|
■オープニング本文 ●アヤカシの暗躍 報告書を読み終えた大伴は、深いため息をついた。 「ふむ‥‥困ったことになったのう」 補佐役のギルド職員らも眉を寄せ、渋い表情で互いに顔を見合わせる。 交渉役を務めていた朝廷と修羅の使者が殺された。しかも、会場の護衛役によって。現地は互いに刃を向けつつの解散となり、修羅たちが逗留する寺の周囲は一触即発の空気が漂っている。 だが、希望はまだ失われていない。 「酒天殿からの連絡――随行員であった修羅の少女がアヤカシの姿を見たとの報告は、確かなのじゃな?」 「はい。調べによれば上級アヤカシ『惰良毒丸』ではないかと‥‥」 その言葉に、大伴は強く頷いた。 「あい解った。和議をアヤカシの妨害によって頓挫させてはならぬ。直ちに依頼を準備するのじゃ」 「という訳で、嬢ちゃんの目撃情報からして、交渉の惨劇はアヤカシの仕業が濃厚だ。朝廷はともかく、陽州の連中がすんなり納得するかは疑問だな。言葉は悪いが、こっちの考えや態度を見てもらういい機会だ。来たい奴は来い」 開発者ギルドに顔を出した酒天童子が、開拓者を募ると陽州へと向かう。 ●玉城家 陽州。 温暖な気候の儀で、やや大型の島である。 精霊門封印により天儀からの流通は途絶えたが、同時にアヤカシの流入も防いだようで、少ない人口ながら穏やかな暮らしを享受していた。 そこに彼らにしてみれば、全く前触れ無く精霊門が開封。五百年ぶりの王の帰還。伝承で語られる仇敵・朝廷との和平交渉。 一気に押し寄せる時代の波にしっかりとついてこれた者はどれだけか。 そこに『和平に赴いた修羅が朝廷により殺害された』と報告が届く。 瞬く間に、その訃報は陽州に広がる。――不自然なほどに素早く。 各氏族が騒然となり、少しでも情報を得ようと代表者の家にも押しかける。 そんな氏族代表者宅の一つ、玉城家。 「この事態を話し合うべく、すぐに集まって欲しいとの連絡がありましたが‥‥」 「見て分かるだろう。そんな余裕などあるものか」 口々に不安を言い立て、様子を伺いに来る民衆相手に、玉城の家長は頭を抱える。彼らの対処も大変だが、この家にはもっと大変なものがあった。 どかどかと床を踏み抜かんばかりに迫る足音に代表は頭を抱え、その姿を目の当たりにした時、嫌な予感が的中したと目の前が暗くなった。 「め、明紗! 何だ、その格好は!?」 年のころは二十歳過ぎ。長い黒髪に猛々しい角を三本生やしているその娘は、あろうことか鎧を纏い刀を手にしていた。 「ここで右往左往していても真相は分かりません。精霊門とやらを通り、朝廷に直接確かめに参ります」 「真相を聞くのに、その格好はあるか!? おまえは喧嘩を売りに行くつもりか」 「勿論、必要とあらば。思い同じくする者も少なくありません!」 きっぱりと言い切った娘に、代表は眩暈を覚える。 元々今回の騒動にも懐疑的で、朝廷の行動を端から疑っていた。 報告を受けてからの短時間で人を集め、武装を整えるのは難しい。恐らくこんな時の為にと、前々から用意を整えていたのだろう。 ある意味、行動を起こすに渡りに船となった訳だ。 どうやって引き止めるかと悩む最中、門番が血相変えて走りこんできた。 「大変です。たった今、会議所より緊急の使いが!!」 そうして案内されてきたのは、確かに他の代表に仕える見知った顔だった。ただし、その体は至る所傷つき、角も欠けていた。 「会議所が朝廷からの襲撃にあっております! 我らの代表始め何人かが今だ議場におります。至急、救援を!!」 