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■オープニング本文 ●戦雲 アヤカシは、東和平野での攻撃を開始した。 その目的は住民の蹂躙。開拓者たちの反撃もあって最悪の事態こそ避けられたものの、各地の集落、特に朽木では多くの犠牲者を出し、北方では北ノ庄砦が陥落し開拓者が後退を強いられた。 日は傾きつつあるが、アヤカシは夜でも構わずに活動する。 前進で消耗した戦力も、魔の森で十分に力を蓄えた新手を加えることで回復していくだろう。 「本隊を佐和山まで前進させる。援軍を集合させつつ反撃に出る」 備えの兵を残し、北面国数百の本隊が整然として清和の町を出陣する。城へと進むと時を同じくして、東和地域にははらはらと粉雪が舞い始めていた。 ● そんな大アヤカシ侵攻激しい天儀の中で、 二人の乙女が大いに弱る。 「はーっちゃん、はーちゃん! 大変大変、一大事一大事!!」 「ミツコ、あんた何繰り返して騒いでるのよ。北面での件ならとっくに誰も承知よ」 神楽の都の一角で、両手を振り上げて騒ぐミツコ。 ハツコはうるさそうに耳を掻く。 北面の魔の森が活性化。アヤカシが溢れ、大アヤカシすら姿を見せている。その対処に走った開拓者だが、状況は悪く、今は反撃の時を窺っているのだという。 神楽の都は開拓者の本拠地。今はどこもかしこもその話で一杯だし、それ以外の大事などそれこそ別方面でも魔の森が動き出したぐらいの危険さぐらいしかないが、そんな事態になればミツコの口から聞かずともやっぱり自然耳に入る。 つまり、どうでもいい話だろうとハツコは高をくくっている。 その態度が丸分かりで、ミツコは頬を膨らませる。 「違うのというか違ってないけど。北面に関係する新しいとっても重大な事件が起こったの!!」 と、言われるとさすがにハツコも気になる。 怪訝そうな顔で、ミツコに先を促した。 「うん、つまりね。北面が大変でしょ? だから、みーちゃんにも何か出来ないかなーって考えてたら、万屋さんが運び屋を捜してるって聞いたの」 今回、魔の森の活性化に対処する為、物資が整わぬまま開拓者は出撃している。 至急情勢を整えるべく、万屋も大急ぎで物資の調達をし、その運搬の手伝いを捜していたという。 「前戦まで行けーってなら、みーちゃん困っちゃったけど。清和まででいいって言うから、もふらさまと一緒に請け負ったの」 運ぶのは宝珠砲。その名の通り、宝珠をしようした大砲である。これが配備されれば、北面の情勢も大きく動くだろう。 万屋からはアヤカシを警戒してか、陸路・空路問わず様々な方法で宝珠砲は北面へと運ばれている。 ミツコは牧場のもふらに頼み、陸路で宝珠砲を運ぶ事になった。 けれど、やはりアヤカシ側に話が漏れていたか、運搬の途中で待ち伏せにあった。 「大変じゃない!」 「うん。でも事前に分かったから、待ち伏せされてる場所を迂回して運ぼうってことになったの」 「……良かったわね、うん」 それだと待ち伏せの意味無いじゃないかと思いつつ、まぁアヤカシのやる事だからいいかと流す。 面倒な危険に飛び込む必要も無い。迂回した事で数日時間を費やすが、奪われるよりもマシだ。 だが、迂回した事により、思わぬ罠に遭遇してしまった。 「当初は夜通しでがんばってもらうつもりだったけどー、道も伸びたしー、アヤカシが危ないしー、もうきちんと街に泊まろうってしたのー。で、ちっちゃな街についたんだけどさー、ほら、今は新春のお祝い事とかいっぱいやってるよねー。屋台とかも一杯出ててさー。楽しいよねー。……。」 「……。分かった。皆まで言うな」 「どうしよう」 困った顔で括るミツコに、ハツコは黙って開拓者ギルドを指差す。 ● そして、ギルドに依頼が出される。 「屋台にはまって、食いしん坊万歳をしているもふらをせっついて宝珠砲を運んでもらえ」 にこやかに笑いながら両手を合わせるミツコに、ハツコも頭が痛そうに眉間に皺を寄せている。 「それと、話に出た待ち伏せのアヤカシだが、報告を受け偵察に出た所、すでに聞いた場所には何もいなかったそうだ。思惑外れて撤退したか、それともしぶとく狙っているのかは分からない。が、もし後者なら遭遇する危険はあるので注意してほしい」 待ち伏せがばれる辺り、あまり強そうなアヤカシでもなさそうだが、正体や数は不明のまま。 元より北面に近づけば、戦のアヤカシが調子こいている可能性がある。気をつけねばならない。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)
18歳・女・泰
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
そよぎ(ia9210)
15歳・女・吟
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
ルー(ib4431)
19歳・女・志 |
■リプレイ本文 北面の戦局は厳しい。 少ない物資、厳しい寒さ、少ない人員。 寒さはどうしようもないが、けれど援軍は到着し万屋は集めた物資を前線へと運んでいる。反撃の機会は刻一刻と迫ってきている。 そこに宝珠砲をもたらせば、人類にとって大いに有利になるはず。 「だというのに。もふらさまにも困ったものです」 頭を抱える柊沢 霞澄(ia0067)を咎める者はいない。 思いは同じ、と胸で頷く者。 そして、それどころではない者……。 「七色のもふらさま、勢ぞろい、だと!」 「もふらさま、ばっかりずるいー。あたしもおもてなしされたいわ」 白黒赤青黄緑桃のもふらさまを見て、皇 りょう(ia1673)が口元緩ませ幸せに眩めば、そのもふらたちが上手そうに雑煮を頬張る様にそよぎ(ia9210)が嫉妬する。 「そよぎチャンハカミサマノツカイジャナイカラショウガナイヨー」 巨大な招き猫が、慰めの言葉を口にする。そよぎの相棒・土偶ゴーレムのキティである。 慰めつつも、自身ももふらと同等にあるべきだと若干不満気味。……表情は今一つ分からないが。 「……いきなり乙女ワールドにトリップしておる。これは使いものにならぬかもしれんな。――それにしても、あんな毛玉のどこが良いのやら」 「何を仰るか! 実に愛らしい精霊の使いではありませんか。真名殿といえども、無礼は許されませんぞ!」 こちらは本物の猫又。呆れ気味にそっぽ向いて欠伸する相棒に、りょうは信じられないと目を見開く。 しかし、真名は態度を崩さない。 「全力で仕事をサボっておるようじゃが?」 「うっ!」 冷たい目で指摘されて、りょうは言葉に窮す。 荷運びの――しかも、清和まで宝珠砲を届けるという大切な仕事の途中。だというのに、途中立ち寄った街の歓待に走り回っている。 厳重に梱包された荷物は放りっぱなしで、依頼者のミツコが困ったように腰掛けている。 「もふらとしては、これを運ばないと国が大変なことになるなんて言われても、目の前の食べ物や酒には勝てねーわな……」 向こうで雑煮、こちらで焼きもろこし。振る舞い酒ももらって上機嫌のもふらたちに、酒々井 統真(ia0893)は深々息を吐く。 「そんな事無いわよ。知恵はしっかりあるんだから、大事な物を運ぶ途中というのは分かってるわよ。今はただ、目先の幸せを追い求めるのに夢中なだけで」 ついてきたハツコが言い繕う。 「なお、ダメだろ。