|
■オープニング本文 前回のリプレイを見る まず到着したのは人と道具だ。 彼らは飛空船から降り立つなり、手際良く周辺の土地をならしにかかる。 彼等が手にしている道具は、どれもこれも見慣れぬ物ばかり。一体何に使うものかと見る者皆が首を傾げるも、実際使ってみるとすぐに理解出来る。 土砂を荷車に載せる為の道具だったり、大きな障害物を砕く為の道具だったり、或いは製図に用いる物、溝を作る為の物、柱を立てやすくする物、等々。 この開けた土地に城を作らんとしている数百人の作業員達は、一日、二日、三日と目で見てわかる程の勢いで土地をならし、基礎を作り始める。 この頃に、魔の森を抜けてきた資材運搬軍が到着する。 彼等は犬神の里のシノビ軍であり、数多の資材を或いは牛車に乗せ、或いは馬で引きながら運び込む。 途上にて交戦もあった様だが、懸念されていた大掛かりな襲撃は一度もなく、犬神軍は資材を置くなり早々に引き上げる。 山と詰まれた資材を、作業員達はまるで魔法か何かのように消費していく。 数百人居る人員全てが、常に何をすべきかを弁えているようで、皆がひたすら忙しなく動き続ける。 そして溜まった資材が全て無くなる頃、再び犬神軍が資材を運びこの地へと辿り着いて来るのだ。 執事服に似た衣装をまとった青年が、巫女のような格好をし岩にこしかけている女性をじっと見つめる。 「姫」 「うむ」 青年は見つめ続ける。 「姫」 「わかっておる」 その視線は何処か、責めるような目つきであった。 「ひーめー」 「っだー! わかっておると言うたであろうが!」 「何がわかっている、ですか。よりにもよってあの方とやりあうとか、一体どういう事です」 「だーから悪かったと言うておろうが! よもやあの者も彼の地に来ていようとは思わなんだだけじゃ」 「あの方云々抜きにしても、姫が戦に加わったらああなる事ぐらいわかるでしょうに」 「あー、うるさいうるさいうるさーい、聞こえぬ、なーんにも聞こえぬのじゃー」 耳を塞いでぶんぶんと首を振る巫女服。というか、奇鬼樹姫は、首を振る勢いで足までふってしまい、その踵がコツンと岩に当たる。 「あ」 そのまま、塩と化していた左足の膝から下がぼろぼろと崩れ落ち、風にふかれて無くなってしまった。 「っぎゃー! わらわの足がー! あしがー!」 「……馬鹿な事言ってないで、さっさと再生してください」 「馬鹿者! あれの術じゃぞこれは! そー簡単に再生なぞできるものかー!」 「だから自重しろと何度もですね……」 アレ、こと奇鬼樹姫の片足を奪った張本人である、人間が言う所の『白夜』は、小川のほとりで彼もまた岩に腰掛けたまま、自分の首を両手で掴む。 せーの、でぐいーっとひん曲げると、体は前に向いているのに首は真後ろを向いているという気色の悪い状況を、文字通り腕力で強引に修正する。 白夜は、川の水面を見つめながら、ぽつりと呟いた。 「…………痛い」 どうやらコレにも言語と痛覚はある模様。 睡蓮の城に戻った錐は、またも増援が来ているという話を聞き、その者の元へ向かう。 「錐さん!」 嬉しそうに声をかけてきたのは、朧谷の里で数少ない錐の味方、梶川清次であった。 「お前……どうして」 「里長の許可は取りましたよ。その、怒らないで聞いて欲しいのですが……」 そう言って同室に居たもう一人の青年に目を向ける清次。 彼は細い目を更に細めて言う。 「怒るも何も、錐クンも藪紫と共闘しているじゃありませんか。今更清次クンが犬神の私と手を組んだとて、どうという事も無いでしょう」 言葉の通り、錐から動じた様子は無い。 「君は?」 