心では苦い心地がした。
 一般人が見破れるもので無い。また、アムルタートとてそれなりに経験を重ねた開拓者。修行もまともにしてるか分からない身を持ち崩した志体持ち程度なら遅れは取らない‥‥と、思いたい。
「ごめん、兄ロリ。でも、隙見て何とか探索するからお駄賃は忘れずに」
 一応詫びは入れるも、楽観的にアムルタートは次を狙う。
「‥‥。もしかして、この店とあの凶賊と関わりがあるなんて話が本当に出てるんですか? やめて下さいよ。そんな評判がたったらこんな小さな店、誰も寄り付かなくなってあっという間に潰れてしまいますから」
 ふと不安になったのか。店主は周囲に聞こえぬよう、声を潜めて尋ねてくる。やや青褪めた表情で嫌そうにしているのは、風評を恐れる店主としては当然の態度。さらに真意があるのかは読み取れない。
「確かにね。決まっても無いのにいきなり失礼は駄目。‥‥でも、念の為に蝮の刺青がないことを確認しても良い? それで酒天も納得するだろうし」
 雪刃が尋ねると、困ったように店主が首を傾げる。
「それで疑いが晴れるなら、こちらとしても協力は惜しみませんが‥‥これから店も忙しくなるので、後でも構いませんかね」
 あっさりと承諾するが、それとなく敬遠するのも忘れない。
「あら、脱ぐぐらい簡単でしょ?」
「あいにく店の手もぎりぎりなんで。‥‥へい、いらっしゃい」
 雪刃がさらに言い詰めるが、新たにやってきた客の応対の為、頭を下げると立ち去ってしまう。
「酷暑‥‥、熱い‥‥」
「すみません、まずお冷下さい」
 汗だくでへろへろになりながら玄間 北斗(ib0342)と、彼を支えて明王院 千覚(ib0351)と真夢紀が入ってきた。北斗は愛用の着ぐるみ・たれ狸を来ている。見るからに、御苦労様だ。
 酒天がちらりと彼らを見るが、興味なさげにすぐにまた目を逸らす。気付かなかったのか、気付いた上で触れなかったのか。ともあれ、彼らは比較的通路に近く、客たちを誘導しやすい席につく。そのまま、一般人のふりをして素知らぬ態度で店の様子を伺い続けている。
 ふと、店長が肩を払う。
「店長、どうかしたんで?」
「いや、蜘蛛がね‥‥。ああいえ、大丈夫ですよ。食品管理などは徹底してます。飲食店は衛生第一ですからね」
 接客の一人が尋ねると、妙な顔をして掃った手を眺めている。が、客が見ていたと気付き、慌てて言い繕う。
「ささ、仕事仕事。今日はなにやら忙しくなりそうですよ。宴会客が来るかもしれませんねぇ」
 にこりと笑うと、仕事に追い立てる。
「でしたら。念の為に、食材を調べてきます」
「そうだね。もし食材が駄目になってたら、そのままお使いに行ってくれないか」
 厨房の奥に入り、声を潜めて会話をする店主たち。当然、店側には聞こえる筈がないが、北斗はそれを超越聴覚で拾い上げる。
 取り立てて、おかしな会話ではない。だが、開拓者がいると分かってるなら、用心を重ねてる可能性はある。
(隠語としたら、物騒なのだ。さてどうしたらいいのだぁ〜)
 とりあえず、出された水に手を付ける。他の客にも配ってるなら毒の心配は無さそうか。

「あちゃ。人魂がやられました。気付かれたかも」
 店の外。小さな蜘蛛を作って店内にいる店主を探ろうとしていた羊飼い(ib1762)だったが、開拓者につかせて式を送り込めたまではよかったものの、店主に移って探り出した途端に掃われてしまった。その衝撃で式は消失。死骸が無いと分かれば、不審に想うかもしれない。
「ただ、懐に持っていたのは苦無のような感じでしたけどぉ。大丈夫でしょうかねぇ」
 わずかに探った感覚では、どうにもあの店主はあやしい。
