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■オープニング本文 夜の闇に紛れ、そいつらはやってきた。 体長は三尺少々。雪解け、まだ春には早い大地を素早く移動し、村に入り込むとその強靭な歯で囲みを破り、中へと進入してきた。 数は一体如何程なものか。一体が張り込むと、その後からぞろぞろと同じような個体が続く。 村をうろついていた犬が目ざとく見つけ、警戒して吼えるが、自分よりも何倍も大きな動物を相手に怯みもせず、そいつらは逆に襲い掛かり、数に任せて肉を食い千切り骨すら貪る。 小さな歯でこりこりと削られる肉体に、犬が悲鳴を上げる。 何事かと寝ぼけ眼で様子を探りに村人たちが出てくると、真の獲物が出たとばかりに、そいつらは一斉に血だらけの顔を上げた。 「ひっ!」 異様な光景に、外に出た村人は一気に目が覚め、戸を閉め家に逃げ込もうとした。しかし、小さく素早いそいつらは、戸が閉まりきる前に飛び込み、あるいは閉まった戸を仲間と共に歯で削り上げ、見つけた獲物を追いかけ、飛びかかる。 軽いその体は獲物に飛びつき、いただきますと喰らいつく。振り払おうとするとその前に逃げ出し、また別の個体がすがりつく。 なおも逃げようとする村人に、群れのどこからか炎が飛び、見えない刃が切り刻む。 悲鳴を上げてもがく人。助けようとして逆に襲われた者。騒ぎを聞きつけ様子を身に駆け込んだ隣人にも次々と飛びかかり、たちまち夜の静寂は阿鼻叫喚に包まれる。 逃げろ、逃げろと叫ぶ声もそいつらの甲高い泣き声に飲まれ、状況も分からぬまま村から逃げようとした者はその行く手に回りこまれたそいつらから待ち伏せを受ける。 命からがらどうにか逃げ出せた村人は、半数以下だった。 夜明けを待たずに、開拓者ギルドに依頼が飛び込んできた。 「とある村に鼠のアヤカシが現れた。数は分からないが、百かそこらはいるらしい。しかも厄介な事に暗殺鼠が紛れているようだ」 開拓者たちを前に、ギルドの係員は嫌そうに顔を顰める。 暗殺鼠。別名、下種鼠。見た目は人喰鼠と変わらず力技もそんなに変わらず、攻撃すれば簡単に倒せる弱さなのも同じ。ただ知能は格段に違い、知覚攻撃を得意として他の鼠アヤカシに紛れながら身の安全を計りながら攻撃してくる。 普段は洞窟などによく現れる鼠のアヤカシたち。それが村にまで遠征してきたのは、彼らが引率してきた可能性がある。 今はしとめた村人の死骸を貪り村に留まっているが、いずれまた別の村を襲いに移動する。 その前にこの鼠たちを仕留めて欲しい。 「特に暗殺鼠は逃がすと、また新たな集団を率いて動くかもしれない。必ず仕留めて欲しい」 無数の群れの中に何匹いるかも分からない。それでも殺された村人の供養の為、これ以上被害を出さない為にもやり遂げて欲しい。 |
■参加者一覧
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
高峰 玖郎(ib3173)
19歳・男・弓
東鬼 護刃(ib3264)
29歳・女・シ
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫
ジェーン・ドゥ(ib7955)
25歳・女・砂
ゼス=R=御凪(ib8732)
23歳・女・砲 |
■リプレイ本文 アヤカシ鼠に占拠された村は静まり返っている。いや、小さくて聞き取りづらいだけ。近付くほどに鳴き声や動く気配が感じられる。 「いるねぇ……。あちこちから聞こえる」 ケイウス=アルカーム(ib7387)の優良聴覚に村の音が届く。 「逃げ遅れた者がおればと思ったが……。どうもその可能性は薄そうじゃな」 同じく優良聴覚で聞き分けていた東鬼 護刃(ib3264)は、悔しそうに唇を噛む。小さな小さな鼠たちだが、強靭な顎は大抵の物を食い散らかしてしまう。 それでもどこかに隠れている者がいるかもしれない。護刃は僅かな望みも捨てない。 獣避けの囲みはあったが、小さな鼠相手では無力だったようだ。いや、アヤカシ相手なら破られても当然。 慎重に村に入った開拓者だが、獲物に飢えていた鼠たちに見つかり、すぐに騒ぎ立てられた。 苔鼠は仲間を呼ぶ。