「宗次。この度、睡蓮の城の一員たれと命を受け参上しました。もっとも、私の指揮権は貴方にはありませんがね」 「……俺の代わり、か?」 「いえ、睡蓮の城の所有者は朧谷の里ですから、ここの大将は貴方ですよ。命令は受けませんが、要請でしたら心置きなく発して下さいませ」 実は現在、この城の指揮系統はヒドイ事になっている。 睡蓮の城の所有者は朧谷の里なのだが、この城を守護する傭兵や開拓者の指揮権は、犬神の里にある。 元々、葦花の里の傭兵の指揮権を朧谷に預ける形であったのだが、背後関係がバレたので隠している必要がなくなり、本来の犬神指揮下に傭兵達は戻ったのだ。 この矛盾を、睡蓮の城は錐と傭兵達の信頼関係のみで、飲み込んでいるわけだ。 宗次は、まるで笑ってるように見えない笑みで言った。 「私がここに来たのは、キミの指揮権を奪う為ではなく、錐クンの負担を軽くするためです。犬神との折衝が発生したのなら私に言いつけて下さい。犬神の里は、いや、藪紫は、貴方を信頼していますので悪いようにはしませんよ」 色々な事がごちゃごちゃと頭を巡る中、錐は幾つかはっきりとした事を皆に説明する。 これまでの睡蓮の城の尋常ではない防衛任務は、全て築城の前準備であったのだろうと。 城をアヤカシに攻めさせ、その機動戦力を徹底的にすり潰した上で、築城の専門家集団を軍で護衛しつつ、魔の森の中に城を建て拠点を作る。 恐らく、こうしてじわりと魔の森の中に拠点を増やしつつ、侵攻していく腹であろうと。 これがわかった以上、アヤカシも睡蓮の城よりあちらの築城地点を狙うだろう、皆の意見がそうまとまった時、見張りから報告が上がってきた。 「敵襲です! 獣型のアヤカシ多数が睡蓮の城に迫って来ています!」 二つ角のアヤカシ、牙は執事姿のアヤカシを伴って森の奥へと進む。 その領域に入ったのは、すぐにわかった。 周囲一体から、凄まじい数の殺気が二体へと放たれて来たのだから。 執事姿のアヤカシ、絶海は丁寧な口調で言った。 「烈雷牙殿にお会いしたいのですが……」 皆まで言わせず、絶海と牙の前に、巨大な狼姿のアヤカシが降り立った。 「何用だ、絶海」 これを狼と呼ぶには相当な抵抗があるかもしれない。 龍をすら上回る巨躯に、牙も絶海も見上げながらでないと話しすら出来ないのだ。 そして、その巨体からは想像もつかぬ俊敏さはどうだ。狼の身のこなしそのままに、人ならば一口で丸呑み出来よう大きさまで巨大化した狼なぞ、悪夢以外の何者でもない。 「実はこちらの牙が、人間へ攻撃を仕掛けたいと言っておりまして。ついては烈雷牙殿に協力をお願いしたく」 「ふむ、他ならぬ絶海、お前の頼みならば聞かぬでもない」 「それに、一つきっと貴方が聞き逃せないだろうお話がありまして」 「ほう?」 「岩砕牙殿は倒されました。今回の相手である人間に」 烈雷牙は雷が脳天に落ちたかのように、激しく体を震わせる。 すぐに絶海は眉根を寄せて放つ力の度合いを上げると、烈雷牙も落ち着きを取り戻す。 「スマヌ。しかし、そうか……ならば、我が全力をもってそ奴等を駆逐するとしよう。三王最強は炎噴牙でも岩砕牙でもない、この我だと姫に示して見せようぞ」 |
■参加者一覧
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
ジャリード(ib6682)
20歳・男・砂
アルバ・D・ポートマン(ic0381)
24歳・男・サ
土岐津 朔(ic0383)
25歳・男・弓
水瀬・凛(ic0979)
19歳・女・弓
ナツキ(ic0988)
17歳・男・騎 |
