愉快な二人
マスター名:
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/30 21:31



■オープニング本文

 平蔵と平次、逃げ足と悪運の良さにに定評のある二人は、しかし遂に年貢の納め時を迎えていた。
 身を寄せ合ってがたがたと震える二人に、ひょろっと縦に長い人間型のアヤカシと、二足歩行する狼のようなアヤカシがじりじりと迫り寄る。
 人間型は蝋人形のような光沢のなる不気味な顔をしており、狼型は見るからにケダモノ気配ふんぷんでやばげなアヤカシだ。
 二人の前に二体が立った時、アヤカシ達は何やら顔を見合わせる。
 一体何をしているのか最初はわからなかったが、唸り声のようなものと手の動きで、何やら意志の疎通を図っている模様。
 それが少しづつ激しくなっているのは、もしかしたら揉めているのかもしれない、そう平蔵平次が思った所で、不意に人間型が彼方を指差す。
 狼型がそちらを見た瞬間、人間型は何処からか取り出した大斧で狼型の首を一撃で叩き落した。
「なんだあ!? 仲間割れか!」
「いやまあ一体になった所で俺等にゃどーしよーもねえんだけどさ!」
 首を叩き落された狼型は、ぐらりと倒れるかと思いきや、何事もなかったかのように落ちた首を拾ってふんぬとくっつける。
「おいいいいい! アヤカシだからってそういうのアリかてめえ!」
 狼型は、恐らく怒っているだろーと思われる犬歯を剥き出しにした顔で人間型を見るが、人間型は慌てず騒がず、再度彼方を指差す。
 狼型が再びそちらを見ると、また大斧をふるって首を叩き落した。
「二度もかかってんじゃねえよお前!」
 やはり何事もなかったかのように狼型は首を拾おうとするが、人間型はこの首を思いっきり蹴り飛ばす。
 ころころ転がっていく首を追って、狼型は大慌てで走っていく。
 これを見て、人間型のつやっつやな顔がものっすごい勢いで歪む。
「‥‥もしかして、笑ってんのかコイツ?」
 何とか首に追いついた狼型は、もう顔の形が変わる勢いで振り向いたかと思うと、人間型に向かって飛びかかってくる。
 それでも人間型は慌てず騒がず、三度彼方を指差す。
 ぴたりとその場に止まった狼型は、大きく一声啼いて威嚇するのみで振り向いたりはしない。
「そりゃ、まあ、三度目はねえだろ」
 そんな狼型の真後ろから、何時の間にか人間型がぶん投げていたらしい大斧がブーメランのように襲い掛かり、やっぱりざっくしと首を切り落とした。
 またも大きく首を蹴り飛ばした人間型は、先と同じ顔をしていた。
「ひでぇ、お前等どんだけ仲悪いんだよ‥‥」
 首をくっつけた狼型はもうこれどうにもしようがないだろっつー勢いでブチきれており、わき目も振らず人間型へと襲い掛かる。
 人間型は走って逃げる。
 追う狼型。
 ぴょーんと跳ねる人間型。
 地面を走っていたせいで、誰が作ったかわからん落とし穴に落ちる狼型。
「いや、さあ、お前等俺等の事食う気ねえだろ」
「それはそれで有り難いんだけどさ。っつーか逃げるぞー、いいのかー? マジで逃げるから追ってくんじゃねーぞー」
 うおーんと穴の底で啼く狼型に、上から木材やら岩やら排泄物やら放り投げて、やっぱりものっそい歪んだ顔を見せる人間型を尻目に、平蔵と平次はその場を逃げ出したのであった。


「ふつーさ! あそこまで仲悪いんなら一緒になって追ってくるとかしねえだろ!」
「どういう関係なんだよあいつ等! 何か人型の野朗、狼型の上に飛び乗ってやがったぞ!」
「あー、あれな。狼型のケツに斧の柄突き刺して大笑いしてたぜアイツ‥‥奴にゃ人の心はねえのか」
「そりゃまーねーだろうが。しかし、こんな悪辣なアヤカシ見た事ねぇって‥‥」
 どうにかこうにか逃げ出す事に成功した平蔵平次の二人は、この二体が如何に危険なアヤカシかを上長に語る。
 特に人間型のタチの悪さは洒落になっておらず、また知能も高いように見受けられるので、放置していてはいずれ極めて危険であろうと伝える。
 上長は二人の人格はさておき、様々な戦場を渡り歩いている二人の戦歴や危機に際しての度胸の据わりっぷりは評価していたので、この報告を受け対応すべく動く。
 いずれも志体無しではまともに相手に出来ぬ強アヤカシであり、ふざけた所作からは想像もつかぬ手強い相手である。
 二体は自らが落とした砦を根城としており、周辺の村に人を狙って出没する。
 村の側で迎え撃つのも手だが、やはり確実な撃破を狙うのなら砦を襲撃するのが良いだろう。
 平蔵平次は口をすっぱくして言う。
 人間型はタチが悪い。注意だけは忘れないようにと。