「お父様!!」 「うむ」 息を飲んだ娘に、父は頷く。 勿論行き先は会議場だ。仲間の窮地にあり、それを見過ごす真似は出来ない。 「角無しどもがっ! 我らを見くびるな!!」 来た時以上に猛々しく、明紗はすぐ動ける仲間を引き連れ家を飛び出していく。 「大丈夫か。他への使者はわしが手配する。そなたは急ぎ手当てをせよ」 「申し訳ございません」 苦しげにむせる使者だが、その影で笑みを見せていたのを誰も知らない。 ●開拓者たち 「玉城家?」 酒天童子に連れられて陽州に入り。会議場で代表者の集まりに顔を出した後、事件の真相を伝えるべく、集まっていない他の氏族代表へと使いに走る。 すなわち「今回の事件にはアヤカシが関わっている」と。 その為の書状も抱き、案内役として先導する修羅はまずはその家に向かおうと提案する。 「はい。玉城様は和議にも穏健な態度を示されていましたので、話を通しやすい方だと思います。きっと力になっていただけるかと」 蒸気した顔で告げた後、「それに‥‥」と、困ったように付け加える。 「お嬢様の明紗さまが気性荒く、対照的に和議には猛反対でして。今回の件も耳にすれば一体どんな行動に出るのか」 要するに彼女の暴走を抑えるのも急務なのだ。 案内役が恐々とする辺り、相当手ごわいのだろう。 玉城家までなるべく近道を走る。夜だというのにどこか騒がしいのは、どの家も今回の事態に気を荒立たせている為か。 無用な暴動が始まらぬ内にと、開拓者達は夜道をひた走るが。 轟音と共に、案内役の修羅の頭が吹き飛んだ。 声も無く、倒れる案内役。助け起こす前に、次々と破裂音が響き、火薬の臭いが風に乗ってくる。 「お前は!?」 さすがに開拓者たちの反応は早い。素早く戦闘体制を整え、身構える。 離れた木の影に、銃を構える若い男がいた。ただし、その頭上に角は無い。人間に見えた。 男は、にやり、と嗤うと、銃をこちらへと投げつけ、身を翻して闇に消える。 「待て!」 すぐに追いかけようとした開拓者達だが、行く手を阻むように大地がめくれあがり、弾き飛ばされる。 「貴様ら! そこで何をしている!!」 巨大な刀を手に、地断撃を放ったのは、伝達に行く予定だった方向から現れた三本角の女修羅だった。毅然と立ち、容赦なく睨みつける彼女の後方には、同じく猛々しい表情を見せる修羅たちが十名ほど。 いずれも武装し、いつでも戦闘に入れる体制になっている。 「私は玉城代表が娘、明紗! 朝廷よりの襲撃者を処罰せんが為、動いている。覚悟せよ!!」 苛烈な声は否定を許しそうに無い。 先の男がいた位置は、彼女たちからは死角になっている。夜の闇も伴い、恐らく、いたとも気付いてないだろう。 案内役は事切れ、血まみれで横たわっているのみ。犯行に使われた銃は投げ捨てられ、そばに転がっている。 そして、謎の襲撃に対処する為、身構えている開拓者たち。 誤解を招くに十分な状況だった。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
トカキ=ウィンメルト(ib0323)
20歳・男・シ
蒼井 御子(ib4444)
11歳・女・吟
久藤 暮花(ib6612)
32歳・女・砂
雨傘 伝質郎(ib7543)
28歳・男・吟
刃兼(ib7876)
18歳・男・サ |