■リプレイ本文 城壁の上で彼方を見やる錐。秋桜(ia2482)はその少し後ろで、控えめに声をかける。 「錐殿。朧谷が錐殿を疎ましく思っている中で、犬神の実力者が実力を認めている様なこの状況、少し危険なのではありませぬか?」 錐は秋桜と顔を合わせようとしない。 「このまま続ければ、錐殿の意思とは関係なく犬神に……」 「言うな」 自分の強い口調に、秋桜以上に錐が驚いている。 取り繕うように錐は振り返る。 「清次がいてくれてる。アイツは里の有力氏族の出で信用もあるし、清次が見張っているという形が取れている間は、里も無理押しはしないだろうよ」 秋桜から見ても、それは錐が自分に言い聞かせているようにみえた。 しかし、と錐は言葉を続ける。 「……犬神が羨ましいのも事実だがな。何だってあそこは若手がこうまで好き勝手してられるんだか」 案外当人もその気なのか、と一瞬思った秋桜であったが、これまで見てきた錐という人間像から考えるに、これは際どい冗談の類であろうと思われた。 そんなものを零してしまうぐらい、追い詰められているのだろう、とも。 「ざっけんなあああああ!」 なんて叫び声は、城壁上の新平のものだ。 城壁を垂直に駆け上ってくる狼なんてふざけたものの相手をさせられてるのだ、怒鳴るぐらいは大目に見てやるべきだろう。 気持ちはすごくわかるナツキ(ic0988)であったが、昇って来る狼を大剣で突き落とす作業に追われ、声をかけてやる余裕も無い。 と、ナツキの耳に澄んだ声が聞こえて来た。 「忘れるな、諸君!」 この声は久我・御言(ia8629)のものだ。正直、ナツキは多数と戦うのをあまり得意としないが、彼はこういった集団戦闘において輝くのだ。 「如何に苦況にあろうとも、私達は孤独ではない。己ができる事をなす事こそが、全ての仲間に応える事になるのだと、信じて弓をとりたまえ!」 役者のような凜とした顔、妙に芝居がかった台詞、しかし戦場の只中で彼がこうすると、自分が頑張らなければという気になってくるのだ。 よし、と気合を入れなおすナツキであったが、すぐ側から大声が。 「はいっ! 頑張りますっ!」 御言の言葉に、ものっそい気合が入りすぎてるっぽいゆみみである。実にチョロイ。 「ゆみみさん、前出すぎだよ」 「わ、わわっ」 言ってる側から、飛び出して来た狼に突かれそうになり、器用に剣先を振るってこれを追い払う。 腕は悪くないんだけどなぁ、としばらくはこの子のフォローをしてやろうと決めたナツキであった。 そしてこちらが防ぐ側であるのなら、ジークリンデ(ib0258)は攻める側の基点となる。 ロッドがザカーとジークリンデの護衛につき、二人は魔術で片っ端から狼を潰しにかかるのだ。 狼達の素早くかつ連携の取れた動きを見て、ジークリンデはこれを封じるべく吹雪の壁にて防ぎにかかる。 数匹は咄嗟に進行方向を切り替える、判断も動きも素早い。 「敵も中々のものです」 しかし、吹雪を避けた先には予め仕掛けておいた吹雪の罠が待ち構えていた。 「ただ、それだけですけれど」 この辺はザカーも心得たもので、事前に仕掛けたフロストマインを活用しつつ、敵の進撃を防ぎ、数を減らしにかかる。 真っ先に罠にかかった狼達に、御言はここぞと攻めにかかる。 「転身! 火力を集中してしとめるぞ!」 ジークリンデの術を軸に、弓射が罠にかかった狼達へと降り注ぐ。 御言は、自分が焦っている事を自覚する。 敵襲を察知してから敵が城に至るまでに、ジークリンデとザカーとでかなりの数の罠を仕掛ける事が出来たが、当然数は有限だ。 