■参加者一覧
檄征 令琳(ia0043
23歳・男・陰
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
ブラッディ・D(ia6200
20歳・女・泰
朱麓(ia8390
23歳・女・泰
アッシュ・クライン(ib0456
26歳・男・騎
白藤(ib2527
22歳・女・弓
シータル・ラートリー(ib4533
13歳・女・サ
九蔵 恵緒(ib6416
20歳・女・志


■リプレイ本文

 事前調査は欠かさずに。
 シータル・ラートリー(ib4533)は今回の戦場である砦の地図を手に入れていた。
 白藤(ib2527)はこれを覗き込み嘆息する。
「幾つか注意すべき箇所は把握出来ましたが、出た所勝負な部分は出てしまいますね」
 かの地でアヤカシと遭遇した者の意見もと白藤はそちらに目をやる。

「‥‥いや、マジ?」
「こんなつまらん嘘言ってどうすんだい」
「ありえん‥‥あ嘘ですマジすんません調子乗ってました」
 平蔵と平次の二人は、以前面識のある朱麓(ia8390)が吟遊詩人をやってる事にいたく驚いている模様。
 ちょっと呆れ顔で白藤は話に割って入り、平蔵平次は戦闘に参加出来るかどうかを問うが、これには朱麓が笑って答える。
「ああ、こいつら志体無いしあまり無理はさせない方がいいかもね」
「むしろ勝てそうでも逃げ出す勢いっす!」
「あれが美人なら命なぞ惜しくないがな!」
 二人の戯言をするーしつつ感心した声を上げる紬 柳斎(ia1231)。
「志体無しでよくもまあ逃げてこれたものだ」
 アッシュ・クライン(ib0456)も同様に少し驚いたのだが、彼はそれを口にも顔にも出さなかった。
 ギャハハッと笑うブラッディ・D(ia6200)。
「ヤバそうだったら勝手に逃げてくれるってんなら面倒が無くていいな。逃げ足には自信あんだろ?」
 少し残念そうに肩を落とす九蔵 恵緒(ib6416)は、平蔵平次に視線を流す。
 首を僅かに傾げ、とろみがかった瞳が二人を射抜く。
「そう‥‥」
 平蔵が突如その場でスクワットを始める。
「さあ、アヤカシ退治の時間だぜ!」
 同時にシャドウボクシングを始めるのは平次である。
「くぅ、まだだ、静まれ俺の拳よ」
 流石にこのザマはスルー出来なかったらしい柳斎の頬がひくついてたりする。
 檄征 令琳(ia0043)はというと、情報通りならこれ以上にキッツイのが待ち構えてるんですから、と彼女に意味不明なフォローをしてたり。
 実に無邪気な顔でシータルは笑う。
「とっても頼もしいですわね」
 スクワットとシャドウの速度が、角でもついたのか三割り増しになる。
 処置無しだと肩をすくめる朱麓に、陽気なやりとりが気に入ったのかそもそもそういう顔つきなのか、笑っている白藤。
 そして、頼れるのは自分だけだと改めて自らに言い聞かせるアッシュであった。


 一同は注意を怠らず、問題の砦へと潜入する。
 罠、仕掛け、トラップに神経を張り巡らせていた皆が砦の中で見たものは、炎の輪であった。
 居る。人型も獣型も。
 二体は何かに熱中しているらしいが、それが心底からわからなかったアッシュは、正直に仲間にソレを問うた。
「‥‥アレは一体何をしているんだ?」
 予想外の光景にも関わらず、何処か嬉しそうに答えるシータル。
「あれはきっと火の輪くぐりです。まさかこんな所で見られるとは思いませんでしたわ」
 アッシュが問いたいのは、こんな場所で、アヤカシが二体のみで何故こんな事をしているのか、なのだが。
 きっと見間違いか何かだろうと目を擦ったりしてる柳斎に、めっちゃくちゃ大ウケしているブラッディ。
 何度見直しても現実は変わらず、笑い声が漏れぬよう口を手で押さえたまま堪えているブラッディと同じぐらい、柳斎も苦しそーである。
 そうこうしてる間に、人型が獣型のケツを蹴り飛ばし、ものっそい嫌そうな獣型は仕方なく火の輪に向かって走る。
 これもいじめの一種なのかしら、と恵緒が、幾人かはそーなんだろーなーとか思いつつそんな馬鹿な話であって欲しくないと心から願っていた事を口にしてしまう。

