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■オープニング本文 とある山道。登り坂。急な勾配を商人はひいこらと大荷物を持って歩いていた。 もうじき峠の天辺そこまでいけば、一息つけるし、登った分だけ下りになる。そう自分を言い聞かせながら、自分よりかは足取り軽く道を行く人々を恨めしそうに見ていた。 初夏の気配は山では薄く、吹く風はどこか冷やりと涼しい。かといって、強風で体を持っていかれるほどでもなく、歩き詰めの体には丁度いい具合だった。 後少し後少しと知らず呟きながら、次第に近くなる峠を見ていたが。 「あれはなんだ」 自分の頭に浮かんだ疑問を、どこかの誰かは声に出していっていた。 峠の上で、ぽんぽんと鞠のように赤い球が弾んでいる。だが、遊ぶ子供の姿は見えない。誰かの荷物がひっくり返ったのかと思うぐらい、数も多かった。 弾んだ球が道行く人にぶつかった。勢いで倒れたその人に、球は自らの意思で動き回り、群がっていった。 「ぎゃあああああああ!!」 悲鳴が周囲に満ちた。明らかに球を恐れて人々は逃げ惑い、遠ざかろうと走る。 商人の位置からは遠くてよく分からないが、事態を把握するのにそう時間はかからなかった。逃げる人々を追って、赤い球も追ってきたからだ。 逃げ遅れた人に赤い球はぶつかる。よろめき速度を落としたその頭めがけて、勢いよく水を噴射した。 悲鳴を上げて転がる犠牲者は、見る間に肉が解け、体の原型が消え去り白い骨が露出する。叫ぶ口からは赤い水を噴き出し、喉を詰まらせる。生きたままに。 溶ける人間を目の当たりに、さらに混乱は広がった。 「ま、待ってくれ」 身軽な人ほど、逃げ足も速い。商人は震えながらも、遅れながらその後に続こうとしたが。 ふと気配がした気がした。商人は振り返る。そこに赤い球が弾んでいた。 とっさに持っていた荷物を投げつけた。その荷物に水がかかった。大半がその荷物に阻まれたが、細かな飛沫は飛んできた。 たった一滴で腕に穴が空き、激痛が走った。痛みで気を失いそうになりながらも、恐怖が勝り、身軽になった身で無我夢中にそれまで必死で登ってきた道を駆け下りていた。 そして、開拓者ギルドに依頼が飛び込む。 「赤粘水だ。粘泥の一種で、下級アヤカシ。だが、普通の粘泥とは異なりすばやく動き回って体液を吹き付けてくる。強い消化液は、志体持ちでもかかると痛いからな」 報告書を読み上げながら、気をつけろとギルドの係員は注意を促す。うっかり口に入ろうものなら、文字通り血反吐を吐く事になると。 「数も多い。ざっと二十か。今は峠付近に留まっているが、その内アヤカシの欲求に従い人にいるほうに降りてくる。村にでも入り込まれればとんでも無い事になる」 峠は封鎖されたが、それまでに出た犠牲者は少なくない。怪我をしたぐらいなら巫女たちの治療で回復に向かっているが、命を落とした者はそれも無い。 これ以上、被害が大きくなる前にアヤカシを葬って欲しい。それがギルドからの依頼だった。 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
アルネイス(ia6104)
15歳・女・陰
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
プレシア・ベルティーニ(ib3541)
18歳・女・陰
パニージェ(ib6627)
29歳・男・騎
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
トィミトイ(ib7096)
18歳・男・砂
ラビ(ib9134)
15歳・男・陰 |
■リプレイ本文 峠に現れた赤粘水。犠牲者がすでにいると聞き、ラビ(ib9134)は青褪めた。 「人が、沢山……、死……?」 「落ち着いて下さい。雑魚とは言え危険な相手には変わり無いんだから、冷静に行動しないと痛い目を見ますよ」 「わ、分かった。戦闘初めてとか言ってられな、い、ね」 兎耳を垂らして震えるラビを、アルネイス(ia6104)がたしなめる。赤粘水は粘泥の一種ではあるが、通常のそれより素早く動く。体当りを仕掛けてきて、さらには消化液を撒き散らす。数も多い。 逃げてきた人で混雑する麓を抜けて、山道を登る。現場の峠はすでに閑散としており、捨てられた荷物があちこち転がっていた。 その荷物に関して、トィミトイ(ib7096)が確認を取った所、依頼終了後にギルドで片を付けるとの事。