「そろそろ、か」 狼が散開するようになると、一気にダメージ効率が落ちる。 そのままあれよと言う間にほとんどの狼が城壁へと張り付いた。 ここまでで減らした数は十。これを多いと見るか少ないと見るかは難しい所だが、狼の能力を考えれば良くやったと考えるべきだろう。 御言の指示もより細かく、各人一人一人に対するようなものへと変わっていく。 誰しもが自分の周りだけで手一杯になっていく中、それでも御言は声を張り上げる。 「よいかね! 壁をよじ登るは実に理不尽! されど、登ってこようという行為そのものが、壁が有用であるという証明だ。引き付けて先頭の狼を落とし、後続の邪魔をさせて凌ごう!」 誰からも返事は無い。しかし、皆の切羽詰った表情が僅かに和らいだように見える。 現状、ワンミスで誰かが落ちかねない。そんな決着を、御言は断固として拒否するつもりである。 ジークリンデの左右から、同時に狼が襲い掛かってくる。 右はロッドが大剣を盾に防ぎきり、左はというとザカーが無理矢理割って入り、肩を大きく噛み千切られる。 ジークリンデはすぐに詠唱中の術を止め、強力な白き精霊をかの傷口へと誘う。 「……無茶をしますね」 「治癒術の用意があるお前に倒れられては敵わん」 既に各所で怪我人が出ている。 ジークリンデはこれらに一瞬で優先順位を付けると一人一人処置を施しにかかるが、この半ばで一度全てを投げ捨てるハメになる。 完全に、城壁上へと昇りきられてしまった。 二匹の狼に対し、ゆみみは壁の方を頼むとナツキに言うなり一人でそちらへ駆けていく。 同時に、御言から警告の声が飛ぶ。 「六匹同時だ! 引きたまえ!」 城壁下から、六匹の狼が同時に一箇所目掛けて走り昇って来たのだ。 引く? 無理だ、引いたらこの六匹は全てゆみみに殺到する。ゆみみは、城壁下が見えておらず、事態に気付いていない。 ナツキは無理を承知で駆け上ってくる狼に大剣を振るう。一匹は剣の先端に引っかかり落下。剣を振った勢いで自分の体が城壁外へと流れていくのを、昇ってきた狼を蹴飛ばす事で城壁内に強引に戻す。 二匹が脇をすり抜ける。残り二匹、一匹は無理矢理首を掴んで投げ飛ばす。 ナツキを抜けた三匹は、二匹に手間取るゆみみの元へ。五匹同時は即死すら見える。ナツキは、五匹の同時攻撃を三つまで凌ぎ二体に噛みつかれそうになったゆみみを、思い切り蹴り飛ばして城壁の内側に落下させた。 「えええええええええ!?」 なんて悲鳴が聞こえるが、二度目だし着地はしてくれるだろと、全部で八匹の狼と対峙する。正直、勝ち目なっしぶる。 「…………お前、無茶苦茶するよな」 心底呆れた声でありながら、何処か機嫌良さげに見える顔で新平が援護に入り、ジークリンデの治癒もこちらに集中され、ものっそい勢いで戻って来たゆみみが加わるまで何とか二人で堪えたのだった。 水瀬・凛(ic0979)は、弓を構え狙いを定めると、一時的にだが視野が狭くなるのは知っている。 だが、城壁の上で、移動する場所なぞ限られているというのに、死角を伝い凛へと肉薄する牙の技術は尋常なものではあるまい。 ジャリード(ib6682)が辛うじて間に合う。銃を構えてる暇が無いので、そのまま蹴り飛ばしにかかるが、これを真上への跳躍で回避する牙。 この跳躍は、低空にて迫る龍への攻撃でもあった。 しかし、攻撃の寸前で更に上空に居た御坂十三の放つ矢が牙を捉える。低空よりの龍がおびき寄せ、上空の龍が射抜く形だ。 すぐにジャリードは腕を振って合図を送る。龍達の動きが変わり、上空からの牽制射に切り替える。 矢が雨と降り注ぐ中、そこだけ矢が当たらぬ、まるで矢雨に導かれるように秋桜(ia2482)が走る。 