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■オープニング本文 老人を中心に、村の人間が皆集まる。 「じいさま! これ以上はとても無理だ! 支えきれねえよ!」 そう叫んだ男の声も聞こえているのだろうが、老人は無言のまま。 そこに村で一番足の速い男が駆け込んで来る。 「じいさま! アヤカシは俺が確認出来ただけで四十は居やがる! やべぇよ! こいつらに一気に来られたらどうしようもねえ!」 老人はその声に、ようやく重い腰を上げる。 「ついて来い」 女子供も含む村人達六十人は、文句も言わずこの老人の後に続く。 村をぐるっと回り、村全てを包むように作られた木の柵の弱っている所を指摘し、一人一人指名しながら修繕を命じる。 これで十人程が減る。 次に村の外に出て、様々な仕掛けを見て回る。 ほとんどが既に潰れて使い物にならない。 老人はこの仕掛けの中から、まだ使える木や柱を村を守る柵の強化に使うよう命じる。 この作業にまた十人が指名された。 顎を撫でた後、周辺の地名を口にする。 全ての場所に人を配し、アヤカシの襲撃を監視するよう命じると、更に十人が減る。 残るは三十人。 五人を先ほどの村で一番足の速い男につける。 そして彼がアヤカシを引き連れて逃げる際、追うアヤカシの足を止めるような仕掛けをしなおすよう命じる。 残る二十四人に、農作業の続きを命じると、老人は家へと戻っていった。 これは異常な事だ。 アヤカシの脅威が迫っているというのに、六十人も居る村人全てが老人の言葉を疑う事すら無く諾々と従っているのだから。 よほどの信頼が無ければこうはいくまい。 そう、老人はこれまでその知恵と強い意志で、村を守り続けてきた村の英雄なのだ。 先の先のそのまた先を読むような仕掛けの数々で、数年前より増加してきた近隣のアヤカシを、村人の力を結集し撃退し続けていた。 しかし、老人は自分の家に戻ると、疲労と絶望に染まった顔で土間に座り込む。 最初に若者の言った通りだ。既に老人にも万策は尽き果てている。 先にあった二十体の襲撃ですら、村人に犠牲を出してしまっている。 更に倍の数で押し寄せられれば、一人残らず殺し尽くされるだろう。 彼に残された策は、一年前に仕掛けた、村で一番目端の利く若者のみ。 そこでふっと優しげに目を細める。 あの利発な若者を村より出してやれたのが、どうやら老人に出来た唯一の事であったようだと。 その若者は決死の熱意に燃えていた。 寝る間も惜しんで働く姿勢。 仕事中、常に神経を張り詰めらせ、僅かな出来事すら見逃すまいと注意深く全てを見つめる真摯さ。 まるで生き急いでいるように見える若者は、土下座して雇ってもらった商家にあって、瞬く間に信頼を勝ち取ってみせた。 商売の何たるかすら知らなかった若者は、たったの一年で番頭を任される程に成長したのだ。 彼は与えられた給金のほとんどを使おうとしなかった。 ひたすら蓄財に励み、そしてある日、貯めにためた金を手に開拓者ギルドの門を叩いた。 「これで! 雇えるだけの開拓者を! お願いします! 村を、じいさまを助けてやって下さい!」 貧乏な村にはアヤカシが出たからといって、開拓者を雇うような余裕などとてもではないが無い。 かといってお上もまた侵攻し続けるアヤカシ被害に対抗せねばならぬため、易々と、それも手紙のやりとりすら出来ぬこんな辺鄙な村に兵など送ってはくれぬ。 恐らく今後アヤカシの勢力が増していき、いずれ対応出来ぬようになると踏んでいた老人は、ならばと一計を案じた。 開拓者を雇える程の金額を稼げる可能性がある若者に、村中から集めたなけなしの旅費を持たせ都市へと送り出したのだ。 老人が仕掛けた数々の策の中でも、最も分の悪い言わば賭けであったのだが、青年は都市の誘惑にも負ける事なく、見事この役割を果たした。 村の現状はわからぬままだが、正式な依頼として不足の無い金額を揃えて来た若者に、ギルドの係員はこの依頼を引け受ける事に決めた。 