適材適所を間違えたとしか言えないが……今さら言っても仕方ないか」 「でも、もふらさま力があるし、頭がいいから調教とかしなくても言う事聞いてくれるし、そこら辺の草も適当に食べるから食料に困らず移動できるもん。重い荷物運びにはすっごい便利だよ」 首を傾げた統真に、ミツコも胸を張って力説する。 「普通のもふらさまたちはそうですけど……。あのもふら牧場のもふら達も働くのですか」 「もふー」 紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)は、これまでも牧場のもふらたちと行動をしてきた。しかし、遊んだり学んだりはしても、働くという姿は記憶に無い。 もふ龍も、同朋ながら目を丸くしている。 薄い金色がおめでたさを感じさせるのか。こちらもあちこちから歓迎されている。が、紗耶香の言葉をよく聞いて、羽目を外すには至っていない。 「勿論だよ! やる時はやるんだよ! 基本的に怠け者だけど」 「やっぱりそれは間違えてないか?」 ミツコは大いばりだが、統真はやはりそこまでの自信を感じない。 「やはり、聞けば聞くほど不安に感じますねぇ」 朝比奈 空(ia0086)も元々感じてた不安をさらに増大させる。 その怠け者もふらを動かして、宝珠砲をきちんと届けてもらわねばならない。だが、この移動にはアヤカシが待ち伏せしていた事実があり、そいつらがどこに行ったか分からない。 また襲ってくる可能性も十分ある。防ぐ為に、鷲獅鳥の黒煉には先行してもらい、待ち伏せが無いか見張るよう頼んでいる。 しかし、肝心のもふらたちが浮かれ調子では、一体どうなるのやら。 「戦の劣勢は、こちらの手落ちとも言える。汚名返上、名誉挽回。取り戻す為には何でもしたいと思う……のだが……これはさすがに力が抜けるわね」 北面での初戦は開拓者側に不利な条件も幾つか重なった。けれどもそうだったと慢心する訳にもいかない。 反省仕切りのルー(ib4431)も、気合いを入れたいが上手く入らない。 新たな戦に望む為、肩の力を抜くには丁度いい。いや…… 「もふ。紙風船もらったもふー。凧上げするもふー」 「焼き蜜柑もふー。すっぱいもふー」 食べ物に、遊びに、と走り回るもふらたちの緊張感の欠片も無さは、やはりいささか行き過ぎだろう。 ● 「こないだ食べ物の恨みで妙にヤル気を出したと思ったら、今度はお仕事放り出してだらけてるってホント困ったコ達ねぇ……。まぁ、あたしもお祭とか温泉のついでとかの仕事が多くて、ヒトのコトとやかく言えないかしら?」 困ったもふらたちだが、その姿を反面教師に御陰 桜(ib0271)も反省しきり。 けれども。ついでの仕事だとしても、その仕事を完全放棄はありえない。今のもふらたちと比べるものでなく、そして、やっぱりもふらたちは問題が多すぎる。 「桃〜、せんせいらしく説得よろしくね」 「わんっ!」 桜の問いかけに、忍犬・桃(もも)♀は当然と力強く答える。 だらけた姿は許せない。早速、焼きそば食べて顔を汚しているもふらに歩み寄ると、力強く吠え立てる。 「わんわん! わんわんん、わんわん」 「もふもふ? もふもふ」 「わんわん、くぅん」 「もふも、ふもふもふー」 真剣な顔で吼える桃に、七体のもふらも同じく真剣に聞き耳を立てる。 「すごーい。もふらさまって忍犬とお喋りできるんだー」 感心するミツコに、もふらたちは振り返り、 「とりあえず、何か言いたそうもふ!!」 何故か自信満々に揃って胸を張る。 「そう。やっぱり無駄っぽいわね」 「きゃうううん」 泣いてへこむ桃を、御苦労様と桜は慰める。 「やっぱり普通に説得(?)は無理か。今、お前達が運んでる荷物が届かなかったら、アヤカシどもがさらに攻めてきて今みたいなもてなしも受けられなくなるぞ、……ってのはどうだ?」 最後は呟き。