 ぴょーん、と獣型が一跳ね。

 体のサイズ的にギリギリのはずだったのだが、見事ド真ん中を飛び抜け、逆側に着地。
 人型の拍手と得意そうな獣型。
 そこで獣型はふと気付く。
 尻尾が盛大に燃え上がっている事に。
 白藤もまたアッシュ同様正直な気持ちを口にする。
「‥‥やりずらいですね。とても」
 そのまま体中を炎に包まれた狼型はそこらを必死の形相で走り回る。
 これを見て腹を抱えて笑い転げる人型。
 ちなみにブラッディも全くおなじよーに笑い転げてる。せめても声だけは出さぬようしてるのと、気持ちはわかるので皆無理に止めようとはしていないが。
 狼型は見る間に全身真っ黒になっていった。
 朱麓は顎に手を当て呟く。
「今、好機だったわね。どうして見逃したのか自分でも理由が説明出来ないけど」
 したり顔で令琳が皆を促す。
「これ以上見てたら戦う気すら削がれそうですし、行きません?」
 一番問題そーだったブラッディが何とか戦闘可能なぐらいに落ち着いてきたので、一行は突入を開始した。



 人型は後ろを振り返りつつ逃げ回る。
 ちなみにこの人型、襲撃と見るや黒こげの獣型をさっくりと見捨てて走り出した。
 アヤカシの高い身体能力を駆使して砦の中を飛びまわり、後ろを振り返っては何処から沸いて出るのかわからぬ斧を投げつける。
 これが笑えぬ程の威力を持ち、また俊敏な動作は志体を持つ者とて容易く捕まえられぬ程。
 まるでおちょくるようなやり口に、柳斎は沸騰寸前である。
 罠を警戒しているのも悪い方に出てしまっている。
 投じられた斧は時に軌道を変化させ、柳斎の切っ先をすら弾き飛ばす。
 咄嗟に、令琳が彼女を突き飛ばし、代わりに斧撃を受けてしまった。
 驚き抗議の視線を送る柳斎であったが、令琳は悪い事をしたつもりもないのかさらっと言い放つ。
「貴方の方が強いとか言わないでくださいね。嫁入り前の紬さんに怪我でもされて、貴方の家族に怒られては堪りませんから」
「いや、サムライの拙者に他に何をしろと‥‥」
 微妙にコンビネーションがわるそーな気配をかもし出しつつ、二人は何やかやと上手い事連携して人型を追いまわす。
 奇妙に顔を歪ませながら飛んで逃げる人型は、しかし、何時までもそうし続けられはしなかった。
 位置を固定したまま弓を引いて狙い済ますのは恵緒だ。
 砦の地図を手に入れたのは伊達ではない。そう、柳斎と令琳とは打ち合わせすらロクに出来ない状況でありながら、ココに追い詰めてくれると待ち構えていたのだ。
 そして見事策は実り、ひょいっと姿を現した所で矢を打ち放った。
 すこーんと見事な音がして、人型は大地へと落下していく。
 更に、落着地点にはアッシュが居る。
 弱々しく立ち上がろうとする人型へと迫るアッシュ。
 が、不意に人型は立ち上がる速度を上げ、何処から取り出したか斧を股の下より投げつけてきた。
 アッシュは、大剣の切っ先を捻る事で容易くこれを弾いてみせた。
「そんな小細工に引っかかるとでも思ったか」
 弾く動作は、同時に振り上げる動作へと繋がる。
「‥‥隙だらけだ!」
 剛剣一閃。
 泥土のような感触をアッシュの手元に残し、ごろごろと転がる人型。
 その先には、追いついてきた柳斎が。
「貴様のような下衆はさっさと消えるがいい!」
 斬る一撃でも斬りきれぬ体の造りは流石にアヤカシであるが、柳斎の一撃を無傷で済ませられる程でもない。
 姑息で陰湿な手口に不快感を覚えていたアッシュと柳斎は、この隙に交互に、時に同時にざくざくざくざくざくざくと人型を斬り刻んでいく。
 令琳は、待ち構えていた場所より降りて来た恵緒と合流する。
「混ざります?」
「そうね、そうしましょう」
 そして四人がかりの壮絶な処刑が始まる。
 同情の余地は無かった。



