人喰い悪霧
マスター名:からた狐
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/27 20:18



■オープニング本文

 春なお寒い昨今。
 雪こそ消えたが、山の涼しさは身に堪える。花でも見えればまた楽しかろうが、その辺りでは野の花がちらほらようやく見え始めた程度だった。
 それでも、春の訪れを感じ山でも野草が見え始めている。
 今でしか取れない食料を探して、山に入る者は増えていた。
「とはいえ、寒いからか。少ないわねぇ」
「私、あっちも探してくるわ」
 近くの里に住む女たち数名が、食事の足しにしようと山に分け入っていた。雪の無い内はよく入る慣れた山。どこら辺に何が生えているのか、十分把握しているが、今年はまだまばらでとても摘める状態ではない。
 もう少し採集できないだろうか。せめて今夜の分ぐらい。
 そう思って奥へ奥へと進んでいったのは、別に欲張りでなく普通の事だろう。一人が皆から離れ、少し外れた場所へ探しに向かった。
 残った女たちはしばらくその場をうろうろと探していると、
「キャアアアアア!!」
 山に悲鳴が木霊した。つんざく高い声は、先ほど分かれた女のものに間違いない。
 ただごとではないその声に、残る女たちは腰を抜かす。野草探しに散らばっていた仲間たちをそれぞれが互いに居場所を探そうとしたが……。
「あら?」
 いつの間にやら霧が発生していた。一緒にいた仲間の姿どころか、近くの木々も姿を隠される。
「キャアア!」
「助けて!!」
 そして、その霧の奥から次々と女性たちの悲鳴が聞こえてきた。
 只事ではない。女性の一人は恐れおののき、何も考えずに逃げようとした。
「あ!」
 だが、見えない周囲に足元をおぼつかせ、足を滑らせ坂を滑る。滑り落ちると、霧も晴れた。
 女は何が何だか分からない。ただ霧の合間に、一緒に山に入った女性のひからびた姿を見つける。 ただの霧ではない。そしてその中には、とても自分たちでは対処できない輩が潜んでいる。
 そう考えると、後は夢中で山を降りた。

 その里から、開拓者ギルドに緊急で連絡が入る。
 動転している村人から詳細を聞き、ギルドの係員は開拓者たちを集めた。
「吸血霧だろう。その名の通り、霧を纏って血を吸うアヤカシだ。状況と霧の範囲からして一体だけとは思えない。といっても、やたら大挙している訳でもないようだから、せいぜい二体か三体か」
 強さはさほどでも無い。しかし、この霧が厄介で、視界を遮り本体の位置を隠してしまう。要は攻撃を当てにくいのだ。
「今は獲物を探しに山奥を彷徨っているようだが、空を飛ぶ事もできる相手だ」
 逃がせば被害が広がる。必ずしとめろとギルドからの指示が飛んだ。


■参加者一覧
倉城 紬(ia5229
20歳・女・巫
ペケ(ia5365
18歳・女・シ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
リューリャ・ドラッケン(ia8037
22歳・男・騎
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
影雪 冬史朗(ib7739
19歳・男・志
熾弦(ib7860
17歳・女・巫


