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■オープニング本文 ●鬼襲 開拓者に言われ、佐和野村では住人達が各々の家に引き籠っていた。 人々の表情には不安の色が浮かんでいるが、開拓者達がアヤカシ退治へ向かった事を知っているためか、同時に幾らかの明るさも残っている。 「それにしても、ここしばらくはアヤカシなぞ出なかったが」 「案ずる事はない。来てくれたのは皆、手練の開拓者達。アヤカシも小鬼なれば、村の者に害が及ぶ事もなかろう」 村長の家の座敷で、小斉老人は飄々と煙管を咥えた。悠然とした老人の様子を見て、家の主である村長もほっと息を吐くが。 「村長様、小斉の旦那、大変だ。アヤカシが村の中に!」 「何と。どこから、いつの間に……開拓者殿が見ているのではないのか!?」 庭に駆け込んできた村の男の知らせに、壮年の村長がぎょっとする。 「それが……」 「ふん。逃げもせず、悠長なモノだな」 クックと濁った嘲笑が聞こえ、塀にどんっと人影が降りた。 人ほどの大きさだが二対四腕を持ち、頭からは二本の角が生えている。 「アヤカシかっ」 「村長、村の者を今すぐ神社へ逃がせ」 狼狽し、青ざめる村長に言い置いて、小斉老人が腰を上げた。そして慌てる事もなく、背筋をしゃんと伸ばした小柄な老人は悠々と縁側へ出る。 「こ、小斉、翁……」 「こやつの足止めは、この老いぼれがしておく。開拓者らの懸念は然り、アヤカシは一体とは限らぬ。他にも潜んでいるやもしれんからの。護衛を頼み、疾く逃げよ」 見下ろす相手から視線を外さず、ひょいひょいと後ろ手に指先を動かして背後の者達を促した。 「お前が、相手をするとな?」 「老体故に、骨と皮ばかりで美味くはないじゃろうがな」 呵呵(かか)と笑う小斉老人に、多腕の鬼が鼻に皺を寄せる。一見すると開拓者には思えないが、村の者のように恐れる気配はなく。アヤカシはアヤカシならではの勘で、老人の動きを警戒していた。 「さぁ、早ぅ行けい!」 老人の叱咤に村長と村人は軽く頭を下げ、預かった少女の手を引き、仔こふらさまを抱え上げて裏より逃げ出す。 鬼が追おうと腰を落とせば、その鼻先をブンッと投げつけられた煙管がかすめた。 「この老獪に臆し、背を向けて逃げ出すか。鬼よ」 「面白い」 口角を上げた剛の鬼は鋭い牙をぞろりと剥き、塀を蹴って庭へ降り立ち。 「ならば先に往ね、ニンゲン」 「ほほぅ。老い先短い老いぼれ相手に、そう凄むかアヤカシ」 対する小斉老人はあくまで清しく飄々と笑い、足袋のまま土を踏む。 「儂は随分と長い間、人を待たせてしもうた。じゃが佐和野の村を守り、村の者を守った事を遅参の手土産とすれば……あやつも、怒りはしまいて」 そして腰の刀をすらりと抜き、剣先を下げて下段に構えた。 ●猶予の三日 小鬼退治の開拓者達が、神楽の都へ引き上げた日の夜。 主人なき庵の庭へ、簀巻きが一つ放り込まれた。 「……何の真似だ、アヤカシ」 明かりも点けず、縁側に面した座敷に座っていた崎倉 禅(さきくら・ぜん)が物音と動く気配に問う。 「ふん。こんな老いぼれ、喰っても腹の足しにすらなりやせん。それどころか、コッチが腹を壊しかねないからな」 「三日の猶予を、殊勝に通すとは……変わった鬼もいるものだ」 「違えるな、ニンゲン。猶予の間に震える者どもの怯えは、耳に心地よいものよ」 クッと低く嘲笑う色が混ざり、それきり耳障りな声も動く気配も夜の闇の向こうへ遠ざかった。 のそりと立ち上がった崎倉は、庭先に放り込まれた簀巻きの中を改める。 