逃げ出したとてのたれ死ぬしかない程貧窮した村、農作業と両立させながらのアヤカシ撃退、徐々に増え続けているアヤカシ達。 以上の事から、係員は六十人が結束さえすれば追い返せる数のアヤカシを仮想敵とする。 多くて二十が限度だろうと係員は考える。 その上で、念には念をと開拓者達に朋友の随行を認める。 これで、ほとんどの場合において対応が可能だろう。 もし既に村が滅びる程アヤカシが増えていた場合は、即座に逃げるという前提あっての話であるが。 若者と開拓者一行が村にたどり着くと、皆信じられぬ想いでこれを迎え入れる。 じいさまと呼ばれていた老人は、その時初めて、村人達の前で涙を零した。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
天寿院 源三(ia0866)
17歳・女・志
輝夜(ia1150)
15歳・女・サ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎 |
■リプレイ本文 表門前にて真亡・雫(ia0432)は大口を開く鰐の顎を剣で横から叩いてその向きを変える。 上顎を叩けば一緒に下顎もズレてくれるのでありがたい。 すぐに刀を二振り。一刀目は円を描くように、二刀目は斜めに斬り裂くように。 大蜘蛛より放たれた蜘蛛の糸は、それだけで全ての糸を刀に絡め取られ、二振り目にて根元より斬り落とされる。 怯む大蜘蛛に一撃くれてやりたいのを、鬼の拳を頭上に構えた刀で逸らしつつ堪える。 化猪がその横をすりぬけるように走り出す。 こういうのを止めるために、攻撃は用いるべきなのだ。 それまでの堅実な動きとはうってかわって、全身が羽で出来てるかのようにひらりと大地を蹴る。 羽が剛剣に変わるのはほんの一瞬のみ。 体重を乗せきった瞬間に刀に全てを込め、化猪の背中から腹部にかけてを斬る。 怒りの形相と共に化猪がこちらを向く。 人妖の刻無が雫に引っ付きながら心配げに訊ねた。 「マスター、一度にこんなに引き付けて大丈夫?」 「だからアテにしてるよ刻無」 う、うん、頑張る、という返事に雫は一瞬だけ笑みを見せ、すぐに真剣な表情に戻る。 羅喉丸(ia0347)は甲龍、頑鉄に跨って敵を迎え撃つ。 龍の大きな体で門を塞ごうという考えである。 先頭切って駆けてくる化猪に空気撃を打ち込むと、すぐ後に続いていた数体が巻き込まれ折り重なって倒れる。 しかし多数のアヤカシ全ての足を止めるには至らず。 わさわさと殺到してくるのは、転倒とは無縁そうな八本足の大蜘蛛だ。 マズイ、そう思った時には羅喉丸は龍より飛び降りていた。 三体の蜘蛛が同時に放った糸は、頑鉄を捉え身動きを封じてしまう。 ぴんと張った糸の下をくぐるように大蜘蛛へと迫り、その急所に拳を突き立てる。 大蜘蛛は仰け反った勢いで口より吐き出していた糸が切れてしまう。 同様にもう一体も足の付け根に足刀を突き刺してやると、糸は外れてくれる。 それでもまだ一体は頑鉄を捉えたままであり、転倒より立ち直ったアヤカシ達も迫ってくる。 両腕を前に揃え、腰の脇へと引き、構える。 「良かろう、ならば我らが五体をもって金城鉄壁となさん」 裏門に殺到するアヤカシ達。 うんざりするよりも感心してしまうのは志藤 久遠(ia0597)だ。 「この数を相手に、よく今まで常人のみで凌ぎ切ったというほかありませんね。驚嘆に値します」 風雅 哲心(ia0135)も同感の様で、深く頷く。 「とんでもない事をやってのけるじいさんも居たもんだ」 「‥‥これで、志体持ちが『勝てませんでした』という訳にもいきますまい。行きますよ、大和!」 雲霞のごとく襲い来るアヤカシ達。 門の前には哲心の甲龍、極光牙と久遠の土偶ゴーレム大和だ。 更にその前に哲心と久遠が並ぶ。 最終防衛ラインは二体の朋友に任せ、二人はこの位置で出来る限りの敵を抑えるつもりだ。 