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■オープニング本文 とある雑貨商に、強盗が押し入ったのが昼前の事である。 街の中でも治安のあまりよろしくないこの辺りでは、さして珍しくも無い光景。 その時店に居た人間は一人、身なりのぴっとした伊達男というのが目撃者の証言だ。 三人組の強盗は、雑貨商の奥より金をぶん取り、そして、たまたま通り道にいた男を突き飛ばし逃亡しようとした。 男はそれまで大人しくしていたのだが、強盗の一人が彼に触れようとした瞬間、男は動いた。 瞬く間に三人を叩きのめした男は、驚く店主を尻目にさっさと店を出る。 ちょうど衛兵が駆けつけた時、男は飄々と店から出てきた所であった。 危うく逮捕されそうになったのだが、店から出てきた店主が事情を説明すると、衛兵達もその見事な腕を賞賛する。 「たまたまだよ、たまたま」 そう言って男はふらりと消えて行った。 人ごみに紛れた男に、巨漢が一人歩み寄る。 「夜叉神、一体何の騒ぎだったんだ?」 「別に、特に問題は無いさ」 音もなく更に一人が夜叉神と呼ばれた男に並ぶ。 「‥‥馬鹿が。わざわざ騒ぎに首を突っ込むとは‥‥」 「そう言うなって。ほら、見ろよ。欲しかった髪飾りがあの騒ぎでタダで手に入ったんだ。タダだぜタダ。いいだろ」 夜叉神が騒ぎの最中にかっぱらってきた髪飾りを見せびらかすと、わざとらしく扇情的な仕草で女が夜叉神の前を歩く。 「あら、それもしかして私への贈り物?」 「そうしてもいいが先約がある。瑞樹の分はまた次の機会にな」 くくくっと笑いながら小男が夜叉神の後ろにつく。 「その、先約とやら、は、既に俺が、頂いた、ぞ」 ぎょっとする夜叉神に、小男と並んで歩くのっぽが肩をすくめる。 「いやね、一応止めたんっすよ。でもほら、コイツその気になるとすぐ刀が出ちまうから」 ふと、夜叉神が問う。 「烈兄弟はどうした?」 通りの反対側から、二人の男が言い争いしながらこちらに向かって来る。 「大体兄貴が悪ぃんだよ! 俺はすぐに手仕舞いにしようっつったのにさ!」 「ざけんな烈水! てめえがあそこで半に賭けろっつったのがケチのつき始めだろうが!」 顔立ちから髪型、服装まで一緒の二人は、夜叉神達と合流するとぴたりと口ケンカを止める。 総勢八人の集団、その中心に居る男夜叉神は、大きく嘆息した後、気を取り直して確認する。 「梵天、高閣、俺の周囲に人影は?」 巨漢、細身の順で答える。 「山程あるが、胡乱な動きをする者はないな」 「‥‥さっき目立った件以外でお前の動向に目を光らせている者はいない‥‥」 鷹揚に頷き次にうつる。 「瑞樹、番頭はどうした?」 唯一の女は艶な所作で吐息を漏らすように言う。 「鍵はもらったわ。今頃夜逃げの準備でもしてるんじゃない?」 夜叉神は瑞樹より鍵を受け取り、懐に収める。 「猿丸、彦一‥‥は娘殺っちまったんだよな。居場所見つかるのにどれぐらいかかりそうだ?」 小男の猿丸はくけけと笑うのみ、のっぽの彦一が仕方なく説明する。 「死体は念入りに隠した‥‥っつっても川底に重りつけて沈めただけっすけどね。なんで、当分は余裕なんじゃないっすか」 よしよしと予定外の動きにも上機嫌のままの夜叉神。 「烈火、烈水、んじゃー締めはお前等だ」 どうやら双子らしい二人は、どっちがどっちかわからん調子で順に答える。 「話は」「通し」「ました」「ぜ」 「‥‥それ頭痛くなるから止めろっつっただろ」 「俺達に逆らう連中が居るとは思えねえけど」 「一番デカイ組織に話通してあるし、邪魔しやしねえだろ」 夜叉神はよしっと手を叩く。 「んじゃ決行は今夜といくか」 七人七様の返事を聞き、両替商襲撃決行を決めた夜叉神であった。 両替商の木下矢三郎といえば、一時はお国からすら声がかかる程の勢いがあったものだが、二代目に譲ってからというもの堅実安全路線を選び堅い商売を繰り返していた。 矢三郎は現役を引退した後、のんびりと盆栽に残る情熱を注ぎ込んでいたのだが、ここ数日の動きにキナ臭いものを感じ取る。 