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■オープニング本文 ●浪志組 尽忠報国の志と大義を第一とし、天下万民の安寧のために己が武を振るうべし――浪志隊設立の触れは、広く諸国に通達された。 参加条件は極めて簡潔であり、志と実力が伴えばその他の条件は一切問わなないという。出自や職業は無論のこと、過去の罪には恩赦が与えられる。お家騒動に巻き込まれて追放されたり、裏家業に身を落としていたような、立身出世の道を断たれた者にさえチャンスがあるのだ。 「まずは、手早く隊士を募らねばなりません」 東堂は腕に覚えのある開拓者を募るよう指示を飛ばす。浪志組設立に必要な戦力を確保することを第一とし、そして――いや、ここに来てはもはや悩むまい。 ――賽は投げられたのだ。 ● 「あらあら、まぁ」 庭掃除に真坂カヨが外に出ると、修羅が落ちていた。酒天童子である。 何故か地面に寝そべっていた彼を拾い上げると、屋敷に招いて茶を振舞う。見捨てては置けない。 「ありがとよ。酒の方が良かったけど」 「では、次からはそのようにします」 「いや‥‥冗談だったんだが」 一気に茶を飲み干して軽口を叩く酒天に、どこか真面目にカヨは返している。 「その前に、一国の王が人様の庭に落ちている状況がもう無いと思いますけど」 「いや、もう王じゃないしー。‥‥と言っても納得しねぇ奴がいるんだな、これが」 ふと笑うカヨに、渋々という感じで酒天が状況を打ち明ける。 陽州が拓き、朝廷からも認められて、正式に交流もなされ始めた。と、同時にいきなり酒天は退位を宣言。気ままな隠居生活に突入しだす。 「冥越の隠れ里にしろ、陽州にしろ。五百年培った体制があるだろうに、わざわざ古めかしい頭をつけてどうする。大体、この俺に会議でおべんちゃらにつきあったり、書類のハンコ押しに明け暮れろと? まっぴらごめんだね」 けっ、と吐き捨てる酒天。 しかし、そんな理由で納得する人物ばかりでもない。復帰を望む修羅もいて、追っかけられて逃げ回る日々。 その最中、なにやら人の出入りの激しい場所に行き合った。これ幸いと紛れ込んだのはいいが、人目につかぬよう隠れてる内に屋根から落ちたという。 つまり、それが浪志組志願者で賑わうこの東堂の塾であったというわけだ。 「いえあの。屋根に上るのは困りますし、そこから落ちて怪我をされるのはもっと困るのですけれども」 「そうだな。次は床に潜るとしよう」 頭を抱えながらもカヨが縁側に座布団を用意し、茶菓子を差し出す。それを受け取りながら、酒天はなにやら騒々しい表へと目を向ける。 「浪志組ね。まぁ、たいそうな事を考えたもんだな」 くつくつと酒天は笑う。東堂とは、武天で顔を合わせている。何やら場に合わぬ不遜な問いかけをしてきたと思えば、どうやらその頃にはもうこの事態を考え付いていたらしい。 「かつて、朝廷に反旗を翻した勇王としては、気に入りませんか?」 自身にも茶を入れて、すっかり長話をする仕度を整えたカヨが、何気なく尋ねる。ふと、酒天の手が止まる。 「それが理由か? 最近、修羅についてかぎまわってるそうだな」 「おやまぁ、手強い」 ほんの少しだけカヨが目を丸くした。が、すぐにまた元の表情に戻り、静かに茶を啜る。 「ええ、勿論。それもございます。朝廷に刃向かう人物など、尽忠報国と天下万民の安寧を思うなら見過ごせない大事。先生のお耳に入れておかないといけませんもの」 「だとすれば、修羅だけを警戒する理由でもないだろう。俺が封印された後にも乱はなにがしか起きている。つい最近、えーと十五年ぐらい前にも朝廷の忠臣が謀反を起こそうとしたってのがあったらしいな」 「最近、ですか‥‥」 カヨの表情が若干引きつった。