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■オープニング本文 ●浪志組 尽忠報国の志と大義を第一とし、天下万民の安寧のために己が武を振るうべし――浪志隊設立の触れは、広く諸国に通達された。 参加条件は極めて簡潔であり、志と実力が伴えばその他の条件は一切問わなないという。出自や職業は無論のこと、過去の罪には恩赦が与えられる。お家騒動に巻き込まれて追放されたり、裏家業に身を落としていたような、立身出世の道を断たれた者にさえチャンスがあるのだ。 「まずは、手早く隊士を募らねばなりません」 東堂は腕に覚えのある開拓者を募るよう指示を飛ばす。浪志組設立に必要な戦力を確保することを第一とし、そして――いや、ここに来てはもはや悩むまい。 ――賽は投げられたのだ。 ● 人員集めは順風満帆……と、簡単には言い切れない。 世間は新しい風には不審もあるのか、浪志組に疑心の目を向ける者も多い。一体何をするつもりなのか。清誠塾には真っ向からそう尋ねに来る者とている。 そこまで露骨な態度を見せずとも、今は様子見と息を潜めて見守る者は意外に多い。 それでも、我こそはと門戸を叩く者はおり、日を追う毎に隊士は着実に増えていたが……。 ある日、東堂俊一は真坂カヨを呼び出していた。 「私が、浪志組に、ですか?」 切り出された話に、カヨは目を丸くする。 「私では、先生方の腕前になど遠く及びませんよ」 「そうですか? いえ、例えそうであっても、必要なのは武術だけではありません」 「と申されますと?」 苦笑するカヨに、東堂は柔和に笑いながら、けれどきっぱりと告げる。 「確かに世間の目は厳しい。しかし、それでも天下の為、民の為にと隊に加わる者も多くなりました。人が集まったなら集まったで別の問題も出ます」 ふと東堂が口をつぐんで外に目を向ける。察して、カヨも耳をすませる。 女人たちの笑い声が響いてくる。詰まる所、それが頭痛の種だ。 過去を不問にする。その言葉尻だけを捕らえてのこのこ顔を出す犯罪者も少なからずいた。けれども、何より必要なのは志。それを持たない浅はかな不逞の輩は、即座に叩き出し、あるいは役所に突き出される羽目になった。 だが、そうやってふるい分けられても、真剣に天下に勤めようとする者全てが性根も行動も清らかでいる……訳ではない。 森藍可など最たるものだ。家柄優秀、文武に秀で、女子供には優しく、面倒見もいいので慕う者が多い。徒党を組んで出歩く姿は、堂々とした風格を持ち合わせている。 その一方で、素行の悪さは目に余った。勝手に金を無心し酒代に費やしては、酔いのままに暴れて騒ぎ、時には刃すら抜かれる。 彼女ほどでなくても、右を向けと言われて素直に右を向く者ばかりでない。生活習慣の違い、考え方の相違など、一緒にいれば小さな問題は幾つも起きている。 悪気は無くても、手下に飯を奢るなど大盤振る舞いをしたがる連中もいる。装備を新調するにもやはり金。飲み代始め、予想外の出費も多く、そちらにも手を焼く有様。 「勿論、規律の統制は急いでいる。が、急すぎても人心は離れる。まだまだやらねばならぬ事が多い中、そちらにばかり構っていられません」 聞くと、カヨは一つ頷く。 「分かりました。つまり、内部のいざこざが大きくならぬようそれとなく監視し、同時に財布の紐を握ればよろしいのですね」 「それともう一つ。いざという時の為の救護体勢を整えていただきたい」 アヤカシの横行に紛れ、凶賊もうろつく昨今。北面も不穏であるし、都でも大規模な戦闘があるか分からない。 勿論、今の隊士にも救護が出来るものはいるし、都内なら巫女を始め癒しの技を使う開拓者は容易に見つかる。 しかし、怪我をする度にそういった者を探し回っていては時間の無駄だし、連携にも欠ける。戦場に出るなら、治療は一刻を争う事態になる。 それに、小競り合い程度で外部に頼るのもまた面倒だ。 そういった体制が整っていれば、組織として格段に動きやすくなる。 「いささか大変ですが、これらをあなたが引き受けて下さると、私としても動きやすくなります」 柔和ながらも、硬い口調で東堂は願いを口にする。 答えは決まっている。すでにカヨは東堂に従うと決めている。 