■リプレイ本文 ● 夜の陽州を駆け抜ける開拓者たち。先導する修羅は玉城家へと案内する。 そこに、轟く発砲音。銃声、と開拓者は判断できた。先頭に立つ修羅はそれが何か分からぬまま、頭から血飛沫をあげて倒れる。 「きゃあああ!」 悲鳴を上げて柚乃(ia0638)は修羅へと駆け寄り、生死流転をかける。魂を無理矢理留めている間に回復できれば、蘇生も可能。だが、傷が思う以上に酷い。延命はむしろ苦痛を長引かせるだけかもしれない。 さらに邪魔する気か次々と発砲音が響いた。他の開拓者たちが素早く体勢を整える。 すると銃を投げ出し、襲撃者が逃げ出した。それは開拓者に恐れをなしたのか、それとも‥‥。 「そこで何をしている!!」 追いかけようとした開拓者らを、しかし、横から来た新手が力技で静止を告げてきた。 「玉城の明紗殿だ」 陽州の修羅である刃兼(ib7876)が、先頭に立つ女性を見て告げる。 「さっき話していた、これから向かう家のお嬢さんにして、和議反対派の筆頭‥‥とまではいかないが、実力行使ぐらいしかねない強硬派といえる方だ。‥‥よく分からないが」 落ち着いて話す刃兼だが、その実、この状況に戸惑ってもいた。ここに明紗が武装している意味が分からない。 「お出迎え、なワケ無いわよね‥‥」 「次から次へと、息つく暇なく仕掛けてくるな。誤解を招くに十分な状況とは分かるが、いきなり完全武装で来られるとは思わねぇ」 ひそひそと蒼井 御子(ib4444)と酒々井 統真(ia0893)が話し合う。 血塗れの死体があり、武装した連中が傍にいる。襲撃があったと結び付けるのは実に簡単。短絡思考にはうんざりするが、認めはする。 しかし、そこにたまたま武装した連中がまた行き会うのはどういう訳か。 怪しいのは双方共に同じだった。 「こいつらアヤカシかもしれやせんで〜。気をつけなさって旦那方〜」 「何?」 後ろから雨傘 伝質郎(ib7543)が警告してくる。ギョロリとした三白眼と口元が一瞬しゃれこうべを思わせる凶相。姿勢が悪く、少し背が丸まっている姿が夜に浮かぶのは、良くも悪くも目が覚める。 不穏な言い分だが、案外外れてもいない。酒天童子からの話では、今回の交渉の場での事件にはアヤカシが絡んでいる。大体、明紗の言葉も今一つ理解出来ない。偽物の可能性も一応考えられる。 ただ、その言葉は向こうにも伝わったようで。低く唸る修羅女に、まずいと判断して、刃兼が前に進み出る。 「私は玉城代表が娘、明紗! 朝廷よりの襲撃者を処罰せんが為、動いている。覚悟せよ!!」 暗い中でも分かるほど、殺気立った目で見つめてくる。 (まずいな) すぐにでも首を刎ねに来そうな勢いに、統真が防御の姿勢を取る。 下手に手を出せば、そのまま交戦しかねない。それでは来た意味が無い。いつでも八極門を発動させる気構えはしておくが、そうならないよう刃兼は訴える。 「お待ち下さい。俺たちは、共に代表からの命で伝令に途中だった。何者かに襲撃され、先導に立った奴が殺られ‥‥、そこに明紗殿たちが来られたのだ。嘘ではない!」 その頭上にある角をまじまじと見た後、明紗は剣を向けたまま、視線が柚乃に向く。血塗れで修羅を抱く少女は息を飲むも、真っ向からそれを受け止める。 「この方をこのままにはしておけない。私を斬り捨てたいのなら、それでも構いません。少しだけ時間を頂けませんか? 私は逃げも隠れもしません」 物怖じせず告げる柚乃を、ただ黙って明紗は睨みつけている。 「とりあえずですね、まず武器を置きませんか? 花さんは穏便な方が好きなのですよ」 明らかに敵対姿勢を見せている明紗を前に、久藤 暮花(ib6612)は眠そうにしながらのんびりとしている。 