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■オープニング本文 その村は、山深い場所にあった。 冬になれば、村へ続く細い道は雪で埋まり、かろうじて道と分かる程度。下の方など凍りつき、下手に歩けば足を滑らせてしまう。 常ならば、雪に閉ざされたなら、春で溶けるまでそこの村の人たちは家に篭るのが普通だった。しかし、男は街まで用を頼まれ、荷を運ぶ事になった。 道が悪いとはいえ、街まで一日もあれば往復できる距離。天候も悪くなく、用心して街に泊まっても翌日には帰ってくるはずだった。 それが何日たっても帰ってこない。 これはおかしいと男の家族が騒ぎ出した時に、街に繋がる道の途中で、男が持っていた橇が見つかった。 橇には男が持っていたのとは違う荷が乗っていた。家族への土産だろう。 その周囲には大量の血痕が雪の上に散らばり、そこから何か大きな物を引き摺った跡が道の外へと伸びていた。 「一体何が!?」 ケモノにでも殺られたか、あるいは他の何かか。 見つけた村人たちは青褪め、何も考えずに仔細を検分しようと、その現場にさらに近付く。 周りの木々は雪や氷柱で、重く枝葉を垂れ下げていた。 周囲の音を雪が消すのか、ケモノ避けの鈴だけが小さく響く。 ばさり、と音を立ててどこかの枝から雪が滑り落ちた。 ありふれた風景に、村人は全く注意せず、またその必要も無いと自然判断していた。 だから、何の対応を出来るでもなく。近付いた途端、山の中から飛んできた無数の氷柱に、村人たちは次々と貫かれていった。 「ひえ、ひええええ!!」 皆からわずか遅れてついてきていた村人は、かろうじて難を逃れた。 吐く息は白く、しっかり身を防寒具で包むが露出した肌は痛いほど。そこに冷水を浴びせられたような恐怖が落ちる。 山の中から、蔦が伸びてくる。それが絶命した村人たちを捕まえると、山の中へとまた引き寄せていく。 生き物のように動く緑が自然であるはずがない。 村人は身を震わせながら、必死に村へと逃げ帰っていた。 そして、開拓者ギルドに連絡が入った。 「アイスツリーとか氷雪樹とかいうアヤカシだな。その名の通り、外見は氷柱をつけた樹だ」 冬の山の中、じっとされると他の樹と見分けなどつかない。そして、通り来る獲物を氷柱で射抜いたり、蔦で絡め取ったりする。 また、樹の外見にも関わらず、獲物を求めてあちこち移動したりもする。……いや、アヤカシなのでそれは当然か。 「結構しぶとい手強い相手だ。おまけに正確な数も分かっていない。だが、このままでは村の人が危ない」 村人たちは見えない敵に怯え、迂闊に山を抜けられない。その間にも氷雪樹は村に近付いているに違いない。 面倒だが誰か始末を頼む、とギルドに依頼が出された。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
国広 光拿(ia0738)
18歳・男・志
九竜・鋼介(ia2192)
25歳・男・サ
明王院 浄炎(ib0347)
45歳・男・泰
晴雨萌楽(ib1999)
18歳・女・ジ
九条・颯(ib3144)
17歳・女・泰
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎 |
■リプレイ本文 厚く降り積もった雪でどこも真っ白だった。 黒く見えるのは木の幹ぐらい。村から街へと続く道も、深い雪に閉ざされていた。 「わあ、綺麗な樹氷! って、この中にアヤカシが混じってんだよね……」 山の木々はほとんどが葉を落としている。氷の張り付いた幹に、枝は雪の重みでたわみ、振袖のように氷柱が垂れている。 白を貴重として光放つ山にモユラ(ib1999)は感動の声を上げたが、その奥に潜む邪気を思い、身を震わせた。 「ここが被害に合った場所か」 国広 光拿(ia0738)が白い世界を見つめて呟く。 まるごとしゅんりゅうを着ている姿は、うっかり子供に見つかれば冬の無聊を慰めるいい玩具だろう。しかし、今は何より寒さ対策。凍えていては手元も狂う。 他の開拓者も寒さ対策は出来ている。 明王院 浄炎(ib0347)らが用意し、足にはかんじき、懐には温石。アヤカシとの対峙に手を抜いては命取りになる。 目撃されてから、また雪が降った。村人から聞くに、かなり痛ましい光景があったらしいが、それも全て白く潰され赤い痕跡は全く見当たらない。 「瘴気の反応は無し。やっぱり移動してるようね」 瘴索結界を使うリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)だが、すぐに否定して首を振る。 