生きる
マスター名:
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/05 02:41



■オープニング本文

 男には剣しかなかった。
 アヤカシの生息森と隣接した村に生まれた男は早くに両親を亡くし、幼い頃より自分の食い扶持を稼ぐため剣を取った。せめても志体を持っていた事が、男の命を救ったのだ。
 最初は下級アヤカシ一匹を斬るのに半日かけながらであるが、着実に、出来る限りで工夫と研鑽を重ね、成人する頃にはたった一人で村を守れる程にまで成長していた。
 しかし、ある日瘴気の森が溢れ、大量のアヤカシが湧き出てきた事で、彼は故郷を失う。
 以後、彼は傭兵として様々な地を転々とする事になる。
 ある時は同じくアヤカシと、またある時は国同士の小競り合いに、そしてトラブルを起こした敵組織を根こそぎ斬り殺し、生き延びてきた。
 剣のみで生きてきた彼が口に糊する手段は殺し合いしかなく、それを悪い事とも思っていなかった。
 それでも最低限の社交性を身につける程度には知恵があったので、腹が立ったからと仕事以外で人に暴力を奮う事もなかった。
 ある時、珍しく依頼人より給金を大量にせしめた男は、知人に誘われさして興味も無かった歓楽街に顔を出す。
 豪勢な食事、華やかな舞、綺麗な衣装に彩られた美女達と、彼は常の自分の生活とのあまりの違いに大層驚いたそうな。
 その日の晩、一人の女性と共に閨に入ろうとした男は、急にえもいわれぬ不安感に苛まれる。
 生まれてからずっと、必死に生き続けていた。
 男の選択肢は、生きるか死ぬかしかなく、楽しいかつまらないかだの、嬉しいか悲しいかだのは、至極どうでも良い事であった。
 生き残る喜びに比べれば、例え泥水をすすろうと、死肉を喰らおうと、瑣末な事であったのだ。
 男は女に訊ねる。
「俺が今持っている金で、生涯この生活を送り続ける事は出来るのか?」
「旦那でしたら一月は遊んで暮らせます。ですがそこまででしょう。常に遊び続けたいのなら、同時に仕事をなさるのがよろしゅうございます」
「これがとても楽しい事だというのは理解した。しかし、俺には戦をしながらこの平穏を享受する事は出来ん。戦とコレは決して相容れぬ価値観であろう」
 すっと席を立つ。
 女は寂しげに男を見上げる。
「‥‥旦那、人生には休息も必要かと‥‥」
「戦が終わり、竹筒に詰めた水を心置きなく飲み干す。俺にはその程度の喜びで充分だとわかった。‥‥過ぎた歓楽は、逆に不安を煽るだけらしい。度し難い事よな‥‥」
 以後、男は二度と歓楽街に近寄る事はなかった。

 ただ相手を傷つけるのみの人生。
 これが恨みを買わぬわけがない。
 ある時を境に、男は仕事をこなす以上に命を狙われるようになっていた。
 それを不幸とも思わぬ男であったが、実際仕事中に襲い掛かられると、何時もやってる事がやってる事なだけに洒落にならない。
 なので、一網打尽にすべく罠を張る事に決めた。
 もちろん敵は男のみで迎え撃てる程度の戦力ではなかろう。
 なので、男は開拓者を雇う事にしたのだ。
 それも全力で敵に備えて欲しいとの希望から、朋友も連れて共にあるよう依頼する。

 三人の男が、怒り眼で焚き火を前に顔を突き合わせている。
 皆、奴に恨みのある者ばかり。
 一人は大切な家族である兄を奪われた。
 一人は身代全てを賭けた相手を殺された。
 一人は戦場で父を一騎打ちの果て討ち取られた。
 それぞれに引けぬ理由があり、同時に男が信じられぬ程の手練だという事も理解している。
 なので総勢二十人、荒くれ者を金の力で集めて来た。
 中には志体を持つ者もおり、三人が現状集めうる最大戦力となっている。
 男が開拓者を雇ったのも知っている。しかし、三人は数の優位を元に、男に決戦を挑む。
 法が、刑罰がといった話ではない。誰が、どれだけ悪いという話でもない。

 許せん! 死ね!

 断る! 俺は生きる!

