踊るワカメは増える
マスター名:からた狐
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/01/26 17:53



■オープニング本文

 正月気分もいい加減終わる昨今。
 寒風吹きすさぶ浜辺に、ワカメが楽しそうに踊っているのを漁師は目撃する。

「いや、なんちゅうか。こう手と手を繋いで足を上げてぐるぐると。調子とってたまに手を叩いたりなんかして……」
 開拓者ギルドに飛び込んできた漁師は、その様子を泡食った表情で説明する。
 奏者はおらず、勿論海草なので表情も無いまま、ただ黙々と踊り続けるワカメの群れは異様としかいいようがなく。
 見つけた漁師はただ唖然とするしかなかったが、そんなワカメたちがもちろん普通の生き物である筈も無い。不気味に思って、こうして開拓者ギルドに知らせに来た訳だ。
 話を聞いたギルドの係員もそれでよかったと頷く。
「海草人形だな。まぁ、報告の通り、浜辺で輪になって踊る海草でできた人形のようなアヤカシな訳だが」
 見た目も行動も愉快な奴らだが、暦としたアヤカシである。面白がって近寄れば、当然襲ってくる相手。
 滑稽な海草人形でありながら、なかなか知恵が回る。道具を使って攻撃してきたり、一度した失敗を繰り返さないなど学んだりもする。
 人から見れば浅知恵程度でしかないが、たんなる海草の束と侮れば酷い目に合うのだ。
 しかも、海草人形は厄介な能力を持ち合わせている。
「海草人形には迂闊に近付いて無いだろうな。切り離すと、離れた欠片もまた別個体の海草人形となって動き出す。そうやって、どんどんと分身を作って増えるぞ」
 二等分すれば二体に増え、四等分にすれば四体に増え、みじんに刻めばみじんの数だけ海草人形は増えていく。
 気付けば浜辺一帯が海草人形で埋まり、犠牲者を取り囲んで輪になって踊っている可能性もある。
 分身とは元の命を分け合っている為、数は増えても個々は弱体化してる事にはなる。いずれ分身の限界もあるかもしれないが、それは一体どれだけ刻めばいいのやら。
 勿論増えた分身とてただ踊るだけでは無い。例えすぐに消し飛ぶ命しか持たずとも、数で連携してくれば開拓者とて返り討ちに合いかねない。
 係員の問いかけに、漁師は身を振るわせた。
「それは大丈夫です。一応様子見で仲間が遠くから隠れて監視してますが、誰も近付こうなんて考えませんて」
 それぐらい珍妙なのだ。
 しかも、確認された数は二十と多い。
「正月中は、漁も休んでいた為、それまで浜辺に近寄る者も無かったんだが。いい加減、漁を始めねば、生活に困るっちゃ」
 犠牲も無いままどうにか今日まで過ごしてきたが、いつままでもそのままではいられない。
 いい加減、漁を再開せねば生活に関わる。けれど、漁場とその浜辺は近く、もし漁の最中にワカメが襲ってきたら大変な事になる。
 浜に気取られぬよう動いたとしても、何時奴らの方が浜辺から移動するかも分からない。
 何とかして欲しいと頭を下げる漁師に、係員は一つ頷き、開拓者たちにアヤカシ退治を通達した。


■参加者一覧
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
シャンテ・ラインハルト(ib0069
16歳・女・吟
熾弦(ib7860
17歳・女・巫
クレア・レインフィード(ib8703
16歳・女・ジ


■リプレイ本文

 海といえば、泡立つ波に白い砂。
 高く舞う鳥、跳ねる魚と、いるだけで見所も遊びどころも満載な場所だが、やはり時期を選ぶ。
「……はー。寒い海ってのは、どうしてこー……。心まで冷える……っつーか……」
 震える体を丸くして、クレア・レインフィード(ib8703)は凍える手に白い息を吹き付ける。
「ま。たまの外出くらい、楽しまないと損さね」
「楽しい、ですか。……まぁ楽しそうですけど」
 開き直って気合いをいれるクレアに、菊池 志郎(ia5584)はこれから向かう先を見る。
 冬の寒風吹き荒れ激しく波が押し寄せる海岸。距離は十分取っているが、開けた海岸は実に見通しいい。
 そこに並んで踊る姿があった。手っぽいものをひらひらさせて、足っぽい部分をさかさか動かし、風に倒れそうで倒れず揺らめき、手に手を取って輪になって……。
 人であれば一緒に踊ろうと声をかけたくなるかもだが、そうではない。彼らは束ねたワカメである。勿論、普通のワカメですらなく、アヤカシだ。
「夢に見ちゃいそう」
 何とも言い難い光景に、フェンリエッタ(ib0018)は頭を振った。
「ワカメといえばやっぱりお味噌汁だよなぁ」
「アヤカシですから食べられませんよ。切れば増えるというのに、煮ても焼いてもダメとは」
 滝月 玲(ia1409)がそう告げるも、フェンリエッタはがっかりとする。
 子供ぐらいのワカメ人形が二十体。それで作れる味噌汁は何人分か。腹も体も温まる。さらに簡単に増やせるとあれば、食糧難も回避できそうな素敵食材である。
 食べられれば、だが。
「これで好戦的だったりすると厄介だったけど」
「アヤカシなので、こっちに気付いてないだけでは」
 やれやれと嘆息する熾弦(ib7860)に、踊る姿に首を傾げていた志郎がさらに首を傾げる。
「探しに来ないで踊ってるだけマシって奴よ。今の内に対策を練らないと」
 何を考えてるのか考えてないのか。踊るワカメが踊り以外に勤しむ前にと、熾弦は作戦を練り始める。
「依頼人様も普段の生活に戻らなければいけませんし、それを妨げるアヤカシは退治しませんと、ね」
 シャンテ・ラインハルト(ib0069)も頷く。
 いつまでも年明け気分ではいられない。楽しげに見えても、その踊りを続けさせる訳にいかなかった。


