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■オープニング本文 三縄の街の衆は、現在恐怖の真っ只にあった。 この街を取り仕切っている大牟田一家、つまりヤクザなのだが、彼等の内紛が激化し、毎日のように血生臭い事件が起こっているせいだ。 現在の親分にあたる大牟田と、より武力に勝る若頭(次の親分最有力候補)蟹沢が、利害の問題から対立し、大牟田側近である飯田と激しい抗争を繰り広げていた。 親分の大牟田には直接の兵は無いので、実質飯田が大牟田派の代表という事になっているが、時を経るにつれ、飯田は大牟田派から反蟹沢派へと変化していく。 これには、旗色の悪くなった飯田を大牟田が見限りかけているという事情があった。 いずれこれだけ大きな抗争となった以上、何がしかのケジメは必要で。 その生贄として、飯田は蟹沢に差し出されようとしていた。 藤井寺という大牟田組の幹部が牢より仮釈放となったのは、ちょうどこんな時であった。 「ふじちゃんよぉ! 俺ぁ悔しくて悔しくてならねえ! 親分の為と必死に働いてきたってのにこの仕打ちはあんまりじゃねえか!」 藤井寺が牢より出られたのは、飯田がありったけの金をかき集め、莫大な保釈金を役人の前に積み上げたおかげであった。 「そうは言うがよ。そもそも蟹沢に最初に仕掛けたのは飯田の方だって聞いてるぜ」 「ありゃ親分がそうしろっつったんだ! なのにちーと不利になったと思ったらあっという間に蟹沢にすり寄りやがってよ!」 「組員が残り十人も居ない状態はちーととは言わんし、そもそも、親分の口車に乗っちまったお前の自業自得だろうに」 藤井寺の言いように、飯田は半泣きになりながらすりよる。 「そんな事言わないでよぉ、助けてくれよふじちゃああああん!」 藤井寺は五年前に、当時この街で一番勢いのあった一家とのケンカの折、敵の組長をしとめ、その時の抗争全ての責任を一人で背負い牢につながれていたのだ。 それが五年ぶりに戻って来てみれば、今度は兄弟分同士で殺し合いをしているとなれば、気も滅入るというものだ。 「で、俺にどうしろっていうのよ」 「決まってんだろ! 蟹沢の外道ぶっ殺しちまってくれや! あの腐れ野朗! 街のシノギぜーんぶ自分一人のもんにするつもりなんだぜ!」 藤井寺は眉根をひそめる。 「馬鹿言うな、何で俺がそんな真似しなきゃなんねえんだ。蟹沢とは五年前の出入りじゃ二人っきりで組に乗り込むなんて真似までした仲だ。お前だって知ってんだろ」 その時、飯田は腹の調子がおかしいと出入りには参加していなかった。 「じゃあ蟹沢の外道あのまんま好きにさせとくってのか!? そんな事してみろ、この街じゃ俺はもちろんふじちゃんだって生きていけなくなっちまう! あいつは自分以外が銭持ってるのが気に食わなくて仕方がねえんだ!」 「そりゃ俺等の親分の話だろ‥‥だが、まあ、俺も蟹沢に思う所が無い?カゃ、ない」 「だろう! ふじちゃんもあの外道のやり口は頭に来るだろう!」 「そんなんじゃねえ。ただ、俺は蟹沢になら後を任せられるって牢に入ったんだ。それがこのザマじゃ俺も立つ瀬ねえ。その辺、一度きっちり蟹沢と話しておかにゃならねえな」 飯田は更に大声を張り上げる。 「じょ、冗談じゃねえ! 今蟹沢の所になんて行ってみろ! ふじちゃんあっという間になます斬りにされちまうぞ!」 「そん時ぁそん時だ。んじゃ俺はちっと行ってくるからよ」 「そ、それじゃ高い金出してふじちゃん引っ張り出した俺の立場はどうなるんだよ!?」 心配すんな、悪いようにはしねえ、と渋る飯田を黙らせ、藤井寺は単身、蟹沢の屋敷へ向かった。 