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■オープニング本文 ●伊織の里 その名を出されて、高橋甲斐は険しい表情を見せた。 彼に対する上座に座る少年、立花伊織は、慌てて頷き、書状を開いた。 「はい、朝廷と和議の成った修羅について‥‥」 「御館様」 丁寧な少年の言葉を、初老の甲斐は、やんわりと、しかし厳しい口調で遮った。びくりと肩を震わせた少年が、小さく咳払いをして、きちんと居住まいを正す。 「うむ。巨勢王よりも書状が参った。酒天を伊織の里で相まみえて見極めんとの仰せだ」 目下の者に対する言葉遣いに、甲斐は小さく頷いた。伊織もまた、安心したように肩の力を抜くと、書状を畳んで祐筆に下げ、ゆっくりと時間を掛けて下座に向き直った。 「して甲斐。朝廷の意向であればともかく、これは巨勢王の決定である故、異論は許されぬと思う。差配は任せるが良いか」 「はっ。開拓者ギルドにも遣いを出し、万全の体制を整えまする」 ●開拓者ギルド 伊織の里は武天から神楽の都へ至る街道筋近くに広がる町。朱藩方面に魔の森が存在する為、多くの城や砦が配置されている。 そんな場所で会合を開くなど酔狂な話だが、修羅たちを封じた精霊門を開くのに必要な霊剣がこの里に保管されているとあれば仕方が無い。 それに、危ないのは今の情勢結局どこも似たようなもの。むしろ、防衛設備が整っている場所の方が安全なのかもしれない‥‥が。 「伊織の里に至る道筋に、アヤカシがうろついている」 武天の開拓者ギルドにて、係員が受けた報告を苦そうに告げた。 出たのはアヤカシアリ。軍隊蟻とも呼ばれる小さなアヤカシだという。 2〜5寸程度の大きさで、一匹はとても弱い。一般人でも、数匹ぐらいまでなら退治が出来る。だが、このアヤカシの怖い所は、集団で行動している所にある。通常出くわしても数十〜百近い数で襲って来、下手に巣などに近寄れば千を越える数を相手にせねばならない。 一匹は弱くても、そこまで集団で来られてはさすがに手を焼く。小さな体で隙間からも進入、素早い動きで群れ寄ると、強靭な顎で次々と噛み付いてくる。 さらに、人間には分からない特殊な誘引液を分泌する事が分かっている。アヤカシアリは目が見えないそうだが、代わりに臭いや触覚で状況を判断している。例え一度逃げ出したとしてもその誘引液の臭いを辿り、仲間と共にどこまでも追跡してくる。 命からがらアヤカシアリから逃げ出した人が助けを求めに集落に飛び込んだ所、その人を追ってやってきたアヤカシアリに集落ごと全滅させられたなんて事例も存在する。 「ひとまず確認されたアリは五十匹程度。界隈は封鎖してあるが、さすがにアリの這い出る隙間も無い、なんて訳にはいかない。今回の会合で他国からの移動も多く、修羅は勿論巨勢王さまとて来られるのだ。道の安全は確保せねばならないし、万一伊織の里まで追跡されては惨事になる。ただちにアヤカシアリを滅し、周囲の安全を確保してほしい」 ただし、アリ退治の後は一日ほどその場に留まってほしいと、係員は告げる。 「誘引液には限界がある。臭いが届かぬほど遠くに逃げるか、一日ほど時間を置くかだ。追っ手となるアリを殲滅させれば問題は無いが、もし討ち漏らしがあればさらに仲間を引き連れて追ってくる可能性がある」 下手に移動すると、みすみす道案内をするだけ。また、逃げ切った所で新たなアヤカシアリがその界隈に留まる危険がある。なので、敢えてその場に留まって一日ほど無事に過ごせれば、アリたちは確かにいなくなったと判断できる。 「必要な物資はなるべくこちらで用意する。面倒だが、やってくれないか」 アリの動きや数からして、獲物を探す斥候が遠出してきた感じらしく、本隊らしき集団は確認されてない。恐らくこれら斥候さえ消せれば、本隊がこの場所にたどり着く事は無いだろう。 |
■参加者一覧
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
深凪 悠里(ia5376)
19歳・男・シ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
トカキ=ウィンメルト(ib0323)
20歳・男・シ
蒼井 御子(ib4444)
11歳・女・吟