「……というわけで、お願い!」
「何がです?」
 依頼人のいる村に戻り、にっこり笑顔で漁師たちに手を合わせるクレア。が、説明不足だった。きょとんとした表情を向けられる。
「あの数を一度に相手はさすがに危険ですので、投網になるようなものをお貸し願いたいのです。もちろん古い物で構いませんし、修繕してお返しします。弁償もいたしますので」
 シャンテが改めて説明すると、やはり改めてクレアも笑顔でお願いする。
「無理なら、網の作り方を教えてないかしら。材料は用意してる」
 熾弦とフェンリエッタは、荒縄や大きな布地を用意している。
「いやいや。それぐらいならば、こちらとしても協力いたしますよ」
 漁師たちは快く快諾すると、各々の家から古びた投網を運んでくる。ついでに使い方まで教えてくれる親切ぶり。
 なにせ、アヤカシがいなくならなければ漁には出られない。親身にもなろうというもの。
「ん? だったら、アンタ達、今暇してる? だったら、砂浜にちょっと長めの穴掘るの手伝って欲しいんだけど」
 手隙の漁師たちにクレアはそう持ちかけるが、難色を熾弦が示す。
「そんな余裕はあるか?」
 漁師たちではなく、開拓者側に。
 今回こちらが攻める側。見通しのいい砂浜で罠を作ってもすぐに気付かれる。離れた場所にこっそり作るのも可能だが、そこにどう誘き寄せるか。出来るだろうが、それにしてもその場で仕留められるならその方が早い。
 そも、砂浜に穴を掘るのも結構難しい。砂が崩れてくるのだ。下手をすると掘る方が埋まってしまう。
「それはそれで。無いよりある方がいいでしょ」
 笑顔のままに、クレアは告げる。
「後、たっぷりのお湯も欲しいな。運ぶのは俺がやるけど、冷めないようには工夫したい」
 玲からの頼みに、用意すると女性方が中心となって準備を始める。
「何故、お湯を?」
「ぬめりを取らないと投網や箱詰めも大変だよ」
 ワカメだし。


 歌も無く曲も無く。黙々とワカメたちは踊り続けている。
「アヤカシも踊るのは楽しいって感じたりするのでしょうか」
 志郎の疑問を直接聞いてみたくもなるが、如何せんワカメ。口は聞けない。その割りに頭はいいらしいので、ますます不可解だ。
 見る限り、武器らしい物は帯びていない。しかし、周囲には流木も多少ある。何より砂で目潰しぐらいは簡単に出来る。油断は出来ない。
「さくさく瘴気に還って頂きましょう。漁師さんの生活がかかってますし……増えるワカメの悪夢は御免だもの」
 投網を構えると、フェンリエッタは駆け出す。