ちぃちぃと鳴く声に混じり、軽やかに建物を走る小さな足音は、他の開拓者たちにも聞こえてきていた。 「集まってきておる」 「呼びたいなら呼べばいい。探す手間が省ける」 高峰 玖郎(ib3173)が見上げる屋根にも何やら小さな影が動く。 自然、警戒して陣形を円に整える。どこから来てもいいように。 そして、屋根の上からぽとりと鼠が降ってくる。 「どこかで見たような鼠だなぁ」 アルバルク(ib6635)が軽く笑う。以前にも依頼で出会った相手。シャムシール「アル・カマル」を振るった。小さな鼠はただそれだけで容易く瘴気に還った。 「ケイ、耳齧られんなよー」 軽口叩くアルバルクだったが、そうして上に注意を向けた隙に、地面から忍び寄った鼠たちが開拓者たちに襲い掛かる! 「下から来る! 隊長ごめん。ちょっとだけ俺の代わりに齧られて!」 「おいおい」 アルバルクから一歩引くと、ケイウスがまずは匕首を抜いた。 ジェーン・ドゥ(ib7955)がオーラとガードで、利穏(ia9760)が不動を用いて、盾となる。 そのままジェーンは無銘業物「千一」で斬りつけるも、数の多い鼠はその消滅を越えて身軽に刃を伝わり手に足に噛み付いてくる。 「いたたたた」 小さな爪を立てると素早くその歯で噛み付いてくる。大きな怪我にはならないが、それでも痛みは感じる。 「鬱陶しいわい!」 護刃が恫喝するや、周囲に風の刃を放った。巻き込まれた鼠たちが次々と消し去られ、難を免れた鼠たちは一旦距離を置き逃げにかかった。 「この集団。まさに数の暴力というべきね」 瘴索結界で周囲を探る熾弦(ib7860)には、隠れようとも彼らの位置を確認できる。一旦物陰に身を潜めつつ、逃げる素振りの個体は無い。 「周囲を逃げないように取り巻いて、残りが更に二つに別れ今度は挟撃する気のようね」 動きを読んで熾弦が告げる。飛び出す機を狙っているようだと。 「人喰鼠も苔鼠も本来はそんな作戦思いつくどころか取るアヤカシではないとか。……暗殺鼠とやらの仕業でしょう。知恵回る者に率いられた集団は、その力に関係なく恐ろしいものです」 気を抜かず、されどジェーンは困ったように息を吐く。 鼠一体は極めて脆弱。だが、この数が纏まってくると対処も難しい。まして、指揮官である暗殺鼠の下、ずいぶんとおもしろい真似をしてくれる。 「できれば一斉駆除をしたいところだが、果たしてどうなるか」 いつ飛び出してきてもいいようにゼス=M=ヘロージオ(ib8732)はロングマスケット「シューティングスター」を構える。 その飛び出してきた中のどこに司令塔である暗殺鼠はいるのか。 人喰鼠も苔鼠も総数こそ多いが、一般人でも慎重になれば対処出来る相手。そういう意味では、普通の鼠よりただ厄介でしかない。 だが暗殺鼠はそんなアヤカシ鼠の影に隠れ、采配を振るう。状況を見て罠を仕掛け、術を繰り出す。逃がせばまた別の鼠たちを率いてどこかの村を襲いに行くだろう。 「取り逃がしも厳禁であることを考えれば、強力なアヤカシを相手取るよりもむしろ厄介かもしれない」 「死の行進たる道を断ち切りましょう」 扇「精霊」で身構える熾弦に、ジェーンも繰り返してはならないと決意を強くする。 鼠たちの外見での見分けはほぼ不可能。苔鼠はさすがに苔で分かるが、単なる人喰鼠はそうでないか。瘴索結界も個体差までは把握できない。 「いつまでも膠着状態も何だし。暗殺鼠がこっそり逃げるのも困るからな」 「いいですか?」 詩聖の竪琴に構えなおすケイウスに、利穏は問い直す。頷かれると、利穏はやや緊張したようにアヤカシに向き合った。 「そ、それじゃあ。大声出すの、ちょっと恥ずかしいですケド……」 他の開拓者たちも気を整えたのを見ると、おもむろに利穏はアサイミーを握り締め、吼えた。 ● 低級な鼠たちにその叫びを抗しきれる訳は無く。 集っていた鼠たちが一斉に群がり飛びかかってきた。 ケイウスが夜の子守唄を奏でると、たちまち眠りについていく。そこに利穏が悲恋姫を被せる。呪いの悲鳴はアヤカシたちを永遠の眠りへと誘う死の子守唄となった。 「屋根の上で何か動いている?」 聞きなれぬ音を聞きつけ、見上げるケイウスの前で、小さな桶が屋根から落ちてきた。 「はっは。