ひしゃくを渡せ
マスター名:からた狐
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/05/22 16:08



■オープニング本文

 遊びに行くにはまだ寒いが、仕事ではそんなの構っていられない。
 この時期取れる魚を求めて、海の沖へと船は進む。
 潮を読み、鳥の動きを見極め、ここと思った地点に網を仕掛ける。
 覗き込めば深い青。
 陸は見えるが、遠く。泳いで帰るにはかなり体力が必要。

「おお〜い」

 そんな場所で、いきなり声をかけられた。
 ぎょっとして、漁師は周囲を見渡すが、やはり誰もいない。同業者の船は見えるが、声を届かせるには遠すぎた。
「おおい、おお〜い」
 声は近い。はっきりと聞こえる。
 恐る恐ると、漁師は海を覗き込んだ。自分の予想が外れて欲しくて。
 しかし、それは叶わなかった。
 見れば、海から手が一つ、もがく様に生えていた。
「ひしゃくをくれ。ひしゃくを」
 海の中から手が答える。
 誰かが落ちて流されてきたのか。そうにも見えるが、そうでない可能性も聞き知っていた。
「うぐっ!」
 迂闊に返事をしてはならない。声に応えてはならない。
 漁師は必死で目を背けると、そのまま舵を取り、浜を目指す。
「ひしゃくを。ひしゃくを」
「ひしゃくをくれ。くれよぉ〜」
 がりがりと、船べりを掻き毟る音がしつこくしつこく付き纏う。声も少しずつ増えた。
 それらを一切無視し、漁師は必死で陸へと逃げた。


 そして、ギルドに依頼が入る。
「船幽霊だ」
 海辺の村から連絡を受けた係員は簡潔に言い放つ。
「海に現れる幽霊のようなアヤカシだ。呼びかけに応えた相手を海の中へと引きずりこんで捕食する」
 今回は見かけた漁師が応えず、すぐに逃げた為か、振り切れたらしい。
 しかし、相手はアヤカシ。ただ返事をせずにいればやり過ごせると限らないだろう。獲物が捕まらないなら、その内、有無を言わさず引きずり捕食するようになったとしても、不思議では無い。
「そんなものにうろつかれては漁もおちおちできん。周囲の生物とてアヤカシの影響で死滅しかねん。長引けば痛手は大きくなる」
 漁業に頼ってる村にとっては、死活問題だ。安全を確保する為に、すみやかに討伐に赴いて欲しいと願われる。
 海に出る準備は村で貸し出してくれるそうだ。
「船幽霊は海に潜んでいる。ただ、底の無い容器を持っていれば、引きずり込まれず水上に姿を現すそうだ」
 けれど、水上に出したとて、辺りは深い海に囲まれている。船の大きさも限度がある以上、行動に制限がかかるのは否めない。
「船についた痕跡から船幽霊は恐らく三体と思われるが‥‥気をつけて赴いてくれ」
 数は多いとはいえないが、油断は出来ない。
 どう動くかは、開拓者次第だ。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
真亡・雫(ia0432
16歳・男・志
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
橘 天花(ia1196
15歳・女・巫
空(ia1704
33歳・男・砂
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔


■リプレイ本文

「船幽霊かー。そんなアヤカシいるんだな」
「そうですね。わたくしの郷は山間ですが、そのような話は見たことがあります」
 関心を持つルオウ(ia2445)に、橘 天花(ia1196)も読んできた数々の書物の記述を思い出す。
「こういう怪談、僕も聴いた事あるような‥‥。でも、このようなアヤカシがいたら、気軽に釣りにも行けませんよね」
 真亡・雫(ia0432)が顔を顰める。
 怪談はあくまで怪談。おもしろおかしく尾鰭がつく事もあるし、その場で楽しめればそれでいい。
 が、本当に被害が出るとなれば、それは全く楽しく無い。
「只の幽霊ではなく、幽霊のようなアヤカシな事を考えますと、そこかしこに瘴気の侵食が行われているというのがこの世界の真実なのかも知れませんね。」
 ジークリンデ(ib0258)の気は重い。
 始めてアヤカシが確認されたのはおよそ二千年前。
 それは伝承の内での事だが、今や国は呑まれ、魔の森は増え、被害は現実の物となっている。
 昨年大アヤカシを退けたとはいえ、まだまだ焼け石に水と言えよう。
「ヒヒッ、今回被害が出なかったつーっ点はマシって事かぁ? メシが高騰する前にさっさと撲滅しとくかねぇ」
 空(ia1704)が軽妙に告げる。
 楽しげな笑みを漏らしているが、伏せた目の奥は暗い。 
「海というのが厄介といえば厄介だけど、単純でありふれた状況でもある訳だしね。折角だから練習台になってもらいましょうか」
 対して、葛切 カズラ(ia0725)の笑いは心底不敵。覚えた技をどう使おうか、あれこれと思案にかかっている。