「どちらも武器を構えて対峙するのは精神衛生上あまりよろしくありませんからね」 聞く耳持たずの臨戦態勢で挑まれたものだから、下手に武器を仕舞おうとしてもそれを戦闘開始の合図とみなされかねない。 襲撃者に対する構えを解けずにいた開拓者たちだが、暮花の言葉に乗って、トカキ=ウィンメルト(ib0323)は手にしていたエレメンタルサイズを無造作に地面に投げる。 ‥‥もっとも、懐には精霊符を忍ばせたまま。何かあればすぐに動けるようにはしている。ズルイと見るか、知恵の差と見るかは第三者次第。 「このような状況です。すぐに信用しろというのも無理でしょう。誤解を解きたいのは勿論ですけど、何より今殺しをして逃げた犯人が私には許せません! 私達に真犯人を捕まえる猶予を下さいっ!」 フェルル=グライフ(ia4572)は剣をゆっくりと置くと、明紗にはっきりとそう申し出る。 「犯人ね‥‥。本当にそんなものがいるのか?」 言外に、お前らが殺ったのだろう、と嘲りを忍ばせて、明紗はまだ刀を構えたままだ。 「信用してもらえないなら、私の命を皆さんに預けます。刻限も決め、それまでに戻らないなら、この命を皆様の法で捌いてくださって結構。‥‥五百年の歴史を今は忘れてとは言いません。ただ私は、同じ世界に生きる人が殺されるのを目の前で見た以上、ここでただ斬られる訳にはいかないんです」 口惜しそうに唇を噛むフェルル。ちらりとだけ視線を向けると、刃兼はゆっくりと納刀し、利き手に鞘を持って明紗を真っ直ぐに見る。 「天儀に渡れど、俺の故郷は陽州だ。家族がいて墓もある。その故郷に害が及ぶのは耐えられない。目の前で同族が殺され、犯人がここにいるなら、迷わず抜刀して斬りかかっているさ」 落ち着きはらった言動だが、胸中は穏やかではない。一刻も早く襲撃者を追いたいのは同じだ。 「これは例え話だが。ある所に兄弟がいて、兄が高価な皿を割って、その欠片をたまたま一緒だった弟に押し付けて逃げた。‥‥貴方は、弟を叱り飛ばすか?」 「何が言いたい?」 睨む明紗に、刃兼は構わず続ける。 「状況だけで、何が真実か決めつけるのは危険だ。特に人を統べる立場の者がしちゃまずいだろう。感情に任せて、いたずらに血を流して、手遅れになってからじゃ遅いんだ」 駄目なら刀も差し出すと、刃兼はさらに言い切る。 同族からの真摯な物言いは無碍に出来ないか。明紗がそれとなく、けれど間違いなく狼狽しているのが分かる。 「俺たちは、会議所から使いでそこの修羅に案内されて、書状を持っていく所だった。その途中で‥‥守りきれなかったのはすまない」 悔しいのは統真も同じだ。 書状について、何か言い出すかとトカキは警戒する。今出しても信用してもらえるか。 「会議所から?」 だが、明紗は別の事に反応する。態度が硬化したのは、すぐに分かった。 「妙な話だ。会議所は襲撃を受けたと知らせが入っている」 語るに落ちたといわんばかりに鼻で笑うと、武器を持つ手に力が入る。それを見て、伝質郎が大仰に手を振り上げた。 「旦那がた〜 もう止めやしょうぜェ。帰りやしょう、ここに来たあっしらが間違いだ」 堂々巡りの主張。もっとも、そう簡単に返してくれそうにも無い。 けれど、こちらに注意が向いたのを見て、伝質郎は手帳に書いたメモ書きを示す。夜で分かりにくかったのか、相手方が灯火を上げた。 『壱・アヤカシが、たぶん近くで見ている。 弐・どのくらいの数来ているか判らない。 参・お前様の村落は大丈夫か?』 無言のまま、見た修羅たちは首を傾げる。 「アヤカシは御存知で?」 