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■オープニング本文 犬神のシノビ達は、手にした情報を興奮気味に語り合っていた。 「一体どんな財宝なんだ?」 「ジルベリアに伝わる祭祀らしい。かの地で用いられる祭りの道具であろうし、さぞや価値の高い物であろうて」 「ふむ、こちらでは玉や霊刀を用いるように、かの国での宝物が使われているだろうという事か、まっこと興味深いな」 「そういう事だ。乗るか、お前達?」 話を持ち込んだシノビに、残る二人はにやりと笑い返し、こうして三人のシノビが標的を定めたのだった。 根来寺の街に滞在するジルベリアから来た人間達が、寺に集って祭りの準備を進めている。 冬も深まり、身を切るような風の中、これだけの数が準備に集まってくれたのは僥倖であったろう。 故郷を思うのは万国に共通する感覚だ。 なればこそ寺の主も彼等の催しに協力的であったし、準備を手伝ってさえいるわけだ。 しかし、随分と準備も整ってきたのだが、寺の僧侶にはこれがどんな祭りなのかまるで見えてこない。 「一体、この祭りはどういったものなのだ?」 ジルベリアから商売に来ている女性は、にっこりと笑って答える。 「それは当日のお楽しみです♪」 寺の敷地内に生えている木には色とりどりの布がくくりつけられており、寺の建物も紅白の幕で覆い、派手に目立つよう細工がなされている。 見ているだけで楽しい気分が盛り上がってくる。 また建物の中ではお針子達が当日の衣装準備を行っている。 これまた紅白を主体に色づけされた衣装で、女性用と男性用で趣が異なる。用意された付け髭は考えるまでもなく男性用であろうが。 社の奥に隠された白い大きな袋には、子供向けの贈り物が詰まっていた。 料理班はジルベリアでは良く作られるケーキという菓子と、鳥を使った料理を山ほど用意している。 集った皆、当日が楽しみで仕方が無いといった顔であった。 犬神の里で、開拓者としての仕事依頼をまとめている女性が、こめかみを抑えて頭痛を堪える。 「つまり、そのバカ三人がジルベリアの祭り会場から、宝を盗もうとしている、と」 報告をした男も何ともいえぬ顔をしている。 「一応止めたんだぜ。でもあいつらまるで聞きやしねえし、さっさと潜んじまったもんで後を追っかけるのも難しくてさ」 博識な女は、その祭りの正体を良く知っていた。 「あの祭りに盗むような宝なんてありはしません。あるとすれば子供向けの贈り物ぐらいですし‥‥これでもし犬神の名が漏れたりしたら良い恥さらしですよ‥‥ただでさえ最近風当たり厳しいんですから、勘弁してください‥‥」 女は、自身の腹の内だけにこの件をとどめる事に決めた。 こんな馬鹿な話を里長にでも知られた日には、また若衆への締め付けが厳しくなってしまうだろうから。 つまり、彼女は自腹で秘密を守れる開拓者を頼る事に決めたのである。 |
■参加者一覧
煙巻(ia0007)
22歳・男・陰
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
紫焔 遊羽(ia1017)
21歳・女・巫
クロウ(ia1278)
15歳・男・陰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
露羽(ia5413)
23歳・男・シ
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
莠莉(ia6843)
12歳・男・弓 |
