【浪志】事件の爪痕
マスター名：からた狐
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| ■オープニング本文 今から十五年ほど昔。 天儀を揺るがした、とある事件がある。 ● 「けっ、渋ちんが！ てめぇにはもう頼まねぇよ！」 「それはこっちの台詞だ、おとといきやがれ！！」 神楽の都全部に響き渡るような怒声を上げ、二十歳程の男が店から飛び出てきた。その後から出てきた店の主人は不機嫌な顔で塩をまく。 剣呑振りは人目を惹き、通りかかった真坂カヨもその光景を目の当たりにした。 浪志組として見捨てて置けず。原因を店主に伺おうとしたが……、はっと思い出すと慌てて店から離れる男を追った。 幸い、男はすぐに捕まった。よろしからぬ雰囲気に、周囲も避けるように道を開けている。そこにカヨは追いつくと、その手を取る。 「何だババァ、離しやがれ」 「人違いなら申し訳ありません。もしや坂野井の坊ちゃんではありませんか？」 男は息を飲んだ。その表情を肯定と見て、カヨは胸を撫で下ろす。 「新条の家に仕えておりました真坂カヨです。覚えていらっしゃいませんか？」 あっと男が表情を変えた。粗野な雰囲気が消え、懐かしい何かを思い出す目がカヨを見つめていた。 ● それから数日後。カヨは開拓者ギルドに姿を見せた。 「修一さまの父君が、私が昔仕えていた家に出入りしていた坊ちゃんと仲が良く。お二人が話してる間、私がまだ小さい修一さまを面倒見ておりましたの」 懐かしい笑みを浮かべてるカヨだが、その言葉にギルドの係員は小さな疑問を抱く。 「お前さんの立ち居振る舞いからして、その仕えていた家というのはそれなりの名家と思う。そこにそんなごろつきのような輩が出入りしていたのか？」 放蕩息子が粗野な連中と付き合う事例もあるが、それをカヨが歓迎するようにも見えない。 「何かあったのか？ その坂野井修一という奴に」 さりげなく、嘘は許さぬ厳しさで問い詰める。 カヨが静かに目を伏せた。 「私がお仕えした新条の家は遭都で朝廷にお勤めしておりました。坂野井さまも同様の家柄でした」 「それが何でまた」 「……桜紋事件ですわ」 囁くように告げた言葉は、けれどはっきりと係員の耳に届いた。 係員の顔色が変わった。一方でカヨは、それで覚悟を決めたとばかりに顔を上げ胸を張る。 「新条家はかの事件に関わったとして処罰を受けました。私は主家を失い、以降は世を離れ田舎で暮らしておりました。知る機会が無かったのですが、坂野井さまの家も同罪となっていたようです」 なるたけ表情を崩さず、係員は頷いた。しかし、その胸中は隠したところで見抜かれる。 それを気にせず、淡々とカヨは話を続ける。 「修一さまは当時五つ。命だけは助けられましたが、家を失い……その後あまりいい境遇に恵まれなかったようです」 懐からカヨはかんざしを取り出す。 「それは？」 「修一さまが店に売ろうとした品です。修一さまの態度と法外な言い値に店主は怒ったのが騒ぎの発端でした。なので、私が買い取らせてもらいました」 修一も懐かしい知人に強く出れず、カヨの提示した値でどうにか譲ってくれた。 実の所、カヨにはその品に見覚えがあった。だからこそ、手に入れたかった。 「先日、近くの村で盗まれた品物です。確認もとりましたので、間違いありません」 数人の覆面をした盗賊が押し込み、家人は縛られ命は無事だったが、貴重品を多数盗まれ、その一点が娘の持つ簪だった。 つまり、修一は盗品に関わる位置にいるという事だ。 さらに調べれば、都近郊の廃村に修一が出入りしていた。しかし、ここの所修一は姿を見せず、代わりにごろつきたちが修一の行方を追っているという。 「少しお話いたしましたが、あの方は今の境遇を楠木さまのせいだとこぼしておりました。……確かにそうかもしれませんが、それを理由に現状を肯定して欲しくはありません」 過去を理由に、現状から目を背けてしまっている。 推測だが、そのごろつきたちは村に押し入った盗賊の可能性が高い。そこに修一もどう関わっていたのか。とにかく盗品を手にした修一はそれを金に変えようとしている。察したごろつきたちが捜している。見つかれば当然ただですまないが、その前に都を逃げる腹だろう。 カヨとしてはどうにか捕まえ更生を促したい。