 ただそれだけであると、男も三人も理解しているのだった。


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
ミル ユーリア(ia1088
17歳・女・泰
シエラ・ダグラス(ia4429
20歳・女・砂
野乃原・那美(ia5377
15歳・女・シ
太刀花(ia6079
25歳・男・サ
からす(ia6525
13歳・女・弓
鬼灯 恵那(ia6686
15歳・女・泰


■リプレイ本文

 ぱちぱちと火鉢の火がはぜる。
 開拓者達は打ち合わせを行う必要から、依頼人である男と共に戦闘前に男の家で一晩の時を過ごす。
 戦前の緊張感が、男は嫌いではなかった。
 ぴりぴりと張り詰めた感覚、確実に来る生と死を分かつ瞬間を静かに待ち続ける。そんな時間は、男の擦り切れた感性をすら刺激してくれるのだから。
「ん、そろそろ焼けたかなー?」
 野乃原那美(ia5377)が暢気に串焼きにしてある焼き魚に手を伸ばす。
 早速一口、むむっと眉を潜ませる。
「‥‥ちょっと塩が足りないかも」
 そう? と鬼灯恵那(ia6686)がひょいっと顔を突き出して一口横からいただく。
「むぐむぐ‥‥ちょうど良いよ?」
「ボクはもうちょっと濃い方がいいのっ」
 塩をぱっぱと振りかけ追加する。
「そっかな、おいしいよこれ」
 両手に串を持つミル・ユーリア(ia1088)がもぐもぐやりながら口を開くと、酒々井統真(ia0893)が半立ちになりながら抗議する。
「お前ミル! 何俺の分も勝手に食ってんだよ!」
「しらなーい。早い者勝ちいえーい」
「てめっ、返せこらっ!」
 からす(ia6525)はそれを横目に見ながらずずずーっとお茶をすする。
「こら、行儀が悪いぞ。食事中ぐらい大人しくせんか」
 彼女だけは自前の湯呑みである。いつもこれを持ち歩いているのだろうか。
 シエラ・ダグラス(ia4429)はにこやかに微笑みながら、他の人の分のお茶を淹れている。
 ありがとうとこれを受け取りながら、太刀花(ia6079)は何とも言いがたい表情をしている依頼人に問う。
「どうかしましたか?」
 男は不可解そうに言った。
「‥‥開拓者とぶつかった事はあるが、こうして共にあるのは初めてでな。お前達は戦の前でもいつもこんな感じなのか?」
 何が問題なのか良くわからないといった顔の太刀花。
 風雅哲心(ia0135)は含むように笑う。
「アンタん所は違うのかい?」
「まるで市井の者達を見ているようだ。歴戦の兵が集まったとギルド係員に聞いたのだが‥‥」
 挑むように、からかうように哲心は答える。
「なら誰でもいい、この中から一人選んで勝負してみろよ。俺はアンタの負けに賭けるぜ」
 二人の会話に割って入るように、シエラがお茶のおかわりを持って来る。
「哲心さん、依頼人の方に変な事言わないで下さい」
 わりぃわりぃと哲心は素直に引き下がる。
 男は、何かとても衝撃を受けているように、皆からは見えた。

 上空にて龍を駆るは四騎。
 哲心、ミル、シエラ、からすである。
 まずは哲心の心眼にて敵の位置を探る。
 結構な数がぞろぞろと集まっている。少なくとも戦闘開始前に物陰に隠れるような事をしている者は居ないようだ。
「数だけ揃えりゃいいってもんでもなかろうに。それに‥‥上ががら空きなんだよ!」
 下に戦力配置を伝えると、上空奇襲組が襲い掛かる。
 初撃はからすから。
 おい、あれはと数人が気付いたようだがもう遅い。
 矢を束にして番え、ぎりりと引き絞る。
「この矢の雨に、君達は耐えられるか?」
 よほど熟練の者でも矢がまともに機能せぬだろうヤケクソとしか思えぬこの射方でも、からすの手にかかれば降り注ぐ死の豪雨と化す。
 まるで一軍が攻め寄せてきたような初撃に、荒くれ者達は陣を組む事も出来ない。
 そして常の優しげな雰囲気なぞ何処ぞに消し飛んだかのようなシエラが、駿龍パトリシアに命じ突風のごとき衝撃波、ソニックブームを放たせる。
 ロクな反応も出来ぬ荒くれ者の一人が、まともにコレをもらいゴロゴロと後ろに転がる。
 仲間の派手な攻撃に驚きつつ、ミルも揺れる龍の上ながら、手裏剣を構え、打つ。
 と、すぐ側を暴風と共に哲心の甲龍、極光牙が抜けていく。
「ちょ、ちょっとそれ速すぎでしょ!?」
 ロクな減速もせずに地表すれすれにて旋回、荒くれ者の一人を引っ掛けるように蹴り飛ばし、建物につっこむかと思いきや、縦に翼を広げながら横向きにひらりと家と家との隙間を抜けていく。
 あんな事が出来るんだ、と龍使いの奥深さを見た気がするミルであった。

