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■オープニング本文 暦の上では、春も見えた。暖かくなる日も増え、日差しもほんのり強さを持ち出した。 けれど、吹く風はいまだ冷たく。山の上には厚い氷が陽の光を跳ね返す。 「寒いもふー」 「だったらも少し早く動いてくれよ。このままじゃ日が暮れて雪原に野宿だぞー」 吐く息も白いまま、もふらとその主人は荷車を曳く。 もふらにまたがり、もふもふの毛に埋まるように進めば寒さも凌げるが、かといって夜の冷え込みに耐えられるほどでもない。 今日中にせめて民家にたどり着けねばならないというのに、生来怠け者のもふら。寒い寒いとめんどくさそげに歩みも遅くしてしまうから困り者だ。 食べ物で釣ったり、玩具でつったりするも、ふらりふらりといつもの調子で雪を踏みしめ、道無き道を進んでいたが。 「痛いもふ!」 急に足を上げて、もふらが泣いた。 見れば、足の毛が切れて怪我をしている。雪の中に何か刃物でも落ちていたのかと、主人は真っ白な地面に目を凝らす。 それはある意味正しく、そして間違っていた。雪の中にいたのは、単なる刃物では無かった。 「おや」 わずかに雪が盛り上がると、そこから生き物が顔を出した。真っ白い鼬に似ている。しかし、そいつは単なる動物でも、ケモノでもなかった。 にたり、と白鼬の顔が笑った気がした。途端、鋭い風が吹き、主人の衣を肌ごと割いた。 鼬は一匹ではなかった。彼らはそれぞれ雪に潜り、雪原をかけながら囲い込み、風を放ってくる。――アヤカシだった。 「ひいい、助けてもふー」 じわじわと切り刻まれている内に、繋いでいた荷車の紐が切れた。これ幸いと、もふらは慌てて逃げ出す。 「あ、こら、荷物が!!」 「そんなものより痛いのは嫌もふー!」 跨ってる主人が慌てて告げるも、もふらの足は止まらない。 先の怠けっぷりはどこへやら。素晴らしい脚力で、もふらはその場を後にしていた。 「まぁ、そのお陰で命拾いしたのだから、もふ公には感謝だがな」 駆けて駆けて。 近くの村に逃げ込み、そこで改めて状況を確認した後で主人は開拓者ギルドへと足を運んでいた。 勿論今となっては、もふらの方が正しいと分かる。しかし、とっさの折には欲も捨てきれないものだと、困ったように主人は笑った。 「とはいえ、置いてきた荷物には冬の蓄えも入っているから、このままじゃ困る。何より、あいつらを放っておいてはまたいつ被害が出るか分からない」 なので、荷物の回収及び、白鼬アヤカシの討伐を主人は頼んできた。 聞いていたギルドの係員は承諾すると、開拓者たちを呼び寄せる。 「おそらく雪鎌鼬だろう。ようは雪原に出現する鎌鼬、という訳だ」 動き素早く、風を放って攻撃してくる。そこら辺はよくいる鎌鼬と変わりは無い。 「面倒なのは、体毛が白いので雪と見分けにく、さらに雪の下に穴を掘って移動し、足元を攻撃してくる。大抵は群れで活動するらしいが……」 「そうだなぁ。ざっと見ただけだが、十体ぐらいじゃなかったかな?」 係員に促され、首を傾げながら依頼人となった主人は答えてくれる。 何せいきなり襲われて逃げるのに必死。一般人では正確な数など掴みようが無い。だが、伏兵はそう多くもないだろう。 「あまり日を置いては足跡を追って移動するかもしれない。急ぎ現場に赴き、速やかにアヤカシを討伐してくれ」 雪に紛れて動き回る相手。注意は十分必要だ。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
来須(ib8912)
14歳・男・弓 |