「あんの大牟田のクサレ外道だきゃ、生かしといてもロクな事ぁねえ。まずは飯田をぶち殺して、その後ぁ奴を消す。これで綺麗さっぱり上手く行くさ。なあ、そう思うだろ藤」 蟹沢は飯田が言うようにいきなり殺しになぞかからず、むしろ藤井寺の姿を見るなり大喜びしてこれを迎え、飯田が用意した宴席の十倍は値が張るだろう豪華な食事と酒を用意してくれた。 「蟹よぉ。お前と親分の間にどんな事があったのかは知らねえが、親筋殺すなんざぁ、極道のやる事じゃねえぜ」 「お前も刺客差し向けられりゃ、そんな台詞も吐けなくなるだろうよ。いいか、あいつはなぁ、俺等の上がりの七割持っていってたんだぞ!? その上だ! ほんの些細な失敗にかこつけて俺のシノギ半分寄越せとか言って来やがった! そんな真似されてどうやって子分共養っていけってんだよ!」 五年ぶりにあった蟹沢は、少し老けたように見えた。 「なあ、俺達が命懸けでこの街手に入れたのは、こんな事する為じゃねえだろ。今からでも遅くねえ、親分ときっちり話し合ってだな‥‥」 蟹沢は、五年分の鬱憤をぶちまけるように御膳をひっくり返す。 「そうだよ! 命懸けで組の為に働いて来たんだ! その俺達に雀の涙程の分け前しか寄越さず自分は一人で豪遊してやがんだ! 挙句俺達が必死になって集めた金をぜーんぶ持っていっちまう! 組合の会合! 若い衆の住処! 他所との出入り! 助っ人への礼金足代宿泊費! 役人への付け届けまで組を運営する費用は、全部集金した奴じゃなく血を吐くような思いで稼いだ俺が払ってるんだよ!」 一時間に及ぶ藤井寺の説得は、結局無為に終わった。 前に出る事も出来ず、さりとて下がるは極道に非ず。 窮地に陥った藤井寺を見かねて動いたのは、牢の中で彼の世話になり兄弟分となった三芳であった。 このままではまた藤井寺が一人で全てを背負い、今度は死んでしまうだろうと危機感を持った三芳は、兄弟分藤井寺の為、非情の手段を取る事にした。 独自のルートにより志体持ちの集団である開拓者に依頼し、蟹沢、大牟田、飯田の三人を斬るよう依頼したのである。 旅の侠客である集団が街に立ち寄った際、抗争を続け街の衆に迷惑をかける大牟田組に義憤を燃やしこれを成敗する。 そんな筋書きを書いて寄越した。 もちろん、藤井寺を斬るのは論外である。 もし彼が飛び出して来た場合、当人にそれと悟られぬよう怪我に留めておいて欲しいとの条件付きである。 「まずは最も戦力のある蟹沢達をぶっ殺す。そうすりゃ程なく飯田や大牟田が開拓者達に接近を図ろうとするだろう。その時にこの二人も殺ってくれ」 役人は激化した抗争に恐れをなしている。 だからこそここまで抗争が大きくなったのであり、蟹沢達に派手に仕掛けたとしても素人衆に手を出さない限り動きはしないだろう。 なので、三人を殺害後、さっさと街を離れれば問題は無いだろうと告げる。 後を追って捕まえようなんて考えるような根性のある役人は、とうにいなくなっているそうだ。 「もしこれがバレたら、俺ぁ兄弟に斬られてやんなきゃならねえ。だから頼む、出入りは派手でも構わねえが、俺の関与だけはくれぐれも内密に、な」 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
相馬 玄蕃助(ia0925)
20歳・男・志
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
長渡 昴(ib0310)
18歳・女・砲
狸毬(ib3210)
16歳・女・シ
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