統真は強くもふらに言い放った後で、彼らの反応を見守るが。 「もふ! だったら今の内にいっぱい食べておくもふ」 「そうもふ。最後の晩餐もふ」 「……縁起でもねぇ」 一生懸命、餅を食べ出すもふらたちに、統真は頭を振る。 「むしろ『目的地まで荷物を運べば特別なお礼が待っている』、『疲れた後の飯は殊更に美味い』とでも言えばほいほい進んでいくのではないか? 実際、疲労した五臓六腑に沁み渡るあの感覚は格別のものがあるからのぅ」 心底馬鹿にしきった態度で(無理も無い)、真名は告げる。 ――ぐきゅるるる〜 途端に、腹の虫が答える。もっとも、答えたのはもふらでもなく、真名でもなく。 「お主が腹を空かせてどうする!?」 「い、いやそれはそのだな」 主人のりょうだったりする。 「もふ、お腹が空いたなら飴食べるもふー」 「おお! これはかたじけない」 「ええい、いい加減目を覚まさんか!! 儂は、あんな見苦しい毛玉共とはさっさとお別れしたいわい。それに、宝珠砲とやらの到着が遅れ過ぎても戦線に影響が出るのじゃろ!?」 もふらから棒飴をもらって喜ぶりょう。その肩に真名は飛び乗ると、嬉しそうにしている顔を肉球で叩く。 「北面の方が、もふら様……とその荷物……を待っている訳だから、宝珠砲を運ぶ仕事をこなした方がここで屋台から食べ物やお酒をもらうよりもいい待遇をしてもらえるはずだ。これも一度北面へ行った時にもらったものだしね」 ルーは、花紅庵の彩姫を見せる。理穴の菓子だが、そこらの事情はどうでもいい。要はもふらたちがやる気になってくれたらいい。 興味深く、物欲しげに花の砂糖漬けを見つめるもふらたち。ねだられる前に、ルーはさっさとそれを袖にしまう。 「清和では皆到着を待っていますから、きっとすごく歓迎されますよ」 「もふ、分かったもふ! では、さっそく急ぐもふ」 「荷物置いてかないでねー」 霞澄が笑って付け加えると、もふらもようやくやる気を発動。清和に出向こうとするもふらに、にこやかにミツコが声をかける。 ● 「じゃ、後はがんばってー」 北面は戦地。アヤカシの危険が増えるからと、もふらと荷物を託して依頼者二名とはその街で別れる。単に寒いのでついて行きたくなかったようだが、護衛対象が減るのは開拓者たちにも悪くは無い。 もふらはようやく動き出した。しかし、動いたからといって全て解決もしていない。 「天気は良好。……ですが、すぐに雪になりそうです」 「道理で冷えると思ったわ」 あまよみで空を見た霞澄。目を開けて告げる数日の天気に、そよぎはまるごとふくろうを抱き締める。 吐く息白く、風は冷たい。 もふらは天然の毛皮があるからか、荷車を引く足取りは軽快そのもの。 道草食った街を出ると、やがて街道は平地に入った。彼方から来る人も遠くの山並みもすっきり見える。アヤカシがいたとて隠れようは無い。 「人間に化けている可能性もある。慎重にな。正月気分を邪魔せぬように」 真名が鋭く周囲を見渡す。 道行く人の足取りは重く、そして早い。冬のせいばかりでなく、アヤカシの攻勢で、正月どころで無くなったか。 油断せずに、開拓者たちは周囲を見渡し慎重に進んでいく。 「団子屋発見もふー!」 「獅子舞やってるもふー。噛んでもらうもふー」 「毛玉どもが!! 御主らは正月気分をさっさと抜け!」 そんな緊張なんのその。目ざとく茶屋や遊んでる子供を見つけては、もふらは大きな荷物をその度に揺らす。 真名がいらっと声を荒げる。今回一番苦労してる。 「本当に、大事な荷物を運んでいるという自覚無しね」 荷車の側で見張っていたルーが、荷物をきつく結び直す。 「もふ。荷物に貴賎は無いもふ。全ての荷物は平等に運ぶもふ」 「平等に、適当にしないでね?」 