牙の表情が変わる。さにあらん、一度殺された相手であるのだから。 「フン! 二度も不覚は取らん!」 牙の貫手は、秋桜が間合いに入るぎりぎりで足を止めたので不発に終わる。 上空より縦に矢が降り注ぐ中、凛の矢が水平に放たれる。かなり見ずらいはずのこの一矢も、牙の足を止められない。 ジャリードの銃弾も、上空の龍達を指揮しての誘導すら、通じなかった。 そんな牙が、徐々に速度を落としだす。 速さが売りである者程、緩急をつけるのが上手いものだ。その類かと思ったのだが、何と牙はそこで一度、完全に静止してしまう。 全員が、思わぬ挙動に一瞬反応が遅れる。と同時に、牙が跳ねた。 両手を床につく程低くしゃがんだかと思うと、まるで米つきバッタのように、凄まじい跳躍を見せる。 狙いは、龍。それも上空からの狙撃位置に居た御坂十三である。本来、この高度で地上からの近接攻撃とか、思いつきすらしないだろう。 跳躍高度も、速度も、その行為そのものが予想外すぎて、誰も反応が出来ない。 それでも、予想外の事が起ころうと為さねばならぬ事が多い、指揮を執る者であるジャリードは動けた。 宝珠銃を天空へと向ける。比較対象物が無いので、もう勘としか言いようのない感覚によって引き金を引く。 牙は、すれ違いざまに龍の胴を斬るつもりであったようだが、その刃の前、そして更に先にある鼻っ面をかすめるように、銃弾が抜けていく。 これで間を外された牙であったが、そのまま十三の龍の上へと飛び乗った。 十三も鐙から足を外し、龍の上に立とうとするが、牙はそんな十三を蹴り飛ばして叩き落しにかかる。踏ん張る十三、しかし、足が滑る。 「掴んで!」 と叫んだのは凛だ。 十三も意図もわからぬままこれを聞き、そして、自分へと向けて凛が弓を引き絞り、矢を放ったのが見えた。 バランスを崩しかけていた十三は、飛来する矢を、何と素手で掴んでみせる。この時、掴んだ矢の勢いが十三を僅かに引っ張り、崩れた体勢を整えるのに役立っている。 秋桜は、低空を囮役として飛ぶ龍を見つけると、これに合わせて城壁上を走り、胸壁の上を蹴って大きく飛び上がる。 龍乗りがすっとんきょうな顔をするのを他所に、龍を蹴り飛ばして更に上へと跳躍、これで、牙とほぼ同じ高度にまで辿り着いた。 「この空は、貴方だけのものではありません」 驚く牙を龍の背から蹴り出してやる。ついでに自分も勢い余って落下しそうになるが、これは十三が腕を掴んで龍の背の上に留まる事が出来た。 ジャリードは、感心したような呆れたような顔である。 「……跳ぶどころか、あの高さまで飛べると誰が予想できるというんだ。まだいるのか、こういうのが」 きりりと弓を引き絞った凛は、今が狙い時と勝負をかける。 「なんて、跳躍よ……でも負けないんだから!」 どんなに素早かろうと、自由落下中は落ちる的以外の何者でもなかろう、という話で。 二人がかりでありったけの矢と銃弾を打ち込んでやる。と、残る龍もまたこれへと矢を射掛けだした。 皆一級の戦士であり、こんな簡単な的外しようもなく、体表が見えなくなるぐらいまで矢だらけにされた牙は、城壁上に落下し、べしゃりと潰れる。 ようやく落ちた、そう安堵した瞬間、牙が凛目掛けて大きく跳んだ。 かわす? あの速さなら、かわした先に攻撃を仕掛けてくる。ならば。 凛は二歩、走る。ちょうど二歩目が、自分が仕掛けた罠の上になるように。 そこは乗れば簡単に崩れる仕掛けがあり、凛はこれを踏んだ事により、大きく体勢が崩れ牙は目標を失う。 