■リプレイ本文 雪原を移動中、アヤカシに襲われる。もふらの機転……というか、びびりで事無きを得たが、大事な荷物は雪の中。それにアヤカシ自体も放置されている。放ってはおいてはいずれ被害が出る。 「冬の蓄えまで置いてきたんじゃあ、諦めろなんて言えないか」 厚い雪を踏みしめ、滝月 玲(ia1409)は埋もれた道を進む。そのままでは足も埋まる為、かんじきを装備。それでも動きにくさは否めない。 雪原に赴くと合って、各々防寒はしっかりしている。が、それで春のようだとまでは行かず。寒いものは寒い。 降り積もった雪は、少しかいた位だと地面を見せてくれず。迷惑な事に、その雪の中をアヤカシは掘り進んで移動するのだという。 「鎌鼬の亜種? 雪鎌鼬ですか。とは言っても色くらいしか違いが無さそうですけど」 白い息を吐きながら、小首を傾げる朝比奈 空(ia0086)に、ニクス(ib0444)は静かに首を横に振る。 「ただの鎌鼬なら雪には潜らないだろう。……面倒な手合いだ」 「所変わればアヤカシの形態も変わるものですね。このような山にまでアヤカシが生じていると思えば笑えないのですが……」 告げながら、ふとジークリンデ(ib0258)はニクスたちを見る。 彼の側ではユリア・ヴァル(ia9996)が連れ添うように歩きながら、悪態をついている。ラブラブと見えなくも無いが、風除けにしたり、暖の代わりにしたりと微妙に扱いが悪い。それを特に不満も無く受け入れているニクス。……結局はお似合いなのかもしれない。 その熱で周囲の雪が溶けるでもなく。ジークリンデはもふら半纏をしっかりとかき合せ、自身を温める。 「本当寒いわよね。こんな所に出なくてもいいのに」 ニクスで暖を取るユリアだが、それで十分でもない。寒いのは嫌いっ、と嫌そうに雪を踏みしめる。もっと情報が無いかを探ってみた所、気鬱な話に当たったのもさらに拍車をかける。 「アヤカシが出てるとあれば、他に被害者がいるかと思ったけどそんな話はなかったわ。だから依頼人たちもこの道を行こうなんて考えたのね。ただ、冬だもの。あまり移動が無いのと好き好んでこんな雪の深い所を行き来しようという人はいないわよね。それを押して移動した人が帰ってこなかったり到着が遅れていても、雪が原因と考えるのは割と容易だわ」 「仮に捜索しても、遺体が無かったり襲撃跡が雪で隠れていれば何が起きたかなんて分かりようが無い。春になるまでという訳か」 ユリアの報告をニクスが拾う。真実はまさに雪の中だ。 「勿論、彼らがここ最近になって現れただけという考えも出来ますものね。……兎に角、対処療法ではありますが、アヤカシを滅して依頼を成し遂げるとしましょうか」 吐き息も寒く。身を震わせながらもジークリンデたちは歩みを止めない。 ● 依頼人から聞いた通りの道を行くと、一面の銀の原っぱは実に見通しがいい。 遭遇場所は聞いていたが、雪原に転がる荷車は遠くからもよく目立った。道にぽつんと、何かの罠のように置き去りにされている。 「荷物も気になるが、近付きすぎては戦闘に巻き込む。ここらで体勢を整えるとするか」 荷車の回収も頼まれている。冬の蓄えもあるとなれば、戦闘でうっかり損失しては後々依頼人やもふらが食うに困る。 かといって、離れすぎては雪鎌鼬が察知してくれそうに無い。程ほどの距離を計ると、羅喉丸(ia0347)は持ってきた雪かき用のシャベルを下ろす。 戦闘にあって面倒なのは雪に隠れる事だ。ならば、先に失くしてしまえばいい。 「雪道……ラッセルするのに体力持ってかれそうですね」 和奏(ia8807)は、シャベルを手にし、深々と差し込む。下の方は陽に溶け固まりを繰り返し、氷に近い。さて、そこも雪鎌鼬はくりぬいてくるのかと悩むが、アヤカシ相手であれば甘い考えは捨てるに限る。 掘りぬいて地面に届くまで、ざっと一尺半。これを邪魔にならぬ程度に掘り進めようとすれば、大変な作業である。 「なるほど……これは見づらいな」 ニクスがその厚みを改めて見る。小さくは無い雪鎌鼬だが隠れるには十分だ。 「ったく、積もりやがって。この下から、か……」 来須(ib8912)が軽く蹴ってみるも、表層の雪が乱れただけ。