扱いはお世辞にも丁重とは言えないが、師の亡骸は穏やかで満足げな笑みを刻んでいた。 「ああ、これじゃあ……喰えんだろうなぁ……」 失笑まじりに落とした呟きが震え、ぐっと目頭を押さえる。 そのまましばし項垂れた崎倉は、簀巻きを戻すと肩へ担ぎ上げた。 珍しくアヤカシが喰らわなかったとはいえ、瘴気に蝕まれていないとは限らず。村人は命の恩人の亡骸であっても、恐れるだろう。 近くの空き地で黙々と薪を積み上げ、簀巻きを乗せてムシロを被せ、柴へ火を点ける。 そうして独り、崎倉は亡き師を荼毘に付した。 重い雲が垂れ込め、月も星も見えぬ空から、冷たい氷雨がしとしとと降り始める。 それでも寒々とした冬の空を照らすかの如く、夜遅くまで赤々と炎は燃え盛っていた。 ○ 深夜の雨が上がった翌日、佐和野の村に四つの人影が現れた。 閑散とした村を悠々と通り抜け、一番大きな家へと乗り込んで『応!』と吠える。 『参ったぞ、剛の鬼!』 鉄のような黒い体躯の鬼が大音声で告げれば、庭の方から返事がした。 『来たか、四方の鬼』 『わざわざ、我らを呼び立てるとは。何ぞ面白い事ももあるのか?』 応じた多腕の鬼に、獅子のたてがみのような白い髪をした鬼が肩を揺らして笑う。 『そうだな。これから面白くしてやるというか、そんなところだ』 『ほぅほぅ? それで、いつも飛び跳ねておった腰巾着の小鬼はどうした。喰ったか』 別の鬼が緑爪を顎(あご)へやり、用心深く首を伸ばすように気配を窺った。 『アレはニンゲンに討たれた。つくづく、役に立たぬ小鬼よ』 『ニンゲンとな。開拓者どもか!』 どすんと棘付の金棒で地面を叩いた赤ら顔の鬼が、鼻息も荒く息巻く。 『そうだ。そして近いうち、ニンゲンどもが俺を討ちに来る。もし来なくば、村の外れで怯えているニンゲンどもを好きに喰うし、お前達も喰っていいぞ』 『まぁた、つまらぬ事をしておるなぁ』 『だが、それが面白い! 開拓者を返り討ちにして、逃げ惑う者どもを平らげてやろうぞ』 黒肌の鬼に、白髪の鬼がガラガラと笑う。 多腕の鬼が呼び付けた鬼どもは、それぞれ容姿より『緑爪鬼』『赤顔鬼』『白髪鬼』『黒鉄鬼』と呼ばれ、まとめて四方鬼といった。 ○ 「戻った開拓者達に、開拓者ギルドへの言付けと依頼を頼んだ。三日の猶予に間に合うよう、新たに依頼を受けた者達が着くだろうし、着けば村に陣取った鬼を討ちに行く」 村外れにある小さな神社の社務所にて、崎倉は村長と神職、そして村の男数人と話をしていた。 「崎倉様は、どうされるおつもりで? 見張りの者の知らせでは、新たに四つ程の鬼を見たとか……一緒に、小斉翁の仇討ちに行きなさるか」 おずおずと訊ねる村長に、崎倉は小さく首を横に振る。 「俺は、この場に残る。鬼が新たな鬼を呼んだなら、避難している村人の身も危うかろう。ここを俺が守っていれば、開拓者も憂う事無く存分に力を揮(ふる)えるだろうからな」 それを聞いた村人達の表情には、不安と安堵が入り混じっていた。ともかく先の事は開拓者が着くまでと、崎倉を残して話し合いの場を後にする。 「も〜ふ〜ぅ」 背後で寂しげに藍一色の仔もふらさまが鳴き、振り返った崎倉は膝を抱えて縮こまるサラと仔もふらさまの頭を順に撫でた。 ○ そして猶予の三日目に、開拓者は佐和野の村へ着く――。 |
■参加者一覧
神凪 蒼司(ia0122)
19歳・男・志
キース・グレイン(ia1248)
25歳・女・シ
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
カルロス・ヴァザーリ(ib3473)
42歳・男・サ
