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■オープニング本文 ギルド係員の栄は、その手紙が着いた時、腰が砕けるような様でへたりこんでしまう。 『犬神の里長を説得しました。そちらとの協力体制も確保しましたので、つきましてはこれまでにかかった費用をお教え下さい。三日以内に全額揃えて見せますので』 ギルド長が見たら眩暈する勢いでギルドの金を使い込んでいた栄は、これでどうにかこうにか首が繋がってくれたわけである。 何時もなら苦笑するだろう追伸も、額面どおり受け取る事しか栄には出来なかった。 『追伸:ここで変に強がったりしないように。そもそもお金集めるのは私の方が圧倒的に上手いんですから、請求書は全てこちらに回すぐらいでちょうど良いと思いますよ。薮紫より』 薮紫は状況の変化を敏感に察する。 犬神と何処かが揉めているのは、少し気の利いた里ならば察する事が出来たろうが、その相手が何者かまではそう容易く把握出来なかったはずだ。 それが犬神がこの戦から手を引くと決めるなり、それまでの戦闘の経緯やらが漏れ出したのだ。 黒沙が持つ利権の数々に、興味を引かれる者も出て来た。 薮紫は、彼らに先んじて北條家当主北條李遵に助力を請う。 充分な利益と、勝利への確信、これを並べられねば会談の卓にすらつけぬ相手に、一刻近い話し合いを行い、どうにか援軍を得る事に成功する。 終始穏やかであった李遵を前に、薮紫は恐怖に硬直せぬようするのに持ち得る労力の大半を費やしており、準備が万端でなければ手ひどい目に遭っていただろう。 陰殻に住むシノビにとって、上忍四家の長と交渉するというのはこういう事なのであろう。その北條にしたって、慕容王に話は通さねばならないのだ。慕容王の顔を立てる為ではなく、他三家へ義理立てる為に、だ。 ともあれ、北條が動いてくれれば、犬神の里長を動かすのも難しくはない。 先陣を切らなければならない、戦後得られる利益の大半を譲らなければならない、等々不利な条件も山程であったが、犬神は『勝利』の二字を得られさえすれば算盤は合うのだ。 犬神軍のみならず、北條軍の参戦とそのあまりの大軍に動揺する黒沙軍。これに犬神軍が襲い掛かった。 慌てて街へ退去しようとするも、シノビのみで編成された犬神軍の疾風のごとき動きに、軍尾に食いつかれてしまう。 同時に開始される北條軍による黒沙の街への攻撃。 ただ黒沙軍を壊滅させるだけなら、ここまでの数は必要ない。 薮紫が李遵許可の下あちらこちらと手配し揃えたこの軍は、黒沙の街そのものを地上より消滅させられるだけの武を持っていた。 犬神、北條、両軍に与えられている命令は、黒沙の軍を撃破し、街を完膚なきまで焼き払えというものだ。 ギルド係員の栄は、洗脳継続を困難にすべく策を練っていたが、薮紫は、そもそも黒沙全体を踏み潰さねば目的は達しえぬと考えていた。 例え上忍四家であろうと、本来隠して行なわなければならない悪行に類する事業を、黒沙の街の規模で堂々と表立って行なえる。 これがこの街最大の利点である。 これある限り、黒沙から洗脳機関を排除出来たとしても、時間と手間さえかければ復活もありうる。 洗脳が商売になると知れてしまった以上、こればかりは御しようがない。 だが、黒沙の街そのものを消してしまえれば、最早この規模での洗脳施設はそうそう作り得まい。 薮紫は黒沙の規模を知った時、洗脳の撲滅という目的を果たすに最善かつ最短かつ最も適切なやり方として、黒沙全てを焼き尽くす手法を思いつき、その為の段取りを整える事にしたのだ。 突撃を命じ、見知った顔が生と死の狭間に向かうのを見守りながら、二度目にして既に慣れてきたかなと感じられる自分が、薮紫は胸糞悪くなるほどに嫌いだった。 ギルドが手配した飛空船から降り立った詩は、薮紫と栄よりの伝言を皆に伝える。 犬神北條連合軍は、黒沙の街を全て焼き滅ぼしにかかる。これは北條との協議の末決まった事であり、撤回や手心を加える等は出来ない。 開拓者達には改めて、被験者脱出を依頼する。 狐火(ib0233)が手配させていた資材搬出用地下水路を用いた脱出路は、辿り着けさえすれば数百人規模の脱出が可能となっている。 