|
■オープニング本文 「現在、我等秘境探検隊『幼女の脇に挟まれて死に隊』は、前人未到の湿地帯に足を踏み入れております」 鬱蒼と茂る木々は上へ上へと伸び、天蓋のように空を覆う。 「アヤカシ闊歩する危険な地へ挑むその勇気、男気は、正に男の中の男」 下生えは歩く彼等の身長と同じ高さがあり、これを下生えと呼ぶのに少々抵抗を感じる。 刀を鉈のように振り回し、これらを掻き分け進み続ける二人の男。 「無事帰還のあかつきには、お兄さん素敵好きにして、的な夢などりーむぱらいそ天国わっほー万歳が待ち受けていると……」 「さっきからぐちゃぐちゃうるせえぞ平次! ちったー静かに出来ねーのかてめぇは!」 「ひたすら延々歩くだけとかやってられっかボケ! ってぶおっ! 口! 口の中虫入った!?」 高い気温と湿度。大地はじっとりと湿っており、豊かすぎる水資源のせいでか植物も昆虫もこれでもかと育ってくれている。 平蔵と平次の二人は、この不快指数の異常に高い湿地帯の、調査を任されていた。 アヤカシがいるのは間違いないのだが、足場は悪いは見通しは悪いは、挙句育ちに育った植物達が行く手を遮ってくれるのだ。 平蔵平次の二人も、クソ高い下生えを切り進みつつ、一定距離毎に木に昇って周辺を探るといった事を繰り返している。 面倒ではあるが、こうでもしないと突然の遭遇を回避出来ないのだから仕方がない。 何やかやと、これで平蔵も平次も数多の危地を乗り越えて来た男達だ。アヤカシの恐ろしさも、如何に対処すべきかも心得ている。 「いやまあ対処っつーか、出会っちまったら負けってだけだけどな」 つまり、如何に出会わないようにするか、相手に気付かれずしてこちらが見つけるか、なのである。 平次は下半分が完全に水に浸かってしまっている木の根の上に立ち、それまで大地であった湖を見渡す。 湖に落っこちないようにと木の枝を掴んでいるが、その枝もじっとりと湿っており、気を抜けば滑ってしまいそうだ。 午後に入って大分経つが、太陽はまだまだ健在で、刺すような日差しがじりじりと平次に焼きついてくる。 肌を伝う雫は、木の枝から滑り落ちたものか、自分の汗であるのか、判別がつかない。 「たまんねえなこりゃ」 アヤカシ抜きでも、下手に体力の無い者が挑んだら、この自然環境だけで死人が出そうである。 歩く大地の水気が急にヒドクなってきたと思ったら、あれよあれよという間に周囲一体水に浸かってしまったのだ。 ぐるりと周囲を見渡し、一つ頷く。 「そっか、あの丈の長い草が生えてないのはこういう訳かい。くっそ、楽出来ると思ったんだけどなぁ」 平次の頭上より声が聞こえた。 「おい平次! やべぇこりゃ! お前も来い!」 平蔵は木の上に昇って周囲を探っていたのだ。その声の調子から、どうやら本命を見つけたようだと平次は気を引き締める。 木の上に、器用に立つ二人は木々の隙間を縫うようにして、遠眼鏡にて先を見据える。 そこに、探すアヤカシの集団が居た。 「うーん、マジで見つかったよおい。俺等実はすげぇ優秀なんじゃね?」 「おい馬鹿平蔵。あれ、見てみろ。すげえ! マジすげぇのいる!」 湿地帯に相応しい、ぬらぬらとした鱗に覆われたトカゲのようなアヤカシが十体近く群を成しているのが見えた。 その中心に、明らかに、場違いな者が居た。 まず平次はその真っ白な衣服に驚いた。 この土地と汚れは不可分であるはず。しかし、透き通るように真っ白な貫頭衣は、何処までも純で、白のままである。 貫頭衣とは言っても、旅人が外套に使うようなものではない。 