 とはいえ、入って知らせるのも何か勘付かれそうで。さてどうしたものかと、羊飼いは悩み出す。
「中の事は入った開拓者がどうにかしてくれるだろう。‥‥周辺地理は把握したし、逃走経路を押さえよう。後は誰かがどう動く、だ」
 鬼が蝮をつつくとは、と无(ib1198)は妙な心地で嘆息する。
 やはり周辺を人魂で確認。今の所、大きな動きは無い。
 鬼が出るのか、蛇が出るのか。冗談のような話だが、そこから起きる騒動はお笑いでは済まされない。
 表は人が多すぎる。逃げるなら裏手かと、そちらの監視に回る。


 店の表は客も多い通りだが、裏は川が流れて小舟がつながっている。
 そこには土蔵があり、川を使って仕入れた酒などはそこに溜めているとか。しかし、単なる飲食店にしては随分と頑丈に出来てるように思えた。
「酒天は、本当に無茶をする‥‥。単なるいちゃもんつけと思われたらどうするつもりなのかしら」
 あまりの無謀っぷりに、ルー(ib4431)は頭が痛くなる。
 適当な理由で店主を恐喝して金をせしめる輩とているのだ。そういうのと同類と思われたら、修羅という種族自体が悪く見られかねない。
「相変わらずですね。無事でいてくださるといいのですが‥‥」
 菊池 志郎(ia5584)もまた溜息を落とす。 
 たんなる悪戯と思われない為には、証拠が必要。それは話を聞くに、土蔵が――そこに収められている酒樽が怪しい。
 調べるべく動き出した開拓者は他にもいる。
 客を呼び込む表と違い、裏はほとんど明かりが無い。
 人通りも少ないとはいえ、灯りはつけず、志郎や深凪 悠里(ia5376)などは暗視で土蔵に近寄る。
「ずいぶんと頑丈な錠前で」
 扉に付けられた立派な鍵に悠里を、ふと息を吐きながら見つめる。 
 およそ食料程度を守るような鍵ではない。まぁ、売り上げを置いてる可能性もある。昨今の蝮党に限らず、物取り対策で厳重にしていても不思議ではない。
 志郎が破錠術で鍵を開ける。重い音を上げて錠前は外れると、土蔵の扉はすんなりと開いた。
「酒樽はあそこか。他は味噌に塩、醤油‥‥みたい。そんなに大きな蔵ではないけど、時間もそうないだろう。手分けして急ごう」
 悠里が言うや、開拓者たちが蔵に散る。
 鍵付きの箱はすぐ見つかったが、破錠術を使って開けても入ってたのは金子ぐらい。名前が書いてある訳でなし、店の売り上げといわれたらそれまでだ。
「依頼者さんのお話通りなら、結構頻繁に出し入れしてる筈。だったら、入り口付近に置いた方が出し入れはしやすいと思うんだけど」
 ルーは酒樽を開けて中身を見るも、中には酒が入っているだけ。がっかりして元通りに蓋をし、別の酒樽を探ろうと横にずらしたが‥‥。
「待て、何か別の音が聞こえた。それに酒だけにしてはずいぶんと重そうに持つな?」
 捜索しながらも、超越聴覚で周囲を警戒していた明王院 玄牙(ib0357)がルーを止めた。訝しんでその樽を軽く叩いて反響を聞く。
「二重底になってるようだ。下に何かある」
 玄牙の言葉に一同はっとする。
 示し合わせると、酒を捨て樽を壊す。底に見える部分を壊すと、新たに小さな鍵穴の開いた蓋が出てきた。鍵を例の如くに簡単に開け放てば、詰まっているのは酒とは無縁の装飾品。それも明らかに呑み屋には分相応な品々だ。
「ギルドでなら、蝮党が盗った品か照会できるはず」
 笑うルーに、他の面々も大きく頷く。暗い中でもその顔が輝いて見えた。
「ただ、他の樽もこんな仕掛けになってるとしたら大事だ。この倉庫ごと差し押さえないと‥‥」
 悠里が蔵を見渡す。
 小さな蔵とはいえ、さすが飲み屋、酒樽の量もそれなりにあるし、他にも仕掛けがあるかもしれない。