そして、凛が転倒したせいで射線を確保したジャリードが、トドメの一発を打ち込むと、今度こそ牙は瘴気の霧と化して消えていった。 「奴は俺が抑える!」 と叫んで飛び出した錐。 確かに、睡蓮の城において、錐の実力は絶対的なものとして皆に認識されている。 だが今こうして城壁上へ軽々と跳んで来た巨大な獣アヤカシ『獣王』列雷牙を相手に、必勝を約束出来るかと言われれば即答は難しかろう。 そしてほぼ同時に、もう一人が列雷牙へと突っ込んでいく 「こりゃァまた強そうなのが出てきやがったなァ? ……良いぜ、その方が面白ェ!」 文字通り嬉々とした様子のアルバ・D・ポートマン(ic0381)に、更にその後を追う形の土岐津 朔(ic0383)である。 「ったく、錐サンちょっと待てっつーの!」 見た目だけではなく、漂う雰囲気から並の相手ではないと理解出来るだけの能力を持つ二人であるが、列雷牙を相手にまるで近所に喧嘩に出向くが如くである。 すぐに大慌てで清次が、やれやれと宗次が、列雷牙へと向かって行く。 「誰が手を貸せと言った! コイツは俺がやると言っただろう!」 怒鳴る錐に、アルバは知るかと刀を抜き放つ。 「勘違いすんなよ。アンタにだけイイ格好はさせねェってダケだ」 すぐに追いついた清次が口を開くより前に、朔が錐に言ってやる。 「錐サン、落ち着いてください! 此処で貴方が死んだら誰が指揮するっていうんです……!」 次々と来た面々。これを苦々しく見ていた錐であったが、すぐに頭を切り替える。 「えいくそ、こんなに来ちまいやがって。おい、ならもう帰れとは言わん、一気に片つけて他所の応援に回るぞ」 これに答えたのは、驚くべき事に、含み笑う列雷牙であった。 「我を前に、良くぞ吼えた。いいぞ、ならば貴様等全員、一欠けらも残さずこの列雷牙が食らい尽くしてくれよう」 やはり錐、そして宗次が頭二つ程抜けている。清次も悪くは無いが、相手が悪いというものだろう。 シノビ三人は、列雷牙の巨体にまるで似合わぬ動きにも全く苦も無くついていっている。 舌打ちしつつアルバは、この速さについていくべく構えを変化させる。 これは防御が疎かになる構えであり、朔は怒鳴るように言ってやる。 「アルバ! お前は好きに動け、俺が援護する!」 言われっぱなしも、頼りっぱなしも性に合わないのか、アルバもすぐに切り返す。 「……朔ちゃん、後ろは頼んだ。前出て来ンじゃねェぞ」 列雷牙の着地に合わせ、後先考えぬ渾身の一閃を放つアルバ。 しかし列雷牙は、前足を大きく跳ねさせ、この剣撃を紙一重で見切って見せる。 紙一重でかわすのは、当然直後に反撃するためだ。 「そうはさせるか……!」 朔の放った矢が、列雷牙の前足ではなく後ろ足を射抜く。前足に注意が向いている今ならばとの冷静な判断だ。 「アンタは一生地面に張りついてンのがお似合いだ……!」 地面に縫い付けるような一矢であったが、その巨体は伊達ではないようで、串刺しの矢を地面から引き抜く。 そのまま突進。アルバ、かわさず。いや、かわせないのだ。アルバが抜かれれば背後の朔まで一直線になる。 「相棒に手ェ出すなら俺を越えてからだぜ?」 魔剣をぎらりと輝かせ、大きく両手を広げてこれを迎え撃つアルバ。 「心配性なんだよ。お前は獲物だけ見てろっつーの」 その後ろで、突っ込んで来る巨大アヤカシなんつー泣きべそものの視界の中、大きく強く、弓を引き絞る朔。 真っ向から列雷牙を迎え撃つ、一振りの刃と一筋の矢。 逆にこれがあまりに堂々としすぎていた為、列雷牙も真っ向から行かざるを得ず、その直後、三人のシノビが準備を重ねた必殺の攻撃をまともにもらい、果てるのであった。 |