しかし、悪党から物を盗みさらに追われてるとあってか、つけていた見張りに気付いて、修一は逃走。現在行方が知れない。 「厄介な事態になる前に、修一さまを見つけ足を洗うよう説得していただけませんか？」 私情が絡むのも事実だが、放っても置けない。何より窃盗に関わるならば、話を聞く必要はある。 ●桜紋事件 「ところで何だ？ 桜紋事件って」 「おわっ！ お前どこにいた。いつから聞いてた？」 「いいから教えろ」 カヨが去り、開拓者を集めようとした矢先、ギルドの隅からひょっこり顔を出してきたのは酒天童子。 驚く係員に、酒天は構わず催促。仕方ないと係員は説明する。 「今から十五年ほど前の事件だ。当時天儀にいた者なら覚えはあるだろうし、開拓者ならなおさらだ」 それぐらい、騒ぎになった事件だった。 「まだ先代英帝さまの御世の事。朝廷に忠誠を誓っていた楠木義成が、突然御政道を正すと謀叛を起こしたのだ。幸い、当時現役であられた大伴さまが軍や開拓者を動かしてすぐに鎮圧したがな」 話せば簡単でも、実際はどれだけ振り回されたか。朝廷に刃向かう彼らを押さえつけるには、こちらも相応の覚悟が必要だった。 さらにその最中、武帝の弟君が病で亡くなったと分かり、世はますます騒然となった。 当時を思い出したか、係員は遠い目のまま嫌そうに顔を顰めている。 「骨のある奴もいたんだなー。で、そいつ、どうなったんだ？」 陽気に笑って目を輝かせる酒天に、そういえばこいつも同類だったと改めて係員は思い知る。 「首謀者の楠木は捕縛前に自刃。その為、何が不満だったか分からずじまい。従っていた家臣や一党などは捕縛され処刑。お家も断絶になった」 その中に、カヨの仕えていた新条家や坂野井家も含まれていた訳だ。どんな理由があったにしろ咎人に対して世間はいつも厳しい。 「なんだ、つまんね」 「おーまーえーなー」 謀反という立場は、時間は違え酒天も変わらない。 今よりもっと朝廷が力を持っていた時代に刃向かった当事者にとっては、確かにつまらない話かもしれないが……。 「世は武帝さまの御世に代わり、英帝さまは崩御され。大伴さまも中央から遠ざかれてギルドの管理役をなされている。時は移るという事か」 しみじみと感慨深く係員は告げるも、酒天はすでに聞いていない。 「しかし朝廷に謀叛か。……理解していたのか？ それとも他に何か」 考え込みながら、最早ここに用は無いと酒天は足を外に向ける。 「依頼は受けないのか？」 「いらん。そんな不満でいじけてる奴相手にする程、暇じゃねぇよ」 興味も何も無く、ふらりと酒天はギルドを後にした。 |
■参加者一覧
柚乃（ia0638）17歳・女・巫 
山羊座（ib6903）23歳・男・騎 
魚座（ib7012）22歳・男・魔 
ルカ・ジョルジェット（ib8687）23歳・男・砲 |
| ■リプレイ本文 真坂カヨからの願い。過去の知り合いが少々きな臭い犯罪絡んでいるので探して欲しい、という願いは分かるが、手がかりはほとんど無く。 集まったのは三名で、その人数で神楽の都を全て捜索するのはかなりきつい。浪志組も動いているようだが、彼らもこれだけに感ける訳には行かないだろう。 という訳で。 「この際、興味の有無は置いておいて。人手が足りないの」 「やだね。そんな奴に関わっても碌なもんじゃない」 柚乃（ia0638）は居酒屋を巡って、酒天童子を見つけてお願いしてみる。事情はすでに把握している彼だが、それ故にどうにも腰が重い。 「そう……残念。じゃあコレは他の人にあげようかな」 何気ない風を装い、巨勢王からの酒を抱えて見せる。さすがに興味を示した酒天だが、 「……。どうぞ。そうそう釣られると思うなよ」 何かを考えると、ふっと目を逸らして酒屋の酒を呑みだす。 よっぽど気が向かないらしい。珍しく考え込んでる風でもあり、さすがに無理強いも出来ないと、柚乃は肩を落として退散を決める。 「そういえば。どうして酒天は謀反を起こそうとしたの？」 去り際に、思い出して何気なく問うてみた。 「別に。朝廷の奴らが気に入らなかったから」 酒を飲みながら、素っ気無く酒天は告げる。酒天らしいといえば酒天らしい返答。詳しく話したければ、その内話してはくれるだろう。 一方で、探し人坂野井修一の人生を狂わせるきっかけとなった桜紋事件。朝廷への謀叛を起こした楠木義成は一体何を考え謀叛を起こしたのか。