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■オープニング本文 ●浪志組 真田の言葉に、有希は黙った。 「……真田さん、覚悟を決めてくれ」 「解ってる。出撃だ。一人残らず生かして捕らえるぞ」 服部の報告に、森藍可はげらげらと腹を抱えて笑い転げた。 「ふん。えらくどでかいコトを考えたものだ」 「笑い事ではないぞ?」 「わかってら」 ぐいと酒を煽る藍可の瞳が、きらりと輝く。 「だが……この私をコケにしたツケは払わせてやる、必ずな」 「随分と荒っぽいな」 怪訝そうに見返す服部に鉄扇を向け、藍可はにいっと口元を細めた。 浪志組の面々はむろん、それ以外の者も多勢集まった部屋の中で、東堂はため息混じりに口を開いた。 「止むをえません」 誰も、言葉を発しない。 「神楽の都を去りなさい」 だが、と東堂は考える。彼らが大きな過ちを犯したことも確かだ。彼らは、もっと慎重にこちらを探っていれば、密かに先手を打って我々を一網打尽にできた筈である。おかげで、我々に都を脱する隙を与えたのだ。 「時を待ちましょう」 彼は呟いた。そして、それ以上語らなかった。その様子は、不思議なほど穏やかに見えた。 ● 何やら物々しさを増す神楽の都。そんなの知った事では無い、と、酒天童子は相変わらず大酒を喰らっていた。 「おー。いたいた。大酒呑みの修羅のちびってお前さぐああああ!!」 「誰がちびだ! 誰が!!」 居酒屋に顔を出した客が、酒天を見るなり話しかけてきた。呼び方が悪く、即座に顔面を蹴りつけられる。 流れる鼻血を手で押さえながら、よろよろと客は何やら手紙を渡してきた。 「俺は、その特徴の奴にこれを渡せと言われただけで別に」 「そんな特徴で見つけるな!!」 ぽかりと客の頭を叩くと同時、手紙をふんだくる。 中を改めると呼び出しの文句と簡単な地図。そして、真坂カヨの名が添えられている。 カヨから手紙をもらう理由も無ければ、呼び出しをもらう理由も無い。騙りと取るにはそういう人物なので、不適切だ。 浪志組の騒動も物見高い酔客の肴で、あっという間に耳に入っている。その最中に一体何の用があるのか。 興味を引かれて、酒天は居酒屋を後にした。 地図に示されていたのは郊外にある寂れた社だった。 商用の船が行き来する大きな河も越え、その賑わいも聞こえるかどうかの場所。それでも誰か手入れしているのか、それなりに手入れされていたが。 「ふむ」 草を踏んだ跡を見つけ、酒天は躊躇無く社の戸を開けた。 「誰かいるだろ。隠れてないで出てこい」 隠れているつもりだろう。物音一つしない。けれど、戦い慣れた者なら簡素な祭壇の陰に数人が纏まっているのが簡単に知れた。 待ったのはしばし。 おずおずと、そこから顔を出してきたのは小さな子供だった。 「兄ちゃん、酒天童子? 婆ちゃんに呼ばれてきたの?」 「おう。呼び出した本人はどうしたい」 酒天が渡された手紙をひらひら揺らがせると、相手もそれで納得したか。祭壇裏から出てくる。 子供の数は十数名。大きい者でも十は越えないようで、男女はばらばら。その一番大きい子が代表なのか。懐からまた似たような手紙を黙って差し出してきた。 黙って受け取ると、途端、酒天の顔色が変わる。手紙を持つ手に力がこもって皺を作り、声が震えている。 「……おい。これは一体どういう了見だ」 「婆ちゃんたちは世の中をよくしようとしたんだけど、行き違いがあって逃げなきゃダメになったんだって。でも、逃げるのは大変な事で僕らに苦労させるのも大変だから、どうにかしてくれそうな人に頼むって」 逃亡は簡単ではなく、この人数の子供らがいると足手纏いになる。