十六夜 椛(ib3376)
15歳・女・サ |
■リプレイ本文 いかつい顔をした男達に囲まれ、二人の少女は哀れにも震えてしまっている。 ケンカの最中で気が立っている蟹沢一家の若い衆に、この二人はぶつかってしまったのだ。 力づくで蟹沢組屋敷引っ立てられる少女二人、これを止められる者は、少なくともこの街にはいなかった。 哀れ二刺しの可憐な花は露と消えるかと思いきや、この二人には、強力無比な仲間が居たのであった。 仲間達は、正面より堂々と口上を述べて屋敷に討ち入る。 「私欲を貪り市井の人間を脅かす大牟田組‥‥」 ちょっと肌出すぎでしょう常考、的な衣服でだんびらを下げて叫ぶは叢雲・暁(ia5363)だ。 「てめえら任侠でも極道でも無え! ただの外道だ!」 とりあえず女の子の台詞ではない。 門番をしていた男が、何を言い返す間もなく十六夜 椛(ib3376)に問答無用でぶった斬られる。 「さぁカチコミだ、派手に行くぜ」 男は、屋敷の中に最後の叫びを届ける。 「殴り込みだああああああああ!」 椛のトドメの一撃が男の喉元に突き刺さるのと、屋敷の中から物々しい音が聞こえて来るのがほぼ同時であった。 「蟹鍋パーティーの始まりだぜ。どいつから具材になりてぇんだ?」 おんどりゃあああああ、とばかりに斬りかかってくる男達に向けてそう嘯くと、男共をどやしつけながら刀を振り回し始める。 こちらも、女の子のやる事ではないと思う。 そんな感想を抱いていたかどうかは定かではないが、相馬 玄蕃助(ia0925)はこわっ、と肩をすくめながらともすれば突っ込んで行きそうな皆を制しつつ、戦闘に有利な位置取りを心がける。 どうもヤクザ共、荒事には慣れているようだが、純粋な戦闘となるとまた別であるようだ。 勇気というよりは蛮勇とでも言うべき戦い方をしてくるのは、それこそが彼等の存在意義であるからかもしれない。 そんな彼等に戦闘のプロである開拓者の相手をしろというのは、哀れを誘う程に無理があったのだが、かといって加減してやる義理もない。 仲間の二人が無体に連れ去られる様を隠れ見た身としては、むしろこの程度優しいぐらいだと思える程であったのだ。 長渡 昴(ib0310)は慣れた様子で屋敷の裏口に回りこむ。 これに付き合っているのは朝比奈 空(ia0086)だ。 「あの、表は任せてしまってよろしいのでしょうか」 昴はぷらぷらと手を振ってみせる。 「ケンカが始まって勝敗が見えた頃になると、何処からかわらわらと、勝った側について味方顔する連中が沸いて出てくるもんなんです」 「はぁ」 「そういう奴等は日和見しますし、いざ出入りとなれば怯えて逃げてしまいます。仮にもケンカの最中に女の子かどわかそうなんて真似するのは、大抵こういう連中なんですけどね」 「‥‥‥‥」 どたどたと騒がしい音と共に、十名弱の男達が裏口より逃げ出して来る。 「こういうのこそ、斬らないといけないんじゃないかなって」 あまりにぴたりの頃合であった為、空は目を丸くしている。 「お詳しいんですね」 「一般常識の範疇です‥‥って事にしといて下さい」 空はくすっと笑ってこれを了承し、駆けてくる男達に険しい視線を向ける。 わざわざ皆殺しにするつもりもないが、こういう輩は痛い目に遭っておくべきというのには心底同感出来るのだ。 「さぁて、と。お嬢ちゃん方、俺達にぶつかったワビ、どう入れてくれるか教えてくれんかいのぉ?」 猫なで声でいやらしくにやにやと笑っているのは、最初に二人を連れ込もうと言い出した男である。 狸毬(ib3210)はというと、怯え俯く鳳珠(ib3369)を抱きかかえるようにしてこれを見上げている。 