死人に口無し。自刃した彼に事情を尋ねる術はもう無い。 柚乃が生まれる前の出来事だ。詳細を知りたいと思うのも当然。 他に関係者が残っていないか。話を聞けそうな人をカヨにも尋ねてみたが、あいにくすぐに田舎に引きこもってしまった彼女は心当たりも無いと言う。 「大逆に加担したとして……恐らくは誰も残っていないでしょう」 唇を噛み締めながら、妙に強い目線でカヨは彼方を見つめていた。 どこともない風情だが、その先に遭都があるのを柚乃は思い出す。何を考えていたのか、それはカヨの胸の内にしかない。 ● 魚座（ib7012）はごろつきから調べてみるとする。 別件で、犯罪者の溜まり場に出入りしている。賭博場や酒場、その付近に集まるごろつきたちで事情を知ってそうなのを見繕い、声をかける。 「ねー♪ 一寸聞きたいコトがあるンだけどねっ。坂野井修一って男を探している奴らを知らない？」 「ああっ？ 何だてめぇは」 明るく社交的な態度はごろつきたちにも効果はあるのか。胡散臭そうにされながらも、手を出すまでもないと判断され、とりあえず話を聞く姿勢にはなる。……あるいは袖の下でちらつかせる銭のおかげか。 酒で口が軽そうになってる奴らや、賭場で負けて頭に来てるような手合いを探して、声をかける。 山羊座（ib6903）が用意してもらった修一の人相書きを見せるも、そこいらにいるごろつきたちは首を傾げるばかり。 ではさらに情報を知っていそうな相手をと訪ね歩き、ようやくそれらしき情報を得る。 「外でちょろちょろしてた奴らじゃねぇか？ 最近都に入り込んで縄張り関係無しに追いかけっこしてやがって目障りだと思ってた所だ」 「どういう氏素性で性格とか腕っぷしとか分かるかな。捜している訳とか」 「噂じゃやばい事やらかしてこっちに逃げてきたって話だが、知らねぇや。興味もねぇ。まぁ、ろくでもねぇ奴らだろうさ」 ごろつきがごろつきを鼻で笑う。相当面白くないようだ。 「そいつを追ってる奴ならさっき見たぜ。もっとも追ってるのは小娘だったがな」 横合いから覗き込んできた遊び人が、口を挟んで来た。 「坂野井に対する目撃報告は無いな。かなり周到に隠れているのか」 山羊座は作成した人相書きを貴金属を買い取りそうな店や浪志組の見回り衆等にも渡す。渡した上で、大店の信用できる店はあえて見張らず頼み込んでいた。全部を見回ればかなりの人手になってしまう。顔を見せたら、奉公人に知らせに来てもらうよう手配していた。 その上で、胡散臭い店にはカヨをはじめてとして見張りについてもらっている。だが、そのどこからも連絡はまだ無い。 お礼の言葉と銭を渡すと、まずはそのごろつきを見たという場所に魚座は山羊座と共に向かった。 ● 柚乃はカヨが修一と出会った場所から捜索開始。目撃証言を聞き込んで回る。騒ぎを覚えていても、その後の事は知らぬという意見が多く。柚乃もまた証言を追って、あちこち移動していたが、 「どうしたんだい、嬢ちゃん。ああ、その男を捜しているのか。そいつなら、今そこの角を曲がったところさ」 「ありがとうございます」 声をかけてきた男が、近くの小道を指差す。路地裏に通じる薄暗い細い小道で、人気は無い。 柚乃はその道を見て少し考え込んだ後で礼を述べた。 角を曲がると、道幅は細く、所々木材などが積んであり見通しも悪かった。当然歩く人影も見えない。 その道を柚乃は素知らぬ顔で歩いていく。それ程歩かない内に、前方の角から男が現れる。後ろを振り返ればそちらにもごろつきらしき男が道を塞いでいた。 その更に向こうでは、先程声をかけてきた男がなにやら銭を受け取って大通りに戻っていくのが見えた。要するに、誘い込まれた訳だ。 「おい、お嬢ちゃん。その簪をどこで手に入れた。何故そいつを探す」 凄んできたごろつきの一人が柚乃の髪を飾っていた簪と人相書きを示す。 簪はカヨに頼み、修一が渡した盗品を貸してもらっている。人相書きは勿論だが、簪にも興味を示す以上、どうやら誘い出しに成功したようだ。 「……もしかして、元・坂野井家の家臣さん？」 「ああ？ 何であの野郎の下っぱなんだよ」 「人の稼ぎをちょろまかしやがって。最低野郎だ」 一応問うてみるも、相手は怪訝な顔をした後嫌そうに身を震わせた。どうやら見た目通りのただのごろつきのようだ。 「それより嬢ちゃん、さっさと答えねぇか！」 