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■オープニング本文 春爛漫。桜の花が降り注ぐ。 神楽の都でも連日そこかしこで花見が行われ、開拓者たちも目の保養、あるいは胃袋を満たしとしばしの保養に勤しむ。 「という訳で、鮭食うぞー」 「何でやねん」 陽気に転寝していた開拓者ギルドの係員だが、入ってきた酒天童子に思わずつっこみを入れていた。 しかし、酒天童子の手にはまるまるとした鮭がある。本当に食う気だ。 「どうした、それ」 「なんか知らんがくれるんだよなー。旨いし酒の肴にはなるが、こればっかりってのも飽きる」 困ったように酒天が鮭を見る。まぁ、鮭ばかりもらっても手に余るか。 「いい加減丸のまま食うのも飽きたし、でもくれるし。なもんで、何か鮭で旨い料理を作ってくれる奴頼む。そんで、適当にどこかで花でも見ながら鮭食って酒呑むぞー」 「お前は、花見がしたいのか鮭食いたいのか酒呑みたいのか、どれだ!?」 「勿論、全部だ!」 春の陽気に負けない笑みで酒天が笑う。 最も断る依頼でもない。アヤカシ側に大きな動きもないし、休養には悪く無い。 係員は暇そうな開拓者たちに声をかけようとしたが、その前に早々と酒天が人に呼びかけている。 花を楽しむか、鮭を楽しむか、酒を楽しむか。 折角の春だ。今の内に。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
明王院 千覚(ib0351)
17歳・女・巫
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰
銀花(ib9379)
15歳・女・吟 |
■リプレイ本文 その過去からか、銀花(ib9379)は単なる人間よりも修羅や獣人の方が親しみを感じる。 となれば、何かと噂に聞く酒天童子に興味を持つのはある意味必然か。長きの復活以降、あれこれと耳に聞こえて来るが実際会った事はまだ無い。 どういう人物なのだろう、と彼が出した依頼に顔を出してみれば。 「呑むぞ、喰うぞ、暴れるぞー!」 とりあえず、酒と鮭持って盛大に宣言する小僧がいた。花も陽気もなんのその。 「お花見……ですか? それは素敵ですね。ではご一緒させていただきましょうか」 緋那岐(ib5664)は初対面のふりして、にこやかに挨拶。花を見るだけならいつでも出来るが、桜は今だけ。この機会にこちらもぱーっと楽しむ気である。 すでに顔見知りの菊池 志郎(ia5584)はどうしたものかと少々困惑している。花見につきあうのはべつにいい。ただ、春に酒はともかく、鮭とは何故なのか。しかも結構な量がある。 「お元気だったかは効くまでも無いですね。それにしても立派な鮭ですね。贈答品に使えそう」 用意された鮭をしみじみと眺めるのは志郎だけでもない。 「渡したのは新巻鮭だったからなぁ。贈答でもおかしくはない。……しかし、ここまでよくぞ集まったものだな」 「鮭とばなら、お酒呑みさんならつまみで喜んでもらえると思って。でも、あれってお酒の事だったんですね」 何故か感心している羅喉丸(ia0347)と、恥かしそうに笑うフェンリエッタ(ib0018)。彼らの他にも花見会場で酒天は鮭を巻き上げたらしい。本人酒を求めたようだが、さすが開拓者は一筋縄でいかない……といっていいのか? 「けど、皆様よくお花見に鮭を持参しましたよね。私はたまたま買い物帰りでしたけど」 「まぁ、そこは気にせず。折角の鮭に酒。そして、桜だ。散ってしまう前に楽しもう」 フェンリエッタは羅喉丸を見遣る。 苦笑しながら羅喉丸は鮭の山に歩み寄る。 「確かに、年越し前には沢山見かけましたが、今の季節に鮭は珍しいかも」 「開拓者ってのは変わり者だし、別にいいんじゃね?」 