■リプレイ本文

 山奥に吸血霧発生。六人の開拓者たちが、討伐へと赴いた。
「ようやく冬と雪が去ったと思ったらアヤカシとは……一人でも生きて帰れたのは不幸中の幸いでしょうけど」
 熾弦(ib7860)は言葉を濁す。
 犠牲になった人たちを思えば素直に喜べはしない。ましてその直前まで穏やかに笑いあってた仲であるならなおさらに。
「むぅ、春にはこういう変なのが出てくるから困ったもんです」
「そういう問題なのでしょうか? まぁ、困った相手には変わりませんが」
 真面目に頷いているペケ(ia5365)に、倉城 紬(ia5229)は小首を傾げている。
 実際アヤカシは困った相手だが、今回の相手は自ら発する霧の奥に隠れている。いざとなれば空も飛んで逃げられてしまう。強いアヤカシではないが、なめてかかると逃げられる可能性が大きいのだ。勿論、逃せば次にどこで人を害するか分からない。仕留められる時に仕留めておかねば。
「ここからでは霧は確認できませんね。見つけた現場までどんな地形なのでしょう」
 見知らぬ山に分け入るのもまた危険でしかない。鈴木 透子(ia5664)は山の状況を尋ねておく。
 そして、竜哉(ia8037)は無事生還した女性へと声をかける。事件を思い出させるのは辛いだろうが、情報は必要だった。ある程度の説明はギルドの係員からも受けているが、やはり生の声も聞いておきたい。
「叫び声がどれ位続いて、そして叫び声からどれ位経ってから遺体を発見したのか?」
「分かりません。けれど、そんなに長くは無かったと思います」
 青褪めた表情で涙を堪えて女性は告げる。
 一般人の生命力は低い。恐らくは瞬く間に命を奪われたに違いない。彼女が逃げ出せたのは、実に運が良かったのだ。
 けれど、悲鳴を上げたという事は多少なりとも意識を持つ間があったという事だ。頑健な開拓者たちであればさらに持つはず。僅かな隙でもつかめれば、反撃の糸口にも出来る。
「悲鳴を上げたなら、命を啜られてるのも分かったのでしょうね」
 透子が唇を噛む。ほんの短い時間に自分の命が消されていくのは、どれ程の恐怖だったか。
「……。被害が大きくなる前に、参りましょう」
 目を伏せたフレイア(ib0257)が優雅に告げる。
 今は山奥でも、獲物求めて人里に流れてくるのは予想の内だ。そうなる前に、手を打たねば。