細部にまで縫込みがあるような、ジルベリアの貴族令嬢が身につけていても不思議ではない、清楚で、優美で、可憐であった。 腰の側に添えてあった彼女の腕が、ゆっくりと上へと持ち上がる。 平蔵や平次のような日に焼けた浅黒い肌ではない、真っ白な肌に包まれた腕が胸元に至ると、平蔵は声を上げずにはいられなかった。 「胸っ! デカッ! マジでけぇってあれどうなってんのよ!」 同時に平治も声高らかに吠える。 「馬鹿野朗! 大事なのはデカさじゃねえバランスだって何時も言ってんだろ! 彼女のそれが優れてるのは! デカいけどバランス取れてみえるあのスタイルだって!」 「うっせークソが! おっぱいのデカさは全ての価値観を凌駕するって有名な言葉を知らねーのかよ!」 「死ね外道! てめぇはたった今全国数百万合言葉はせぶんてぃとぅーなひんにゅーすきーを敵に回したぞタワケが!」 二人は罵りあいながらも遠眼鏡から決して目を離さない。 胸元に当てられていた彼女の手が更に上へと昇るに合わせ、ちょうど邪魔していた伸びた枝が風に揺れ葉を散らす。 抜群のスタイルを持つと思しき、アヤカシに囲まれた彼女。 真っ白なワンピースが実に似合うあの子の顔が顕になると、平蔵平次の二人は比喩でもなく全身が硬直した。 彼女の頭部は、周囲のトカゲアヤカシと同じ、トカゲ頭であったのだ。 「「ふざけんなああああああああああああああああ!!」」 「なめてんのか! なめてんだよなお前人間様をよお! どんな一撃より痛恨だよこれ! だから何度も言ってんだろ! アヤカシなら外見じゃなくて中身で勝負しろって! これ面拝んだ瞬間、勝負放棄して逃げ出すよほとんどの人間が!」 「もうがっかりだよ! お前今世紀最大のがっかりアヤカシだよ! お前にわかるか俺の失望感が! 今俺この世の全てに裏切られた気分。この枝から飛び降りたら地面に落っこちるとかそんな常識信じらんねえ勢いだって!」 「っつーかお前そのわがままボディでどーするつもりだよ! うおあっ! ぼけええええ! しゅるっとか舌出してんじゃねえええええええええ!」 「その顔あれだよな。等級判図で買ったもんだよな。その中には可憐でロリ気配漂う萌え妹が隠れてんだよなだとしてもその趣味の悪さはのーさんきゅーべいべー」 その後、二人は必死に周辺の地図を作り上げる。 あのふざけたクソアヤカシを速やかにブチ殺してもらう為、幾つかの注意点や二人のアイディアを追記までしてあるのだ。 出来上がった資料を、彼等の上司、そしてこれを元に依頼を受けた開拓者ギルドの係員は感心しながら受け取った。 係員は資料を手に依頼主であるその地域の領主に笑いかける。 「良い部下をお持ちのようですね」 彼は苦笑して言った。 「口さえ開かなければ、な」 |
■参加者一覧
神町・桜(ia0020)
10歳・女・巫
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
ソウェル ノイラート(ib5397)
24歳・女・砲
アナス・ディアズイ(ib5668)
16歳・女・騎
ピスケ(ib6123)
19歳・女・砲
ディラン・フォーガス(ib9718)
52歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ディラン・フォーガス(ib9718)が大きく頷くと、平蔵と平次の二人は如何にかのアヤカシがふざけた奴であるか、その極まったスタイルの良さとの許せぬギャップを懇々と力説する。 湿地帯の不快な環境に片眉を潜めながら、しかし、とディランは切り替えす。 「おいおい、そのアヤカシはそんなにいいカラダしてたのか。顔だけで敬遠したら勿体無いぜ」 平蔵平次は同時に硬直する。 ぎぎぎぃと首をかしげながら平蔵。 「え? マジ? いやあれ顔っつーか頭部って感じだぜ?」 何故か妙に親身になって平蔵の肩をがっしと掴むディラン。 「ありふれた価値観は人生の可能性を狭める。考えるんじゃない、感じろ……想像力と妄想力を駆使して、心眼……心の目で補うんだ」 「妄想力に関しちゃ右に出る者のねえ俺だ。まあ、待て。そこまで言うんなら一つ集中してだな……」 無駄に真剣な眼差しになる平蔵。その前を、すいーっとペケ(ia5365)が通り過ぎる。 このクソ暑い最中にあるせいか、元々そういうタチなのか、いっそビビルぐらい衣服の面積が狭い。 それだけでも注視に値するのだが、同行者の幾人かが殺意を抱きかねない程のスタイルの良さがこれに加わる。 彼女の歩みにあわせ、平蔵の首もまたすいーっと回っていき、最後に平蔵は感想を述べる。 「けしからんですな、まったく」 うんうんと頷くディランは、懐から幾つかの物品を取り出した。 「ああ、実にけしからんな……これを好きに使っていいぜ……心の中は、自由だ」 中から平蔵は防塵マスクを選び、これを装着する。 「兄弟、あんた今から俺のにーさんだっ」 このマスクで顔を隠す事により、誰にも気付かれる事なく彼女のぼでぃーをガン見する事が出来るわけで。 「この中にひんにゅー属性がいる。おにーさん怒らないから正直に白状……」 ふらふらーっと何かに誘われるかのごとく、平次が迫り寄って来た先は、神町・桜(ia0020)と川那辺 由愛(ia0068)が並んで何やら相談している所であった。 同時に、桜が平次の右の耳を、由愛が左の耳を引っつかむ。 まずは桜が。 「今、聞きなれぬ言葉が聞こえたが、わしの聞き間違いか?」 次に由愛が。 「ねえ、貴方のこの耳にはどう聞こえたのか、聞きたいわね」 平次もこれで数多の修羅場を潜り抜けた猛者。危機感知能力はあるのだ。ただ口が止まらないだけで。 「な、何も言っておりません!」 直立不動な姿勢に反省の意を汲み取ったので、開放してやる二人。 平次はほっと一息つきつつ、桜と由愛を順にじっと見つめる。 「なんじゃ?」 「なによ?」 得心したかの如く深く頷く平次。 「いやさ、やっぱバランスだって。敢えて外すアンバランスさも含めて、胸の大きさだけじゃ全てを語れないんだよ。逆に小さい方がほら、身長比を考えてむしろ良い感じだったり、身長比考えてもだめだめな所がむしろ良い感じだったり」 みちみちみち、という音は、桜の術が平次に炸裂した印である。 「いーやー! 歪む歪む俺超歪むって!」 続く由愛が、それこそ超洒落にならない術しか用意してなかったので、心底仕方なくその術を用いようとしている所を、ピスケ(ib6123)がその肩に手を置いて止める。 「それ以上いけません」 「……そうね」 敵との戦闘前に派手な練力消費は御法度なのである。 で、とピスケは長大な魔槍砲「アクケルテ」をがしゃこんと構える。 「基本方針は見敵殲滅で問題ないですね?」 「何故に砲身が俺の方向いてますか!? 俺味方! 超味方だって! へるぷみー!」 やはり戦闘前の多大なる練力消費は御法度なので手を引くピスケ。 ソウェル ノイラート(ib5397)は、周辺警戒を怠らぬままに、現状を簡潔に述べてみる。 「緊張感、無いね。