 隠された品がどれだけあるか、ざっと推測するだけでも結構な量になる。また、蝮の隠れ家はそこかしこにあり、そこにも盗んだ品々があるに違いない。
 それらを集める為に流された血の量。それを考えると寒気がする。
「誰か、来るぞ」
 聴覚に物音を聞きつけ、玄牙が素早く指示を出した。
 土蔵の扉を閉めると鍵をかけ、一斉に散じて隠れる。
 程無くして店の裏手が開き、従業員が一人出てきた。用心深そうに周囲を覗うと、足を忍ばせて土蔵に向かう。だが、その扉の前に立つと、様子が変わった。普段と様子が違うのに気付いたようだ。
 首から提げていた鍵を慌てて取り出すと、土蔵を開け放つ。
 壊れた樽が一つ。敢えて残しておいた品を見て、暗がりでも分かるほど慌てた様子で店に戻ろうとする。
「動かないで。そのまま両手を上げなさい!」
 その前に宝珠銃「皇帝」を構えてルーが牽制に立つ。
「な、なんだ。あんたらは‥‥がっ!!」
 指示には従わず、わたわたとうろたえたように動いていた従業員。その足元を矢が射抜く。
「随分物騒な物を持っておるのだな」
 倒れた胸元から短刀が落ちた。
 埋伏りで隠れていた場所から立ち上がると、からす(ia6525)は呪弓「流逆」から荒縄に持ち替え、従業員を縛り上げる。ヴォトカを含ませたさらしで猿轡を咬ませると、身体検査と容赦なく服を剥がす。
「ふむ。これぞ、動かぬ証拠じゃな」
 脇腹に蝮の刺青。酔狂で入れる馬鹿はいない。
 と、ぐるぐる巻きに縛り上げていた従業員が器用に跳ね上がった。
 からすが避けると、従業員は起き上がる。その足に向け、またもや矢が刺さった。
「やれやれ、こんなモロ狙撃手みたいな仕事は久しぶりだね。ちょっと張り切っちゃうぜ」
 土蔵の上で身を起こすと、どこか楽しげに不破 颯(ib0495)はレンチボーンで狙いをつける。
「う、ぐ」
 そんな颯を一瞬だけ睨むと、血を流しながら、従業員は素早く土蔵に飛び込んだ。
 全身縛られたまま。土蔵に逃げた所で、扉が閉められるわけでなく、そもそもそんなバランスの悪い格好で何をと思いきや。
 棚に向かい思い切り体当りをする。反動で置かれていた物が崩れ、あっという間に地面に四散する。
 派手な音をたてて。
「どうした!」
 落ちた荷物に打たれて、従業員は気を失ったか動かなくなる。が、物音を聞きつけ、店の方が騒がしくなった。
「始まるか」
 からすはそっと呟くと、中にいる一般客の為に動き出す。
 出てきた従業員に向かい、秘術・影舞で潜んでいた志郎が霊刀「カミナギ」を振り下ろす。
 はっとして従業員が持っていた盆で弾く。盆はあっさりと割け、刃は従業員を刻んだ。が、飛んだ破片に一瞬虚をつかれた志郎に、鬼のような形相に懐から苦無を取り出そうとしていた。
「悪く思うなよ? なんてなぁ」
 一つの矢に全精神を集中。脆弱な一点を狙い、颯は動けぬように手足を射抜く。
「て、めぇらああ!!」
 射抜いた矢を引き抜きながら、従業員が吼えた。とても一介の気のいい飲み屋とは思えぬ、ドスの聞いた声が夜に響き渡る。


 ひっきりなしにやってくる客に、応じる注文、運ぶ酒。忙しくする店内で、開拓者たちはなかなか店主たちに絡めずにいる。
 目を離さず、見届けるも不審な点は早々見当たらない。
 どこからどう見ても気のいい親父と、彼が切り盛りするこじんまりと飲み屋だ。
 しかし、戦いを潜り抜けてきたから分かる。相手の様子を覗う、妙な緊迫感が店に漂っていた。
 どちらがいつどうやって手を出すか。その探りあいが密やかに進行していたが、

 店の裏から派手な音が響く。

「どうした!」