「それぐらい知っている」 馬鹿にされたと思ったか、明紗が鼻に皺を寄せる。 それに愛想良く笑いながら、そうですか、と伝質郎は頷く。 「アヤカシってェのは人と修羅を喧嘩させて、益を得ようって化け物どものことで‥‥、と、説明しても信じてもらえるか分かりやせんね。疑心暗鬼ってェやつだ、無理もねェ。だが、お前様だってアヤカシでないことの証は難しいでやしょう?」 何を、と修羅たちがさすがに声を荒げる。 「念の為だけど、銃は知ってる」 宥める意味も込めて、御子が口を挿む。 「銃?」 一瞬、訝しむ表情をした後で、ああ、と明紗が頷く。ただ、後ろでこっそりと尋ねている修羅もいる。 「何が言いたいか、って言うと。お互い知らない事が多いよね? って話。今の朝廷、開拓者ギルド。知っておきたくはない?」 だから、不審者を追う許可をくれないか、と御子は交渉するが、吐き捨てられる。今聞く事でもないし、御子から話される必要もないし、そもそも聞く気も無いようだ。 「もっと先を見据えなさい、有角の一族よ。人も修羅も過去を引きずっているままでは一歩も前に進む事など出来ませんよ」 眠そうな瞼の下から、しかし鋭い眼光で暮花が言い切る。睨見返されたが構わず、地面に転がっている誰のものでもない武器を指差す。 「あれが銃。犯人が捨てていったものです。‥‥ありふれた短筒のようですね〜。しかし、逃走時間も考えると、弾数は一発勝負か二・三発‥‥」 自身も砂迅騎。銃を持つが故に、その発砲回数などからいろいろと推察する。 「それより、会議所が襲われたってのは?」 「そのままだ。会議所が朝廷からの襲撃にあい、救援が欲しいと伝令が来た。先に支度が出来ていた我らが先んじて向かう途中、貴様らに出会ったまで」 聞き逃さず、詳細を尋ねる統真に、明紗はあっさりと告げる。 だが、ますます統真は思案に暮れる。 「変だ。少なくとも俺達が出た時点で襲撃はなかった。俺達が出た後起こったなら、その伝令はいつの間に俺達を抜いた?」 「奴が、嘘をついていると?」 「少なくともそこの案内役は、確実に緊急の使いより後に出発した事になると思うんだが」 統真が先導に立っていた修羅を指し示す。 嘘、と告げるのは簡単だが、明紗も飽きたか。ただ黙って、沈黙する修羅を見つめていたが。 いきなり、その表情がはっと変わると、伝質郎を見る。正確には伝質郎が示したメモ書きを。 「‥‥まさか。お父様!!」 身を翻すと、血相変えて来た道を戻り出す。 残された修羅たちは訳が分からず。とりあえず三手に分かれ、会議所の様子を見に行く役、開拓者を見張る役、明紗の後を追う役に決まった。 開拓者たちはその場で待機するよう言われたが、共に明紗の後を追う、あるいは犯人の後を追うよう頼む。 「私は、人質ですから一緒は構わないですけど〜」 面倒は嫌なのか。わずかに渋ったが、修羅が行動を共にする事で一応の自由が許された。 「犯人の角の有無だけじゃなくて、角の痕がないか調べて」 御子が告げると、柚乃と統真が犯人の後を追う。ただ、すでに足止めを食っている。容疑を晴らしている間も逃げているなら、追いつくのは難しい。 ● 戻った玉城家は静かだった。その沈黙は、むしろ開拓者たちの方が慣れている部類だ。 「た、大変です。‥‥こちらにも朝廷の奴らが」 家から怪我だらけの修羅がよろめいて出てくる。知らせに来た伝令だと、近くの修羅が告げたが、生憎覚えている顔ではなかった。 「明紗、離れろ! そいつは!!」 「お父様!?」 さらに血だらけで年配の修羅が這い出て、警告してくる。