これを用いて可能な限り被験者を黒沙の街より救い出す事。 ただ、洗脳施設から脱出路入り口までは、走っても半刻程の距離がある。 更に街中は混乱の最中であろう事から、これを掻い潜っての脱出は困難を極めるだろう。 連れ出す人数は、熟慮の末決定する事。 一字一句間違いなくこれを伝えた詩は、自分も一生懸命手伝うから頑張ろうと張り切っている。 気の遠くなるような話であるが、皆は手分けして被験者達の状況を把握にかかる。 収容されている総数は207名。内怪我人が六名で、三人は特に重い怪我を負っており、歩けと言われれば歩くものの途中で倒れる可能性もある。 資料をひっくり返し調べた所、31名は移動させる事が極めて困難であるとされていた。 理由ごとの内訳は、洗脳治療ですら修正しえぬ程凶暴になってしまった為12名、洗脳処置の副作用から改善が見込めぬ程状態が悪く移送が困難16名、施設内に存在が確認出来ない3名。 幸いな事に被験者は皆、他人の言う事には従うよう教育されており、開拓者がそうせよと命じればその通り行動してくれる。 皆子供であるが志体を持っており、かつ思考能力の高い者も多く、複雑な命令も理解し実践出来そうな者が全体の三割程もいる。 ただの子供を連れ歩くよりはマシであろう。 薮紫は資材搬出用地下水路に兵を回すよう指示しながら、我が身の至らなさを噛み締める。 『私は‥‥もっとたくさん、助けられたはずなのにっ‥‥もっと、上手くやれたはずなのにっ!』 凜としたその表情からは伺い知る事の出来ぬ、彼女一人のみの苦悩。 黒沙の街をぐるっと取り囲んでいる城壁は、あとものの数刻で乗り越えられ、街中が阿鼻叫喚の地獄となるであろう。 あれが、彼女が救いたい者を救うために見捨てた者達であった。 せめてもと、祈るように城壁を見据える。 彼女が何を祈ったのか。 それは、決して彼女の口から語られる事は無いだろう。 |
■参加者一覧
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
ワーレンベルギア(ia8611)
18歳・女・陰
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
レイシア・ティラミス(ib0127)
23歳・女・騎
ネネ(ib0892)
15歳・女・陰
クリスティア・クロイツ(ib5414)
18歳・女・砲 |
■リプレイ本文 フェルル=グライフ(ia4572)は集まった子供達を前に、ゆっくりと、しかし思いのたけを込めて語る。 「二つだけ、私達との約束。 絶対に私達についてきてっ そして‥‥絶対に生きて! 隣の子も一緒に、皆で生きてこの街を出るの。 もし倒れそうな子がいたら、手を伸ばしてあげて!」 子供達は皆一様に、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。 恐らくそれまで学んできた事と矛盾する内容であるのだろう。それでも、これが、今一番皆にお願いしたい事なのだ。 一人一人細かに接してあげたくなるが、そんな時間は無い。 フェルルはぐっと胸の前で手を握る。 「皆さん、絶対に生きて脱出しましょうっ!」 総勢176人の脱出計画。 とりあえず移動させるだけでも一苦労なこれは、子供達の協力が不可欠である。 皆で手分けして詩が捻り出した脱出経路を説明して回る。 また、移動は一塊になって。怪我をした子を気にかける、脱落しそうな子が居たら近くの子が手を貸してやる、等々注意事項を伝える。 ワーレンベルギア(ia8611)は、ほうとため息をつく。 「びっくりするぐらい良い子ばかりですねえ」 指示を受けている時は、一言一句たりとも聞き逃すまいと言葉に聞き入り、問い返して来る子もいない。 それどころか自分から幾人かに声をかける子までいる。 注意の徹底や細かな工夫、例えば怪我人には特に体力のある誰々がつくだの、戦闘可能者はより外周寄りにだのを言い出すのだから驚きである。 斉藤晃(ia3071)は何とも居た堪れなさそうに頭をかく。 「自分のガキの頃思い出すと軽くヘコむでこりゃ」 レイシア・ティラミス(ib0127)とネネ(ib0892)の二人は思わず顔を見合わせる。 