勿論、原型を留めて持ち主にキチンと返せるならそれに越した事は無いが、回収しろとの話も無い以上気遣い無用。アヤカシ駆逐を優先すべきと言を得ている。 その陰から、人の気配に気付いたのか、ころころと赤く大きな球が転がり出す。それだけなら、鞠が風に吹かれて出てきたと言えそうだが、誰もいないのに弾み出しては到底普通と思えない。 「出たな。化物が」 トィミトイが静かに告げる。 「ここに留まられては物流も止まる。看過出来んな」 弾みながら近付いてくる赤い球体を、パニージェ(ib6627)は鋭く睨みつける。 「確かに赤いのが跳ねて……でっかいイクラだー!」 「プレシア……腹の音がうるせぇぞ……。大体あれがイクラならどれだけでかい鮭がいるんだ?」 「そうですよ。あれは食べちゃダメです。終わったら食べる物あげますから」 道すがら、玖雀(ib6816)から貰った大福で口の周りを白くしていたプレシア・ベルティーニ(ib3541)が目を輝かせている。 放っておけば本当に御飯に突撃しそうな気配に、玖雀もアルネイスも頭を抱えて口々に宥める。 「色だけ見ると、確かに美味しそうだけど。でも気をつけないとイチゴ味じゃなくて、私たちが食べられちゃうんだから」 わらわらと姿を現し、数を増やしていく赤粘水に、ルンルン・パムポップン(ib0234)もまた注意を促す。 「ぐぬぬ、分かった。早く全部倒して、沢山美味しいものを食べるんだからね〜!」 こうまで周囲に言われては、プレシアとて聞かぬわけが無い。狐尻尾を膨らませて、何かを堪えると、何やら殺気立った目で赤粘水を見遣る。 「体液は間違っても飲まないように。誤飲防止で口を覆うなら布を渡しますよ」 自身の口はすでに覆い、若干くぐもった声で六条 雪巳(ia0179)も準備を急ぐ。 その間にも、ぽんぽんと赤粘水が跳ねてくる。その動きだけなら妙に楽しそうにも思える。 「食欲なのか、種の保存なのか知らんが……。欲求を最優先する奴がどうなるか……アヤカシに言い聞かせる訳にも行くまい。……排除する。」 牛の面で顔を覆うと、パニージェはタワーシールド「アイスロック」を掲げて前面へと飛び出していった。 ● 弾んだ丸い赤球は峠を下った勢いのまま、ぶつかってくる。とん、と盾に重みを感じるや、視界の端に別の赤球を捉える。パニージェは最初の赤球を弾くと、即座に盾をそちらに向けた。 しゃっ、と跳んでくる体液が盾にかかる。飛び散った飛沫が土を濡らし異臭が立ち込めるが、そこに構ってはいられない。 飛び出したパニージェに、赤粘水たちはたちまち群がる。 そんな群がる赤粘水の一体に式が絡まりつき、動きを邪魔する。一体、また一体と呪縛符で封じられ、動きを鈍らせていく赤粘水たちだが……。 「わわあ、……って、ぃ、嫌ぁっ!! い、いっぱい寄って、来ないでーっ!!!」 他の人がいると気付いてか。わらわらと赤粘水たちが術師であるラビの元に向かって来た。 慌てて、ラビは大龍符で巨大龍を召喚。空に広がる爪を研ぎ牙を見せて凄む。 しかし、所詮虚仮威し。赤粘水は怯える気配も何も無く、ラビへと襲い掛かろうとする。 玖雀はそんなラビの前面に立ち、不知火を放つ。明山の拳石をぶつけ、囲まれる前に三角跳で軽々と離脱。ラビの側まで一旦後退すると、強く言葉をかける。 「落ち着け、胸を張って顔を上げろ。お前の術はちゃんと効いてるだろう」 「あぅ、わ、分かった。僕、新米だし、役立たず、だし! ちゃんと先輩方からも勉強させてもらうよ」 狼狽して騒いで息を切らしていたラビは、気を落ち着ける為深呼吸する。息を吸いすぎて咽ているが、すでに玖雀は赤粘水に向き合っている。 ラビとて開拓者。たとえ非力で未熟であっても、いやだからこそ、いつまでも守られるだけの存在であってはならない。 吸心符を撃つラビに、合わせ玖雀もまた赤粘水を攻撃していくが。 「……まぁ、先輩から吸収して欲しくない部分もあるがな」 その視線が別方向にちらりとだけ向けられた。 「おいで〜、でっかいわんわん! 燃え燃え〜きゅん」 妙なふりつけと呪文で、プレシアは火炎獣を召喚。吐き出す炎が一直線に伸び、射線上の赤粘水を焼き払う。集団から逸れた赤粘水には火輪を投げ付ける。 玖雀が微妙な顔をしているが、そこら辺は全く関知しない。 「行っけ〜! 燃え燃えカッター!」 素早く動く赤粘水を逃がさず炎が焦がしていく。赤粘水もプレシア目掛けて跳ね飛び、体液を撒き散らすがそれは結界呪符「白」の陰に隠れてやり過ごす。 「そんな攻撃。でっかいはんぺんでシャットアウトだもんね〜♪」 「気をつけて。大口叩いて間違って飲み込まないように。