全然」 先程から緊張感を切らぬまま剣盾を備えているアナス・ディアズイ(ib5668)も、同じ感想を若干の非難とともに持っている模様。 淡々と戦場作りの仕事をこなしている羅喉丸(ia0347)は、さして気にした風もなく答える。 「んー、まあ、何時も通りか。あの二人が居る依頼では」 なるほど、とソウェルは要点をまとめる。 「つまり、諸悪の根源はアレ、と」 アナスのジト目も、そのまんま平蔵平次に向けられた。 ははと笑う羅喉丸は、またかと腕をかるくさする。 虫が多い為、刺される事もまた多いのだ。 アナスもあまり表には出さないがこの虫っぷりには閉口しているようだ。 しかるにソウェルは涼しい顔のまま。 訝しげな視線に気付いたソウェルは、運んでいる荷物の中から蚊取り豚をちらっと見せてやると、羅喉丸もアナスも、御見それしました、と肩を竦めるのだった。 実に、暑い。 あまりの暑さに、ペケは半ばヤケになりながら左腕を顎の下へと引く。 指先にまで練力を漲らせ、これを横薙ぎに振るう。 腕の後に続くように生じた風が刃となって、周辺の草をまとめて薙ぎ払う。 続けて、二発、三発と大きく切り裂くと、その先に、ペケは遂に目標を見つけた。 由愛とディランは術による索敵を怠っていなかったのだが、索敵範囲外から発見位置までの移動速度が想定より遙かに速かったのだ。 この時、開拓者及び同行者の反応は、幾種類かに完全に分かれた。 まず、由愛と桜とピスケの三人は、アヤカシの群の先頭を走るアレに目を奪われる。 揺れてる。すっごい揺れてる。 どたぷんとでも言おうかF91とでも言うべきか、ともかく、わっさわっさと質量のある残像かといった勢いで揺れるのだ。 胸部に何がしかのコンプレックスを抱いている者に対して、いやさ、そうでなかったとしても、かの行いは許されざる蛮行と言えよう。 案の定、殺意メーターがはち切れんばかりになっている方々。 「ええい、その胸を見せつけおって! お主だけは絶対に倒してくれるわ!!」 「ふ、ふふふ。あぁ、妬ましい。妬ましいったら、ありゃしないわ!」 ちなみにピスケさんは、ムカっとは来ているようだが、上二人程ではないもよー。 彼女等三人は上記の如く、アヤカシに注視していた為、同時に発生したとある致命的な出来事に気付かなかった。 想定すらしていなかった事態に、呆気に取られ動きが一瞬遅れた羅喉丸は、それでも反射速度の速さで初動の遅れを取り戻す。 そしてディランは実にクールに、帽子の鍔を引き深く被る事で視界から隠すのみ。 咄嗟の反応速度に長ける拳銃使いソウェルは、羅喉丸より僅かに早く問題の場所へ飛び込んだ。 ほぼ同時に騎士アナスが動けたのは、それが『守る』べきものであったからだろう。 平蔵、平次の頭部を片手でそれぞれひっつかみ、ぐるりと強引に捻るは羅喉丸。 ソウェルは自分の体で庇うように前側から、アナスは盾をかざして後ろ側を守るように。 一体何があったかというと、鎌鼬を飛ばした時、何をどう誤ったかズボン(というか何処からどう見ても水着の下にしか見えない。っていうか紐だろこれ)を支える紐がすっぱり切れて、ペケの下半身がむき出しになっていたのである。 直後、平蔵平次からすさまじい抗議の叫びが聞こえる。 これに隠れる形でディランはぼそりと呟いた。 「見事、だが。まあ……若干面白みには欠くか」 ソウェルとアナスに、あまりと言えばあまりな不注意を怒られてるペケの方を見てそう呟きつつ、さて、と気を引き締めるディラン。 アヤカシは如何なる容姿をしてようと、侮って良い相手ではないのだから。 ピスケは右脇に抱えた魔槍砲の先を左手で微調整する。 