 実際山に分け入れば、アヤカシと遭遇前に迷子も困る。里人から聞いた話と透子が集めた情報を頼りに、被害者も通った道を行きながら、遭遇した現場へと急ぐ開拓者たち。
 山の外は春の陽気に溢れていたが、入ってしまえばまだ肌寒い。道も徐々に険しくなり、手入れのされていない道は荒れて山と同化している箇所もある。
 どれぐらい進んだろうか。いつの間にやら周囲に霧が立ち込めていた。時間帯によっては山に靄が出るのはさほど珍しくも無い。しかし、この状況でしかも徐々に霧の濃度を上がってくるのを楽観視する者は無い。
 完全に閉ざされる前に、透子は人魂を打ち上げる。空の上からこの様子を確認する。
「一帯に霧が発生しています。ここを中心とした極局地的に」
「おいでになったか」
 透子が人魂を通じて見る風景に、竜哉を始め、皆が緊張をする。
 人魂の効果が切れ、透子は視界を戻すように頭を振る。
「吸血霧自体の位置は分かりません。霧が濃くて……」
「ムスタシュィルにかかれば、侵入者と瘴気の有無は確認できますわ。後はこちらの位置確認、ですわね」
 フレイアは術を周囲に仕掛けていく。効果範囲にかかればこの霧の中でもアヤカシの位置は勘付く。
「霧は広範囲。アヤカシは何体不明ながらもつるんでるらしいとの事。厄介ですねー」
 ペケは霧に目を凝らしてみるも今の所怪しいものは特に何も見えない。ただ、開拓者同士もある程度離れてしまうと、霧に紛れてしまう。うっかり他の木々なのかどうなのかの判断が一瞬迷う。
 見失う前に、紬は神楽舞「瞬」と加護結界をかけて回る。動く度に袖から軽やかな鈴が響く。
「見えない、か。ま、だったら視覚以外に頼るさ」
 竜哉が伸ばした手もその先でぼやける。その腰には鈴の音。視界の悪い霧の中で互いの位置を把握する為だ。
「見えないようでも無いけど。頼りはやはり音かしら」
 超越聴覚を仕掛け、熾弦は耳をすませる。霧のアヤカシとはいえ、物理攻撃が効く。ならば、この若葉芽吹く木々の物音などを頼りに、接近に気付くかもしれない。
 向こうも警戒はしているのか。霧はどんどんと濃くなっていき……。
「うっ!!」
 ペケのうめき声と共に、彼女の鈴がちりんとなった。
 一際濃厚な霧がペケの姿を覆い隠している。そしてその霧の奥で見え隠れしているのは、
「吸血霧!!」
 浮かぶ目玉のようなものがあった。すかさず透子が夜光虫をけしかける。攻撃力の無い弱い式だが、本体に付き纏えばその明かりで位置が分かる……筈。
「必要以上に接近はしないつもりか」
 空でふらふらしている吸血霧に、竜哉が小さく舌打するとオーラショットを放つ。吸血霧は怯えたように動き回ったが、やがて当たらないと踏んだか、のうのうと品定めをするように開拓者たちの頭上を飛びまわる。
 が、そこにペケが飛びかかる。
「噛み付いてこないとはずるいのです!」
 周囲に事欠かない木々を足がかりに三角跳で頭上を取ると、ペケは吸血霧に手を伸ばす。霧状の存在でも物理攻撃は通じる。そのまま掴み地面に叩きつけようとしたが、すんでのところで逃げられた。
 けれど、吸血霧の高度は確実に下がった。
 機を逃さず一際濃く見える霧に向けて、竜哉は集中し、手を伸ばす。むしろ霧の方から纏いついてきたような感じだった。
 その更に霧の奥にある目と、視線があったようにも思う。気のせいかも知れない。
 だが、思うよりも早く竜哉は篭手に仕込まれていた紐を引いていた。途端、隠されていた刃が飛び出る。聖堂騎士剣を宿らせていた凶器は霧の中核を打ち抜いていた。
「大丈夫ですか」
 吸血されたペケを心配した紬が駆け寄ってくる。
「霧に包まれて、霧に吸われてる感じです。砂防壁も使ってたのに、あまり効果は無かったみたいです」
 閃癒を紬からかけてもらいながら、ペケは自分の感覚を皆に伝える。接触すれば捕まえやすかったが、そうもいかぬ相手らしい。
「里に戻れば、血をよくする野菜を分けてもらってますので、何か料理しますね」
 癒されたペケに、透子は笑いかける。
 もっともそれにはこの吸血霧を晴らさねば、戻るに戻れない。一体塩となって崩れたが、依然霧が晴れる気配が無い。
「残り反応は一……二体? 点で捉えられないなら、面で捉えるまでです! 参りますわ!!」
 凛と声を張り、フレイアがムスタシュィルに反応のあった地点に向かいブリザーストームを仕掛ける。
 杖「砂漠の薔薇」から噴き出す激しい吹雪が、霧以上に視界を閉ざす。だが、見えなくても構わない。反応する気配に合わせてひたすら術を仕掛ける。
「結構面倒だね。逃げられない内に、こっちもいくよ」
 熾弦も精霊の狂想曲を歌い出す。ローレライの髪飾りにより自身を一つの楽器として、薄緑色の燐光を身に纏う。
 霧に隠れ、所在を不確かなものとするアヤカシ。だが、こうも広範囲に術を展開されては隠れも出来なかったか、霧が薄らいでいく。


 周囲の霧が急速に晴れていく。視界が良好になっても気は抜かず、開拓者たちは霧の行方を探る。
「反応は無いようです」
「怪しい音も聞こえないようです」
 フレイアと熾弦が確認する傍ら。他の開拓者たちも目視で怪しい所がないかを調べる。
 特に空。飛んで逃げられていたとしたら大変だ。透子が人魂飛ばして行方を捜すが、それらしい霧が移動する姿は見つけられない。
 念入りに調べて、ようやく異常が無いと分かるとほっと息をつく。
「もっとも、喜んでばかりもいられんがな」
 霧が晴れると山の様子も如実に渡る。戦闘の痕跡もさることながら、それまで気がつかなかった物にも気付く。
 そう、もはや物といっていいだろう。血の気が失せてただ横たわるだけになった里の女たちの遺体がそこかしこに転がっていた。
 手を合わせると彼女たちも連れて、里へと報告に戻る。
「どうかもう苦しみませんように」
 里に入る手前で、透子は彼女たちの身形や表情を整え、唇に水を含ませる。
 アヤカシ討伐の朗報と無言の帰還に、里人たちは賛美と嗚咽を交えていた。