ワーレンベルギアも晃も前後の事情は聞いているのだろうが、それを実感としているかは別であろう。 子供達が従順すぎ優秀すぎるが故に起こった嫌な事を思い出すと、二人のように素直にこの好条件を受け入れる気になれないのだ。 扱わねばならない数が多すぎる為、開拓者達は手分けをして脱出の準備に取り掛かっている。 最も問題である移送困難な三十一名の処理には、特に希望したアルーシュ・リトナ(ib0119)が当たった。 凶暴な者もいるという事で、また思惑もあり、鬼灯 恵那(ia6686)、クリスティア・クロイツ(ib5414)の二人もこれに付き合う。 他の皆も移送困難者に対し思う所はあるのだが、何せ百八十名近くの移動準備だ。これ以上の人数は割く事が出来ない。 クリスティアはアルーシュがやらんとしている事を考え、凶暴さが際立っているという12人をまず頼む。 恵那は、まかせるよー、と暢気な様子。その気軽さにアルーシュは少しだけ救われた気がした。 被験者はそれぞれ独立した檻に入れられていた。 アルーシュが姿を見せるだけで、呻き声、唸り声、人間らしい言語以外のモノがそこら中の檻より聞こえてくる。 まるで人の居る世界の気がしない。 それでも、アルーシュは大きく息を吸い、歌を奏で、楽を唄う。 朗々と響き渡るようでいて、澄んだ清潔さを失わず。 何処に居ても聞き取れるような強い声でありながら、 耳より染み入るはそよ風のように自由で自然な音色。 心を詠うには、伝えるには、優れた技術が必須である。 だが、それでも、歌い手の心は、何時いかなる時でも歌に潤いを与える。 乾いた荒野にもたらされた一滴、それが、アルーシュが伝えんと欲する歌の有り様であった。 少しづつ、声が止んでいく。 荒みきった音は何時しか穏やかな世界に包み込まれ、一つづつ、丁寧に癒し支えられていく。 檻の中の様子を見ていた恵那は、目配せして確認した後、一つ一つの檻を開いていく。 最初はおずおずと様子を見るだけであったが、誰も止めに来ないと知るや恐る恐る檻より出てくる十二人。 彼等が、アルーシュと恵那を前にし、上げた声は歓喜に彩られていた。 檻もなくこんな近くに獲物が来てくれたと、彼等は嬉々として二人に襲い掛かってきたのだ。 それでもアルーシュは歌をやめなかった。 辛くて、苦しくて、悲しくて、それでも、歌は止めなかった。 一人恵那が斬る度に、我が身を斬り裂かれるような思いを覚える。 血臭が付近を埋め尽くし、断末魔の声も途絶えた頃、ようやく、返り血に塗れた恵那が刀を下ろし振り向いた。 「一人、残ったよ」 その少年は檻から出ても襲い掛かる事もせず、ただアルーシュの歌に聞き入ってくれていた。 どうにか理性を残していられた少年を連れ、残る副作用に苦しむ十六人の元へ向かう。 途中でクリスティアと出会った。 彼女は恵那同様、衣服を返り血に塗れさせていた。 呆然としたのも束の間、アルーシュはその胸元によりかかるようにしてこれを掴む。 「どうして!?」 クリスティアは静かに語る。 こんな施設で回復の見込めない者を生かしておく理由を考えれば、残る被験者十六人の状態は想像出来ようと。 それがわかったからこそ、二人には告げずクリスティアはそちらに向かったのだ。 クリスティア自身も、十六人とのトラウマもののやりとりを経てこんな形になっているのだが、それを口に出すつもりはない。 極力心の内が漏れ出さぬよう、努めて堅い表情を保つクリスティア。 「‥‥あそこに、まだヒトでいれた人は一人もいなかったわ‥‥」 クリスティアの胸元にすがりついたまま、ずり下がるように崩れ落ちるアルーシュ。 「どうしてっ‥‥こんな事を‥‥どうして、こんな事に‥‥」 誰を非難しているのでもない。ただ起こってしまった出来事を悲しんでいるとわかるだけに、二人はアルーシュにかける言葉を見つけられなかった。 皆の元に、救助は絶望的と言われていた31人の内から、一人だけでも連れ出す事に成功したアルーシュ達が戻って来る。 良くやった、見事、などと声をかけたくなる皆を押し留めたのは、アルーシュの真っ青に色を失った顔であった。 何が起こったのかは予想がつくだけに、声もかけずらかったのだが、レイシアがそっと側に寄る。 「ともかく、全ては脱出してから。