何せ砲身がデカイ為、銃を撃つ時のように目の高さに合わせるといった事が出来ないのだ。 感覚的には短銃を持って接近戦する時が最も近いかもしれない。 砲先の向きを目で見て、後は勘で撃つしかない。 半身に構え、筒先を左手で抑え、後ろ足を支えに、引き金を引く。 全身が魔槍砲に引きずられるような感覚、正直抱える腕に響く。 放たれた炎は温度のみならず衝撃を伴っており、それがずんと腕に、腰に、足に来るのだ。 それでも、地を這うトカゲを引きずり起こして引っ繰り返し、直立トカゲを跳ね転がし、軸線上の全てを薙ぎ払うこの爽快感は、他の何者にも変え難い、そうも思えた。 そんな戦闘の高揚感も、アレが視界に入るとすぐ不快感へと変化するのだが。 「……何かの茶目っ気と悪意と悪戯心でできあがったとしかいいようがありませんね、アレ。……胸の大きさとか腰のくびれとか殺意がわきますけど」 ピスケもそうだが、ソウェルもまた砲術士として最低限の準備、湿地帯での耐水装備を忘れていない。 銃に限った事ではないが、自分の道具を大切にせぬ者は決して一流にはなれぬ。それをソウェルは熟知しているのだ。 そうしてこんな悪環境の中でも十全な稼動を確保し、ソウェルは、腹をすっているとはとても思えぬ速度で這い寄るデカトカゲに照準を合わせる。 小気味良い発射音。 直後、親指で火薬蓋を弾き開くと、圧縮を解かれた火薬屑と煙が漏れ噴く。 これらが耳をかすめる間に、銃の半ばを握りながら銃尻を弾く。 くるりと四分の一回転。筒先が直上を向くのと、銃尻を弾いた手が槊杖を掴み、筒先に差し込むのが同時。 まるで手品のように弾丸は銃に装填され、火薬が皿に押し込まれる。 しかる後、無駄に多く銃身を四分の三回しながら槊杖を定位置に滑りこませ、肘を上げ、銃を構える。 人トカゲが襲い掛かって来ているので、その顔面ど真ん中に銃弾をぶちこんでやる。 照星の先に、ふと例のアヤカシの姿が見えた。 「……ワンピースとかどうやって手に入れたんだろ」 実にどうでもいい疑問だが、確かに、不思議すぎる事ではある。 前衛比率が低いのは参加した時からわかっていた。 だからアナスは自らの立場を、近接支援と定める。 誰よりも突出すると、人トカゲが二体、同時に駆け込み槍を突き出して来る。 盾に肩を預け、体全体で下から突き上げる。 盾で見えないが、その感触から槍の一本は真上へ、一本は左側に流れたとわかる。 流れた槍を盾で更に押し出しつつ、体を捻って剣を振るう。 上へ弾いた槍が更に左に大きく弾かれ、槍を持った人トカゲもまた左に流れる。 そのまま足元へと迫るデカトカゲをかわしざま右に大きく跳ぶと、背後より、長大な炎の舌が伸びて来る。 炎に包まれる人トカゲ、デカトカゲ。アナスはこれの損傷具合を見てとり、即座に動けそうな人トカゲの視界に、この炎の射手が入らぬような位置に移動し、構える。 これがアナスが自らに課した役割。 囮となり盾となり、後衛に向かう攻撃を一つでも少なく保つ事。 もちろん彼女は戦場全体を見渡す事も忘れず、その過程でトカゲ頭も見ていたが、特にリアクションは無し。 戦闘中なので当然、とはいえ、実にクールで大人な対応であった。 由愛は限界まで引き絞られた弓のように、体中でみちりと音を立てる力を、ただ精神力のみで抑えこむ。 必死、必殺。目にすら出来ぬ、それでいて気が遠くなる程の強力無比な暴力。 疾ク開放セヨ。 全身より溢れ出んとする彼等の意思は、そう言わんばかりに荒れ狂う。 待つ、由愛。 機会はすぐに訪れた。 