ソウェル ノイラート(ib5397)
24歳・女・砲
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ
藤田 千歳(ib8121)
18歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●最初の一手 冬の空気に、突如として閃光が迸った。 貫く電撃に驚き、畑の中にいた数羽の黒い烏が一斉に羽ばたく。 「朧、飛んでいく先に注意して!」 飛ぶ影をマスケット「シルバーバレット」の照尺越しに追いながら、ソウェル ノイラート(ib5397)が黒髪を翻した。 「はい。この緑爪鬼を倒したら、次は剛の鬼を倒しに向かいますから……奇手を打たれては面倒ですね」 両手で錫杖「星詠」を水平に携えた斎 朧(ia3446)は、鎖の分銅を振り回す鬼を見据える。直後に『浄炎』の炎が鬼を包み、再びジークリンデ(ib0258)が『アークブラスト』を飛ばすと同時に鎖が放たれた。 「させる、か……!」 ジャランッ、と。横合いから風を切って飛んだ、長大な斧の柄が伸びた鎖を弾く。 携えた長柄斧を投じたキース・グレイン(ia1248)は、踏み込んだ体勢のまま詰めた息を吐き。 「今はお前の相手をする時間すら、惜しいからなっ」 神凪 蒼司(ia0122)の抜き払った珠刀が『炎魂縛武』の炎をまとい、紅の弧を描いた。 懐へ飛び込む相手を斬り裂くべく、鎖と繋がった鎌を引きながら緑爪鬼が丸太の如き腕を振り下ろす。 だが飛来した拳石と朱色の苦無が鬼の腕を抉り、深々と突き立ち。 「ガァァッ!」 吠えた鬼の脇腹を二刀が切り裂いた直後、湾曲した緑の爪が蒼司の腕を裂いた。 「くっ……!」 「神凪殿!」 「この程度、かすり傷だ」 鬼を挟んで逆の側から仕掛けた藤田 千歳(ib8121)が気遣いの声をかければ、蒼司は即答し。志士二人が間合いを取る隙を稼ぐべくソウェルは足を狙って動きを牽制し、続けざまに玖雀(ib6816)が『螺旋』の技にて明山の拳石を投じる。 鎖を絡めた長柄斧はそのままに、無手のキースは低い体勢で鬼の懐へ飛び込み。 同じく『払い抜け』で間合いを詰めたカルロス・ヴァザーリ(ib3473)が、鎌を握る腕へ野太刀「鬼霧雨」を振るった。 「鬼如きが無駄なあがきなどせず、大人しく斬られておけ!」 「ハァッ!」 振り下ろされる『障害物』を一刀は腕ごと弾き返し、抉じ開けられた胴へ拳布を巻いた握り拳をキースが叩きつける。 「ニンゲン、ごと……き、がっ!」 片言で吠える鬼は、辛うじて皮一枚で繋がった腕を振り回した。 「チッ、鬼風情が往生際の悪い」 「さがって下さい!」 出鱈目な攻撃で掠める爪にカルロスは毒づき、後方よりジークリンデが注意を促す。 そして再び、炎と電撃が鬼の身を焼いた。 断末魔の声をあげた鬼は踏み荒らされた畑に崩れて地へ解け、塵と化して風に散る。 「片付いたか」 見届けた玖雀に無言で千歳は首肯し、血振りした刀を鞘へ収めた。 「四方の鬼の特徴から、何らかの仕掛けを考えているのかと思いましたが。そういう訳でもなさそうですね」 アヤカシの消えた地面を観察するジークリンデは独り思案し、前へ出て戦った者達の傷を朧が確かめる。 「大丈夫ですか? 具合の方は……」 「毒はじきに抜けるとは思うが、な」 身体を蝕む毒のせいか。真冬だというのに答えた蒼司の額には汗が滲み、ソウェルは眉をひそめた。 「神社まで戻って毒を抜いた方がいいね。堪えても、鬼はまだ四体いるんだから」 「こんな毒。