ルーが頼むと、よい返事をするもふらだが、それもどこまで守ってくれるか。 彼らの後ろからはミヅチのローレライもついてきている。もふらに振り回されがちな主人はすでに疲れ始めている気配もあるが、ローレライは元気そのもの。一緒に行動できるのが嬉しいようである。寒さも苦にする様子は無い。 「次の街に行けばゆっくりと美味しい物を食べられますよー」 「団子食べたいもふー」 宥める紗耶香だが、もふらの機嫌は今一つ。 「言うこと聞くもふ〜! もふ龍の言うことを聞かないと、ご主人様の御飯食べさせないもふよ〜!」 「だったらやっぱり今の内に食べておくもふ!」 もふ龍が説得するも、なおさらにと団子屋に並んで動かない。 「あまりゆっくりしている暇はありませんよ。この寒空で野宿は厳しいでしょう」 日の傾きを空は気にする。 回り道をした事で、清和までまだ二日はかかる。 冬の日没は早い。陽が落ちてからの冷え込みは厳しく、その中を移動するのはそれなりの装備が必要。また、アヤカシがいるかもと思えば夜戦は避けたい。 言う通り野宿も厳しい季節。どうしても宿泊は必要だ。早く次の村だか町だかにつき、事によれば宿泊の交渉もせねばならない。 大体、この調子でのたくた歩いていてはかかる日数がさらに伸びかねない。 「この程度のおもてなしで満足するなんて器が小さいわね。この先にはもっと大きい街があって、もっと美味しいものが食べられるのに」 「キティハニモツハコンデイッパイゴホウビモラウヨー」 そよぎが暢気な態度のままに挑発すると、キティははりきって荷車を引き始める。 「御褒美ずるいもふ!」 「もふもお年玉もらうもふ!」 その後を慌ててもふらたちが追いついてきた。 ● 宿泊した街も正月の賑わい。御節を食べてお屠蘇を飲んで、羽子板やカルタをしそうになるもふらをまたどうにか引っ張り出し、旅を続ける。 上手くすれば今日の夜には清和につくかもしれない。邪魔がなければ、だが。 「餅屋があるもふ。善哉もふ!」 最大の難関は相変わらず遊び倒そうとしているもふらたち。あれやこれやと気を引き先を進めるも、何か興味が惹かれる事柄があればふらふらとそっちに寄ってしまう。 空は怪しく、雪がちらつき出している。 この寒さの中、臼と杵で暖かなつきたて餅を振舞う店の前でもふらは動かなくなった。 「仕方ないですね……。ヴァルコイネン、何か聞こえますか……?」 どうやら休憩時間になりそうで。霞澄は嘆息一つ、管狐を呼び出す。 「特に無い……いや……」 ゆっくりとその大きな耳を動かし、ヴァルコイネンは空を見上げた。 使っていたのは狐の早耳。空からの襲撃かと緊張したが、姿を見せたのは空の鷲獅鳥・黒煉だった。 だが、偵察を頼んでいた彼女が戻ってきたのは報告したい事があるからに違いない。烏羽色を震わせ、右目の大きな傷痕も相まって眼光鋭く訴えてくれば、言葉が無くとも察せられる。 「やはりいたか」 戦意を高める統真の側に、人妖の火々璃が黙ってつき、身構える。 「この辺りではないようね。もふらさまたちが団子に餅に夢中な内に、さっさと片付けとこうか」 瘴索結界で周囲を探ったそよぎが、名残惜しそうに餅つきを見つめた。 「やはりここは荷物の守りが優先かしら。……もふらさまたちがこっそりどこか言っても困るもの」 「そうだね。あたしはもふらさまと宝珠砲の守りを努めるから、キティは行って蹴散らしちゃえー」 「そよぎチャンモハタラキナサイヨー」 「お主はどうする。万が一の戦闘に備え、頑丈な奴らとはいえ迎撃能力も無いに等しい」 「そ、そうですね。もふらさまに傷の一つでもついたら一大事!」 「もふ! もふ龍はもふ龍アタックができるもふ」 「もふ龍ちゃん、頑張って下さい」 一応護衛も残し、黒煉の案内で街道を進む。