 シータルの双刀が閃くと、獣型の首がすぽーんとあっさり飛ぶ。
 直後、飛び上がった首を獣型の両腕ががっしと捕まえ、きゅっと据付けそれだけでくっついたのだが。
 人型同様、獣型も何故か開拓者を見るなり逃げの一手である。
 何が凄いかと言えば、後ろから追ってくるシータルの姿をその目にしたまま逃げる為、獣型は首を真逆に、つまり首は後ろを向いたまま前に向かって走れるようにくっつけていたのだ。
 このアヤカシ、最早何でもアリである。
「あの‥‥それでは、ほら‥‥」
 シータルの注意はつまる所、前も見ずに走ったらどーなるかという話で。
 後頭部を壁に強打するハメになった獣型は、追っ手も知った事かと痛みにもがき転がる。
「ど、どうしたものでしょう」
 その後ろより、ぽんぽんと肩を叩くは朱麓である。
 自らを指差し、任せろとジェスチャーの後、地面を転がり回る獣型の元へと駆け寄る。
 走りよりざまに全体重を乗せた蹴りが一発。
 くぅーんと啼き、いじめるとばかりに小首をかしげる獣型アヤカシ。いやもうコレの形容にアヤカシ付けるのが憚られる気すらしてくる。
「うん♪」
 それはそれは素敵な笑顔と共に、朱麓はもーこれでもかっつー勢いでぼっこすかに獣型を蹴り飛ばすのである。
 首の裏をかきながらブラッディは、弓を持ったままリアクションに困っている白藤に話しかける。
「いや、さあ、俺こんなだけど一応、アヤカシにどう対処するかーとか、色々考えては来たんだぜ」
「わ、私も、その‥‥実際に罠とかも見つけましたし、これでも開拓者の端くれですから、戦い方を如何に組み上げるか等考えて、来ました。でも、これでは‥‥」
 と、不意にブラッディがにぱーっと笑う。
「ま、いっか。ギャハハ! 俺も混ざって来よーっと!」
 こちらもまあ良い笑顔で、すとんぴん地獄に参加するブラッディ。
 正直対応に困ると、白藤は同じく困っているだろう善良気配漂うシータルに救いを求める視線を送る。
 彼女は、こちらは獣面とは似ても似つかない愛らしい仕草で小首をかしげていた。
「一人、増えてません?」

「痛ぇか!? 痛いよなぁ!? ざまぁねえなおい!」

 平蔵君もここぞとばかりに参加していた。
 獣型はケダモノちっくな両手で頭を抱え蹲っていたのだが、距離を置いて見ているシータルには、その目がぎらりと輝くのが見えた。
 嫌な気配に双刀を抜き駆け寄ろうとするシータルは、すぐ隣に居た白藤が既に背筋をぴんと伸ばした凛とした姿勢で弓を引いているのに気付く。
 駆け寄ってならばギリギリだったが、彼女が居てくれれば、充分に間に合う。
 獣型は見るからに強そうな朱麓とブラッディではなく、平蔵へと狙いを定めていた。
 地を滑るように蹴りの嵐を抜け出し、平蔵の喉笛へと飛びかかる。
 その額に、反動で獣型の頭が跳ね上がる程の矢が突き刺さった。
 さんざボコられていた獣型であったが、まるでその動きに乱れが無い。
 舌打ちするブラッディの剣を掻い潜り、一足でその場から大きく飛び下がる。
 犬歯を剥き出しにする獣型に、ブラッディはこきりと指を鳴らす。
「ようやく、アヤカシ退治らしくなってきたじゃないか」