倉庫らしいこの場所は、他所から声が聞こえ難くなってるらしく、悪さをするにはうってつけの場所っぽい。 大声出して、親分とやらに聞こえるようにしたらどーなるんだろーかー、などと愚にも付かない事を考える狸毬を他所に、内の一人が狸毬の上着の裾に掴みかかってくる。 『おっそーい、だよー。いい加減にしないとボク勝手に‥‥』 間一髪、倉庫に一人の男が駆け込んで来た。 「殴り込みだ! 随分と手ごわい相手みたいだし、てめえらも遊んでねえでさっさと来い!」 一緒に連行したまではよかったが、親分に怒られるのが怖くて参加しなかった男が報せに来たらしい。 集まっていた総勢七人の内、四人は即座に倉庫を後にしたが、残る三人は、お互い顔を見合わせるのみ。 「‥‥こっちは三十人居るんだぜ、さぼってたってバレやしねえよ」 「だよな、それに落とし前ってなきっちりつけとかねえと良くねえって、親分も言ってたじゃねえか」 「そ、そもそも俺等助っ人だしさ。でしゃばるのは良くねえって」 狸毬は思った。 『天儀中からコイツラ斬れって声が聞こえくるよー』 その声とやらは鳳珠にも聞こえたらしい。 やおら立ち上がり、怯えた表情も何処へやら、零下にまで冷え込んだ視線を三人のヤクザに送る。 「落とし前をつけるのは貴方がたです」 屋敷正面での戦闘は激しさ衰えぬまま、真亡・雫(ia0432)は後ろより乱入して来た男に、他のヤクザ達とは違う気配を感じ取り、その前に立ちふさがる。 「てめぇら飯田が雇った連中か!? ふざけやがって! 話しつけるって言ってた側からこれかよ!」 彼は斬る、というよりは屋敷の中に向かいたいのか、雫をどかすよう大振りに刀を振るう。 その剣筋、我流であろうが、凡百のヤクザ共に出来るような技ではない。 雫は体重を落としつつ真っ向よりこの剣撃を受け止める。 「何を言ってるのか知りませんが、仲間がこの中に捕まっているんです。邪魔をするのなら貴方も斬り捨てるまでです」 「仲間?」 「見た者が大勢居ます。二人の女の子を無理矢理屋敷に連れ込んだと。申し訳ありませんが一刻を争うので‥‥」 本気で落とすつもりで切り返し、腿へと刀を走らせる。 男は人間離れした反射神経でこれを飛んでかわす。 「やりますね」 「待て! 女をさらった? じゃあお前等飯田やら大牟田とは関係ねえのか?」 「初めて聞く名‥‥いえ、聞きましたね。ここの蟹沢という男と共に、街の住人に随分と迷惑をかけている方々だそうですね。なら、いずれ遠慮の必要は無さそうです」 「待て! いや待ってくれ! 飯田と関係ないってんなら俺が蟹と話をつけて、その女二人連れ戻してくるからこいつ等すぐに止めてくれ!」 二人が言い争っている間にも、蟹沢配下のヤクザは次々と討ち取られている。 数ではない圧倒的なまでの戦力差に、この男は気付いているようだ。 「‥‥例えば」 雫の鋭い刀撃を、男は必死の形相で身をよじってかわす。 「さらわれたのが僕の仲間で無く、僕等がそれと知る機会が無かったとしたら。さらわれた女の子達はどうなってしまうんでしょうね」 男はそれでも食い下がる。 「ケジメはきっちりつけさせる! だから頼む! ここは俺に免じて引いてくれ!」 ここまで言われてもヤケにならず、話し合いをと語る彼に、少なからず心動かされる雫。 「‥‥ですが‥‥」 暁の蹴りが顔面にぶちあたると、男は意志によらずたたらを踏んで後退する。 そこで、暁は男の曲がった膝を踏み台に、その頭上を大きく飛び越える。 男の後ろに着地を決めると、そちらを見もせず血糊のついた刀を大きく払う。 