ジルベリアの極寒に比べればたわいないとは言え、面倒は変わりない。 「そういえば、かいた雪をどこにやるか」 タワーシールド「アイスロック」で雪をかいていた羅喉丸がはたと気付く。下手に積めば雪山で視界を遮り、雪鎌鼬の通り道になりかねない。 「ある程度纏めたら、ララド=メ・デリタで消去してみましょう。とはいえ、あまりに乱発すると対戦前に練力が足りなくなりそうですけど」 積まれた雪山を見たジークリンデは、周囲を見渡す。それら全てを消す事態になれば、さすがにどうなるか。 「んー……。とりあえず、白いな。白い」 来須も突き出た岩に登り、視覚で接近に警戒する。しかし、見渡す限りただただ白い雪原が広がっている。狐も兎も見当たらない。 「まだ反応は無いとは言え、その分いつ来るかが問題よね」 力仕事は男の役割、と働く男たちを眺めるユリアだが、瘴索結界で瘴気の動きが無いかの確認はしっかりしている。荷車と距離があるからか、それとも向こうも移動したか。だが、いずれ気付くだろう。それまでに準備が整えばいいが。 「とりあえず、その周辺にフロストマインを設置してみましょうか」 少し悩んで空は罠を仕掛ける。便利でいいが、雪原では目印も無く味方もうっかり踏み込みかねない。設置した場所には用意した旗を目印としておく事も忘れない。 「では、私は荷物の方面に仕掛けましょう。距離があるとはいえ、あちらに逃げ込まれて戦火拡大となっては困りますものね」 ジークリンデは荷車の距離を見た後、そちら側に幾つかやはりフロストマインを置く。 準備を進めている間も、警戒は続けていた。 岩の上では来須はしっかりと監視を続けている。視覚的には何の変化も無く。 しかし、玲がはっと顔を上げた。超越聴覚で微細な音も拾い上げる。 「何か来る! 雪の下からか」 ほぼ同時に、ユリアが顔色を変える。 「全方位から分散して八……いいえ、九!」 「気をつけろ。数が多い上に、バラバラで狙ってきている」 直にニクスが心眼を使う。効果は一瞬。それで隠れた敵の位置を把握した途端に、一匹が彼の目前に雪の下から飛び出てきた。 黒鳥剣を繰り出す。白い獣を鞘から奔る炎を纏った黒い刀身が貫くが、致命傷には至らず。どっと雪に落ちるや、すぐに雪の下へと逃げ込んでしまった。 雪を退け、凍り付いている大地の空間へと開拓者たちは身を寄せる。しかし、やはり除雪には時間が足らず、雪鎌鼬が隠れる場所は割りと残っている。 「和奏さん、左前方! 羅喉丸さんは後ろやや右から!」 その中から、僅かな音を聞きつけて玲が指示を出す。 雪鎌鼬が姿を見せる。除雪した土の上もまさしく風のように走ると、鎌のような尾ですれ違い様に斬りつけてくる。亜種であろうともさすが鎌鼬。その動きはまさしくつむじ風のように早い。 だが、和奏も素早く刀「鬼神丸」を鞘奔らせる。攻撃を受けるのは痛いが、その距離はまたこちらも好機。紙一重の距離を的確に刃は捉えていた。 羅喉丸は八極門で湯気を吹き上げている。その後方で、支援体勢を整えている開拓者たちを庇ってる位置取り。回避してはそちらを攻撃されかねない。熱くなる羅喉丸とは対象的に除雪ですっかり冷たくなった巨大な盾を掲げるも、しかし、身軽に雪鎌鼬は蹴りつけ宙に上がる。 鋭い呼気と共に、さらに鋭い牙がその口から見えた。 「甘いな」 防御が弱いその部分。泰拳袍「玄武礁」で固めた拳が牙すら砕き、雪鎌鼬を貫く。 「こちらを狙ってくるならそれはそれで構わないわ」 ユリアが神槍「グングニル」を構えて、迎撃体勢を整える。瘴索結界で位置は把握し、アクセラレートで俊敏も上げている。ある程度先手を読んで対処はできる。 岩の上から来須が雪鎌鼬を狙う。雪の深さが足りないからか、あまり雪鎌鼬も寄ってこない。そこからソルジャークロスボウを装填、発射。