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■オープニング本文 武天の騒動も覚めやらぬ内に、神楽の都でもまた騒動が起きていた。 近郊で起こるアヤカシ騒ぎ。中には、神楽の都内にも入り込み悪行を重ねる者までいる始末。 都には人が多く、アヤカシが狙うのは当然。しかし、普段なら開拓者ギルドのお膝元で暴れるなど愚挙に過ぎない。 けれど、その開拓者たちが大アヤカシ討伐で多く借り出された。その後始末やらで混乱している今なら、とでも考えたのだろうか。 誰かの指示なのか、個々の思いつきなのかもよく分からない。 分からないが、捨て置けない。 誰が呼んだか、名乗ったか。このアヤカシの集団は凶風連と名付けられた。 「トリック・オア・トリート!」 真坂カヨが庭掃除をしていると、お化けを模した白い布を頭から被った集団に囲まれた。身の丈はいずれもカヨより低い。 甲高い耳慣れた声で、そう告げられカヨは思わず吹き出す。人数といい、体格といい、その声といい。東堂俊一が開いている塾によく遊びに来る子供らに間違いない。 「あらあら、他儀のお祭りですね? でも、それは確かもう一ヶ月ほど後ですよ。それとも予行練習かしら?」 布をめくって顔を確認すると、やはり思った通り。塾にはカヨも手伝いとして手を貸している。知らぬ仲では無い。 袂に入れていた飴を子供たちに配るが、たしなめるのも忘れない。 儀の交流が始まれば、それまで触れた事の無い文化も入ってくる。仮装して各家を回り、御菓子をもらう南瓜のお祭りは楽しく騒ぐには十分で、今では天儀でもそれなりに浸透している。 だが、祭りは祭り。いつでも行っていいものでは無い。 そう告げると、子供たちは顔を見合わせぶーぶーと文句を垂れる。 「ほら、言ったじゃない。まだ早いって」 「でも、やってる奴いたんだってばー」 言いだしっぺらしき子が、他の子らに責められる。が、言われた方も負けてない。口を尖らせる子供らに、首謀者くんは強く反論していた。 「やってる子を見たの? その子も勘違いしたか、あるいは友達同士で遊んでいたのではないかしら?」 「違うよ。普通に道を歩いている奴に話しかけていたんだ。で、言われた方も笑って饅頭渡してたから、あ、そうだ! って俺らも慌てて準備したんだ」 見た、という子が必死に訴える。 掛け声が独特なので、知識のある者ならすぐにハロウィンだと気付く。時期が違っても、子供のやる事だからと大目に見て乗っかる大人がいてもおかしくは無いのだが‥‥。 「どこで見たのか、教えてもらえるかしら?」 「うん、いいよ」 何かひっかかりを覚え、カヨは尋ねる。 二つ返事で、子供はカヨの手を引いて歩き出した。 見た、という現場は神楽の都の端の方。商業地域に向かう大きな通りで、商品を積んだ荷車が多く行き交っていた。 人の数は多く、せわしなく動いている。その隙間を似たようなお化けの格好をした子供らが走り回っている。 「トリック・オア・トリート!」 「おやつをくれないと悪戯するよ!」 口々にそう言ってねだる様は、確かにハロウィンのようだ。 「ほら、やってるじゃん!」 「あら、まぁ」 自信満々に胸を張る子供に、カヨは開いた口に手を当てる。 が、祭りにしては勝手が違った。 大人側の反応はまちまち。苦笑しながら御菓子を渡す者もいれば、まだ早いだろうと叱る者、邪魔だと追い払う者など。けして、このイベントが大人たちが率先したのでないとよく分かる。 そして、子供達も。怒られたり宥められたりで、止める子は止めるが、中にはしつこく遊んでいる者もいる。大人をからかって、運良くお菓子がもらえたらいい程度なのだろうが。 「ぎゃあ!」 離れた場所から悲鳴が上がった。見ると、大の大人を白い布を被った子供たち六人がよってたかって殴りつけていた。 「おやめなさい!!」 塾の子供らにそこにいるよう言いつけて、カヨは騒動の場に駆け寄る。近寄るに連れ、カヨの顔色が変わった。 「あれは‥‥、奴らは‥‥」 上がった悲鳴に、カヨ以外にも周囲にいた者が駆けつけている。人が集まってきたので、殴っていた子供らは逃げようとする。 「待て、このくそがき!!」 駆けつけた一人が、子供を捕まえようとして手を伸ばす。 「いけません! 離れて!!」 カヨの声は喧騒で届かず。 