内部のいざこざは勿論、資金の不正流用を防ぎ、救護支援は整えておく事は重要だった。 ● 「という訳で、浪志組の一端を任されましたが……やはり大変ですわね」 開拓者ギルドに顔を出したカヨが、苦笑めく。 組から使えそうな人材を集めて、まずは財布の紐を握る。これ以上の浪費は存続に関わる。いや、すでに危ういか。 その上で、救護体勢を整える。しかし、救護に向きそうな人員もまた少ない。 「なので、組に入り隊士として力を貸してくれる方を募集しております。いいえ、そうでなくてもいささかお知恵をお借りしたいのです」 「相当手こずっているようだな」 ギルドの係員に、恥ずかしながらとカヨは溜息を落とす。 隊士のいざこざは組の問題だ。これは組織内でどうにかせねばならない。幸い私闘は禁じられているので、大きな揉め事にならぬよう注意しておき、居合わせた時に対応すればいい。 とすると、問題は二つほど。 つまり、何とか金回りは抑えたが、すでに支出した分が湧いて出る訳は無い。勿論、活動資金は与えられているし、必要とあれば催促も出来よう。 しかし、立ち上がったばかりで確たる功績も無い内に金の催促ばかりしていては、組の威厳に関わる。浪費ばかりの組織にさて何が出来ようか。 それに、出来ればお上以外からも活動資金を得たい。急ぎの金が必要な事態にいちいち申請して入金をまっていてはとても間に合わない。 けれども、ただ富豪の家に赴き、金を出してくれ、といった所で笑われるのがオチだ。どうすれば支援の手を差し伸べてくれる者を探し、その気になってもらえるか。 さらに救護にしてみても、癒しの技を使える者は限られる。練力の都合も考えれば、なるべく術に頼らない救護体制も整えておきたい。 「活動資金をどの辺りからどのようにお願いするか。術に頼らずに、どのような救護を行うべきか。個人のありようでも、集団で動く際の注意でも何でもかまいません。思う話を聞かせていただきませんか?」 動き出したばかりの組織。まだまだ未熟な点は多い。 隊士が増えるのは勿論歓迎。 その気が無い者でも、今後の為に広く話を聞いておきたいようだ。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
紅咬 幽矢(ia9197)
21歳・男・弓
无(ib1198)
18歳・男・陰
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟 |
■リプレイ本文 人を集めただけでは組織は動かない。まして大成を為そうというなら。 悩む真坂カヨは開拓者ギルドを訪れる。 ギルドで立ち話も何なので、茶席にてゆっくりと話をしようと、誘う柚乃(ia0638)に否を言う理由はなく。集まった面々は近くの茶屋に移動する。 といっても、カヨを入れて五人。 「忙しいこの時期にお話だなんて、ごめんなさいね。けれど、私だけではどうにも案が浮かばず……。さしあたっての問題は金策と救護をどうするかですね」 運ばれた茶を含みながら、のんびりとカヨは告げる。表情は心許無い。 「まだまだ問題山積みという事ですか」 憂い顔のカヨには悪いが、柚乃は少しだけ安堵を覚える。 話を聞く限り、闇雲に戦闘に特化し適当な組織運営をしているような事はなさそうだ。 「うーん。けど、金策は……柚乃にはちょっと難しいです……」 頭を悩ませるも、これといった案が浮かんでこない。 それも仕方が無い。金の問題というのは何時だって厄介だ。時には事件になるほどに。 「剣術道場などの稽古場を開いたり、寺小屋を開いたりはダメですか? 教えることにより知識の再整理、及びさらなる学びとなること。各人の強みを活かせる可能性が高いことから良い事からこちらの利点も大きいと考えますが」 尋ねる无(ib1198)に、カヨは一つ頷く。 「それは清誠塾ですね。先生の私塾ですので、そこからの資金を回しても大丈夫とは思います。けど、そちらで養う子たちもおりますので、無茶は出来ません。規模を大きくしたり新たに設立するには、やはり元手と門下生の問題がございますわねぇ」 浪志組の立役者である東堂俊一は、剣術と学問を教える塾を運営して自身も後進を育て、多勢の孤児を養っている。 カヨもそこの手伝いを通じて運営の手順は心得ているが、それゆえにあまり乗り気では無い様子。 