やがて、前方になにやらか細い煙が見え始める。 焚火の周囲には五人の子供のような影と一人の大人のような影。頭から傘をかぶり、一見、暖を取る村人に見えるが、黒煉はそちらに案内しようとしている。 「あれらが全員アヤカシだな。他にはおらぬよう。それにこの匂い……、魚でも焼いているのか」 ヴァルコイネンが狐の早耳で把握すると、鼻もひくつかせる。 言われて見れば、確かに何かいい匂いがする。食いしん坊のもふらたちなら、興味を引かれかねない。 隠れる所は無いので、街道側では警戒される。なので、少し離れた位置まで誘き寄せようというのか。 「小賢しい。火々璃、向こう側に回ってくれ」 「分かった」 言葉少なに赤髪を揺らすと、火々璃は人魂で小鳥に変化し、ありふれた風景に紛れて飛んでいく。 「じゃ。桃、頼むわよ」 「わん♪」 桜が頼むと、勢い良く桃が走り出す。 駆け寄る犬に、焚火の周囲が何事かとゆっくり動く。その集団の只中に桃は飛び込むと、狙い違わずに牙を剥いた。 「ぐわっ!」 はらりと落ちた笠の下からは、角を生やした異形が露わになる。 「鬼か! 火々璃、逃がすなよ!」 背面に空から降り立った火々璃と黒煉。街道からは開拓者が走りこむ。 正体がばれたとあり、小さな影たちも笠を取った。こちらは小鬼たち。やはり魔の森からの邪魔か。いや、そうでなくともやる事は一つ。 統真が神布「武林」を巻いた拳を繰り出す。 桜が手裏剣を放てば、霞澄の精霊砲が長く伸びる。 呼び出したヴァルコイネンも飯綱雷撃を閃かし、黒煉が気性のままに素早く飛来しては鉤爪で切り裂いていく。 鬼も小鬼たちも隠し持っていた刀を振り回し抵抗したが、実力が違いすぎる。攻撃は躱され、あるいは近寄る事すら許されず、逆に開拓者たちの攻撃は確実にアヤカシの身を崩していく。 そうと気付いた時には遅く。猛る鬼を葬り、及び腰になった小鬼の退路にも回り込めば、それも瞬く間に終わる。 「桃、御苦労様♪」 アヤカシの気配も無くなり、よくやったと桜が桃を撫で回す。 「手応えの無い」 殴りつけた痛みもすぐに消え、瘴気に消えるアヤカシたちを統真は見下ろす。 「これは……?」 そのアヤカシたちが消える中、焚火の側に桶。そこに大量の魚を見つける。焚火の周囲にももはや黒焦げになった魚たち。 もしかすると、これまでアヤカシの襲撃が無かったのは、もふらの為にこの魚を用意していたのかもしれない。 火を消して、魚たちも埋めてやると、開拓者たちはもふらの元に戻る。 「何してたもふ? 早く次の御飯に行くもふ!!」 口周りに餡子をつけたもふらさまは、返って来た開拓者たちを相変わらずの調子で出迎えた。 ● 襲撃者はどうやらあの鬼たちのみだったようだ。残りの道中、もふらの食欲と好奇心に四苦八苦しながら、街道を進む。 「ついたもふ!!」 頑張って、清和の街に入る頃には夜も更けていた。雪もどんどんと降り積もり、辺りが白くなっている。 「全く、アヤカシ相手の方が楽だったな……」 すっかり暗くなった街に、統真が肩を落とすと火々璃が何も言わずにただ頷く。 時間が遅いせいもあって、街はすっかり静まり返っている。その中に一種の緊張を感じるのは無理も無い。アヤカシたちはこうしている間にも、迫ってきている。 運んだ宝珠砲もさっそく北面軍に届ける。さすがに街中と違い、そちらは火も赤々と灯され、次々と物資が運ばれてきているのを休まず捌いている。 「もふもふ。正月は働かずに休むものもふ!」 「そうも行かないのよ」 少し腹を立てた様子のもふらたちを、ルーは苦笑しながら宥める。 そう、休んでいる暇など無い。この街に届けられた物資は次に前戦に運ばれる。自分たちもそこに赴き、そして世界を守る戦いに挑まねばならない。 |