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■オープニング本文 樹理穴踊りとは、理穴の伝統芸能。拡大を続ける魔の森を憂い、その瘴気を祓い元の森を再生の祈りを込め舞い踊る。 作法があり、その一つ一つに意味はあるものの、結局若い女性が布地の少ない衣装で踊り狂う様は風紀的にどないやねん、という意見もあって、やがて冷ややかな目で見られだす。 そんな事で神聖な踊りが消えてはならないと、憂いたとある人物が、理穴の首都・奏生の一角に、演舞場・樹理穴を造り、今なお樹理穴踊りは続けられている。 ● 「きゃふー♪ やったわ、北面で大アヤカシをやっつけたわ。これも樹理穴のおかげよーん」 「店長。理穴から援軍が行ったのは事実ですが、うちの活動はあまり関係ないかと思います」 見た目四十代の髭面のおっさん店長が、両手に日の丸羽扇子を振り上げて大喜びしているのを、頭が痛いのをこらえるように経理が見つめる。 しかし、そんな否定の言葉など、浮かれている店長には届かない。 「何言ってるのよ! 祈りの力は何時だって偉大! 心の力無しに体は動かないわ〜」 そして豊かで緑の森を〜、と、樹理穴センス振り上げて、店長が踊り出す。 「しかも、今回は鬼が出たっていうじゃな〜い。となると、ここはトドメの一撃。樹理穴踊りで森の再生を狙いながら、残った鬼に豆撒いて邪気払いよ〜♪」 懐から取り出した豆をばら撒きながら、店長がばらばらと踊り出す……のだが。 「あら、どうしたの? 何か浮かない顔してるわね。はっもしや、赤字!?」 「あ、いえ。予算は組んでますし、節分祭りは別に構わないのですが……」 経理が言い淀む。 「修羅の方はどうします?」 経理に聞かれ、踊っていた店長がぴたりと動きを止める。 「どうするってどういう事?」 「だって、修羅の方々って鬼とそっくりなんですもの。それで鬼は外と角のある者に豆をぶつけるというのはいかがなものでしょう」 実際、長らく修羅は鬼として扱われてきた。それは朝廷の隠蔽工作の結果だが、それをいきなり違うと言われてもなかなか意識は切り替わらない。 角のある人間型といえばアヤカシというのがこれまでの前提。陽州は解放されたが、 「あら。福は内、鬼は内でもいいじゃない」 「鬼ってこの場合、アヤカシですよ。入れてよろしいのですか?」 妙案だと笑う店長だが、ますます経理は首を傾げる。 「修羅は鬼とは違う、というのは彼らの主張ですし、それはそれで納得も出来ます。けれどやはりその……」 「うーん、なるほど。確かに微妙ね」 ようやく納得した、と、店長は頷く。 修羅は鬼ではない。勿論アヤカシでもない。それは当然だ。 しかし、角の生えた人型=鬼という考えもまたぬぐえない。安易に、鬼に豆を撒いてもそれは修羅を追い出しているように見える。 当の修羅たちは、「俺たちは鬼じゃない」と笑い飛ばすかもしれない。だが、見ている観客は? 理穴にも修羅は訪れる。角のある彼らを見て子供たちは、成敗する鬼だ! と勘違いするかもしれない。 「結構面倒な問題ね。頭じゃ分かってるけど、感情が錯覚するから余計に問題だわ」 ちょっとした感情論ではあるのだが、それだけに微妙に尾を引きかねない。 そんな偏見を、伝統ある演舞場・樹理穴から広めてはならない!! そして、開拓者ギルドに依頼が舞い込む。 理穴にある演舞場・樹理穴。そこで催される節分を修羅に誤解されることなく開いて欲しいと……。 |
■参加者一覧
和奏(ia8807)
17歳・男・志