恐れを知らぬアヤカシが間合いに入るなり、教本に載せたくなる程美しく正確な槍捌きを見せる久遠。 踏み込みの距離も速度もまるで読めぬ変幻自在の間合いを駆使し、数多の敵を引き付ける哲心。 久遠の周りに寄ってくる四体のアヤカシ。 これらの同時攻撃を正中線を一切崩す事なく、正確に、精妙に捌いていく。 振るわれる槍は目指す標的、対象へと常に円を描きつつ動きを止める事なく、必要な場所に常に穂先が石突が置かれている。 哲心は囲まれていながら敵の先を取る。 刀のみを頼らず、時に拳足が飛びアヤカシの動きを制し、それでいて刀は休みなく動いて周り、一番あって欲しい場所にあり続ける。 正中線も何もあったものではない、無茶な姿勢からでも全力の刀撃を放ちうる不可思議神妙な剣技。 いずれも数で圧倒されていながら守勢には回っていない。 少しでも早く、一匹でも多く敵を倒す。 その事が門を守る事に繋がるのだから。 足元をくねるように這い歩きながら鰐が久遠へと迫る。 久遠は石突にて前方の敵に牽制した後、首をそちらに向けきっと睨みつけつつ脇の下を通して迫る鰐の上顎を上から大地に縫い付ける。 その大顎を開く余地すら与えぬ平突。槍をずぶりと引き抜くと鰐はずりりと後退。 その位置より柄を横より押すと槍は体をぐるっと回り、周囲の敵を牽制しつつ穂先は再び前を向く。 哲心は突進してくる化猪の鼻っ面を片手で掴み後ろに飛ぶ。 同時に逆手に持った刀をその首後ろに突き刺すと、刺した刀を支えに猪の頭に片足をかけ、刀を抜きつつ飛び上がる。 ようやく厄介な敵が居なくなったと門へと殺到しようとしていたアヤカシ達は、猪を飛び越えてきた哲心により再度後退を余儀なくされる。 もちろん、先頭をきっていた不幸な大蜘蛛の一体は止まりきれずに頭を叩き潰されるハメになるのだが。 からす(ia6525)は上空より村を見下ろす。 家の配置は何処にでもある普通の村だ。 しかし、その周囲をぐるっと囲む一々理に適った見事な柵は、ただの村人達が作ったなどととても信じられぬ出来であった。 「ここまでよく持ち堪えた。後は我らが応えるだけ」 きりきりと弓を引き絞る。 狙うは中途半端な人の姿がより一層の嫌悪を誘う人面鳥。 隣を飛ぶ輝夜(ia1150)も狙いは一緒。そちらを見て一つ頷いた後、からすは常より少し引きつけてから矢を放った。 二筋の銀光はアヤカシの胴と胸に命中する。 眼下には戦況を伝えるべく定期的に旗を振って連絡を送る村人達がいる。 それぞれ担当地区を決め、何処にどれだけの敵が居るかを調べ監視しながら上空の四騎へと報せ続けている。 ここまで生き残っただけあって、やる事が一々芸が細かい。 天寿院 源三(ia0866)は甲龍のぽんたと共に目指す人面鳥へと迫る。 ぽんたは頭部を前にした姿勢から、人面鳥寸前で急減速。 足を前に突き出した体勢を維持したままこれに激突し、爪にて人面鳥を斬り裂く。 それでも人面鳥は失速せず、ぽんたは羽ばたく事もせぬまま落下していくと、ちょうど天寿院の前にその体を晒す形になる。 鐙をしっかり足で押さえ、無理に斬りつけはせず撫でるようにその表皮の上に刃を置く。 「目であり頭脳である、あなた方から討ちます!」 刃が触れた瞬間、彼我の距離が離れるに合わせて静かに引くと、ばっくりと人面鳥の体が裂ける。 同時に羽ばたくぽんた。 しかし後続の人面鳥よりの攻撃を、一度失速してしまったためにかわせず、鱗がばきんと音を立てて砕ける。 必死に旋回して距離を取る。 「ぽんちゃん、大丈夫? 少し我慢してね?」 仲間よりの矢が後続を数体足止めしてくれるが、一体はそのまま後方に張り付いたまま。 ならばと刀から弓に持ち変え、これに勝負を挑む。 先ほど三人がかりでボコられた人面鳥は、まだ辛うじて戦闘可能な状態であった。 こりゃまずいと魅了を使って内の誰かを味方にしようと狙っていたのだが、高速で突っ込んで来る敵に驚き慌てて身を翻す。 