「お嬢様方を穢したその非道‥‥オトシマエつけさせていただきます」 背を向けたままの男の首筋から噴水のように血が噴出し、男は前のめりに倒れた。 暁と同じく、椛は正面よりの殴り込み組であり、まずはこちら、次はあちらとそこかしこより敵の攻撃を受けていた。 「はははっ、この程度かよテメェら! 立派なのは図体だけかぁ!?」 それらを当たるを幸いなぎ倒しながら、不意に襲い来た他と一線を画す一撃に、これを受け損ない片眉をしかめる。 「痛ぇじゃねぇかクソッタレ! 乙女の柔肌だぞ畜生!」 文句を言いながらも、ようやくまともに相手になる敵が出て来た事は内心嬉しいらしく、剣の伸びが目に見えて変わる。 敵の志体持ち登場に、玄蕃助が慌てて援護に入る。 「乙女の柔尻を守るのはわしの役目なれば」 「尻? まあ何でもいいけど、邪魔だけはすんなよ」 「承知」 寝言の延長みたいな台詞を漏らしつつも、玄蕃助の剣は至極まっとうなものであった。 椛の背後に位置取り、間を伺っていたもう一人の志体持ちを目線で牽制する。 一瞬、敵の志体持ちから目を離し、逆側より襲い来るヤクザの長ドスを弾き飛ばす。 すわと斬りかかる志体持ちであったが、振るった刃を自身の眼前に来るようしていた玄蕃助は、刀身を鏡のように用い、志体持ちの動きを映し出していた。 そちらも見ずに振りかえりざま刀を斬り上げると、音も無く迫っていたはずの志体持ちの刀を弾き上げ、続く二撃目で袈裟に斬り降ろし深手を負わせる。 隙らしい隙がまるで見つからない。 瑠璃色に輝く刀身は精霊力の扱いに熟達している証。 攻守共に際立った力量を見せ付けると、志体持ちですら踏み込みに二の足を踏む。 「むう、しまった」 にも関わらず、何やら失策があった模様。 「この位置からでは躍動する尻が見えん」 今すぐ肥溜めに落ちて汚水に塗れ悪臭死すればいいのに、などと誰かが思ったとか思わなかったとか。 その躍動する尻の一人、暁はもう手加減なぞする気は欠片もなく、MINAGOROSHIオーラ全開でどいつもこいつもざくざくと斬って回る。 もっとも彼女の場合、跳ねるというか揺れるというか、尻より胸だろ常考的な、これを語るに永遠の時を要するような究極の命題を突きつけてくる。 そんな援護のおかげか、椛は敵の志体持ちと邪魔される事もなく一対一で勝負する事が出来ていた。 流石に名の知れた侠客であるその男は手強かった。 彼が得物とする両手に持った匕首との間合いの差を活かすべく、後退しながら逆袈裟に斬りあげると、脇から踏み込み更なる近距離へと迫る男。 と、椛の跳ね上がった刀が重力に負ける遙か前に急変化し、袈裟に斬り下ろされる。 これには堪らず後退する男。そこに、大地をも裂く必殺必倒の斬撃を放つ椛。 剣先が届かぬ間合いもこの剣には問題ない。放たれる衝撃が敵を斬り刻んでくれるからだ。 男は、やられっぱなしで終わるものかと、手にした匕首を投げつける。 同時に必殺の地断撃が男を斬り裂くが、匕首は椛目掛けて飛んだ後。 大技の直後、最も攻撃をかわしずらい間でありながら、頬の皮一枚で首を捻って避ける。 頬を滴る血を拭い、刀を振るうとはとても思えぬ可憐な容貌で、椛は口の端を上げる。 「こうでなくっちゃな、悪くなかったぜテメェの剣」 狸毬が忍ばせていた脇差を一人に突き立てると、至極あっさりとヤクザ達は逃げを打った。 余りの馬鹿らしさに追いかける気も失せたが、ともかくこちらも襲撃組と合流しようと倉庫を出て屋敷内のヤクザを探していると、不意に屋敷の一室の襖が開く。 「親分! さあ早くこちらに!」 「ちっ、飯田の野朗‥‥何処でこんな腕利き見つけて来やがった」 物陰に隠れながら顔を見合わせる狸毬と鳳珠。 敵は全部で六人。