 統真が拳を手に打ち合わせる。
「んじゃ、こっちも行くとするか」
 既に抜き身の刀を下げている那美と恵那は、とても嬉しそうであった。
「さて、それじゃあ楽しもうかな♪ 楓、よろしくね♪」
 那美の忍犬楓は、声を出さずいつでも飛び出せるよう身構える。
「焔珠も好きにやっていいよ。でも邪魔はしちゃダメだからね」
 喉を鳴らし、今か今かと猛る炎龍焔珠。
 太刀花は依頼人に注意を促す。
「数を減らすまでは無理は禁物ですよ。貴方が殺られたら、こちらの負けなのですから」
「わかっている。開拓者の腕、見せてもらおう」
 太刀花の側に控える忍犬、現八の爪に羽刃がぎらりと光る。
 統真は連れて来た人妖ルイに、依頼人の側で回復に努めるよう言い含める。
 ルイは少し不満げであった。
「初めて頼ってくれるのかと思ったら、後ろに下がってろ、なんて‥‥理由はわかってるから言う事は聞いてあげるけど‥‥」
 そのまま小さい手で統真をぴっと指差す。
「皆の回復で手一杯、だから、怪我せずに戻る事。いい!?」
「はいはい、わかってるって」

 地上部隊も攻撃を開始すると、依頼人の男も出し惜しみをしている場合ではないと刀を手に攻撃に参加する。
 ミルはそれを見るなり龍から飛び降りる。
 体術は泰拳士の得意とする所だ。
 まだかなりの高度があったのだが、屋根を蹴り、ひさしの端に手をかけて、きっちり減速しきった上で大地に降り立つ。
 と、これまた先の哲心のように地表近くとはとても思えぬ速さの白龍が飛び込んでくる。
 こちらは依頼人のすぐ隣に降り立つと、とんっと乗っていたシエラのみが飛び降りてくる。
 標的が一人でいると勢い込んで来た荒くれ者達は、たたらを踏んで踏みとどまる。
「退くならば良し。さもなくば斬ります」
 からすと哲心は龍に乗ったまま攻撃を続ける。
 シエラを降ろしたパトリシアは、再度空へと舞い上がり高空よりソニックブームにて攻撃を繰り返す。
 からすはその雄姿を見て頬を緩ませる。
「ふふっ、こちらも負けておれぬな。行くぞ鬼鴉」
 敵の一部は弓を持っているようだが、空を飛ぶ龍にこれを当てるのは至難の業。
 ならばと味方に当たらぬよう注意しつつ、再び乱射の奥義を披露する。
 そして一気に降下し、弓を持つ者に鬼鴉の炎を見舞ってやる。
 またその頃、同じく空戦組の哲心も、こちらは射撃ではなく急降下にて攻撃、再び上昇を繰り返し攻撃を続けている。
 その龍使いの技術はどうだ。正に人龍一体、阿と哲心が思えば吽と極光牙が応える。
 からすの矢より外れた位置に居る者達を、一人、また一人と確実に屠っていく。
 地上突撃組の三人はというと、これはもう大乱戦のど真ん中に居た。
 側面より斬りかかってくる男を、いなし、すれ違いざまに一刀を叩き込みすぐさま次の敵に対する恵那。
 その視界の隅に、明らかに他と違う挙動をする者が入る。
 力任せに斬りかかってきた荒くれ者を振り払い、その男の下へ。両腕で支えた刀にて急所目掛けて平突き一閃。
 敵は咄嗟に上げた刀でこれを防ぐ。反応速度、受け流す技術、共に雑兵ごときではなしえぬ技だ。
 依頼人の所へ向かおうとしていたのか、舌打ちをする男に、恵那はまるで友にそうするかのごとく微笑みかける。
「ご機嫌麗しゅう? あの人の始末は仲間に任せて、こっちは楽しもうよ」
 矢が数本突き刺さったままの敵の、更に背後に回って刀を突き立てる那美。
 忍犬楓が次なる敵に飛び込む。那美はたったいま斬り倒した敵を蹴り飛ばして反動をつけ、早駆にてあっと言う間もなく距離を詰める。
「ふふふ、孤立した獲物発見♪ んふ、あなたの命もらうよ♪」
 弓を構え、空を撃たんとしていた男は、一人と一匹にたかられ、悲鳴をあげながら逃げ惑う。
 そして統真は、脇目もふらずに最も手強いと思しき敵サムライの一人につっかかる。
 当然、周り中敵だらけであるのだ。サムライの相手だけするというわけにもいかず。
 横薙ぎに、下から掬い上げるように、真後ろより飛び上がって袈裟に、それぞれ斬りかかってくるこれらをロクに目もやらぬまま受け、いなし、かわしていく。
 それでも避けきれぬは、サムライの剛剣。
 これをもらい深い傷を残すも、ほぼ同時に、斬撃の威力をすら利用して拳をねじ込む。
 両者は弾かれるように距離を取る。
 サムライは下がったが、他の荒くれ者はここぞとばかりに統真を狙う。
 内の一人は、足元を鋭い刃に切り裂かれ転倒する。
 もう一人は、大斧にて斬り裂かれ、体ごと大きく吹き飛ばされる。
 残る二人の攻撃を払い、受け流した統真は、声を上げてこれに応える。
「悪ぃ! ここは頼むぜ太刀花!」
「お任せあれ」
 くいっと眼鏡を上げた後、ごうんと斧を大きく横に振り、ただの一振りにて牽制となす。
 荒くれ者達の足元を縫うように駆けていた忍犬現八も、再び太刀花の足元へ、その背後を守るように嘶く。