 物音を聞きつけ、別の従業員が裏に飛び出す。だが、続けて起きる物音や怒声は、只事では無かった。
「何らぁ!?」
 事情が分からぬ上、酒も入ってる客たちはきょとんとしている。
「ここは危険です! 逃げて下さい」
 入れ替わりに入ってきたからすが誘導するも、とっさに動けない。
 動いたのは店側だった。
 従業員の一人が、からすに注目している客に伸ばす。
 その直後、吹いた風が店主や従業員たちに見えぬ刃を刻んでいた。
「何をする気なのだ。お客さんに手を出すのはよくないのだ!」
 だれてた狸がすっくと立ち上がると、目を丸くしたままの客の前に立ち、北斗が睨みつける。
「兄ロリ〜。やっと店の奥で見つけたよー♪」
 目が逸れている間にナハトミラージュを発動。店の奥に入ったアムルタートが、刀を幾つも抱えて軽い足取りで出てくる。
「ほぅ。最近の酒場は物騒なモノを持ってるんだなぁ」
 納得のいく答えを出せと、人の悪い笑みで天斗が言及する。
 がっかりと肩を落としていた店主は、困ったように両手を上げて嘆く。
「まさかの時の用心ですよ。‥‥いえ、私だってこんなもの頼りたくは無いのです。けれども、世の中はいろいろと物騒。こうして真面目に店を開いていても、いつ何時何があるかわかりません。‥‥こんな風にね!!!」
 気配が変わった。
 開拓者たちが身を険しくするのと同時、店主の周囲に炎が燃え上がる!
 噴いた炎は一瞬。
 けれど、炎は木を焼き、紙を焼き、油を焼く。あっという間に火の勢いは増し、煙が充満し始める。
「火遁!? こんな所で!」
「とにかく、一般の方は避難を!!」
 幸い、小さな店内は開拓者が半数近くの席を埋めていた。が、残り半分、十名ほどが悲鳴を上げて逃げ惑っている。
 その客を捕らえようとする従業員――蝮の一派の前に千覚は躍り出ると、月歩で攻撃を躱しながら注意をひきつける。その間に、真夢紀は加護結界を付与。
「そろそろ神楽の都からお暇しようと思ってたのに、ちぃっと欲張って仕事をしすぎたか。妙な婆さんに目ぇ付けられたとは思ったが、こんな結果になるとは俺も焼きが回ったもんよ」
 げらげら、と炎の中で店主は笑う。先程の好々爺はどこに消えたか。そこにいるのは凶賊・蝮の顔だった。
「か、頭!!?」
 敵も味方も関係ない。店内に残っていた従業員たちも巻き込まれ、動揺した声を上げる。
 だが、そんな店主のやり口は分かっているのか。すぐに厳しい表情で立ち直ると、燃え盛る店内から逃げ出そうとする。
「チクショウ、どけっ!」
 出入り口を抜けようと、逃げかけていた客たちを押しのけようとする。
「させないよ!」
 本性を表し、力ずくで客を退けようとした雪刃が剣気で怯ませ、柚乃が浄炎を仕掛ける。
「ちっ!」
「きゃあ!」
 厨房から包丁が飛んだ。酒天が柚乃を掴むと、その立っていた場所を通過して向こうの壁に刃が刺さり、砕ける。
「とにかく、巻き込まれたくねぇ奴はさっさと出ろ!」
 出口を確保して、酒天が叫ぶ。その扉から悲鳴を上げて、客たちがまず外に逃げ出す。
「お手伝い必要ですか?」
 こんな状況でも、どこかのんびりと。和奏は酒天に声をかける。
「悪い、そっち任せる」
「了解しました」
 返答もあっさりしていた。苦い表情で、酒天が睨むのは店主。思った以上に、蛇は厄介だったらしい。
「うぉら、どけっ!」
 その後を狙い、従業員が卓を抱えると力任せにぶん投げてきた。
 さすがにそれを受け止める気になれず、避けるとその開いた空間を従業員は走り、強引に外に飛び出した。
「退きやがれ!」
 そこらにいた野次馬から杖を取り上げ、我武者羅に振り回し、道を開けさせる。