ぼんやりと鮭を眺めていた和奏(ia8807)に、酒天はあっさりと告げる。ずいぶん失礼な言い草だが、世間には割りとそういう目もあったりするから否定も仕切れない。 やり取りを聞いていた明王院 千覚(ib0351)もくすくすと笑うしかない。 そして、ふと桜に目を寄せる。 「春めいた陽気で、そこかしこで花満開の素敵な場所が増えて来ていますものね。美味しいお酒と料理……。そして、心許せる人達との安らいだ一時を過ごせるのはとても幸せな事ですから……」 目覚めてからしばし、激動の時間を過ごした酒天童子。修羅の解放、弓弦童子の討伐と相成り、ようやくの平和の日々を楽しんでもらう為にも千覚は腕を振るおうと料理の準備にかかる。 「ところで。この鮭、どこで調理すればいいんでしょう」 「んなもん、適当に竈くみゃなんとかなるだろ」 問いかける志郎に、やはり簡単に酒天は答える。実に大雑把だ。 「外での料理は難しいから、どこか調理場をお借りしましょうか」 「お弁当もいいですよね」 肩を竦める志郎に、千覚も同意。 「じゃあこっちはとっとと始めるぜ!」 肴が無くても酒があればと酒天は桜の下に陣取る。 天気は上々。花見日和だ。 ● 花は綺麗で、食事も上手い。そこに酒も入ればとなると、当然浮かれて騒ぐ者もいる。 「へい! そこの兄さん。さけよこせー!」 「何やってんですか」 道行く人に声かけて回る酒天童子を、おとなしくしろと緋那岐は呪縛符で縛り上げる。 「飲んで食べた端からまた人にもらって。一向に減らんなこれは」 一緒に飲んでいた羅喉丸が苦笑する。自身を始め、酒を持参した者は多いがそれでもまだ足りぬとばかりに周囲に絡む酒天童子。それでまた酒を増やしたり鮭に変わったりするのだから、これでは鮭消費に呼ばれた意味が無い。 「まぁ、鍋出しな。もらうお礼に配ってもいいだろう」 石狩鍋の具を軽く椀に装いながら、羅喉丸は酒天に渡す。渡すとぺろりと平らげる。一体あの小さな体のどこに入るのやら。 「たくさん……作るの、好き」 きのこや野菜と鮭を味噌と一緒に蒸し焼きするちゃんちゃん焼きに、鮭の皮で腹の身をくるりと巻いて炙った焼き物。銀花の手つきは豪快で、慣れているのが分かる。作れども作れども、どうにも減らない鮭には少々参ったが、大量に作っても片端から食べてくれるのは気持ちがいい。 「これだけあるんだから、残りはフレークにして持って帰ってもいいですよね」 「ああ、俺一人で抱えても腐らせて悪いしな」 承諾を取ると、フェンリエッタは鮭をほぐしにかかる。日持ちはしないが、御飯のお供や料理にも使いやすい。大量にあるならご近所友人に配ってもいい。 「御飯物もいかがですか? 汁物や酒以外の飲み物も用意しておきました」 そのほぐした身を胡麻塩と混ぜた俵結びを、千覚は差し出す。志郎も用意してきたおにぎりを並べる。 お味噌汁には豆腐に葱にお揚げが浮かぶ。 「冷めておいしいですよ。なんでしたらお持ち帰りでもいいですよ」 志郎のコロッケにはほぐした塩鮭が混じっている。ほのかな塩気が揚げ物の味を深める。 「主食物ならサンドイッチ用にパンを用意してます。ハンバーグやサラダにゆで卵など、挟んで食べるといいです」 フェンリエッタが幾つか実際に作ってみる。作った先から消えていくので後は自分でやりなさいと、笑って任せてまたフレーク作りに戻る。 千覚はハーブティーから桜の花湯、生姜湯単なるお茶といろいろ用意はしてきたが、もっぱら男性陣の手が伸びるのはやはり酒だった。 「お酒も……どうぞ」 銀花は料理の手が空けば、酌もして回る。酒杯はすぐに空になる。緋那岐も気をつけながら酌して回っている。 酒天ほど豪気に飲まないが、全く呑まないわけでもない。