 悲鳴と怒号が飛び交い、混沌とする戦場の最中、荒くれ者の一人は一度距離を取って弓にて攻撃すべしと戦場を離れようとする。
 既に幾人もが斬り倒され、そこらに転がる死体を特に気にもせず踏みつける男は、直後その浅慮を悔いる。
「あはは、もっと僕と遊ぼうよ♪ これくらいじゃ足りないよ?」
 倒れ伏した死体の影に那美が隠れていたのだ。
 片足を斬りつけられながら、それでもと走り出そうとする男の無傷の方の足を、楓の爪が切り裂く。
 完全に体勢を崩す男の胸部ど真ん中に、那美は体ごと預けるように胡蝶刀を突き刺す。
「ん、いいところを‥‥楓、いまだよ♪」
 忍犬ならではの跳躍力で飛び上がった楓が、男の首筋を牙で噛み千切り、男は絶命した。
 哲心はそろそろ頃合かと龍より飛び降り、既にかなりの傷を負っている三人の荒くれ者の間に降り立つ。
 右後方より斬撃、身を翻して弾く。
 左側面より刺突、空いた腕で払う。
 真後ろより殴打、足で蹴り飛ばす。
 一通りを凌いだ直後、逆手に持った刀を後ろに向けて突き出し、まるで攻撃を予期していなかった男に突き刺す。
 更に、どういった技か、はたまた剛力故か、いつのまにか順手に持ち替え、低く落とした姿勢から肩に背負うように刀を振り上げ、勢いそのままに前方の敵に斬り下ろす。
 まるで読めぬ刀の挙動に、男達は藁束のように容易く斬り倒されていく。
 最後に残った一人に向け刀を突き出し、哲心は言い放つ。
「こういう行為に及んだって事は、自分が殺されても文句はないって言ってるのと同じだ。覚えておくんだな」
 依頼人を守りながら、ミルは周囲に気配を配る。
 これだけの乱戦、必ず隙を抜けてこようとする奴が居ると。
 突如、依頼人の後方より二人の荒くれ者が飛び出してくる。
 これに対応するは、同じく依頼人の護衛についているシエラだ。
 ミルもまた後に続こうとするが、寸での所で気付き、飛び上がってあらぬ方へと掌打を放つ。
 この攻撃は、依頼人へと屋根より飛び降りざま斬りかかってきた男に命中、大きく体勢を崩した男は地面にどうっと倒れ落ちる。
 ミルは男へ踏み込みざま更に剣を突き出すも、男は片膝をつきながらこの剣を受けとめる。
 二人を囮に依頼人を狙っていたのだ。この志体を持つサムライは。
 すぐ様立ち上がり、振り上げた刀をかざすが、ミルは万全の体勢でこれを受け、流す。
 勢いをつけるため片足を振り上げ半回転、ぐるんと胴を回し速度と体重を乗せ剣を振り下ろす。
 剣術とは違う所作に、勝手が違うのか男はこれを受け損ね、薄く腕に斬り傷を作る。
 反撃とばかりに突き出してきた男の刀。
 これを仰け反りながら両手で支えた剣で受け、同時に後ろ回し蹴りにて男の鎧を強く撃つ。
 そのままとんっと飛び上がり、足の下を通して剣を突き出す。
 辛うじて男の刀が間に合うが、これはあくまで予備動作。
 男の刀を滑るように登り、剣は男の鎧の隙間に突き刺さる。
 しかし流石に敵も志体持ち、何と自らの筋肉を締めて体に刺さった剣を押さえ、そのまま刀を振り下ろしにかかる。
 対するミルは、動じる事もなく懐に深く入り込む事でこれを防ぎ、肘にて胴を強打しあっさりと剣を抜き放つ。
 超がつく近接距離、これではどちらも武器を使えぬ。
 はずであったのだが、ミルは剣を縦に、男の腰辺りに構え、全力で大地を踏みしだく。
 その反動でこの距離とは思えぬ剣力を得たミルは、鎧の隙間、顎の下を一撃にて貫いた。
 男はぐらりと後ろに倒れる。
 その瞬間、ほんの一瞬だけミルは、戦場にあって戦場を忘れた。