庶民から門下生を集えばあまり高額を取る訳には行かないし、隊の運営に使えるほどで設定すればある程度の富裕層になる。それぐらいになれば自ら家庭教師を抱えてもおかしくないし、教える側にもそれなりの知識や技術が必要になる。 「では、普通に堅気の仕事で働きましょうか。客商売でも、農業でも、職人にでも習うでも良い。普通に働くことが出来れば、最低限の礼節は持てるはずである」 続ける无。そうする事で、心理を読み、鍬仕事で素振り、観察眼を養えると。 けれどもカヨは静かに首を振る。 「そうですわね。ただ、いつ出動するか分からず、また……出向いても帰ってこれるとは限りません。肝心の時に副業が忙しくて動けないでは話にはなりませんし、かといって仕事中にいつでも抜け出せるようでは先方にも御迷惑ですしねぇ……」 二束草鞋は制約が大きい。浪志組としても様々な活動があるので、あまり思い切った時間も取りにくいらしい。 「う……ん。芸だとかは流石に格好が付かない……かなぁ」 「そうでもありません。隊士の方にはそういう事がお好きな方もいらっしゃいますもの」 首を傾げるアルマ・ムリフェイン(ib3629)に、カヨは大丈夫と告げる。 ただ、すぐ後にまた同じく顔を曇らせる。 「何か興行を開くのはいいですが、それにはまた仕度金がかかりますわ。場所代に宣伝費。それで黒字にせねば意味が無くなりますわね」 頭の中でそろばんを弾いてるようで。 そこは財布を任されただけあって、堅実に考えている。 「……。隊の方針としてそうと決まったなら否も言いにくいが。あまり妙な事をさせられるのは困るぞ」 紅咬 幽矢(ia9197)は、剣呑に眉間に皺を寄せている。 こちらは一足先に浪志組へ入隊している。 それは、自分を更に高みに上げられると考えたからだ。 懐事情の悪さを聞いてやや面食らったが、それも出来たばかりの組織と思えば納得できる。が、そのせいで訳の分からない事をさせられるのは少々違う。 修行と思えばこそ受け入れられるが、一体何の修行をさせられるのやら。 「そこはほら。芸能ってだけじゃなく、腕の立つ人が集まってるから、得意分野を伝授する道場や塾みたいなことをして募るのは? 富豪を招いて派手な試合をして見せたら、実力が分かって護衛の仕事とか打診してこないかな」 「そうですわね。力を知ってもらうのは大事かもしれませんわね」 笑顔で告げるアルマ。 そういう事ならと、幽矢もひとまず納得する。 「それに、長い目のお話になるけど。直接の金策以外にも、民間と繋がりを強くして情報網・連絡網を作っておくのも大事そうだよ。即断即決で解決してお得意さま作り……って、金策の為にも信頼は外せないよね」 アルマの言葉は、カヨとしても頭が痛い。 浪志組が信頼されてるかといえば、それは否、だろう。だからといって、そっぽを向かれている訳でもない。 様子見である以上、上手くすれば民意をつかめるし、下手をうてばそれ見た事かと指差される。 「娯楽を提供するというのは、そういう意味ではいいかもしれませんね」 こちらの良さを知ってもらい、民の憂いを払う。金策も忘れてはいけないが、まぁ、その為の少なくともその前段階にはなりそうか。 ● お茶をお代わり、ゆっくりと茶菓子を食べながら。けれども、話は真剣に進む。 「お金も問題ですが、本格的に動き出せば怪我も気になりますわね」 アヤカシの活性化に、犯罪者まで凶悪化しており、治安維持とて簡単ではない。 「浪志組には、実戦経験や医療知識のある人はいないの?」 団子を口に食みつつ尋ねるアルマ。 「勿論おります。けれど、集まった人たちの多くは攻撃型といいますか。全体に比べれば少々心許無いかもしれません」 なので、何か大事になれば手が足りない可能性はあるという。 「それでも、実戦を踏んでいれば応急処置程度は分かっているだろうし、医療知識のある人にその知識を書や講義の形で広めてもらうのはどうだろう。協力的なお医者さんがいれば、ちゃんとした応急術を隊員の最低限の知識として講義してもらった方が良いんだろうね」 アルマが告げると、幽矢もまた頷く。 「いっそ医師や薬師の助手を職務として引き受ける、というのはどうだろう。力仕事もあるし人手は欲しいし、護衛にもなる。