適度に節度弁えながら、降る桜を楽しみつつ舌鼓を打っている。 「花の季節は気が急くと謳われた個人の気持ちが少しだけ理解できたかも」 するりと杯を傾けながら、和奏はぼんやりと桜を見上げる。 「気が急くねぇ。こうしてのんびりまったり酒飲むのは分かるが急いでどうするんだ」 「確かに」 少々首を傾げる酒天に、和奏はあっさりと頷いている。 酒の肴は湯引きした氷頭を刻んだ山葵と漬けた粕漬けを用意。 千覚は切り身を燻製に、フェンリエッタも鮭の身をすり潰した一口で食べられる大きさハンバーグにしている。味付けは天儀風に味噌を混ぜ込んで海苔を巻いたものと、ジルベリア風なチーズクリームソースをかけたものと。 「で、こちらは泰風のうどんやそばみたいなもんだ」 「分かってる。食った事はあるってな」 空っぽになった石狩鍋にラーメンを入れる羅喉丸。新巻鮭やコンビの出汁に酒粕や白味噌などで整え、じゃが芋人参葱シメジ白滝豆腐といった具材からうまみがぎゅっと濃縮された鍋スープに、麺がいい感じに絡んでいる。 「そういえば、酒天さんは最近どんな風に過ごしているのでしょうか。一人暮らしなのか、お付きの修羅たちがいるのか」 以前は朝廷からの軟禁生活を送っていた酒天だが、修羅も解放され王の座も降りた今となっては、何をしているのやら。 しかし、志郎の問いかけに酒天自身が首を傾げる。 「さあ? とりあえず飲み歩いてたまにギルドの用意した家に戻るけどな。風の吹くまま適当に何とかしてるよ」 「……好き放題ですね」 コロッケを頬張り、酒を飲みながら、何の気ない風に酒天は告げる。が、これが元王の行動かと思うと、志郎は少々頭が痛い。 「そんなふらふらしているんじゃ、相変わらず駆け出しのままなんですか? 何なら扱いてあげようか」 「抜かせ。それなりに鍛えてきてるわい。……そうそう昔通りとはいかねぇけどな」 笑って告げる緋那岐に、ふんと酒天が鼻を鳴らす。 「一人で飲んでいてもつまらないし、それは仕方ないだろう。今日もこんないい席を用意してくれてありがとう。どうだ一献」 酒も食も進んで、羅喉丸は上機嫌になっている。勧める酒を、酒天はにやりと笑って一息に煽る。 「酌なら俺がやりますよー。お酒にします? それとも鮭にします? それとも……タ・ワ・シ?」 「馬鹿やるんだったら、余興でもやれ。折角の格好が勿体無い」 はい、とふざけてタワシを渡す緋那岐に、受け取ったそれをぶつけ返す酒天童子。 緋那岐は桜の舞衣に、精霊鈴輪を用意している。いや、用意というより時期的に舞手として一興頼まれる事が多く、そのままこちらにやってきただけだ。 だが、頼まれて断るものでなし。花の下で舞を披露する。 「では……、お酒の、美味しくなる……おまじない、もこめて……」 「最近天儀の歌にも詳しくなりましたからね」 銀花が伴奏代わりに、軽快にオルガネット「フォルテッシモ」を鳴らし始めると、フェンリエッタも荷からラフォーレリュートを取り出す。 賑やかな一時。和やかな時間にしばし寛ぐ。 「美しい花と、美味しいお酒にお料理。そして余興ですか。ずいぶん贅沢をさせていただいているのですねぇ」 目を細めて、なにやら眩しそうに和奏は告げる。戦闘の血生臭さなどここには微塵も存在しない。 「何かと慌しい時期、こうやって過ごせる時間は貴重ですね」 志郎が酒天に礼を述べている間。 フェンリエッタは、演奏の間置いておいた酒盃に桜が浮かんでいると気付く。何かいい物を見た気がして、ふと相好を崩すと、見計らったように風が吹き、一際派手に花びらが降り注いできた 春の名残を惜しむように、視界が薄紅色に染まる。 地面が桜で染まる一方、枝の先には濃い緑が勢いよく吹き出ている。 季節は留まる事を知らず。花の季節は過ぎ去ろうとしていた。 |