どうも志体持ちらしい奴まで混ざっている。 ちょっとだけ悩んだ後、狸毬は思考を放棄した。 「いいや、やっちゃえー、だよー」 「また、そういういい加減な‥‥まあ私も逃がす気ありませんが。子分達がまだ戦っているというのにこの人達は‥‥」 御覚悟だよー、と狸毬が飛び出すと、これに合わせて鳳珠も舞を披露する。 つまりそれは鳳珠が巫女であるという証であり、それが意味する所は、狭い廊下という戦場においては、前衛一人でも攻撃される心配無く練力切れるまで治癒術を施す事が出来るという事で。 その辺良くわかってないヤクザ達は、女二人が寝ぼけんなと襲い掛かるが、ヤクザは長ドス、狸毬は脇差であるにも関わらず、デク人形でも相手しているかのように容易く斬り倒されていく。 かわすも至難な狭い廊下での立ち回りだ、狸毬もそこかしこに傷を負う事になるが、そこは鳳珠の出番だ。 斬られた側から怪我は治っていき、ヤクザ達はただ削られていくのみ。 そんな展開を予期していたのか、親分蟹沢と志体持ちは、彼等を捨石にその場を逃げ出していた。 昴が裏口から逃げ出そうとしていた連中を粗方片付けた頃、更に追加で二人の男が飛び出して来た。 「なっ!? 待ち伏せか!」 驚く男に、空は心底から呆れかえった声を出す。 「‥‥貴方のその容貌‥‥まさかとは思いますが蟹沢、ですか? 信じられません、大将までが早々に逃げ出す気だったとは‥‥」 昴はというと別段不思議でもなさそうであった。 「蛇は頭さえ残っていれば生き返る、だから極力危険は避けるべし。親分ってのはそういうものなのですよ」 「納得しかねます」 「それもわかる話です」 それでもこちらは女が二人、表を突破するよりマシと志体持ちが昴へと斬りかかってくる。 これを、盾を押し付けるようにして防ぐ。 「素人筋相手であろうと、腰に得物下げてる相手に喧嘩を売れば最終的にどうなるか位、もちろん御存知ですよね? そこいらのチンピラじゃあるまいし」 「おどりゃヤクザに講釈たれよるか!」 「陸の任侠ってな、この程度のシロモノなんですかねぇ」 そこまで口にして、昴は背後でとんでもない勢いで精霊力が膨れ上がるのを感じる。 眼前の男が押し合いを止め引き下がる所を見ると、どうやら背後の空が何やらしでかしているらしい。 前方より目を離すわけにもいかない昴は、玄蕃助がやったように刀身に背後を映し出す。 周辺一帯全てを巻き込むような精霊力の暴風が荒れ狂っていた。 これをなしている空は、ただただ冷徹な視線のまま、杖と共にかざした両手の前に集う暴力的なまでの精霊の力を容易く操り、収束し、狙いを定める。 その迫力に、後ろも見ずに屋敷の中へと逃げ込む蟹沢に、精霊力の塊がぶち当たる。 致命傷となる一撃が背中からのものであった事は、彼らしい最期とも言えようか。 「まさか、精霊の力をこんな事に使うとは‥‥ね。昴さんはこうなる事、予想していたのですね」 「‥‥予想はしていましたが、期待はしてませんでしたよ」 「もう、手遅れですよ」 雫の言葉を、男、藤井寺は思い出していた。 一晩かけて蟹沢が殺された失意から立ち直った頃には、飯田も大牟田も殺されていた。 残ったヤクザ者達は、皆こぞって唯一残った有力幹部である藤井寺を頼り、これに応対している間に、あれよあれよと時間が過ぎる。 ようやくそれなりの形に収まった頃、杯を傾けながらふと気付いたのだ。 「そうか、一切合財消し飛ばす、このやり方はてめぇ以外いねえよな、三芳の兄弟よぉ‥‥」 残りを一息に飲み干すと、酔った上での下らない思いつきだと、藤井寺は二度とこの事を考えない事に決めた。 「そうだよな、ヤクザ者の話に救いなんてあるはずねえんだよ‥‥」 |