それは幾度も修羅場を潜り抜けてきた矢三郎だからこそ察する事の出来る小さな合図であった。 最近女に入れ込んでたらしい番頭が、その延長でか急に休暇をくれと言い出し、午後は一緒にお茶を飲もうと思っていた孫娘が時間になっても帰って来ない。 それが同日に起きたとて、キナ臭いと称するにはあまりにか細い理由だ。 番頭に限らず、女が出来た男というのは時折こういった真似をするものだし、孫娘にした所で約束を破ったといっても何せ子供のする事だ。 だが、今日が恐らく前後一月の間で一番金が店に集まる日だと、引退した身でありながら把握していた矢三郎は、保険をかけておくべきだと考える。 こんな理由で衛兵は動いてはくれない。 だが、金さえ払えば動いてくれる。頼りになる戦力が天儀にはあるのだ。 息子を呼び、矢三郎はその理由すら話さず開拓者を大至急店に呼びつける。 そして今日一日に限り、夜の番は残さず店を開拓者に預けきると決めた。 「何も起こらぬなら、それが一番なのだがな」 押しも押されぬ創業者である。その意向に、如何に息子とて逆らえるはずないのだ。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
野乃原・那美(ia5377)
15歳・女・シ
神咲 六花(ia8361)
17歳・男・陰
五十君 晴臣(ib1730)
21歳・男・陰
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎 |
■リプレイ本文 草木も眠る丑三つ時。 実に古風に則った時間にそれは来た。 「その布陣、どう見ても迎撃用だよな。家人も居ないとなれば罠かとも思ったんだが、連絡役の姿も見えねえし山程の伏兵が居るでもねえ。さて‥‥意図を聞いていいか?」 先頭に立つ男夜叉神が、残る七人を引き連れて堂々と金蔵の前に姿を現したのだ。 金蔵前で警備をしていた開拓者五人の内、酒々井 統真(ia0893)が一歩前に進み出る。 「そいつに答える前に1つだけ確認だ。孫娘がこないらしいんだが、それは手前等の仕業か?」 「今頃川の底だとよ。葬式出してやりたいんなら漁ってみたらどうだ?」 ぎりと統真の奥歯がきしむ。 マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は、彼等の髪の色を確認し、僅かに落胆の色を見せる。 朝比奈 空(ia0086)は、顔色一つ変えぬまま淡々と告げる。 「意図を聞きたいとはまた珍しい盗賊ですね。ここから人を走らせたとて、一戦終わるまでに衛兵が辿り着けぬのは御承知でしょう」 夜叉神以下、七人もそれぞれに見合った笑いを見せる。 「その通りだ。てめぇらを斬って、お宝をいただいて逃げるだけさ。お前等もそうなのか?」 「ええ、私達は盗賊を斬る為雇われていますので」 不意に、金蔵の上から笑い声が聞こえてくる。 「ふふっ、いいねそれ♪ そういうの嫌いじゃないよ」 金蔵の屋根の上に野乃原・那美(ia5377)が姿を現す。すぐに、続いて嵩山 薫(ia1747)がその隣に立つ。 「那美さん、作戦が台無しよ」 「いいじゃん、せっかくのお誘いなんだしさ♪ それに、この感じじゃとっくにバレてたんじゃないかな」 文句を言いつつも、薫にもそれほど怒った様子は見られない。 苦笑しながら紬 柳斎(ia1231)も屋根の上に立ち上がり、三人は並んで屋根より飛び降りる。 お互い、その表情から察しあっている。 自分と自分達の強さを信じきっていると。 陰陽師である五十君 晴臣(ib1730)は眉を潜めっぱなしである。 「‥‥前衛職ってのは敵も味方もどうしてこう‥‥」 同意を求めるように同職の神咲 六花(ia8361)を見やると、彼ももう肉弾戦する気満々な顔である。 「はいはい、私が悪うございました。どの道小細工が通じそうな相手でも無いみたいだしね」 開拓者八人と盗賊八人が横並びに対峙する。 