 現場は沖。
 行くには船が必要ではあるが‥‥。
「船は三隻。操船も行ってもらえる事になった。柄杓や桶は古くていらない物が余っているから、壊していいってさ」
 空が確認を取る。
 経費で落ちるかも心配したが、アヤカシがいなくならねば漁師たちは食っていけない。
 生活がかかっている為か、危険は承知で手を貸してくれる者は少なくなかった。
 船の組み分けは、まず一隻に天津疾也(ia0019)、ルオウ、天花。
 一隻に梢・飛鈴(ia0034)、カズラ。
 一隻に、雫、空、ジークリンデが乗り込む。
「で、今回はこれが必要やねんな」
 疾也は古い柄杓を手にし、開いた底から海を覗く。
「こっちは別に呑んで空けてもよかったんだけどね〜」
 カズラは容器が足りないなら、持ってきた酒を呑んで空を使おうと考えていたが、その心配は無かったようで。
 酒を愛する身としては、それはそれで残念ではある。
「相手は三体だけでそんなに数もいらんだろうしな。いらない物を利用すればいいさ」
 軽く笑いながら、ルオウは柄杓や桶の底を抜く。
 そうして、壊した器物を忘れないように三つの船へそれぞれ乗せた。
「じゃあ、行くぞ」
「はい。念の為ですが、火とお風呂の準備もお願いします」
 歳を重ねた漁師たちが船に乗り込む。
 見送りに来た村の人たちに、天花は万一海に落ちた時の用意を頼む。
 必要な荷物をそれぞれに乗せると、アヤカシ退治に出港。
 陸から遠ざかるに連れ、波も高くなり、風もきつくなった。さらにそのままずーっとずーっと行けば、海の縁に着くのだろうが、さすがにそこまでは行かない。
「実に拳士向きの職場アル。この程度の足場で、後も荷動けないような拳士はおらんテ」
 大きく上下する船の上を、身軽に飛鈴は移動する。
 対して、天花は流されても言いように命綱を結んでおいたりと慎重に動く。
「川では毎年泳ぎますけれど、海には不慣れですから」
 拭き布と着替えも、風呂敷と油紙で二重に包んで用意しており、実に周到である。
「船遊び船遊び〜って、気軽にやれたら楽しいんだけどね〜」
 遠ざかった陸地を見つめて、カズラが小さく肩を落とす。
 白波が打ち付け、風が髪を乱し、無骨な漁船は色気も無い。
 が、楽しもうとさえすれば幾らでも楽しみは見出せる。
 どうしても無粋者になる邪魔さえいなければ‥‥。