茶碗を取り落としそうになって慌てて置くと、咳払い一つで気を静める。 「確かにいつの世にも、修羅でなくとも、危険な考えを持つ者はございます。昨今の神楽の都での凶悪事件も人によるものが増えております。ですからの浪志組設立、なのでしょうね」 ですが、とカヨは言葉を続ける。 「それ以上に、失礼ですが、個人的にも貴方様が封印された経緯には非常に興味がございまして。気になるではありませんか。貴方様も朝廷さえも口を閉ざし、結局詳細は分からずじまいというあからさまな謎など」 「いや。秘密にする必要ももうねぇだろって話にはなってるんだが、いろいろと準備がってうにゃうにゃ」 悩ましげな顔をするカヨから目を逸らし、酒天は口の中でいい訳を紡ぐ。 「それで失礼ながら、修羅の方を頼り当時について聞いてみたのですが‥‥、彼らにもあまり伝わっておりませんのね。朝廷が一騎打ちの勝負を挑んで伏兵に討たせたとか、酒と女に溺れさせたとか、邪悪な秘儀で呪ったとか。一体、どれが本当ですの?」 「だから、言いたく無いというあからさまな態度を察してくれ!」 真顔で尋ねてくるカヨに、酒天が叫ぶ。 「折角ですから、ゆっくりされていかれたらいかがですか? 修羅のことなど、私も聞きとうございます」 湯飲みが空に気付き、カヨが茶を入れなおす。 「へー、危険種族かの審問って奴か? それで危ないと思ったらどうするんだ?」 「そうですね。先生に頼んで、性根を入れ替えてもらいましょうか」 「大丈夫と思ったら?」 「先生の御手伝いをお願いします」 「結局勧誘かよ」 苦い顔をする酒天に、カヨは静かに笑う。 「大掛かりな話ですので、人手は必要なのですよ。酒天様にも治安の為、御手伝いいただけるとありがたいのですが」 物騒な昨今。耳を澄ませば、塾内は集まった人で騒々しい。 彼らもいずれ、何事かを起こすのだろう。 されど、今はひとまず穏やかに。酒天は出された菓子をこれ幸いと出されてくつろぐ。 |
■参加者一覧 / 無月 幻十郎(ia0102) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 九法 慧介(ia2194) / 辟田 脩次朗(ia2472) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / フラウ・ノート(ib0009) / ウィンストン・エリニー(ib0024) / 明王院 千覚(ib0351) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / レイス(ib1763) / ルー(ib4431) / シータル・ラートリー(ib4533) / 雪刃(ib5814) / 熾弦(ib7860) / 刃兼(ib7876) / 滝夜叉(ib8093) / 仁徳 子龍(ib8155) / 栢凱王(ib8164) |
■リプレイ本文 「あの、さっきここの屋根から誰か‥‥って、酒天くん!?」 垣根の向こうから家の者に呼びかけ、フィン・ファルスト(ib0979)はそこに見知った顔を見る。 「おう、暇ならゆっくりしていけばどうだ?」 買い物途中に立ち寄るフィンと、彼女について来たレイス(ib1763)に、酒天童子は声をかける。 「ここ‥‥確か東堂という方の私塾だったような?」 人の家でも遠慮の無い酒天にレイスは首を傾げる。 「細かい事は気にするな」 「そういう事じゃ。お茶でもいかがかな?」 気にせず茶を啜る酒天に、からす(ia6525)も新たな客人へと茶を勧める。‥‥何時の間にいたのかとかは、考えてはいけない。 「そうそう。細かい事は気にしちゃ駄目だよー」 「いえ防犯上、それも困るのですが」 やはり何時の間にやら縁側に寝そべって口を出す九法 慧介(ia2194)に、真坂カヨもさすがに困惑はしている。 ● 「本の御用聞きとしてきたのですが‥‥。これはまた珍しい。穏やかな場にいらっしゃるとは」 「どういう事だ、それはっ!!」 それは建前。本音は祭りの際に塾の普段の様子が知りたいと、訪れた无(ib1198)だが、そこに酒天もいるとは意外ではあった。 ただ穏やかとは言い難い。 いや、最初は確かにそうだったのだ。 けれども、東堂の私塾へは浪志隊のついての志願や質問で引っ切り無しに人が訪れている。 そこにさらなる客人、酒天童子までいる。フィンのように、彼の姿を見つけて立ち寄る者も少なくなかった。 誰かが立ち去っても、また誰かが立ち寄る。すぐに席を外す者もいれば、長居する客も。一旦帰った後で改めて顔を見せに来る者もいる。 結局、多少の人数増減はあれど、塾の庭はあっという間に賑わっていた。 「う? えっと、あのね。私は、遊びに来たのぉ♪ 遊ぼ?」 中には壁を乗り越え、リエット・ネーヴ(ia8814)のように単に遊びに来た者もいる。 「できましたら、ちゃんと門戸を潜っていただけるとありがたいのですが」 苦笑いしながらも、リエットは勿論、やってくる客をカヨは持て成す。 酒天もいるという事で、酒を用意する者も少なくなく、その酒に惹かれてさらに人が来る。 「お菓子は揃ってそうですから、お花をどうぞ」 「これはどうもご丁寧に」 和奏(ia8807)は何故か薔薇の花を持って現れる。さっそくカヨは花瓶に生けている。 「ここでとても美味しい緑茶が味わえると聞きまして、伺いましたの♪」 シータル・ラートリー(ib4533)優雅にお辞儀をする。一体、どこまで話が広がっているのか。 客の出入りは多いが、持て成す側も増えていく。世話好きの開拓者は、何気に多い。 「ごめんなさいね。手伝わせたりして。お上手なので助かりましたわ」 「ち、小さい頃から両親の料理作ったり、洗濯掃除が当たり前だったから‥‥」 詫びるカヨに、フラウ・ノート(ib0009)が顔を真っ赤にして手を振る。 「恋人もいらっしゃいますからね」 「あ、貴女だって!! いやあたしはねっ!?」 横からシータルに口を挿まれ、さらに動揺するフラウ。 お茶にお菓子にお花。 「えーさ餌っ! エサ餌! もっふぅ〜。もふふも♪」 御菓子を振舞われるたびに、リエットが個人的な感謝の踊り。つられて騒ぐ者も増え出して。 昼間でしかも人様の庭というのに、何だか御陽気の体になっている。 ● 「皆さん、お探しになっていましたよ。私が見かけた方々は、別の地域に向かわれたようですが」 どうにもこの修羅は追いかけられるのが好きらしい。 酒天を見つけて、明王院 千覚(ib0351)はくすりと笑う。 「全くしつこい。‥‥で、お前らも追っかけて来た口か?」 うんざりとしている酒天が、じろりと目を向けるのはやはり修羅の一族。 「追っかけと言えばそうなるかもだけど、一緒にはすんな。‥‥アンタが酒天様なんだ」 滝夜叉(ib8093)がマジマジと酒天を見つめる。修羅であれば、天儀で長らく秘されていた酒天の存在も幼い頃より聞かされていた。伝説上の存在であり憧れていたものの、こうして現物を前にすると、やはり伝承とは誇張されるものだと実感せざるを得ない。 そこに落胆するか納得するかは、人それぞれだが、滝夜叉はそういうもんなんだと受け入れる。 もっとも、受け入れてもやっぱり微妙になる者もいる。 「屋根から落ちたって。逃げるんだったら、もう少し上手い逃げ方をした方がいいような気が、する。俺の実家なら、屋根の瓦を踏み抜いた時点で海に投げ込まれるぞ」 「大変だな。俺の頃は、谷に突き落とされる程度だったが‥‥」 通りすがりに酒天を見つけて驚いた刃兼(ib7876)は陽州育ちの修羅。