「‥‥やっぱ‥‥人を斬るっていうのはすっきりするもんじゃないわよねえ‥‥開拓者やってたら、しょがないのかなあ‥‥」
 不意に空より聞きなれた声が聞こえる。
 動きの止まってしまったミルに警告を発したのは、愛龍フリューテであった。
 爪の先には敵のをひっかけたのか、鎧の欠片が引っかかっており、フリューテもまた戦っているのだと教えてくれる。
 よしっ、と気合を入れなおしたミルは、フリューテに返事をし再び戦場へとその身を躍らせた。
 同じ頃、統真もまたサムライとの決着がつこうとしていた。
 手数の統真、一撃のサムライ、といった区分は正確ではない。
 サムライは統真の速さに遅れまいと、中途半端な防御は考えず手数を増やしにかかる。
 その攻撃力は流石はサムライよと唸る程であったが、統真もこのサムライの重装備を幾たびもぶち抜く強打を与えており、勝敗は一進一退となっていた。
 それでも、戦闘の分水嶺となる位置を、見切る術は統真がより勝った。
 頭の後ろにまで振りかぶった刀にて一刀両断にせんと踏み込むコレこそ好機と、統真は恐れるげもなく前へと飛び込む。
 間合いをかすめた瞬間振り下ろす、見事な見切りというべきであろうが、更に奥へと至った統真に対し必殺とはなりえず。
 刀の鍔元が肩口に叩き込まれ、骨でも砕けたかという程の激痛が走るが、統真は肘を前に突き出し、鎧をすら突き抜ける衝撃を叩き込む。
 練達の技は、その衝撃を余す所なく敵の全身に伝える事により、攻撃者の方に敵を引き寄せるのだ。
 肘に吸い付くように引かれるサムライの体に、半身を返して右の飛龍昇を突き入れる。
 爪の先まで微細に操る統真の技は、鎧の組み合わせを崩し、深々と敵の胴に突き刺さる。
 こちらは刺突であり、先とは違いぐらりとサムライの体が後ろに揺れる。
 そこに、真下より振り上げたもう一方の飛龍昇が襲いかかり、彼へのトドメとなったのだ。
 シエラは依頼人を守るように位置しながら、両手で長脇差を持ち、青眼を少々崩した構えにて待ち受ける。
 既に周囲の雑兵は討ち尽くした。残るは一人。
 ほんの一瞬、シエラは男より視線を外す。
 ここぞと打ちかかる男。しかし直後、男の眼前に長脇差が突き出されていたのだ。
 慌てて首を捻りこれをかわす。
 が、そこにあったはずの長脇差は霞のように消え失せ、まるでカカシのように立ち尽くす男の胴に、低く突き込んだシエラの長脇差が突き刺さる。
 下がるしかない。男は胴より血を引きながら後退するが、稲妻のようなシエラの更なる踏み込みに対応しきれず。
 横に寝かせた刃は鎧の隙間にぴたりとはまる形で放たれ、男の急所を貫いた。
 すぐに依頼人の安否を確認すると、彼もまた眼前の男を斬り倒した所であった。
「‥‥すまん。君達の技量を疑った非礼を詫びよう」
 シエラはやはり表情一つ変えぬまま、整っているが故に酷薄さすら感じさせる硬質な顔で、簡潔に答えた。
「いえ。ほぼ戦局は決まりました。貴方は後方にての待機をお願いします」
「了解した」
 からすは空にあったので、戦況の推移を良く見て取る事が出来た。
 既に乱射が使えるような状態ではなかったので、影撃を用いて一人一人狙い打つやり方に切り替えている。
 敵は弓を持つので、乱戦となるなり幾人かは物陰や遮蔽を取っての射撃を考えていたようだ。
 それらも上からは丸見えであり、からすはそういった輩を一人残らず潰して回っていた。
 騎上にあっても決してブレぬ射撃は騎射の技。これを高い次元で習得しているからすは、戦闘の最中用い続けてもさしたる影響を感じなかった。