 逃走しかかったその従業員を雪刃が猿叫を叫んで怯ませるや、北斗が北条手裏剣を素早く投げつける。
 悲鳴が上がり、さらに騒ぎが広がった。酒天が事情を叫んで野次馬たちも遠ざける。
「大丈夫ですか!?」
 避難の過程で倒れた人たちには真夢紀と千覚が駆け寄り、手当てをする。煙を吸った人や押された人、他の店舗でも類焼を恐れて逃げる人が出ており、通りはてんやわんやになっていた。
「御無事でしたか。お手伝いさせていただきます」
 周囲で様子を見ていたのか。依頼人のカヨも駆けつけ、野次馬の整理と看護を始める。


 裏手では、怒声をあげて蝮党としての顔を露にした悪漢の捕縛にかかる。
「隠れる必要が無いなら、明るい方がいいよね。蛍みたいでいいじゃなーい」
 羊飼いは夜光虫を召喚。複数を飛ばすと、夜を明るく照らすようにする。
 そうする内に、店内から火の手が上がり、見る間に店を燃やしていく。
「中からか。何て奴らだ」
 火を警戒していた颯も、そうなっては手に負えない。
 煙から逃れるように、志郎たちもやや遠ざかる。
 さらに飛び出してきた悪党二名。先んじて出ていた仲間と合流し、短刀を抜くと素早く斬りつけてくる。だが戦う為で無く、退路の確保。川辺に括りつけられたままの舟に向かおうとする。
 だが、矢を掻い潜り踏み込んだ地面から地縛霊。先頭を走っていた一人を襲う。
「火災も気になるが‥‥こちらも逃がす訳にはいかないな」
 无は、先んじて仕掛けた罠に続けて、氷龍を召還。一直線に伸びた凍て付く息がその道筋を冷たく凍らせる。張り付いた霜で動きを鈍らせる。
 それでも。一人が短刀を握ると、素早く无に斬りつける。无がとっさにカッツバルゲルを構えて切り結ぶと、相手は別の手にも苦無を握り、すかさず斬りつけてくる。
「行け!」
 それを見て、ルーたちも制止させようと構えるが、素早く駆けると撹乱するように暴れ出す。
「頭! 早く!!」
 逃げた二人は舟に飛び込み、綱を外そうとしたが。
「何だぁ!?」
 飛び乗った衝撃で舟が揺れた。揺れながら、どんどん沈んでいく。
「この状況で荷運びなんて出来ないでしょうが。それでは御自分たちも逃げられないでしょう」
 すました顔で、鬼啼里 鎮璃(ia0871)が嘯く。
 船に穴をあけた上で、紙で栓をしておいたのだ。ただ浮かんでいる内は何とも無いが、水に沈めばやがて栓が取れて舟が沈む仕掛けになっている。しかも、どうやら飛び乗った衝撃でさっさと栓が濡れて落ちた様子。見る間に舟が水に満たされていく。
 足場を失い、また岸辺に戻ろうとした悪党たちが、続け様に矢が射抜かれる。ふらりよろけると、一人が川へと落ちた。

 燃え盛る炎の中、店主が苦無を構える。
「けっ、手下はへばったか。使えん奴らだ」
 情も何も無く、ただ店主は吐き捨てる。煙が充満する店内。柱も天井も嫌な音を立て、いつ崩れるか分からない。そうなっては、開拓者も巻き添えになる。
「無茶苦茶ですねぇ」
 咽びつつも羊飼いは裏口から店主を逃さぬよう見張る。
「一度死んだも同然の身なんでね。そういった事は気にせんのさ」
 店主は口端を上げて凶笑している。
「で、つまらねぇ悪事で満足してたってか。お前らに教えてやるよ。‥‥本当の悪党ってヤツァなぁ、強者から奪って喜びを見出す。弱者は糧でしかねェ!」
 天斗が霊剣「御雷」を振るう。精霊の力を刃に込めた強力な一撃は、しかし、崩れかけた卓を切り払うのみ。天辰は集中が必要な分、隙も出来る。
 見切った店主は高々と飛ぶと、苦無を投げつけてくる。先の従業員が投げた包丁なんぞよりも遥かに鋭利で的確に狙いをつけてくる。
 そのまま表に逃げ出そうとする店主。