平時の仕事にもなって、金策の対策の一つにはなる。こちらも医学を実地で学ぶ事が出来る」 「ですねぇ。最低限の応急処置や薬の扱い方を学び実践する医師や薬師に講師を頼むなり、それこそ医師、薬師の下で働かせて貰えれば、金策、治療技術、学び、信頼の一石四鳥とまではいかずとも複合効果あるのではないだろうか」 幽矢の提案に、无も賛同する。 「そうですわねぇ。でも、習うとなれば謝礼が必要ですし、仕事に就くというのであれば先に述べた通り、隊の活動に支障が出るやもしれません」 「それこそ、あなたの所で下働きなどというのでも良いのでは?」 「私の知識などまだまだ。だからこそこうして皆様に御意見を伺いに参った次第」 无の勧めに、カヨは軽く手を振る。 謙遜にも思えるが、実際の所どうなのか。実によく分からない。 「さっきから聞いてると……そんなに困窮してるのか?」 考え出すカヨに、さすがの幽矢も不安になる。 指摘されてきょとんとした顔を見せたカヨが、すぐに口元を押さえる。 「確かに拘りすぎてましたようですわね。今はありすぎて困る事はありませんから。運営に支障が出るほどなんて事はございませんので、お給料などはきちんと支払われますよ」 「そこは心配してないが……」 困惑する幽矢には謝る一方で、カヨはふと一息つく。 「久しぶりに大役を任されたようで、気負いすぎていたかもしれません。長い目で考える事も必要、ですわね」 目を伏せ、憂いた表情は、顔に刻まれた皺をさらに深くして見えた。 柚乃が、熱いお茶を勧める。 「お医者様はひとまずおいといて……。術に頼らない救護方法ですが、例えば怪我の具合によって段階を決め、それにあった処置を施しては? 例えば瀕死や重体といった命に関わり、早急な対処を必要とする場合は術を行使するんです」 「いざという時にはそうなりますが……。その術が使えないと想定しての救護を考えて欲しいんです」 困ったようにカヨが笑うと、柚乃は頭を悩ませる。 「だと、やっぱり医者か薬師はお願いしたいですね。現場で一人の医師や薬師が容態を診て対処の指示を出していくんです。看護や応急手当てなど、比較的簡単な知識で実行できる対処は広く教授し、民間人での助け合いによって効率と安心感を高める、ぐらいですか」 やはり餅は餅屋か。専門知識を持つ者の勧誘は必要そうだ。 「救護とは外れるけど。一言体調を書き付けたり、申告する癖を付けておくと、自分の変化にも気が付き易いと思うんだよね。自分で気が付ければ重篤にはなり難いだろうし、医療費も軽くならないかな。……定期的にお医者さまの健康診断があるのが一番だろうけど」 「毎日の診断は必要そうですわねぇ。何せ、毎日二日酔いでお帰りになる方もいらっしゃいますから」 告げるアルマに、カヨが苦笑いを浮かべる。 その脳裏に思いついたのは一体誰の顔か。遠くから女性の声が響くよう。 彼女はつけろと言っても聞きそうに無いが……、それは普段から観察しておくのもいい。 ● 「貴重なお時間をいただいて申し訳ありません。聞いた意見は参考にして、先生とまた話し合ってみたいと思います」 緩やかに話し合い。意見も出揃った辺りで、カヨは礼を述べる。 茶席の支払いも済んで、後はそのまま解散……だが、そこでアルマはカヨを呼び止める。 「……僕でも俊一先生のお手伝い出来るのかな」 普段からの笑みはそのまま。けれど、そこに緊張したものが含まれている。 「僕は開拓者だし、依頼で出歩く。神楽にいる間なら屯所に控えられるんだけど。……そういう形の僕でも良ければ、僕を浪士組に入れて欲しい」 アヤカシの脅威はますます深刻になっている。人を守る為に、内からでも外からでも協力したい、と強い口調で告げる。 カヨは頷く。 「構いませんよ。開拓者の行動はある程度融通しております。ただ、いざという時に不在とならぬよう、お気をつけ下さいませ」 淡い笑みを浮かべる老女に、ほっとアルマも表情を崩す。 「今日の提案は、天下万民の暮らしを知ってもらい、暮らしに溶け込むことで信頼を得る、という意図もある。護るべき民に対する意識を見るのを、忘れないで欲しい」 「分かりましたわ。先生に伝えておきます」 告げる无を始め、皆に礼をすると、登録の手続きの為にアルマを伴いカヨは隊へと戻っていった。 |