逃げ切れても、いつまで続くか分からない逃亡生活は苦労し、精神の疲弊も大きい。 かといって、屯所に置いていてはどんな目に合うか分からない。子供といえど容赦はせぬなど、仕事ならば尚更だ。 せめてほとぼりがさめるまでは、安全な場所で守られる必要がある。 それでどうやら酒天に白羽の矢が当たったらしい。 「アホか、託児所やってんじゃねーよ!!」 条件としては確かに悪くは無い。酒天は現在拠点を神楽の都に置いているので、子供らも慣れた都を離れずにすむ。元・修羅の王としての肩書きは朝廷とも繋がりが深く、浪志組とて容易に手を出せないだろう。根回しして何かしらの命令を取り付けても、かつては朝廷とも渡り合った御仁。納得しないなら平気で暴れる。開拓者とも仲がいいので、事によれば志体持ち相手に大立ち回りも覚悟せねばならなくなる。 とはいえ、それを無断で託されてはたまったものではない。 顔を真っ赤にして怒鳴る酒天に、子供たちがびくりと震えた。小さな子は怯えて泣き出す始末。 「泣いてんじゃねー! ってか、泣きたいのはこっちの方……」 悪態ついていた酒天が口を閉ざし、背後を睨みつけた。 ばらばらと走りよってくる影がある。追っ手の浪志組、そして彼らに雇われた開拓者たちといった所か。 彼らは社の子供らを見つけると、すぐに駆け寄り、包囲する。 「東堂に世話された子供らだな。……見ない顔がいるな。誰だ、このち」 「ちびとかちんちくりんとか言ってんじゃねー!!」 最後まで言わさず、酒天の投げた草履が一人の隊士の顔にめり込む。 「酒天童子か。何故ここに!?」 「知るか! カヨにでも聞け!」 思わぬ人物の関わりに追っ手は戸惑っている。おまけにすこぶる機嫌が悪そうだ。原因が何かと思えば、酒天が持っていた手紙を渡された。 子供らを頼むとした、簡素なものだったが、酒天の表情や態度と合わせてすぐに事情を察する。 どうするかと追っ手たちは、目で話し合う。咳払いを一つすると、代表で一名が交渉に出た。 「とにかく、屯所に戻ってもらおう。小さいとはいえ身内同然だったんだ。東堂さん……いや、東堂たちの行方を知ってる可能性がある」 「知らないよぉ。僕らここで大人しくしてて婆ちゃんに言われて待ってただけだもん」 「直接は知らなくても、何か心当たりぐらいあるだろう。ゆっくり話を聞かせてもらう」 苛立って詰め寄る追っ手に、子供らはますます身を硬くし、とっさに酒天の後ろに隠れた。 立ち塞がる形になり、酒天がうんざりと顔を歪ませた。 「邪魔をするか?」 事の次第によっては容赦出来ないと、追っ手は武器すらちらつかせる。それほどまでに殺気だっている。 別に酒天としては渡した所で困らない。手紙一つで礼も無く押し付けてくるのも無責任ではないか。 それだけ急いでいたのだろうが、その辺りの事情も知った事では無い。 だが、ここで屯所に渡してしまえば子供らがどうなるかは分からない。酒の席での森藍可の狼藉話を窺うに、まぁそれなりの酷い目には合いそうだ。 何より、言われてすぐにそうですかと渡してしまうには少々追っ手の態度が悪く、癪である。 (どうしたものかなぁ) どこか暢気に酒天は事の次第を考える。 とりあえず、状況を見る。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
アルクトゥルス(ib0016)
20歳・女・騎
无(ib1198)
18歳・男・陰
アルウィグィ(ib6646)
21歳・男・ジ
柏木 煉之丞(ib7974)
25歳・男・志