 和奏は無理をする気はさらさら無い。が、表通りに出せばそのまま人込みに撒かれて逃げられるという考えと、単に自分に向かってきたという状況から刀「鬼神丸」を鞘走らせる。
 納刀から、すれ違い様を狙っての素早い抜刀。さしもの店主もこれは躱せず、深々と刃を喰らった。
「くっ」
 店内に押し返され、店主の表情が歪む。その頭上、みしりと重い音が響くのを誰もが聞く。
「崩れるぞ!!」
 さすがに命あっての物種。和奏も天斗も外へと飛び出す。
 きしむ音は大きくなり、やがて建物が大きくたわんで炎を上げた。
 熱風から身を庇いながら、幕のように広がる煙の向こう、燃え盛る音に混じり玄牙は足音を拾う。
「あそこに!」
 見れば、店主も逃げ出し、闇に消えようとしていた。
 すかさず、矢や弾丸が礫が店主を狙う。負傷もあって、それらに次々と襲われる中、天斗が距離を詰める。
 狙い定めた一閃。止めようと店主が構えた苦無を持つが、小賢しいその腕ごと悪党を斬り払っていた。


 現場が飲み屋街とあって、その夜は騒然となった。
 崩れた酒場からの燃え広がる火は、近隣に多少飛び火したようだが、大事には至らず。負傷者は一般人始め、開拓者らによって癒された。
 蝮の一味が捕まったと分かってまた騒ぎになり、そこに頭もいると分かってさらに大騒ぎになった。
 開拓者ギルドと共に都の警備兵へも報告を出し、その顛末を詳しく聞く為に時間が割かれ、開放されたのは夜が明け、日が傾き始め出す頃。
「そういえば、兄ロリ。駄賃がまだだよ」
 うっかり忘れかけていたが、最初の約束をアムルタートは天斗に催促する。
「ンなモン気のせいじゃね?」
 が、天斗は知らん振りだ。
 ならばとアムルタートはライールを使う。依頼料は受け取ったばかりでそれを失敬すると、それを懐に入れる前にはっしと腕を掴まれる。
「ごめ〜ん! ワザとじゃないよ♪」
 悪びれもせずに次を狙うアムルタートに、天斗も気を許さずしっかり防衛。
 こちらの盗みは可愛いもの。

 凶悪な蝮は頭を落とされた。手下はまだ散らばり残っているが、他にも依頼は届いているのだ。直に捕まろう。
 疲れた様子でギルドを後にする開拓者たちに、依頼者であるカヨは深く礼を取った。


「というのが、事の次第でございます」
 そして、神楽の都郊外。
 東堂俊一が経営する塾にて、その塾長――すなわち東堂本人とカヨは対面して、事件について報告していた。
「隠れ屋の酒場は全焼。土蔵は火事からは守られた為、押収された物品を照会した所、これまで蝮に盗まれた品とが一致いたしました。手下二名がどさくさで逃げたようですが、他は見事捕縛。店主は重傷ながらも一命を取り留めておりました」
 顔無の蝮。本名は福田源治。元シノビであり、とある合戦で死んだと思われていたが、先代の蝮党首領に拾われて九死に一生を得、盗賊になったという。だが、その首領も己が欲の為に謀殺。そして、組織を乗っ取り昨今の凶行を繰り広げるに至った。
 涼しい顔で話すカヨに対し、東堂は渋面を作り頭を抱えている。
「カヨさん‥‥。私はそういう事の為に、あなたを呼んだ訳ではありません」
「出来るだけの事をしようと思っただけですわ。私も、よもや酒天童子まで絡もうとは思いもしませんでした」
 素知らぬ風でカヨは茶に手をつける。その態度に、東堂は頭を振った。
「カヨさんはどのように思われましたか?」
 出された茶に口をつけ、しばしの沈黙。やがておもむろに東堂からそう切り出した。 
「面白い御仁です。あれで、私より年上というのですから」
「そうか」
 互いわずかに語るだけで、後は何も告げず。
 遠くで塾生が稽古に熱を入れる声だけが響き渡っていた。