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
山羊座(ib6903)
23歳・男・騎 |
■リプレイ本文 街道に現れたアヤカシアリたち。その排除を依頼され、開拓者たちは現場に赴く。 辺り一面野原が広がり、その只中に道が通ってるだけの見晴らしのいい場所。アリたちが、強靭な顎で辺りの草を食みつつ、何かを探すように群がって移動していた。 「アリねぇ‥‥デカっ!?」 「虫型のアヤカシさんはいつも大きいですね」 顔を引き攣らせる笹倉 靖(ib6125)に、和奏(ia8807)も頷いて答える。 大きい、といっても、それはアリとしてであり、アヤカシとしては数寸程度と小さい。 数は、ざっと五十。体に見合ったわずかな力しか持たぬ相手でも、うじゃうじゃと押し寄せてくるのは気持ちいいものでない。 「毒とか‥‥持ってたりはしませんよね?」 「それは大丈夫だろう。一般人にもどうとなる程度と聞く」 不安がる利穏(ia9760)に、深凪 悠里(ia5376)があっさりと告げる。 「斥候放つほど、利口なのに?」 それでも気にする利穏に、蒼井 御子(ib4444)は昔恩師から教わった事を思い出す。 「知能とは関係ないみたいだね。確か、アリにも色々種類いるんだっけ。働きアリとか兵隊アリとか女王アリとか。そういう役割をただこなしてるだけっぽいよ」 実際、アヤカシアリの知能は低い。戦闘力も低い。だが、群れ全体で一個体と為すかのように統率した動きをとる為、侮ると痛い目に合う。 「巣を纏めて一網打尽に出来るならいいんだが、それもそれで危険らしいしな」 靖が聞いた話に顔を顰める。 アヤカシアリが巣を持つかについては、これはまちまちらしい。小規模な集団なら巣を持たず、獲物を求めて常に移動し続けるという。 だが、巣があるにせよ無いにせよ。彼らの拠点に踏み込めば千を越える数を相手にせねばならない。一個体が幾ら弱いと言っても数で押し切られる可能性はある。 さらに女王アリは中級アヤカシになる事も。下手に突付けば、大騒ぎになる。 「どこのどいつか知らないが。斥候って事は邪魔してやろうって様子見しにきたって事だよな」 苛立たしげにルオウ(ia2445)は拳をぶつける。 伊織の里周辺。アヤカシの目撃情報が増えていた。まだ下級アヤカシが中心だが、何か作意めいたものを感じるには十分。 修羅を封じ込めた剣のやり取りが行われるに辺り、それを目にする機会は無いかと楽しみにしているルオウにとって、そんな無粋な真似など腹立たしい。 「会合はどうなろうと大した興味は無いのですが‥‥。まぁ仕事だというならやりますよ」 トカキ=ウィンメルト(ib0323)は淡々と、ただ軽く肩を竦めて見せる。 山羊座(ib6903)はそんな彼らをただ見つめ、黙々と蟻退治の準備を進めていた。 ● 見晴らしのいい場所だが、アヤカシアリは視力が無いという。その分、嗅覚や触覚に長ける。 先制を取られぬよう、開拓者たちは慎重に近付く。 「皆、怪我が無いようにね」 エンジェルハープを構えると、御子は騎士の魂を奏でた。勇壮なる騎士物語に魂が感化され、折れない心が身を守る。 「よし! 来い!!」 アヤカシ全てを射程に入れるように、ルオウが咆哮を上げる。 大地を響かせるような雄たけびが届かぬ筈は無く、アヤカシたちが一斉に向かってきた。探索の為か、ある程度広がっていた群れが、開拓者たちに近付くにつれ黒い列を成してまとまっていく。 「纏めて来るなら纏めて始末! こいつで纏めて掬ってやるぜ!!」 ルオウはその群の中に飛び込むと、何だか杓文字によく似た両刃戦斧――その名もミミック・シャモージを振り回す。 自分を中心に一円。鋭い刃が地面ごと抉り取り、黒い虫を潰していく。 「あまり近くで見たいものではないですね。アリは熱湯かけるのが早いんですけどね」 和奏が刀「鬼神丸」でアリを貫く。紅い炎に包まれた刀から梅の香りと白く澄んだ気が漂う。 「熱湯はありませんが、火なら出来ます。凄く燃費の悪い術ですが‥‥この状況なら」 「この大きさがこんだけ集まると‥‥うはぁ。一気に燃やしてしまってよ」 構えるトカキに、靖が身震いしながら催促する。 ファイアーボールで一体ずつも効率悪い。集団に向けて、トカキはボルケーノを唱える。地表から噴出する業炎が小さなアリたちを纏めて焼き上げ、瘴気を上げていた。 