ブリジット・オーティス(ib9549)
20歳・女・騎 |
■リプレイ本文 怯える子供らを抱きしめながら、柚乃(ia0638)は状況を把握する。 柚乃としては酒天童子を見つけて後を追ってきただけ。それで社にて顔を出した子供らに驚いた。屯所で真坂カヨと会う時など折に触れ顔を合わせている。 何故こんな処にと思う間もなく、駆けつけた浪志組隊士が何やら剣呑な顔で問答を始めた。そうなるとただ黙っては見ておられず、ひとまず子供らを庇う。 「カヨさん……が……? 逃走?」 東堂の計画した謀叛。それにカヨも関与していると、浪志組が行方を追っていた。 謀叛を企てたのは浪志組。取り押さえるのも浪志組。傍から見てるだけでは何をしているのか、混乱しそうだ。 「子供らが行方について何か知っているかもしれない。こちらに引き渡していただきたい」 と、隊士たちは言う。 筋は通っているが、どうも態度が剣呑過ぎる。怪訝な顔を作ったのは、酒天についてやってきた開拓者たちだった。 「カタギには見えない方々が揉めている様子でしたので、覗いてみればお顔を知っている人がいてまぁびっくり」 全く驚いた様子も無く、和奏(ia8807)がただ見たままを述べる。 「誰がカタギじゃないって?」 「そうですね。昼夜を問わず呑んだくれてる方を真っ当と呼ぶのは難しいと思います」 剣呑に見つめ返してくる酒天を、和奏は訳が真正面から首を傾げる。 「酒天さんって、何もしなくても厄介ごとに巻き込まれる体質なのですね」 「いやぁ、それほどでもー……ってそんなの言われて喜べるかっ!!」 「そもそも褒めてませんから」 小声で話しかける菊池 志郎(ia5584)に、酒天は子供らから受け取った手紙を渡す。 改めて目を通す。そこにはカヨから子供らを頼む願いがしたためられている。 「丸投げ……ですか。確かに無責任なお話ではありますね。最後まで責任持って面倒見られないものを軽々しく引き受けるのはどうかと」 和奏が嘆息一つ。 謀叛の計画をたてるなら、子供らの処遇について決めておいて欲しかった。追われる身になるなど、端から考えていなかったのか。それはただの奢りか不倶戴天の決意か。あるいはこうして酒天に任せてしまうのも計画の内か。いずれにせよ今となっては同じ事だ。 「んだな。じゃ、責任持つ前にこいつら放り出すか」 「何言ってるんですか。可愛い子供たちと、ごろつきみたいな浪志組。どちらにつくかは迷う事無いでしょう」 面倒そうに子供を追い払おうとする酒天に、アルウィグィ(ib6646)はとんでもないと睨みを入れる。自分はいつでも子供の味方だと。 「何をごちゃごちゃと。渡すか、渡さないか、さっさと決めろ」 ただし、渡さないとあらば容赦はしない。言外にそう告げる態度で、先頭に立っていた浪志組隊士は刀に手をかける。 途端、その隊士は吹っ飛んでいた。 「……。子供相手に殺気立ってんじゃねぇよ、大の大人が雁首揃えてみっともねぇ」 固めた拳を突き出したまま、アルクトゥルス(ib0016)はまだ酒気の残る息を吐き出す。 「邪魔をする気か!?」 「知るか。売られた喧嘩は進んで買うのが私の一族の慣わしだ。そうそう、こちとら酔っ払いだ。手加減なんぞ期待してたら大怪我すんぞっ!」 酒天の呑み歩きに付き合い、その延長で面白半分に来て見ればこの顛末。浪志組に興味は無いし敬意も無い。その上で、そういう態度に出られたら、自然、体も動く。 後ろで酒天が「その手があったか」と喜色を上げている。何やら他の開拓者に押し止められている気配もあるが、そこまで確認する気は無い。 無様に転がった隊士が怒りに歪む。