 アヤカシがいつ来るか。それぞれが四方に注意を向ける。
「何や?」
 ふと、疾也が眉根を細める。
 波の音に混じり、何か別の音を聞いた気がした。
 と、いぶかしんでいる間にも、すべての船から船体をこする音がはっきりと聞こえ出す。
「ヒヒッ、おいでになったようで」
 空が心眼で確認。水中に敵の気配を察知する。
「ひしゃく、ひしゃくを‥‥」
 波間から見える手に、何も言わずに開拓者たちは底が抜かれた柄杓や桶を渡す。
 柄杓を手にした相手は、猛然と海水を掬い、船へ注ぎ込もうとする。
 しかし、掬っても掬っても水がたまる事は無い。筒抜けだ。
 分かっているのか、分からないのか。
 アヤカシは、負けずに懲りずに一心不乱に一生懸命水を掬って掬って掬おうとしている。
「何や楽しそうやな。‥‥おっと!」
 もがく姿を笑っていた疾也に、業を煮やしたアヤカシが柄杓を投げつけてくる。
「キィエエエエエエーーーッ!!」
 不自然なまでに伸びた手が船縁を掴むと、海から船幽霊が姿を現す。
 その数三体。
「うひいいいいい!!」
「落ち着いて、操舵に集中して下さい。必ず、仕留めてみせます!!」
 姿を見た漁師がパニックを起こしかけたのを、天花が声を張り上げて庇う。
 自船の漁師の傍、守るように位置を取ると、神楽舞「速」を披露。精霊に俊敏の助力を請う。
「船を回して。なるべく奴らを取り囲むよう位置を取って下さい」
 雫の指示に、気を取り直した漁師たちが船を動かす。
 機敏というより、必死の動き。本分を全うしている方が、まだ正気を保っていられる。そんな所か。
「コッチも船頭がやられる前に、さっさと片付けるアル」
 青い顔している船頭に寄ろうとした船幽霊に、飛鈴は空気撃で弾き出す。
 転倒した船幽霊。ゆらりと立ち上がるまでにその懐に飛び込むと、今度は確実にダメージを与えにかかる。
 戦篭手「迅鉄」で覆った拳。密着状態から、内部に衝撃を伝えるその一打。
「もういっちょネ」
 防御が崩れた所でもう一撃。今度は拳に気を集中。
 殴った所がそのまま歪み、瘴気の塊が飛び散る。
 船幽霊が、腕を伸ばして飛鈴を掴もうとしたが、そうはいかないと素早く飛び退く。
「ヒギイイイイー!!」
 それをさらに追いすがろうとしたアヤカシは、突然、身をそらして悲鳴を上げる。不定形の体が更に歪み、あちこちから瘴気が零れ、薄れていく。
「だらしの無い相手ね〜。これじゃお試しにもなりやしない」
 がっかりとカズラは肩を落とす。
 船幽霊は駆け出し冒険者相手ならば梃子摺る程度の強さはある。
 が、あいにく今回船にいるのは皆駆け出しとは程遠い。
 船の上という制限はあれど、じっくりと取り組めば所詮小物。数の差もあるのだし、片付けるのはいとも易い。
 幻惑をしかけ、視界を曇らせようともしたが、開拓者たちの心に届く事は無かった。
「さっさと陸に帰りましょうか。‥‥白面九尾の威をここに。招来せよ、白狐!!」
 カズラは呪殺符を構えると、巨大な九尾の白狐を呼び出す。
 黄泉より這い出る者に苦しめられ、船縁を掴んで恨みがましくもがいていた船幽霊。もはや残滓としか言いようの無かったそれを、その牙は容易く噛み砕き、無に還す。
 別の船でも、乗り込もうとしていた船幽霊に、雫が刀「水岸」で斬りつける。
「さあ、海に還ってもらうよ。そこがアヤカシの還る場所には感じられないけどね‥‥」
 宿した精霊の力を攻撃の一瞬で解放する霊破斬。
 続けざまに、空が薙刀「牙狼」でカマイタチを放つ。
 船縁についていたアヤカシの腕が、切られる。
「おっと!」
 振りぬいた重心のかけ方と、波の揺れが偶さか合ってしまった。思った以上に船が揺れ、足を取られる。
 その間、追撃をかけられず、船幽霊も振り落とされるように海へ落ちる。
「危ねェ、危ねェ。あんま動けねぇな」
 波飛沫で船上も濡れている。うっかり滑り落ちては不利を招く。
「構いません。動かずとも十分狙えます」
 楽しんでいるのか反省しているのか。注意を促す空に、ジークリンデは答えて、船幽霊の落ちた水域を見つめる。
「底を通って、後ろからだァなァ」
 心眼で見つめる空が、位置を知らせる。
 波間から伸びた手。それに向けて、ジークリンデはアークブラストを放つ。
 閃光と共に走る電撃。叩き込まれる攻撃に、あえなく二体目も沈む。
「魚ならまだしも、招かねざる客やなぁ。丁重におもてなししてやるさかい、受け取るとええわ」
 疾也がホーンボウを構える。
 天花の支援に自身の葛流を乗せて、放つ。
 絡まる葛のような幻を曳いて、矢はアヤカシを射抜く。
 穴の開いた体をくねらしながら、船幽霊は船頭を睨みつけ、手を伸ばそうとする。
「目移りなんてしてねぇで、こっち構ってくんねぇかな」
 ルオウが咆哮を上げる。
 途端に、アヤカシがくるりとルオウを向いた。
 伸びた手の先。漁師を庇って割って入った天花が払いのけると、その衝動を振り子に今度はルオウを捕まえようと手を伸ばす。
 突っかかってくる相手を容易く躱すと、珠刀「阿見」を抜く。
「せぇえええ!!」
 両手で柄をしっかり握ると、気合と共に大上段から振り落とす。
 へろり、と船幽霊が二つに裂ける。
 散る瘴気を浄化するように、疾也も白梅香を乗せて矢を放つ。
「‥‥船上でも特に不自由無い様やし。いちいち最初に柄杓で水攻めせんでも、さっさと襲ってきてもよかったんちゃうん?」
 何とはなしに素朴な疑問が浮かぶ。
 それを答える暇も無く。船幽霊はその姿を滅した。


 残ったアヤカシがいないかを確認した後に、一同は陸へと帰還する。
 出迎えた村人たちに報告すれば、安堵と共に、笑顔を向けられる。
「大きな怪我も無いですし、無事に済んでよかったですね」
「案外強敵はこの海だったかもネ。髪が痛みそうだシ、磯臭いのも気になるシ、そもそもまだ寒いアル」
 ほっとする天花に、飛鈴は自身を嗅ぎつつ、大げさに震える。
 湯浴みを希望すれば、出港前にお願いしていた事もあって準備は出来ていると、快く案内された。
「‥‥鎮魂と穏やかな海の為。精霊さまに祈りを」
 賑やかな集団とは少し離れ、ジークリンデは海に祈りを捧げる。
 静かだけが海ではない。だが、脅かす存在が入り込んではならない。