視線だけで人の一人二人射殺せそうな睨み合いは僅かの間で、統真と夜叉神が同時に叫んだ。 「やるぞ!」 「やっちまえ!」 敵が戦力を集中させて来た事で、開拓者側もそうせざるを得なくなったというのが本当の所だ。 殊に前衛の主力が隠れたままでは、一人二人あっという間に落とされかねない。 どうやってか待ち構える屋敷の様子を探った夜叉神達は、この人数ならば力押しで押し切れると踏んだのだ。 女サムライ瑞樹は、真っ先に物理を弱点とするであろう陰陽師晴臣を狙う。 だが、踏み出した先で地面が破裂する。 両足を瘴気に裂かれた瑞樹は口惜しそうに言い放つ。 「小細工が何だって!? このペテン師が!」 晴臣は飄々と後ろに下がり、六花とマルカがこれを守るように立ちはだかる。 「褒め言葉と受け取っとくよ」 ルゥ、ジノの二人の騎士含む三人を迎え撃つ六花とマルカであるが、晴臣は呪縛符を連続で用いて時間を稼ぎにかかる。 集中攻撃にて瑞樹を落とすのが理想だが、そちらにかまけていては二人の騎士ががら開きとなり、晴臣を狙う事になる。 乱戦の最中、一人を集中で攻撃するには、数の差が絶対条件なのである。 六花は無骨な刀を縦に、体に寄せ構える。 ジノは片手剣を変形の脇構えにて間合いを計れぬようしながら距離を詰める。 小男らしく素早さには自信があるという事か。 晴臣の符が飛ぶのを見た六花は、これと共に踏み込む。 右袈裟。 余裕を持ってかわさんとしていたジノは、ぎりぎりで呪縛符の影響を受け、動きが鈍る。 六花の金剛刀に瘴気が螺旋のように絡みつく。 ジノの鎧表面を変形させる程の強烈な一撃。 六花は攻撃の直後でもジノの動きから決して目を離さない。 見るべきは足。素早さに自信がある者であれば、ここで強引な反撃には出ないと踏んでのこれに、果たしてジノは左に飛んで逃げる。 吸い付くように後を追う。 人の足は前に進むよう出来ている。 ならば、動きの速さに差があろうと、前へと進む六花がより早く深く踏み込めるのは自明の理だ。 突き放すように振るったジノの剣は、剣筋を制限されていた事もあり肉厚の金剛刀にて防ぎきられる。 「くそっ、貴様、陰陽師、か」 初手であっさり手の内を剥かれる。呪縛符との見事すぎる連携、気とも精霊力とも違う強烈な剣撃からそう読んだのだが、流れは初撃を決めた六花に傾いた後であった。 ほぼ同時にのっぽの騎士ルゥもマルカを狙い動いていた。 細身に似合わぬ大剣を振るうが、得物の間合いはマルカの長巻がより長い。 半身に構え、長巻を突き出した構えのまま静止する。 右に左に揺れるルゥの動きに切っ先を合わせると、それだけで踏み込みは難しくなる。 大剣でこれを弾かんと間合いの外からルゥが動く。 動きの起こりを見極めんと備えていたマルカは、僅かに遅れながらもこれに合わせて長巻を振るう。 打ち合い火花が散る刃二つ。より大きく弾かれたのはマルカの方であるが、これによりルゥが踏み込む余裕を奪う。 再び、あつらえたようにぴたりと長巻を構えるマルカ。 ようやくルゥも察する。 マルカは強引な攻めをせぬかわりに、長巻の間合いを利しルゥを押さえ込むつもりなのだと。 薫は双子を左右に迎えていた。 一息に押し切り、先に一人でも倒してしまえば有利になる。そう考えたのは敵方もらしい。 二人を誘うように、左右に手を流しながらも小さく構える。 来る。最初の一撃が肝心だ。 烈火の拳を右手で、烈水の蹴りを左手で、同時に触れながら身を捩る。 二つの手は僅かに流す事しか出来ず、かすめた打撃が傷を残す。 烈火の左拳、肘で流し首を仰け反りかわす。 烈水の中段膝蹴り、外腿をはたき込み逸らす。 双子は薫を囲むように仕掛けているのだ、双方を見てかわすのでは絶対に間に合わない。 だから薫は、伸ばした手で二人の体に触れる事で、動きを見極めているのだ。 聴勁により動きを感じ、化勁により流しかわす。 至近距離での乱打戦を誘ったのも、この約束組み手のような聴勁、化勁をやりやすくする為。 二人はその動きに完全に呑まれてしまう。 そして、薫は次なる手も用意していたのだ。 