他の隊士たちもアルクトゥルスに向けて剣呑な目を向けていた。 その隊士の中から、一人が進み出た。刀に手をかけたのを見て、アルクトゥルスもやるのかと勘繰り、マインゴーシュを手にしかけた。 けれど、その隊士は持っていた刀――刀「蒼天花」と刀「夜宵姫」を両方とも地面に置くと、酒天に向けて膝をつき頭を下げた。 柏木 煉之丞(ib7974)の頭上には修羅の角がはっきりと見える。 「失礼いたした。争う気はこちらも無く、非礼は深くお詫びしたい」 「おい、お前!」 謝罪する煉之丞に、殴られた隊士は不満をぶつける。が、煉之丞の方はそれには冷ややかな目を向ける。 「先に失礼があったのも、揉めて分が悪いのも俺たち。隊が不利な立場のままにお上に話があがったらどうなる」 真っ当な話に他の隊士はうっと口をつぐむ。 「しかし……」 「子供相手に苛立っても仕方ないでしょう。それともあんな子供相手に刀を抜くのですか? それが都の治安を預かるもののやる事?」 尚も言い募ろうとした隊士に、ブリジット・オーティス(ib9549)が恥を知れと叱責する。 浪志組から手を貸して欲しいと言われて同行していた彼女だが、それはこんな子供たちを追い詰める為ではない。また、隊士らは捕縛よりも討伐を前提に考えているようだが、それでは事情が分からなくなる。そもそも、同行しているものの、ブリジット自身も細かい話はよく分かってない。 「内紛にしか見えない今回の件、外部の者の前では立ち居振る舞いには気をつけねばならないのではないですか?」 気品のある態度で指摘するが、向こうにも言い分はある。しかし、と言い募る隊士たちの前に、子供らと何かこっそりやりとりしていた无(ib1198)が進み出る。 「子らの保護は開拓者の酒天殿が受けた依頼で、ギルドにも陰陽寮にも行きますね。御指摘通り、この話が上にも届けば、さてどうなるか」 しれっと話を続ける无。 別に子供らの処遇を引き受けた訳ではまだ無い。そもそも別にギルドからの依頼を受けた訳でも無い。話は行くかも知れないが、書類に残るかも怪しい。 もっとも、正式な依頼だとも一言も言って無い。勘違いするのも悪いといったとぼけた風情で、无は話を流す。 「別に引き受けるとは言ってな……」 「しー。ややこしくなるので、黙ってて下さい」 酒天が不快そうな顔をするも、柚乃が素早く口止めする。そこらを掘り返すと隊士がまたどういう態度に出るか。 「大体。大儀だの人民の安寧だの、ご立派な事を言っている割には、やってる事は放火に殺しに子供の誘拐。大盗賊も真っ青ですよね」 「それは東堂派のやらかした事だ」 アルウィグィの言い草に、隊士たちは顔を顰めた。けれどアルウィグィにしても、やり口には不満しか無い。 「東堂派だの関係無いですよ。浪志組の非道に、どれだけ迷惑している事か。大儀と言えばどんな事も許されるとは、便利ですね大儀って。そもそも、俺が逃げる立場なら、追っ手が子供に構っている間に逃げますね」 強気で正論を告げると、反論もし難い。隊士たちが怯む。 「だよな。用意周到に大それた計画を立てるような連中が、子供でも見当がつく心当たりでも残すと本当に思ってんのか、お前ら」 「そ、それは。詳しく話を聞かねば分かるまい」 呆れ半分揶揄半分。アルクトゥルスの言葉に、隊士たちは言葉を言い繕う。 「知らないよぉ。東堂さまや婆ちゃんたちの御用は大事だから、子供はついてきちゃダメって言われてたし」 泣く子供たちに、无は頷く。 困惑し出した隊士たちを認め、志郎は子供らとの間に割って出た。 「事情どうあれ、貴方方も捕り物の最中ならお忙しいでしょう? 