明紗が声を上げるのと、修羅が舌打ちしてどこかに隠していた小刀で切りかかろうとしたのはほぼ同じ。 刃兼が明紗を庇うと、太刀「鬼切丸」で修羅に切りかかる。躱した修羅はそのまま逃走しかけたが、その時にはトカキがアクセラレートで回り込み、マシャエライトで照らす。 熱くない火球に照らされながら、嗤う修羅の姿が歪んだ。ぎょっとしている間にも、変化を起こし、元の修羅には似ても似つかない鬼――アヤカシとなる。 唖然としているのは修羅たち。開拓者たちはその時には立ち直り、戦闘体勢を整える。 瞬く間に決着、とはいかない。明らかに手練。油断が無くとも、開拓者側にも怪我は増えた。 「お前が化けていた人物はどうした」 「喰った。美味かった。そっくりは難しいから、怪我をしたふりでごまかしたが、そもそも疑いもせずに大笑いだ!!」 せせら嗤う鬼の声に、雷音が、刀の唸りが、銃声が、楽の音が重なる。対して、鬼が吼えると瘴気が巻き散らかされ、素早く間合いが詰められるや豪腕が上がり、鋭い爪が肉を裂く。 突如の襲撃に狼狽していた修羅たちも加勢すると、攻撃も増えるが、怪我人も増える。 「元々ここに来たのは皆さんに危険を伝える為、そして私個人は皆さんを良く知って友達になりたいと願った為。理不尽な事をする人と信じてくれている人、どっちを助けるかなんて判りきった話ですよっ!」 ましてやアヤカシを逃せない。 フェルルは白霊癒で癒しながらも、神楽舞「瞬」を舞い、時には不動で身を庇う。 「大丈夫か!?」 荒れ狂う鬼を散らした頃に、犯人捜索に出ていた統真と柚乃も修羅たちの案内で飛び込んでくる。 「人に化けている間は、瘴気を感じ取れなかったんです」 柚乃が項垂れる。 共にいた修羅が狙われたが、背拳で察した統真が隼襲で押さえ込んだ。さすがに力量の差を感じたか、そこで化け鬼は正体を現した。瘴索結界「念」が反応したのは、それからだ。 アヤカシと分かれば容赦は無い。が、力量で勝っても人数は少なめ。修羅は彼らほど戦いなれてもいない。同じく始末に時間がかかり、どうにか倒してこちらが心配になって戻ってきた。 「銃もまだ幾つか持ってた。襲撃者が天儀からと見せかける一方で、目障りな代表を始末、といった所か?」 玉城に入りこんだ化け鬼は、代表を襲撃。ただ、明紗が戻り、トドメは刺しそびれた。 巫女たちが怪我を治して回るや、玉城はすぐに各地の手配や会議所の様子伺いなど指揮を取り、開拓者たちも手を貸す。 ただ、玉城は今回の事で疲れたらしく、一段落つけば後身に立場を譲る事も表明していた。 明紗といえば、策にはめられたと分かり、酷く落ち込んでいた。 「その‥‥疑って悪かった」 尖った態度は変わらないが、そう言って頭を下げる程度には、こちらを受け入れてはもらえるらしい。 「天儀との、朝廷との因縁ついて。貴方方が知っているコトを教えて頂けませんか?」 柚乃が尋ねると、嫌そうにしながらも肩を落とす。 「あいにく私も詳しくは無い。当時優勢にあった修羅に対し、時の朝廷は甘言を用いて酒天様を騙し、封印したと。酒天様を欠いた修羅は士気を損ない、勢いを盛り返した朝廷に為す術なく門は閉ざされてしまった」 天儀とそう話は変わらない。やはり五百年の時は長すぎるのか。 しかし、 「最後に神威人の独り言だけど。朝廷は知らないけれど、開拓者ギルドはアヤカシと相対する人は、誰であれ多い方がいい、って思ってる」 御子が、何気無く告げる。 変われる事もある。閉ざされた扉は開き、互いの時間が交わり、動き出そうとしていた。 |