「悲しいかな‥‥同じ泰拳士同士、弱点は知れているのよね」 烈火がそれと気付いた時には、例え聴勁を駆使していたとて反応すら出来ぬ速度で薫の足が跳ね上がっていた。 「絶対に避けられない上、強力な物理攻撃には致命的に弱い」 上段回し蹴りを側頭部にまともにもらった烈火は、鞠のように跳ね飛び転がって行った。 圧倒的優勢、そう見える薫であったが、こうして心理的優位を常に確保していなければ、あっさりと崩される砂上の楼閣に立っている自覚もあった。 『そんなに長くは保たないわね。さて、どちらが崩れるのが先か』 統真は夜叉神を相手に苦戦を強いられていた。 地力の強さもあるが、奇妙な戦闘術や閃光を放つ手裏剣に惑わされ、思うように動けずいるのだ。 「強い奴ってな何処にでも居るもんだな」 「こっちの台詞だ馬鹿野朗」 速さでは夜叉神、威力では統真の図式だが、事はそう単純ではない。 それぞれ威力を補う技を、速度を補う技を駆使しているのだから。 先に仕掛けたのは統真だ。 全身の筋肉が盛り上がり、過剰な負荷に耐えうるよう備えられる。 必殺を仕掛ける間は夜叉神に読まれたろうが、ここは押しの一手と動く。 夜叉神が苦痛に顔を歪める。 統真の放つ三つの連打を受け損ねたのだ。 内の一つは外したがこれも偶然のようなもので、残る二つは打つ気を辛うじて感じられたのみで、来ると思った時には胴にめりこんでいる。 更に止まらぬ統真。 『もてよ俺!』 正面から迫る統真の姿がぼうと霞に消える。 前蹴りが夜叉神に撃ちこまれるのとどちらが先であったのか。 痛みを強引に無視して振り返る夜叉神。 統真は夜叉神の後方から、飛び込みながら肘撃ちを叩き込む。 これもまた虚ろに消え失せ、統真は振り向いた夜叉神の後頭部を背後より飛び回し蹴る。 節々の筋肉が酷使の代償を求め悲鳴を上げる。黙殺。これだけの痛打を受けて尚立つ夜叉神と対峙する統真。 圧倒的速度差を見せ付けてもまだ戦意があるのは、この動きをいつまでも出来ぬと読んでの事だろう。 滝のような汗を流す統真は、犬歯をむき出しにして笑った。 『いいぜ、ならてめぇがぶっ倒れるまで続けてやるよ』 那美は正眼に構えた志士高閣の回りを、覗き込むようにしながらぐるぐると回る。 そして、にこっと目を細める。 「ここの所、一杯人が斬れて僕は機嫌がいいのだ♪」 間合いすれすれを誘うように動く那美に、高閣は無言で構えるのみ。 「だから今日は、遊ばずに楽に殺してあげるね?」 「‥‥ならさっさとそうして見せろ」 誘っているのは高閣も同じ。 那美は両手を下ろしたまま、首を伸ばして顔のみを高閣の制空圏に乗り出す。 高閣は動かず。そのままの状態で、那美は水遁を唱えた。 体勢が崩れながらであるが、高閣はこの水流に身を隠すように動く。 両者の体が吹き上がる水飛沫に塗れる。 幻のごとき高閣の剣筋は、飛沫を斬る事で那美にこれを見切る猶予を与えてしまった。 那美の右手の忍刀が、高閣の鎧の隙間に吸い寄せられる。 ひっかけるように剣先でこれをこじ開き、左手の忍刀をより深くに突き刺す。 「あん、でもやっぱりこの斬り心地‥‥感じちゃう♪ でも‥‥体術も出来るんだぞ♪」 顎を蹴り上げるような足先を、辛うじて仰け反りかわす高閣。 体勢が崩れぬよう後ろへと出した足が、何かに引っかかる。 「ふふ、見えてるものだけが真実じゃないんだぞ♪」 膝を落として転倒だけは回避した高閣に、再び下から蹴り上げるような那美の足。 ひらりと爪先が円を描き、おいそれはそんな短いすかーとでやるんじゃないばかっ、的な勢いで足が更に上へと伸びる。 身をかがめた高閣の頭頂に那美の踵落としが振り下ろされるが、至極残念な事にその衝撃で、高閣は中を見る事が出来なかった。 柳斎と対峙している梵天は、決して弱いサムライではない。 しかし今、上段に構える柳斎を前に、僅かに剣先を上げた中段で迎える梵天から、そんな腕利きの姿を伺う事は出来ない。 鎧の各所を砕かれ、腕と言わず足と言わず血が滴り、絶望的な表情で柳斎を見つめている。 