「動く木……。奇妙なアヤカシだな」 ラグナ・グラウシード(ib8459)は周囲の凍りついた木を見つめる。品種は様々だが、どれも一様に凍りつき、動かない。それが普通だ。アヤカシならばとも思うが、草にみせかけるアヤカシは獲物をじっと待つものもある。 動くという事は、それだけ人への飢えが貪欲なのか。 「移動の痕跡も雪に埋もれてしまっているな。……正体が分かっているのは幸いか」 羅喉丸(ia0347)の言う通り、そこは最早普通の山の景色と変わらない。よく目を凝らせば、惨劇をうかがわせる痕跡も捜せなくは無いが、手がかりと言えるほどはっきりしていない。 「だが、動いたとなればギルドの推測通り、村に向かっているのだろう。生活圏に死をもたらす者が潜むとなれば、村の者たちも生きた心地がすまい……」 浄炎が村に目を向ける。 やはり見えるのは一面の白。ここから村までも近いといえば近い。アヤカシたちはどこまで進んだか。 「冬場の山の木と見分けのつかないアヤカシ。こういう迷惑極まりないヤツは早急に伐採せねば」 九条・颯(ib3144)が渋面を作り、呻く。 敵の数は分からない。襲われた状況からして、軍というような多数でもないだろうが、複数の可能性はある。そんなものが木々に紛れ村の周囲に張り付けば、村人たちは気付きようが無い。 ● 村人が危険なのは承知。だが、それは探す開拓者たちにも当てはまる事であった。 リーゼロッテが瘴索結界を張り、光拿も心眼「集」で警戒に当たる。他の開拓者もアヤカシが動いた跡が無いか、雪の痕跡を見落とさぬよう目を凝らす。 雪に足を取られぬよう注意しながら、現場から村の方角へと慎重に進む。 「それから被害にあった者は出てないそうだ。道なりにも反応は無かったとすると、もう少し山の中を突っ切ってるんだろうな」 ラグナは周辺地図に書き込んでいる聞き込み内容を元に、氷雪樹の移動ルートを模索する。 道を一歩外れれば、それだけで山は分からなくなる。村人たちが使っている僅かな道しるべを見通さぬよう、進んでいく。 ばさり、と音がした。聞き取った開拓者たちはとっさに身構えるも、何も無い。 「大丈夫、ただの木だ」 光拿が告げると、リーゼロッテも頷く。 重みに耐え切れず、雪が枝から滑り落ちたのだ。静かな空間にその音はやけに響く。 颯が雪玉を丸めて投げ付けると、綺麗に細い幹の真ん中に命中。また、音を立てて枝から雪が落ちた。 「その通りね。どこに潜んでいるか分からないと、気も抜けない」 「……敵は氷柱を飛ばしてくるって話だけに余計に目が行くねぇ」 樹氷に紛れ、いつ攻撃されるかも分からない。九竜・鋼介(ia2192)はチャンピオンシールドを構えながら進む。 「氷柱が木になってるだけに気になる……なんてねぇ」 ……敵は身内にいたようだ。 気温がぐっと下がった錯覚に捕らわれ、ただ黙々と開拓者たちは歩く中、鋼介だけが気にもせず策敵に努める。 周囲に注意し、ついでに身内にも注意して雪中を進んでいた開拓者たちだが、 「何かあるな」 羅喉丸がふと雪に目を凝らす。そこはやはり単なる雪景色にしか見えなかった。 ……いや、小さく盛り上がった雪。枝から落ちた白い小山だが、そこに何かが埋まっているようだ。 埋もれてよく分からないが、人工の色に見える。 道からも外れ、村までは距離がある。アヤカシが出る今でなくとも、わざわざ入り込む場所ではない。 「もしかして被害者の遺品とか?」 確かめようと近寄りかけたモユラを、光拿が止める。 「待った。そばの木に瘴気が見える。恐らく氷雪樹だ」 こちらに気付いてないのか、樹は動かない。 リーゼロッテにも確認するが、彼女は首を横に振る。 「もう少し近寄らないと瘴索結界には引っ掛からない」 射程は心眼「集」の方が広い。しかし、効果時間は短い。 「ふむ」 羅喉丸は頷くと、ロングボウ「ウィリアム」を構える。 射手ではないが、そこは能力の高い開拓者。言われた樹木に見事矢を当てる。 不意に、樹が動いた。風も無いのに枝葉が揺れたのだ。ばさりと落ちた雪の向こうから、氷柱が飛んでくる。 「やはり当たりだねぇ!!」 鋼介の盾に重い手応え。次の攻撃が来る前に、鋼介が地断撃を放つ。 衝撃波が根雪も砕き、氷雪樹の幹を割く。 「他に二体! 二つとも右前方!!」 リーゼロッテが声を上げると、同時にそちらから根が伸びてきた。 「させるか!」 ラグナがグレードソードを振り回し断ち切ると、確認した光拿がすぐさま小袋をぶつける。 中には染料が入っている。