事情を聞いて微妙な顔をしているが、それを酒天はさらっと笑い飛ばす。 ちなみにそんな屋根を踏み抜いた対処方法は陽州でも一般的ではない。‥‥と思う。多分。 「そういえば、前から気になってたんだけど‥‥。躓いて転んで顔を地面に打ち付けたら、額の角はどうなるの? 壁にぶち当たった時とか」 「何をいきなり馬鹿な事考えてるんだっつーの」 興味津々に覗き込んでくる柚乃(ia0638)の鼻頭を、酒天は掠めるように弾く。 そんな光景をのんびりと見てから、刃兼は彼方と此方を見、そして酒天を見遣る。 「まぁ、俺は捕まえる気は無いから。誰が王として在ろうと、家族や故郷が平穏であるなら構わない。‥‥こんな偉そうなこと言ったら、怒られるかもしれないが」 「いんや。結局それが基本だろう。だから俺で無くともいいし、むしろ固執すると弊害がでかい」 照れ隠しに頭を掻く刃兼に、同意する酒天は渋い顔をしている。 「それで、昨今一体何がどうなってるんです? 修羅の展開も併せて判り易く解説してもらえると嬉しい」 「難しく考える事はねぇだろ。一つの区切りがついて、また何か神楽の都でやらかそうとしてるなーって程度」 「はぁ。‥‥そんなもんですか。それをごちゃごちゃと‥‥。あれこれ考える事が沢山ある方は、大変なのかもしれません」 のんびりと、賑わう庭を一通り見出し、和奏は尋ねるも、酒天の返事は大雑把。 分からなくても別にいい。何か起こるなら兆しがあるし、無いならそれで平和。その程度のものだ。 ● 「退位を宣言、かぁ。王様じゃ無く酒天個人として話せるようになるなら、それはそれで私としてはいいことだと思うけど」 修羅たちを見遣りながら、雪刃(ib5814)は複雑な表情をしている。 無理矢理続けさせる方法も無くも無い。が、酒天にその気が無いのなら、結局は同じ。修羅には悪いが、復活してからの動きを見ていると、いい加減一息ついていい頃だと考えてしまう。 「修羅の王から、ただの修羅に、ということ?」 「ただの、って訳でもないな。生まれついた『酒天童子』は消しようが無いし、そういう意味では俺は永久に特別だ。ただ、政治はやんない。その程度だな」 首を傾げるルー(ib4431)に、酒天は軽く答える。 王であろうとなかろうと、変わらない部分も多い。悪い方面では弓弦童子。あのアヤカシの狙いは分からないが、酒天が王を退いたとてちょっかいは出し続けるに違いない。 けれど‥‥。 「天儀と修羅が新しい関係を作るのならば、確かに悪くは無い、のかな」 ふぅっと諦めるように息を吐くルーに、そういう事だと酒天は笑う。 「だが、元王とは現王よりやっかいな存在だ。顔もあるし言葉に力があるから、最低部下をお供させたくもなる。 鍛冶屋でよく見かけるにーちゃん又はくず鉄王こと朱藩王、興志宗末。彼でも有事は国に戻るからね。酒天殿も何処かに落ち着いて、連絡だけでもとればいいのでは」 「用意してもらった神楽の都の屋敷はそのままにしてあるから、そこに連絡してもらやいいじゃん、とは言ってるんだがなぁ」 「どこへともなく呑み歩いてるなら、行方不明も同然であろう」 本気で分かってない酒天に、やれやれとからすは肩を竦めて、茶を啜る。 「王を退くにしろ、王に留まるにしろ。修羅の皆へ与える影響は未だ大きいのですし、自由に過ごすにももう少し辛抱して頂きたいのですけどねぇ」 「分かった。善処はしよう」 強くは言えないが、熾弦(ib7860)としても苦言は言いたくなる。 さすがに酒天も小さく手を上げそう宣言したが、さて、何日覚えているものか。 「そういや、ものすごい今更なんだが、酒天童子を呼び捨てにしても大丈夫なんだろうか」 「無礼者とか言いたい気分の時もあるがな。