桜は巫女であり後衛職であったが、何分今回は敵の数が多すぎる。 薙刀を振るい術攻撃と同時に近接戦闘もこなす桜。 桜は、咄嗟に薙刀を真横に向けて薙ぐ。 これは羅喉丸が受け持っていたトカゲ顔が、偶々桜の側へと流れて来たせいだ。 驚き慌てもしたが、すぐさま薙刀に精霊力を走らせられるのはやはり場慣れしている故だろう。 「多少硬くともこちらならどうじゃ! 魔を祓う剣の力……とくと味わうがよい」 刃がトカゲ頭に触れた瞬間、由愛は溜めていた力を一気に放出した。 トカゲ頭の体が直角に折れ曲がり、口より大量の瘴気を吐き出しのたうち回る。 何時までも誤魔化せるものでもないが、少しの間ぐらいは、これでこの一撃を放ったのが誰かを隠す事が出来よう。 ぎょっとした顔で首をかしげている桜を他所に、由愛はそ知らぬ顔で次なる術の詠唱に移る。 羅喉丸は小さく、すまぬと桜に頭を下げた後、トカゲ頭と再び対峙する。 相当に強烈な一撃にも関わらず、トカゲ頭はすぐに体勢を立て直している。 これは並大抵の技では倒しきれぬ。かといって何時までも手こずるのもまずい。 羅喉丸は、一呼吸入れた後、頭の中を切り替えた。 「今こそ修練の成果を見せる時、この一瞬に我が全てを」 右拳はトカゲ頭の手刀と交差するように。 こちらの右拳が当たる事で止まる手刀、左膝が即座に続く。 上がった膝をそのままに膝下がくるりと回り、伸び上がるように上段蹴りへ。 踏み込んでの右肘。吹き飛ぶトカゲ顔の側頭部に後ろ回し蹴り。 蹴り足がぴたりと止まり、踵を当てるのみならず脛部が頭部逆側に叩き込まれる。 脳が痺れる、無視。 正中線に沿って下から三連突き。 鳩尾、喉、眉間を正面から射抜いてやると、トカゲ頭はたまらず後退。 これに飛び上がりながら追いすがる。 視界の端がボヤけ始める、無視。 右回し、左回し、それぞれ相反する二発の蹴りを空中にて交互にぶちかます。これを行なう為の術理は、この世の道理から外れる程の無茶が必要だ。 そして最後に、鼻っ面を蹴り抜いた。 それでも倒しきれぬトカゲ頭の背後を取ったのはペケだ。 トカゲ頭の股下に腕をいれ、全力で空に向けて投げ上げる。 ある意味これが一番人間離れしてる気がしないでもないが、トカゲ頭はペケの頭上を高々と舞い上がり、ペケもまたこれを追い空へ跳ぶ。 トカゲ頭の頭部が下になる形で逆さまに、ペケは両足を引っつかみつつ首同士を絡めて固定する。 これぞペケの考案した必殺の技。いや、何処かで見た事があるとかそーいうのはともかく。 ペケ忍法「どこでも飯綱落とし」である。 下が固い地面でなくとも効果的な痛撃を与えられるよう工夫したとの事。そんな暇あったらお前、はずれ落ちるパンツ何とかしろと世界が言い放っていそうだがそれはそれ。 と、言うか。 そもそもこれ下半身女性な存在に向け放っていい技じゃない。 更に、その胸部にブチきれそーな面々がいる中で、ペケのそれと上下に並べて空高くより披露するなぞと、魔槍砲やら精霊砲やら黄泉なんちゃらやらぶちこまれても文句は言えないむしろヤレという話だ。 ブリザーストームぶちかまし、とりあえず一息ついていたディランは、これを遠目に眺めながらうむ、と頷く。 「まったくもって、けしからん話だ」 さりげなく平蔵平次の護衛についているディランの言葉に、その庇護の元、木の上に昇って危険を回避している二人も、うんうんと大きく頷くのであった。 全てのアヤカシを退治した帰路、羅喉丸は平蔵平次の様を感慨深げに呟いた。 「妙なアヤカシと縁があるな。それが宿星の導きだとすると不憫なものだな」 |