■リプレイ本文 色とりどりに飾り付けられた、丈が三尺程の松の木を鉢植えに植え替えると、皇りょう(ia1673)は丁寧に寺の蔵へと運び入れる。 特に、てっぺんにちょこんと乗せられたきらきらと光る尖った五角はその珍しい形状といい何やらいわくありげで、これならば宝物と間違えてもしかたがないかとりょうは一人得心している。 同じく、白い袋に詰まった贈り物を蔵に運び入れている朝比奈空(ia0086)にりょうは問うた。 「松にこのような飾りつけをするとは、ジルベリアには奇妙な習慣がありますな」 空は小首を傾げてりょうの持つ鉢植えを見やる。 「莠莉さん曰く、本来は松ではなくジルベリアのもみという木を使うものらしいのですが‥‥確かに、松にこの飾りつけは少々按配がよろしくないかもしれませんね」 くりすますつりーなる物がどんなモノかわからない空であるが、寺の和尚秘蔵の盆栽に紅白幕をかけているのは、流石にちょっと違うだろうと思うのだ。 蔵の裏側に居た煙巻(ia0007)は、同じ陰陽師であるクロウ(ia1278)に首尾を問う。 「そっちはどうだ?」 「ばっちり。これまで何事も無ければ、もう大丈夫だろ」 「ああ、蔵も容易く開く類のものじゃないし。……遠くから囃子の音が聞こえてくるな。こっちは寂しいもんだ」 「仕事が終わるまでは我慢しなよ」 「最低限の巡回はするさ。それが終わったら構わないだろ」 緊張感とは無縁な会話をかわしつつ、二人は一定のルートをぐるぐると周回する。 そして莠莉(ia6843)はというと、蔵から少し離れた木々の上、射角がちょうど良い場所に陣取り監視と待ち伏せを行おうとしていた。 しかし、位置は申し分無けれど、周囲からはモロに見えてしまう為、隠れるという点ではかなり心もとない。相手はシノビであるし、仕方が無くもう一つの腹案を実行する。 「じゃーとーりゃんせしよー」 「うんー、じゃあうたってー」 「おまえーっ、新入りなんだから大人しくしてろよなー」 莠莉はひっじょーに低い身長を活かし、子供達に紛れる策を取った模様。 「あー雪だー。ほらっ、ちらちらって少しだけー」 「雪‥‥はぅ‥‥‥‥い、いえ‥‥全っ然ワクワクなどしておりませんっ‥‥子供ではありませんのでっ!!」 「こどもだよー。背わたしよりちっちゃいしー」 どぐしゅっと何かが突き刺さったようにのけぞる莠莉を他所に、子供達は軽く振り出した雪にそこらを駆け回るのだった。 所変わってこちらは祭り会場。 どうやら祭りの主催者達は、祭りの前日から本格的な飾りつけを開始し、人の目を集めようという魂胆のようだ。 料理の下ごしらえ班以外は、皆総出で寺の敷地内を飾りに飾って回る。 これに付き合っているのは紫焔遊羽(ia1017)である。 「お祭りごとやし、飾り付けたりして綺麗にせなな♪」 嬉しそうにリボンやらリーフやらを付けている遊羽に、後ろから露羽(ia5413)が上着をかけてやる。 「寒くなってきましたから」 女性と見まごう程に中世的で小奇麗に整った顔立ちの露羽が、にこっと微笑みかけるのだからその威力は推して知るべしである。 「おや、雪かな」 はらりと降ってきた白い結晶を見上げながら、お盆に暖かいお茶を乗せて持ってきたのは雪斗(ia5470)である。 「はい二人とも、温まるよ」 彼もまたその長い髪と身なりのせいか、女性に見えてしまう程たおやかな容姿である。 そんな美麗な男二人が、より添うように遊羽に気を配ってるわけで。 ふぁっきんクソ寒い中、この世の春ですか羨ましいですね死ねばいいのにこんちくしょーってな声が何処かから聞こえてきたりする。 「へくちっ」 遊羽が可愛らしくくしゃみをすると、これは大変と露羽も雪斗も更に気を使いだす。 別に下心云々とかそういうのではなく、そもそも二人は礼儀正しく他者に配慮の出来る人間なのだろう。 「だーいじょうぶやって。ほら、雪斗君も露羽さんも飾り付け、飾り付け♪」 まるで天国のような恵まれた環境を自覚しているのかいないのか、遊羽は楽しそうに飾り付けを続けるのだった。 「当たりだ」 見回りをしていた煙巻は指を鳴らして空と共に現場へ急行する。煙巻が放っていた小鳥を模した人魂が、怪しい人影を発見したのだ。 同じく人魂を用いていたクロウも、休憩所に居たりょうと共に部屋を出る。 煙巻は近くに居た莠莉に声をかけ、まず五人が揃った所で確実に包囲を行う。 