正直言い加減どうでもいいやってなもんだ」 悩み出す刃兼に、酒天は肩を竦める。呼び捨てどころか、周囲の扱いは同格そのもの。開拓者たちは遠慮が無いし、酒天もそれを気にしていない。 カヨは離れた所で、ふふと吹き出す。 「気に入ったぜ酒天サマ。王を辞めたってんなら身分も関係ねぇし、俺とダチになってくんね?」 「いいぜ。いつでも気軽に来いよ」 美少女ながらも快活に振舞う滝夜叉に、酒天もあっけらかんと答える。 「そういえば、武天では何だか穂邑さんの事気にしてる風だったけど‥‥何かあったのかい? 誰かに似てるとか?」 さらりと口にだす慧介の一言。途端、酒天が酒を吹き出す。喉に詰まらせ激しく咽て、動揺しているのが丸分かり。 「初恋の人、とかだったら面白いのにねぇ」 「いや、えーと。うあああ」 さらに言い募られて、酒天は頭を抱えている。 「女性と鬼といえば‥‥若い貴族の姫君を連れ出すという鬼の伝承はご存知で」 何気に聞いただけなのに、无に向かっては下駄が投げられる。飛んだとばっちりだ。 「大体、修羅と鬼は違うからー」 「それは失礼」 じろりと酒天が睨んでくるが‥‥話を逸らしたい不機嫌さがありありだ。 「‥‥ま、言いたくないなら別にそれでいいじゃない。深くは聞かない」 酒天にお茶を勧めると、雪刃は軽く慧介を睨む。睨まれた方は、笑みを見せて無言で詫びる。 「話したくない事を無理に今話す事はないと思います。ただ、時が来たら、必要とする人達には教えて貰えたら嬉しいです」 台所を借り、肉まんと茶饅頭を温めて振る舞う千覚は物静かに、けれどはっきりと告げる。 本当の事を知らないと、前に進めない、と‥‥。 けれど、酒天は鬱陶しそうに手を振る。 「とっくに何もかも終わっている事なんだよ。王位にしても、あいつにしても。俺がいるから蒸し返されたに過ぎない」 拗ねたように目を伏せると、もらった肉まんに酒天はかぶりつく。 「過去の事を聞きたい気持ちは、私にもある。何か分からないままいがみ合って、何もわからないまま終わったことになる。今の時代では酒天以外は『当事者』ではないし、当事者以外が火種を知ることは無いのかもしれないけれど、それで本当に手を取り合ったと言えるのかな」 口実はずるい手と詫びながらもお願いするルーに、ちらりとだけ酒天は目を向ける。 が、それ以上は何も言わずただ目を逸らした。 「郷里について思うのはいろいろですわね。ボクだって、少量の緑で砂と乾いた風が吹く故郷へはいろいろ考えますもの。そういえば、酒天さんや真坂さんが好きな食べ物は何ですか? 天儀と故郷では菓子もいろいろ違いますけど、よろしければ次の機会にでも持参しますわ」 「そうだな。酒の肴だな」 シータルが尋ねると、当然と答える酒天。 「この年になればいろいろと食べさせていただきましたわ。‥‥でもそうですわね。こうして美味しいお茶と御菓子をいただけるのが十分ですわね」 郷愁にも似た眼差しをカヨは伏せる。 ● 客の酒天目当てに人が集まっているが、負けず劣らず、浪志組に参加しようと訪れる者も多い。 ぶらりと立ち寄りがてら、そちらに表の賑わいに目を向けていた菊池 志郎(ia5584)はカヨに尋ねる。 「人の出入りが多くてにぎやかですね。合格する人はこのうち何割くらいなのでしょう」 だが、それにはカヨは少々首を傾げた。 「さあ、人を見る先生方がその方をどう判断されるかによりますから‥‥。ただ、志を同じくし、先生方のお眼鏡に叶うなら拒まれないと思いますよ?」 何せ、立ち上げたばかりでまだまだ人が足りない。 治安維持の武力も勿論だが、組を運営する為の事務や金策の為の営業など、ほしい人材は考えれば限が無い。 (尽忠報国と天下万民の安寧、といえば聞こえはいいけど) お茶を楽しむ人たちに、それとなく豆菓子を振舞ったりしながらも、礼野 真夢紀(ia1144)も懸念を秘める。 (前歴を問わないって事は、蝮やってた人でも、アヤカシ利用して金儲けしてた人でも良いって事でしょう? ギルドでさえ、トップや組織としては、ある程度の力はあるけど個々の開拓者にはそんな力はないし。浪志組がある程度の権力を持つのはどうかしらね) 最もそんな事。その浪志組の庭先で、大っぴらに言えやしない。それで、それとなく他の人にも探りを入れる。 「志は素晴らしいと思います。あたしはジルベリアの人間ですから忠義は難しいけど、民を護るのに儀の違いは意味が無いと思ってますから。入りたいかなとも思いますけど、世話してる奴が男なので『異性間交友禁止』に引っ掛かるんですよぅ‥‥」 フィンは、ちらりとレイスを見遣る。 その胸中をどう捉えたのか。レイスは大丈夫という風に微笑み返した。 「僕は基本主の行く所に付いて行くだけです。ただ、異性間交友禁止なおかげで主が困っておられるなら‥‥、『同性として』入れば問題ないと思うんですけどね。そんな訳でフィンちゃん、どっちが似合うと思う?」 どこからともなくメイド服とワンピースを取り出し、レイスは自身にあてがう。女顔なのでどっちにせよ、違和感無いが‥‥。 「だからあんたを放置できないのよぉーーっ!」 「痛たたたた、塾の子たちに見せられない事になるからアダダ、ごめんなさい〜」 顔を赤らめ、フィンの拳がレイスを捉える!! おしおきされてるのか、じゃれてるのか。力加減は結構強いが、双方どこか楽しげに見えるのは気のせいだろうか。 「若いっていいですわねぇ」 「というか、ああいうのを普段から持ち歩いてるのか?」 まったりと微笑むカヨの隣で、酒天はレイスの衣装を訝しむ。 それはさておき、とカヨはフィンに呼びかける。 「異性間交友ですが、これは節度ある付き合いをお願いします、という程度だそうですよ。例えば、既婚者扱いとして生活を区切り、参加する本人だけが屯所暮らしをしていただくとか」 「ああ、やはり共同生活なのですね。通いかもとかも考えましたが」 「隊士の内はそうなります。幹部になれば、それでは難しいのでいろいろと配慮いたすようですけど」 手土産の団子広げて茶を飲んでいた志郎が軽く口を挿む。 が、フィンはそっちは聞いてない。 「き、既婚!?」 声が裏返る。その態度を見て、またカヨが笑う。案外、性格の悪い。 「もっとも、子供や歳の離れた小さな兄弟などの保護者と被保護者の関係というのもございます。その場合はまた別の考慮が必要でしょうね。そういう事態にも柔軟に対応していきたいと、東堂さまは仰られてましたので、遠慮なくご相談いただけるとありがたいですわ」 何せ、立ち上げたばかりでまだ右も左も分からない状態。大まかな方針はあるものの、それに拘りすぎて大義を疎かになっては意味が無い。 「私は縛られるのが好きではないからパスだが、好きにしたらいいと思う。私達が留守の際に都を守ってくれるなら助かる。東堂殿にも言ったが、力の使い方を誤らなければいい」 ちらりとからすはカヨを見る。 新興組織は時に功を焦る。若い世代が集まるならなおさらだ。守るはずの組織が、剣を振りかざして権を唱えるようになっては最悪だ。 そのような事を懸念する開拓者は、実は多い。 「どこの組織にも属さない、自由に動けるのが開拓者だと思うんだがねぇ」 「それを選ぶ自由もまた開拓者、という事でしょう。まぁ、ギルドと浪志組は別組織で責任者も違いますからねぇ。それによる不都合もあるかと思いますが、それを踏まえて弁えられる方である事が必要ともなるかしら」 まったり話を聞いていた無月 幻十郎(ia0102)がぼやくも、カヨは穏やかな笑みを崩さない。 開拓者ギルドでも浪志組の人集めは手伝っている。