無理に子供達を連れて行って、あるかわからない情報を聞き出そうとするのは、人手と時間の浪費ではないですか。子供達はここにいる俺達開拓者と酒天様とで保護致します。逃げも隠れもしないので、ゆっくりと後でお伺いになればどうです?」 「だから、別に引き取るとは……!」 宥める志郎に、酒天が声を荒げる。もっともその言葉も途中で、止められた。 隊士たちは顔を見合わせている。確かにぐずぐずしている暇は無い。 「子の前で荒事は避けたい。話し合いは出来るが……、確かに子の思いつく場に東堂やその一味が留まるか? それにこの人数は話し合いには少々多い。酒天様の預かりになるなら所在は確たるもの。後でゆっくり話を聞けるし、面倒も見られる」 「捜索に出るならお早く。ここは私が残り、子供たちは責任持って連れ帰ります」 煉之丞とブリジットが結論をせかす。 隊士は胸の内で算盤を弾いている。けれども、その考えは決まっている。 「確かにな。我らは逃亡者を探すとしよう。――子供らは任せる。途中情報が得られるようなら森さまにお早く」 ブリジット一人では何かあった時に不都合と、隊士を数名残し、残りは逃亡者追跡を再開する。 方針が決まると、煉之丞は一つ頷き刀を装備しなおすと、酒天の前に進み出る。 「失礼は平にご容赦を。ここでお会い出来たのは何たる幸いか。本当なら酒席もご一緒したいが、任務と途中ならばこれにて失礼」 煉之丞が酒天の手を隠すように名残惜しそうに両手で握る。表情を険しくした酒天にもう一度頷くと、煉之丞は捜索に向かう隊士たちと共に立ち去った。 しかし、煉之丞にはカヨを捕まえる気は無い。見つけたとしても浪志組の目を逸らして逃がす気でいる。 子の泣き顔も恨み顔も嫌い。物騒だけは阻止したい。その為に、煉之丞は浪志組にいる。 ● 隊士が動き出す気配を感じ、先んじて无は場を離れていた。 カヨの後を追う為である。 けれども、その足取りを追うのは難しい。子供らは本当に居場所に心当たりが無いようで、馴染みの店を回れば浪志組が先に張っている。 「上手く行かないものですね」 子供らから受け取ったカヨへの伝言。文字は書けたが、子供なりに隊士らに悟られるのを嫌い、簡潔に伝言を託された。 「僕らは元気にやるから、婆ちゃんたちもがんばってって……」 子供らなりに大事に巻き込まれたのは分かっている。だが弱音も吐かず、ただ相手を気遣う。 けして粗暴な輩に育てられた風情ではなかった。 ● ブリジットと数名の隊士が残る。子供らは不安そうにどうしたものかと、酒天や開拓者たちを見上げる。 「っていうか、何で俺が引き取る前提に落ち着いてやがる!? 承諾した覚えはねーぞ」 「騒動が落ち着くまででいいの。家、使ってないのでしょう?」 盛大に騒いでいた酒天は、柚乃の指摘にそれはそうだがと口ごもる。 「……子守は慣れたモノだと。王様で百年以上生きてるなら、妻子ぐらいいたでしょう。全部人任せだったの?」 「子守は女の仕事だろ。俺の出る幕なんぞそもそも無いっ!」 ちらりと酒天を見る柚乃。当の相手は、妙に威張り顔で胸まで張ってる。 「浪志組は東堂が抜けても一枚岩ではありません。誰が何に加担してるか分からない渦中に連れて行けば、口封じの危険もあります。ギルド預かりで、酒天さんの家に置くのが丁度いいと思いますが」 「困った時の開拓者ギルド頼みと行きたいが……。正直、大伴のじい様ぐらいを後ろ盾に担ぎ出さんと、家に乗り込まれて掻っ攫われかねんな。まぁ、朝廷から宛がわれた家なら間接的に朝廷の財なんだから迂闊に焼いたり出来ないんじゃね?」 