纏わりついた色はこの色に乏しい景色の中、はっきり見分けられる。 「どうやら、この計三体が全部みたいね」 さらに周囲を探っていたリーゼロッテが笑う。 ● 羅喉丸が焙烙玉を投げる。この積雪に紛れ、地面から根を伸ばされるのは怖い。 しかし、持ち手の焙烙玉だけでは全てを吹き飛ばすには足りない。氷雪樹の周辺だけでもと思うが、アヤカシたちは人の倍ほどある大きな巨体を揺すり動きまわる。 遠くにいては氷柱で狙い、近くにいては蔦や根で打ち、幹で体当りしてくる。あまり強そうな敵ではないし、知能も高くないのだろう。攻撃は実に単純、単調。 だが、 「結構、硬いな」 策敵用に練力は温存。光拿はただ珠刀「阿見」を振るい、突き立てる。 氷雪樹が削れる。その手応えは木と変わらない。即座に叩き潰そうと振り下ろされた枝を、素早く刀を引き抜き近くの木の影に逃げ込む。 氷雪樹には刀の開けた穴があるが、思うより小さい。 「砕けろ、アヤカシ風情がッ!」 オーラで身体を強化し攻撃に備えると、ラグナも飛び込み斬りつける。が、一刀両断とは行かず。 氷雪樹は、気にする様子もなく攻撃はますます過激に振舞われている。むしろ盾にした木の方が、氷雪樹の攻撃によってぼろぼろになった。 「容易くはいかないか……。ならば砕けるまで続けるのみ。一体ずつ確実に撃破していくのみだ!」 「狙いを一点に集中。伐採するように幹を断ち切れば、あるいは!?」 神布「武林」を巻いた手に拳を作ると羅喉丸が氷雪樹に迫る。 颯が空波掌を放つ中、八極天陣で気の流れを制御して素早く軽く迫る氷柱や枝を躱すと、穿たれた刀傷に向かい一撃を叩き込む。 「はああああ!!」 続けて颯が暗勁掌で内部に衝撃を叩き込む。さすがに効いたか、ふらりと倒れた氷雪樹に羅喉丸も玄亀鉄山靠で叩いた。 太い音がして、氷雪樹が折れる。が、最後の足掻きか、瘴気を噴きながらもまだ枝や根がばたばたと開拓者求めて攻撃してきた。 「しつこーい。さっさといなくなって」 騒ぐ氷雪樹に向けて、モユラは斬撃符を撃つ。 「いけ鎌鼬っ! あの枝ァ膾切りにしてやんな!」 飛び出したカマイタチのような式は狙い通りに次々と枝を落とす。 そのモユラに向けて、別の氷雪樹が根を伸ばす。 すかさず浄炎が八尺棍「雷同烈虎」で薙ぎ払うと、別の氷雪樹が氷柱を放とうとしていると気付き、後衛たちに及ばぬようその間に立ち塞がる。 氷柱が放たれる前に、鋼介が大きく踏み込み、刀「虎徹」を全力で叩きつける。木の皮が爆ぜ飛んだが、相変わらずまだまだこちらは元気。だが、勢いに押されて氷柱は全く別方向に飛んだ。 ひとまずほっとする浄炎だが、気は抜かない。 「怪我は大丈夫みたいね。……一人ぐらいならモユラに任せるけど」 「その代わり複数になったら、リーゼロッテさん、お願いするよ!」 他に新手が来るとも限らない。周囲の警戒をしつつ、後方から手裏剣「鶴」で攻撃もするリーゼロッテ。さらに怪我人の様子にも気を配る。なかなか大変だ。 「彼女らに手出しはさせない。防衛は任せろ」 浄炎は後衛を護るように位置取る。 「お願いするよ。じゃ、植物のアヤカシに効くかは分かんないケド……物は試し!」 笑って頷くと、モユラは神経蟲を放つ。 雀蜂型の式はむしろ人を襲いそうな外見で、けれどそちらには当然見向きもせず枯れ木に鋭い針を刺しこんだ。 ● 氷雪樹三体。どうにか倒すと、辺りは崩れた雪で滅茶苦茶だった。 その中を、開拓者たちは雪を掘り返す。 「あった。さっき見えてたのは多分これだ」 光拿が手にしたのは小袋。中身は無く、真新しい柄からして土産か何かか? 血の着いた袋は汚れて破れていた。他にもないかと探したが、他に品らしい物は無い。 被害者の物だろうか。ひとまず、懐に片付ける。 「こんな静かな山奥でもコレじゃあさ、ホント、落ちついて暮らしてらんないよね……」 モユラの吐いた息が白く散る。その息に触れるように白い物がちらりと横切った。 見上げると、いつの間にか雲が低く垂れ込めていた。そこから雪がゆっくりと降り注いでくる。 「雪よ積もれ。汚らわしいもの全て覆い隠すように……ってね」 リーゼロッテが呟く。 その隣では、剣を収めたラグナが大儀そうに息をついた。 (早く冬が終わってくれんと、こんな寒い依頼ばかりでは身が持たん!) 現実的だが、浪漫の欠片も無い感想を口には出さず、けれどどこか態度に振るわせる。 これで終わりならば早く体を温めようと皆を促すリーゼロッテに頷くと、開拓者たちは村に報告に戻る。 雪は静かに、ただ舞い続けていた。 山の木たちも黙してそれを受け止める。時折吹く寒風が揺らす以外、動くことは無かった。 |