 ちなみに、人型の方でも全く同じ事(平次が人型フクロに参加して不意打ちで狙われた)が起こっており、この二体がまず弱い所から狙うアヤカシであるとわかった。
 後やたらタフな事も。
 何とか逃げ出そうと走る平次、後を追いすがる人型。
 この間に割って入った朱麓は、フルートのみを手に、状況がわかっていないのか人型を見ようともせず笛に口を当てる。
「あ、姐さん!?」
「あたしの傍から離れるんじゃないよ」
 波打つような運指が音を誘い、一音一音は軽いはずのフルートの音は、高速で繋ぐ事で厚みと重さを与えられる。
 自らが武器を振るう立場であったからこそ、敵の刃に身を晒す事への抵抗感は余人よりも大きい。
 これを音楽への集中で塗り潰し、一心に音を奏で続ける。
 何時もと一緒だ。
 仲間を信じていれば、それだけでいいのだ。
 長大な大剣を手にしているとも思えぬ速度で、アッシュが追いすがって来る。
 和剣使い言う所の脇構えは、剣の長さを隠す為のものであるが、アッシュのそれは一撃で突進を止める為だけのもの。
 剣先が当たった瞬間、引き斬ってしまわぬよう人型の体を上手く刃に乗せ、重心が充分にブレた所で、初めて引き、振るう。
 ぐるんと回転しながら吹っ飛ぶ人型の脇腹が深く斬れているのは、アッシュの技術の集大成であろう。
 飛び行く先は、青眼に構えし柳斎の眼前。
 苛立つ心を落ち着ける為、目を閉じて泰然とこれを迎え撃つ。
 大気の流れをすら感じ取り、こよりのように意識をねじり細く穿つ。
 ゆっくりと瞳を開いた柳斎は、自身にすら、その刀が如何な軌道を経て振り下ろされたものか、わかっていなかった。
 闇の中で見えたのは敵の核。これに向けただ刀を振り下ろしただけなのだが、外から見ていた者には、刀の動きを見て取る事は出来なかっただろう。
 無明の名は、伊達ではないのだ。
 真っ二つになった人型がみっともなく転がっていくのを止めたのは、白藤が放った二矢。
 地面に縫い付けられ、これでは如何に体力に優れたアヤカシであれ身動きもとれまい。
 彼女は鋭く警戒を促す。
「獣型がそちらに!」
 どうやら出るまでもないか、と弓を下ろしてかけていた恵緒に、獣型が恐るべき俊敏さで飛びかかる。
 一撃、いや二撃ぐらいは仕方無いと、瞬時に腹をくくった恵緒であったが、側面よりの影がギリギリ間に合ってくれた。
 獣に負けぬ速度で二刀を振るうシータル。
 間に割って入るように人型の前方を駆け抜け、右刀を右より振るう。
 否、頭上を奇妙に回った刀は左へと変化し左袈裟に振り下ろされる。
 そして二天一流の恐ろしさは、この後である。
 だが、何故かシータルの左手に、あるべき刀が握られていない。
 何処か。
 人型は、ありえぬ場所に浮いている刀身を見た。
 それは人型を右袈裟に斬り下ろすに最適の位置。しかしシータルの重心の位置ではこれを再度手に取る前に人型が体勢を整える。
 宙に浮いた刀に炎が宿る。
 通り抜けざま、シータルがぽんと投げた刀を、恵緒は咄嗟に弓を捨て握っていたのだ。
 注文どおり、強烈な右袈裟を食らわせてやった恵緒は、ごろごろと後ろに吹っ飛ぶ人型を見ながら呟いた。
「まったく、打ち合わせも無しでやってくれるわね」
 シータルは笑って言った。
「これもまた、二天一流ですわ」
 それでも、獣型は走って逃げる。
 白藤が思い出したように呟いた。
「あ、確かそこ落とし穴あった気が‥‥」
 しかし、この穴の前に立つブラッディ。
 獣型の勢いに逆らわぬように、飛び上がる瞬間下を潜る。
 潜る際、下を向いている以上、頭上を如何に通り抜けるかは想像するしかないのだが、まるで迷わず体を捻りながら膝を振り上げる。
 一体どうやってこれを効果的に当てたものか。とんでもない柔軟さとバネである。
 空中で姿勢を崩した獣型は、べしゃっと何かにぶつかる。
 何時の間にそこにあったのか、真っ白な壁が獣型の眼前に聳え立っており、ずるずると表面を滑り落ちる獣型は、その真下にあった落とし穴へと落下していった。
 身を起こしたブラッディは手を上げ、瘴気の壁をちょうどの間で出した令琳の上げた手を勢い良く叩くのであった。