一人の子を捕まえたのはいいが、さっとその腕が掴まれると大の大人が投げ飛ばされた。宙を飛んで地べたに這い蹲った大人を見て、けけけ、と笑うと、子供らはあっという間に人込みに紛れてしまう。 「傷を見せて下さいますか? 私は巫女です」 子供らを見失い、カヨは少し迷うと襲われた人の手当てをする。それで大丈夫と判断してか、見ていた者たちも仕事へと戻っていく。子供たちのように遊んでいる暇など無いのだ。 「ったく、たちの悪い子供もいやがる。御菓子を渡さないと本当に悪戯して来るんだからな」 周囲からはき捨てるような声を聞こえたが、とんでもないと心の中でカヨは告げる。 ● 襲われた人を癒し、子供たちを急いで家まで帰すと、すぐにカヨは開拓者ギルドへと駆け込む。 「あの子供たちはアヤカシです。大きさや動きからして、恐らく小鬼ではないかと思います」 凶風連騒動が続いている。不審に思ったカヨは瘴索結界を使用していた。 襲われた大人も、子供の力ではありえないほど強く撃ち据えられている。打ち所が悪ければ惨事となっていた程だ。単なる悪戯などではありえない。 「少し聞き込んでみましたが、ハロウィンを始めたのはどうやら小鬼らしいのです。何処でどう知ったのか、時期も違いますけど、姿を隠して動くのにちょうどいいとでも考えたのでしょう。ただ、それを見た界隈の子供たちがもう祭りを始めてると勘違いしたらしく、次々と集まってきてるのです」 仮装しているので、小鬼が動いても同じような子供が遊んでるようにしか見えない。皆で騒ぐいい機会と口コミで話が広まってしまっていた。 「小鬼たちも最初こそ様子見の為か、ハロウィンを装って大人しく遊んでいたようですが、だんだんと本性を表し悪戯を悪化させています。このままでは大人たちは勿論、子供らにもどんな悪事をしでかしてくるか。アヤカシの横行など断じて許すわけにはいきません。どうか、一刻も早く小鬼たちを探し出し、始末してくれませんか?」 カヨの話に、ギルド側も厳しい表情で頷く。 たくさんの子供たちと忙しい大人たちに混じって、悪事を働く小鬼たち。 神楽の都のアヤカシ騒動。小物が相手であっても、見逃せる事態ではない。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
和奏(ia8807)
17歳・男・志
エラト(ib5623)
17歳・女・吟 |
■リプレイ本文 南瓜や蕪を顔の形にくりぬいて飾り、子供たちが仮装して各家を回り御菓子をねだる。 ハロウィン。 ジルベリアの祭りだが、商魂逞しい天儀の商人はそんな楽しいイベントを見逃す筈無く、便乗した商品展開も行っている。 他の儀からも訪れる人が多い神楽の都なら、耳にする事のある祭りだ。 「えっと、とりっく‥‥おあ?」 「トリック オア トリート。悪戯するか、御菓子をもらうか、だそうですよ」 知ってる人は知ってるが、知らない人は当然知らない。 首を傾げる柚乃(ia0638)に、依頼人である真坂カヨがおっとりとした微笑を見せる。 「本番は来月だっていうのに、気の早い連中もいたものね〜」 長い髪を掻き揚げて、葛切 カズラ(ia0725)が深々と息を吐く。 「ハロウィンの正確な作法等は折を見て天儀の方々にもお話しするとしまして、今は小鬼退治を穏便に済ませる方法を相談したいと思います」 エラト(ib5623)が告げると、カヨも表情を引き締めて頷く。 楽しいハロウィンだが、面白半分の遊びの祭りでもない。 なにより、それは十月も下旬の話。まだ早すぎる。 今回ハロウィンを仕掛けたのは、ジルベリアの人々でもなく、天儀の商人でもなく。なんとアヤカシなのだ。 「神楽の都の中にまでアヤカシが出没するようになったんですね。今後は少し、一人歩きは控えた方がいいのかな?」 「そうですね。でも、長くは続かせません。今は何ゆえか浮かれているようですけれども、それが間違いなのだとアヤカシに知らしめ、人々を守るのも私たちの務め」 心配する柚乃に、カヨが毅然と告げる。 私たちと括るも、カヨは開拓者では無いらしく、どうやら彼女がお世話になっている塾を指している。 近頃の凶風連騒動には、開拓者ギルドも後手に回った感がある。その為、開拓者以外の志体持ちたちでも心ある者は警備に奔走していた。 「困りましたねぇ。