祭り会場で準備をしている人達の護衛についている遊羽、雪斗、露羽の三人にも連絡は入れたのだが、距離が離れている事から流石に遅れるだろうし、先に五人で仕掛けておかないと逃げられる恐れがある。 りょうがコクンと頷くと、クロウは心得たとばかりに、蔵の入り口に見張りとして立っている一人に呪縛符を放つ。 呪縛符により、思っていた程動かぬ体に戸惑う僅かな隙に、りょうは刀を振るいそのまま蔵の中に賊のシノビを叩き込む。 中でモノを漁っていた二人のシノビが驚き振り向くと、蔵唯一の入り口を塞ぐように、五人の開拓者が立っていた。 斬られた、そう思っていたシノビはしかし、打ち身のみである我が身をいぶかしそうに見下ろしている。 煙巻が皆を代表して話し合いによる解決をはかる。 「あー、お前等も見たと思うが、ここにゃお前等が欲しがるようなものはねえぞ」 油断無く周囲の気配を探り、動く時を計っているのは流石はシノビと思えるが、手にしているのが盆栽やら紅白幕やらでは今一しまらない。 「これは確かに価値のある物だ‥‥しかし、お前らが思う価値とは違う物だと思うのだが」 交渉の最中、三人のシノビが同時に動いた。 一人はりょうが体ごと前に飛び出して逃走を防ぐ。 打ちかかられた刀をかわす事が出来なかったシノビは、仕方なく武器を抜いてこれを受け止め、そして足が止まった所でクロウの呪縛符が炸裂。 「ちょっとまてこれ黒い悪魔‥‥っ!?」 口に出すのもおぞましい細かな黒い塊がわさわさとシノビの体を覆い、動きが鈍ってしまいお縄である。 もう一人は、煙巻の呪縛符を何と耐え切って逃げようと試みたのだが、その眼前を清浄なる炎が尾を引きながら飛ぶのを見て慌てて急停止する。 これを放った空は静かに宣言する。 「戦闘はなるべく避けたいのですが‥‥人様の物を盗るのは感心しませんね。少し灸を据える事にしましょう」 ごめん勘弁、俺が悪かったと二人目はあっさりと降参する。 最後の三人目。彼はかなり根性があった。 待ち構えていた莠莉の矢を、鏃を抜いていたとはいえまともに足にもらいながらも、痛みを堪えて蔵の外に飛び出したのだ。 では逆の足を、と構えた莠莉はその手を止める。 シノビの行く先に、槍を構えた銀髪の麗人、雪斗が居たからだ。 「全く‥‥面倒は嫌いなんだけどな。ここから先は、悪いけど通せないよ」 舌打ちと共に、進路を変えんと飛び上がった所で、その動きを完璧に読んでいた露羽に背後を取られ、三人目のシノビも遂に降参と相成った。 ふふんと胸を張るのは遊羽である。 「楽しいお祭り、お邪魔するんは無粋やでなぁ。観念せえやっ!」 雪斗は露羽に目をやると、彼は気を悪くした風もなく楽しそうに笑っていたので、仕方が無いと雪斗もまた肩をすくめて、文句を言うのは止めにする事にした。 しゃんしゃんしゃんしゃん‥‥‥‥ 会場には色とりどりの灯篭が立てられ、微かに降る雪を七色に染め上げる。 クリスマスならではというケーキもまた独特の風味であり、何処から仕入れてきたのかジルベリアのワインやらも用意され、今この時だけはここが根来寺ではなく、ジルベリアであるかのように思えてくる。 そしてメインイベント、鈴の音をかき鳴らし、ソリに乗った赤と白の衣装を着た、おじいさん‥‥ではなくお姉さんが現れ、皆にお菓子を配ってまわる。 「めりーくりすます!」 彼女が声を張り上げると、火が上がり、飛沫が舞い、電光が走り、そして勢いあまって自分も飛び上がって寺の屋根を駆け回る。 愛らしさを感じさせる奇抜な衣装を来た彼女は、指をぱちんと鳴らすと子供達のすぐ側に木の葉がびゅうと吹き渡り、飛び回っていた彼女と同じ赤と白の衣装、サンタクロースの服を着た露羽が現れる。 大興奮の子供達に、露羽は背負った白い袋から一人一人順々にプレゼントを配って回る。 「え? 俺も? いいの?」 にこっと笑いながら露羽はクロウにクッキーの詰まった袋を渡す。 子供のように破顔したクロウの顔が、露羽にはとても印象に残った。 そして次はと莠莉の前に。 「え、ええっ、僕もですかっ。