 さて、ではそろそろサムライを狙うかと弓を構えた所で、ふと、弓を引いて手綱を取る。
「まったく、戦の最中に娯楽を優先させるとは‥‥」
 眼下の戦いに、手を出すは無粋と考えたのである。
 太刀花は自身と忍犬現八との二択を敵に迫り、いずれかに対応しようという動きを見せた瞬間、逆をつくというやり方で初撃を取り、そのまま畳み掛けるといった戦い方を取っていた。
 動きは素早く、いつまでも包囲されぬよう足を止めず、そんな太刀花の動きに、現八は良くあわせてくれていた。
 現八を訓練してくれたシノビに内心で感謝を述べつつ、現八が刀を持つ手を斬りつけ動きの鈍った男に強力な斬撃を喰らわせる。
 一刀にて両断される男。
 これでどうやら雑魚は粗方片付いたようだ。ならばと残ったサムライへと駆け寄ろうとする。
「待った」
 その動きを止めたのは那美の声であった。
「え?」
「ほらほらー、あんなに楽しそうなのに、邪魔なんてしたら怒られるよ?」
「楽しそう、ですか?」
 二人の視線の先では、恵那がサムライとやりあっている。
 どちらも怪我を負っており、応援出来るならばするべきだと思ったのだが、恵那の感覚を理解出来ているのか、那美はのんびりと観戦する気らしい。
 しかも側には恵那の龍、焔珠が居るというのに、これにすら手を出させていないではないか。
 そんな恵那は、ゆらりゆらりと体を揺らし、敵サムライの斬撃をかわし続ける。
 まるで感性のみで反応しているかのようなデタラメな動き、しかし何故かそれらは理詰めのそれと比して遜色無い攻防に長けた動きとなっている。
 感心したような声をかけ、太刀花の後ろより現れたのは哲心だ。
「へぇ、ああいう動き、俺は嫌いじゃないぜ」
 回避で斜めった体勢の恵那は、ロクに力も入らないであろうその姿勢より突きを放つ。
 放った直後のままであれば確かにさしたる力も篭っていなかっただろう。
 しかし、すり足にて突きを放ちながら支える重心を確保した恵那の突きは、中途よりその速度を劇的に跳ね上げる。
 鎧をも砕き、急所に一撃。
 崩れた瞬間、更なる追撃。
 見ている者がはたと気付いた時には、縦に斬り裂かれ、頭頂より血潮を噴出し、サムライはどうっと倒れ伏すのであった。
 戦闘が終わると、廃屋の中に隠れ機会を伺っていた復讐者三人を、男は微塵の躊躇もなく全員斬り殺し、決着はついた。



 男は、全てを見ていた。
 戦の前は争い事を嫌っているように見えたシエラの戦いを。
 雅な所作でありながら、卓越した弓術を誇るからすを。
 あれだけの腕前を持ちながら、人を斬る事に未だ抵抗を感じているミルを。
 どうしても理解出来ず、口にして問う。
 恵那と那美の二人は異口同音に、戦うだけでは人生がつまらないと語る。
 哲心は、そのままではいずれ命を落として終わりだと、男が当然と受け入れてきた事を、それ以上のものがあるとでも言わんばかりに口にする。
 自身も悩みながら、統真は生きるだけでない、生きたいと思うような理由を見つけて欲しいと言った。
 それでも答えが見つけられず動けぬ男に、太刀花は男の未来を祈るように言葉を語る。
「貴方のその剣で守れる物もまた有るのだと言う事を覚えておいて下さい」

 その後、男がどうなったのかはわからない。
 しかしギルドより報酬を受け取った時、開拓者達にギルドの係員はこう語った。
「そういえばあの依頼人さん、開拓者ギルドの説明書きが欲しいとか言ってたけど、あの人開拓者にでもなる気なのかね?」