「鬼神か、お前は‥‥」 梵天は急所のみを辛うじて守り通している。それしかさせてもらえないのだ。 目の前まで迫っている確実な死に、梵天は最後の力を振り絞り抗う。 余りに長すぎる柳斎の斬龍刀に対し、ともかく懐にと飛び込む。 右袈裟が一瞬で左袈裟に切り替わる柳斎の神技を、梵天は五撃目にしてようやく受ける事に成功する。 みちっという嫌な音と共に、受けた刀を通し左腕の神経が切れる音がした。 常軌を逸した威力。しかしそれも織り込み済みだ。 片腕のみで必殺の抜き胴を。 柳斎はその場で半回転しつつ背に刀を添わせる事で受ける。 明らかに柳斎の身長より長い刀身も、僅かに傾ける事で地に突き刺さらぬちょうどの位置にある。 その奇妙な体勢のまま、柳斎は刀を背負うように真上へと振り上げる。 相手の位置が全く見えぬ、振るう側にとんでもない度胸を要求するこの剣に、梵天は受けた刀ごと弾き飛ばされる。 超近接距離からの逆袈裟。 これを斬龍刀でやるのだから、受けた方は堪らぬだろう。 「これほどの腕があれば、もっと他にも出来ることがあったであろうに‥‥まぁ最早届かぬか」 弾き飛ばされた時、脇腹から胸部を深く斬り裂かれた梵天は、とうに絶命しているのだった。 空は各人が動いた後もすぐにこれと狙いを定めず、全ての戦闘の流れを見る。 まずい戦況なのは薫と晴臣の所だ。 六花とマルカの二人で何とか晴臣を守ろうとしているが、晴臣の援護をもってしても、無理押しは出来まい。 薫に関しては言わずもがな。連携に長けた二人組を相手に、何時までも支えられるとも考えずらい。 「では、その前に‥‥」 治癒による支援より、空は火力支援を選んだ。 薫の攻撃は二人組の片方に集中している。立ち回りで優位に立っている間に、片方を倒しきらねば厳しい故だろう。 前へとかざした両手の前に、精霊の力が集うのがわかる。 天儀広しといえど、精霊の力のみでこれほどの集積を図れる術者、そうはおるまい。 既に外気にすら影響を与えうる程の閃光と化した精霊力を、敵へではなく、敵意へと放つ。 泰拳士の素早い動きも、意志そのものを狙い定められたならば、これをかわす事も出来まい。 何より、空が放てと命じてから激突までの差は、矢のそれをすら凌ぐ速度であるのだから。 薫のみに集中出来なくなった二人組は、それでもこちらに来る事は出来ない。 薫の術技に呑まれている二人は、実際以上に薫を脅威と感じているのだから。 こういった近接組の機微を、理解せずして後衛は務まらない。 数度の援護射撃の後、遂に突破してきた瑞樹と競り合っている晴臣の援護に向かう。 大上段からの斬撃に、苦痛の声を堪える晴臣。 その前に立ち、刀を抜く空。 怪我を追っても呪縛符は切らさない晴臣の援護に、内心で感謝を述べながら数合斬り合う。 「他の方と比べると、やはり力不足が否めませんか‥‥」 だがこちらも一人ではない。 ようやく余裕が持てるようになった晴臣は、斬撃符を上方に向け撃つ。 瑞樹の頭上高くに至った斬撃は、急旋回と共に真上よりこれを襲う。 更に空。 元より刀のみで戦う気などない。 斬り裂かれた傷に添うように、手元より伸びる炎の舌が瑞樹の体を燃やし上がる。 ひたすら防戦に徹しつつ、確実な攻撃のみを仕掛けてきたマルカは、遂にその時を得る。 六花の抜き胴が空を切った。 「マルカ!」 と、八の字を描きつつ剣先が翻り、逆袈裟がジノを斬り上げる。 「はい!」 ルゥとの戦闘中であったマルカだったが、これを牽制しつつ大きく長巻を振り回す。 金の髪が大きくたなびくのは、全身を回す勢いが乗り切っている証拠。 全身をオーラで包み、この一撃にありったけを詰め込む。 マルカ必殺の刃が、六花が斬り上げた直後のジノを襲う。 前後を挟む形となった剣撃は、衝撃を逃がす場所すらなく、互いを押し付け合うように深く深くその体に食い込んでいった。 一度戦力比が崩れると、なし崩しに全てが崩れ始める。 それまでの戦闘が嘘のようにあっけなくついた決着であったが、全てが終わった後、報告より先に休ませてくれと思ったのは一人や二人ではなかった。 |