グリムバルド(ib0608)はまだあまり乗り慣れない駿龍ウルティウスを駆り、ややこしい事は全部抜きだとまっすぐ人面鳥へ向かう。 人面鳥も逃げにかかるが、流石に駿龍相手では分が悪い。 龍の巨体が人面鳥の下をくぐると、グリムバルドは十文字槍を棍棒のように力任せに叩き付ける。 「一匹残らず叩き落してやる」 斬るとか突くとかではなく、砕くといった感じである。 龍の速度も加わった槍撃は、人面鳥を真っ二つに引き裂き、哀れへろへろと落下していった。 早速一騎を叩き落し、一気にカタをつけるべく龍を駆る開拓者達であったが、下の村人より危急の連絡が入る。 村の西側の柵に、鬼アヤカシ達が張り付いたらしい。 こいつ等を何とかして欲しいとの事で、已む無く空中戦力を幾分かそちらに振り分ける。 天寿院は人面鳥と一騎打ち中。 輝夜が任せろと西側へ向かい、残るはからすとグリムバルド。 ふむ、とからすは一計を案じる。 二匹を自身に引き付け、グリムバルドが張り付いている一匹に攻撃を集中させる。 後方から人面鳥の術が飛んでくるも、心を平静に保てば恐るるに足らず。 敵を引き付けつつ格闘を受けぬ距離を維持するのは無言の相棒、駿龍鬼鴉だ。 何も言わずとも阿吽の呼吸で欲しい事をやってくれるのだから、頼もしい限りではないか。 次に番えるは心毒翔の矢。 「犠牲となった者達の怨みを代弁しよう」 そしてグリムバルドの槍が羽と言わず足先といわず、人面鳥がかわしそこねた先端部を削り取っていく。 グリムバルドはやたらすばしっこい人面鳥を相手しながら、輝夜や天寿院の動きを見やる。 どちらも楽、ではなさそうだ。 地上がどうなっているのかはここからではわかりずらいが、どうやら空戦組は即座に援護に向かえる状況に無い。 槍構えからの四度目の突きでようやく人面鳥を叩き落したグリムバルドは、厳しい戦況を自覚する。 しかし、諦められるわけがない。 村人達が、じいさまと呼ばれた老人が、決して諦めず堪え続けてきたというのに、どうして自分が容易く挫けられようかと。 「次行くぞからす!」 天寿院は狙いの定めずらい龍の上でありながら、何とかかんとか人面鳥を討ち取った。 さて、では次のと周囲を探った所で、下の村人からの連絡に気付く。 曰く『村の東側に猪三体、鬼二体』だそうで。 「ええい次から次へと!」 急ぎ向かうと、猪がずしんずしんと柵に体当たりをしているではないか。 これ以上はやらせられぬ。 そう覚悟を決めた天寿院は、龍を大地に寄せると、その背を蹴って飛び降りた。 柵より人間が優先されるらしいアヤカシ達は、一斉にこれを取り囲み攻撃を開始する。 振るわれる鬼の豪腕、避けるも難しい猪の突進、しかしこうして自身に引きつけていれば柵はまだ持ってくれるはず。 上空よりぽんたの援護を受け、やたら直線的な動きの多いアヤカシの攻撃を凌ぎ続ける。 受け流し、横踏を駆使し、受け避けの技術をありったけ自分の中から引っ張り出して必死にこれを堪える。 そんな時だからこそ攻撃は確実に。 ぽんたが上空より急降下し、爪の一撃をくれた直後、また攻撃すると見せ掛け再上昇を行った時。 猪の側面より斬りかかり、こちらを向いた刹那、頭部の半ばを下より斬り上げ、そのまま楕円軌道を描いた刀身は胴の半ばに深く斬り傷を残す。 振り下ろした刀は、止まる事なく斜め上へと斬り上げられ、拳を振るう鬼の腕を巧みにそらす。 刀の位置はそのままに、体は鬼の脇を抜けると自然に刀は下へと降ろされる。 これは猪の突進をいなす役目を持ち、標的を失った猪はあらぬ方へと駆けていく。 どんなに厳しい状況でも、心の位置は崩さず。 それは体の正しい姿勢を維持する事に繋がり、これにより澱む事なく次の動作を生み出す事が出来る。 理想とする動きの一つでもあるが、いざ実戦でとなるととんでもなく神経を使う。 集中が途切れたら最後。そんな危機感を持ちながら、心は平静であれと必死に自らを制する。 そんな天寿院を支えるのは、この依頼を託した依頼人の真摯な瞳であった。 