 ゆらりゆらりと踊っていたワカメたちは、砂浜を移動する開拓者に気付くとさすがに娯楽よりも攻撃を優先し始めた。
 ひらひらと体をなびかせ、向かってくる。
「行きます!」
 シャンテはミューズフルートを構えると、重力の爆音を繰り出す。澄んだ音色とは裏腹の重低音が大気を震わせ、ワカメたちを苦しませ、動きを阻む。
「こちらも!」
 玲が運んだお湯を撒き散らす。お湯をかぶった部分は綺麗な緑に変わった。斑の姿は……ますます美味しそうには見えない。
 そこに一斉に投網を仕掛ける。広がった網はアヤカシたちの真上に広がり、次々と絡め取る。
 アヤカシたちはまごついたが、すぐに抜け出そうともがいたり、端的に縄を千切ろうとする。
 シャンテが夜の子守唄でまどろみを誘う。
 切ると増える厄介な海草人形だが、基本能力は高くない。ばたばたと眠っていく。……外見的には寝てるのかよく分からない。
「案外、簡単に済みそうですね」
 倒れた海草人形を拾い、フェンリエッタは麻袋に詰めていく。その上から叩けば、例え増殖しても纏めて始末できるという訳だ。
 だが、それらの攻撃から偶さか免れた海草人形もいる。
 数は六体。大半は捕まえた。
 範囲の広い夜の子守唄に気付いたか。警戒しながら距離を置き、十分と見るや背中を見せて逃げていく。倒れた仲間を助ける素振りも無い。
「逃がすか」
 やはり外見的にどっちが前で後ろか分からない姿を見ながら、玲は瞬脚を発動。一足飛びに追いつくと、一体を強力で運んできた熱湯の中に放り込む。
 狭い湯樽に放り込まれて暴れる海草人形。見事な緑に変わるが、やはりお湯につけただけではアヤカシは簡単に滅びない。
 跳ねる熱湯飛沫に、玲が思わず逃げたのに気付き、いい武器を得たと盛大にお湯を撒き散らす。
「あちっ! あちち! 出汁も取らせてくれないのか」
 いい加減にしろと、玲は蓋を閉めた。樽の中で海草人形が暴れているが、とりあえずこれで一体封じた。
 残り五体。劣勢でそのまま逃げると思いきや、さにあらず。
 網にかかった海草人形を眠らせ続けるのにシャンテが動かず、フェンリエッタが袋詰めをし、作業中の海草人形退治に熾弦が目を配っている。
「万一にも目覚める前に。網は危ないと学習したでしょうからね」
 逃げた海草人形も気になるが、倒れた海草人形も捨てては置けない。熾弦が力の歪みを仕掛けると、さすがに海草人形も起きる気配を見せる。が、睡魔に勝てないかすぐにまた寝直す。
 一体一体は弱いが、何分数は多い。まだ手はかかりそうだ。
 つまり追いかけているのは三人だけ。数では勝ると思ったか、ワカメたちは今度は強気にまた向かってきた。
「やはり来るのか。アヤカシである以上、人を葬る機会は逃さないって訳かぁ」
 逃がす訳には行かないなら、向かってきてくれるのは楽ではある。
 気をつけろと、玲が構える。
「さて、浄炎とどっちが便利でしょうかね」
 ぺろぺろと向かってくるワカメに、志郎は気功波を放つ。当てた部分に穴が空き、ワカメの力がくたりと抜ける。
 増殖する気配は無いが、千切れたらやはり増えるのだろうか。ならばやはり燃やした方がいいのかと悩む所だ。
 クレアは短筒「獅子殺」の銃声で注意を引くと、逃げる。
 シナグ・カルペーの見事な足捌きを見せるクレアの周りに、ワカメたちは群がる。
「ほら、こっち!」
 クレアは布を翻したような軽やかな舞を踊り、相手を惑わして攻撃を回避する。
 海草人形たちはワカメを翻した踊りで、輪になり回りながら攻撃している。
「……ぐるぐる回ってこちらの目を回させようとする作戦、ではないですよね」
「軽い対抗意識はありそうだな」
 ジプシーとワカメの共演に、思わず見てる方が困惑した。術の効果は無くとも、シャンテの奏でる笛の音は響く。それが、踊りを一つの舞台のように演出している。
「感心してないで、処理してくれないかなぁ」
 まだ駆け出しに近いクレアには、弱そうな海草人形といえど油断は出来ない。
 と、砂地に作られた穴に気付き、軽く飛び越える。続いて海草人形を、着地の瞬間に殴りつけて穴に落とした。
「こ、これでよかったのかね」
「助かった。ありがとう!」
 遠方から声をかけてきた漁師に、クレアは心底笑って答えた。
 走るワカメを追いかけて。お湯に浸かったワカメも忘れずに。そして、袋で縛ったワカメたちをきっちり纏めて片を付ける。
「叩くにせよ、袋を破らないようにしないとね。武器は無いと確認したけど、万一こっちの獲物を取られて同士討ちして勝手に増殖されたら、ぞっとするわ」
 フェンリエッタは破邪の剣を構えるもすこし迷う。羽引きされた祭事用の剣だが、目に引っ掛かって破く程度はある。ひとまず、脚絆「瞬風」に炎魂縛武を使用して、袋の上から踏みつける。
 手間はかかったものの、目立つ怪我も無く討伐は完了した。


「気配は無し。大丈夫、海草人形は全部始末出来ている」
 砂に隠れ、波間に沈み。ワカメなので隠れる場所は山とある。
 心眼で周囲を探るフェンリエッタは、そのどこにも引っ掛かりを感じず、ほっと胸を撫で下ろした。
 これで最大の被害は、海風にさらされっぱなしですっかり体が冷えた事か。
「何とか増殖は見ずにすんだけど。苦戦というか、結構苦労したわね」
 恨めしそうに海風を睨むと、熾弦は体を震わせた。
 報告と暖を求めに漁師たちに知らせに戻る。安全を告げると、ほっとした表情になった漁師たちはすぐにでも漁に出そうな勢いで喜んでいた。
「一件落着、かね。年始早々不運だったけど、今年一年上手くまわるとイイね」
 クレアも労いの言葉をかけると、占うよとタロットを手にとる。お安くするよとは商魂逞しい。そんな彼女に聞く願いは、やはり大漁に関してか。
「年明け気分、はもう終わりですのにね」
 晴れ晴れとした漁師たちに、シャンテはにこやかに微笑む。
 妨げるアヤカシが消えた今、日常はすぐそこにあった。