さて、どう答えようか。 迷ってるその僅かな時間も我慢できないようで。いらついたごろつきが乱暴に手を伸ばす。 アヤカシと対峙する開拓者。ごろつき程度の動きなど難なく躱し、柚乃は軽く身構える。 「この！」 短気なごろつきが喧嘩腰になる。拳を固めたのを見て、柚乃はその足に白霊弾を撃った。 悲鳴を上げもんどりうって倒れた仲間に、他のごろつきたちもようやく気色ばんだ。 その横合いから、駆けつけた山羊座が割り込む。少剣「狼」を引き抜き凄むと、それだけで形勢の悪さを悟って、ごろつきたちは揃って逃げ越しになる。もっとも、逃がすつもりも無い。退路にはちゃっかり魚座が陣取り、山羊座のやる事をくすくす笑って見ている。 「坂野井を追いかけるからには理由があるのだろう。真っ当な理由なら手を貸さなくも無い」 「い、いや。それは……」 「この簪の入手元と関係があるのか？」 山羊座が問い質すと、ごろつきたちが口ごもる。言いにくそうな口調は盗みという後ろめたさからか。 不意に、ごろつきの一人が殴りかかってきた。破れかぶれか、逃げ出す隙を作る為か。だが、その浅はかな行動は簡単に潰え、あっという間に叩きのめされる。運動にもならない。 「自業自得だな」 「カヨさんに頼んできますね」 地面に転がるごろつきたちに山羊座は冷たく言い放ち、柚乃は一旦報告に戻る。 ● ひとまずごろつきを浪志組に渡す。盗賊かどうか、改心の余地があるかは任せればいいだろう。 修一はなかなか尻尾をつかませなかったが、ごろつきが捕縛されて気が緩んだのだろう。町外れの小さな目撃情報が入った。 「坂野井修一だな」 「何だ、てめぇは」 人相書きと照らし合わせても間違いない。 問答無用と山羊座は剣を抜いた。紛れも無い殺気を感じ取り、修一が顔色を変えて身を翻す。 「畜生！！」 手足をもたつかせて逃げる修一が、助けを呼ぶ叫びも聞く耳貸さず。周囲もまた人払いされて通りかかる者は無い。 散々に追い回し、ふらふらになった所で路地裏に追い込む。やがて袋小路に行き当たると、悔しそうに壁を叩き、山羊座を睨みつけた。 「もう、この辺でいいでしょう」 横合いから出てきた柚乃が声をかけると、一つ頷き山羊座も剣を納める。 訳が分からぬといった表情で、修一はうろたえている。 「身を持ち崩せば、最悪、オレの様な悪党に切り捨てられる事もあるという訳だ。その覚悟があるのか？」 山羊座は素っ気無くそう吐き捨てると、魚座と交代。交代された魚座も、困ったように頭を掻き掻き、言葉を紡ぐ。 「周りに流されている内に、悪い事が当たり前の世界にいたって事あると思うンだよ。でもそのまま悪に浸るなら、君に永遠にハッピーエンドは来ないって、何となく判ってるンじゃない？」 ふとその瞳に深く陰が落ちる。修一は理解せずとも、語る側には分かっている。 「でも今の君には、カヨさんも浪志組の人たちも力になってくれるって言ってるし……。今が自分の運命を変える最後のチャンスだよ。楽な道じゃなくても、今よりはましな道だと思うンだけど、考えてはみない？」 華やかに魚座は笑みを浮かべる。それでいて、どこか真剣な雰囲気が醸し出されている。 じっと見つめるその先で、悔しそうに修一はうずくまり地面を叩いた。 「俺だってこんな真似なんざしたくはないさ。畜生、あの事件さえなければ……。親父たちが馬鹿な真似さえしなければ、人並み程度には生きられたんだ！！」 落胆し涙を零す修一を、三人は複雑な面持ちで見つめていた。 抵抗する気配もなく、三人は修一を捕らえるとカヨに引き渡す。 入隊するかしないかは、彼の考え次第だ。 「御面倒をおかけしました。辛い事件ではありましたが、きちんと話し合えば修一さまも分かって下さる筈です」 一応連行される修一を見届けながら、カヨが頭を下げる。用意されていた依頼料を受け取ると、ごろつきも捕らえたとあってか予想より重い。 （諦めなければ……目を背けなければ、人生はやり直しできる。未来は定まったものじゃない。人のせいにしては駄目。だって、道を切り拓けるのは、己次第だもの） 祈るような気持ちで柚乃は思う。 酷い事件に捕らわれるのは仕方が無いが、それでも進んでいくしかない。 道は示された。その道を使うかどうかは己次第。 そして、その道を選び、どこに続くのか……。それはまだ誰にも分からない。 |