それまでは我慢出来るわね」 青ざめた顔のまま、アルーシュはこくりと頷く。 僥倖であったのは、犬神手配の飛空船は重傷者を乗せるまで待ってくれるという話である。 おかげで、運搬困難な怪我人を任せる事が出来た。 まずは陽動と恵那が飛び出す。 予定通り時間を置いてからフェルル、レイシアを先頭に一同は出立する。 彼方から阿鼻叫喚な騒ぎが聞こえてくるのだが、今それを気にしている余裕はない。 すわ犬神北條軍が来たかとビビる街の者達であったが、走っているのが子供ばかりとわかると、安堵と同時に激昂した模様。 「なんなんだてめぇら!」 軽やかにスルーし、一路目標点へと。 最初の内は、単にこの一行に驚くのみで街の者は反応を示している余裕が無かったのだが、何処でどう伝わったのか、これは犬神北條の仕掛けだと言い張る者が出て来た模様。 何者かと誰何の声を上げる馬上の男を、フェルルとレイシアが同時に動き斬り倒す。 と、華玉が泡食った様子で姿を現す。 「マズイわ! 黒沙の連中、自分で街の門開いちゃったわよ!」 裏切りか、と誰もが思ったが、どうやら事実は違う模様。 「信じられない、狂ってるわこいつら。街に引き込んで殺すだってさ。何だってそんな馬鹿な話が通るのよこの軍!?」 街のあちこちで火の手が上がり始め、戦の喧騒が、聞こえてくる。 ワーレンベルギアの天道虫が、空より周辺の状況を伝える。 本来予定していた進路なぞ、とうに外れてもう何処が何処やら。 それでも、上空よりの俯瞰を見れるのは強い。 上手い事敵の来ない進路を選びながら、子供の群を率いていく。 喧騒の最中にあっても、まるで動じず付いてきてくれる子供達がこの時ばかりは大層心強い。 「えっと、突き当たりの大通りを抜けて‥‥あーそこはだめっ、だめです! 後ろから騎馬の一団が来てます! えっとえっと‥‥」 黒沙だか犬神だか北條だかわからない血を浴びながら、晃が怒鳴る。 「騎馬が来るまでどんくらいや!」 「えっと、まだ少しありますが移動速度に差がありすぎて‥‥」 「なら何とかなるわ! とっとと大通り抜けんかい!」 ふらりと、恵那が姿を現す。 「こうなっちゃ陽動も何も無いね。そっち、付き合うよ」 そう言って走り去る二人が心配ではある。しかし、後ろに控える百七十余名の事を考えるに、迷ったり悩んだりしている暇もないのだ。 ワーレンベルギアは引き続き進路を確認し、そして、全包囲に敵が集いつつある事に気付いた。 正面が、一番薄い。 「クリスティアさん! 虎の子願います!」 「了解しましたわ」 最前列に至ると、クリスティアは見るからにヤバゲな砲塔、抱え大筒をこれみよがしに見せ付ける。 「惨たらしい肉塊になりたくなければお退きになって下さいな」 やってみろやとのお言葉に、已む無くこれを放ち、突破口と為す。 「警告はしましたわ。次は何方がお逝きなられますの? ‥‥わたくしの銃は、まだまだ撃てましてよ?」 子供達の中で特に賢く良く気がつく子が、躊躇しながらもネネに声をかけたのは、以前燦がそうであったように、やはり年が近い故の気安さがあったのだろう。 「どうして私達を前に出さないのですか? これではいずれ皆さんが‥‥」 ネネは優しく諭してやる。 「フェルルさんもおっしゃってましたよ。皆で、街を出るんです」 「‥‥何故、そんな事を」 少年の不思議そうに曇った顔を、少しでも和らげられるように。 心の中にある愛おしさを、少しでも伝えられるように。 ネネは笑ってみせた。 「それは、不思議でもなんでもない事なんですよ。だから‥‥」 ネネの加護結界が、ゆっくりと少年を包み込む。 「外周で頑張るのはいいですけど、絶対、無理しちゃだめですよ。無理は私達がやる事なんです」 基本実務一点ばりであった少年の、頬がほのかに赤らむ。 「‥‥あ、うあ‥‥その、えっと、はい‥‥」 あと少し、そんな場所まで辿り着いた所で、眼前に敵の陣が見えた。 先頭に並んで血路を開いていた詩は、伺うような目で共に先頭にあったフェルル、レイシアを見る。 「ど、どうしよう‥‥」 レイシアはフェルルを見て口の端を上げる。 「どうったってねえ」 フェルルもまた、大きく頷く。 「やるしかないんですけどね」 前は三人のみ。