いっそ……」 熱を持って回る毒が己が身をじわじわと蝕むのなら、いっそ放って朽ちるのもと思ったカルロスだが口をつぐんだ。縁もゆかりもない村人の命など知らぬ事だが、鬼と知恵比べで負けると癪に障る。故に、何処にいるか分からぬ言真似烏へ聞こえるよう、大きめに声を張った。 「まさか剛の鬼も、先に人間へ手を出しはしないだろう。もしするようなら、開拓者に恐れをなした……その程度と、落胆するが」 果たして、アヤカシの鳥が真っ当に人の言葉を伝え運ぶかは分からないが。開拓者の一行は、村外れにある小さな神社へ取って返した。 村一番の大きな家の庭へ一本足の烏が数羽ほど降り、ギャアギャアと鳴き交わす。 開け放たれたままの座敷で暇そうに寝転がっていた二対四本腕の鬼は、のそりとその身を起こした。 「……ふん。ニンゲンどもは、東の緑爪鬼から仕掛けたか」 騒がしい言真似烏に剛の鬼はにたりと笑い、退屈に飽いていた腰を上げる。 猶予の三日が過ぎた、四日目の昼前の事だった。 ●弔い戦 時は遡って、猶予の三日目。 佐和野村の中心から見て北東に位置する村外れの小さな神社へ、開拓者の一行は真っ直ぐ足を運んだ。避難した村人達が見守る中、崎倉 禅は社務所の一室に一行を案内する。 「禅。あの時、アヤカシの動きを見誤ったばかりに……申し訳なかったな。今更……後で何を言っても、空虚とは思うが」 目をそらさず詫びる蒼司の言葉に、しばし崎倉は目を閉じた。 「いや。己の責として負い目に思う事も、誰かを咎める必要もない事だ。小斉先生ならば、そう言って笑い飛ばしただろうさ」 「ですが、分かっていたのに乗せられました……どこかで、所詮はアヤカシと甘く見ていましたか」 重く息を吐いた朧は、膝の上で両の手を握ってから首を横に振る。 「言われるとおり、悔いたところで戻ってくる命はなし。翁の稼いだ時間が無駄でなかったと証明するのが、せめてもの手向けとなりましょう」 「そうだな……村の者達が生きる為にも、よろしく頼む」 状況をひと通り説明した崎倉は改めて頭を下げ、見張りの為に部屋を出た。 「……開拓者をやっていれば、いずれ直面する事だと分かってはいるのだが。僅かではあれど、面識のある者がアヤカシの手に掛かるのはこたえるものだな……」 まだ湯気の立つ湯呑みを取り、ふっとキースが呟く。 「鬼の奴。胸くそ、悪ぃこと……しやがって……っ!」 剛の鬼への怒りを隠さず、ぎりと歯噛みをして玖雀が打ち震え、視線を落とした千歳は自責の念に駆られていた。 「俺は……小斉殿を、村人を救えずに、何をやっていた。何が尽忠報国だ。何が天下万民の為だ」 「二人とも、あんまり苛々してるとハゲるよ?」 思いつめる様子に、見かねたソウェルが軽い冗談を口にする。それでも真摯な眼差しの千歳は、黒髪を左右に揺らし。 「だが……俺は、弱い。浪志組の理想を体現するには、力が足りない」 「もしあの時、別の選択をしていれば――もう少し違う今があっただろうかとは、俺も思う。しかし……その迷い、今は心の底に仕舞っておくべきだろう。俺の師匠の教えだが、迷いは太刀筋を曇らせるからな」 師匠……父の背を思い返しながら、蒼司は静かに茶を含んだ。 「そうだな。嘆いてばかりいても、事は解決しない。弱いなら弱いなりの、未熟者には未熟者なりの戦い方、筋の通し方が……ある」 ソウェルの冗談と蒼司の言葉に、千歳は憤りを握り潰そうとするかの如く拳を握り締めた玖雀へ目をやり、遅れて湯呑みを手に取る。 アヤカシ退治をする彼らの為に、せめてと村の者が都合したのだろう。場に似合わぬ上品な茶の穏やかな香りと口へ含んだ渋みに、力みを解くよう千歳はゆるゆると長い息を吐いた。 