シルフィリア・オーク(ib0350)
32歳・女・騎
山羊座(ib6903)
23歳・男・騎
自由のジョー(ib7658)
24歳・男・ジ
巌 技藝(ib8056)
18歳・女・泰 |
■リプレイ本文 理穴にある、樹理穴踊りの演舞場。 そこでの節分を演出すべく、開拓者たちに相談が持ちかけられた。 「あはは、修羅も鬼も一緒くたかい? 酒天様を探す際には、一角獣やら龍の神威人達が借り出されたそうだけど、彼らとの区別も無いって事なのかねぇ〜」 快活に笑う修羅の巌 技藝(ib8056)に、演舞場関係者はうっと息を詰まらせる。 「そんな調子で他の人も気にしていたけどさ。修羅の人だけじゃなくて角を持つ獣人達の事もあるしね」 「それはそうなのよね……」 シルフィリア・オーク(ib0350)が言い添えると、演舞場の店長が怯む。 修羅は確かに知られて間が無い。けれど神威人は少ないながらも昔からいた。演舞場にも顔を出してくる。 鬼と角を持つ獣人の類似も過去話題にはなったりしたらしい。が、問題視するほど深刻にも捉えられてこなかった。だからこそ、普通に節分が続けられてきた訳だが。 「彼らは、かならずしも角を持つという訳でもありませんから。それに獣人の方々は、どちらかといえば耳と尻尾の印象が強くありましたので」 経理もまた困って首を傾げる。少数なので、なおざりにしてきた感は否めない。 「まぁ、それも含めて人々の意識を変える切っ掛けになるのは良い事なんじゃないかな?」 シルフィリアが艶然と微笑む。 不都合なことなら今からでも改善していけばいい。今更でも、遅かろうとも、やらないよりマシだ。 「けれども……修羅さんと鬼型のアヤカシさん。……『角がある』ところしか似てないような気がするのですけど」 悩む和奏(ia8807)に、店長が手を上げる。 「でも、鬼といえば角、ってもんじゃない。修羅なんているとは思わなかったし、獣人もそういう方は少数派だし。まずそういう輩を見たらアヤカシを疑うのってのがある意味当然ってもんだったものん」 店長、必死で言い訳するが、言うほどに技藝からの目線が何となく冷たい。 「ま、まぁ。その話をもうこれで終わりにする為にも、楽しい節分にお願いします」 ごほごほと珍しく慌てる様子を見せながら、経理が開拓者たちにそれでどうするのかと尋ねる。 ● 演舞場は基本的に夜開演。だが、本日は子供も楽しめるよう、昼の内から会場となった。 客の入りはそれなり、と言うべきか。中央部で華麗に踊る女性陣を筆頭に、激しく曲を掻き鳴らす奏者やそんな彼らを見ながら談笑を楽しむ観客たち、とそこらで盛り上がっている。 「今まで色々な踊りを見てきたけど、こんな踊りは初めて見たぜ!!」 派手な露出は負けてもいない。ピンクのアフロに色付き眼鏡で上半身を露出させてる自由のジョー(ib7658)が踊る女性に熱意の眼差しを向ける。 中央に作られた演舞台には布地の少ない衣装を着た女性たちが、羽根扇を持った腕を振り上げ揺れ踊る。その中には、技藝やシルフィリアもいる。 「あまり端っこに行くと、馬鹿な男が覗こうとするから気をつけて」 何度か足を運んでいるシルフィリアの踊りは慣れたもの。森の妖精のような緑の樹理穴衣装に身を包み、巧みに扇子を振り上げる。 ジョーのように踊りに関心を寄せる客も多いが、中には露出の多いままに踊る女性に下心を見せる者もいる。周囲にいる楽師たちが邪魔で近寄れはしないが、わざわざ喜ばせる必要も無い。 「なかなか難しいもんだねぇ。