別に開拓者の所属については問題にしていないし、活性化するアヤカシたちへの対処にも浪志組は有効ぐらいにしか考えてないようだ。 そういうものかねぇ、と幻十郎は土産の美味い栗羊羹を口に運ぶ。 「‥‥強き力は時として諸刃となります。もし何らかの標的にされたら」 「そうならないよう。先生も頑張っておられますよ」 心配する柚乃に、カヨは安心するようにと告げる。 暴走は内部からだけでない。新しい力は新しい均衡を生み、利益と損失を利用しようとする者もいる。それが小銭を掠める程度か、腐敗を呼ぶほどなのか。 柚乃は東堂に悪い印象は無い。けれど、距離を置いて見守る事を選ぶ。近くにあっては見えなくなる事も多い。 (しがらみや、政治的な駆け引きに利用されなければいいんだがな) どこから来たのか。擦り寄る野良猫を抱き上げ、幻十郎は胸に不安を抱える。この猫ならば暴れても痛いで済むが、組織はそうもいかない。 「目の前の人を助けられなくて、万民の安寧を守れると思えないです」 撫でられるのに飽きたか。ひょいと逃げた野良猫を、フィンは目で追いながらぽつりと呟いていた。 ● 賑わう雑談はそこかしこで花開かせている。 浪志組の事、修羅の事。今の情勢。アヤカシの動向。茶や酒の話や、お菓子について。話の種は尽きない。 その中で、辟田 脩次朗(ia2472)はカヨにふと歩み寄る。 「聞くとは無しに聞いてしまいましたが‥‥いかな強い力を持つ酒天の御隠居とはいえ、ただ一人を浪士組に誘うだけにしては、いささか熱が入り過ぎではありませんか?」 途端に、熾弦の表情が若干歪む。冥越の修羅にしてみれば、看過できる問題ではない。 「そうですわね。ですが、正直申し上げてそれだけ酒天さまはそれだけ魅力のある人材という事ですわ。‥‥裏の意味も含めまして」 隠そうともせず、含んだ笑みをカヨは酒天に向ける。 その間に、熾弦はそれとなく割って入る。 「お喋り続きで喉も渇くでしょう。お茶でも御酒でもいかがですか?」 「お、頼む」 差し出される杯を酒天は何の気なしに受け取る。 そうして一拍も置けば、またすぐに別の来客から別の話が振られる。返答の暇も無い。賑やかなのもいい事だ。 「酒天の御隠居に、修羅の『頭』であって欲しいのは、なにも修羅達だけに限ったことでは無いのかも知れませんね」 やり取りを見ていた脩次朗は肩を竦める。 新興組織に有名人が名を連ねれば、それだけで相応の箔がつき、人も資金も集めやすくなる。浪志組としては確かに悪くない人材だろう。 「もっとも、入隊しても屯所で共同生活が出来る人とは思えませんけどね」 団子を頬張りながら、志郎は適切な答えを出す。 いまこうして酒天を見てるだけでも。何やら小競り合いが始まり、取っ組み合いからあっという間に投げ飛ばされて、次には笑って一緒に酒を呑み散らかしてる。 自由気ままで、規律や秩序とは無縁の彼を入れても、それはそれで弊害は大きかろう。幹部として優遇しても、如何せん力が不足している。それとも、それでもなお欲するのか? ただ、カヨもそれほど固執しているようではなく。 今はただ、集まる人手を眺め、なにやら思いふけっているよう。 「‥‥見聞した限りでは最もな機会であり、申し分無き候。故にオレも何れは申し込みを考慮であろうか‥‥」 何と無しに話を聞いていたウィンストン・エリニー(ib0024)は、豊かな茶色の髭を弾くと今は通りすぎていく。 夢と現に苛まされ、気の晴れぬ日々に突如として飛び込んできた浪志組の知らせ。一介の開拓者とはまた違う可能性がそこにはある。 話は尽きぬが、長居も出来ぬ。頃合を見て酒天が塾を後にすると、彼に対する客は減り、また隊に関わる客だけが引っ切り無しに出入りしている。 一つの国が開き、一つの組織が興る。それで何が変わっていくのか。 |