輝夜の矢が鬼を貫く。 怪我もあり、龍上で弓を操るという難しさもある。 それでもまだ鬼の動きが鈍いから助かってはいる。 何度も体当たりを仕掛けるせいで、傾いてしまっている柵。 遂にこれの先端に、一匹の鬼の手が届いてしまう。 直後、輝龍夜桜のソニックブームが飛びこれを弾き飛ばすが、傾いた今の柵の高さでは他の鬼もすぐに手が届いてしまうだろう。 輝夜の矢は怪我をして尚かなりの威力を誇る。 しかし矢を番えるのに時間がかかり、どうしても一手以上対応が遅れてしまう。 これを援護しているのは輝龍夜桜のソニックブームだ。 「すまぬな輝桜、此度は汝に大きな負担をかけておる」 せめても怪我をしているとはいえ歴戦を誇る輝夜の目と知識は健在である。 何処にどう攻撃するのが効果的か、如何にすれば敵を防げるかを見誤る事はない。 それでも、鬼達に押し切られそうなのが現状だ。 既にかなりの矢を射込んではいるが、鬼達が中へと飛び込んでくれば連中が怪我をしていようと、村人にかなりの被害が出てしまうだろう。 最悪自分が突っ込むしかないか、と唇をかみ締めた時、後方より輝夜の頭上をすりぬけていく龍が見えた。 「からすか!?」 「すまない、遅くなった。こちらは任せて東の援護を頼む」 言いながら矢を構えるからす。何と番える矢は一本二本どころの話ではない。 矢筒丸ごと引っつかんだかのような束を、弓術師ならではの技にて番え、鬼達に向けて放つ。 正に矢雨の名の通り。 デタラメにしか飛ばぬはずの矢達は威力を保ったまま鬼達へと降り注ぐ。 ただの一匹も逃さず、全てを雨の範囲に収めつつ、からすはまたも矢筒よりむんずと矢の束を引っ張り出し、乱射の奥義を放たんとする。 流石に本職、とこの場を任せる輝夜は、グリムバルドが裏門に向かうのを確認する。 戦闘開始からかなりの時間が経っている。皆、辛くなって来ているはず。 ここが正念場だと、一刻も早く東側を片付けるべく輝夜は龍を急がせた。 刻無が弱々しい声で雫に語る。 「これで治癒は打ち止めだよ」 「わかった。後は任せて」 怪我はいい。刻無のおかげでそこそこの状態を保ててはいる。 しかしまだ敵は半数も討ててはおらず、雫も疲労から動きが鈍くなってきているとの自覚もあった。 それにしても羅喉丸の元気さはどうだ。 刀と比べ、より深く敵の懐に踏み込まねばならない泰拳士は、雫より運動量も多くより疲労がたまっているはずなのに。 雫にも意地がある。 最後に残った大蜘蛛に斜めに駆け寄る。 吐き出す糸を、大地を蹴ってかわす。 蹴る音すら軽やかで、まるで疲労を感じさせぬ歩法は右に大きく一歩、左に深く一歩と二歩のみで、大蜘蛛の懐へと入り込む。 そして最後の一歩、斬り裂く力を生み出すは大地を深く抉る程の踏み込み。 大蜘蛛の口撃を避けつつ流すように振り上げた刀は、その首を一刀で跳ね飛ばす。 ゆらりと体がブレ、一歩、二歩、三歩目までは速度変わらず。 四歩目より踏み込む距離を一気に倍に増やす。 これにより突進の間合いを外されたのは化猪だ。 刃に精霊の力を宿し、真正面より力強く刀を振り下ろす。 猪の厚い毛皮を容易く裂いた刃は、急所を真っ二つに斬り落とす。 羅喉丸は雫の体力に驚嘆していた。 自分のような無手ではなく、刀のような重量のあるものをまるで羽のように軽々と用い続け疲れる様子も無い。 しかし、羅喉丸にも意地がある。 頑鉄は練力のほとんどを硬質化に用いたおかげで、壁役というかなりの損傷を覚悟せねばならぬ役割にも、まだまだ余力を残している。 それに背後にはたくさんの勇敢な村人が居るのだ、疲労ごときで泣き言を言うつもりもない。 「この程度で退くわけには行かなくてな、もう一勝負つきあってもらおうか」 目標を失った猪が再度敵を探して一度止まった瞬間。 両足を交差し、低くしゃがんで力を溜めた羅喉丸は、一足にて猪までの間合いを詰める。 こちらに気付く暇すら与えず、首横に飛び込むと同時に伸ばした拳を突き刺す。 