けど、小鬼さんが仮装の楽しみを理解しているとは思えないので、どちらかといえば姿を隠すことに軸足を置いているのではないかと」 小鬼は下級で、頭のいいアヤカシでは無い。 なので、和奏(ia8807)の想像は割りと簡単に推測付くが、頷きながらも困ったようにカヨは見た情報を伝える。 「そんな感じでした。ただ、子供たちの方も時間が無いから有り合わせで仮装して来ているのです。結局、布をかぶるだけだったりの似た感じの格好も多いのです」 小鬼に釣られて、子供たちが早々とハロウィンを楽しみ出していた。 本来はまだ先の話。準備はまだまだこれからだ。しかし、準備が間に合わずとも、御菓子をもらえる機会を逃したくは無いと結構大勢の子供がお化けに扮して界隈を歩いているらしい。 「そうですか。お子様が沢山いらっしゃる場所で、荒事はできれば避けたいですねぇ」 和奏は悩んでいるようだが、のんびりとしている。 その悩みに、水鏡 絵梨乃(ia0191)が小さく手を上げた。 「戦闘できそうな人気の無い場所はボクが探しておくよ。多分、小鬼の探索は任せる形になるだろうからね」 人通りの多い場所に紛れ込んだ小鬼たち。 子供だけでなく、大人も仕事で普段から走り回る箇所だ。迂闊に暴れたら、小鬼以上の被害が出かねない。 ● 「トリック オア トリート!」 賑やかな通りを歩いていると、すぐに子供たちが集まってきた。簡素な布を纏った、即席お化けたちは小さな手を差し出して御菓子をねだる。 「いいよ。多めに作ってきたし、仲良く食べてね」 声をかけられ絵梨乃は、芋羊羹を配る。貰った子供は嬉しそうにさっそく頬張っている。 その中に小鬼がいるのか。 気にはなったが、それは仲間に任せ、絵梨乃は場所の聞き込みに回る。 「この中にはいませんね。皆普通の子供です」 用意した御菓子を配りながら、瘴索結界「念」で柚乃がお化けを選別する。陰陽師の式など瘴気の見分けは付かないが、お化けの格好をした瘴気なぞ探すアヤカシぐらいだろう。 カヨも使えるので、二手に分かれて捜索。とはいえ、他の開拓者たちも彼女たちだけに頼ってもいない。 「例えお化けでも。人から何かもらったらお礼をするものよ。ちゃんとお礼を言える子にだけ御菓子をあ・げ・る」 「はーい。ありがとう、お姉さん」 カズラが笑いながら告げると、子供達も素直に礼を述べる。 きちんと受け答えが出来た子供には御菓子を渡す。その際顔を確認できるようなら、そちらも確認。 「このお菓子についているリボンは違う色がありまして。全部集めて持っていったら、もっと上等なお菓子がもらえますよ。その際、リボンについている合言葉を言わないと駄目なので注意して下さい」 和奏は配るお菓子に少し細工をすると、集める遊び要素を加えて子供たちに渡す。 いずれも、小鬼ならばたいした受け答えもできないと踏んでの事。文字が読めない子供でも、大人に聞くぐらい出来る。その程度の知恵も無く、会話も成立しないなど子供といえども怪しすぎる。 ただ、仮装によっては顔が確認しづらかったり、代表者だけが御菓子を貰って離れたところで待っている仲間に配ったりする事もある。 「やっぱり、万全とは言い難いわね。やっぱり、瘴索結界に頼らないと」 やってくる子供は結構多い。中には扮装をどこかで着替えてまた御菓子を貰いに来る子供までいる。そんな子たちが姿隠してうろつく中で、小鬼たちを見つけ出すのはなかなか骨だった。 ついでに、カズラには若い暇そうな男衆も声をかけてくる。 「柚乃もまだ貰う側かな? あ、でも見た目子供なら大丈夫そう?」 一体どこからが子供なのか。柚乃が悩みながらもやって来る子供たちに御菓子を配っていると、瘴索結界に瘴気が触れた。 数は六体。知らされていた数とも合う。粗末な襤褸布を頭からかぶって、目口を描いた単純な扮装をしている。 見失わないようにしながら、すぐに他の開拓者たちへも連絡を入れる。 「彼らですね。分かりました」 見定めたエラトはリュート「激情の炎」を準備する。 燃える炎、命の激情を思わせる真っ赤なリュートだが、奏でる調べはゆったりと落ち着いたもの。夜の子守唄だ。 通りを歩く者は大人も子供もしばし聞き惚れ、足を止める。 姿を隠した小鬼たちもそんな周囲につられたか、足を止めて興味深そうに周囲を見渡していたが。やがて、互いにもたれあって、ずるずるとその場に座り込んでしまう。 