……舞自体は造作も無いんだけどな」 シルフィリアに習いながら、技藝もその健康的な小麦色の体を揺らして、踊りを楽しむ。 メリハリのある体に、ポニーテールの長い髪を揺らせば、それだけでも目を惹く。修羅の角に気付き、中には露骨に指して来る者もいた。 だが、技藝は気にしない。むしろ、目立つこの場でシルフィリアたち人間と一緒に立つ事で、自分たちは同じなのだと舞い踊りながら訴え続ける。 「軽食に、恵方巻きもいかがですか。甘酒もありますよ」 「ええ、そうね。いただこうかしら?」 観覧席では和奏が給仕の手伝いをしていた。 節分雰囲気を盛り上げるべく、普段の御品書きに加えて恵方巻きと豆を用意。甘酒も、体調に気をつけて急に運動せぬよう一言注意を入れる。 会場には柊とイワシが飾られ、準備は整う。 そして、肝心の鬼はといえば。 「ねーねー、それなぁに?」 「触るな」 会場の隅で、大きな布に包まれた何かを見つけ、子供たちが興味深そうに寄ってくる。中には側にいる山羊座(ib6903)に尋ねてくる子もいるが、答える方は素っ気無い。 冷徹そうな風貌で睨みを効かせると、中には泣き出す子もいる。 「もう少し愛想良く」 と、演舞場側から注意を受けるが、向こうにしても子供たちに迂闊に触られて壊されたくも無い。ま、程ほどに、と付け加えて、泣いてる子とその保護者へのフォローに回る。 「そろそろ時間だし、準備しておいてね〜」 その中でも、相変わらずの明るい調子で、店長が声をかけてきた。 そちらにも無言で頷き、山羊座はその小山のような物体を見上げる。 ● 「ご来場の皆様〜。本日はようそこお越し下さいました。これより招福を願い豆撒きを行いますので、皆様是非是非ご参加くださ〜い」 曲が止まると、高台の前で店長が声を張り上げる。演舞場の店員たちが裏から出てくると、奏者から観客を離し、スペースを作る。 準備が完了した時点で、再び演奏が始まった。 すると、山羊座は隠していた布を剥ぎ、その正体を露わにした。 そこにあるのは、巨大な鬼の張りぼて。演舞場の大きさに合わせて若干小型化せざるを得なかったが、その外見は理穴東部で暴れそして開拓者が初めて勝利した大アヤカシ、あの炎羅に相違なかった。 「うーん、良く出来ているぜ」 観客たちはその大きさ、異形さに大きく声を上げていた。手伝ったジョーとしても、満足のいく仕上がりで鼻が高い。 張りぼてを引くのは、山羊座と数名の従業員。竹と紙で作られた作品だが大きさがあれば重さもそれなりになる。台車に乗せ、ゆっくりと客席に出来た通路を練り歩き出す。 炎羅、と言われても一般人で直視した者などどれだけいるか。読売などの記載も誇張して語られるもので、観客にはそうと気付かないのもいるが……。 「ほほほ。そうよねー。憎きこやつを倒さないでどうするかって事よねー。その上で、森の再生を願う樹理穴踊り。完璧じゃな〜い」 去年までの着ぐるみは廃止となり、それはそれで勿体無いと不平をもらすも、豆をぶつける対象が炎羅と聞いて、店長ご満悦である。 緑茂の戦い以降、理穴東部にも生活は戻っている。けれど、過去のものと切り捨てるにはまだ早い。森の再生を掲げる樹理穴踊りにとっては、うってつけともいえる。 修羅たちが角の有無を責められても、あの張りぼて炎羅のような禍々しい奴こそ鬼だと広めれば、誤解を解くのも容易くなる筈。 さらに、張りぼて炎羅には『差別する心』『邪な思い』『悪しき行い』など大仰に書き込まれている。 「豆撒きでいう鬼はさ、人の持つ悪しき想いや差別する心……そう言った負のモノを言い換えただけのもんなんだよ」 シルフィリアは高台から張りぼてを見つめる。 