かなり強力な体液です。……がむしゃらにこっちに向かってくるだけなのが助かりますけど」 鼻で笑うプレシア。同じく結界呪符「白」を出現させていたアルネイスは、その壁の成り行きを厳しい表情で観察している。 結界呪符「白」は術者の知覚が物を言う。陰陽師である彼らは十分な強度を作れるはずだが、見る間にどろどろと溶かされていた。数も多いのだし、十体ほど纏めて吹きつけられたらあっという間に壁の意味は無くなるに違いない。 だが、そうはならない。 赤粘水の興味はあくまで生きた人間だけ。何かに反応を見せないかもアルネイスは観察していたが、獲物目掛けてひた向かってくる反面、仲間すらどうでもいいのか、互いの行動がぶつかって阻害する事すらある。 協力して壁を崩す発想など当然無く、ぶつかる壁をどうにか越えようとばらばらな攻撃を繰り返したり迂回しようとして込み合ったりしている。 自身が囮なれるならと、アルネイスは届く範囲に地縛霊を仕掛けてカエルに作った式が赤粘水を攻撃。あるいは砕魂符で精神に直接攻撃する。 「凍り辛いのは粘泥に同じ……。これらも粘泥の変種という事らしいので当たり前ですか」 雪巳は赤粘水に氷霊結を仕掛ける。水分の多そうな相手。凍りつかせられれば、何かと有利になりそうだが、抵抗されるのか、術が効く気配は無い。 氷霊結もさほど距離のおける術でなし。感けて体液を吹き付けられ、痛い目を見るの困る。検証は早々諦めると、力の歪みで仕掛けていく。 歪んだ空間に巻き込まれて、赤粘水の体自体が捻れる。ぶしゃりと妙な音を立てて巻き散らかされた体液は勿論有害。 「固体であればまだ避けやすいものを」 若干残念に思いながら、かからぬ距離を取りつつ雪巳は赤粘水を攻撃していく。 「要は液体だ。防ぎようは幾らでもある」 トィミトイは太刀「獅子王」を手にし、ダナブ・アサドで身体能力を上げ続ける。吹きつけてくる体液は、持っている毛布や上着で、あるいはそこらに落ちている荷物を投げ付けて防ぐ。そうして攻撃し終わって隙の出来た赤粘水を他の固体に向けて蹴りつけ、あるいは殴り飛ばす。 他の開拓者目指しててんでばらばらに動こうとする赤粘水を、パニージェは盾で押さえ込み。 そうして一箇所に集めると、トィミトイが端的に指示する。 「今だ、纏めて薙げ」 「了解! 玖雀さんが身のこなしと炎で戦うなら、私は一陣の風になるのです。ジュゲームジュゲームパムポップン、ルンルン忍法神風の術!」 ルンルンは霊杖「カドゥケウス」を振り回す。 走りながら邪魔な敵をたたき、赤粘水の群れの中に飛び込んだ。 風神で周囲の敵を切り刻む。途端、体液が大量に飛び散る。完全に降りかかる前に、夜で時間を止めて危険地帯を潜りぬける。 「そして、時は動き出すんだからっ」 だが、完全には防げない。小さな飛沫がかかったか、所々に僅かだが爛れる痕跡がついた。 「うあー。やっぱりあれだけの数を纏めてだときついか」 「大丈夫ですか!? 今、治療します」 顔を引き攣らせるルンルンに、雪巳が急いで閃癒をかける。幸いすぐに治る程度。 けれども、この所業にルンルン以上に怒りを爆発させた者がいる。 「女の子の肌を傷つけるなんて! 許しませんよ、この赤玉が!!」 赤粘水のように顔を真っ赤にして、アルネイスは砕魂符を手当たり次第に投げ付けていた。 ● 赤粘水が瘴気に還り、改めて現場を確認する。 荷物や草の陰から見つかる半端に溶けた遺体は、ラビで無くても震えて吐きそうになった。 「守れなく、てっ、……ごめん、なさい……っ! もっと、もっと、強くなる、から……、ごめんっ!!」 雪巳が唱える祈りの声を聞きながら、ラビは涙を流して誓いを新たにする。 全てを自分たちだけで守れるほど開拓者たちとて強くも無い。けれど投げ出してしまえば、ただ苦難を受け入れるしかない。 「でもこれでひとまず終わったんだよね。終わったら食べに行くんだよね。ボク、イクラ丼食べたいの〜」 神妙に垂れ下がっていた尻尾と耳が跳ね上がると、プレシアは跳ね回って主張する。トィミトイが冷ややかな眼差しを向けるも、当の本人は意に介さず。 「分かった分かった。飯食いに行くぞ!」 「そうですね。打ち上げがてらお茶屋さんにでも行きましょうか」 渋々ながら玖雀が告げると、一つ息を吐き雪巳は笑みを作る。 「それまでは、これでも食べていて下さい」 「わーい、ありがとう」 アルネイスが持っていた食べ物をどっさり渡すと、プレシアは早速口に運び出す。 喜びも悲しみも生きていればこそ。 アヤカシ討伐終了と伝えに、開拓者たちは都へと帰っていった。 |