い、いや僕はもう子供じゃありませんし‥‥そのっ‥‥」 「メリークリスマス♪」 多少の抵抗を見せた莠莉であったが、露羽が穏やかな表情でそういうと、逆らう事も出来ず言われるがままプレゼントのクッキーを受け取った。 クロウも莠莉も、露羽が離れるとすぐに袋を開き、互いのクッキーを比べあう。 おいしそうに口にするその表情が何よりのプレゼントだと露羽もまた相貌を崩す。 「ご苦労様です、可愛らしい衣装ですね」 一通り配り終わった露羽は、空の側で一息をつく。 「ありがとうございます。空さんもどうですか?」 「ふふっ、いえ私は遠慮しておきます。ジルベリアの祭りとの事ですが、殊の外楽しいものですね。子供達のあんな笑顔が見られるというのなら、毎年繰り返す方々の気持ちもよくわかります」 「はい、でも‥‥」 「でも?」 「贈り物を貰える年齢っていつまでなんでしょうね? せっかくのお祭りですし、私もサンタさんから贈り物欲しいです♪」 率直にすぎる言葉に、空は思わず噴出してしまう。 そんな二人の背後から、もう一人のサンタクロースが顔を出してきた。 「めりーくりすます!」 その手にはクッキーの袋が二つ。もちろん露羽と空の分だ。 「犬神印のクリスマスクッキーですよ。ぜーんぶ宣伝費で落としますんで遠慮なく食べちゃって下さいね」 良く見ると、彼女は犬神の依頼主である女シノビであった。 どうも依頼が入った前後から、急に食事や飾りが豪勢になって来たと思ったらこんな裏があったかのと苦笑する二人。 しかし彼女は言う。 そういう面倒な事は大人達だけで考えればよろしいと、子供の内は、与えられる背景や理由なんて考える必要なぞないのだと。 「ですから、貸し借りだのは抜きで、今日は楽しむとしましょう」 そう言って皆の方に駆けて行く女シノビ。 露羽はクッキーを一かじり、ほのかな甘さが口の中に広がる。 「ここまでする必要も無いでしょうに。今回の依頼人さんは、随分と‥‥」 空はくすっと笑みを零す。 「いたずら好き?」 「ふふっ、ええ、それです」 二人は顔を見合わせて笑うのだった。 そして残る大人達。彼等も存分に祭りを楽しんでいた。 りょうはもしゃもしゃと慣れぬフォークを使ってデコレーションケーキを食べている。どうやら1ホール丸々全部食べるつもりらしい。 「これが『けぇき』なるものですか、中々に食べでがあります、な。甘味が強いですから、お茶がすこぶるあいますぞっ」 隣では煙巻が食べにくそうに骨付きチキンに食らいついている。 「これもいけるぜおい。それに‥‥すげぇなあの演出、むちゃくちゃ派手な赤白がさんたくろーすって奴なんだろ?」 「ああっ! 煙巻殿その『ちきん』を全部食べては駄目ですぞっ! わ、私が楽しみにしているのですからなっ!」 「はいはい、わかったわかった。‥‥しかし、そこら中が別世界みたいだな‥‥すげぇもんだ。これが異国の祭りって奴か」 二人ともご満悦の模様。 二人のサンタクロースが一通りプレゼントを配り終えると、よしとばかりに遊羽が席から立ち上がる。 その視線は雪斗の方へと。 苦笑しつつ了解した雪斗は槍を手に演台、というにはいささか小規模すぎるが、に向かう。 二人は一度顔を見合わせ、うんと頷くとそれぞれ遊羽は扇を、雪斗は槍を手に舞を始める。 着物の裾をひらりひらりと宙に舞わすは遊羽の技。 大きな得物をそれと感じさせぬ流麗な動きにて手足のごとく振りかざす雪斗。 遊羽は大きく跳ねるように、雪斗は小まめに繊細に。 舞人も得物にも大きさの違いがあろうに、それを全く感じさせぬは二人が二人だからと舞を揃えた結果であろう。 僅かにづつつもる白点を、張りのある動きの度にぱんっと跳ねさせ遊羽は舞う。 木々に止まり羽を休める鳥のごとく、白い綿毛は雪斗の両肩に積もりつもる。 常ならぬ色彩の灯篭、ほのかに降り寄る雪、可憐で典雅な二人組。 皆、舞が終わるまで、言葉を忘れて見入っている。 こうして根来寺のクリスマスパーティーは、つつがなく、そして盛況のままに幕を閉じるのであった。 |