厚い表皮の隙間を縫い、肉を破った確かな感触。 手をめり込ませたまま、強引に腕力で猪の体を引きずる。 ちょうど羅喉丸の側面より鰐が大口を開いていた所であった。 ここに猪を放り込み鰐の最も恐ろしい噛み付きを封じると、猪の体を飛び越え、最も硬い足の部位を用いた、踵蹴りをその背に叩き込む。 二人は戦闘を続けながら、時折互いの姿を確認する。 都度見られる元気そうな姿に、勇気付けられ、また煽られるように戦いを続けるのだった。 裏門防衛。 今回最も敵戦力が集中したのはここであった。 哲心と久遠の両雄を持ってすら、抑え切れぬ程に。 門の前で踏ん張っていた土偶ゴーレムの大和は、度重なる損傷に後退を余儀なくされ、また哲心の甲龍、極光牙も、主の命に従い後退を始める。 二匹とも朋友とは思えぬ踏ん張りを見せたのだが、津波のような敵の攻勢を何時までも支えきるのも難しかった。 倒しても倒しても一行に減る気配すらないアヤカシ達。 裏門を守るように立つ哲心は、隣で荒い息を漏らしている久遠に問う。 「練力は?」 「随分前に」 「だろうな。節約してた俺ももうすっからかんだ」 じりと迫り寄るアヤカシ達。 久遠は追い詰められた事を嘆くのではなく、こうして呼吸を整える間を得られた幸運を喜ぶ。 とうの昔に後退の二字など投げ捨てている。 その身に宿るは不退転の決意のみ。 ただそれだけで、何処までも戦い抜いてみせると激戦の最中にあって尚歪む気配すらない頼もしき槍「疾風」を握り締める。 哲心は相変わらず、構えも何もないだらんと刀を下ろしたまま、アヤカシ達に向かって吠える。 「ここから先への通行料は高くつくぜ。もっとも、手前ぇらの命がいくつあっても足りないくらいだがな!」 その声に応じるがごとく飛び掛ってくるアヤカシ達。 久遠の槍が猪を貫くと、勢いそのままに迫り寄る猪は哲心の刃に沈む。 これで一匹。しかし攻撃は数多の方角より襲い来る。 不意に頭上に影が差す。 何事かと思う間もなく、飛び掛ってきた蜘蛛が真横に吹っ飛んで行った。 「まだ生きてるか!?」 上空から怒鳴る声はグリムバルドのものだ。 思わず口の端が上がってしまう哲心は怒鳴り返す。 「当たり前だ! 他所の様子はどうだ!?」 叫びつつ襲い来る鬼の拳を、空いた手の平で受け止め、弾く。 「あと少しでからすが空く! 表門は二人で何とかなりそうだとよ!」 久遠は槍の石突で下から掬うように鰐の下顎を叩き、噛み付かんとする鰐の口を無理矢理に閉じさせる。 「グリムバルド殿! 弱っている奴を狙い撃ちして下さい! こちらは敵を防ぎながらですと効率良く敵を討てませんので!」 任されたとグリムバルドの駿龍ウルティウスが急降下を仕掛ける。 足が地面をこする程高度を落とし、再度上昇。 その間にグリムバルドが十文字槍をアヤカシへと突き立てる。 後ろに抜かれぬように、致命打を浴びぬようにと動きながらの攻撃では、集中攻撃も思うように出来ぬ。 結果、トドメをさせぬ手負いのアヤカシは攻撃を続けるといった悪循環であったのだが、上空より狙えるとなれば話は変わる。 これまで我慢に我慢を重ねて来た二人に、ようやく勝利の道筋が見えた瞬間であった。 全てのアヤカシを倒し終えた後、開拓者達はその場に崩れ落ち、とにかく休ませろとそこから一歩も動かなかった。 じいさまは監視を担っていた人間にアヤカシの数を数えさせ、襲撃してきた数と一致したのを確認すると、周囲にやっていた見張りを呼び戻させる。 同時に女達に開拓者を運ぶよう命じたのだが、開拓者達は無理矢理に立ち上がって無事だと腕を上げてみせる。 うむ、と頷いたじいさまが声高らかに勝利を宣言すると、村人達はようやく歓声を上げた。 開拓者達の無事を知り安堵のあまり気を失ってしまった依頼人、あれこれと世話を焼こうとするやたら気の利く村人達、そして酒の席にて数十年ぶりに大笑いしたというじいさまの顔。 全てが、忘れがたい光景であった。 |