山羊座は殲刀「朱天」で後方に向かおうとするアリたちに切り込みにかかる。が、一体倒しても何の関係も無く、後続のアリたちが続々とやってくる。 仲間が幾ら燃やされ潰され斬られようと構わない。ただ恐ろしく忠実に自分の役割である斥候と、本能である襲撃を行うのみ。 「一般人でもどうにかなる程度なら‥‥盾で叩いて潰していく方が簡単かも」 練力も勿体無いと、悠里は手盾に持ち返ると振りかぶって大地に叩き付ける。本来攻撃を防ぐ物であるが、アリ相手にはそれでも程よい成果を出してくれた。 「確かに、一体ずつというのは効率悪いかもしれません」 後衛に近寄らせないよう利穏は前に出てショートスピアを振り回していたが、一匹ついて抜く間にもう次の一匹が現れ刃先に上る。そのまま槍を伝って向かってきたのを已む無く一旦手放し、少剣「狼」に持ち替えて纏わりつくアリを切り払う。 「寄って来ますねぇ。あっちこち引きまわしてみる‥‥程でもないですけど」 和奏はギルドに頼んで、駿龍・颯の同行を許可してもらったが、上空に待機してもらったままあまり出番は無さそうで。 あちこちに逃げて分散したところを攻撃とも考えたが、この程度の数なら負け要素は無く。和奏としてはこの際アリの行動をじっくりと検分したかったが、あれこれ試そうとする前に他の開拓者が難無く潰されている。 それにあまり手がかりを撒き散らすと、後続のアリが来た場合、そのどこに出没するか分からず対処が遅れる可能性も出る。 「――一度だけ。思いっきり演るよ。フォローお願い! 『さぁみんな、思いきり遊ぼう!』」 退却を知らぬアヤカシたちに向かって、御子は精霊の狂想曲を奏でる。 弦を激しく掻き鳴らし、精霊すらを巻き込んで大騒ぎ。それまで整然と進んできたアリたちも、混乱して列を乱し始めた。 攻撃的な曲調を免れても、仲間のアリに攻撃されたり、自身を攻撃したり。ぐるぐると同じ場所を巡って、ぼんやり動かなくなったところを開拓者から潰されたりと、見る間に数を減じていく。 ● 街道をうろついていたアリたちはひとまず処理が終わった。 その後で、御子はおもむろに天鵞絨の逢引をかける。撃ち漏らしがいないかを探し出す為だ。 「服の中に入り込んだりはしてないな。潰れた死骸は瘴気に還るから放っといてもいいけどな」 一応服を脱ぐと、ルオウは丁寧に叩いて調べる。 小さなアヤカシは、何かの隙間に潜める。もっとも脆弱な下っ端軍隊蟻が術に抵抗など出来るはずも無いので、これは念には念というヤツだ。 「アヤカシの気配は無し。明るい内に拠点を決めて設営するか。せめて寝る場所を確保しておかねーとなぁ」 瘴索結界「念」で瘴気を調べると、靖は天を見上げた。まだ日は高いが、暗くなってから動いても仕方ない。 アヤカシアリは追尾能力を備えている。獲物に逃げられても、つけた臭いを追ってどこまでも迫ってくる。ここいらのアリは倒したが、もし仲間のアリがいたら匂いを辿って現れる可能性もあり、それを防ぐ為に一日の滞在を言い渡されていた。 「まさか野宿とはねぇ‥‥嫌いじゃないですけど」 さらにいえば、野宿でもランタンと毛布があればどこででも、とトカキは考えている。ふかふか布団とゆったり枕じゃなきゃ寝れないようでは、開拓者は務まらない。 けれど、それではこの夏の日差しで無駄に消耗しかねない、と利穏は天幕を組み立てる。見通しのいい街道は、影にも乏しい。 「水、よかったらどうですか? こんな日だと美味しく感じますよ」 そこにいるだけで、じっとりした汗が全身から吹き出てくる。 あるかどうかのアヤカシ退治待ち。その間に、へばっては大変と利穏は体調に気を配る。 水や食料などは、武天の開拓者ギルドから準備されていた。多少多めに用意されており、数日はキャンプを楽しめそうだ。 「蟻に食われちゃ困るからな。しっかり密閉しておいてくれよ」 ルオウは食料を確かめると、虫など入らないよう注意して扱う。アヤカシの食料は人であり、こちらには興味は無いだろうが、街道でアヤカシが消えると当然ただの虫もうろつき出す。 夏の名物。高音で飛ぶ小さなあいつも。 「という訳で、蚊取り豚。後続がいつ来るか分からないから、注意は怠らず、休む人は休んでね」 虫除けに御子が線香に火をつける。 「では、まず俺が監視に立とう。