「人は必ず死にます。それでも、守りたい命があった……せめて、葬送の餞(はなむけ)をしなければ」 暖を取るようにジークリンデは両手で湯呑みを包み、ぽつと言葉を落とす。 「ああ、その為にきたのだからな。無差別な殺戮よりも趣向を優先するような相手であったのは、不幸中の幸いと言うべきか。余興のつもりかも知れんが、乗ってやろう」 挑むようなキースに、崎倉より聞いた村の現状をジークリンデは思い返す。 「四方に配された、新たな鬼が四匹。小鬼を囮に使い村を落した手腕を鑑みるに、わざわざ戦力を分散して配置するのには何らかの策があるのでしょうね」 「それが何のつもりかは、分からないが。指示などがなくとも待つ事に飽きれば、好き勝手に動き始めてもおかしくなさそうだ。連中が面白がっている内に片を付けられるかが勝負、か」 キースとジークリンデの会話に、憤りも自戒も興味なさげに聞き流していたカルロスが煙管をふかす。 「鬼の分際で、随分と凝った遊びをするものだな。単なる破壊に厭いて、なけなしの知恵でも絞ったか。気持ちは分からぬでもないが鬼如きがわきまえず、出過ぎた真似と言うものよ」 分不相応に楽しんだ償いに、今度は俺を楽しませてみせろ、と。皆まで言葉にせず、天井へ向けてカルロスは紫煙を吹く。 「私は湯呑みを返すついでに、禅と話をしてくるわ」 「じゃあ、少し風に当たってくるかな」 空いた湯呑みを下げる胡蝶に続き、ソウェルも席を立った。ついでに運ぶ手伝いをと聞くが、胡蝶は首を横に振る。 「話では毒を持つ鬼もいるようね。毒を受けたら、早めに戻ってきなさいよ」 代わりに念を押す胡蝶とソウェルは廊下で分かれ、寒々とした空気に腕を擦った。社務所の一部と本殿に村人達は寝泊りし、境内では子供達が遊んでいる。 「もふ〜?」 足元の声に視線を下ろせば、見覚えのある藍一色の仔もふらさまがいた。いつもと変わらぬ様子に呆れつつ頭を撫でてやれば、もふもふした尻尾を振る。 「ごめんね、小斉も禅も。結局草を刈り取るだけで根を断つ事が出来てなかった……今回は良い様にはさせないから」 揺れる尻尾に、誰にも明かさぬ本心を彼女は告げる。知人達に軽口を投げたソウェルだが、胸に怒りがない訳ではない。むしろ「失態」に怒りは尽きぬが、気も落ち着かせる為に激情はあえて心の外に置いた。 「鬼達には……しっかり弾丸ぶち込んであげるから。覚悟しておいて貰おうかな」 決意を口にすれば、きしと床板が軋み。振り返ると目が合った玖雀は「寒いな」と、苦笑を浮かべる。 「怒りまでは冷えないが。俺は……大切なものを守りたい、この村に住む者たちの。亡骸を抱くのは……もう、沢山だ」 「そうだね」 白い息を吐き、身体の芯まで冷え切らぬうち二人は部屋へ戻った。 「今回ばかりは、無理を言って同行させてもらったわ」 参道の階段に腰を下ろした背中へ、胡蝶が言葉をかける。 「すまんな、助かる。皆も心強いだろう」 「禅、三日間ろくに休めていないのでしょう? 見張りは代わるから、サラと食事でも取って休憩しておきなさい。アヤカシ退治は、やり遂げてくれるから」 「ああ。ただ、落ち着かなくてな」 苦笑まじりの返事に胡蝶も目を伏せ、重い口を開いた。 「……小斉翁の事、残念だったわ。本当に」 「なぁに。きっと今頃は細君と再会して、睦まじくやっているさ」 どこか達観した風な崎倉は、広がる夕暮れを眺めたまま動かず。 「禅が風邪をひいたら、サラに移るでしょ」 少々不機嫌さを混ぜて胡蝶が口を尖らせると、苦笑した崎倉はようやく立ち上がった。 ●冷たい雨 「ゴオォアァァッ!」 