胡散臭そうに隊士たちを見るアルウィグィに、アルクトゥルスも物騒を告げる。 志は高いが、浪志組はごろつきや野党崩れも混じる。東堂が即戦力を――恐らくは今回の叛乱に向けて――求めたせいでもあるが、今回の謀叛や逃走劇といい、開拓者らにしてはどうも信が置けない雰囲気がある。 「浪志組でのイザコザですし、隊の中で解決していただくのが筋なのでしょうけど、子供さんたちがどう扱われるのか。放置した子供さんたちが酷い目に遭っていると聞けば、ご自身で出頭してきてくださる可能性もなくはないでしょうけど……。いろんな意味で浪志組の為人が測れそうですねぇ」 今は退いてはくれたが、退いたと見せて強奪してくる可能性もあるのだ。なかなか奥が深い、と和奏は目を細める。 浪志組が泣くのは別にいいが、子供らが泣くのはさすがに胸が痛い。当分そばについた方がいいかもしれない。 「それで、酒天さまはどうしたいですか?」 だがその前に身柄をどこに置くべきか。和奏は不機嫌な酒天を見つめる。 家を貸すのも後見につくのも、酒天の意向が一番。カヨとて拒否される可能性も考えたはずだ。それで敢えて託したには、酒天の意向を尊重するつもりだろうと、和奏は解釈する。 「子供は嫌い? どうしてもダメ?」 「嫌いって訳じゃねぇけど……」 上目遣いで頼む柚乃に、酒天は口を尖らせる。 不満の原因は、子等がいると自由に呑み歩けなくなるとかそこらだろう。 「人は世間のしがらみからは逃れられないのですよ。この子達がこの先拷問されるかもと思うと、気分はよくないでしょう?」 志郎が、悩む酒天の耳元に囁く。 酒天の肩書きは何かと便利ではある。大物で言えば、大伴でも構わないのだが、此度の計画の処罰具合では東堂相手に子供たちがどんな風に利用されるか分かったものではない。 「食事や洗濯の世話に、俺も通いますから」 さらに志郎が言い募ると、酒天は参ったとばかりに小さく両手を上げた。 「分かった。だが、長くは面倒見切れないからな」 苦虫を潰す酒天に、開拓者たちはほっとしたように笑みを向ける。子供たちは事態が分からず、まだ不安そうにしていた。 行き先決まれば早速と、酒天と共に子供たちは彼の家へと連れて行かれる。 その一方で、改めて志郎らはカヨたちを追う。だが、その目的は捕縛ではない。恨みも悪意も無い相手。上手く逃げ切る事を切に願って……。 結局カヨは見つからず。けれど、東堂は大人しく縛についたという。 ● 子供らのはしゃぐ声が、邸内に響いている。 聞きなれぬ声に違和感を覚えながら、酒天は煉之丞が密かに渡してきた手帳に目を通す。 簡単な前置きの後、煉之丞が知った桜紋事件の真相が走り書きされていた。 桜紋事件。楠木が謀叛を起こした理由は不明とされるがそれは表向き。真実は、当時の帝・英帝が武帝を疎んじその弟を帝位につけようと画策した事件だという。しかし、朝廷三羽烏に察知され、乱は初動段階で阻止された。そうする内に肝心の弟君も病に倒れ、失意の英帝が手を引くままに忠節の一族郎党は無念に死んだ。 帝自らが乱を企てるなど言語道断。そんな事実、伏せられて当然だが……。 月日流れ、東堂らその生き残りの志した国、天下万民の治世、天下泰平の理想。 読むに連れて、酒天の表情が険しくなる。 「英帝は、弟をね……。あの武帝ではなく」 鼻で笑うと、囲炉裏に向けて手帳を放る。湯を沸かしていた火に滑り込むと、たちまち手帳は煙を上げる。 「どういうつもりか。事によっちゃあ、烏ではなく狐か狸か泥棒猫だな」 手帳はすぐに灰になる。燃え残しが無いかを入念に確認した上で、酒天はどっかりとその場で引っくり返った。 |