あまり疲れてもいないしな」 サポートでやってきた射手座と共に、夜用の松明を設置していた山羊座から短くそう申し出があった。 「じゃあ、こっちは寝ずの番もできるし、夜に立たせてもらおう。それまで休ませて貰おうかな。緊急時以外は起こさないでね」 それを聞くと、悠里は天幕に潜り込む。 ● それからしばらくして、アリの追加がやってきた。 合計で十匹ほど。匂いを探るように、ふらふらと動き回っていたのを山羊座が見つけ、起きていた面々で叩き潰す。 「気配は無し。しっかし、しっかり休んで回復しないと、練力持ちそうに無いな。見張りはするけど、それまでこっちも休ませてもらうな」 戦闘よりもくまなく探索する方が面倒。練力を鑑みながら、靖は適時体を休める。 「そういえば。戦闘後一日って‥‥この戦いの後更に一日、ぢゃないよね?」 嫌な予感にかられる御子だが、何を言ってるという様な目で山羊座が見てくる。 「一匹でも発見したら、そこから一日だろう。新しい匂いが強く残ってる筈だからな」 ぶっきらぼうにそれだけ告げると、また監視の続きに戻る。 気の長くなりそうな話に、御子は顔を顰めた。 「そりゃまぁ、長めに滞在した方が良いのかも知れないケド――食べ物持つのかな?」 量的にも消費期限的にも。 しっかり封された食料箱を見る。それを見越して日持ちして嵩張らない食料を中心に用意されている。とはいえ、水なども問題もある。 「足りない時は、伝書鳩ならぬ伝書龍に出てもらいましょうか」 和奏は手持ち無沙汰そうにしている颯に声をかける。街道封鎖の警備隊もいるはずなので、そんなに遠くまで知らせに行く必要は無い筈。 ともあれ。アリが出た事でさらに延長一日。 日が暮れる頃、悠里が交代で起き出す。完徹を使用すると、夜を徹しての見張りに立つ。彼一人に任せるのも何なので、他の人たちも交代で見張りに出ていた。 松明を煌々と灯し、周辺を明るくしている。が、その分、闇は濃く浮かびあがっている。 なるべく松明からは目を逸らし、利穏は闇に目を向ける。 「でないと、闇に乗じてやってこられたら目が対応できませんからね」 小さなアリが眩んで見えないという失態は避けたい。 悠里は暗視を使って闇の中も覗き込み、トカキはマシャエライトで闇を照らす。 「それなりの数でくれば音で分かりそうだけど‥‥難しいかな?」 ただ待つのも暇なもので。油断にならぬよう気をつけながら、楽譜「結婚式のためのスコア」を覚えていた御子が、ふと顔を上げる。 「蟻の足音だからなぁ。何か齧りでもしたら分かるかもだけど」 地表を眺めながらルオウは告げる。 街道にも草は生えている。風が吹けば、夏の熱気と共に草もそよいでそれなりの音を立てる。ただ耳に頼るのも御子が考える通り難しそうだ。 草の影に隠れてないかとルオウは目を凝らすも、アリの姿はなし。じっと下ばかり向いているのも飽きる。 そうして見張りを続けている内に、時間も経つ。 アリの襲撃は何度か訪れた。一匹だけの時もあれば、十数匹が纏まってやってくる事も。 「本当に、一網打尽に出来ないかなぁ」 蟻が出る度に、靖が瘴索結界「念」を使用して調べる。 来た方向が分かれば辿れるかと思ったが、割とうろついた末にやってくるのか方向は定まらなかった。 そして、蟻が出たらそこからまた更に一日やり直し。といっても、全体では数刻伸びるだけだが。待ちに待ってそろそろ蟻も打ち止めかなと思った時に、へろっと現れた時の徒労感は否めなかった。 退治が楽で地味な分、待ち時間の長さが身に染みる。 それでも、蟻の現れる間隔が段々と長引き出し、その数も平均して少なくなっていく。 そして、最後の蟻を始末してから一日。何も現れないまま、時間が経過したのを確認すると、開拓者たちは全員胸を撫で下ろす。その頃には二日目の夜になっていた。 夜明けを待って、撤収の準備にかかる。それでもアリの気配が無いのを含め、開拓者ギルドに報告に上がる。 「ご苦労さん。ひとまず、アリの害は無いとみなして封鎖は解除する」 報告と引き換えに、報酬が支払われる。 それにて依頼終了。 仕事を労う射手座とは対照的に、山羊座は終わったとなればさっさと帰宅の準備にかかる。 「さて、霊剣とやらを拝みに行くか、あるいはアヤカシどもを調べにいくか」 ルオウがにやりと笑う。 封鎖を解かれた街道に、再び人が行き交う。 伊織の里での会談に向けての人手も必要で、開拓者が休む暇はまだ無さそうだ。 |