それで陣を突破は至難の業であろうに、レイシアは詩に気安い調子で声をかけてやる。 「私の経験から言わせてもらうとね、何とかなるもんよ‥‥だから詩! なんとしてもやり遂げるわよ!」 先陣を斬って強引にすぎる斬り込みをかけるのはフェルルだ。 「止まる訳には参りません! 退かないなら全力で押し通りますっ!」 隼のごとき俊敏さは、敵が構えた弓を放つ暇すら与えず近接し、これに後続二人が続いていく。 レイシアは肩口よりぶち当たり、敵を崩すなり長大な剣を器用に近距離で用いる。 「え、えと‥‥私も頑張るっ」 詩もまた強引に踏み込むと、乱戦の最中でありながら二人は同時に声をかけてきた。 「皆でって言ったよねっ」 「こらっ、無茶すると後であいあんくろーよっ」 何か何ていうか、敵わないなぁと詩は言われた通りに動くのであった。 地下水路への入り口は、厳重に戸締りされていたが、かねてより手配してあった者がこれを開き、驚く追撃の者達を他所に地下水路へと駆け下りていく。 出来れば振り切ってしまいたかったのだが、そう出来ぬ程敵の追撃は鋭い。 黒沙軍の街への招き入れ作戦は、恐るべき事に成功していた。 このせいで、子供達まで犬神北條連合軍だと思われてしまったのだから、堪ったものではないが。 荷馬車が横に二十台は並べそうな広大な地下道。 滾々と流れる地下水は船の手配が必要だが、それさえあれば、どうにか逃げる算段ぐらいはつきそうだ。 と、追いすがって来ていた男達の中心で、派手な爆発音が響く。 「犬神ともう一人、見参ってな」 抱え大筒を肩に乗せているのは、にやりと笑うグリムバルドであった。 同時に、そこらの影という影より無数の人影が飛び出して行く。 あれという間もなく闇に包まれる追撃者を見て、皆はその場にへたり込んでしまった。 一番にアルーシュへと駆け寄るグリムバルド。 アルーシュは、ここまで堪えに堪えてきた糸がぷつりと切れた。 「わ、わた、し‥‥助け、てあげ、られなか‥‥った‥‥」 全身ががくがくと震え、蒼白な顔色は、生者のそれとも思えぬ。 と、ここまで来れば安全だと思ったのか、少年がとことこと歩み寄って来た。 「お前、は、俺の味方‥‥で、あってるか?」 全てを投げ出す程に傷ついていても、子供の前なら、僅かばかり強がれる。 「‥‥も、もちろん」 少年は破顔する。 「そう、だろう。そうだ、ろう。あんな、きれいな‥‥やさしいうた、うたう奴が敵のはず、ない」 たった一人だけだ。 アルーシュは言葉を発する事すら出来ず、あの中でただ一人、うたを、想いをわかってくれた少年を強く抱きしめる。 フェルルはそんなやりとりを、懐かしむように、ほんの少しの痛みと共に見守るのだった。 晃と恵那の二人は、騎馬部隊を壊滅させる頃には完全に皆とはぐれてしまう。 ここまで時間を稼げば、地下水路に逃げ込むぐらいの余裕は持てよう。 後は二人がどうするかだ。 「集団で動くのはそろそろ打ち止めみたいだけど‥‥ふふっ、まだ斬れそうだよ」 恵那は斬る前に一回だけ警告してあげていたのだが、黒沙の者は誰一人それで引こうとはしなかった。 すぐ側に、ちょこんと座っているのは桐だ。 途中で何故だか合流し、今こうして一緒にいる。 晃は肩で息をしながらも陽気に言う。 「雑草狩りも傭兵の仕事ってな。にしても、流石にこれ以上は意味あらへんか」 「ですね。引き上げるとしましょうか。鬼灯さんも」 思わず吸い込まれそうな程、可憐に恵那は笑った。 「こんな機会、滅多に無いんだからもっと楽しまないと。じゃあ、また何処かでね」 晃と桐は、互いに顔を見合わせ肩をすくめる。 「アレ見てると人斬りが楽しそうに思えてくるから不思議やで」 「女右京さんですか‥‥業の深い話ですよ」 「この街には最後まで楽しませてもらうよ。あははっ♪」 犬神の一員となった詩は、事後処理から開放され、ようやくゆっくり考える時間を取れた。 人を殺したくない、もっと遊びたい、そう言って六が主の下を逃げ出したのが、全ての始まりだった気がする。 詩も一緒に遊ぼう、そう言っていた六と、生きて再び巡り会えるという。 丘の向こうから、駆けてくる少女の姿が見える。 その顔を見てすぐにわかった。 きっと六も、自分と同じように優しい人達と出会えたんだな、と。 |