雄叫びをあげた黒鉄鬼が八尺の棍を軽々と扱い、近付く者を薙ぎ払った。 「下手に間合いを詰められる前に、隙を作るよ!」 前に立つ蒼司とキースへソウェルが声をかけ、マスケットの狙いを定める。 四方それぞれに一匹づつ居座った鬼を先に倒すべく、八人は二班に分かれていた。南にいる赤顔鬼は、玖雀と千歳、朧、そしてカルロスの四人に任せ。一班の蒼司とキース、ソウェル、ジークリンデ達は、北の黒鉄鬼と西の白髪鬼の順に二匹の鬼へ当たる。 そして最後に、村で待ち構えているであろう剛の鬼を全員で討つ算段だ。 「一歩誤れば、こちらが深手を負わされる事は間違いない。気をつけてあたれ」 「承知の上だ」 注意を促す蒼司に、この場を決して退かぬという心構えでキースが全身へ気迫を込め。 「何があろうと、俺は引きはしない。かかってくるがいい!」 挑むように『咆哮』をするキースに、黒肌の鬼が八尺棍を脇に構えて突き進んだ。 鬼の敵意がキースへ向けられている間に、ジークリンデが雷撃を続けて放ち。突き込む棍の勢いを削ぐ為に、ソウェルは鬼の足を狙って銃を撃つ。 それでも繰り出される八尺棍を、守りを固めたキースがあえて喰らい、逆に掴み返して動きを封じ。鈍った隙へ、「阿見」と「青嵐」二刀の珠刀へ炎をまとわせた蒼司が斬りかかった。 倒すべき鬼は二匹。かかる時間で足を引っ張らぬよう、力は惜しまず全力であたる。 「ガ、ハァッ!」 深々と刃は鬼へ突き立ち、眉間へ銃弾が打ち込まれた。 身を仰け反らせた鬼は、地へ倒れる前に塵となって崩れ落ちる。 「次の鬼を倒したら、私は神社へ戻るよ。気がかりもあるからね」 構えていたマスケットの銃口を下ろしたソウェルに、「承知した」と蒼司が返した。 「相手の力量は分からないが、力を使い切らない限り何とかなるだろう。そちらも、注意してな」 「そのつもり」 気遣うキースにソウェルも首肯し、村の西へと急ぐ。 それよりやや遅れて赤顔鬼を倒した二班は、剛の鬼探しに手を焼いていた。 「小さな瘴気はありますが。鬼に相応するような大きさの瘴気は……感じ取れませんね」 『瘴索結界「念」』で居場所を探っていた朧が、固い口調で告げる。 「恐れをなして逃げた、とかいうんじゃあないだろうな」 「……まさか」 期待外れだとカルロスがぼやく一方で、玖雀は北東の方向へ目をやった。 「よもや、四方の鬼を回っている間に神社を襲う気か?」 「かもしれん」 千歳の推測に、玖雀も胸騒ぎを覚える。 猶予は三日。それを過ぎた四日目に、鬼が動かぬ保障はどこにもなかった。 「一班へは、書置きを残しておこう。急いで戻るぞ」 鬼がいない事と神社へ戻る旨を記した書置きを、玖雀は朱苦無で村長の家の門へ打ち付け。 二班の四人は一路神社へと、ひた走る。 戻った者達が神社の境内で目にしたのは、崎倉が対峙する剛の鬼の姿だった 不意を襲ったのか、四本腕の二本で刀を構え、一本は村の女の頭を鷲づかみにしている。その為に手を出しあぐねているのか、刀を向けた崎倉は動けず。 均衡を破ったのは、カルロスの一閃だった。 「人質など、無意味だ……!」 全力を賭けた『示現』にて、盾のように掲げた女ごと鬼の腕を断ち落とす。 これには、さしもの剛の鬼も怯み。 「貴殿は……!」 「童も女も、何をぼうっとしている。うぬらがやる事は、鬼を倒す事だろうが!」 怒りを顕わにした千歳の眼差しに、敵意を向ける先が違うとカルロスは野太刀を振るう。 歯噛みをしながらも、残る者達は剛の鬼を討つ事に、ただ全力を傾けるしかなく。 ――抜刀し、打ちかかる者達の上へ、鉛色の空から身を刺し貫くような凍える雨がぽつぽつと落ち始めていた。 |