子供が倒れたと周囲が心配する中、開拓者たちが急いでその騒ぎを止めに入る。 下手に触れて起こされては困るし、それで小鬼たちが暴れ出したらなお困る。 「きっとはしゃぎすぎて眠ってしまわれたのでしょう。親御さんの元へお届けします」 「そうかい? それじゃ、手伝おうか」 エラトが説明すると、親切で手を貸そうという者もいる。ありがたいがそれも丁寧に断り、代わりに荷車を借りて小鬼たちを放り込む。 ● 小鬼たちを毛布で包み、密かに荒縄でも縛る。そうして荷車に乗せると速やかに移動。 「こっちこっち。裏路地は人が少ないよ」 絵梨乃が手招き、道案内する。 夜の子守唄の効果時間もある。そんなに遠くにはいけないし、絵梨乃もそれを考えて場所を探してある。 やがて、ぽっかりと開いた空き地に出る。周囲を建物で囲まれているが、小鬼たちを始末するには十分な広さだ。 改めて、仮装を剥ぐと小鬼の姿が現れた。念の為に、触って確かめてみるが本物だ。 「ウ‥‥ウキ、ウギャギャア!」 異変に気付いたか、一体の小鬼が目を覚ました。その騒ぎ声を皮切りに、次々と起き出す。 仮装が解かれ、開拓者たちに囲まれている事で自分たちの状況は大まかに把握したらしい。けれど、逃げ出すにせよ戦うにせよ、縄で縛られたままではどうにも身動きできない。 「動けない相手を襲うのは少々気が引けますねぇ」 「いいえ、世を乱すアヤカシに情けなど無用」 何となく思ったままを口にする和奏に、カヨはきっぱりと言い切る。 「そうね。小鬼であると分かった以上、小細工抜き。最大火力で決着をつけるだけ!」 カズラは告げると、持てる術で惜しみなく小鬼たちに攻撃を仕掛ける。 容赦の無い攻撃にさらされ、小鬼たちが必死に逃げる。じっとしていては死あるのみ。 とはいえ、縛られた身ではろくに動けず。むしろ苦しみを長引かせるだけ。 「怪我をした人だっているんだ。自分たちが何をしたのか、後悔してもらうよ!」 おぼつかない足を掬い上げると、絵梨乃は転んだ容赦なく踵を落とす。華麗な足技は醜い小鬼を容易く踏み抜く。破れかぶれで体当りをする小鬼もいて、念の為に乱酔拳を使うも、結局それほどの相手ではなかった。 騒ぎに隠れてこっそり逃げようとする小鬼に、柚乃も白霊弾を打ち込む。 「子供さんが追いかけて来ても困りますし。迅速かつ確実が一番ですね」 そう納得すると、和奏は刀「鬼神丸」を抜く。 神楽の都に入り込んだ小鬼たち。それを退治するまで、瞬く間であった。 ● 小鬼の叫びも結構響く。 様子を見に来た人もいたが、エラトが安らぎの子守唄を奏でながらまずは落ち着かせ、事情を説明する。 「ありがとうございます。おかげで助かりました」 怪我をした人は出たが、死者はいない。酷い状況にならずに済んだと、カヨはほっと胸を撫で下ろす。 子供たちはまだ大通りをはしゃぎまわっている。けれど、祭りでもないのにと邪険にする大人がいるので、家に戻る子供も少なくない。 固執する小鬼がいなくなった以上、つられる子供達もいなくなる。その内、通りはまたいつもの喧騒を取り戻すだろう。 残ったお菓子や羊羹もそんな子供らに配った後、開拓者たちも帰路につく。 家路の前に、柚乃はカヨに声をかけていた。 「カヨさんは、旅はしたり、他の土地で暮らした事はあるのでしょうか?」 「そうね、昔は遭都のある御屋敷でお仕えしてましたわ。けれどいろいろあって‥‥。それからはずっと田舎暮らし。東堂さまにお誘いを受け、今は神楽の都に出ておりますが、それぐらいですわね」 かすかな微笑みで話されながら、暗にどうしてそんな事を聞くのか促される。 「そうですか。‥‥。神楽の都には多くの開拓者がいますが、その逆もありますよね。依頼の報酬は決して安いモノではなく、出される依頼はほんの一部。きっと他にも困っている人々がいるから旅に出たいと言ったら‥‥、止められました。まだ半人前で早いという事なんでしょうか」 その時を思い出し、柚乃がしょぼくれる。 「かも知れませんね。ああ、そんな顔しないで下さい。それに、それはあなたを想っての事。心配なのでしょう。そういった方を大切にするのも、大事なことですよ」 カヨは元気を出すよう告げるも、その眼差しはどこか憂いを帯びていた。 そして、静かに空を見上げる。遠い何かを思い馳せるように。 |