しっかりと狙い定め、弦が切れる限界まで絞り雪鎌鼬を射抜こうとするが、まだまだするりと雪鎌鼬が逃げる事も多い。 「指令塔のような個体はいるのか?」 矢を装填し直し、放ち。手を休めないまま来須は問いかける。 雪原には雪鎌鼬討伐以外にも幾本かの矢が目印として打ち込まれていく。 「いるわね。他と同じように動き回っているけど……あの矢を回り、右手に移動している」 ユリアがグングニルで指し示す。その彼女に襲い掛かろうとする雪鎌鼬をニクスがトリビュートで防ぐ。 頷くと、槍の示す先に来須が矢を打ち込んでいく。当てずっぽうの勘も強いが、それでも進行上矢衾は厄介だったのだろう。一体の鎌鼬が飛び出てくる。 「縛り上げて」 空がアイヴィーバインドを仕掛ける。魔法の蔦に捕らわれ、雪鎌鼬の動きが鈍った。だが、止まった訳ではない。再び雪に潜られる前に、炎魂縛武を纏った漆黒の刃を突き立てる。さらにトドメとばかりに来須からの矢が幾本も届き、アヤカシは雪のように瘴気に還っていく。 一瞬、残る雪鎌鼬たちの動きが止まった。やはりあれが司令塔か。 戸惑いにも似た仕草をする間にも、さらに何体かが屠られる。 ちっと小さく鳴くと、雪にまた隠れる。しかし、逃げる様子は無い。先よりかはバラバラな動きになりながらも、獲物を獲ようと執拗にかかってくる。 「右後方……じゃなくて、迂回して前に回ったわ。まったく面倒ね。指図している間にも位置は変わるのだから」 ユリアがしかめっ面でぼやく。 隠れても、聴覚で視覚で、そして瘴気と捕らえる結界で位置は把握できる。だが、素早い雪鎌鼬にあっては指示のタイミングも難しい。間に合わないのも困るが、早すぎると相手がこちらの気配を察して距離を置こうとする。 「ばらばらに動かれるより、奴らが纏まってくれれば対処がしやすい訳だ」 玲が咆哮を上げた。雄叫びにつられたアヤカシたちが、一斉に注目し出す。 すかさず瞬脚で移動する。一足飛びに逃げた玲を雪鎌鼬は追う。そして玲はまた逃げる。そうやってひきつけながら追いかけっこを繰り返すと、自然、玲の後に雪鎌鼬が纏まり出す。 途中で、何体かがフロストマインに引っ掛かった。雪上で活動する雪鎌鼬でもこの吹雪は堪えた様子。雪を跳ね飛ばして転がれば、即座に開拓者からの攻撃が集中した。 「雪を巻き上げられませんかね」 視界を遮らぬよう注意して、和奏が瞬風波を放つ。渦巻く風が一直線に雪を削り、場にいた雪鎌鼬数体も斬りつける。 「雪崩の心配はありませんわね。では、少し派手に参りましょう」 「……全てを塵に」 ジークリンデはアークブラストを放つ。雪が鋭い光を反射するや、回避使用の無い電撃が次々と雪鎌鼬を襲っていく。 空はララド=メ・デリタを仕掛けると、触れた雪鎌鼬が悲鳴すら飲まれて灰となった。 ● 「大丈夫か?」 「勿論。周囲にも異常は無いようだから、雪鎌鼬はあれで全部のようね」 見える範囲に敵が無いのを確認し、ニクスはユリアに声をかける。ぶっきらぼうで分かりづらいが、心配そうに気遣う心が見えている。 寒いとぼやくユリアに上着をかけると、荷物の回収に向かう。 周囲はよく見れば、争った後がまだ残っていた。新しい足跡が無い辺り、それからここを通った者は無いようだ。 「荷物も……大丈夫ですね。全てあります」 依頼人から聞いた荷物の中身を頼りに、和奏は見つけた荷物を点検する。冬の蓄えもあるという話だが、それらが荒らされた形跡も無い。アヤカシが好むのは、あくまで生きた人間のみ、か。 そのアヤカシを恐れたか、他の獣やケモノが近付いてこなかったのは幸いと言っていいのか。 「荷物も命も助かってよかったが、とんだ災難だったな」 荷車の壊れた箇所が無いかを確かめ、羅喉丸が呟く。 白く覆い尽くす雪の下には、何が隠れているのか分からない。 「ひとまず今回はこれを回収して、終いとしよう」 玲が笑って荷車を曳く。 ギルドでは依頼人やもふらが吉報を待ちわびているに違いない。 |