時に人の所業も鬼に通じる。目に見えぬものにも鬼の業はあり、それを祓うのもまた節分の意味だと、果たして観客たちやあのお気楽店長がそこまで気付いてくれるか。 「それでは皆さん、ご一緒に〜。福は内〜、福は内〜」 ゆっくりと練り歩く張りぼてに、店長が掛け声かけると、途端に周囲から豆が飛び交う。 高台の上からは踊り子たちも豆を撒く。 「穢れを打払いて、招福を願わん」 技藝も声を交えて、盛大に参加。共にアヤカシたる鬼を祓わんと豆をぶつける。 『鬼は外』はあえて使わず。福を招こうとする意志のみをこの場に広める。 (以外にきついな) 黙々と張りぼてを運ぶ山羊座ではあるが、内心軽い悲鳴を上げる。四方八方、会場中から張りぼてに向けて豆をぶつけられる。会場の広さや祭りの雰囲気も相まってかなり容赦無い。 張りぼてだけに当たるならいいが、外れる豆も当然出る。張りぼてに当たっても、跳ね返って落ちてくる。そういうのがばらばらと引っ切り無しに降り注いでくる。豆は軽くて小さいが、地味に痛い。 「福は内〜。おぉいそこ、あまり近付くと危ないぜ!」 ジョーもまた観客席から周囲と一緒になって参加している。しながら、張りぼてがキチンと動くように連携を取る。 物が大きいと、なかなか動きも取れない。群がる客などの思わぬ邪魔が進路を妨害しないようにも注意しておく。 「……。やはり似てませんよね?」 豆撒きに興奮する場内とは反し、和奏は普段の調子で落ちた豆を掃除しながら、張りぼてを目にする。 大きさもだが、禍々しい形相に燃える逞しい筋肉など、幾ら修羅や獣人であってもおよそそういう輩はいない。 ただ、アヤカシ側で人にも似た奴もいない訳ではない。人に化けたり憑依したりと油断無い。 いい迷惑だと思うが、今はそこまで考えなくてもいいだろう。客が転ばぬよう和奏は箒で床の豆を表に掃き出す。 ● 一度回ったきりでは、長い営業時間の意味が無い。 「もう何回か使いたいから、修理よろしく〜」 豆をぶつけられた張りぼて炎羅は、所々紙が剥がれ、破れた箇所から中の竹組みが見えたりと破損も目にする。だが、すぐにお役ゴメンと行かず、裏に回すと気軽に店長は修復を依頼してくる。 「人使いの荒い店長だな」 軽い足取りで演舞場内に戻る店長を、ジョーは大きな頭を振って見送る。 作るのも大変だったが、それを直すのもまた大変だ。 山羊座はやはり何も言わず。さっさと足場を組むと、紙とふやかした糊を用意して穴を埋め出す。その態度にジョーは肩を軽く竦めると、塗料の入った桶を抱えて軽い調子で足場を登る。 そうして、修復と豆まきを繰り返し。最後には何だか最初の炎羅とはまた違う外見になっていたが、無事豆まきは盛況の内に幕を閉じる。 役目を終えた張りぼては、近くの広間に運び出すとそこで焼却する事になった。 消火用の水も山羊座が用意。焼かれて灰になり、立ち昇る煙を一同感慨深げに見届ける。 「ごくろうさま〜ん。これ、お土産ね♪」 夜通しの運営も何のその。むしろ興奮冷めやらぬ風に、店長は開拓者たちに近付き、羽根扇を手渡す。 「男なのにいいのか?」 「というか、もう持ってるんだけどね」 ジョーが樹理穴扇子を掲げ真似して踊ると、シルフィリアが軽く手ほどきしてみせる。 「いいのよ! これを機に世の女性たちに樹理穴踊りを広める為にも小道具は必要でしょ」 下心満々の店長に、開拓者たちは顔を見合わせる。 豆を撒いても、心の邪念はなかなか消えない。 けれども、いつかは薄れていく。修羅が歴史の呪縛から放たれたように……。 |