考えることは一緒か」 読んでいたアルバルクは、簡単に笑って桶を斬り飛ばす。すかさず身を翻して隠れようとした鼠に、ゼスが素早く発砲。引っ切り無しに押し寄せる鼠たちにも単動作で再装填を繰り返し、的確にふっ飛ばしていく。 「暗殺鼠は行動で判別する方がいい。通常よりも機敏だし、何より明確に術を使う」 機敏な鼠をダナブ・アサドで躱し、ショーテル「ズフル」との二刀使いで切り刻みながらアルバルクが告げる。 それを証明付けるようにどこからか見えぬ刃が飛んだ。鼠に齧られたではすまない痛みで肌が斬れる。 「例えば、あいつのようにか」 状況を見ていたゼスがそれを見逃す筈はなく。飛んで来た方で妙な動きを見せた鼠にあっさりと銃口を向けた。 「残念だが。俺に目を付けられた時点でお前は逃げられはしない。――覚悟を決めろ」 引鉄を引くと、あっさりと鼠は消し飛んだ。そうなってしまうと、あれが暗殺鼠だったかその他のアヤカシ鼠だったかも分からなくなる。 だが、かまわない。どの道アヤカシは全て生かしてなどおれない。 「……。五体ほど逃げるアヤカシがいる!」 「逃がしません! 人々の災厄は……僕たちが駆逐する!」 気配を探っていた熾弦がはっと声を荒げると、利穏が咆哮を繰り返す。捕らわれる鼠たちをジェーンは切り払う。 「追って下さい! 完全に散り散りになる前に確保を!」 利穏に飛びかかってくる苔鼠や人喰鼠を刻み、道を切り開く。 やはり低級鼠とは違うのか。誘き寄せられずに逃げたその小さな足音を聞き逃さず、護刃は早駆で駆けると行く手に回り込む。 「まずは一匹。外道同士、案内してやろう。……冥府魔道のその先までな!」 見た目はやはり他のアヤカシ鼠と差異無い。だがはっきりと向けてきた知性の目に、黙苦無を突き刺す。ほとんど抵抗もなく、鼠は瘴気に戻る。 「向こうの屋根の上に二匹!」 指示を聞きながら、玖郎が華妖弓で射掛ける。 「下種鼠……か。よく言ったものだな。実に、小ずるいやり方だ」 姿のよく似た他のアヤカシに紛れ、動かし、盾にし、攻撃し、都合が悪ければあっさりと逃亡する。 いると思しき方向に玖郎は目を凝らす。精霊力を集めた目が、樋を走る鼠を見出すとすかさず矢を放った。 「相手の手法が卑怯だろうと正攻法であろうと関係ない。俺達の目的はこれまで以上の被害を出さないこと……それだけだ」 精神力を込めて放つバーストアロー。巻き起こる風で貫く本命はおろか、矢が飛ぶ直線状にいた他のネズミたちも衝撃波に巻き込み吹き飛ばす。 残る二体、護刃がやはり回り込み、熾弦が力の歪みで捻り消す。 それからしばらくすると、残った鼠たちの動きがおかしくなる。あからさまに右往左往し、てんでばらばらな動きへと変わる。 指令が鳴くなったのにようやく気付き、どう動くべきか分からなくなったようだ。 散らばる前に、ゼスは逃げ道となる先に発砲。鼠たちを脅して集めると、その集団に向けてケイウスが重力の爆音を叩き付ける。 「どうやら、暗殺鼠はいなくなったようだな」 残る鼠たちを、アルバルクが切りつけていく。 瞬く間に、鼠の姿は消えていった。 ● 「取りこぼしが無いか。見て回った方がいい」 ゼスの提案に否を唱えるものは無く。開拓者たちは村の中を見回りに出る。 出てよかった。やはり残っているアヤカシはいた。地に伏し、ただの苔の山のようなふりをして待ち伏せする苔鼠が鳴き喚き、集まった鼠に攻撃されること数度。 けれど、最初にほとんどが集まっていたらしい。集まる数も動きも格段に少なく鈍くなっていき、対処は簡単だった。 村の中をくまなく散策し、やがて何の反応もなくなったのを確認する。 その過程で見つかった数々の惨状。齧り尽くされた悲惨な遺体は、開拓者たちであっても目を覆うばかり。中には骨まで食い荒らされたらしく、血の跡だけが残る現場もあった。 アヤカシがいなくなれば、また村に人は戻ってくる。その前に哀れな村人たちを一箇所に集めておく。 「死者の魂に安らぎを。そして瘴気に脅かされんことを」 ジェーンが祈りを捧げる。 (どうか来世では幸せに暮らせる事を願う) ゼスもまた心中そう祈らずにいられない。 例え、現世に舞い戻れてもアヤカシがいる限りまた身を貪られる。 彼らが安らかたるには、アヤカシの討伐は必須だった。 |